2016年01月

天理王命(てんりおうのみこと) とは

文字通りに解すれば「天の筋道(順序)をもって、統(す)べ治める神」という意味です。
〔天理教ホームページ〕より

とあります。然自然のなる(神)」ということでありましょう。

   また自らを
「この世・人間の元拵(こしら)えた神 / この世治める真実の神 (元の神実の神)」「人間のをや(親)」「天の月日」「天の将軍
などとも称されています。

それでは、神様に直接お伺いしてみましょう。

この道 天然自然の道 これが天の理である。元々 天理王命と称するは、五十年前からの道筋。
〔おさしづ 明治20.12.1 補遺〕

神一条の道 こういう處(ところ)、一寸(ちょっと)も聞かしてない。天理王命というは、五十年前より誠の理である。こゝ(ここ)に一つの處(ところ)、天理王命という原因は、元無い人間拵えた神一条である。元五十年前より始まった。元聞き分けて貰いたい。何處其處(どこそこ)で 誰それという者でない。ほん何でもない百姓家の者、何にも知らん女一人。何でもない者や。それ だめの教(教え)を説くという處(ところ)の理を聞き分け。何處(どこ)へ見に行ったでなし、何習うたやなし、女の處(ところ)入り込んで理を弘める處(ところ)、よう聞き分けてくれ。
〔おさしづ 明治21.1.8〕

この所 神一条。五十年以前からの元の理を聞いて 心に治めよなら、成程(なるほど)の理も治まろう。天理王命と称するは、一つの宗旨(しゅうし)である。天理王命と 元一つ称するは、天の月日である。元一つ始めるは 女一人である。元よく聞いてくれ。
〔おさしづ 明治21.7.31〕

天理王命は 五十年前からの道すがら。元々の理を聞き分けば、理も分かろうと。さあ/\五十年前より すうきり(すっきり)何にも無い處(ところ)より始め来てある。実を有る處、無き處か、よく聞き分け。先ず/\始め掛けた處、さあ/\何處其處(どこそこ)の誰それ、 学者知者やと言うでもない。何にも分からん女、何にも知らん女一人より始め掛けた處、よく聞き分けてくれ。
〔おさしづ 明治21年 補遺〕


   それでは なるべく簡単にまとめます。

   なぜ悪口、陰口をはじめとする「罪口説雑言を言ってはいけないのか」ですが

   月日親神様は
この人間を拵えたのは、この人間の、陽気遊山を見たさに拵えた人間やもの〔教祖様御言葉 明治18.4.18〕
と仰るように
『人間を造り、その陽気ぐらしをするのを見て共に楽しもう』〔天理教教典 25頁〕
と思いつかれて
元無い人間拵えた神一条〔おさしづ 明治21.1.8〕
という、ひたすら、ひとすじなる親心をもって
無い世界はじめようとて この月日  だんだん心尽くしたる上』〔おふでさき 六 85〕
この世の 地と天とを象(かたど)りて 夫婦を拵(こしら)えきたるでな』〔みかぐらうた 第二節〕
と、元のぢばにて宿し込み、我々人間を ご創造下されました。 
   そして今日に至るまで
月日より だんだん心尽くし切り  その上なるの人間である』〔おふでさき 六 88〕
と、あらゆる仕込みと守護働きをもって、我々人間をお育て、お導き下されているのです。
   それは全て
月日には世界中は みな我が子  可愛いいっぱい これが一条』〔おふでさき 十七 16〕
という「みな我が子」と仰せ下さる 我々人間が可愛い一条という「神一条の思召」からなのです。
   そして我々人間同士は
世界中 一れつは皆きょうだいや  他人というは更にないぞや 』〔おふでさき 十三 43〕
と仰せになり、全ての人間は同じ元一つの「ぢば」にて宿し込まれたる「きょうだい」同士であるとお教え下さいます(「一れつきょうだい」といういんねん同士)。

   そして人間お互いは「いんねん(因縁)」という「天然自然の理」によって結ばれているのやと仰います。
前生のいんねん寄せて守護する  これは末代しかと治る』〔おふでさき 一 74〕
互い/\理を以て寄せてある。‥互い/\いんねん理 寄せてある』〔おさしづ 明治23.8.24〕
いんねんという。いんねんというは通らにゃならん、いんねん寄せてある』〔おさしづ 明治24.5.20〕
何も彼(か)も皆いんねん同志(同士)、いんねんという』〔おさしづ 明治34.3.11〕
皆夫婦となるもいんねん。親子となるもいんねん。どうでもこうでも いんねん無くして成らるものやない』〔おさしづ 明治34.3.26 補遺〕 
と仰いますので、親族、親類までも いんねんで結ばれているからこそ、あなたと近い関係にあって、あなたの近くや、すぐ側にいらっしゃるのです。
   現在、地球上には73億634万人以上の人間がいるそうです。まさか全員に出会ったことがある人は おられないでしょう。そういう意味から、夫婦や この道の信仰者同士など、関係が深い、関係が近い者同士は
きょうだい(兄弟姉妹)の中のきょうだい』〔おさしづ 明治28.7.23 / 31.5.9〕
という、さらに深いいんねんで結ばれているのやと仰るのです。
   そして、

   われわれ人間同士が、そうした親神様の慈愛あふれる親心・思召、偉大なご守護である天理に気づかず(あるいは知りながらも守らず)に「あの人はどうや、こうや」と、陰口を言うたり、悪口を言いふらしたりするのは
   地球上では「大気のある状態が自然」であり、「大気のない状態、すなわち真空の状態は不自然」である。もし地球上に、真空の場所が存在した場合、ただちに大気が侵入し、真空状態を解消しようとする。「自然は、不自然を嫌う」 と言われる。〔Wikipedia〕
と記されるように、然自然のなる(神)が お嫌いになる「不自然」なことなのです。

   その証拠と言いましょうか
神は心罪という心罪、すっきり嫌い』〔おさしづ 明治21.8.30〕

神は嘘と追従これ嫌い』〔おさしづ 明治22.3.10〕

不思議の中で小言はこれ嫌い。陽気遊びのようなが、神が勇む』〔おさしづ 明治23.6.17〕

仇言に捨言葉、神は大嫌い』〔おさしづ 明治24.1.28〕

神は抱える事(理の無い抱え方)は嫌い嫌い大嫌い(身びいき) 〔同下〕

神は義理は嫌い。人間の義理はすっきり要らんで』〔おさしづ 明治24.1.29〕

聞いたら道を違わんよう、違わさんよう。違わしては何にもならん。心に違う理が、すっきり嫌い(人を迷わす惑わす理/心得違い)〔おさしづ 明治26.12.6〕

罪は罪。罪はすっきり嫌い』〔おさしづ 明治29.4.17〕

神は ほこりは嫌い。すっきり澄み切らにゃならん』〔おさしづ 明治31.6.12〕

独り散財 大嫌い』〔諸井政一集 後篇 御講話傍聴録 九〕

   教祖は『「の字が嫌や』と仰せられてある。「それはそうですか。それで‥」という、この「」の字がお嫌いなのである。(いいわけ)〔みちのとも 昭和10.5.20号 おめでたい心 佐津川 準〕

喧嘩の腰押し 神は嫌い(喧嘩をそそのかす/後援、後押しする)
〔創象 第10号 先人の咄 奥野道三郎氏から聞く 高野友治〕

と神様が『嫌い』と仰るのは、ことごとく皆々ほこりであります。 さらに「許さん」とまで言及されるのは

雑言悪を馳すという。一度は許そ。あと一つ、その心 許さん』〔おさしづ 明治22.9.19〕

一度、二度の理は許す。三度の理は許さん』〔おさしづ 明治24.11.15〕

さしづの理によって治まらんといえば、神のさしづを せせら笑い、空に聞いているからの事。さんげ(懺悔)どころやあろうまい。一時の處(ところ)、許すに許されん』〔おさしづ 明治26.5.12〕
『神の「指図(おさしづ/ご指示)」を仰ぎながらも ご守護が戴けないのは、神の「指図」を小馬鹿にして鼻で笑い、うわべだけで聞いて、素直に心底から聞いていないから こう成ってきたのだ。今になって「さんげ」したところで治まるような話ではない。この一件は 許すに許すことはできない』ほどの意。

『「救けてもらいたいという心〈が〉あって〈も〉「〈人を〉救けたいという心がないから、救かる事がでけん。なんぼ話聞いても、都合のよい事は守る。心に合わん(都合の悪い)事は、理は分かりながら、心で捻り潰しているから救からん。知らん間は許してもおくけれど、知りながら守らにゃ、どうあっても許せんで』と仰る。
〔諸井政一集 後篇 御講話傍聴録 九〕

をや(親神)の心 殺して通る者。人間心で通る者。勝手な道を歩む者。なれど、一度は許す。二度は救ける。三度は許さん
〔教祖直々の御言葉 明治18.3.14 松村栄治郎〕

許さん』と仰るのは、ほこりの中でも際立って「高慢」が強く、「まったく天然自然の理に沿わない、天の理に沿えない心の人」に仰るお言葉のように思案します。


   こうした われわれ人間の「ほこりの心遣い・言動」は、大気における
「空気のない不自然な真空状態」
と同様であって、その不自然な状態ができると
「ただちに空気(天然自然)が侵入し、不自然な真空状態を解消しようとする」
というのは
   親神様が われわれ人間の「ほこりの心遣い・言動」を見て
それほこりやで。早よ気づいて、懺悔(さんげ)して、心入れ替えてくれよ
と、われわれの身体や周囲に身上の障りや様々な事情を見せて改心、改善を促され
「天然自然の理に反する、不自然な〝ほこりの心遣い言動〟を解消しよう」
とされる、篤(あつ)き親心よりの
手引き手入れ意見知らせ道教え(みちをせ)、用向き立腹残念
などに酷似しています。否、むしろ それそのものでしょう。


   悪く言うたり、陰で言うたりするのやなしに、本当に「その人に救かってもらいたい」という心があれば「陰で言わずに、前で(直接に)慈愛をもって言うてあげられるであろう」という事です。これが天然自然の理に適った「誠真実、善、にほんの者、神」などの心であり、

   かたや悪口、陰口などは、天然自然の理に適わない、不自然な「ほこり、悪、からのとうじん、上」などの心なのです。ですから
『不足は天の理に適わず。天の理に適わざれば、栄えず』〔正文遺韻 271頁〕
と仰るのであります。


最終見直し 2015.2.3  23:50



天然自然の理」「天の理」の語句を含む「原典の御神言」および「お諭し」を集めました(全てではございません)。

どういう道も、こういう道も、みな神の道やで。‥
学者がした道でもなし、人間心でした道でもなし、真実の神が、天然自然の理で五十年の間 付けた道である。
〔おさしづ 明治20年 陰暦 7月〕

何事も みな銘々の心次第と言うてある事やで。何処(どこ)に居ても 月日の身の内や。何処に居るのも同じこと、誠の心一つや。誠が天の理や。天の理にさえ叶(適)えば、何処に居ても道が付くで。実誠(じつまこと)無けねば(無ければ)何処い(どこに)行た(行った)とて、何をしたとて道は狭(せば)むばかりやで。しっかり聞き分けねば分からん。しっかり聞き分けて諭すがよい。
〔おさしづ 明治20年7月〕

これまでどんな話聞いていても、理を聞き分けねば何にもならん。一つの台を拵(こしら)え。
人々に諭すには、内に台というもの拵え。(むつ) まじいとの、内々に睦まじいという台を拵えて、それより世界〈に伝え。何処 (どこ) から見ても成程(なるほど)と言う。世界から成程と言うは天の理や。心に誠一つであれば、これが往還道 (おうかんみち)や。めん/\ (銘々)これからや。未だ/\(まだまだ)との心を定め。
〔おさしづ 明治20年10月 補遺〕

真のきょうだい(兄弟姉妹)は、誠一つの心がきょうだい。また、誠一つが天の理。常に誠一つの心が天の理。真の心の理がきょうだい。 
〔おさしづ 明治20年〕

神の道 たゞ(ただ)結構々々で随(つ)いてきた。結構だけでは分からんで。理を聞き分け。たゞ心々。身の内は 心に随(つ)いて廻るのやで。心通りに身の内なるものやで。善というものは弱いようで、〈善ほど〉強いものはないで。誠は天の理や。誠は直ぐに受け取るで。心に掛けて通れば、なんぼ細い道でもよう通れるで。めん/\身上長くと定め。独りめん/\救かる。
〔おさしづ 明治20年 補遺〕

内々ちゃんと朝は起きる。日々頼もしい/\。それから理を出せば どんな理も出る。睦まじいは誠、天の理である。この順序伝え。皆同んなし(同じ)理や。‥
誠の心さい(さえ)あれば自由自在(じゅうよじざい)。誠より外に理は無い。この理を治め。生涯と定め。未だ/\/\(まだまだまだ)の心治めは 誠である。
〔おさしづ 明治20年 補遺〕

精神から改めて 変わらぬが一つの事情、一度定めた心変わらん一つが天然自然の理。変わらぬ一つ改めて。早く/\/\。
〔おさしづ 明治21.4.4〕

道理上より、天然自然の理を以(もっ)て、幾重(いくえ)にも思案して治めさす。さあ/\難しきようである。天然自然の理を以て、道理上第一たんのう(足納)の理が第一、芯の心の理が第一、一つの理がある。理さえ聞き分けて成程(なるほど)と言えば、世界中は皆その通り。一つの理を見定め。ほんに さしづはこうであった。今はこう成った。天然自然の道、皆聞き分けにゃならん。いずれ(どこ)へ尽すれど、一つの道に集まる。人間心の理は 世界一つの理である。危(あや)うき道を見にゃならん。通らにゃならん。聞かさにゃならん。元々一つの理に帰る。早く一つの理を聞き分け、見分け。天然自然一つの理を見れば、行末(ゆくすえ)一つの道を見る。
〔おさしづ 明治21.9.24〕

だん/\天然自然の道という。多くの心を寄せる處(ところ)、あちらへ心を寄せる處、一つの理が栄える。あの者も心次第、この者も心次第、古き一つの理を以(もっ)〈せよ〉、人間思案は久しく(長くは)続かん。十分の世界の道と見たら、元々一つの取扱い方を以てせよ。
〔おさしづ 明治21.9.24〕
【註】古き一つの理   親神の思召・教祖の教えの理(教理)。
           元々一つの取扱い方   親神の思召・教祖の教えの理に沿った・適った方法、手段。

あちらへこちらへ心を映し、皆(み)んなこれだけ慎んでいたらよい、これだけ言わんとおこう、と慎みきたる。人間の心 一つも要らん。
このやしき(屋敷)に於(お)いては五十年の間、天の理を以(もっ)て始め掛け。天然自然の道を知らんか。神一条の道、皆 人間心勝手の道を、皆んな これまでの道を聞き分けてくれ。
〔おさしづ 明治21.11.14〕

さあ/\常々に 真の心に誠という心あれば、天然という理がある。世界という、自由自在(じゅうよじざい)は何處(どこ)にあると思うな。めん/\の心、常々に誠あるのが、自由自在という。
〔おさしづ 明治21.12.7〕

さあ/\真実の心あれば、世界という。常々に真の誠という心あれば、内々も治まる。誠あれば、天然自然の理がある。
〔おさしづ 明治21.12.7〕

(ろん)は、ちょっとも要らん/\/\。論をするなら世界の理でいけ。神の道には論は要らん。誠一つなら天の理。実でいくがよい。どんな高い所でも入り込んで、さあ/\世界の往還 ちょっとの理を知らし置こう。
〔おさしづ 明治22.7.26〕

いかなるも、茨畔(いばらぐろう)も 崖路(がけみち)も、剣(つるぎ)の中も 火の中も、前々の理を以(もっ)て説いたる處(ところ)、見るも一つの道という。天の理教(てんのりおしえ)や。
〔おさしづ 明治22.8.4〕

【参考】おふでさき
山坂や茨畔も崖路も  剣の中も通り抜けたら                            一 47

まだ見える火の中もあり淵中も  それを越したら細い道あり   一 48

細道をだんだん越せば大道や  これが確かな本道である          一 49

この話 他の事ではないほどに  神一条で これ我が事               一 50  
(全て読み下し)

だん/\諭すまで 心一つの理が台や。孝行を尽して 孝があって立つという天の理が分かる。
〔おさしづ 明治22.8.25〕

成る理 成らん事情、成らん事情を好む者はあろまい。どんな理も通る。どんな理も通らにゃならん処(ところ)を通るのが通り難(に)くい。成る道、神の道。成らん道は 世界の道。これから何でも神の道に治める。一つの理(成らん事情・成らん道)という、天の理より どうでもこうでも立たせんで。
〔おさしづ 明治23.1.4〕

往還道(おうかんみち)は世界の道。細い道は心の道。心の道は誠。誠は天の理。天の理で あたゑ(与え)という。
〔おさしづ 明治23.4.6〕

一つの理 天の理。天災いかなるも聞き分けくれるよう。
〔おさしづ 明治23.5.26〕

【参考①】おふでさき
この世界 山ぐえ(山崩れ)なぞも(等も)雷も  地震 大風 月日立腹      六 91

この話 何と思うて聞いている  天火(てんび)火の雨 海は津波や    六 116

雷も地震 大風 水つき(水害)も  これは月日の残念(ざねん)立腹       八 58
(全て読み下し) 

【参考②】おさしづ
雨風や/\。あちらこちら津波や、地震やと言うても、遠い所は怖わいようで、聞いて真の心に無くば つい/\(ついつい)忘れて了う(しまう)よう聞き分ける者だけ聞き分けてくれ。聞き分け出けん(出来ん)者は どうもならん。
〔おさしづ 明治29.10.10〕

どのような話聞いても案じる事は要らん。皆分からんから皆言うのや。この事情聞き分け。‥
誠真実一つの理は どのように潰そうと思うても、どないにも出けるものやない。よう悟りておけ。真実誠 天の理。天の理が潰れたというような事はない。なんぼ潰しに掛かりても 潰れるものやない。一度下ろした理は真実の理。何も案じる事は無いで。
分からんから難しいのやで。分からん者程(ほど)難しい者はない。もう程無う(ほどのう/ほどなく)分けて見せるで。何にも心にかける事は要らん。どないに成る、皆々こちらから成らんようにするのや。よう聞け。
〔おさしづ 明治23.5.26〕

天の理に凭(もた)れてするなら、怖わき危なきは無い。‥
神の道、神一条の理に基(もとづ)いてやらねば さしづしたとは言わん。さしづと聞いて どういう心に関(せき/関所の関/堰)という垣(かき/仕切り)を拵(こしら)えては どうもならん。
〔おさしづ 明治23.6.29〕

天の理は 潰そうと思うても潰れる事はない。心に天の理を治める。
〔おさしづ 明治23.11.21〕

誠は尽きん、尽きんが天の理。誠と言うて居(お)れば、これより誠は無いと言う。‥
誠さえ十分固めてあれば、何も案じる事は一つも無い。誠薄ければ 種(を)失う。
〔おさしづ 明治23.11.21〕

立てば(立てれば)立つ。倒(こ)かせば倒(こ)ける(倒せば倒れる)。これ一つ天の理という。この理を心得ば、何一つの難(なん)も無いという。
〔おさしづ 明治25.2.20〕

【参考①】 しるしないところへ しるし付けん
   教祖は
見るも因縁。聞くも因縁
と仰った。
因縁のない事は現れない。前生々々なり、あるいは、十五歳からこちらへ付けてきた埃(ほこり/悪因縁)、必ず旬が来れば現れてくる。これはどうしても避(よ)ける事できん。避ける事ができれば〈悪〉因縁やない
と仰る。出てくれば、否応(いやおう)なしである。

   物の道理を言えば、前生(ぜんしょう)で人百人苦しめたとすれば、今生(こんせい)ではその報(むく)いで、百人分苦しまねばならん。前生で人十人倒したとすれば、今生で十人分倒れる。家内中くるくる廻っても倒れる。どうでもこうでも避ける事できん。
  そこで因縁を自覚した者は、百人苦しめたとすれば、早く百人分を喜ばさねばならん。十人倒したとすれば、早く十人分を起こさねば〈悪〉因縁は切れん。これは道理(理屈)である。

   この〈悪〉因縁を果たす道が、世界(お道以外)では分かりにくいのである。もちろん世界でも色々な事をして、この罪を滅ぼそうと苦心をする人もある。
「今日は親の命日であるから善行をする」
「今日は子供の誕生日やから人を喜ばす」
あるいは何、あるいは何とよくやっている。しかしこれは、単に習慣でやる人が多い。真の「因縁の自覚」からやっているのではなかろうと思う。その証拠には
「せっかく善い事をしながら、すぐ後から、これに倍するような埃(ほこり)をよく積む」
それでは何にもならん。

   この道を聞き分けたら、そんな事はない。ことに神様は
大難は小難、小難は無難にしてやるのやで。知らずにした事やから無理はない。心改めて通るなら親(親神)が手伝う。百人苦しめてある人でも、十人か二十人喜ばしたら、あとは神が救ける。十人倒した者でも、二、三人を起こしたら、のこり七、八人までは、親(親神)が救けるで
と仰っている。そうした温かい親心から、大難は小難として現れてくるのやから、日々は如何(いか)なる事が現れても、大きく現れてくるところも、誰にでも、いつでも小さく出してもらっているのである。で、決して埃(ほこり)を付けてはならん。喜んで日々は通らせてもらわねばならん。

   神様は、人を救けたいとの御心でいっぱいであるから、何もない事を、その人に現されるはずはない。
しるし(印)ないところへ、しるし(印)付けん
と仰る。そういう上から思案して「日々は、見るも聞くも、すべて因縁果たし」。そこを「たんのう(足納)」して通らせてもらうのや。
「いや、ありがたい。これでこそ早くに因縁果たしさせてもらえるのや」
と喜んで通らせてもらわねばならん。この自覚が大切である。

〔教祖より聞きし話 高井猶吉 54〜57頁〕

【参考②】仕切るという理
情に流れなよ/\。情に流れて人間の理を立て、天の理を倒(こ)かす(倒す)それでは道とは言えようまい。理を倒(こ)かすから道が立たん、時間が延びる、きまりがない。仕切るという理は天の理。これでなくばならん。
〔静かなる炎の人 梅谷四郎兵衛 44頁〕(現代用字変換)


善き理 こうと言(い)や 背(そむ)く。背けば天の理〈に〉背くも同じ理。よう聞き分け。‥
運んで背く理は どうもならん。あたゑ(与え)一つの理、薄くなる。よう聞き分けねば分かり難(がた)ない。‥
さあ/\もうこれでと思えども、愛想尽かさず運んで日々というは天の理。これ諭して置く。
〔おさしづ 明治25.4.23〕

【参考】おふでさき
この先は月日一度言うた事  どんな事でも背き出来(でけ)まい                         十三 13

月日より言うたる事を消すならば  すぐに〈神が〉退く承知していよ             十三 14

このたびは 何を言うても疑うな  これ疑えば月日退く                                      十三 63

この事は灰汁(あく)どい程も言うておく  これ疑えば まこと後悔                     十三 64

どのような事を言うやら知れんでな  これ背いたら すぐに〈神が〉退く         十四 81
(全て読み下し)

成らん事をしようと言うて成るやない。なれど成らん事でも、しようと思えば一時成るやろ。なれど続く、続かんの理を思やん(思案)せよ。天然自然の理も聞き分け。成る処(ところ)は成る。成らん処を無理にと言えば 天然とは言えようまい。
〔おさしづ 明治25.7.27〕

(みな)連れて通るが 天の理。連れて通って 心の道は世界という。
〔おさしづ 明治26.1.21〕

(つな)ぎ/\は天の理。世界広く諭したる処(ところ)、家内(家族)は一つ 言うまでやあろまい。
〔おさしづ 明治26.5.12〕

側々(そばそば)(か)き上げた理は、逆落(さかおと)しに落ちんならんが天の理。
〔おさしづ 明治26.5.12〕
【註】連続する一つ二つ前のおさしづから
『「あいつは悪いなどと騒ぎ立て、側の人たちを煽(あお)り巻き込み、当事者を突き落とすようなことをすると、自らも、真っ逆さまに突き落とされなくては ならなくなる。これも天の理である
といった意味になります。

堪忍(かんにん)というは誠一つの理。天の理と諭し置く。堪忍という理を定めるなら、広く大きい理である。‥
天より明るく道と諭し置く。心に堪忍戴(いただ)いて通れば晴天同様、一つ道と諭し置こう。
〔おさしづ 明治26.7.12〕【註】堪忍   人の過ちを許すこと。勘弁。

【参考】ぜんあく二つの理をきゝわけ
何事にても たんのう(足納)一つの理というは、堪忍辛抱(かんにん しんぼう)の道を通り、その中で 心に善と悪と この二つの理、悟りをつけたる心であるなら、それどんな事を聞いても見ても、でけ(出来)てきても前生の因縁。また この世の因縁、善悪二つの理を聞き分けて、何事も治めて通るなら、この理が天の理に適う、たんのう一つの理という。 〔静かなる炎の人 梅谷四郎兵衛 13頁〕より
(現代用字変換)

(じつ)は天の理。天の理は 誠一つの理 と言う。一度二度三度は 見許してある。〈神の子供である人間が〉可愛 (かわいい)一条 から許したる。なれど、心の理より起こる事は、皆適わん。
〔おさしづ 明治28.5.19〕

尋ねる時の心というは、いつ/\(いついつ/いつも)生涯定めると言うなれど、速やかなれば、事情日が経ち、月が経ち、つい/\(ついつい)忘れる。一度や二度は皆許したるなれど、難儀するは可愛一条から。可愛という理から 身上に悩み掛ける。よう聞き分け。なれど、だん/\(だんだん)天の理に迫れば、どうもならんようになる。一時定めたと言うたら、何年経っても変わらんのが生涯という。人が知らんと思うても、めん/\(銘々)心で夜々思やん(思案)すれば、千里離れても思やんは付くやろう。
〔おさしづ 明治28.5.28〕

人は一代 名は末代と、これ伝えたる。真実は誠、実(じつ)である。実は世界、又(また)道と言う。実あれば、どんな曇り被(かぶ)せようと言うて被せられん。真の理、天の理。天の理は 曇り掛からん。よう聞き分け。‥
最初の理は元。後の道は無い。元の心無けにゃならん。元の心 受け取りて 理である。受け取りて理は、どんな剣(つるぎ)というとも、岩の中でも切れやせん。理は 元の理。元の理は 神の話す理。
〔おさしづ 明治29.8.22〕

【参考】諸井政一集 より
人は一代、名は末代。効能(こうのう)のこすでと言う。独り散財(ひとりさんざい)、大嫌い
と仰せられた。

〔諸井政一集 後篇 御講話傍聴録 九〕より

この道という、天然で出来た道という。天然の道なら、どちらから眺めても成程(なるほど)と言う。今までは、今まで通り来たる中、難し處(難しいところ)通るにも 神の守護という。‥
天然の理は、今年で行かにゃ又(また)来年という。よう この理を聞き分け。先々の心に 未だ(まだ)今年ではなあ と言うようでは、天然とは言えん。楽々の道とは言えん。この理をよく聞き分け。
〔おさしづ 明治30.9.25 補遺〕

天然で出けた(出来た)もの。天然を知らんか。天然を知らねば 何も分からせんで。
〔おさしづ 明治31.8.4〕

これだけ言われて よう出けたなあ。これがあたゑ(与え)かと 皆喜んでくれにゃならん。苦労さしては あたゑとは言えん。古い話にもしてある。前々始め掛け。容易やない。ほんの草生えの中から出けた理、今日の日は 大いの事情に成ってある。まあ危ないなあ、これ怖わいなあ という中から出けた。今日の日 一時に成ったのやない。人の義理を思て(思って)なるか。聞き分け。 天の理から出けて来る(出来てくる)のが あたゑ。あたゑ無くば、どれだけ蔓(はびこ)っても、〈神に〉退かれたら どうもなろまい。勇んで掛かりてくれ/\。勇んで掛かりてくれ/\。勇み無くては 受け取る理は無い。よう聞き分けてくれるよう。
〔おさしづ 明治32.9.15〕

この道という、どうでもこうでも天然自然という理を皆治めてくれ。皆々 時々 理無けにゃならん。ならんが、天然自然という理以(もっ)て、先々さあ/\(さあさあ)というはなあ と言う。この理 天然に委(まか)せにゃなろうまい。又(また)、国々所々、あちら治まり こちら治まり、世界中に どうでもこうでも という道もあれば、又どうやろうなあ という道もある。 道は 天然自然から定めて道という。この理 成るも成らんも一つ、事情運んで、一つ尋ねる事情であるから、案じる事要らん。皆々心 何でもという精神が受け取る。精神が受け取りてあると、これ一つ順序の理に諭し置こう。
〔おさしづ 明治32.12.12〕

さしづ こうやけど、どうもなあ、と言うようでは、天の理に背(そむ)く。教祖一つの理にも背く。今日のさしづ皆々聞き分け。さしづの通り順序運ぶ中なら、心に〈人間〉心要らん。
〔おさしづ 明治32.12.29〕

【参考】おふでさき
 人間は あざない(浅はかな)ものであるからに  月日言(ゆ)われる事を背いた  十一 36

この話 何を言うても背くなよ  神の思惑〈は〉えらい(壮大な)事やで             十二 48

これからは月日言うこと何事も  背かんように神に凭(もた)れよ                     十三 68

この話 何を月日が言うたとて  どんな事でも背きなきよう                              十五 26

さあ今日は をや(親神)の言うこと何事も  側の〈者の〉心に背きなきよう      十五 30
(全て読み下し)

成程(なるほど)道は、天然自然の理である。天然自然の理で治めるなら、どれだけ危ない所でも、怖わい所でも、神が手を引いて連れて通る。天の綱(つな)を持って行くも同じ事。これ一つ諭し置く。 
〔おさしづ 明治33.2.11〕

天然の理と言う。心に理を治め。成る道 成らん道、成らん中の道が 天然の道である。‥
これから天然の道という、長い道ある。どんな事も積み、天然の理である。こうなったらどうと、小さき心を捨てゝ了い(捨ててしまい)、大きく咲く花の理と 心を治め。
〔おさしづ 明治33.4.8〕

天然自然というは、誰がどうする、彼がこうしょう言うても出来ん。独り成ってくるは天然の理。
(かね)でどうしょう、悧巧(りこう/利口)でどうしょう言うは、天然であろまい。
世上から見て、珍しいなあ、何処(どこ)から眺めても成程(なるほど)というは、天然に成り立つ道。この理聞き分け。
〔おさしづ 明治33.5.31〕

満足は心の理。優しき者は日々満足。満足は小さいものでも、世上大き(大きい)理に成る。これより大き(大きい)理は無い。満足広く通り、不足はあちら縮める、こちら狭(せ)ばむ。時によれば取れて退く。満足というものは、あちらでも喜ぶ、こちらでも喜ぶ。喜ぶ理は 天の理に適(かな)う。適うから盛(さか)ん。
〔おさしづ 明治33.7.14〕

どうでもこうでも天然で成り立ったものは、何処(どこ)から眺めても曇りない。どんな者が見ても水晶玉の如(ごと)く、どんな者でも この道理の一つに集まる。
〔おさしづ 明治33.9.14〕

同じ一つの中でも、西向いてる者もある。東向いてる者もある。西から北向いてる者もあれば、東から南向いてる者もある。それでは天の理とは言えん。何でもかでも、東向こうと言うたら一時に東向く。西向こうと言うたら一時に西向く。これを一つの理に諭するによって、ようこれを聞き分け。
〔おさしづ 明治33.9.17〕

【参考①】 諸井政一集 より
正直は素直なる心。何事につけてもはい はいと言えば、素直な人やという。神様の仰ることを、疑い心あってははい はいという理ではない。疑いなくして、西を向けと言えばはいと言う。東を向けと言えばはいと言う。『「はい はいと言う心の理には(は)い上がるという理があるでと仰る。素直なる心の理が、身に徳のつく元。身が上がる理であるほどに。
〔諸井政一集 後篇  77頁〕より (現代用字変換)

【参考②】教祖直々の御言葉 より
人に呼ばれたら、すぐにはいと返事をするのやで。あれや これやと受け応えするのやないで。素直にはいと返事しなはれや。
呼ばれた時、はいと返事をせんで今、外へ行くところやなんて、返事したらいかんで。
人間はなあ、皆そんな返事するのや。それで良いと思うている。誠の中の埃(ほこり)やで。
〔教祖直々の御言葉 明治8.11.21  辻ます/飯降さと/桝井さめ/村田かじ〕より (現代用字変換)

人の力を借りて為す(なす/する)ようでは、天の理とは言えん。‥
成る理 成らん理 心に治めてくれ。人を頼りと思う、一つの心はどうもならん。そこで又々(またまた)先は 恐ろしいものが出て来る。
〔おさしづ 明治33.9.24〕

どれだけの長者も、一夜の間に無くなる、という理 諭したる。これ聞き分け。今日は十分と思えども、明日は分からん。この理を聞き分けにゃならん。理を心に 意味を含んでくれ/\。取り損ないあっては、踏み被(かぶ)らにゃならん。何よの事も 天然と言うて諭し掛けたる。天然という順序 聞き分け。
〔おさしづ 明治34.2.10〕

【参考】正文遺韻 より
今までの長者というは、金持ちが長者や。長者、一夜にも倒れるで。これからの長者は、ころりと違うで。
〔改訂正文遺韻 119頁 参考記録 御咄し〕より(現代用字変換)

天然の理に添うて行け。天然の理に添うて行けば、一つも踏み被(かぶ)りは無い程(ないほど)に/\。
〔おさしづ 明治34.2.10〕

人を救ける道なら、救かるは天の理である。日々の理である。この道理 よく聞き分けてくれ。
〔おさしづ 明治34.11.4〕

どうでもこうでも陰から、天より理あるから通れる。‥
これ真実の心定める事なら、世界に於(お)いて多くの人通す。通す理 立つというは、天然自然と諭したる。‥
この道の掛かりは、先ず一代という、どうでもこうでも不自由難儀の道 通らにゃならん。不自由の道通るは天然の道という。神の望む處(ところ)である。‥
心だけという、心に働き、心にどれだけ言い聞かした處(ところ)が、皆んな心から苦しみ通る理は、天然自然の道という。どうでもこうでも、艱難不自由通りてくれるは、一代の道の台と言う。
〔おさしづ 明治35.7.13〕

何よの事どうであろう こうであろうと古き物調べて こうとするは、天の理の道であろう。
〔おさしづ 明治36.9.18〕

【参考①】原典(教理書)について
話にも伝えてある。ふでさき(おふでさき)にも伝えてある。〈おさしづの〉話一字々々の事情調べたら分かる。ふで(おふでさき)の理に知らせたる處(ところ)も皆分かる。何遍(なんべん)諭しても くる/\(くるくる)と巻いて納(しも)うて置く。どうもならん。
〔おさしづ 明治27.4.3〕

〈おさしづを〉筆に記してあっても、これは一寸(ちょっと)こうしておこう というようでは どうもならん。ならんから こういう事になる。‥
筆に留めた理より頼りにさえすれば、何も言う事は無い。なれど、刻限のさしづ、ぐる/\(ぐるぐる)巻いて置いて納(しま)い、紙の色の変わる程 放っておいては どうもならん。
〔おさしづ 明治28.5.22〕

【参考②】神様のお話について
   なるほどの理

このお道のお話は、一言は十言に値する
と仰る。一言の話でも「なるほど」と腹(心)に治まったら、「救からん身上も救かる」。「治まらん事情も治まる」。「なるほど」と治めるところに「救かる理」があるのや。
   教祖は
日々、教理を聞いてなるほど、そうに違いないと感じることは心の養(やしな)」』
と仰る。
   早い話は、人間は米(食料)を食うて日々の養い(栄養)を摂(と)っている。食べなければ身上(からだ)は痩(や)せる。日々に教えの理を聞かしてもらい「なるほど」と感じることは「心の養い」である。それで心に力が出来るのである。
   ゆえに分かった話でも、何遍(なんべん)も何遍も聞かしてもろうて、その時の感じを腹(心)に治める。それが「なるほどの理を治める」という事になるのである。

   心に納得できると、心に力が出来る。この事を「成人」と言うのである。
「あんなところ、よう辛抱したものや。ふつうの人なら到底できん。参ってしまう」
しかし、本人にしてみれば比較的平気である。ちょっとした事で心を濁らしたり、狂うたりするのは「心に力の無い証拠」である。
「悪いと知りつつもやめられん」
ということを、世界の人からよく聞くのである。
   お道でも
「あの人のあれは、いづれ、ひどい目に遭わねば治まらん」
とよく聞く事である。まことに忌(いま)わしい事である。

「日々に教えの理を聞かせてもろうて、心に力を付ける事が肝心」である。 心の成人を願う」のである。
心の成人待ちかねる 神の思惑 こればかりやで」。
【註】おふでさき には
だんだんと子供の出世 待ちかねる 神の思惑 こればかりなり」四 65  (読み下し)
とあります。
〔教祖より聞きし話 高井猶吉 43〜44頁〕より

   つまり「教理・神意が分からないのであれば、神様のお話を聞いて、教理を一字一言一句 調べて、しっかり勉強(研究) して、理を治めるという事も、天の理に適った道なのだと仰るのです。
   各書をただ本棚に飾ってあるだけでは「宝の持ち腐れ」ですので、みなさんしっかり勉強致しましょう。
   以上は、私が真剣にお道の勉強を始め、このブログを始める動機・きっかけとなった御神言です。

   天然自然に成り立つ道

この道は、人間心でいける道やない。天然自然に成り立つ道や
慶応二、三年頃には、常住(常々)お話になった。
千里(せんり)続いた藪中(やぶなか)を、針の唐鍬(とぐわ/農具)で、道を拓(ひら)くような心で通れ。
この道は、山中の生え籠(はえこも)った所に道を付ける。踏み締め、叩き湿して道を付けるから、道が暇取る(ひまどる/手間取る)。ごもく(ごみ)かき除け、柴切り払い、どんな大木でも邪魔になるものは切り払(はろ)うてしまうで。なんぼ暇取っても付け切らにゃならん。邪魔になるものは、どんな大木でも大石でも、取り払って付け通すという神さんの思惑』。
まあ、何でも えらい天の思惑ですな。

〔諸井政一集 後篇  御講話傍聴録 三〕より

   お道の台は 天然の理

このお道の台は、天然の理という。天の理の迫り来ることを楽しむ、という心を定めて通るよう。
これより先、日々月々年々に通る道には、どんな日もある、どんな月もある、どんな年もある。心変わらず通り抜けるよう。
谷川へ、大金の一枚橋を架けてやろうという。それからまた高い山へ登らにゃならん。高山の背へ登り詰めたら、万石積(まんごくづ)みの蔵(倉)の戸前へ、手をかけさそうという道。
この道は天然の道、自然の道である。紙は薄いが、千枚二千枚と重ね合わすれば、矢玉も槍も通らぬもの。
〔静かなる炎の人 梅谷四郎兵衛  5頁  天然の道 自然の道〕

   道も天然自然

いま田地に種まいて、すぐに出来やせん。天然自然やなければ出来やせんで。
道も天然自然や。生えてきても、すぐ成るのやない。時により肥やしを置き、修理をするのや。
日々の日を重ね、月々の月を重ねるから 味がつくと、色がついたなあ という。
〔静かなる炎の人 梅谷四郎兵衛  7頁  修理こやし〕

   天の理、世界の理、人間のはたらき

お話を聞いても、よく聞き分けて悟らにゃならんで。それ 天の理と、世界の理と、人間の働きの理と、この三つの理によって、善悪とも皆この理によって現れてくるのや。 
〔静かなる炎の人 梅谷四郎兵衛 33頁 〕

   天然自然の理に治まって

   神様は 
人間身上は病む日に病むと思うな。災難ある日に〈災難〉あると思うな。日々月々年々に、知らず知らずに積んだ埃(ほこり)が、天然自然の理に治まって、あらわれ出るのや
と仰る。
息子も娘も一生、息子や娘やない。十五歳から こちらへの心は誰が遣うたか。他人が遣うたのやあるまい。みな自分が遣うたのやろう。その心が、あらわれ出るのや
と仰る。
今日、米蒔いても今穫れぬ。後で穫れるのや。倒れてから突っ張りは要らぬ。それは悪うなったら信仰する、かなわん時の神頼みやなどと言うが、倒れてから突っ張りは要らぬ。日頃、誠を尽くすから、大難は小難、小難ならば無難で通らせて頂けるのや』。
神様は
日頃の誠を受け取り、さあ、という時に踏ん張る
と仰る 。
   如何(いか)な危ないところでも救けてもらえるのですね。

    借物(かりもの/身体)返す時には、息の根を切って(息を引き取って)下さる。
家ならば、古くなったら再式(改装)。再式するより古くなる方が早いとなれば出直し(新築)さす。決して死なんで出直しをさす
と仰る。
人は、外出(そとで)へ行く時に、古い着物を脱いで、新しい着物と着替えて行くように、それと同じ事やで。年取った古い着物を返して、今度は生まれ子となって、新しい借物を借りて、またこの世へ出てくるのやで。なれど、恩に恩をきたら堕(お)ちるで
と仰る。
堕ちたら、容易に人間界へ出られん(戻れん)これを死んだと言うのや。恩に恩をきて、人間の道を切るから、道が切れて死ぬのや。堕ちるのや』。
神様は、それがいぢらしいから
理を聞き分けて、堕ちぬようにせよ
と仰る。
   してみれば人間、生きている間だけが、神の守護やない。死んでも生きても、神の守護に与(あずか)っているのや。

〔みちのとも 大正7年4月号 高井先生お話の一節 高井猶吉〕より

雑言悪を馳すと言う ④ に続く


最終見直し  2016.1.24  21:50

   前項、悪口・陰口などに関する神言・お諭しを並べましたが、このままでは、その理由も分からず、単なる倫理事項(一般的な善悪・正邪の判断。人として守るべき道。道徳やモラル、社会規範)で終わってしまいます。

「人の悪口言いません」「言ってはいけません」という程度でしたら、小学生でも、お道の少年会員でも知るには知っています(心底理解しているかは別として)。

   この項では、なぜ「罪や悪などのほこり」で、神が乗らないぞ悪を馳すぞ神がつけた道を無いようにするぞ、陰で言うより前で言えなどと促され、重罪の罪、十代罪、神は大嫌い、ろくな事やないと思え、罪を拵える台人を非に入れたら わが身が火に入るで、など、非常に厳しきお諭しをなされていますが、これらは「なぜ いけないのか」という理由、ご神意にせまってみたく思います。

   そもそも、このお道の教えとは? 梅谷四郎兵衛先生は

   元、紋型の無いところから教祖お一人で、長い道中 道すがら、お通り下されたるこの道の土台は、天然の理という。教祖に神様が入り込んで年々の歳を重ねてお通り下されたるゆえ
『この道は、人間心で付けた道でない。天より神が天降(あまくだ)りて、お付け下されたる道。それゆえ天理教と申すのである』
と聞かせ下されました。
静かなる炎の人 梅谷四郎兵衛  3頁〕より

と文書に記される通り、天より神が天降りてお付け下された、天然(自然)の理(または天の理)の教え」であるから「天理教」とご命名下されたのです。

   では「天然自然(天の理)」とは何か? 各事典/辞書には以下のようにあります。

   天然自然の道
   この世は、親神によって創造され、守護されている。人間もまた同じである。つまり、この世界(人間をも含めて)は「神の創造と守護の働きによって成り立っている」のであり、「神の摂理(せつり)のままに支配されている」のである。その意味で「この世界にあらわれてくる全ての事象には、神の思惑が込められている」わけである。
   ところが人間はその事を知らず、自由(じゅうよう)を許された心で、自己の力で、この世界を支配しようとする。このような人間の考え、行ないに対して「神の創造と守護の世界」「神が思惑を込めて支配する世界」である事を言われたものである。
   つまり、人為に対して「天然自然」と言われるのであり、そこに「神が働いている」事を言われるのである。
   狭義(きょうぎ⇔広義)においては、すなわち「道」を「天理教の教えの道」というように理解すれば、天理教は人間的な考え、力から成り立っているものではなく、「神自(かみみずか)らが働きかけ、その思召(おぼしめし)によって成り立っている」ことを意味する。
「おさしづ」に
さあ/\たすけ一条は、天然自然の道。天然自然の道には、わが内、わが身のことを言うのやないで。天然自然の道は、長らえて長く通ることが天然自然という。天然自然の道通るには、難儀な道を通るので、先の楽しみという。今十分の道を通るのは先の縺(もつ)れとなるのやで。〔おさしづ 明治21.8.17〕
と言われるのも、かかる意味においてである。
〔天理大学おやさと研究所編  天理教事典〕

   天然自然
手を加えないで、物事がそのまま存在する状態を表す語。天がつくった(創造した)そのままであること。また、独りでに物事が起こること。
「天然」も「自然」も、人為の加わらない、あるがままの意で、二つを重ねて強調している。「自然天然」とも言う。
〔goo辞書〕

〈同じ意味の語を、重ねて強調したもの〉
人為によらないで存在する、ものや現象。 
(副詞的に用いて) 物事が自ずから起こるさま。独りでに。
〔大辞泉〕

人の力によらないで存在する、ものや現象など。自然。
意図しないで、そうなるさま。副詞的に用いる。
〔大辞林〕

   天然
自然にあるもの。人工でないことを強調する場合に特に用いる。「自然」とほぼ同義。
転じて、生まれつきに備わったもの。「天性」の意。
〔Wikipedia〕 

   自然
1. 人為が加わっていない、あるがままの状態、現象。
2. 1の意味より、山、川、海など。人工物の少ない環境。自然環境。 
3. 1の意味より、人間を除く自然物および、生物全般。
4. 1の意味より、ヒトも含めた、天地・宇宙の万物。 
5. 人災に対置した天災、あるいは人工造成物に対置した天然造成物を考えた場合の、それらを引き起こす主体。 
6. 意識(意図)しない行動。 
7. 不思議さ、不可解さを含むと思われる可能性が無いこと。
〔Wikipedia〕 

   不自然
自然さがないこと。無理があること。また、そのさま。
〔goo辞書 / 大辞泉〕
自然でないこと。わざとらしいこと。また、そのさま。
〔大辞林〕 
自然に反した状態。あるいは、自然に反した行動であるため、好ましく思えないものを指す。
〔Wikipedia〕 

   自然不自然
地球上では「大気のある状態が自然」であり、「大気のない状態、すなわち真空の状態は不自然」である。もし地球上に、真空の場所が存在した場合、ただちに大気が侵入し、真空状態を解消しようとする。自然は、不自然を嫌う」 と言われる。
〔Wikipedia〕

   理 (り/ことわり)
物事の筋道。条理。道理。わけ。理由。
当然であるさま。もっともであるさま。
不変の法則。原理。物の道理。宇宙の根本原理。
〔goo辞書 / 大辞泉〕

もっともな事。道理。条理。理由。わけ。理論。理屈。
格式・礼儀に適っている事。
 もちろんであるさま。いうまでもないさま。
〔大辞林〕 

   天の理
   親神の、人間的境位(きょうい)を超越した絶対的境位を「天(てん)」と言い、「理(り)」は「筋道(すじみち)」を言う。すなわち「天の理」とは、「親神の絶対の筋道」を言う。
【註】境位   ある思想や解釈による位置付け。 

   天とは「大空(おおぞら)」のことであるが、大空は、地上に住む人間にとって超越的存在であった。つまり、人間の頭上に広がる無限の世界であり、太陽や月の運行をはじめとして大空は、人間の働きかけを拒絶して相対する絶対的存在であるとともに、人間に一方的に恵みをもたらす存在であった。そこで人間は、その作為(さくい)を超越した境位、無限・絶対の世界を大空に仰ぎ、これを「天」という言葉で指し示すようになった。そこで親神も、ご自身の人間を超越した絶対の境位を表現するのに、この「天」という言葉を用いられたのである。この事は、親神の最初の啓示の中の「天降(あまくだ)った」という言葉に端的にうかがわれる。換言するならば、人間を超越した絶対の境位から、人間の境位にまで自己限定して顕現(けんげん)されたことを「天から降った」と仰せになったのである。
【註】顕現   はっきり姿をあらわすこと。 

理」は「筋道」を意味する言葉であり、特に相対的現象世界を貫ぬくものとして認識するかぎり、「理」は「絶対の筋道」であり、同時に理念的存在である。そして、この「理」の意味するところは世界観の相違によって多様であるが、特に儒教(じゅきょう)において、宇宙の実体を「理」と「気(き)」とし、宇宙の本体である「気(質量)」が展開して現象化する筋道を「理(形相/ぎょうそう)」と言い(理気二元論)、また一元論の立場では「理」を筋道ではなく「気の働きそのもの」と考えた。こうした実体論に対し、存在論の立場からは、仏教の法の思想の影響を受けて、事(現象)に内在し、事を事たらしめている絶対の筋道を「理」と言い、また事理相即(じりそうそく)の立場から、理を筋道ではなく「働きそのもの」とも考えた。そして理を「働きそのもの」と考えるところから、理は「意志」と考えられるようにもなった。また、こうした理は、同時に「人間の踏み行なうべき道」として受け取られた。
   以上のように「理」の意味するところは多様であるが、大別して「筋道」と「働き」の二つの系譜がある。すなわち理は、客観的認識の立場に立てば「筋道」であり、主体的実践の立場に立てば「働き」として捉えられるのである。
【註】理念          理想とする概念。
           事理相即   事の「筋道」と「道理」が密接に関わり合い、補い合い、溶け合うこと。

   そこで、親神様の仰せになる「天の理」は、まず親神の「絶対的筋道」であるが、それは具体的に どのような筋道を仰せになっているのか、という事について述べてみたい。
   親神が仰せになる筋道は「人間世界に対せられる守護場面のでの筋道」であって、それには親神の「守護の働きの筋道(原理)」、その守護の働きが「展開する筋道(原則)」、守護の働きとして展開される「親神の思召(おぼしめし)の筋道(本心)」が考えられる。
   そして親神が仰せになられたのは「人間に教えるために」仰せになったのであり、その教えは「理」を教えられたのである。すなわち親神の啓示には「直接に語りかけられたもの」と「理を教えられたもの」とがある。親神の守護の働きの原理としては、その「機能原理」と「構造原理」が考えられ、人間創造の守護をお説き下された「元初まりのお話」に見出すことができる。その機能原理は「十柱の神名」を配して説き分けられたものであり、いわゆる「十柱の神の守護の理(十全の守護の理)」である。その構造原理は、存在の構造原理である「二つ一つ」という理と、生成の構造原理である「順序」という理である。

   親神の守護の働きが展開される原則は「人間の心通りの守護」という原則であり、それは具体的には
身の内かしものかりもの心一つ我が理
たった一つの心より、どんな理も日々出る。どんな理も受け取る中に、自由自在(じゅうよじざい)という理を聞き分け
めん/\(銘々)の心、常々に誠あるのが、自由自在という
と仰せられている真相である。

   親神の思召の筋道は、人間創造の その時より変わらざる
陽気ぐらしをするのを見て、共に楽しみたい
と仰せられる「世界一れつの子供可愛い一条の親心」である。それは「人間の主体性を確立し、その幸せを、ひたすら念じられる御心(みこころ)」であり、その御心に応(こた)えていく「人間の誠真実を望まれる御心」であり、「子供の成人を待ちかねられる思わく」である。これを
(真実)は天の理と仰せられ、また誠は神の望み とも仰せられている。
   すなわち「誠は、天の理に適う心であると共に、それ自身、人間に対する神の望みとして、天の理」なのである。
   そして誠真実とは「親神の思召を、自らにおいて実現していくこと」であって、「親神に直接的に交わる心」である。

   ところで、以上のような筋道としての天の理は、親神の「主体的働きかけとしての守護を客観化した、理念的存在」である。
   しかしながら、親神の働きかけとしての現実の守護は「決してこのように客観化しえぬもの」であり、あくまで「主体的な働きかけ」なのであって、親神ご自身、このような天の理に依拠(いきょ)して守護されているのではなくて、「親神の守護の働きかけが、このような天の理に貫かれている」という事なのであり、また「誠一つが天の理」と仰せられる「誠」の実相(じっそう)は、親神に対する「直接的交わり」にほかならないのであって、天の理に依拠した交わりではないのである。
   そこで我々人間の実践的立場からは、天の理は筋道ではなくて「働きそのもの」として受け取られる事にもなる。すなわち「現実にあらわされる、個々の親神の守護の働きそのもの、そこに込められた親神の、個々の人に対する思召そのものを、天の理として受け取ることになる」のである。
   すなわち それは「働きに守護を見て、ご恩を感じる」のであり、「思召を、神のさしづ(指図)として聞く」のである。これを「理を見る」「理を聞く」と言い、また「天の理を心に映す」と仰せられる。
   そして「陽気ぐらし」は、「理を見聞き、天の理を心に映さなければできない」のである。しかも曇りない天の理を、心に映し出していくためには「心が澄み切らなければならない」。そこで「心の埃(ほこり)を掃除する」ことが、「陽気ぐらしへの最大の課題」となってくるのである。そしてこの心の埃は「わが身勝手の思案」であって、それ自身「心に天の理が映らぬところに出てくる心遣い」である。したがって胸の掃除は「朧(おぼろ)げながらでも映るだけの天の理を、わが身において実行する」ところに行われていく。その朧げな天の理を、それと見聞くための基準として教えられたのが「筋道としての天の理」である。これを「教えの理」とも仰せられるが、この「天の理と、親神の如実にあらわされる、たすけ一条のお働きによって、人間の心は澄み切っていく」のである。もちろんそのためには人間の、親神への主体的交わりの努力を待たねばならない。
【註】依拠   あるものに基づくこと。拠(よ)りどころにすること。
           実相   ありのままの姿。真実の本性。不変の理法。
〔天理大学おやさと研究所編  天理教事典〕

   天の理
意義系   全てのものに通じる法則や在り方のこと。
類語       天理・天の理・天の道理・自然の道理・天の原理・万物の理。
〔weblio類語辞書〕

   成ってくるのが天の理
   天理教の教えの一つで、「物事が成ってくる、あるいは現に成ってきたことは、全て親神様のご守護である」ということ。
   親神様は、人間のことは全てお見透しで「その心通りの姿を世上にあらわして、身の周りに起こってきた事を通して、自分の心遣いを反省するように」と教える。
   同じことが成ってきても、人によって受け取り方はさまざまであるが、たとえ自分にとって不都合に思えても、それは「〝陽気暮らし〟をさせてやりたいという、親神様の親心からの配慮である」という教え。「何ごとも丸ごと、喜びをもって受け入れる事が大切だ」とされている。
〔はてなキーワード〕
【註】この文章は、道友社編「はじめてシリーズ⑨ 天理教用語の基礎知識 11頁」からの引用のようです。

   成ってくるのが天の理とは?
「なぜ こうなるのだろう」と思う時は、得(え)てして「自分の思うようにならなかった、自分に都合の悪い場合」のようです。
   神様は、高所大所から見ぬき見透し、「天網恢々疎(てんもうかいかいそ)にして失わず」です。人間の敵うところではありません。
【註】「天網恢々疎にして漏らさず」ともいう。天の網は広大で目が粗いようにも思うが、決して悪心悪事は見逃さないという、天の神は「見ぬき見透し」であるという意。
   人間可愛いいっぱいの神様ですから、悪いようにはなさらない。その人、その人の心を見定め、それぞれに一番いいように計らっていて下さいます。よって「神様のなさることを信じ、神様に凭(もた)れていけばよい」ということになります。
   それが「心から納得できれば、全ての成ってくる理が喜べるようになる」のです。
〔はじめてシリーズ③ 天理教が分かる本 47頁〕より

   二つ一つが天の理
「みかぐらうた」に、「この世の地と天とを象(かたど)りて夫婦を拵(こしら)えきたるでな」と歌われるように、親神様は、人間を創造されるにあたって「水」を象徴する「天」と、「火」を象徴する「地」を象って夫婦をつくられました。これが「人間創造のはじめだし」です。
   このように「女と男」「地と天」「火と水」、これら「全く相反する二つが、相手の特性を活かしながら一つに溶け合うところに、新しい生命の躍動がある」ということです。
   人間関係においても「己(おのれ)を主張して、相手を否定するのではなく、相手を理解して活かしていく努力の中に、一つに治まる道が開けるのだ」と教えられます。
はじめてシリーズ⑨ 天理教用語の基礎知識 9頁

   二つ一つ
「二つ一つ」という言葉は、「おさしづ」の中では
『二つ一つの理を聞き分けたら皆んな治まる』〔明治22.3.3〕
のように、「二つ一つの理」という言葉で用いられる場合がある。
   また「おさづけ」の「おかきさげ」に、「さづけ」を授けられた人への教訓として
『所に一つ成程(なるほど)の者というは、第一には家業 親孝心、二つ一つが天の理という〔明治22.10.9 補遺〕
のように、家業と親孝心(親孝行)と二つをあげて
『これ 二つ一つは 天の理』〔明治23.6.25 補遺〕
『この二つの理を 誠の心 常々治めて』〔明治22.2.4 補遺〕
『この二つ理が これが天の理』〔明治22.12.14 補遺〕
などの言葉が用いられている。
   これらの意味するところは「二つまたは いくつかの事柄が、たとえば、誠の心のような人間の精神とか、または親神の守護によって一つに治まること。あるいは、両立しがたいものでも両立し得る道があり、それが天の理、すなわち親神の守護である」ということと理解される。

   なお、天理教の教理の中には「相対する二つの要因が互いに補足し合い、共に他を成り立たせる働きかけにおいて、自らの存在を得ている」という存在の関係構造が説かれている。
   たとえば「元初まりのお話」において親神は「月様」「日様」としてお現れになっているとか、「地と天とを象りて」とか、相対する働きによって、親神の守護の理が説かれている。この理を簡単に表現するために「二つ一つ」または「二つ一つの理」または「月日の理」という言葉が、教理書において使われることがある。
〔天理大学おやさと研究所編  天理教事典〕


雑言悪を馳すと言う ③ に続く


最終見直し 2016.1.22  10:05

   神様は「ほこりとは 

「罪や悪」と云(言)えば人が嫌がるから「ほこり」と云うておく。
   増野鼓雪全集二十一 111頁

と仰います。つまり「ほこり」とは「罪や悪」の事です。

罪口説(つみくぜつ)言うは、ほこり。〔おさしづ 明治20年4月〕
と仰います。
『悪口、陰口、文句、小言、讒言、讒訴、言いがかり、密告などの「悪意ある発言」全般は、ほこりを積む原因』
といった意味です。

【註】讒訴・讒言(ざんそ・ざんげん)   
   対象者の「足を引っ張ろう」「蹴落そう」「芽を摘もう」「取って代わろう」などの心理から、事実を歪曲、捏造して、密告や流布をして、結果、相手を貶め、陥れる発言や行為。

さあさあ罪々聞かすやない。心いずむ、神が乗らん。席という、一日の心、一日の日、神が踏ん張るところ、罪という罪、すっきり聞かさんよう。一つの心という、神じゃない。心人間心に映してある。罪聞かして、どうなるとも計り難(はかりがた)ない。思案してみよ。わずかいんねん、わずか治まり、雑言(ぞうごん)悪を馳(は)すと言う。一度は許そ。あと一つ、その心、許さん。
〔おさしづ 明治22.9.19〕
とも仰います。
罪な事(ここでは人の悪口・陰口と思われる)を人に聞かせるのは、心が凹むし、神も乗れず働けない。神がせっかく守護しようというところに、罪な事を人に聞かせると、その先どんな守護となるか分からないぞ。
悪意に満ちた雑言は、悪を駆け巡らせ、まき散らし、自分もほこりを被り、悪因縁を積み、人にもほこりを被せ、悪因縁を積ませることとなる。一度は許すが、雑言を発するその心、親神は許さない
といった意味になります。

人を毀(こぼ)つで、ほこりが立つのや。世上の道が狭くなる。人さえ毀たねば〈他の人がその〉人のことを悪く言うことはない。人を毀つであちらからこちらから〈他の〉人が〈毀った人たちを遠巻きに〉眺める〈事になってしまうのや〉。あの者この者が、何でも実々の道を通る〈の〉〈彼らを〉悪く言うたら、善き道とも、救け道とも言うまい。日々の道を通ろうと思うては、人を毀ったり、悪く言うては、どうもならん。人を毀って、なんぼ神が道をつけても、毀つから、道を無いようにするのやで。
〔おさしづ 明治23.2.6〕
【註】毀つ   自己中心的心理からの、讒訴・讒言や、名誉、体面、精神面などを著しく毀損(きそん)するような発言や行為。

心をみな純粋に治めてくれ。陰で言うより前で言え。いかん事はいかんと、影で見て、陰で言わんと直ぐ(すぐ/直接)に言え。陰で言うたら、重罪の罪と言おうがな。
〔おさしづ 明治23.11.22〕

残念の理ほど、怖わいものはないで。残念の理、一台でいかにゃ二代、二代でいかにゃ三代、切るに切られんいんねん(因縁)つけてある。これは退くに退かれん理によって。なれど、神に切る神は無い。なれど、切られる心はどうもならん。仇言(あだごと)に捨言葉、神は大嫌い。
〔おさしづ 明治24.1.28〕
【註】仇言   人を不快にするような悪意ある発言。相手に恨まれ、仇(かたき/敵)と見なされてしまうような発言。

【註】捨言葉(すてことば)とは
これから先という、もうどうしょう、こうしょう、と言うは、これは捨言葉と言う。よう聞き分け。そんな言葉は出すやない/\。‥
めんめん(銘々)は、どうなっても、こうなっても、と言うは捨言葉と言う。‥
これから先というは、どうなろう。どうなっても、こうなってもとは思うやない。‥
これからという、何しても、何しても構わん、と言うは捨言葉と言う。
〔おさしづ 明治34.6.25〕

陰で言うは、十代罪と言う。陰で言うなら、その者直ぐ(すぐ/直接)に言うてやれ。〈自分の〉身のためや。
〔おさしづ 明治24.1.29〕

こそこそ話はすっきり要らんで。直ぐと直ぐと大きい声で話し、陰々の話は要らん。‥
みな揃うた中で話しておくから、ぼそぼそ話は要らん。
ぼそぼそ話は、ろくな事やないと思え。誰彼(たれかれ)言うやない。そのまま直ぐに諭してくれ。
こそこそ話は、罪を拵える台、とも諭し置こう。
〔おさしづ 明治26.12.6〕


   神様ニ(より)御噺し(お話)御聞せ被下(お聞かせ下さる)

人を腹立ちささず。人を腹立てさし候えば、人また我れを腹立てさし。
人を怒らせるな。人を怒らせると、人もまた自分を怒らせるような事になるぞ。

人を恨みな。人を恨みたら、人また我れを恨みたり。
人を恨むな。人を恨んだら、人もまた自分を恨むぞ(恨まれるぞ)。

人より物を買う時は、代価を値切りな。
人から物を買う時は、値切るな。

また人に物を売る時には、掛け値言いな。
また人に物を売る時には、ふっ掛けるな(ぼったくるな)。

人に損をかけたら、人また我れに損をかけるべし。
人に損害を与えると、人もまた自分に損害を与えるような事になるぞ。

人のことを言わんようにせよ。
人の悪口を言わないようにせよ。

〔教祖様御言葉  明治17.4.9  根のある花・山田伊八郎 所収〕


嘘、追従、言わんよう。欲に高慢ないよう。人を悪う言わんよう、思わんよう。ただ立て合い、たすけあい。この心、月日が受け取りたなら、百五十歳か二百歳か三百歳まで、病まず死なずに弱らずに、いつも十八歳の心にて、陽気ぐらしをさしたいとの神の急き込み。
〔教祖様御言葉 明治18.7.19  根のある花・山田伊八郎 所収〕


日々通らしてもらうには、人の悪しきを言わぬよう、人の悪しきを思わぬよう、人に悪しきを思わせぬよう。この三つの心がけが大事やで。この心がけ、一日一回遣うても、三日の間、さづけの理は止まるで。 
〔教祖様直々の御言葉  明治17.2.4  高井猶吉  岡田與之介〕


   教祖のお耳
   
   教祖のお耳は、人の喜ぶ、ええこと話したら よく聞こえる。埃(ほこり)のこと言うたら、
『聞こえぬ』 と仰った。そこで、お傍(かたわ)らに石板(せきばん)と石筆(せきひつ)を置いて、〈書いて〉それをお見せする。時によると、
『見えん』 と仰った。〈何か〉言うても、
『聞こえん』 と仰ると〈石板に〉書くのであるが、書いても、
『見えん』 と仰ることがある。埃(ほこり)のないこと よく聞こえるお耳であるのに、埃(ほこり)のことが雑(まざ)ったると、
『聞こえん』 と仰る。
『神が入り込んでいる』
と仰るのが、ここや。

〔復元 創刊号  教祖の思ひ出  梶本楢治郎〕より


   悪く取るから

人のこと悪く取らぬよう、悪く思わぬよう。悪く取るは、人を不足にして、不足の理を心に拵(こしら)える理である。
世間には人の事を、嵩(かさ)を懸(か)けて言う者もある。善き事に嵩を懸けるのは少なくて、悪い事に嵩を懸ける者が多い。これも「悪く取るから」である。
人のこと不足にして、わが心に不足の理を拵(こしら)えては大きな損である。

〔諸井政一集  後篇  逸話集  御講話傍聴録 一〕より 


   心が澄んだら

   教祖が
『自分の心が澄んだら、誰の顔見ても、よい顔に見えるようになるで』
と言われ
『人が悪う見えるのは、自分の心が悪いからやで』
ということを、よく説き聞かされたそうです。

〔みちのとも 昭和28年4月号  神一条の道 〜梅谷四郎兵衛〜 上田とみゑ氏(四郎兵衛氏三女)のお話〕


   埃の提灯持ちやで

   教祖に告げ口する人がござりまして、お家の事や、誰それは、どう言うている、こう言うていると、様々の事を申し上げた。そこで教祖が仰るには
『神さんがな、「そんなこと聞くな、聞くな」と仰るによってな、そんなこと言うておくれるなら、もう来ておくれなえ』
と仰せられて、それから後で、側の者に仰るには
『あら、埃(ほこり)の提灯持(ちょうちんも)ちやで。よそのこと持ち込む者は、また〈よそに〉持って出るで。「中言(なかごと)、悪告(わるつ)げは、埃の提灯持ち」と、神さん仰るで』
とお聞かせ下されました。
【註】中言   悪口・陰口。人の中(間)に入り、双方で双方の陰口を言うこと。 

〔諸井政一集  後篇  逸話集  御講話傍聴録 六〕より


   埃や、埃や

   以前、ある人が教祖の所へ行って
「あなたの事を、陰でこう言うている人がある」
と言われたところが
『聞くやない、聞くやない。埃や、埃や』
と仰る。
   ある人が陰で「そんな事を言うているのかいなあ」と「思うだけでも」埃がかかる。
『そんなこと聞くのやない。人の中言、言うのやない』
と、こう言われて、他人の中言を一向にお取り上げにならなかった事がある。

〔みちのとも 昭和2.8.20号 布教要旨15 春野喜一〕より


   非に入れたら火に入るで

   あるとき教祖は、喜多治郎吉氏のお屋敷詰め番の時、火鉢の側へお呼びなされて、ご自分の手を、火の上にかざして
『喜多さん、この手をおさえてごらん』
と仰せになったので、喜多さんが上からグッとおさえようとなされたら、教祖はサッとその手を引き込ましてしまわれたので、喜多さんの手は、弾みを喰らって火に触れました。ところが教祖は、
『熱わしたか(熱かったか)。人を非(ひ)に入れようとしたら、わが身が火に入(い)るで』
と仰せになってお諭し下さいました。

〔天理教同志会刊行  教祖のおさと志  非に入れたら火に入る〕


   おさえた者は怪我する

ここに火鉢があって火が起こっている。その上で子供が喧嘩する。火で手をあぶっているのを横からおさえつけると熱い。しかし負けまいと抵抗する。そうすると熱くてたまらぬ。しかし抵抗せずに「はい」と素直に下げたら、おさえた手が滑って、おさえられた者は怪我(火傷)せんが、おさえた者は怪我(火傷)する
という話を教祖が仰ったと、喜多次郎吉先生から聞いた。

〔復元 第18号  教祖様の思ひ出その他  梶本宗太郎〕より


   人が悪口を言うたら

   あるとき教祖は、山本利三郎に仰いました。
『人が悪口を言うたら、その者の、後ろ姿を拝んで通るのやで。
   そうしたら、その者が、こちらの因縁を取って行って下さる恩人になるのやで』
   山本利三郎は、どんな事があっても腹を立てず、その人の後ろ姿を拝んで通っていたのであります。

   山本には「しま」という女房がいました。二人の間には、可愛い男の子がいました。それなのに、どうした気の迷いでございましたか、「しま」は、他の男と割りない仲となったのであります。いつもの山本なら、どうなったか分かりませんが、この時には教祖から
『どんな事があっても、腹を立ててはならん』
と教えられていたのであります。それで山本は女房の「しま」に
「どうしても、その男を忘れられんと言うなら、その男の所へ嫁に行け。子供は私が引き取り、立派に育てる。何の心配も要らん。また心配ごとができたら相談に来てくれ。神の子供、兄妹として、たすけ合おうではないか」
と言って別れたのであります。「しま」はその後も山本の所へ、事情があると相談に来ていたそうです。

   その後、山本は教祖のお世話によって、勝山小松と結婚致しました。
   この人は若くて、きれいな人でした。それで河内(現大阪府東部)の人々は
「山本は、糟糠(そうこう)の妻(貧苦を共にした妻)を捨てて、若い嫁をもらった」
と悪口を言っていました。本当の事情が伝わっていなかったのです。
   明治22年、山本が会長になり、中河分教会(現大教会)設立認可を大阪府へ申請した時、この悪口を投書した者があって、なかなかお聞き届け頂けなかったのだ、と聞かしてもらっています。
   それでも山本は、教祖の教えのままに通っていたのであります。

〔高野友治  創象10号  先人の咄  奥野道三郎氏から聞く〕より


   陰口、悪口言う人は
   
   増井りん先生が若後家となり、くわえて失明の身上をいただいて教祖におたすけ頂き、子供さんは在るのにチョクチョクおぢばに参り、教祖のお世話をさせて頂いておられた折、村人たちは
「増井の若後家にも虫が付いたとみえ、子供を放ったらかして大和くんだり(大和の田舎)まで行っている。ひどいものや」
と噂を流し、先生は いたく悩まれた。すると教祖は先生に
『陰口、悪口言う人は、あんたの前世の因縁を取ってくれる恩人やさかい、後ろ姿を拝んで通りなはれや』
とお聞かせ下された。

〔堀越義男  幸せを求めて  131〜132頁〕より


   言うた人に傷が残るのや

  教祖は
『人の欠点を言うと、言うた人に傷が残るのや。鉋(かんな)の刃が毀(こぼ)れると、鉋かけたら筋が残る。その筋が身上事情となるのやで』
とお諭し下されている。
   悪口は、刃毀(はこぼ)れの鉋で木を削るようなもので、鉋をかけても必ず削れぬ筋が残る。悪口は、削られない筋のようなものであって、そのところから腐れがくるように、人間の身上事情となって苦しまねばならんとの戒めである。
   言葉の使い方が分からんから、歯、口、肺などの、息一筋(ひとすじ)の道具に障りをいただく。痔(ぢ)は口の裏口で、みな、口の悪い人がなる病である。

〔堀越義男  幸せを求めて 89頁〕より


   やさしい言葉

   教祖は寄り来る人々に、いつも
『惨(むご)い言葉を出さぬよう、切り口上、捨て言葉、愛想尽かしは、口が腐っても言うやないで』
とお諭し下されている。そして御自(おんみずか)らも、その通りの言葉を使い、雛型を遺されている。
   吉川万治郎先生が
「教祖は天啓の折は、厳としたお声でお伝え下さるが、ふだんは小さな子供さえ腰の周りにまつわり付くような、やさしい声を出されていた」
と、自らの幼少の折、教祖にお会いして体験した印象を語っていた。
   温かい所、明るい所、穏やかな所に、人も物金も集まり、成育し、栄えもする天然自然の姿を考えた時、教会在住の人の使う言葉は、相手を喜ばせ、勇ませる、やさしい言葉でなくてはならんと思う。

〔堀越義男  幸せを求めて  61頁〕より

雑言悪を馳すと言う ② に続く。


最終見直し 2016.1.19  12:20

   おさしづにみる正月廿六日

明治20年1月4日
(陰暦12月11日)
教祖お急き込みにて御身の内ご様子あらたまり、お障りにつき、飯降伊蔵へお伺いを願うと、厳しくおさしづありたり。(教祖お居間の次の間にて)

さあさあ、もう十分積み切った。これまで何よの事も聞かせ置いたが、すっきり分からん。何ほど言うても分かる者は無い。これが残念。疑うて暮らしているがよく思案せよ。さあ神が言うこと嘘なら、四十九年前より今まで、この道続きはせまい。今までに言うたこと見えてある。これで思案せよ。さあ、もうこのまま退いてしまうか、納まってしまうか。

この時、教祖のご身上は冷たくなる。それに驚き、1月5日(陰暦12月12日)より、鳴物不揃いにて御託(ごたく)のおつとめなしたれども、おつとめ内々ゆえ、門を閉めて夜分秘かにする為にや、教祖は何も召し上がらず、8日(陰暦12月15日)の夜の相談には(当時居合わせし者は、昨年教会の話し合いの人なり)、
「世界並みのこと二分、神様のこと八分。心を入れつとめをなす事。こふき通りに十分致す事」
に決まり、明け方5時に終わる。
9日(陰暦12月16日)の朝より教祖ご気分宜しく、ご飯も少々ずつ召し上がりたり。それゆえ皆々大いに喜びいると、またまた教祖より御話あり。
【註】御託   御託宣(ごたくせん)の略。「御託のおつとめ」とは、神意や神言によって勤める「おつとめ」の事。 

明治20年1月9日(陰暦12月16日)
教祖御話

さあさあ年取って弱ったか、病で難しいと思うか。病でもない、弱ったでもないで。だんだん説き尽してあるで。よう思案せよ。

右(上)のごとく仰せあり。しかるに1月10日(陰暦12月17日)には教祖ご気分宜しからず、午後3時頃、皆々驚き、また相談の上、御次の間で飯降伊蔵に伺う。
「教祖のご身上、いかが致して宜しくございましょうか。おつとめも毎夜致さして頂きますが、夜ばかりでなく昼も、つとめを致さしてもらいましょうか。すっきりなるようにお受け取り下されましょうか」
と伺う。

明治20年1月10日(陰暦12月17日)
飯降伊蔵を通しておさしづ

さあさあ、これまで何よの事も皆説いてあるで。もう、どうこうせいとは言わんで。四十九年前よりの道の事、いかなる道も通りたであろう。分かりたるであろう。救かりたるもあろう。一時思案/\する者ない。 遠い近いも皆引き寄せてある。事情も分からん。もう、どうせいこうせいのさしづはしない。銘々心次第。もう何もさしづはしないで。

右(上)によりて一同うち驚き、談合の上、眞之亮へ申し上げて、銘々も心定めをなす(した)。その日の人は前川菊太郎、梶本松次郎、桝井伊三郎、鴻田忠三郎、高井猶吉、辻忠作、梅谷四郎兵衛、増野正兵衛、清水與之助、諸井國三郎なり。右(上)の者、眞之亮へ神の道のお話の事を迫りしところ「いづれ考の上」と仰せあり。夜9時過ぎ、またまた相談の上、鴻田忠三郎、桝井伊三郎、梅谷四郎兵衛、増野正兵衛、清水與之助、諸井國三郎、仲野秀信、眞之亮のお返事なきゆえ、前川、梶本の意見を問う。両人より眞之亮のお返事を聞く事となりぬ(なった)。しかして今夜は神様の仰せ通り徹宵(てっしょう/徹夜)つとめするには、上のところ、いかなるやと心配にて決定せず。これも眞之亮より神様へ伺う事となり、夜明けて皆々休息す。
1月11日(陰暦12月18日)朝、教祖のご気分宜しく、御床の上にてお髪を櫛(くし)けずらせ給う。12日(陰暦12月19日)夜もまた、お伺いの事につき、眞之亮のお返事を待ちたりしに、明け方3時頃その返事あり。よりて眞之亮に前川、梶本両人差し添い(付き添い)の上、教祖に伺う。

明治20年1月13日(陰暦12月20日) 
教祖御話

さあさあ、いかなるところ、尋ねるところ、分かりなくば知らそう。しっかりしっかり聞き分け。これこれよう聞き分け。もうならん/\。前もって伝えてある。難しい事を言いかける。一つの事に取って思案せよ。一時のところ、どういう事情も聞き分け。

押して眞之亮より
「『前もって伝えてある』と仰せあるは、つとめの事でござりますか。つとめ致すには難しい事情もござります」
と申し上げられると、

さあさあ今一時に運んで難しいであろう。難しいというは真に治まる。長う長う長う四十九年以前から何も分からん。難しい事があるものか。

眞之亮より答
「法律があるゆえ、つとめ致すにも難しゅうございます」
と。

さあさあ答うるところ、それ答うるところの事情、四十九年以前より誠という思案があろう、実というところがあろう。事情分かりが有るのか無いのか。

眞之亮より
「神様の仰せと、国の掟と、両方の道の立つように、おさしづを願います」

分からんであるまい。元々よりだんだんの道すがら。さあさあ今一時に通るところ、どうでもこうでも仕切る事情いかん。ただ一時ならんならん。さあ今という/\前の道を運ぶと一時々々。

眞之亮
「毎夜おつとめの稽古致しまして、しっかり手の揃うまで、猶予をお願い致します」

さあさあ一度の話を聞いて、きっと定めおかねばならん。またまたの道がある。一つの道も、いかなるところも聞き分けて、ただ止めるはいかん。順序の道/\。

眞之亮
「講習所を建て、一時のところ、つとめのできるようにさしてもらいとうござります」

安心がでけんとならば、まず今のところを談示々々というところ、さあ今という、今というたら今、抜き差しならぬで。承知か。

眞之亮
「つとめ、つとめとお急き込み下されますが、ただ今の教祖のお障りは、人衆定めでござりましょうか。どうでも本づとめ致さねばならんでござりますか」

さあさあ、それぞれのところ、心定めの人衆定め。事情なければ心が定まらん。胸次第、心次第。心の得心できるまでは尋ねるがよい。降りたと言うたら退かんで。

押して願(明け方、教祖ご身上につき願)

さあさあ、いかなる事情、尋ねる事情も分かりなくば知らそ。しっかり聞き分け。これこれよう聞き分け。もうならん/\/\。難しい事を言いかける。一つ心に取って思案せ。一時の事情、どういう事情を聞き分け。長らく四十九年以前、何も分からん中に通り来た。今日の日は、世界々々成るよう。

引き続きて眞之亮より
「教会本部をお許し下された上は、いかようにも神の仰せ通り致します」

さあさあ事情無くして一時定め出来難ない。さあ一時今それぞれ、この三名のところで、きっと定めおかねばならん。何か願うところに任せ置く。必ず忘れぬようにせよ。
(三名とは、眞之亮および前川、梶本両人の事なり)

眞之亮
「ありがとうござります」
と。

さあさあ一時、今から今という心、三名の心しっかりと心合わせて返答せよ。

引き続き眞之亮
「『この屋敷に、道具雛型の魂、生まれてある』との仰せ。この屋敷を指して『この世界はじまりのぢばゆえ天降り、ない人間ない世界拵え下された』との仰せ。『上(かみ)も、我々も、同様の魂』との仰せ。右(上)三カ条のお尋ねあれば、我々、何と答えて宜しゅうござりましょうや。これに差し支えます。人間は法律に逆らう事はかないません」

さあさあ、月日がありて、この世界あり。世界ありて、それぞれあり。それぞれありて、身の内あり。身の内ありて、律あり。律ありても、心定めが第一やで。

続きて眞之亮
「我々の身の内は承知仕(つかまつ)りましたが、教祖の御身の上(おんみのうえ)を心配仕ります。さあ、という時は、いかなるご利益(りやく)も下されましょうか」

さあさあ、実があれば実があるで。実と言えば知ろまい。真実というは火、水、風。

押して願

さあさあ、実を買うのやで。価をもって実を買うのやで。

明治20年1月24日(陰暦正月元旦)
教祖御話 
(教祖、床から起き上がられ、お髪をお上げになって一同に向かい)

さあさあ十分練った/\。この屋敷はじまってから十分練った。十分受け取ってあるで。

明治20年2月17日(陰暦正月25日)
教祖の身上お障りにつき、いかがと飯降伊蔵により願

さあさあ、すっきりろくぢに踏み均(なら)すで。さあさあ扉を開いて/\一れつろくぢ。さあろくぢに踏み出す。 さあさあ扉を開いて地を均そうか、扉を閉まりて地を均そうか/\。 

一同より
「扉を開いて、ろくぢに均し下されたい」
と答う。
(伺いの扇、この時開く)

成る立てやい、どういう立てやい。いずれ/\/\引き寄せ、どういう事も引き寄せ、何でもかでも引き寄せる中、一れつに扉を開く/\/\/\。ころりと変わるで。

また
「世界の事情、運ばしてもらいとうございます」
と、

ならん/\/\。

明治20年2月18日(陰暦正月26日)早朝
26日のおつとめにつきて御願
2月17日(陰暦正月25日)の夜、教祖ご気分宜しく、御床の上にてお髪をお上げあそばさる。

さあさあ、いかなるもよう聞き分けよ/\/\。さあさあ、いかなるもどうも、さあ今一時、前々より毎夜々々々々伝えるところ、今一つのこの事情早うから、今からと言うたなあ。さあ今というところ諭してある。 今から今かかるという事を、前々に諭してあるところ、さあ今の今、早くのところ急ぐ。さあというところ、応分(おうぶん)というところあろう。待つというところあろう。さあさあ一つのところ、律が、律が怖わいか、神が怖わいか、律が怖わいか。この先、どうでもこうでもなる事なら仕方あるまい。前々より知らしてある。今という刻限、今の諭しじゃない。どういうところの道じゃな、尋ねる道じゃない。これ一つで分かろう。
【註】応分   身分や能力にふさわしいこと。お道では「徳分相応(とくぶんそうおう)」などと言う。

この日12時より支度をして、一同、本づとめを終わるとともに、午後2時、教祖のご身上冷たくなり、ついに身をお隠しあそばさる。

明治20年2月18日 午後
明治20年1月9日(陰暦12月16日)より、教祖身上ちょっとお障り付き、おやすみになり、同1月18日(陰暦12月25日)の夜より、おかぐらづとめ並びに十二下り始まり、2月17日(陰暦正月25日)夜まで毎夜おつとめあり、また2月18日(陰暦正月26日)正午12時より、教祖のご身上迫りしにつき、それより甘露台にて、おかぐらづとめ、あとへ十二下りのてをどりあり。そのとき眞之亮より詰め合いの人々へ、だんだんご談示の上
「おつとめの時、もし警察より、いかなる干渉ありても、命捨てても、という心の者のみ、おつとめせよ」
と仰せあり。それより皆々心を十分定め、その用意して、おつとめにかかりたる者、

地方          泉田藤吉   平野楢蔵
神楽          眞之亮   前川菊太郎   飯降政甚   山本利三郎   高井猶吉   桝井伊三郎   
                 辻忠作   鴻田忠三郎   上田いそ   岡田與之助(宮森與三郎)
お手振り   清水與之助   山本利三郎   高井猶吉   桝井伊三郎   辻忠作   岡田與之助
鳴物          中山たまへ(琴)   飯降(永尾)よしゑ(三味線)   橋本清(鼓)

の人々なり。
家事取り締まりの任に当たりたる者、
梅谷四郎兵衛   増野正兵衛   梶本松治郎
にて、以上総人数19人なり。

おつとめは午後1時より始まり、2時に終わる。右(上)おつとめの終わるとともに、教祖、息をあそばされずなる。それより内蔵の二階の中にて、飯降伊蔵によりお伺いあり。

さあさあ、ろっくの地にする。皆々揃うたか/\。よう聞き分け。これまでに言うた事、実の箱に入れておいたが、神が扉開いて出たから、子供可愛いゆえ、をやの命を、二十五年先の命を縮めて、今からたすけするのやで。しっかり見ていよ。今までと、これから先と、しっかり見ていよ。
扉開いて、ろっくの地にしようか、扉閉めて、ろっくの地に。扉開いて、ろっくの地にしてくれ、と言うたやないか。思うようにしてやった。
さあ、これまで子供にやりたいものもあった。なれども、ようやらなんだ。またまたこれから先、だんだんに理が渡そう。よう聞いておけ。

右(上)のお話あり、これよりご葬祭の拵え(準備)にかかる。

中山眞之亮 初代真柱

その他の関連するおさしづ

さあさあ、分からん/\何にも分からん。百十五才、九十才、これも分からん。二十五年不足、どうであろう。これも分からん。どうしてもこうしても、すっきり分からん。ゆえに二十五年を縮め、たすけを急ぎ、扉を開いて、世界をろくぢに踏み均しに出た。神でのうて(神でなくて)この自由自在(じゅうよじざい)はでけようまい。止めるに止められまい。神はちょっとも違うた事は言わん。よう聞き分けてくれ。これから先というは、何を聞いても、どのよの事を見ても、みな楽しみばかり。楽しみや。よう聞き分け。
おさしづ 明治20.2.24 午後7時

遅れきてあるところどころ、年が明けたら、ろくぢと言うてある。なれども、みな案じてどんならん。扉を開いて、世界をろくぢに踏み均らすと言うてある。扉を開いて、世界をろくぢに踏み均しに廻りている。なれども皆んな、案じてどんならん。筆に記した通り、みな出てくるのやで。遅れてあるのや。みな心定めているなれども、心にちょっとかかれば、案じてどんならん。これ皆んな、よう聞いておけ。扉を開いて、ろくぢに踏み均らす、と言うてした通りに、みな踏み均らす。速やかと踏み均らさにゃならん。
おさしづ 明治21年7月

百十五才と楽しみとしたるところ、縮めたところ、嘘やと言っている。百十五才縮めたるところ、すでに一つの道のため、すでに一つの国のため、たすけ一条のため。日本国中やない、三千世界一つの理、はじめ出したる一つの理。
おさしづ 明治22.1.24 午前9時

さあさあ正月二十六日と筆に付けておいてはじめかけた理を見よ。さあさあ、また正月二十六日より、やしろの扉を開き、世界ろくぢに踏み均しに出て、はじめかけた理と、さあさあ取り払うと言われてした理と、二つ合わして理を聞き分けば、さあさあ理は鮮やかと分かるやろ、と。
おさしづ 明治22.3.10

【参考】 十一に九がなくなりてしんわすれ  正月廿六日をまつ   おふでさき 第三号 73首

   上記の下線部は、このおふでさきのおうたを指して仰います。つまり教祖がお隠れになる事は「13年前からの決定事項であった」という事が言えます。


最終見直し 2016.1.12  13:00


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