2010年03月16日

金沢・寺町寺院群

予感があった。



今にも雨の落ちてきそうな空の下、私は急ぎ足で待ち合わせの神社に向かった。



滞在していたホテルに私あてに電話があったのは、前の晩のことだった。電話の声の主は男のものだった。
電話をつないでくれたフロントの女性は、不審に思う様子もなかったが、今にして思えば、彼女もその男の片棒をかついでいたのかもしれない。
男は神社の名前を告げて、その神社の社殿の裏で待っていると言った。しかし、私には心当たりがなかったので、正直にそう告げると、ぷつりと電話が切れた。



とにかく、指定された神社を地図で調べ、翌日の朝にその場所へと向かうことにした。何か気味が悪かったので、捨て置いて居心地の悪いままでいるよりは、はっきりさせてやろうという魂胆だった。
犀川に架かる橋を渡り、寺院の立ち並ぶ通りの塀沿いに歩いていくと、神社の鳥居が見えてくるまでにはそれほど時間は掛からなかった。
すると、塀の角にたたずんで、私のことをずっと見ているマスク姿の男があった。
もしかしたら、彼が電話の主の男ではないかと思ったが、彼は歩きすぎる私のことをじっと見ているだけで、呼び止めようとはしなかった。
まったくの他人であったのか、あるいは、私の監視を命じられたのかもしれない。



そして、鳥居をくぐって境内へと入っていくと、はたしてそこには社殿などはなかった。
社殿建設予定地と書いた角材が立っているだけで、あとはプレハブ小屋があるだけだった。



どうやら、このプレハブ小屋が神社の本殿らしく、天満宮と書かれた扁額が掲げられていた。
もちろん、そこには誰の姿もなかった。もしかしたら、私が待ち合わせに指定された神社を間違えたのかとも思ったが、たしかにこの神社で間違いなかった。



鳥居を出ると、寺院の塀の角に、先ほどのマスク姿の男の姿はなかった。
やがて雨が落ちてきて、雨粒がひとつふたつと私の頬を打った。胸の内では、雨が波紋が作るように、かすかな胸騒ぎの波が立ったが、私はその予感を無理やり飲み込んだ。



ホテルに戻ると、私はフロントの女性に、前の晩に電話をかけてきた男について訊ねてみた。
すると彼女は、戸惑った顔で私を見返した。ええと…失礼ですが、何号室のお客様でしょうか。
そう言う彼女に対して、私は部屋の番号と自分の名前を告げて、これまでの事の顛末を伝えた。なるべく冗談めかして、さも不思議な話であるかのように、軽い調子で伝えたつもりだった。
しかし、彼女の見せた表情と、私に告げた言葉は、まったく予想しないものだった。
失礼ですが、お客様のお名前ではご宿泊の記録がないようなのですが。他のお部屋にも、お名前が見つかりません。
彼女はそう言うと、不審な顔をしたあと、今にも泣き出しそうな顔をした。
今にして思えば、やはり、彼女も電話の男の片棒をかついでいたのかもしれない。

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