2009年12月15日

酒田(2)本間家旧本邸

本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に……



江戸時代、酒田の町ではそんな歌も流行したというほど、商家として大いに栄えた本間家。
殿様よりもお金持ちの本間様にはなれなくとも、せめて殿様くらいにはなりたいものだ…という歌です。



商業で成功を収めただけでなく、藩の財政が窮乏した時には資金を援助したり、また、日本海からの風と砂に悩まされる酒田の町に砂防林を築いたり、学問の保護活動にもつとめたりした。
自らの利益を追求するのみでなく、商業で得た利潤を地域に還元して社会貢献をしたことから、「本間様には及びもせぬが〜」の歌には敬意も込められているのかもしれません。



太平洋戦争敗戦後、GHQの農地解放によって多くの土地を手放すまでは、日本最大の地主でもあった本間家。
現在は、この旧本邸と、別荘である清遠閣に、かつての繁栄の面影を見ることができる。




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