2011年07月10日

【展】ジョセフ・クーデルカ プラハ1968

ジョセフ・クーデルカ主に経済政策の失敗から、ソ連による東ヨーロッパの社会主義圏の国々への影響が揺らぎ始めたのが、1960年代。東欧諸国はソ連に離反し、アルバニアはソ連と断交、ルーマニアもソ連と離れて独自路線を歩み始める。
この流れに乗って、チェコスロバキアがドプチェク政権の下で自由化・民主化を進めた、いわゆる「プラハの春」が1968年のこと。この動きに危機感を持ったソ連は、ワルシャワ条約機構に属する多国籍軍(ソ連、東独、ポーランド、ハンガリー、ブルガリア)を率いてチェコスロバキアに軍事介入、武力によって自由化・民主化の流れを終結させてしまった。これがいわゆる「チェコ事件」と呼ばれるものである。

というわけで、この軍事介入からの数日間を、プラハ市民の1人として撮影した作品が、東京都写真美術館で7月18日まで開催されている「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」で展示されている。
並べられた写真からは、市民の表情の変化、激化していく街の変化を時系列に辿るようで、緊迫感にあふれる。
はじめは、突然の武力介入に戸惑いや不安の色が濃かった市民の表情が、やがて怒りが表れ、歯を剥いて異国軍を問い詰めるようになる。そして、街は戦いの場と化し、血が流れ、葬送が行われ、人の姿がなくなり、悲しみと挫折感におおわれた市民の表情や街の光景は、とても痛ましい。
わずかな観覧時間のあいだにも、ふと、写真の向こうの非日常に感情を移入してしまうような、力のある写真ばかりだった。

当然、これらの写真は自国で発表できるはずもなく、プラハからアメリカへ秘密裏に持ち出され、翌1969年、写真家の名を伏せたまま、匿名者によるドキュメンタリー写真として発表される。撮影したクーデルカ自身がこれらの写真の作者であると名乗ることができたのは1984年になってからのことだった……というエピソードも、これまた東西冷戦の歴史におけるひとつのエピソードとして、興味深い。

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/rock_garden/52025108