2011年11月17日

【展】ゼロ年代のベルリン

ゼロ年代のベルリンドイツの現代美術その2。
原美術館ではドイツの現代美術のアーティスト2人を紹介する「アート・スコープ インヴィジブル・メモリーズ」を、そしてこれは偶然のタイミングなのか、この東京都現代美術館でもまた、ベルリンに暮らすアーティストを紹介する「ゼロ年代のベルリン わたしたちに許された特別な場所の現在」を開催。現代美術のアーティストたちが集まるベルリンから発信された作品の担い手は、国籍も人種もいろいろ、それゆえに、ジャンルもメッセージも雑多で、あふれ出る想像力の量に、見ているこちらが戸惑ってしまいそうだ。

それにしても、現代美術の展覧会ともなると、ビデオ作品というものがずいぶんと増えたものだとあらためて実感する。モニターをふたつ(あるいはそれ以上)並べて、異なる映像を綴るという手法も、もはや珍しいものではなくなった。
ビデオ作品も悪くはないのだけれど、15分、20分、あるいは1時間にも及ぶ作品が次から次へと並んでいると、やはり全部を見るのは難しい。時間も掛かるし、よっぽどの気合いと引き込まれるものがないと、見続けることができない。
とはいえ、短編映画でも見ているかのような、凝った内容で引き込まれるものが多いのもたしかだ。
彼らの作品にどこかしら共通して漂っているのは、コミカルさやナンセンスなところ。彼らの表現する世界は戯画的で、そこには対象を少し離れたところから冷徹に分析する目を感じないではいられない。
マティアス・ヴェルムカ と ミーシャ・ラインカウフによるビデオ作品《ネオンオレンジ色の牛》はとくに印象深かった。
ベルリンの街のあちこちでブランコをゲリラ的に設置し、ただこいでいる様子を記録したものなのだが、このコミカルっぽさと表裏一体のように漂う、哀愁漂う都市の孤独感は、いったいなんなんだろう。


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