みなさん。こんにちは。先日僕の地元富山県北日本新聞の映画コラム「これを見よ!続」で記事を書かせてもらったのだが、著作権の確認が取れたのでこのブログでも紹介したい。
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心に残る大切な一作
映画「ランブルフィッシュ」(1984年)
「あのバイクに乗って街を出るんだ、海まで行ってほしい」
富山で80年代に青春を過ごした人にとって、それはどんな時代だったのだろう。ジャパン・アズ・ナンバーワンと謳われ、日本経済が世界を席巻。アイドルが歌謡界を賑わせ、華やかなMTV(音楽専門チャンネル)による洋楽全盛時代も到来。ファッションもポップで明るく、日本人デザイナーの海外進出も目まぐるしかった。
一方、グリコ・森永、JAL123便日航機事件といった暗い出来事も。学園は全国的に校内暴力で風紀が乱れ、当時僕が通った学校も、何度窓ガラスを交換しても誰かに破られてしまうような有様。テレビで華やかに原宿を闊歩する同世代が映されても、富山ではどこにも行くところがない。そう、あの高く聳える立山連峰の向こうにさえ行けば夢の世界が広がっていると信じていた。
さて、映画「ランブルフィッシュ」。1984年夏日本公開された青春映画。舞台の設定は、アメリカ中西部の貧しい地方都市。かつての憧れの地はすっかり荒廃し、大人も子供も行き場がなく、暴力、酒、ドラッグ、セックスでしか憂さを晴らせない。主人公は不良グループのリーダーである兄に憧れる。兄は喧嘩も強く頭も良い。そんな兄がある日別人のようになって街に戻って来たところから物語が始まる。
監督は「ゴッド・ファーザー」、「地獄の黙示録」などを手掛け円熟の域にあったF・フォード・コッポラ。主役は当時の煌めく若手スター、マット・ディロンとミッキー・ローク。共演もダイアン・レイン、デニス・ホッパー、トム・ウェイツ、ニコラス・ケイジなど実に豪華。モノクロームで斬新なカット割りの映像と、英ロックバンド「ザ・ポリス」のスチュワート・コープランドによるパーカッシヴな音楽によって、スタイリッシュかつスピード感ある作品に仕上げられている。
モノクロームの世界で唯一着色された水槽の中の闘魚。それを見て兄は言う「あのバイクに乗って街を出るんだ、海まで行ってほしい」。エンディングシーンで遠くから映し出されるのは、海辺に辿り着き、カモメに囲まれる主人公の影。
僕がこの映画を最初に観たのは高校一年の夏休み。高岡市の映画館で、確か大ヒットした「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」との二本立て。一方この映画は暗い内容だからそんなにヒットもせず、誰も話題にしなかった。ところが9月になって学校に戻ったある日、当時の教頭先生がなんと倫理の授業でこの映画の話をしてくれた。「とても良い映画を見つけた」と。少し驚いたけど、嬉しかったのを覚えている。
それから僕は大学で都会に出て音楽の仕事につき、何十年も経った。
人生には闇がある。誰もが永遠に幸せな生活を送れるわけではない。成功して人から羨ましく思われていても、あっけなく人生を断つ人もいる。現実と折り合いがつかず、精神を壊してしまう人もいる。僕はそういう人たちを随分と沢山見てきた。夢を無くしたら人生なんてなんの意味があるのか。そんな虚無感が人を支配してしまうことが稀にある。
辛いけどこれは実際に真実だ。主人公の兄に起きたことは誰にでも起こりうる。都会にいても田舎にいても。有名でも無名でも。若くても大人でも。だからこの作品は青春映画の体裁を取ってはいるけれど、人生を歩む全ての人に当てはまるテーマを描いている。時が経てもその価値は変わらず、僕にとってずっと心に残る大切な一作である。
夢を掴んだとしても、知らず知らず小さな水槽に閉じ込められてしまうことがある。そんな時は海に行きなさい。風に吹かれなさい。太陽を浴びなさい。きっと教頭先生はそういうことを伝えたかったんだと思う。
(2023年10月27日付け北日本新聞・朝刊より引用)