2010年03月14日

【展】平常展も面白いんですよ

東京国立博物館の平成館で開催されている「長谷川等伯展」も盛況なようで、かなり混雑している様子。
そんな中、混雑を避けるように、先日の等伯展で訪れた際に見ることができなかった本館の平常展へ足を運ぶ…。

お目当ては、これ! 狩野永徳の「許由巣父図(きょゆうそうほず)」二幅。
いつぞやの京都の永徳展で出品されているのを見て以来、もう一度見たいなぁ…と願いつづけること2年余り、ようやく平常展に登場。



許由と巣父という中国の伝説的な高士の故事を題材とした掛軸水墨画なのだが、絵にまつわるエピソードはピンと来ないものの、これに関しては永徳の筆の運びを眺めているだけでも楽しい。ぐっと引き込まれてしまう。
滝や許由という人物はやわらかな筆遣いで描かれているのに、彼の身に付けている衣服だけがカクカクとしたいきなり激しい筆遣いに(左)。
そして、松の枝ぶりを見てみると、ドリッピングアートのように奔放に踊りまくる(右)。



こちらは牛を連れた巣父。やはり衣服がカクカクしている。となりの牛の穏やかな筆致との対比が面白い。



許由は、帝堯の「国を譲る」との申し出に対して拒否を示し、その申し出のせいで「耳が汚れた」と言って滝の水で洗う。それを見ていた巣父は「川の水が汚れた」と言って牛に水を飲ませず帰る。
権力者の囁きは、許由にとっては耳垢も同然のもので、また、巣父にとっても、許由が権力の囁きを洗い流した水は、牛に飲ませるにも値しない汚らわしいものだったようだ。

こちらは、永徳の養子であり弟子でもあった狩野山楽の「黄石公張良虎渓三笑図屏風」。
京都狩野派の始祖でもある山楽は、こうした大きな障壁画や屏風絵に力を発揮した。



《屏風と襖絵》のコーナーには、もう一品、狩野派周辺の屏風絵が出品されていた。さて、続いては……
《書画の展開》コーナーへ。こちらも、狩野派の作品が大部分を占める。
企画展で長谷川等伯を開催する一方で、平常展においては、等伯と画壇の覇権を争った狩野派をずらりと並べてみせる。
このあたりのチョイスが、平常展の面白さでもある。



狩野山雪「玄鶴芦雁図」の鶴と「山水図」。山楽の後を継ぎ、京都狩野派をリードしたのが山雪。
見た目はまったく違う作風だが、どちらも山雪。この時代の絵師は、いろいろな絵を描く技術を身に付けていたのですね。
「山水図」は、橋や建物といった人工物の形作る横のラインに、自然物である岩山の稜線の縦のラインが交差する対比が面白い。



こちらも京都狩野派の狩野永岳「帝尭・四季山水図」。とても穏やかな画面だ。
この帝尭こそ、冒頭で紹介した「許由巣父図」の許由に「国を譲る」と申し出た人物。



帝尭は、自分の治世があまりに平和なため、かえって、本当に世の中は平和なのか、民衆は満足して暮らしているのか…と不安になり、自分の治める土地の様子を確かめようと、変装までして村へ出て行った。すると、子供たちが帝尭を賛美する唄を歌っている。けれども帝尭は、それさえも大人たちに歌わされているのではないかと疑ってしまうのだったが、大人たちもやはり楽しげに歌っているのだった。その歌は「帝の力はいかばかりのものか、帝がいてもいなくても同じことさ〜♪」という内容のものだったが、これを聴いて、帝尭は世の中が本当に平和であることを知った…という故事。
この絵は、帝尭が子供たちの歌を聞いている場面だろうか。帝尭は優れた君主像として、伝説上で語り継がれてきた人物。
ここで永徳の「許由巣父図」からストーリーがつながりました。

そして最後に、今日の平常展の珍品は……浮世絵コーナーより、川又常正「見立許由巣父図」。



永徳の「許由巣父図」と比べてみて、どうでしょう。伝説的高士である二人の人物が、二人の女性に置き換えられてしまった。
崖の上の女性は、滝で手を洗う許由と同じポーズをし、もう一人の女性は、牛を連れた巣父よろしく、愛玩犬を連れている。
永徳の「許由巣父図」を出品しつつ、ここで“見立て”の遊び心をさりげなく差し出してくる演出が心にくい。

帰り際、平成館の様子を見に行ってみると、長谷川等伯展には4時半を過ぎてもまだ待機列があった。これで30分待ちくらいらしい。



2週間前はまだまだ余裕なくらいだったのだが…やはり混雑してきている様子。

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