2010年04月06日

東京の桜:松陰神社

吉田松陰。没年1859年。29歳。



世田谷線の松陰神社前駅の商店街を抜けると、松陰神社の参道の桜の風景。



ここには吉田松陰の墓所があって、小さな墓域には、松陰とともに長州藩ゆかりの人たちが眠る。



千住小塚原(東京都荒川区)の回向院にあった松陰の墓所を、高杉晋作や伊藤博文ら、長州藩の志士たちがこの地に改葬した。
あたり一帯には長州藩主毛利家の別邸があったので、そういった縁もあったのだろう。
長州藩は幕府と対立したため、長州征伐の際には、この墓所も幕府の手によって破壊されてしまうが、明治時代になってから木戸孝允(桂小五郎)の手によって修復される。



松陰の墓地の前には、のちに徳川家から謝罪の意を込めて奉納された水盤と石燈籠が立つ。



境内の石燈籠は、伊藤博文や山県有朋ら、長州藩ゆかりの人物の縁故者から奉納されたもの。



そして、境内の一角には、長州時代の松陰が教鞭をとった「松下村塾」が建てられている。
…といっても、これは、山口県萩市の松陰神社境内に保存されているオリジナルの「松下村塾」を模したもの。



現在の社殿は昭和2年から3年にかけての造営。



東京の世田谷でかいま見る、幕末の歴史めぐりでした…。



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