2010年03月25日

桜を歩くの記(2)近衛邸跡の糸桜

しかるに花の名高きは、まづ初花を急ぐなる、近衛殿の糸桜。



能のことはまったく明るくないのだけれど、世阿弥の書いた謡曲「西行桜」は、近衛邸の糸桜を花の名所として謡っている。
「西行桜」は、西行の夢の中に桜の老木の精が現れ、桜の美しさについて問答をするという謡曲だが、近衛邸の糸桜は、春が来ると急くように初めに花を咲かせる糸桜だ、というのである。



もっとも、当時の近衛邸の桜と、現在我々が目にすることのできる桜とでは、たたずまいも周囲の様子も大きく違うだろうけど、春を告げる早咲きの桜として有名であるということは、今も昔も変わらないらしい。



今出川通を西へ歩いて京都御苑へ。今出川門から苑内に入ると、すぐに近衛邸跡の枝垂桜が見えてくる。
この桜たちが、かつての花の名所としての記憶を伝えるように、今なお、洛中でひと足もふた足も早く満開を迎えるというのは、なんというか、とても面白い巡りあわせだと思わないではいられない。もしかしたら、ここの土にはそうした歴史の記憶が埋もれて、根っこを通して桜の木々に語りかけているのかもしれない。


ところで、夢の中で問答を重ねた西行と老木の桜の精は、その後、どうなったのだろう。



夢の中で桜の精は舞を舞い、春の夜のひとときを楽しむが、やがて夜が明けると桜の精は西行に別れを告げ、西行の夢も覚めてしまう。



あたりを見渡してみれば、どこにも人影はなく、ただ桜の老木だけがひっそりとたたずむばかりだったのである。



◆出町柳=(徒歩)=本満寺=(徒歩)=京都御苑

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