2009年10月17日

金沢の庭園(3)玉泉園

兼六園のすぐそばにある玉泉園という庭園を訪れたのは、午後の日も傾きかけた頃だった。



庭園内はとても濃密な緑に覆われ、清涼感にあふれている。
交通量の多い道路に隣接するので、まぁ、ちょっと車の音がやかましいことを除けば、訪れる人も少なく、過ごしやすい場所だ。



敷地はちょうど崖地にあり、園内も起伏に富んでいて、そうした土地の特性である高低差を利用した滝組なども見ることができる。



メインの庭は池泉式の庭園。水流は兼六園から引いている。



この庭園の作庭者である脇田直賢という人物は、とても数奇な運命を辿った人物だった。
生まれは朝鮮の漢陽、金如鉄(キム・ヨーチョル)というのが本当の彼の名前だった。彼の親は、豊臣秀吉の命じた朝鮮出兵で宇喜多秀家軍と戦った際に戦死、秀家は孤児となった当時7歳の金如鉄少年を哀れみ、岡山に連れて帰ってきた。



少年は、秀家の正室であった豪姫に養育されていたが、その後、2代目加賀藩主前田利長(豪姫の実兄)の正室である永姫(玉泉院)に預けられ、この加賀の地で育てられることとなる。
その後、玉泉院の配慮によって、前田家の家臣である脇田家の婿養子となり、脇田直賢を名乗る。



そういうわけで、この「玉泉園」という名も、直賢の敬愛していた玉泉院にちなんでいる。

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