2010年12月20日

冬の一日 浅草仲見世通り

手。



お土産にお煎餅を。人の手から手へ。


それから、職人さんの菓子を作る様子。



並んで待つ間、じっと眺めていても飽きない。



それから、食べ歩き用の手焼きの煎餅。しょう油の焼ける匂いが香ばしい。



忍者…。仲見世通りには、この手のキッチュなお店も多く存在する。



あらためて言うまでもないことだけど、浅草寺には海外からの観光客の姿が多い。
なるほど、浅草寺を中心とした浅草を見渡してみると、日本らしい食の店もよりどりみどりで、仲見世通りを歩けば日本のお菓子を作る実演や販売もあるし、いかにも「SAMURAI」な感じのキッチュなお店が立ち並ぶ。浅草寺の境内に入れば、大きな門やお堂が建ち並び、多くの人たちのからっとした明るい信心の姿がある。香炉で香を焚いて煙を浴びて、お賽銭を投げて手を合わせ、おみくじを引いて一喜一憂し、お札やお守りを買って帰れば、その一連の流れで、日本の信仰にふれた気分を味わうことができる。国籍や人種の分け隔てがないという意味で、浅草寺のあり方はとても親しみやすい。そして、雷門をくぐって通りに出れば、街の喧騒があり、車が走りまわる。怪しげな人たちが徘徊しているのも、独特だ。
浅草寺を中心とした一帯には“日本らしさ”をデフォルメした姿が凝縮されている。それは多少コミカルで、我々の思う“日本らしさ”ではないかもしれないけれど、これもまた、日本らしい姿なのだと実感する。こうして、ひとつの狭い地域に凝縮された場所は、日本のどこを見渡しても、他に思いあたるところがない。なるほど、浅草は面白い。



「もっと悲しき石庭」も始めました。

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