2010年02月28日

【展】長谷川等伯展

2月23日から始まった「没後400年特別展 長谷川等伯」
こういう会期の短い話題の展覧会は、会期の頭の方に足を運んでおくのが吉!というわけで、さっそく見てきました。
まずは、東京と京都の等伯展を担当された方の記念講演会を聞き、会場へ入ったのが16時過ぎ。待機列はなく、スムーズに会場に入ることができた。入り口付近は例のごとく人が詰まっているので、さっさと歩を進めて会場の中盤あたりから見始めて、閉館が近づく頃にもう一度最初から見ていく(すると、人もまばらになっている)。こうやって観覧していくと、ストレスも時間の無駄もなく見ることができるので、最近はこのパターンです。

以下、講演会のメモを交えて……

●「やまと絵師・長谷川等伯−信春時代の仏画から智積院障壁画へ」

・等伯は、能登の七尾時代は「信春」と名乗る絵仏師だった。「信春」は、当初、等伯の息子の久蔵の筆名と考えられていた。
・熱心な法華宗徒(日蓮宗)だった等伯は、七尾を中心とした日蓮宗寺院に多くの仏画を残した。
・信春の仏画には、細密な描写と、衣文の輪郭線に金泥を用いるなど、豊かな装飾性が見られる。
⇒「三十番図」では、神様たちの背後の屏風に、画中画として後の水墨画や金碧画のモチーフとなる絵を見ることができよう。
・等伯の培った細密な描写は、仏画にとどまらず、他ジャンルの画にも。
⇒例:肖像画「伝名和長年像」…手に持った扇に描き込まれた水墨画、落款の印まで見ることができる。

●「信春から等伯へ−新発見の金碧花鳥図屏風を中心に」

・等伯の場合、初期から晩年まで作品がよく残っており、仏画や水墨画などは編年作業をするのに十分な資料が伝えられているが、唯一、金碧画だけが経歴を辿りにくかった。
・それでは、突然変異的に祥雲寺障壁画(現在は智積院に伝わる「楓図」「桜図」他)の傑作が誕生したのか?これまで、祥雲寺以前に等伯は金碧障壁画を手掛けたことがなかったという説だったが、秀吉が亡き息子の菩提寺である祥雲寺の障壁画の作成に、実績のない等伯をいきなり抜擢するだろうか?であれば、祥雲寺以前に金碧画の製作があったはず!
・そこで、以前から知られていた「花鳥図屏風」が等伯作ではないか?…と研究調査が進められ、等伯の作品であると断定された。本来はもう一隻があったと考えられ、現存するのは左隻だろう。左隻には春夏を描いているので、右隻には秋冬が描かれていたのかもしれない。
・等伯が「信春」と名乗って京都に出てきた時代は、狩野派(棟梁は狩野元信)が大名から金碧画の受注を得て、絵師集団として大いに興隆していた(それはやがて孫の永徳へと受け継がれてひとつの頂点を迎える)。
・等伯も絵師として身を立てるには金碧画の習得が必須であると考えても何ら不思議ではなく、後にライバルとなる狩野派で学んだと思われる節さえある!
⇒狩野派の粉本を用いたと思われる「春耕図」、狩野秀頼の画風に近い「陳希夷睡図」など。
・また「花鳥図屏風」は、のちに等伯の息子・久蔵が描いた「桜図」の構図に共通性を見出すことができるだろう。久蔵が父の画作に学んだと想像するのも難くない。

……というわけで、今回の出品の目玉のひとつが「花鳥図屏風」です。
そして、等伯の金碧画の頂点である「楓図」が京都智積院から出張展示。智積院の宝物館で何度も見たこの作品がここにあるというのは、何だか不思議な気分だった。それから、いつも父親の「楓図」と並んでいる息子久蔵の「桜図」が京都で留守番している姿を想像したら、ちょっと胸が締め付けられるものがあった。
同じく京都本法寺からやって来た巨大な「仏涅槃図」。以前、本法寺で見たのは原寸大複製写真だったので、本物を見ることができて良かった。色彩の鮮やかさ、描写の細かさに圧倒された。
最後は「松林図屏風」。



2008年までは新春の国宝室に毎年展示されていたのだが、ここ2年はご無沙汰。なので、久々に再会。
写真は平常展に出品されていたときのもの。写真のように、屏風の前が空いていて、のんびりと見ることができたわけはなく、ここはやはり混雑していた。

3月には長谷川等伯の特集番組も放送されるので、混雑も激化するのでしょう…。

NHK日曜美術館「夢の等伯 傑作10選!」(3月7日)
NHK歴史秘話ヒストリア アンコール放送「美の戦国合戦〜長谷川等伯vs.狩野永徳 絵師たちの夢と野望〜」(3月10日)

4月10日から始まる京都会場での展覧会に合わせて、春期非公開文化財特別公開でも等伯らの作品を数多く見ることができそうですね。

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この記事へのコメント
そうですか、そういう深い宗教的な精神の背景があったんですね。

思い当たる節もあります。

これ箱根の美術館にあったような気がしますが、いったいどこで見たんだろう。
Posted by ぜ at 2011年11月10日 00:42
コメントありがとうございます!
等伯は熱心な日蓮宗徒でしたし、京都の日蓮宗のお寺にも等伯の画が多く残ったりしていますね。
仏画に水墨画に金碧画と、いろいろな画風で一流の腕を見せた絵師だったと思います。
Posted by 石庭 at 2011年11月12日 22:59