2010年03月28日

桜を歩くの記(5)車折神社の渓仙桜

平野神社から北野白梅町まで歩いて、嵐電に乗ってさらに西へ向かい、車折神社の駅の小さなホームに降り立つ。
ここで降車したのは、僕ともう一人。若い女性だった。
そして、電車は嵐山へと向かうべく、駅をあとにした。僕はホームに立ったまま、たくさんの人たちを乗せた車両を見送った。



駅のホームから目と鼻の先、道をひとつ隔てて裏参道。



少し歩いていくと、見えてくるのが、早咲きの桜として有名な“溪仙桜”と呼ばれる桜の木。



溪仙桜の名は、日本画家の冨田溪仙が奉納したことに由来する。



明治21年から明治26年まで車折神社の宮司をつとめていたのが、文人画家だった富岡鉄斎。
冨田溪仙は鉄斎に私淑していたこともあり、その縁もあって、この桜の木を奉納した。
それから、この神社の境内には面白げな摂社や末社が点在する。



芸能神社は、芸能や芸術の分野からの信仰も厚く、境内にはテレビでよく見る芸能人らの名前を記した玉垣がずらりと立ち並ぶ。



千社札やらブロマイド写真やら……



なんかもう、ごちゃごちゃとたくさん貼ってある。



裏参道は木々の緑が深く、初春の木漏れ日が心地良い。



清めの社にて。
おいおいおい!すごい盛り砂が置いてあるな!…と興奮しながら近付いてよく見てみたら、固めてあった。



末社のひとつ、滄海神社。
この末社の作りはとても珍しい。社殿の周囲に溜められた水は、前方の水路のようなところへちょろちょろと流れていく。水路にはやや大きい石がふたつ置いてある。そして、こちら側には手水のような水溜まりがある。



社殿の背後の白塀には、雲や山の景色が描いてある。滄海とは大海原のこと。なるほど、この小さな空間を大海原に見立てているのかもしれない。
現在は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を祀っているが、もともとの祭神は弁才天。「水」に関係の深い場所に祀られることが多い神さまだ。



裏参道を出ると、すぐそこは嵐電の駅のホーム。





◆出町柳=(徒歩)=本満寺=(徒歩)=同志社前《京都御苑》=(市バス・220円)=上七軒=(徒歩)=平野神社=(徒歩)=北野白梅町=(嵐電・200円)=車折神社

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