2010年01月11日

【展】聖地チベット展

会期最終日に駆け込みで上野の森美術館の「聖地チベット展」を観覧。
チベットといえば政治的にも難しい地域で、実際、この展覧会も主に中国のバックアップがあることから、会場である美術館の前にはチベット問題を抗議する人たちの姿もあって、政治的な問題が絡んでくると、こういう展覧会の成り立ちの難しさを考えさせられました。

ともあれ、ここは美術館。純粋に仏像やら仏画などを美術品として眺めてゆくと、見慣れた日本の仏像とは異なる(当たり前のことだが…)形態や表情に目を奪われる。
湿潤な気候の日本では木造仏が発展したけれども、乾燥した高地のチベットの仏像は銅造鍍金の仏像が主なんだなぁ…とか、仏像のポーズも日本のそれに比べて動きが豊かなんだなぁ…とか、十一面観音は日本とは違って縦に並ぶ十一面なのか…とか(そして暴悪大笑面は上から二段目にある)、仏像たちが身に付ける装飾にやたらと髑髏が多いなぁ…とか。髑髏は人間の煩悩などの克服を表すようだ。
中でもインパクトがあったのが、このチラシの写真にもなっている「父母仏立像」と呼ばれる仏像群。
多面の顔と複数の腕を持つ仏が妃と絡むように抱き合い、男性仏と女性仏が一体化(要するに交合)して得られる快楽の果ての悟りを表すのだが、下半身部分を見てみると、なるほどたしかに結合されているのだった。本来であれば、下半身部分は人の目に触れないように布で覆われているらしい。日本でいうと、象頭人身の二体が抱き合い、夫婦和合や子授けの神様として信仰される歓喜天を想起させられた。
仏教世界の根底には、こうしたグロテスクやエロチシズムとも紙一重ともいえる表現が存在するのだと、あらためて感じさせられた。


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