2010年10月19日

北陸妄想(9)三国の町

瀧谷寺をあとにして、三国の町を歩いた。



山門のたたずまいが印象的な永正寺には、江戸時代、この三国の遊女であった哥川(かせん)の墓地ある。
哥川はまた、俳人としても名を馳せ、お抱え遊女でありながらも、江戸に下って俳人らと交流するなど、かなり異色の女性であったらしい。
当時の一流の遊女は芸事や教養を備えていたが、哥川もそうした格式のある遊女の一人だったのだろう。
永正寺の角を折れると、九頭竜川。



河口のこの町に吹く風には、潮の香りも含まれている。港はもう、すぐそこだ。



三国の町には古い建物も残っていて、一般の家屋の中にも、建てられてからの月日の長さを感じさせるものもあったり、



こうして格子窓の残る家屋には、かつての町の面影を重ねることができたりする。



昼食は、Mという老舗の蕎麦屋でおろしそばを食べた。この北陸の地で行方をくらました知人も、この店を訪れ、同じものを食べていた。
彼の残したブログには「おろした大根の辛味が冷たい蕎麦に絡んで美味しい」と、まるでテレビのレポーターが言うような変哲のないことが書かれていたが、なるほど、たしかにその通りの美味しさだった。

そして、この蕎麦屋の若い従業員にも、行方不明になった彼のことを訊ねてみた。
写真を示して「この男の人がこの店に来たはずなんだけど…」と問うてみると、従業員は戸惑った表情を見せたあとで、「真顔で冗談はやめてくださいよ」と笑った。
「この写真、お客さんのじゃないですか」
若い従業員の彼は、そう言うのだった。たしかにそう言ったのだった。



三国駅から港へと向かう道はなだらかな坂で結ばれている。
僕は、先ほどの蕎麦屋の従業員の言葉を反芻しながら、坂を上ったり下ったりした。行方不明の彼だと思っていた写真の人物は、彼ではなくて僕だというのだ。彼ではなくて僕だというからには、行方不明になったのは僕なのであり、その行方不明の人物を探しているのも僕であるということになる。



やがて、高台にある金鳳寺というお寺にやって来た。
境内からは、黒い屋根瓦の町並みと、九頭竜川の河口付近を見渡すことができた。かつては、漁師たちがこの場所で漁に出るための日和見をしていたという。



三国の町の屋根瓦は、真昼の太陽ににぶく光り輝いていた。
しばらく眺めているうちに、目が眩むように視界が暗くなってきたのは、何も瓦に反射する光のせいばかりでもないことは、分かりきったことだった。

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