2010年01月10日

神楽坂迷宮

年が明けて、懐かしい名前から一枚の葉書が届いた。差出人は、学生の頃にゼミで一緒だった知人だった。
内容はゼミのOBらで新年会を行うというものだった。場所は神楽坂。葉書の裏には店の地図が印刷されていた。
OBでの新年会となると、集まる年齢層は広く、僕よりもひとまわり以上も歳が上の人もいたりするので、けっして気安い会合ではなかったりもするのだが、懐かしい同級生や先輩に久しぶりに会うことを楽しみに参加することにした。



学生時代は飯田橋まで通学していたので、神楽坂のあたりも土地勘がない場所ではない。
そうはいっても、この界隈に足を運んだのは久しぶりのことだったので、神楽坂の路地を歩くには葉書に記された地図が頼りだった。



飯田橋駅の西口を出て、神楽坂通りを少し上り、毘沙門天の向かいのあたりから路地へと入った。
路地はどんどんと細くなり、やがて、人がすれ違うのがやっとくらいの幅になった。



神楽坂通りの賑わいも遠く背中の向こうのものとなり、路地は静まり返っていた。
はて、神楽坂の路地はこんなにも迷路のような複雑なものだったろうか。どうも僕の記憶しているそれとは異なっている。あるいは、あまりに久しぶりにやって来たので、目の前の風景の印象が違って見えるのかもしれない。


路地を歩けば、すぐそこが行き止まりのようにも見え、けれども恐る恐るさらに足を踏み入れてみれば、その塀の向こうにもさらに路地が伸びている。
路地地獄。そんな言葉が頭に浮かんだ。どこまで行っても路地がつづき、誘われるがままに迷い込んでいくのだ。そんな自分の妄想に、僕は苦笑いをした。



そして、やがて、葉書の地図に記された場所に辿り着いた。
けれども、店らしき姿はどこにもない。店のあるはずの場所の路地の角には、古めかしい民家が建っているだけだった。
あるいは、これが店なのか。



路地にたたずんで困惑していると、そこへ年配の男性が通りかかったので、すみませんと声を掛けた。
△△という店はここではないですか、と葉書の地図を示しながら訊ねてみたが、その男性は曇った顔をして、この地図はたしかにこの場所であるようだけれども、そこに記されている店はここではなくて別の場所である、ただし、もう何年か前に火事で燃えてなくなってしまったけれど、と言うのだった。
そんな馬鹿な。僕は、男性の背中を見送りながら、狐に化かされたような気分になった。



後日、家の引き出しから学生時代の名簿を見つけてきて、新年会の案内の葉書を寄越した知人の自宅に電話をした。
僕の声を聞いた彼はとても驚いた様子だった。電話の向こうの彼の声色は、意外だ、ということも暗にほのめかしていた。
自分で葉書を寄越しておいて、その反応はないだろうと思ったが、僕が受け取った葉書のことを伝えると、そんなものは出してはいないという答えだった。今回の顛末を話してみても、やはり反応が鈍い。むしろ、彼の声色からは、いきなり電話を掛けてきた僕のことを不審に思っている節がにじみ出ている。これでは僕の方が怪しい人物になってしまうと思い、自宅に電話をしたことを詫びて受話器を置いた。

それから、もう一度、例の葉書を確かめようとしたのだったが、僕の元に届けられたそれは消えてなくなっていたのだった。紛失してしまったのか、どこかにしまったことを失念しているだけなのか、いずれにしても、二度とその葉書を目にすることはなかった。
神楽坂の火事についても、パソコンで検索して調べてみると、たしかに3年ほど前に店が焼失したという記事を見つけることが出来た。あの時、年配の男性に教えてもらったことは本当のことだった。
しかし、はたしてその店が葉書に記されていた店だったのかどうかは、今となっては確かめることもできないし、思い出すこともできない。

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この記事へのコメント
石庭さんの不思議ワールド、絶好調ですね^^;
京都の石塀小路のような、いやもっと規模の
大きな路地エリアなんでしょうか・・・
神楽坂って名前からして、いいですね。
ぜひ冒険してみたいです。(出て来れなくなったりして)
Posted by 一休 at 2010年01月11日 23:58
本当に石庭さんの不思議ワールドは良いですねぇーーー!!
石庭さんのワールドに吸い込まれながら・自分自身でも
空想の世界をつくる事が出来るんですよ(笑)
何故なんでしょうね????
Posted by 金沢大好きッ子 at 2010年01月12日 21:48
>一休さん
神楽坂は、かつては(といっても戦前は)とても賑わった花街だった場所なのですが…
今は料亭の姿も数軒、わずかに残った石畳の路地にその面影を想像するばかりなのです…。
東京は、京都とは違って景観の保存という考えが薄いせいか、マンションは建つし、コンビニやチェーン系の店も多いし、
それでも、こうして、かすかにでもノスタルジックな気分に浸れる場所は貴重な感じです。

>金沢大好きッ子さん
空想といえば、撮ってきた写真を並べてみて、そこから私の空想(妄想)が始まるんです(笑)
このボロい民家の写真をここで使おう!とか、おじさんの背中の写真をここで使おう!とか……
そんな感じで組み立てていくと、何の脈絡もなく撮りだめた写真が、一本の線でつながるっていうか、そんな具合です。
Posted by 石庭 at 2010年01月12日 23:26