2009年11月12日

大津膳所・義仲寺

旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る



この句は、言わずと知れた松尾芭蕉の辞世の句。
芭蕉は旅の途中の大坂の地にて客死する。そして、生前の「死んだら木曾殿の隣りに」という遺言に従い、芭蕉が葬られたのが、大津膳所(ぜぜ)にあるこの義仲寺。



遺言の通りに、芭蕉の墓は、義仲の墓所はすぐそばに立っている。



芭蕉は、平安時代末期の武将・源(木曾)義仲を敬愛し、義仲の葬られているこの寺をしばしば訪れては句会を催していた。
そして、義仲の墓所のすぐ隣りには小さな石が立っているのを見つけることができる。



この巴塚は、義仲の愛妾であり、女武者として語り継がれてきた巴御前を偲んでのもの。
寺伝では、鎌倉時代の初め、戦死した義仲の供養を行うために、一人の尼僧がこの地に草庵を結んだことが寺の創建とされている。この尼僧こそが、巴御前その人だった。



境内の翁堂には、伊藤若冲の天井画「四季花卉図」をデジタル複製したものが公開されている。
高精細スキャナーで読み取って合板に印刷、絵の具のむらなども忠実に再現。かなり精度の高い複製画のようです。
デジタル技術はすごいですね……こうやって貴重な文化財の記録にも大きな役割を果たすのだから。



というわけで、何度も荒廃の憂き目にあいながらも、その時代ごとに人々に守られ、今に伝わる義仲寺でした。



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