伝統的な行事に民族固有の文化をみる

幼少の頃はお正月を迎えると、誕生日前でも歳を一つ加えて数えていた。
無事に歳を重ねられることが叶った去年に感謝し、新年を祝い、年長者からお年玉を貰った。大人達は歳神を迎えるべく、清掃し清めた場所に門松や注連縄などの正月飾りを施し、一家の安全を祈願していた。

また、獅子舞踊りの一行が笛太鼓で囃しながら家々を練り歩いていた。神楽が聞こえると、ご祝儀袋を持って祖母と玄関に出る。口を開いた獅子頭が小生の頭をくわえるように覆いかぶさってくる時の緊張感や、真剣を振りかざす殺陣の緊迫感に正月を感じていたように思い出される。
それは縁起の良いとされるお正月の悪魔払いが民間信仰として生きていた時代のことである。後にこの獅子舞が「伊勢大神楽師(いせだいかぐらし)」と呼ぶことを知った。

その昔は、夏のお盆もお正月も先祖供養の半年毎の祀りであったが、お正月は歳神を迎え五穀豊穣を祈る神祭りに変遷してきている。
そして、歳神を家族で心から迎え、一年が豊作で、家族に病無く元気に暮らせるようにとの思いを表した飾り物が、門松や注連縄、鏡餅なのだ。
このようにお正月を祝う習慣は中国、韓国、台湾、ベトナム、モンゴルにもある。
但し、日本でそうであるような新暦ではなく、旧正月と呼ぶ旧暦で最も盛大に執り行われているのだ。

さて、その正月の飾り物も小正月(15日)を過ぎると取り外すが、松飾りなどのつけられている元日(大正月)から小正月までのあいだを「松の内」とか「注連の内」と呼ぶ。

歳神を迎える道標が門松で、鎮座されるのが鏡餅であり、鏡開きは小正月を過ぎた20日に行うのが元来の習慣である。

「松の内」のお役目を終えた正月飾りなどは、お守り、破魔矢、古いお札、書初めとともに、小正月の「どんど焼き」の日に燃すのも古くからある習わしだ。

決して、燃えるゴミの日に出すものではない。お迎えした歳神様をお送りする伝統的な火祭りなのである。

小正月までに神社の納札所にそれらを納めておくと、どんど焼きの神事として、神社では燃してくれる。 青竹で骨組みされた三角柱の櫓を組み藁を詰め、これに火を投じて焼き上げるのだ。そして、神火が弱まった頃に、篠竹や木の枝の先に餅や団子を刺して焼き、これをいただきながら無病息災を祈願する。更に、どんど焼きの燃えさしを持ち帰り門口に立て魔除けにする。
かろうじて神社ではどんど焼きが続いているが、家庭の庭先で行う「松送り」のどんど焼きが見られなくなり、条例で禁じているところもあるのが残念である。
こんな素朴な民間信仰に触れるとき、人としての安らぎを覚えることは間違いないのだが。

普遍の願いである、無病息災・家内安全・五穀豊穣(商売繁盛)を何処かに置き忘れ、インテリアとしての飾り物が一人歩きし、あるいは、なおざりにされているご時世を小生は憂う。

デザインを楽しみ、時代の意匠を創作することは素晴らしい営みであることを否定はしない。その折々の日を催事として集い楽しむことも否定はしない。
見失ってはならないその原点の心というものが伴うものであるなら。

翻って国家を考えると、間違った解釈の憲法と戦後教育の反省が、個人至上主義と民間信仰を見直し、地域共同社会で培っていくことを考えざるを得ない。
ボーダーレスやグローバリズムなどというアメリカ世界戦略の正義を否定するつもりもないが、固有の文化を大切に確立継承できない民族は、烏合の衆として資本主義の餌食にしかならないはずである。

正月休暇に国民的行事として正月飾りが施され、初詣が行われているのが救いではあるが、正月祝いの締めとして、成人式に埋もれない、祭事としての正月を送りたいものだ。






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