2009年09月02日

山形遠征編(10)法泉寺

創建は兼継。



現在は法泉寺という名のこの臨済宗のお寺は、もともとは禅林寺という名で、1618年、直江兼続が九山和尚を開祖に迎えて建てられた。
それから、兼継や九山和尚らによって収集された蔵書によって「禅林文庫」が置かれ、ここは藩の学問所とされた。
こうして興った藩の学問の息吹は、のちの藩校「興譲館」へと受け継がれていく。いわば、米沢藩の学問の源。



境内には直江兼続の詠んだ漢詩「禅林偶成」の碑。

“卓錫神祠霊地隣 講筵平日絶囂塵 禅林寺裏枝々雪 認作洛西花園春”…とある。



 錫(しゃく)を卓(た)つ神祠霊地の隣に 講筵(こうえん)平日囂塵を絶す
 禅林寺裏枝々の雪 認めて洛西花園の春と作(な)す


九山和尚は神のいる聖域の隣に杖を留めて寺を開かれた。講義は常に行われ、俗塵を遮断した別天地をなしている。禅林寺境内の枝々に積もった雪の美しさ、この眺めを洛西花園(妙心寺)の春景色に見立てたい……

……と、兼継がこの寺を建てることができた喜びや満足感にあふれている。



かつては米沢の三名園の一つに数えられた庭園も、現在は池泉の水も枯れ、苔や雑草で覆われて青々としている。



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