2011年06月28日

【展】五百羅漢 狩野一信

狩野一信 五百羅漢ちょっと江戸絵画でも…その2。
会期終盤の江戸東京博物館「五百羅漢 〜増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師・狩野一信」へ足を運ぶ。
ちょっと前までは知る人ぞ知る絵師だった狩野一信だが、増上寺に奉納した100幅の五百羅漢図が知られるにつれて、近年、再評価が著しい。
かく言う自分も、狩野一信の名前を初めて知ったのは、赤瀬川原平と山下裕二による著書「日本美術応援団 オトナの社会科見学」(2003)でした。本展覧会の仕掛人は、この本の著者の一人である美術評論家の山下裕二。“日本美術応援団は、一信を徹底的に応援し、「五百羅漢図」全百幅を常時、一般公開する空間をつくることを強く提案するのであった”…と、何年も前に訴えていたわけだから、ようやく彼の念願が叶った企画展でもあったわけだ。そして僕も、何だか狩野一信ってすごそうだな、いつか全部見てみたいな…と思っていたわけなので、僕の念願も叶ってしまったわけなのである。

さて、五百羅漢図。順々に辿っていくと、一信の絵師遍歴を辿るようで興味深い。
羅漢の日常(第1〜10幅)や教化(第11〜20幅)の場面でソフトに始まったかと思いきや、第21幅以降は大きな変貌を遂げ、いきなり鬼気迫ってくる。六道からの救済(第21〜40幅)では、凄惨な表現の中に人間のあさましさを冷徹に観察する画家の目がある。西洋的陰影画法への興味を示した羅漢たちの修行風景(第41〜50幅)は異様なたたずまい。このあたりで、一信の技術も頂点に達したかのようだ。
けれども、病に伏せがちになった一信の体力とともに、羅漢図の強靭性もしだいに失われていく。81幅以降の七難以降は背景が黒く塗りつぶされて省略され、人物の姿も類型的にも見える。一信は96幅をもって息を引き取り、全100幅の完成は弟子たちの手に委ねられることになった。したがって、96幅までの最後の方にも弟子たちの手が多く入っていると考えられていて、とくに91幅以降の散漫な印象を受ける絵は、一信が燃え尽きるのを眺めているようで、痛ましく、悲しくもある。

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