2010年08月10日

夏の午後 金戒光明寺

墓参。



卒塔婆や墓石や木々の間に見える文殊塔の眺め。



「黒谷さん」こと金戒光明寺の墓地は、僕が愛する墓地散策の道だ。



そして、肩と肩をすり合わせるように寄せ集められた、名も無き墓石たち。
思い返してみれば、子供の頃から墓地という場所が好きで、とくに、こうした世間から忘れ去られたような墓石の姿には、いっそう強く、愛惜の念を隠すことができなくなる。
気分がくさくさして晴れないときは、こうして青空の下に出て墓地を歩けば、懐かしい気分で心が落ち着いてくるし、



生きていく上での難しい考えごとをするときは、墓地の木陰に腰を下ろして思念もする。



と、ここまで書いて気が付いたが、僕はすでに生きていないのだから、生きていく上での考えごと…というのはおかしいな。
自分で書いていて、笑ってしまう。



しばし青空の下での散歩を終えた僕は、また、土の中に帰る。草の匂い、土の香り、木の根のぬくもりに帰るのだ。



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この記事へのコメント
ふいに亡者の視点に反転したところで
写真まで ちがった風景に見えるのが不思議です
とても おもしろかったです^^

散策の途中で 着想されたんですか…?
Posted by dendoroubik at 2010年08月11日 11:33
>dendoroubikさん
こうしたキャプションは、だいたいは、写真を見返しているときに思い付きで書いてます!
写真と写真をつなげる文章として、たまにはフィクションを混ぜてみたりとか。
「墓地の木陰に腰を下ろして思念もする」という石の仏さんから始まって、前後をつなげた感じです。
でも、古い町の墓地はいいですね。味があります。夜はさすがに立ち入りがたいだろうけど…
Posted by 石庭 at 2010年08月11日 22:26