2010年08月18日

夏の庭 一休寺 その2

この酬恩庵一休寺は、その名前の通り、一休宗純が再興し、亡くなるまでの晩年を過ごした場所。



一休宗純の墓所もこの境内にある。
後小松天皇の落胤であるという説に基づいて、その墓所は、天皇の御陵などと同じように、宮内庁管轄となっている。
墓所の扉には、天皇家の菊紋の透かし彫り。“後小松天皇皇子 宗純王墓”という立て札もある。
一休宗純といえば、アニメ「一休さん」のモデルであることは言わずもがな。
けれども、一休宗純の肖像画を見た後では、アニメの中での坊主頭のかわいらしい男の子は、あまりにもかけ離れたイメージ。



一休宗純は、飲酒や肉食や女犯もいとわぬ破戒の僧として知られるが、それは一方で風狂の精神とも評され、その人間臭い生き方は、民衆の間では絶大な人気があったらしい。



そんなことから、応仁の乱後、戦火で荒廃した大徳寺の住持に就いた際は、彼の人気も手伝って、有力商人らから多くの寄進を集めるなどして大徳寺を再興した。



こうした民間での人気が、後に、一休さんの頓知咄を生み出す下地となりました。境内には「このはしわたるな」も。



酬恩庵の周辺や、寺から京田辺の駅までの間。



路地に入ってみたりすると、なかなか味のある家並みを見ることができたりする。



炎天下の中、ちょっと頑張って回り道。



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