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本日 剣鉾差し、神輿の渡御が盛大に行われたが、
それに先立ち、昨夜「夜渡り神事行列」が執り行われた。


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千年を誇る祭礼に京の深さが見られました。

その一つが・・・
知恩院前瓜生石にて神官と僧侶が立ち並び、剣鉾を飾った祭壇にて、神仏習合しての禊ぎ祓い、法要が共に行われていること。

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その二つが・・・
東北ねぶた祭などに見られる風流山車の原型と思われる、粟田大燈呂が復活し、3.6メートル四方の山車が光を放ち姿を見せたこと。

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その三つが・・・
祇園御霊会を思わせる、貴賎群集の祈願をが各々の表現で声をあげ、瓜生石の周りを廻ること。

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その大合唱に平和への願い、叫びの姿を感じざるを得なかった。

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メモ /
この瓜生石は、知恩院の創建より以前からこの地にあったといわれています。

この石は、地下は地球の深部までとどいているとか、石の下に二条城までつづく抜け道があるとか、さまざまに言い伝えられています。不思議な石です。


この瓜生石にキュウリが芽生え、一夜のうちにつるが伸びて花が咲き実がなって、その上に祇園精舎の守護神・牛頭天王(ごずてんのう)が降り立ち、果実の表面に牛頭天王の文字が現れたといいます。

それは貞観2年(860)6月14日の深夜のことで,その後牛頭天王の神霊は今の粟田神社の場所に移られたともいわれています。


そしてこの祇園の地に牛頭天王を祭る社ができ、祇園感神院(ぎおんかんじんいん)と名づけられました。

また、牛頭天王の霊が移られた場所には祇園感神院新宮が設けられました。

祇園感神院が八坂神社、祇園感神院新宮が粟田神社と改称されたのは明治時代になってからです。


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