2009年09月10日

佐保路から西ノ京(2)海龍王寺

「隅寺」と呼ばれた寺。



かつて、平城京の東北の隅にあったため、海龍王寺は「隅寺」と呼ばれていた(位置関係的に、これを正しくないとする説もある)。



明治以降は無住の寺となって荒廃したが、昭和になって、戦後、境内を整備。
創建された奈良時代当時の面影を残すのは、この小さな西金堂のみ。



西金堂の中には、4メートルの五重小塔。
この奈良時代の小塔は国宝指定なのですが、「工芸品」ではなく「建築物」として登録されている。手元にある国宝の本を調べてみたら、きちんと「建」の分類がありました。



そういえば、つい先日、小塔の彩色に関しての新発見を伝えるニュースもありました。

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