TATUKIの部屋

初めての人もそうでない人も見てもらえるようにしました。霊に関すること、人生相談を受けます。

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  自民党の「ヘイトスピーチ対策等に関するプロジェクトチーム(PT)」が設置された。その理由は国会周辺での大音響の街頭活動やデモに対する規制を議論の対応しょうとしている。そもそも、集団自衛権や秘密規制保護法、原発再稼働に関する反政府デモを規制しょうという政府の検討から始まった。狭い道路を通行人に向かって拡声器を用いる問題からだった。ヘイトスピーチは憎悪表現ともいう。ヘイトスピーチは新大久保などで起きた在日韓国人に対する右翼などの「国家追放」を声高らかに宣伝デモしたのが発端である。特定の人を侮辱することは侮辱、名誉毀損であり、許されることではない。自民党は国会周辺の街頭活動にも拡大しょうとしている。
 アメリカでは「暴動が喚起され、地域の平穏が害される危険が存在する」として規制を掛けているがどこに暴動が見られたか。法律上の規制を拡大解釈すれば、取り締まりが横行しかねない。憲法上の表現の自由があるからである。変えるべきは政府の政策であって民衆の活動規制ではない。衆愚政府に転落し、独裁政治に走りかねない。安倍首相は内閣改造で国会を乗り切ろうとするが、何度でも云おう。辞めるのは安倍首相自身なのだ。

 終戦記念日が終わり、夏休みに入っている安倍首相であるが、9月に内閣改造を実行する考えがある。集団自衛権、国家秘密保護法の制定、憲法9条の解釈、アベノミックスと話題が尽きないが自民党および政府の狙いはどこにあるのだろう。狙いは国民主権から国家主権に変えるためである。そもそも日本国憲法はどのように制定したのであろうか。戦後最大の宰相であった吉田茂は昭和21年5月に内閣を発足させると連合国軍総合司令部(GHQ)がつくった憲法草案に沿って草案を検討を始めたGHQは天皇の地位を人質に日本が二度と米国に歯向かわないようにする意志が刻まれ、第1条の天皇と第9条の戦争放棄を制定させて国防まで放棄するように迫った。15条の国際平和の希求で「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」の基本姿勢と9条の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と誓った。それがアジアに対する日本の高い姿勢を評価した。だが、安倍をはじめとする自民党の面々はこれを気に入らない。自民党憲法草案は「国民の自由や権利を制限し、国家に服従させる」と書かれている。
  日本国憲法は「「国民に義務を課し、権力者に従わせる」という理念を葬ろうとしている。要領では第16条1項で「国の独立と安全を守り、国際平和に寄与するため。軍を保持する」と明記して自衛隊を「国防軍」「国軍」にしょうとしている。なぜなら自民党憲法草案はかっての大日本帝国憲法そのものである。日本国憲法をそっくり大日本帝国憲法に改正しょうとして復活を狙っている。それを制定したらどうなるか、中国、韓国はもちろん、旧日本軍の侵略を受けた東南アジアの国々は警戒し、距離をおくではないだろうか?
 「憲法改正」に執念を燃やす安倍に鉄鎚を下そう。憲法の国民投票に掛けられても反対する意思があれば阻止できる。経済復興を目指すアベノミックスも行き詰まっている。アメリカと集団自衛で他国を侵略する戦争をおこしてはならない。平和主義を目指す日本の高い理想のために。

  8月10日は終戦記念日の前であるが、夜のNHKスペシャルで「60年の自衛隊」を見た。今、集団自衛権で取り沙汰される自衛隊である。そこで見たのは命の重さを知る教育だった。PKO活動幹部になる人材ばかり集めた自衛隊学校で実習生にある部屋に教官が連れていった。そこには138体の柱と呼ばれる殉死した自衛官の遺影が並べられていた。教官はこう伝えた。「ここにある138柱の遺影は今まで殉死した方である。我々が自衛隊を目指すにはこの死をわすれてはならない」と諭した。ある自衛隊の陸幕長は退職式で「一発の銃弾で殺さず、血を流さないことが誇りと思っている。君たちは自衛隊の誇りと義務を果たしてほしいと伝えました。
 世界の軍隊が戦地に赴き、戦闘によって敵地の住民が非難やゲリラ攻撃によって返り討ちする中で自衛隊はPKO活動によって住民の信頼を得た。それはなぜか?その土地の習慣、食べ物、宗教を知り、住民との心の触れ合いによって信頼の輪を広げたからだ。それが和であり、日本の心であった。世界各地で日本の自衛隊が信用されるのはその理由だからだ。憲法の遵守つまり、不戦の誓いが世界の誇りだった。
  だが、集団自衛権発動によって今までの自衛隊のあり方が大きく変わる。現在の日本に置かれている状況は北朝鮮のミサイル、中国の尖閣問題による中国軍の触発である。政府は憲法9条のうち、侵略戦争における武力の放棄を破ろうとしている。過去60年の中で昭和36年代の安保闘争等で国民の反対にあった。その時に持ち出したのはカロザスの「平和は静かに沈黙する」という言葉があった。その教訓は代々の自衛官に受け継かれた。つまり、住民の信頼を勝ち取るには国民に協力し、死を覚悟しても国民のために尽くすのが日本自衛隊の目的であった。それはそれでよしとしても過去の戦争によって傷ついた国民は戦争に反対している。
  安倍首相は国民の声に耳を傾けずに自らの信念を貫こうとしている。日本はアメリカ政府の属国であり、アメリカには逆らえないだろう。だが、一片の良心はあるのか?戦争を美化しても周辺国の信頼は得られない。安倍首相は積極的平和を唱えているが、アメリカの戦争に協力して他国の侵略に手を貸すのは愚かである。

 現在、イスラエルによるガサ侵攻が起こっている。現在2000万人の死者が出ている。
私の下に啓示が降りてきている。
 「何ということか。民族が違うからといって兄弟が殺すとは何事か 私が伝えた隣人愛を忘れてしまった。ネフィロは悪魔だ。私は彼を非難する。かっての予言が成立する。『地はゆれ、空は暗くなり、星は落ち、人は死に至る。民の叫びがあちこちで聞こえる』そのことが起きた。絶えずに祈れ、祈りが力になる」

声の主はイエス:キリストです。一日も早く平和になるように祈りましょう。

   2日おきに関東地域ではゲリラ豪雨が襲った。場所にとっては交通が乱れ、タクシー待ちで足止めをしたり、ビルの屋内で長時間待機する民が多くいた。私は彼らをみて憐れに思った。思うことなく私は口寄せで神道の祝詞を繰り返し唱えた。すると空がそれに感応したのか、雨脚が時間が立つうちにみるみる弱くなり、1時間足らずで豪雨は止み何事もなかったかのように空が雲空になった。昨日もやはり雷を伴う豪雨が襲い、電車が一時停車した。その時も考えることなしに祝詞を繰り返し唱えた。この時は30分足らずで雨脚が時間を経て弱くなり、電車が通れるようになった。かっての陰陽師安倍晴明は老いたときに京都の村は雨が一滴も降らない飢饉に襲われた。晴明は自分が行った行為の判断を天に問う意味で自ら雨乞いの祈祷を行ない、一身に祝詞を唱えた。    すると恵みの雨が一面に降り注いた。天は彼の行為に答えを出して行いが正しかったことを証明した。私は彼とは逆のことを行なった。神への祈祷は民の救済に用いてこそ真価がある。だが、この暑い夏。皆さんもくれぐれも災難に遭わないように心から祈り申し上げます。

  こないだの15,16日の国会での安倍首相の答弁にはあきれた。安倍は海外の政府や国会議員に集団自衛権について説明したが、国内外とは発言が違っている。安倍は国外に対して「集団自衛権に各国との集団参加できます」と協力を募っている。国会ではあべこべだ。「日本周辺を守る専守防衛に専念する」と発言している。
   最近、NHK特集で「集団自衛権 自民と公明の水面下の攻防」をみた。集団自衛は湾岸戦争当時からアメリカ政府が強く要求していた。「イラクの戦争で米国は血を流しているのに日本はなぜ血を流さないのか」と批判していた。当時の海部元首相は「集団自衛権は憲法が認めない」としてアメリカ政府に金銭による支援を見返りに送った。それから15年安倍首相が集団自衛権の憲法解釈を表明してアメリカを笑わせた。つまり、アメリカの要請に屈折したとも読める。自民党や公明党の閣議決定に対し、戦争に反対する国民が首相官邸や国会議議堂を取り囲み、日本の各都市に反対運動を起こした。そうした要請に自民党政府は説明が足りないと見解を示し、国会での説明に至った。今後、10本の法案の改正を目指すが、滋賀県知事選の敗北をきっかけに巻き返しをするだろう。政府はオスプレイの本州配置や辺野古埋め立て申請を既成事実化しょうとしている。
  政府は国民の声を無視し、アメリカ政府の要求に従うしか能がない。去年、民主党を敗戦させ、自民党に政権を明け渡したことが間違いだと気付くのは今になって遅い。

  今はブラジルでワールドカップが開かれている最中に7月2日安倍内閣は自民党と公明党の閣議で集団自衛権を認定した。これを踏まえて安倍内閣は通常国会まで自衛隊法などの10本の法案を改憲し、提出していきたい方陣だ。日本の各都市で集団自衛権解釈反対が広がっているにも変わらず、安倍首相の耳には届かない。自民党が根拠としているのは国際法の国連憲章だ。第51条に国際連合が加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を取るまでの間個別または集団自衛の固有の権利を害するものではないつまり、自衛権の行為は「安保理が必要な措置を取る間」に限られている。これに対して憲法9条の1の中に「武力による威嚇または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とある。政府の見解では日本は集団的自衛権を持っているが行使することは出来ない。それは憲法の規定によって自ら封印していることになる。
  国民の多くは「平和主義」から逸脱すると危機している。拡大解釈することによって戦争の道を開く危険がある。日本が国連の集団的自衛に参加するには憲法の改憲が必要だ。それを安倍首相はないがしろにしている。 
  「改憲に時間が掛る」「現行の憲法でも集団的自衛権の行使は許される」と提言する。
 日本はいつか来た道に来た。血を流さない戦争はあり得ない。なぜ、日本はアメリカの要求に従ってまで戦争する必要があるのか。地球の裏まで派遣する魂胆がみえてならない。政府はなぜ、憲法の規定を政府に課したかわかってない。

堤様

メール有難うございます。何度か返信のメールを送ったのですが、送れませんでした。あなたのメールアドレスは正しいのでしょうか?正しいのなら別のプロバイターで送るようにして下さい。

                                                 TATUKI

 19日現在、安倍首相は公明党の山口代表と集団自衛権の閣議決定案に関するトップ会談を行い、国会閉会後も納得するまで協議することで承認した。翌朝のニュースで国連による安保行使に参加する情報が入ってきた。憲法9条の周辺国の戦争参加を禁止している法律に触れる内容だ。日本各地が集団自衛権に反対行動や憲法9条のノーベル賞申請にもかわらず、自民党、安倍首相が拘るのはなぜか?その経緯は祖父である岸信介元首相の念願が背景にある。1960年(昭和35年)に日米安保条約に調印した為、国民の中に反対が起きた。もともと日米安保条約は敗戦により、成立した不平等条約であったため、岸は安保条約を対等なものにしょうと考えていた。安保条約の批推に対し、時の社会党が猛反発し、自民党が強行採決した。このとき、警官隊を導入して野党議員を排除したことから国民の間に民主主義の危機を感じ、国民がデモ参加となりました。その時の国会議議堂を国民が大勢取り囲んだ写真を教科書で記憶している皆さんはご存じだと思います。当時、第2次世界大戦の終結から日が浅く、人々の「戦争」に対する拒否感が強かったことも影響し、主張に共感する幅広い市民が合流しました。条約は参議院の議決がないまま6月19日に自然成立したが、予定されていたアイゼンハワー大統領の来日が中止された。安保闘争の時、安倍首相はまだ幼児だった。自伝では晋三が「アンポ反対」とデモを真似すると祖父の信介が「アンポサンセイといえ」と笑って託したとされている。時の信介は憲法の9条改憲に努力したが、念願を果たせずに終わった。それから数十年、憲法記念日は護憲派と改憲派に分かれ、解決することなく、今に至りました。自民党は改憲案を時の首相が変わるごとに内容を書き換えました。それを今日、憲法解釈によって実行しょうとしてます。それと消費税8%増税のみならず死亡税、ケイタイ税まで設立を進めてます。それこそ、原子力政策と並ぶ天下の悪法です。悪といわないで何というでしょうか。

  世界各地に紛争の危険が孕んでいる。東アジアの南砂諸島然り、尖閣諸島然り、ウクライナ問題然り、シリア然り、世界の紛争地域を数えたらキリがない。その戦争には宗教問題、領土問題、民族問題といった複雑な原因が潜んでいる。国と国の主張はお互いに譲らず、噛み合わない。仮にアメリカ、ECの政治思想とロシア。中国の政治思想は水と油で一致する妥協点を見いだしてない。とうの昔に、力に、対して力で押し出す時代は19世紀の植民地思想と遜色がない。国際ルールを尊重しなければならない。ならず者国家は譲るとか譲歩する心づもりはない。弾圧された国家は他の国との協力を得て侵略国による計略を防がなければ次は明日は我が身だ。

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