2016年03月

親が子を殺し、子が親を殺し、いぢらしくて見て居られぬ」の参考

人間々々元が分かろまい。世界中皆(みな)神の子供。難儀さそう、困らそうという親はあるまい。親あって子がある。この理を聞け。憎い可愛(かわいい)の隔て無い。
おさしづ 明治20.12.9 補遺

大きい心を持って通れば大きい成る、小さい心を持って通れば小そう成る。親が怒って子供はどうして育つ。皆、をや(月日親神/教祖)の代(かわ)りをするのや。満足さして連れて通るが親の役や。
おさしづ 明治21.7.7 (1件目)

この世に親という理は めん/\(銘々)の二人より外(ほか)にもう一人(いちにん)あろうまいがな。皆々々聞いて置け。
おさしづ 明治21.8.9

さあ/\小人(しょうにん/こども)々々は 十五才までは 親の心通りの守護と聞かし、十五才以上は皆めん/\の心通りや。さあ/\よく聞き分け。
おさしづ 明治21.8.30

さあ/\神さんと思うやろう。神は何にも身を痛めはせんで。さあ/\めん/\心から痛むのやで。めん/\の親の心に背けば、幽冥(ゆうめい)の神に背き/\て、まる背きとなってあるのやで。
【註】幽冥の神   現身(うつしみ)をお隠しになられた教祖を指して仰る。
おさしづ 明治21.9.18 (3件目)

これまでにも諭したる處(ところ)、子の夜泣きは、親の心からという事は分かりあろう。さあ/\めん/\内々には、尋ねるまでやあろうまい。小人の處、何遍(なんべん)知らせども同じ事、どうせいこうせいは言わん。世界から日々出て来る事情を眺め。不自由するのも、これその理はあろうまい。この理を早く聞き取れ。
おさしづ 明治21.12.31

【参考】夜泣き①
さあ/\小人々々、小人というは心あれども、何しても仕様(しよう)の無きもの。‥
さあ、この子は夜泣きすると思う。一夜の事ならよけれど、未だ(まだ)いかん。‥
めん/\急いてはいかん。長くの心を持ちて、だん/\互いの心持ちて行けば、何一つのほこりも無い。この道 天然自然の道やと思え。‥
めん/\どうしてこうしてと、心に思わぬよう。天然自然の道やと思うて心に治めば、小人身の處もすっきり治まる。
おさしづ 明治21年 (228頁)

【参考】夜泣き②
さあ/\夜泣き、子が泣く、どんな事情も諭してある。よう聞き分け。何にも彼も神口説き、皆ふでさき(おふでさき)にも知らしてある。読んで分からん。どんなであろう。夜泣きする、夜泣きする。どういう事を口説く。一日の日雨降る、風吹く、春の日は のどか。一年中はどんな日もある。何であったな。一時なる思うなら、どういうものであろう。見えようまい、分かろまい。よう聞き分け。
おさしづ 明治22.5.7 (3件目)

【参考】夜泣き③
子の夜泣き 思う心は違うでな 子が泣くでない 神の口説きや (よみくだし)
おふでさき 第三号 29首

【参考】夜泣き④
一代二代だん/\という一つの理、結構と思うて居る、有難(ありがた)と思うて居る中に、小人の事情、夜も泣く 昼も泣く。何で泣くと思う。一度尋ねてみようと思えど、日々の日に遅れ、よう諭さにゃならん。小人が泣くやない。何か万事(ばんじ)早く事情諭したい。何程泣く、何で泣くと思う。これより一つの内々一つ/\早く悟れ。万事一つの理には、一つの理はあろうまい。子の夜泣き 昼も泣く。いかなるもたんのう(足納)、年々に一人又(ひとりまた)一人又一人、二三年(二、三年)の間ならばと思う。内々もよく聞き分け。よう帰って来た/\と言うて、先々の處(ところ)楽しみの理、先々の處は何程の事情とも思わずして、今の一時の處ばかり思う。たんのう一つの理が治まれば、子の夜泣きは無い。めん/\身上も速やかという。早く事情を諭さにゃならん。悟らにゃならん。
おさしづ 明治24.4.20 (2件目)
【註】「子の夜泣き」については、乳児、小児の「夜泣き」に限らず、子供に現れる、お見せ頂くすべての「身上・事情」は「子の夜泣き」であり、「神の口説き」であると受け止めさせて頂くべきと思案します。

成るたけ満足。先ず/\親孝心(親孝行)のため満足させ。又めん/\一つの道運んで、安心をせねばならんと。めん/\も安心して、成るたけ満足をさせ。 
おさしづ 明治21年 (15件目) 補遺

親に孝心夫に貞女(ていじょ)、世界の事情、どうでもこれを分けねばならん。
おさしづ 明治22.1.13

子供の成人楽しみに、日々に功(こう)を積んで居る。皆その通り、いつもいつまでも親の厄介になる者はどんならん。
おさしづ 明治22.1.24 午前9時

家内親々一つの事情、一代又二代、心の理があって一つ十分に治めある。
おさしづ 明治22.6.10

   喜多治郎吉 身上に付 願
さあ/\尋ねる。尋ねるから 一つの理も聞き分け置かねばならん。身の障り、さあ/\一寸(ちょっと)身の障り、一つ/\直ぐ/\何か障る身の處(ところ)小児いんねん(因縁)の處、よう/\小児一人与えたる處、身の處、一つ/\二つ三つ、さあ/\妊娠、さあ出産、さあ/\三才で物分かり掛け。よう聞き分け。さあこれもあたゑ(与え)一つの理という。又(また)いんねん一つの理。この理をよう聞き分けば、身は速やかという。さあ/\小児いんねん/\、あたゑ/\という。
   只今の「小児いんねんあたゑ」と仰せ下さるは、いかなる理で御座(ござ)りますか、押して願
さあ/\与えたるは小児は、親々の親という。親々の親を与えたるという。
おさしづ 明治22.6.16
【註】喜多家に養子に迎えた、梅谷四郎兵衛先生の四男「秀太郎」氏は、
『治郎吉先生の「親々の親」、つまり「祖父の魂のいんねんの方」を与えたのや』と仰るのです。

これまで尽す運ぶ中に、互い扶け合い(たがいたすけあい)は諭する理、又所に一つ成程の者というは、第一に家業親孝心、二つ一つが天の理という。
おさしづ 明治22.10.9 補遺

日々家業第一内々親孝心、この二つ理がこれが天の理。
おさしづ 明治22.12.14 補遺

一日の日は遊びに行て来うか言うて暮らして、奈良へ行こと思えば、年寄ったら手を引いて上げましょうと言うて、手を引かねば行かりゃせん。この理をよう/\気を付けさっしゃい。この理から年が寄ればくどい事を言う。理と理と親子なるこのやしき(屋敷)へ入り込めば、年取りた者を親と見立てるよう。この理を聞き取ってくれ。
おさしづ 明治22.10.14 午前8時20分

古き者 親という。子は何人ありても親は一人。為(な)したる事は どうでも立てねばならん。
親がありて子というは、親が賢(かしこ)うても、子は鈍(どん)な者 出ける(できる)やら知れん。子は、親が鈍な者やと言う者があるなれども、何ぼ(なんぼ)鈍な親でも、親があればこそ。年が寄れば 鈍な者や。鈍な者でも 親というもの大切なものや。‥
親というものは どれだけ鈍な者でも、親がありて子や。子は何ぼ(なんぼ)賢うても 親を立てるは一つの理や。これだけの理を聞かし置こう。
おさしづ 明治22.10.14

親は親。何も案ぜる事は要らん。どういう事も治まれば皆治まる。親小人同じ事情。
おさしづ 明治22.10.22 (2件目)

元というはをやという。をやという理は可愛い理に育てば(育てれば)、どんな所も育つ。親と成りて育つるは可愛という理を以(もっ)て育てるよう。これだけ一寸(ちょっと)諭し置こう。
おさしづ 明治22.11.27

親という理に子という理、救けにゃならんが親の理。可愛い一条、‥
おさしづ 明治23.8.7

さあ/\人間というは神の子供という。親子きょうだい同んなじ(同じ)中といえども、皆一名一人の心の理を以(もっ)て生(うま)れて居る。何ぼ(なんぼ)どうしようこうしようと言うた處(ところ)が、心の理がある。何ぼ親子きょうだいでも。
おさしづ 明治23.8.9

古き者に親が尽して子が尽す当り前、子が尽して親が何でもという心の理がある。
おさしづ 明治23.10.1

十分(じゅうぶん)子が成人する。親々の理 子にある。子に真実誠あれば理がある。古い者は親ともいう。
おさしづ 明治24.1.8 (4件目)

親の理は神の理、‥
おさしづ 明治24.3.25

めん/\の子供の親あって子、‥
おさしづ 明治24.5.13

いかなるもいんねんほこりいんねん、難儀するもいんねん、暮らすもいんねん、それ/\(それぞれ)いんねん。親の理に分からんは知らず/\の理であろうまい。‥
いんねん事情、いんねん事情なら通らねばならん。いんねんというは そう/\どうむ(どうも)ならん。曇りの中でも暮らさにゃならん。それ/\親から明らか事情持たねばならん。これだけ諭するによって、しいかり(しっかり)聞き分け。
おさしづ 明治24.5.20 (3件目)

事情どういう事を聞き、今の不自由を思わずして、他の處(ところ)、世界万事(ばんじ)の中、一つの理が難儀不自由。親一つの理を以(もっ)てすれば、治まらん事はない。よく聞き取ってくれ。
おさしづ 明治24年7月

子供という、親という、親は辛抱(しんぼう)して、この物は数無い物や、残してやろ、と言うが親の理。上と言えば上、兄と言えば兄、親と言えば親の理。しっかり聞いてくれ。
おさしづ 明治24.11.15 夜1時

勝手良い理に寄って 勝手の悪き理は寄り難(に)くい理であろう。勝手の良き理は置かん。この道では選り喰い(よりぐい)同様、親という理分からねば何も分からん。
おさしづ 明治25.10.15

心の尽し方、親孝行の理も同じ事、皆随(みな/つ)いて来る。
おさしづ 明治26.5.17 夜

どうでもこうでも伝う理、親という代、そのあと伝わにゃならん。尋ねるまでのもの。真実の理を見た限り、親のあと子が伝う。心無き者どうしようと言うて成るものやない。元々の理を伝わにゃならん。
おさしづ 明治26.6.21

親が分からにゃ、子が皆分からん。
おさしづ 明治27.3.15

親は子を思うは一つの理、子は親思うは理。この理聞き分け。何でもぢば、という理が集まりて道という。
おさしづ 明治28.3.10

第一心 一人心、親という理思う。神という理思う。思うは鮮やか。思うは神の理、親の理忘れる事なら道とは言わん。‥生涯さしづは生涯 親の理 神の理、その理 知らねばならん。
おさしづ 明治28.6.24

一戸の内に諭しても分かるやろ。水も同じ事。汲(く)めば飲める。
親があって子という。子は何人あれど皆(みな)可愛いもの。なれど、どんならにゃ ならんように片付ける。中に出直す者もある。我が子であってまゝ(まま)にならん。出すにも出せん、切るにも切られん。あんな者は何處へなっとと(原文まま)思えど、真の理は切れるか。この理から取ってみよ。
おさしづ 明治31.3.30

親ありて子、親ありて子。思やん(思案)せい。結構思えど、心に掛かれば どうもならん。理の煩(わずら)わんようにせにゃならん。 
おさしづ 明治32.9.23

親の後は子である。親に子が無けねば、貰(もろ)てなりと末代(まつだい)という。よう聞き分け。心が悔(く)やめば、切り(限り)が無い、果てが無い。‥
これが間違いと思たら、間違う。聞き違えば違う。さあ/\心配する事要らんで。親は一代 理は末代、神は末代。理は違わん。この理 聞き分けてくれ。
おさしづ 明治33.4.3 (3件目)

何も彼も皆いんねん同志(同士)、いんねんという。親子の理、いんねん理 聞き分け。
おさしづ 明治34.3.11

(みな)夫婦と成るもいんねん(因縁)、親子となるもいんねん。どうでもこうでもいんねん無くして成らるものやない。夫婦親子と成り、その中よう聞き分けにゃならん。‥
堪いられん(耐えられん)(ところ)から親といういんねんという處から、どういう處も治め。一人の理ではない。‥
道という。扶け合い(たすけあい)というは、それ/\(それぞれ)諭す。又(また)いんねんの中というは、尚々(なおなお)の事。いんねん、それは やり損(ぞこ)のうてはならん、運び損のうてはならん。‥
夫婦親子というは深い中(仲)、それには又きょうだい/\ある。この理 何か結び合い/\、この心定め。成る理は言うまで。何かいんねん為す(なす)中なら、どうという一時急く事、人という心寄せ/\、心寄せるなら又(また)世界もほんになあ道と言う。早く順序定め。急く/\。
おさしづ 明治34.3.26 補遺

親の言う事は、道の上の心と思わにゃ理やない。道の理やで。これさえ聞き分けたらば、腹立ちゃせん。たゞ(ただ)ぬっと大きなって、子の間はというものは、どういう事も知りゃせん。さあ/\欲というものに切り(限り)は無い/\。いんねん(因縁)が悪かったらどうするか。門に立って一度のものも乞うや。不自由の理 聞き分け。不自由の理 聞き分けたら、何も腹立ちゃせん。
おさしづ 明治35.3.14

親孝心(おやこうしん/親孝行)(また)家業第一。これ何處(どこ)へ行(いっ)ても難は無い。
おさしづ 明治35.7.13

親という子という、子の煩(わずら)いは 親の煩い、親の煩いは 子の煩い。これしっかり聞き分け/\。
おさしづ 明治35.9.21

親と成り子と成るは、いんねん事情から成りたもの。親を孝行せず、親という理忘れ、親に不幸すれば、今度の世は 何になるとも分かり難ない/\。この話 理 伝えて置こう。 
おさしづ 明治40.4.9

をやの心 殺して通る者。勝手な道を歩む者。なれど、一度は許す、二度は救ける、三度は許さん。
教祖直々の御言葉 明治18.3.14  松村榮治郎


教祖が元を説かれた理由 ⑩ に続く

最終見直し 2016.3.22  5:15

我さえ良くばで皆、勝手々々の心遣い」の参考 ②

   働く手は
   教祖が、いつもお聞かせ下されたお話に、
世界中、互いに扶(たす)け合いするなら、末(すえ)の案じも危なきもない。仕事は何(な)んぼでもあるけれども、その仕事をする手がない家もあれば、仕事をする手は何んぼでもあるが、する仕事がない家もある。
   奉公(ほうこう)すれば、これは親方のものと思わず陰日向(かげひなた)なく自分の事と思うてするのやで。秋にでも、今日はうっとしい(鬱陶しい)と思うたら、自分のものやと思うて、莚(むしろ)でも何んでも始末せにゃならん。
   陰日向なく働き、人を助けて置くから、秋が来たら襦袢(じゅばん)を拵(こしら)えてやろう」「何々してやろうというようになってくる。こうなってくると、双方たすかる。同じ働きをしても、陰日向なく自分の事と思うて働くから、あの人は如才(じょさい)ない(気が利く抜かりない)人であるから、あの人を雇うというようになってくる。こうなってくると、何んぼでも仕事がある。
   この屋敷に居る者も、自分の仕事であると思うから、夜昼こうしよう、ああしようと心にかけてする。我が事と思うてするから、我が事になるここは自分の家や、我が事と思うてすると、自分の家になる。陰日向をして、なまくら(鈍)すると、自分の家として居れぬようになる。
   この屋敷には、働く手は、いくらでも欲しい。働かん手は、一人も要らんと。
   又、ある時のお話に、
働くというのは、はたはた(側々・傍々)の者を楽にするから、はたらく(側楽・傍楽)」と言うのや』とお聞かせ下された。

〔教祖伝逸話篇 197 働く手は〕より


   池の水
   私(桝井孝四郎)が学校を出た青年の頃に、 「教祖が、こう仰った」と言って、母(桝井おさめ)が私に教理の仕込みをして下さった。恐らくこのお話は「私の教理の仕込み始め」であったかも知れない。まだ、私の頭の中にこびり付いている。そしてその教理が、私の日々の通り方の、心の置き所にもなっている。
はたらくというのは、はたはた(側々・傍々)楽してもらうからはたらく(側楽・傍楽)」と言うのや。これが天理に適(かな)う種(たね)や。
   銘々は今日まで、どんな因縁(いんねん)を重ねているや分からん。その因縁を切ってもらうためには、人のために働かしてもらわなくては、徳はもらえん。徳をもらわなくては、因縁は切ってもらえんのやで。
   ところが誰でも、人のために働くことは嫌なものである。我が身損をすると言うて、なかなか働けんものや。けれど、人のために働くのは、ちょうど水に譬(たと)えて言うならば、池の水を向こうへ押すようなものやで
と仰った。
池の水をいくら向こうへ押しても/\、池の水は、すぐに横から帰ってくる。これは天理や。これが天理である如(ごと)く、人のために働くことは嫌なものやけれども、池の水を向こうへ押したら、水がすぐ帰ってくるように、徳を返して下さるのやで。この徳によって、今日まで重ねてきた因縁も切って下さるのや。銘々には、前生々々の道すがらは分からん。どれだけ因縁を重ねているやら分からんのや。こうした徳によって、因縁を切って下さるのやで。
   ところが人間心で通るのは、人が倒れても我さえよくば、人に迷惑かけても、人を苦しめても、我さえよくばという人間の我欲で働くのは、池の水を我が方へ掻(か)き寄せるようなものや。いくら掻き寄せても/\、池の中に、水の山は出来ようまい。水は皆、横から逃げて行くがな。池の水が逃げて行くように、徳が逃げて行くのや。徳が逃げて行ったら後に何が残るのや。徳の反対の因縁が残るのや。たとえ、物が残ったとしても、それは人を苦しめた、倒したという因縁が、形になって残っているのや。そんな物がいくらあっても我が身につくものやない。その物によって苦しむという、因縁を積むということになるのや
ということを話して下さった。

〔みちのとも 昭和36年1月号 おさづけは道の路銀(上) 桝井香志朗(孝四郎)〕より


   心が異なったら
   ある時ご本席様が、辻忠作氏に、
「神様が『今年は米が高くなる。けれども、神が不自由なしに連れて通る』と仰る」とお話になった。
   辻さんは家へ帰るなり、米を買い込まれた。すると左の肘(ひじ)に、大きな腫れ物(はれもの)が出来た。痛んで仕方がないので、教祖のところへ伺われると、
人間は皆きょうだいや。人に肘喰らわすような事してはならんで
と仰せになった。けれども辻さんは、何のことだか分からなかった。それで重ねて伺うと、
伊蔵さんから聞いたことがあるやろ
と仰せられて、それで米のことであることが分かった。するとすぐ、
みな売って、人々に恵んでやれ。その心になれ
と仰せられた。辻さんも、
「これは悪かった」と懺悔(さんげ)せられると、腫れ物は、すぐに吹き切った。そのとき教祖は、
少しでも心が異なったらしるし(印)」が付くで
と仰せられた。
   辻さんは帰って、米をお売りになった。それで儲かったので、その利益(りえき)だけ、人に施された。
   それでも後まで、肘に傷が残ったとのことである。

〔みちのとも 大正13年7月5日号 巻頭  神言と辻氏〕より


   我が身どうなっても
   私(永尾芳枝)が子供の頃、御教祖様(おやさま)は親しく次のようなお話を聞かせて下さったことがございます。
我が身のことは一切(いっせつ)思うな。我が身どうなっても構わぬ、人に喜ばすよう、人を大切にするような心にならなければいかんで。
   着物は箪笥(たんす)の抽斗(ひきだし)へ、一枚でも余計に入れておくようなことではいかんで。旬々のものさえあればそれでよい。旬々に着るもの無ければ、袷(あわせ)を単衣物(ひとえもの)、単衣物を袷にして通るような心にならなければいかんで
と仰せ下さいました。

昭和6年2月「よのもと」第2号  聞かせて頂いたまゝに 永尾(飯降)芳枝〕より

【参考】
我が身捨てゝも構わん。身を捨てゝもという精神持って働くなら、神が働く、という理を、精神一つの理に授けよう。
おさしづ 明治32.11.3
   

   値切るな、腐すな、選るな
   普通の家で、果物とか野菜とか、その他の物を買う時に、まず値段を値切る。値切る手段として一生懸命に品物を腐(くさ)す(けなす)。
   ようやく商談ができる(ととのう)と、今度は眼を皿のようにして一つ一つ選(よ)りはじめるのが常である。
   教祖は、この有り様をご覧になってのことであろうか「物を買う心得」として、
値切るな、腐すな、選るな』と仰せられたそうである。

※ 柏木庫治先生の解釈
腐すな〔貶(けな)すな、誹(そし)るな、扱(こ)き下(お)ろすな〕
   万(よろづ)のものは神様がお造りになったのである。人間が腐してもよい何ものもこの世には無い。「腐す」ということは、親神に対しても冒涜である。腐すとか、潰すとかすることは、結局は自分の運命を潰すことになるのだ。
選るな〔選ぶな〕
   売り物である、よい物を先に選ばれてしまっては後が売り難(にく)い。相手の立場を考えて、売りよいようによい物を残してあげる。身贔屓、身勝手の世の中に、なんと慈悲真実の心遣いであろうか。

〔みちのとも 昭和8年11月5日号 おやさまのことども 柏木庫治〕より

【参考】
人より物を買う時は、代価を値切りな。(値切るな)
また人に物を売る時は、掛け値言いな。(ふっかけるな/ぼったくるな)
人に損を掛けたら、人また我に損を掛けるべし。(人に損させると、損させられることになるぞ)

〔教祖様御言葉 明治17.4.9〕より


   上人というだけでは
   御教祖様(おやさま)はある時、
上人(しょうにん)とは、凡夫(ぼんぷ)を離れ、色の世界を離れ、欲の世界を離れ、目先の事に囚(とら)われず、行(ぎょう)を尽した人のことや。
   しかし、上人というだけでは、まだ小さい。自分だけの徳を積んだらよいと思うているからや。
   この道はそうやない。自分が因縁を切ってもろうたら、人にも因縁を切るように、自分が徳を積んだら、人にも徳を積む(積ませる)ようにせにゃならん
と、お諭しなさいました。
【註】
上人   学識、知徳、人徳など、すべてを備える秀(ひい)でた僧侶。
凡夫   もとは仏教語。愚かな人。仏の教えを理解しない人。凡人。
          転じて、人間心・人間思案の強い人。親神・教祖の教えを理解しない人。ほこりの心遣いの人。 
〔みちのとも 昭和10年4月20日号 雛型拾遺 記者〕より
※ 付記に「亡くなられた山澤ひさ刀自及び桝井孝四郎氏らの話題を中心としてまとめさせて頂きました」とある。


   さあ/\たすけ一条/\
   父(上川孫兵衛)が初めて「おぢば」参拝した時には、中山家の門前は大字で「参拝人お断り申上候(申し上げそうろう)」とベタッと扉に貼ってあった。それで晩に内緒で裏から入れて貰(もろ)うた。
   父が初めて教祖様(おやさま)にお目にかかった時、
「私(上川孫兵衛)は山城の者で、初めてお参りさせて頂きました」
と申し上げると教祖様(おやさま)は、
まあ山城から。それはご遠方からよくお帰りなはった
と仰せられた。そして、
世の中の人達はな、お金を儲(もう)ける のには人の裏をかいてでも儲けたい我さえよければよい という心。 儲けたら、田買う、畑買う、山も家も買う。家の内が豊かになる。 すると妻があるのに他に女が欲しい というほこりの心がわく。金銭や物のほこり は返せば済むが、女や男のほこりは、なすになされん、返すに返せんほこりや。そうした心のほこりを払う道やで と仰せられた。
   私(上川米太郎)の父は、
『教祖様(おやさま)は「世の中の人は」と仰せられるが、その「世の中の人」は私の事でございます』
と、心に八寸釘を打たれている気持ちであった。
   そして教祖様(おやさま)は、
この道は、人をたすける道や。人をたすけて我が身たすかる道やで。たすける理がたすかる理やで。
   人をたすけるにはな、暇を惜しんだり、小遣い銭を惜しんでいるようでは、人をたすけることは出け(出来)んで。さあ/\たすけ一条/\ と仰せられた。
   そこで父は悟らせて頂いた。
   そうじゃ、そうじゃ。俺は「暇が無い、銭が無い」と言うて、「自分の都合や勝手」を言うていたら、「人だすけ」というような仕事は出来やせん。
『腹が減ったら飯も食わねばならぬ。道が遠ければ乗り物にも乗らねばならん。そこで「暇」と「小遣い銭」が要る。それを「惜しい」と言うたり、思うたりしているようでは「人だすけ」は出来ないぞ』と仰せられているのである、と悟ったのである。
【註】上川孫兵衛先生は、河原町大教会直轄の斯道分教会初代会長様です。
〔道友社発行「お道と私」上川米太郎〕より


   食べさしたら
(つく)した者に食べさしたら、内の者は増えるで。尽しもせぬ者に食べさしたら、減るぞよと仰せられた。
【註】身贔屓(みびいき)、依怙贔屓(えこひいき)についてのお諭し。
〔諸井政一集 後篇 御講話傍聴録 九〕より


   ひとりさんざい
独り散財大嫌い』と仰せられた。
【註】散財   無用、不要のことに金銭を遣うこと。無駄遣い。
                     また、多額の金銭を費やすこと。
〔諸井政一集 後篇 御講話傍聴録 九〕より

【参考】
贅沢(ぜいたく)していては道は付けられん。聞き分け。草鞋(わらじ)(は)いて だん/\運び、重く徳積んでこそ理が効く。
おさしづ 明治31.11.4


敵・敵同士・仇(かたき)・隔て」ほかの参考

神の心に隔ては更に無し。それ隔てられる隔てられん、隔てんならんの一つの理は 前生種により、一つは我が心にもよる。‥
沢山(たくさん)な水にて 少しの濁り水を入りたとて、何處(どこ)濁りたように無し。この水は用(もち)いらりょう(用いられよう/使えるであろう)
少し〈の〉水ならば、少しの濁り水にても、これは一面に濁ろう。この理をよう思やん(思案)してみよう。
心に合わん気に合わんという事は、いつも心に合わん気に合わんと言うて居た分(ぶ)にゃ、いつも心にも合わにゃ気にも合わん。その気にも 心にも合わん處(ところ)だけ除(と)りたなら、心にも合や(合えば)気にも合う。さあこゝ(ここ)をよう思やん(思案)して、人の悪き處(ところ)だけ除(と)りて我が心包み、善き處だけ出して、何事も事治めるよう。
おさしづ 明治20.12.1 (3件目) 補遺

誰彼(たれかれ)を、仇(かたき)と言うのやない。
おさしづ 明治21.3.22

さあ/\どういう處(ところ)からどんな道が付くやら、遠く近くに隔(へだ)ない、何時(なんどき)どういう道が付くやら知れんで。
おさしづ 明治21.5.9

この道は皆きょうだい(兄弟姉妹)やという理を聞かして置こ。なれど、隔てられるも隔てるも、皆銘々の心通り。きょうだいという理を聞き分け。
おさしづ 明治21.6.15 (2件目)

難儀(なんぎ)さそ、不自由(ふじゅう)さそという親は無い。幾名何人(いくめいなんにん)ありても、救けたいとの一条である。その中 隔てにゃならん、隔てられんやならん、という處(ところ)、世上見て一つの思案。この理を聞き分け。一つはたんのう(足納)と。善き種蒔(ま)けば善き芽が吹くも、世上見て一つのたんのうとの心定め。たんのうとの理を持ちて、案じる事は要らん。案じては案じの理(が)回る。案じは要らん、と、大きな心を持ちて理を治め。善き種蒔けば善き実がのる、とのさしづ、と。
おさしづ 明治21年6月

取次(とりつぎ)の理によって働く。天の理や/\と尋ね来る。取次をやの使いなら、をやの代わりや/\。をやの代わりなら どんな仇(かたき)でも、仇(かたき)にして隔てゝくれな(へだててくれるな)。‥
取次に委(まか)したら をやの代わりや。をやの代わりなら隔てゝいかん、隔てしていかん。
おさしづ 明治21.8.6 刻限御話

さあ内外(うちそと)の隔ては無いで。どれから人衆(にんじゅう)寄せるやらこれ知れん。心の理によって、どんな役割するや知れん。
おさしづ 明治22.11.25

さあ/\内外の理は、内外の理は無い。遠くの事情という/\、遠くの事情も、内の事情も隔てんよう。さあ/\何ぼ(なんぼ)遠くても、外の事情というのは、話するまでやない。内々も遠くも、内外の事情は要らん。
おさしづ 明治22.12.27

道具でも どんな金高(かねだか)い値打(ねうち)でも、心の理が無くば何にもならん。さづけ(おさづけ)/\の處(ところ)、よう聞き分け。日々の席をする(別席を運ぶ)。席をすれば(満席になれば)さづけは渡す。その時の心、受け取る時の心、後々の心の理がある。日々まあ一日の日、結構という理を忘れて了(しま)う。どうも残念でならん。なれど運ばねばならん。そんならその者にはやろう、この者にはやらんというような隔ては無い。今貰(もろ)うて直ぐとほかす(捨てる)者でも渡さにゃならん。一時の間、定める心の誠であるから、どんな者でも、こんな者でも心があるから、をやのそばへ来て 貰わにゃならんという。
おさしづ 明治23.7.7 午前3時

神は隔て無い。それめん/\(銘々)心から沸(わ)かす故(ゆえ)、隔てられんやならんようになる。暫(しばら)くの處(ところ)、じい(ジッ)として置くがよい。
おさしづ 明治23年頃 (2件目) 補遺

神の道、上(かみ)の道、一寸(ちょっと)言えば同じ。事情の道とは 世上の道、神の道は 胸の道。世上の道は どんな事して居ても、目にさえ見えねば通りて行ける。なれど胸の道は、皆(みな)身に掛かる。 道に二つある、世上の道、胸の道。世上の道には、どんな穴が有るやら知れん、又(また)(つるぎ)が有るやら知れん。‥これさえ十分説き聞かせば、どんな事も皆治まる。‥
親族事情には分かりゃせん。世上には皆親子きょうだいと言うて、親族と言うても、きょうだい何にも隔てる理は無い。どれだけ内々事情、親族事情と言うても、聞いて居るやろう、見て居るやろう、言うて居るやろう。三点三つ立て合い事情、しっかり親族事情 治めてくれるよう。
おさしづ 明治24.1.27

   村田長平 心荒立ち事情願
さあ/\一人の心々、今の處(ところ)いかなる事、どういう事、よう聞き分け。
世界へ対し面目(めんぼく)やで。これは間違うのや。内外隔て無く、理を諭し、古き事情に諭しある。内々聞き分けてくれ。これまで諭せん理もある。遠く、内々外も、めん/\事情聞き分け。結構や、楽しみや。日々事情皆事情、所詮々々前生あちらこちら理もある。これだけの理治まらん、怨み悔み(うらみくやみ)を持たず、心だけ改め。いかなるもいんねん(因縁)、早く事情定めてくれ。
おさしづ 明治25.5.20

今日は信心、明日仇(かたき)という理。善き理、悪き理、これ一つ聞き分けにゃならんで。
おさしづ 明治26.5.16

仇々(かたき/\)の者も 皆 神の子供、‥
おさしづ 明治26.6.23

どんな所にをい掛かるも 神が働くから掛かる。なか/\の働き言うまでやない。出るや否(いな)や 危なき怖わき所でも守護するで通れる。何處其處(どこそこ)にをい掛かりたというは皆(みな)神の守護、どんな所通りて危なき所怖わき所でも なか/\の理 無くば通られやせん。逃れて来た所、一寸(ちょっと)逃れる事出来やせん。仇(かたき)の中、敵の中 剣(つるぎ)の中も連れて通るも同じ事と言う。
おさしづ 明治26.7.12 夜

内々事情成程(なるほど)、内々事情どんな事もあろう。又(また)一つ 思わにゃならん事情あろう。皆(みな)世上一寸(ちょっと)ひながた(雛型)と言う。この事情では威光が付こまい。事情世上皆聞こうと、見ようと、先々まゝあろ(ままあろう/よくあるであろう)。内々日々の處(ところ)多いで大層と必ず持つやない、思うやない。これ思てはならん。これ思うやろ。ならん中こうして来たらという隔て無い。あの者どうや、この者どうや、思うな。言うやない。
おさしづ 明治27.5.27 (2件目)

よう聞き分けにゃならん。同じ何人中、この教会やしき中、十人居れば十人、二十人居れば二十人、三十人居れば三十人、どんな者でも区域隔て無い/\。こうもして貰わにゃならん。一名も〉放って置く事出けん(出来ん)
おさしづ 明治29.4.9

男女の隔て無く、一時に心澄み切りて通れば、男女の区別は無い。‥この道始めたは男か女か。これから悟れば どんな事も分かる。
おさしづ 明治31.3.26 (1件目)

男々女々働きという理ある。男女隔て無い。同じ一つの理。この道始まったは、どれから始まった。皆心間違いを改めてみれば同じ事。‥
(みな)子供たる、女たる者にしっかり言い付け。隔て心がどうもならん。信心道 日々處(ところ)むさくろしい。皆(み)んなきょうだい(兄弟姉妹)。空を見れば ほう と言う。下を見れば ほう と言う。不自由すれば、不自由は一粒万倍(いちりゅうまんばい)にして返やす。これ子供たる、女たる者に、しっかり伝えてくれ。
おさしづ 明治31.4.20

隔てありては当然及(およ)ばん/\。隔てありてはならん。隔てられる隔てる。受け取る事も出けん(出来ん)/\。
おさしづ 明治31.6.18 夜

区域々々だけ心を働き、元に区域、末に区域散乱、これは破れ物に物入れたようなもの。あちらもこちら持って歩けば、十の物ありても何處(どこ)へ落としたやら分からん。心を繋(つな)ぎ合い、破れた容れ物(いれもの)に入れたようなもの。物落として知らん。軽々一つ理。これを違う物を隔てる理は 破れた物も同じ事、何處から種を持って出るやら分からん。何名何人ある。この順序隔て無く、よう隔てるは破れ容れ物。これ一つ治まったら、悩みはすっきり無いで。‥
第一 隔てるというは 破れの元という。
おさしづ 明治31.7.25

この道どういう事から成った。男女隔て無い。‥この道始めた教祖一代の處(ところ)は女、後は男。男女の隔て有るか無いか。‥男女の隔て無い。【註】席   飯降伊蔵ご本席。
おさしづ 明治31.10.26 (2件目)

男女やろうがどんな者でも、道隔て無い。この道、このさしづに遠慮気兼は無い/\。めん/\心に、あちらなあ こちらなあ、何も思う事要らん程に。これだけ諭したら、皆その方 同じ心に結んでくれ。これだけ諭し置こう。
おさしづ 明治31.11.13 (2件目)

不事(ふじ)を待つは悪人や。悪人は仇(かたき)とせにゃならん。
おさしづ 明治32.5.31
【大意】不慮(ふりょ)の事態 事故、人の不運 不幸などを期待する人は悪人である。悪人は「神の仇・道の仇」と見做(みな)さなくてはならない。

このぢばという/\、あちら眺めても こちら眺めても、皆(みな)敵であった。皆(みな)幼少ばかり、これを見て教祖(おやさま)誰に頼り、彼に頼り無き(頼りなき)理を見て、たんのう(足納)してくれにゃならん。元から子 生み出したも同じ事/\。それ/\相談々々一つ理。皆(みな)兄何人あるか。聞き分けて たんのう。この兄親一つ理、教祖存命苦労艱難見れば、聞き分け。今日は不自由さそう、難儀さそうと言うのやない。兄親の数を幾人(いくにん)あるか、一つ理 見てくれにゃならん。       
おさしづ 明治32.12.22

将来の理は誠、誠は神が十分付き添うて守りてやろう。これを皆聞き分けて居れば楽しみ。この道は一人や二人三人四人、それぞれどんな事したて何にもならん。皆(み)んな心以(もっ)てすればこそ どんな事も出来る。すれば、どんな刄(やいば)どんな槍(やり)が差し向けようが、どんな敵に向かおうが、皆真実天に供えて運べば、天より防ぐ。天より守る。今日の諭(さとし)は、これより結構は無い程に。
おさしづ 明治33.5.7

水切っては中弛(だる)み来る。中弛みしては どういうもの。何でもあの心一つ、めん/\神を怨みて、世上にある。中弛みというは、世上の仇(かたき)に肥(こえ)をするようなもの。‥
人はどうでも、めん/\一人なりと、神一条の道より無いと治めてくれば、神一条の理ある。皆手を打って勇んでくれるがよい/\。
おさしづ 明治33.10.16

このぢばへ尽した運んだ者 引き出して居る中、高い低いは無い。一列隔て無いは、教祖の道と言う。高い低いの隔て無いは、教祖の道と言う。これで分かったやろ。
おさしづ 明治33.12.4 (1件目)

どんな悪人でも、道から治まったと言えば、世界の雛型という。
おさしづ 明治34.3.11
【大意】どれほどの悪人でも、道を知り、気付き、懺悔し、心入れ替えれば、世界中の模範的な人間にも成りうる〔から、自分の基準で隔てたり、悪く言うたりしてはならない〕。


   教祖様のご苦労
   それ、教祖様(おやさま)のご苦労は、ちょっとには言われません。
   けれども一つ二つ言うなら、夏の暑い時に監獄へ引かれて、夜といえば蚊帳(かや)もなし、蚊に喰われて、二十日あまりでお帰りになりたる事もあり。また六十日も監獄へ引かれて、何も食べず、水も飲まずにおいでになりたる事もある。
   警察へ引かれたことは何度とも数知れず。冬の寒い最中(さなか)でも、古椅子へ腰を掛けさせられ、ご通夜なされた事もあり。番の刑吏(けいり)が居眠りして、朝日様のお昇(あが)りになるのも知らず、火を灯(とも)してあるによりて、椅子を立ってこれを消して、刑吏の目を覚ました事もあり。
   されども誰を恨むという御気色(おんけしき/ご様子)もなく、ある時は、かどへ物売りに来る者あれば、役所に在りながら買うて、これを刑吏にやりたりして、
みな一れつは我が子」と言わんばかりの御気色で居らせられた。
   この大いなる心を、皆々心として道を尽くすことならば、怖き危なきことはない。危きところでも、それ神が楽に通してやろう 」という。それ、案じることは要らん。心の仇が第一」であろう。

   内も世界もへだてなきやう
   この道は、信心している者も、また信心していぬ(していない)者も、みな同じように思うて、みな隔(へだ)無きようという。それ、如何(いか)なる者をも仇(かたき)に思わんよう。この心を台として、信心せぬ者には理を聞かして、信心させるように運ばねば、内も世界も隔て無きよう、とは言えようまい。
〔正文遺韻 215〜216頁〕より


   なんぼ仇でも
   仇(かたき)の者を、仇(かたき)とするやないで。寒い時であるならば、温かいものを拵 (こしら)えて、
まあ、お寒くございますでしょう。これをお召し上がりなされませ
と言うて出してご覧(ろう)  (ごらんなさい)
   なんぼ仇(かたき)やというても、仇 (かたき)のように出来やせんで。

〔諸井政一集 後篇 御講話傍聴録 十〕より


   勝つも負けるもいんねん通り
   親の仇(かたき)を捜(さが)すには、それどこまでも、日本国々の草の根を分けてまで訪ねるであろう。また、よう/\(漸々) に巡り会いても、勝つこともあれば、かえって返り討ちに遭うこともあり。因縁を切るも、この道理なり。
〔静かなる炎の人・梅谷四郎兵衛  21頁〕より


教祖が元を説かれた理由 ⑨ に続く

最終見直し 2016.3.11  5:25

我さえ良くばで皆、勝手々々の心遣い」の参考

人間の心一つも要らん。このやしき(屋敷)に於(おい)ては五十年の間、天の理を以(もっ)て始め掛け。天然自然の道を知らんか。神一条の道、人間心勝手の道を、皆(み)んな これまでの道を聞き分けてくれ。
おさしづ 明治21.11.14

こうすれば勝手がよいという、人間心をすっきり出せん。刻限の話(おさしづ)は違わんで。めん/\(銘々)思やん(思案)があって こうしたらよいと、談示(だんじ)して尋ねる。これからは何でも彼(か)でもさしづする。さしづ通りにすれば間違う事は無い。あの者があゝ(ああ)言うよって、この者がこう言うよって、と言うて居ては、すうきり(すっきり)間違う。そこでこの事を一寸(ちょっと)話置くという。
おさしづ 明治22.10.25

さあ/\/\/\悟り違い/\、悟り違いはもう知りつゝ(つつ)もう/\くどう/\だん/\(だんだん)さしづ。めん/\(銘々)皆それ/\(それぞれ)談示無く、談示して勝手に運ぶなら 何にも尋ねるまでやない。人間の義理に尋ねるなら要らん事、さしづ外せば尋ねるまでやない。
尋ねるならさしづもしよう。さしづは神一条の話。これまでの處(ところ)は多くの處(ところ)、内々定める處(ところ)も未だ/\(まだまだ)尋ねてないで。一つ人間の心でするなら、尋ねるに及ばんもの。
おさしづ 明治23.6.20 午後12時20分

(みな)勝手という この理が難しいのやで。皆(みな)集会々々と言うて、何遍(なんべん)集会をしたと言うて居る。けれど皆勝手をするから難しいのや。中に成程(なるほど)の理もある。勝手すれば その日から苦しまんならん。又(また)夜明けたら尋ね出る。何遍集会しても、止め(とめ)は神がするのやで。皆勝手すればどうもならん。
おさしづ 明治23.6.25 午前2時

ぢばというは、三年や十年やない。見澄ましてある。そこで言うた通りに成る。内々もさしづ通りより持たぬよう。中には勝手が悪い事もある。人間心取れば(選択すれば)孝心(こうしん)でしたる事と言わん。その日から困らにゃならん。尋ねたらさしづ通り、心一つ、一手さしづ通り。心得のため理を諭そう。
おさしづ 明治23.6.25 午前9時

それ/\(それぞれ)人間心勝手が混じる。受け取りが無い、直(す)ぐと終(しま)いになる。こゝから(ここから)尋ね事情から 一つの心の理 受け取る事出来ぬ。外々(ほかほか)事情一つ始め掛け、神一条始め、神一条〈で〉行かんにゃならん。
おさしづ 明治23.7.3

皆揃(みなそろ)て出て来る。結構な理がある、めん/\の理がある。結構の理が分からん。勝手言う理があるからどうもならん。もう変わる変わらんやない。幾年何年経って分からんやならん。一名一人(いちめいいちにん)の理がある。明らかな道を通りて、やれ/\めん/\(やれやれ銘々)勝手あるからどうもならん。こゝら(ここら)の理を よく聞き分けてくれ。
おさしづ 明治23.8.19 午前2時30分

めん/\の勝手というが、何遍諭(なんべんさと)せども一寸(ちょっと)も治まらん。もう/\十分々々。何も彼(か)も治めてある。なれど勝手がある。勝手はどうもならん。親の事情 親の理 聞き分け。身の處 (ところ)にて不足あれば どうもならん。勝手がどうもならん。親々の間に何の差ありも無い。親々の理を聞き分け。
おさしづ 明治23.11.28

勝手というはどうもならん。勝手というは、人間心の道であるから一寸(ちょっと)にはよい。なれどいつ/\までも治まらん。何をしたのやなあ と言う。これで難しい。たとえ(たとえば)縄を引く、仮に杭(くい)を打つといえど、尋ねさしづ通り。尋ねば随分の理に見てさしづする事もある。成らん道も押しての道は続かん。何かの事(どんな事で)も聞き分けてくれ。
おさしづ 明治24.5.8

勝手の道通りていんねん(因縁)という。これから治めさす。‥
俺が/\というは、薄紙貼ってあるようなもの。先は見えて見えん。‥
見ては強く堅(かた)いように見えるなれど、あちらかす/\(カスカス)、こちらかす/\、元より堅き事はない。これ一つの理も心に治めにゃなろうまい。‥
勝手一つの理は邪魔になる。事情聞き分け。神がじっと(ジッと)して居たら、世界から寄りて来ても、どうもなろうまい。
おさしづ 明治24.5.10

知らず/\の道、分からず/\の道、みす/\(みすみす)の道ある。これ三つ出掛けたらどうもならん。盛(さか)ん程(ほど)めん/\心を静めて掛かるから盛んという。心の理があれば勝手の道という。勝手の道は盛んとは言えようまい。〈先に〉暗がりの道が見えてあるから、諭さにゃならん。しっかり皆に伝えて治めてくれ。
おさしづ 明治24.7.24

第一若き事情、若き事情は これまで育てて来たる。日々治まりたる。万事(ばんじ)聞き、若き一代の理 聞き分け。どんな事もさしづまでの理 運んで、先々心で思わにゃならん。若きというは、心の勝手という。若い者は諭してくれ。‥
一寸(ちょっと)若いと言えば、めん/\心の勝手という理がある。そこで諭してくれにゃならん。知らん/\、分からん/\は どうも一時の處(ところ)にては分かろうまい。よう聞き分け。
おさしづ 明治24.9.16

さあ/\さしづ/\という、これまでどんなさしづもしてある。さしづは違わん。なれど当分はその心で居る。なれど日が経てば、遂には勝手々々ついで/\、遂には崩れ、その日/\の勝手を以(もっ)て崩す。そんな事ぐらいは ほんの小さい事や。どんならん事は、その時の場合によりてする事はどうもならん。その場によりて通らねばならん。
おさしづ 明治25.1.13

勝手々々 覚束(おぼつか)ないものであるで。
おさしづ 明治25.2.22

さあ/\よう/\(漸々)事情/\、これまでの事情にさあ/\分からん/\。どんならん。分からんからこういう日が出て来る。幾日経てども竦(すく)んで居る。‥
ワハ丶丶丶丶、さあ/\皆(み)んな勝手ばかり言うて放って居てはどんならん。放って置くからこうなる。‥
これまでだん/\さしづ/\で日々の處(ところ)、危ない處も怖わい處も知らし、こうなる道も知らし、さしづ順序、危なき道を通りたか、よう思やん(思案)すれば分かるやろ。ただ一言のさしづ柔らかなもの、さしづに間違いはあろまい。心真実の理を見分けるなら、間違うた理はあろまい。これだけ聞き分けて置け。
おさしづ 明治26.2.6 朝

さあ/\もうこれ一人のために そちらも騒がし、残念でならんが未だ(まだ)それだけの事分からんか。分からんやない。なれどめん/\勝手から怖わい道を通らねばならん。
おさしづ 明治26.5.11 夜2時10分

危ない話も怖わい恐ろしい話もしてある。‥
さしづ引き出して、改めてみるがよい。さしづの中に間違うたると思う事もあろう。なれどさしづの理は間違わん。聞きよう取りよう勝手の理があるから、ありゃこりゃになるからどうもならん。
おさしづ 明治27.3.4 夜

皆、勝手々々の理を拵(こしら)え、ならん時にはさしづ/\と言うはどんならん。
さしづ取りて事情、さあ/\井戸々々深い井戸に譬(たと)えて話する。すっきり澄んだ水いらいさえせねば(にご)らん。すっきり(すっかり)濁りた水が飲めん。よう聞き分けてくれ。濁る時節(じせつ)来る處(ところ)どうもならん。世界濁る。
おさしづ 明治27.3.17
【註】いらいさえせねば
「弄(いら)いさえせねば」で、「弄(いじ)りさえしなければ」「弄(もてあそ)びさえしなければ」という関西広域で用いられる語。〔動詞〕弄(いら)う。

さしづの理に どういうもの と言うようでは、さしづは何にもならんようなものなれど、これまで道の理を考えてみよ。分かるやろう。勝手の理に 理を拵えるから間違う。今の話の理に止(とど)まって了(しま)うと言う。
おさしづ 明治27.3.19 

双方の心にとって皆々高い低いの理は無い。ろっくな道なれど、勝手の理よりだん/\高低(たかひく)の理を拵え、あちらへこちらへ擦(す)れ、心の理は散乱。たった一つの理を、きょうだい(兄弟姉妹)一つの理、後より出けた(出来た)理もあろまい。どうなろうと言うようになりてからは、どうもならん。皆(みな)打ち捨てたる事情もある。よう聞き分け。
おさしづ 明治28.5.13 午後3時

何程(何ほど)身の障り 幾重々々(いくえ/\)何ぼう(なんぼう)さしづしたとてさしづはその場限り。どうしたらよいこうしたらよいと言えど皆そのまゝ(まま)。さしづ無くても勝手だけはよう出来る。さしづ通り出来ん。さしづ通り出来たる事もある。出けても不承々々(ふしょうぶしょう/嫌々/渋々)だらけ。
あちら腹立てこちら腹立て一つの理に治まらん。互い/\の心さえ皆(み)んな話し合うなら一時の理に治まる。
この道は俺が/\と言うたて皆んな神の道、神が働けばこそ日々の道である。それで難しい事 始め掛ける。 
おさしづ 明治28.10.7

(よ)いと悪いとのさしづを取りて、勝手の好(よ)さしづは用いるなれど、勝手の悪いさしづは潰(つぶ)して了(しま)う。第一これが残念でならん。これがどうもならん台である。台の話もして置こう。けつまず(蹴躓)く台にもなるやろう。有るやら無いやらと思て居る者がけつまず(蹴躓)く。〈神のさしづを〉心に持って通る者はけつまず(蹴躓)かん。皆一寸(いっすん)の虫にも五分(ごぶ)の魂、と、皆言うたる。 人間と人間と どうこう言うならさしづは要らんものや。これだけ諭したら皆分かる。
おさしづ 明治29.3.24

【参考】知りながら守らにゃ
『「救けてもらいたいという心〈が〉あって〈も〉人を救けたいという心が無いから、救かる事が出来ん。なんぼ話聞いても、都合のよい事は守る。心に合わん(都合の悪い) 事は、理は分かりながら、心で捻(ひね)り潰(つぶ)ているから救からん。知らん間は許してもおくけれど、知りながら守らにゃ、どうあっても許せんで』と仰る。
〔諸井政一集 後篇  御講話傍聴録 九〕より

道が分からんから分からん事になる。どうなるこうなる、心の理 分からんから分からん。皆(み)んなこれ教(教え)という理がある。教(教え)に従うて通らんから、綺麗(きれい)な道が むさくろ(むさ苦)しいなる。皆 行き難(にく)い道を尋(たず)ねて捜(さが)すから どんならん(どうにもならない事になる)。一人二人三人の心で世界通れるか。
さあ さしづに及ぶ。さしづしても守らねば、さしづまでのもの。よう聞き分け/\。
何遍(なんべん)々々、これまでの道 知りて居(い)ながら、便りも無く 声も無く、理も無く、道の道 通らんから、どうなろう 知らん という日になって来たのや。どうでもこうでも、心迷いありてはならん。‥
自由(じゅうよう)の理 分からんから どんならん。我がさえよくばよい という心があるから、こういう理になりて来る。どうでもこうでも人間の心では行かんで/\、行くなら この道とは言わん。精神一つの理が 世界鮮やか明らかなもの。この理より無い。これをよう聞き分けて、改めてくれ/\。めん/\(銘々/各自)でする事なら どうもならん。いかなる大切にせんならんものでも、心に間違えば、大切が大切にならん理が、今日の日であろ。さあ/\分からんから分からん。
おさしづ 明治30.11.13

皆一つの心に成りて、よう思やん(思案)せよ。これまで艱難(かんなん)の道、今の道 互いの道。辛(つら)い者もあれば、陽気な者もある。神が連れて通る陽気と、めん/\(銘々)勝手の陽気とある。勝手の陽気は通るに通れん。陽気というは、皆(み)んな勇ましてこそ、真の陽気という。めん/\楽しんで、後々の者 苦しますようでは、ほんとの陽気とは言えん。めん/\勝手の陽気は、 生涯通れると思たら違うで。
おさしづ 明治30.12.11

好き事だけ集め、外(ほか)の事はそのまゝ。これでは勝手の理とはっちゃ言う理は無い。勝手の理なら、めん/\(銘々)好いた(好きな)ようにするがよい。
おさしづ 明治31.3.27
【註】はっちゃ   〜とだけ。〜としか。この場合は「勝手の理としか言いようがない」となります。

神の理 失うて了(しま)い、勝手々々の理でそれ仕舞(じまい)、神のさしづ、紙に巻いて納(なお)して、この理 神の残念々々、事情はだん/\諭さにゃならん。
おさしづ 明治31.4.20

こら理や、そら理やと、人間勝手の理、神の道に無き理を引き出すから治まらん。決まらん。そんな事では教(教え)の理は説けやせんで。日々どういう理を以(もっ)て取り次いで居るか。一手一つの心、教(教え)一つの理を以て、嬉しい心を、日々聞かしてくれにゃならん。
おさしづ 明治31.5.17 朝

あちら身びいき(身贔屓)こちら身びいき。一時(いちじ)の道に勝手々々の話は何にもならん。前々の話の理にもある。成るか成らんか鮮やか分かりたるやろ。身びいきはならん。こうのう(効能)の理は いつになりてもこうのうある程に。こうのうの無い者は、どれ程(ほど)(はびこ)っても、ふっと吹かれたようなもの。よく聞き分け。
おさしづ 明治31.7.14 夜

心に日々曇り無く、道理からの理。その中に聞くに聞かれん、見るに見られん、高い低い理、長い短い理。よう聞き分け。神のさしづを聞いて、分からん事を聞き分け。どうもならん。何ぼ(なんぼ)諭したとて、勝手ある。善いと悪いと、長い短い、ほんにこれでこそ神の話。さしづ通りよりならんものと定め。
おさしづ 明治31.9.30

人はどうでもいうようでは、むさくろしい(むさ苦しい)/\。塵(ちり)だらけ ほこり(埃)だらけではどうも出けやせん(出来やせん)
おさしづ 明治31.10.23

勝手なら勝手にさす。それで人に満足与えられるか、与えられんか聞き分け。この満足何處(どこ)から理与えるか、誰に理があるか。この道理(どうり)聞き分け。何程(ほど)高い所に居ても、何時(なんどき)落ちるやら分からん。一夜の間にも、どういう事出けるやら分からん。どんな事出けても、神の怨みとは思うてくれなよ。
おさしづ 明治31.12.30

勝手という理は、この道には一つも要らん。
おさしづ 明治32.5.14

誰がどう彼がどう、めん/\勝手という理があってはならん。何ぼ(なんぼ)(かし)こに生まれても、教えにゃ知りゃせん。聞かにゃ分からんで。どんな者でも、聞いて一つ、通りて年限重ねて一つの理という。
おさしづ 明治32.5.31(4件目)

あちら眺めこちら眺めて、勝手のよい理を出し、無理の理でも通すというは、人間凡夫(ぼんぷ)の理である。
おさしづ 明治32.7.23
【註】凡夫   
もとは仏教語。愚かな人。仏の教えを理解しない人。凡人。
転じて、人間心・人間思案の強い人。親神・教祖の教えを理解しない人。ほこりの心遣いの人。

話をして居るが、聞いた時は ほんに と言うて居る。なれど、聞いた事つい日柄経てば勝手という理運ぶ。勝手運べば、つい/\(ついつい)の日が出る/\。日が出るからどうもならん。
勝手というものは、めん/\にとってはよいものなれど、皆の中にとっては治まる理にならん。‥
たゞ(ただ)その場越せるなれど、心失うて、神の道は働かせんようになったら、どうもならん/\。
勝手々々の話はあちら濁り、こちら濁り、濁り水流(なが)したら、どうもならん。立てよ/\どう言うたてならん。‥あちら捜(さが) し、こちら捜し、澄んだ水を捜さにゃならんような事では、どうもならん。日柄十分経ったるけれど、澄んだ同じ水に成らんから日が遅れる。‥
勝手出せば、あちら濁りこちら濁りすれば、どうなる。これ聞き分け。何よ五本の指の如く/\すれば、澄んだ水と言う。中に澄んだ水が神の道に外(ほか)は無い。外(そと)の濁りは世界と言う。中の濁り 中から洗わにゃならん。神の道 皆心得。
おさしづ 明治33.11.20

(また)勝手にしょう/\。これ第一いかん、第一ならん。この勝手一つ、又、何よしてからこう、これもいかん。これもと金銭づくでする事はどうでもなる。なれど、心を養う理は、金銭ではいかん。これしっかり聞き分け。勝手はならん。金銭で出ける事は小さい。金銭は構わんようなものなれど、それは皆 道から出けたもの。道から出けたものなら、それはそれの運び方も、それ/\ 心無くばなろうまい。
おさしづ 明治34.5.25(1件目)

まあ遠い所、それからそれへ伝え、道という、又先(またさき)という中に、一つの困難という/\中に一つ理、これも一つ、よく聞いて話という。又(また)満足さゝ(ささ)にゃならん。満足さゝにゃならんが道という。ただ一つというは、何度の中にも諭し置いたる。同じ一つの中、我がさえよくばよい というようでは、きょうだい(兄弟姉妹)とは言えん。この理を一つ聞き分けて心に治めするなら、同じ水流れる。力次第、力次第にもだん/\ある。この理よく聞き分けにゃならん。
おさしづ 明治35.8.10


教祖が元を説かれた理由 ⑧ に続く


最終見直し 2016.3.8  5:30

   あほうが望み
『神様(教祖)、私ども(増井りん)は「あほう」でござりまする』と申しましたならば、
さようかえ、おまえさんはあほうかえ。神様にはあほうが望みと仰るのやで、利口の者は付けん。人が小便かけたならばああ、温(ぬく)い雨が降ってきたのやと思うて喜んでいるのやで。人が頭を張ればああ、あなたの手は痛いではございませんかと言うて、その人の手を撫(な)でるのやで』と仰る。
その通りに、優しい心になるのやで』と、お聞かせ頂いております。

人がきつい言葉を言えば、われ(自分)もきつい言葉にて、一言(ひとこと)言われれば、その通り仕返しをするというのが利口やから、仕返しをするのやないほどに』。
   その時には、言われましても
『「あほうになって、言い返しをせぬように。叩(たた)かれても、叩き返しをせぬようにするのが、これが本真実の誠、真心である』。
   それが「利口」であれば、なかなかそのような心になっておりませんから、
言われたならば、言い返す。叩かれたら、叩き返しをする。一つ叩かれたら、二つも三つも叩く。一言(ひとこと)言われたならば、二言も三言も言い返しをするのが利口の人の返しや。それをあほうになって、叩かれても、叩き返しをせぬのがや。 神様がお返しをして下さるのやという心になっているのやで と、神様(教祖)のお言葉。

「どうぞどうぞ神様、その人たちを救けてやって下さいませ」と、まだ神様へ、その人の事をばお願いをしてあげまするのが、これが「真実の誠」であります。

〔誠真実(まこと)の道・増井りん 97〜99頁 手記〕より


   はらだちとは
  (女性である増井りん先生の、とくに女性に対してのお諭しです)
「はらだち(腹立ち)」ということについて、しばらく、ほんの「かど目」だけご相談致します。
   一口に「はらだち」と申しますが、これを小分けしてみますれば、いろいろ数がございます。「短気」というのもその一つ、「機嫌の悪い」というのもその一つ、また「立腹」というのもその一つでございます。

「短気」と申すのは、
ちょっと障子を開けようとしても、思うようにすぐに開かないので、癇癪(かんしゃく)を起こしてガタピシャと、障子の折れるのもお構いなしに開けようとしたり、また、子供の返事の仕方が悪いと言って、すぐに頭を張ったりするのを言うのです。

   また「機嫌の悪い」と申すのは、
俗に「お天気が悪い」などとも申しまして、べつに乱暴な行(おこな)いをするような事はありませんが、腹の中で何かクシクシ思って、人がものを言っても碌々(ろくろく)返事もせず、いつも仏頂面(ぶっちょうづら)をしているようなのを申すのであります。

   それから「立腹」と言うのは、
何か気に食わぬ事があったからと、喧々(けんけん)と大声を上げて怒鳴り散らすという種類のもの。

   こういう風に「いろいろの腹立ち方」がございますが、そんなら腹を立てると、どういう得があるかと申しますと、「短気は損気」と言う通り、腹を立てて得(徳)になる事は一つもございません。

   まず第一に、顔貌(かおかたち)が悪くなります。赤い顔になる人もあれば、青い顔になる人もございます。目の玉ばっかりがイヤに光り、口先は尖(とが)らかすのが普通です。息遣いが荒くなりますから、声が大きくなって、怒鳴り声、震え声という嫌な声を出すようになります。

   そうしてその口から出る言葉はどうかと申しますと、腹を立てた時に丁寧(ていねい)な言葉を使う人はございません。「馬鹿」とか「あほう」とか、常に丁寧な言葉を使っていた人でも、そういう時には汚い、卑(いや)しい言葉を使うものです。

   また、甚(はなは)だしいのになりますと、その場にありあわせた茶碗でも土瓶でも、何でもかでもお構いなく放(ほう)りつけるという事もありまして、壊さなくてよいものを壊すことも、たびたび起こってくるのです。

   腹が立ちますれば、自分でも決して気持ちの良いものではありません。非常に気持ちが悪く、なおその上に、悪口を言わなくてもよいのに、悪口を言ったり致して、大変な損害を被(こうむ)ります。その上に、世間の人々からは「あの人はよく怒る人だ」と言われたり、「茹蛸(ゆでだこ)のようになった」などと言われたり致します。

   それで、腹を立てては こいうように不利益がございます上に、身体のためにも大層悪いのですから、頭痛が致したり、逆上(のぼ)せたり、目が眩(くら)んだり、乳が出なくなったり。

   こういう風に考えてみますと「はらだち」には何一つとして、よい結果はついて来ないのです。それですから、我が教え(我らの教え)の教祖様(おやさま)も「八つのほこり」の中へ、ちゃんとこの「はらだち」をお加えになって、
これを懺悔(さんげ)しなければならぬと教えられておるのでございます。

「はらだち」は、男の方にとりましても決して見よいものではありません。ことに慎(つつし)み堅(かた)くなければならぬ「女」が腹を立てるということは大変見苦しいことですから、このこと(はらだち)には、特別に気を付けなければならぬと存じます。

   心は、自(おの)ずから静まって(鎮まって)いくのです。教祖様(おやさま)は、実にそのよいお手本をお示し下されました。教祖様(おやさま)は、この世の人間を救うためにご苦労下されたのですが、世の中の人は、これとはよく存じませんので、監獄へお入れもうしたりしました。それでも教祖様(おやさま)は少しも腹立てあそばされず、
何も知らぬ子供であるからと仰せられていたのでございます。

   こういう教祖様(おやさま)の、広い大きい御心(みこころ)の、千分の一でも見習わせて頂いたならば、日々生活していく上について、決して腹を立てるようなことは無いであろうと存じます。たとえ、また腹を立てることがありましても、教祖様(おやさま)の御事(おんこと)を考えさせて頂いたならば、どんなことがあっても腹の立ちそうな筈(はず)はございません。

   それですから我々婦人は、ことに増してご教理を拝聴し、教祖様(おやさま)をお慕い申して「はらだち」の心の起こらないように勤めさせて頂かなければならぬと存じます。

〔誠真実(まこと)の道・増井りん 99〜103頁 手記〕より


   腹というものはな
「ほこり」の中の「はらだち(腹立ち)」ということについて申し上げます。
   私(桝井孝四郎)の知っている限りにおいては、私のお父さん(桝井伊三郎)は、大変優しい親切な方としか私には感じがないのです。ところが母親は、
「お父さんにも実はこんな事があったのやで」と教えてくれたのです。と申しますのは、
   ある日のこと、お父さんが教祖様(おやさま)の前へ出た。そうしますと、教祖様(おやさま)がこう仰った。
伊三郎さん、おまはんは 外では本当に優しい 人付き合いのいい人やが、これだけはいかん事やから、今日限りやめときなはれや。我が家へ帰って女房の顔を見て、ガミガミ腹を立てる事、これが一番いかん事やからして、もう今日限り、すっかりやめときなさいや』と仰ったのであります。
「そう致します」と言うと、そのうら(そのそば)からお父さんが、
「あっ、また自分のいない時に、あのおさめが俺の悪口を言うてきたな」と思うて腹を立てた。(笑声)
   お母さんが滅多に教祖様(おやさま)にそんな事言うはずもありません。見抜き見透しの教祖様(おやさま)は、はっきり分かっておられるのです。そこで初めて、
「あ、ほんに これがいかんのや。あ、誠に申し訳ない。ほんに成程(なるほど)これがいかんのや。今後は決して腹立ちは致しません」と、教祖様(おやさま)の前に「はい」と素直に心定めをした。

   それから我が家へ帰って女房の顔を見ても、ちょっとも腹が立たん。顔はやはり同じ顔なんですが。(笑声) ところが女房の顔を見ても、腹が立つようなことが自分に映ってこないのです。

〈二代〉真柱様のよくなさるお話に、
黒い眼鏡をかけると黒く見える。からというて、これは「黒い」と思うたら間違いなのです。自分の顔に墨が付いていて、いくら映っている鏡を拭いたって、墨を退(の)かん(拭き取らん)限り、なんぼ鏡を拭いても取れんのです。これが「ほこり」なのです。

  これはまた別の場合でありますが、 おきくのおばあさんが教祖様(おやさま)から、かようにお聞かせ頂いた。
なあ、おきくさん、腹(はら)というものはな、腸(はらわた)と言うて、柔い(やわらかい)ものを神様が貸して下さってあるのやで。〈腹が〉立つ、立たんは めんめん(銘々)心の理が立つのやで』と仰った。誠にこの通りではないですか。腸(はらわた)、うまいことを教祖様(おやさま)は仰います。

   ところが なんぼ柔らかい袋でも、中に棒を入れたら立つのです。(笑声) 立てるのはこちらにあるのです。だからして「ほこり」というものは、銘々の「我心」にあるのです。「我心の掃除」「心の入れ替え」を為(な)し、そして喜びの世界を見せて頂くのです。すなわち、救けて頂くことができるのです。

〔桝井孝四郎「教祖様の御言葉」於 昭和26年6月 青年会求道者講習会  天理青年教程 第3号〕より


   神さんめどうだっせ   
   話は明治十六年の昔に遡(さかのぼ)りますが、教祖の御休息所を建築させて頂くことになり、ご本席様が建築の責任をとられ、私の祖父(梅谷四郎兵衛)は、この建物の壁を塗らせて頂く事になったのであります。そこで、ご本席様と打ち合わせて「いついつかに来るから」と固く約束して、その日に祖父は大阪から十余里もある十三峠を道具箱を肩に、はるばるお屋敷へやって来ましたところが、まだ建築の方が進んでおりません。そこで再度お屋敷へ参りましたところ、やっぱり出来上がっておりませんので、やむなく再度、登参の日を約束して空しく大阪へ戻り、後日三度目にやっと左官仕事に取りかかれたのであります。そのあいだ祖父は、一言半句の不足不満さえ申さなかったのでありますが、仕事のためにお屋敷帰在中のある時、ある人が、
「梅谷さんは大阪で職にあぶれているのや。あぶれているからこそ大和三界まで飯を食いに来ているのや」と、本人を前にして露骨に申されたのですから、元来腹立ちの祖父は、とうとう辛うじて抑えられていた癇癪玉(かんしゃくだま)を破裂させたのであります。だがあいにく夕食時の事で、茶漬け飯をかき込もうしている最中だったものですから「何くそっ」と言おうとした声を、お茶漬けと共に飲み込んでしまったのです。ポロポロとあふれ落ちる涙さえも、そのご飯と一緒に喉の奥深く飲み込んでしまったのであります。
「よっしゃ、そんなにまで言われてここに居れるかい。もうこんな所へ二度と来るかい」。祖父は憤りの心を抑えようもなく、その夜早速、帰阪の準備を急ぎました。

   祖父のことを私から申し上げるのは恐縮でありますが、祖父は左官は左官でも普通の左官ではなく、十四代も続いて、多くの内弟子まで抱えていた棟梁(とうりょう)なのであります。小さい時から御茶、御花、謡曲なども仕込まれてきております。私の宅にも祖父の用いていました謡曲本の「猩々(しょうじょう/オランウータン)」や「狸」など残っておりますが、なぜそんな、おおよそ左官らしくもない習い事をしたかと申しますと、大家(たいか/資産家)へ出入りしていた関係上、常に大家の人達の相談にのらねばならない。「この床にはどんな塗りを」「この床にはどんな軸を」というような事まで知っていねばなりません。したがって華道の方も奥伝までとっております。

   こういう風でありますので、ありふれた左官同様の扱いどころか、聞くに耐えぬ罵言を露骨に聞かされたものですから、立ててはならぬ腹を立てるのも無理ならぬ事であったろうと思われます。

   さて祖父はその夜中遅く道具箱を肩に、ぬき足さし足にて教祖のお寝みになっておられる中南の門の脇を通ってくぐり、足を運ばせて行きましたところが突然中から 
ゴホン、ゴホン』と咳払いの声が二声三声聞こえて参りました。言うまでもなく、これは教祖のお咳払いだったのであります。祖父はこのお咳払いの声を聞くや、そのまま足が釘づけにされてしまいました。
「ああ申し訳ない。教祖がおいでになる。わしは教祖のおいでになる事を忘れていた。教祖に救けて頂いた御恩を忘れて、腹立ち紛れにこのお屋敷を抜け出すとは何としたことか」と、深い反省心が湧いてきたのであります。心を取り直して静かに、祖父は何気ない風で、寝床にお詫びの一夜を明かしたのでございます。翌朝、目を覚まして教祖にお目通り致しましたところ、
四郎兵衛さん。このお道は人(にん)がめどうか、人がめどうか、神さんめどうだっせ』 と、教祖がやさしくお諭し下さったのであります。何にもご存知ないと思っていた教祖は「腹立ての梅谷」を矯(た)め直してやりたさに、このような試練の場を通してお仕込み下さったのであると悟り、かつ私は今も、この教祖のお咳払いがあったればこそ、今日の私の家があり、船場大教会があるのだという事をつくづく考えては、感涙にむせぶのであります。もしあの時、教祖のお咳払いが祖父の耳に入らなかったら、今の私はどうであろう。 「ほら来た」「よし来た」「そこ塗れ、そこ塗れ」という調子で、今ごろ盛んに塗っているかも知れません。あるいは、左官の走り遣いくらいのものかも知れません。

梅谷さん、低いやさしい心になりなされや。人様を救けなされや。自分の癖性分を取りなされやと、祖父の顔を見ては優しくお諭し下さった、教祖の見抜き見透しの思召に私は常に感じ入っては、今日の幸福を感謝申し上げているのでございます。

〔みちのだい教話第一集 おやの思い 99〜104頁  活かす道 梅谷忠雄〕より


   ちょっとそこまで
   ある日、教祖が信者を二、三人連れて布留川(ふるがわ)の土手を歩いておられると、村方の若い者が、川で大根を洗っていた。ふと見ると、向こうから教祖が来られるので、
「一つ悪口を言うてやろう」と待ち構えておったそうです。そして側(そば)を通られた時に、
「どうちくしょう(こんちくしょうの意)」と怒鳴った。
   すると教祖はニコッと笑って、
ちょっとそこまで
と仰ったので、相手は拍子抜けてしまったわけですが、腹の治まらないのは教祖に随(つ)いて行った信者たちです。「けしからん」と、今にも駆け出そうとすると教祖は、
あんたたちは、今の若い者の言うこと、どう聞いたかえ
『「どうちくしょう」と言いました』
そやないで。年寄りが通ると思うて、わざわざ大根洗う手をやすめて丁寧(ていねい)に、どちらへと言うてくれたのや
『いや、確かに「どうちくしょう」と言いました』
などと言っているうちに、その信者らにも教祖のお気持ちが伝わって… 本当によいお話を聞かしてもらいました、と喜んだのである。

〔みちのとも 昭和38年4月号 ひながたを求めて座談会 松隈青壺氏談〕より


   同じいんねん
   教祖は、
ほこり(埃) と、ほこりと寄る。そして互いに果てる(死ぬこと)』と仰る。
   私(高井猶吉)は、これを聞かしてもろうてゾーッとした。これくらい「深刻」な、また「厳粛」なことはないと思う。なぜなら日々は、お互いにどんな日もある。互いに「腹立てたり、立てさしたり」、「恨んだり、恨まれたり」、口へはそれとは出さないにしても「心で濁っている」と言おうか、世間ではよくある事である。人に腹立てさすのも「ほこり」や。立てるのも「ほこり」や。それが、
互いに果てる』と仰るのである。
   というのは神様は、
ほこり(埃)な者と善人とは、決して寄せん。悪因縁と、善因縁と寄せたら、善に対して親(親神)は、すまぬ(申し訳ない)と仰る』‥
   心を治めた者から「たんのう(足納)」して、側なる者の「心を澄ます」ことが、一番肝要である。

〔教祖より聞きし話・高井猶吉 44〜46頁〕より

【参考】※ おふでさきは現代用字変換の読みくだし

    二 36  これからは神が体内入り込んで 心速やか分けて見せるで

    五   4  銘々に我が身思案は要らんもの 神がそれぞれ見分けするぞや

    五   5  一屋敷 同じ暮らしている内に 神も仏もあると思よ

    五   6  これを見て如何な者でも得心せ 善と悪とを分けて見せるで

十五 66をやの眼に適(かの)うた者は日々(にちにち)に だんだん心勇むばかりや      
    
十五 67「をやの眼に残念(ざねん)の者は何時(なんどき)に 夢見たように散るや知れんで

善きも悪しきも見分けている。これまでどうじゃこうじゃ、誠嘘分からん。誠あるか、もう分かる。もう一日待ち、だんだん待ち、見えるもあり、見えんもある。分けて分けるは一条(ひとすじ)神の道。変わらんなりに難(むずか)し話して、分からんなりに歪(いが)んだもの〈を〉まっすぐにし、歪んだもの直(す)としたものも意見で直らんにゃ、深き事や 大きな事やで。
おさしづ 明治20.4.16

善もある。悪もある。善悪分かる(分かれる)のやで。悪は はびからす(はびこらせる)/\。善より思案してみよ。 
おさしづ 明治21.3.9

何時(なんどき/いつでも)人間というものは〈理の〉分からん者に分からん者が付く。世界の悪肥え、だんだん思案つけ。‥
相談々々、悪の相談しているところが見えてある。知らんから身に知らせてある。この理、諭しておかねばならん。よほど用心頼む。‥
悪の處(ところ)、悪の理が寄っている。さあと言えば、さあと言う。おうと言えば、おうと言う。日々、悪がめん/\(銘々)手柄と言うから、用心手当せねばならん。
おさしづ 明治22.1.15 午後11時10分

さあ/\ちょっと理を知らしたる處(ところ)、世界は 悪に悪が添い/\、世界は何にもならん事をしている。さあ/\どんな話も、さあ/\皆離(はな)れて、散りぢりばらりと分かれる。さあ/\日々の尽す心の理を見たい/\。尽す心の早く/\理を見たい。 
おさしづ 明治22.1.18

悪を善で治め、たすけ一条。千筋(せんすじ)悪なら善で治め。悪は 善出るところの悪の精 抜けてしまう。 
おさしづ 明治22.2.7

百人の人。九十九人まで悪、たった一人善。悪が強いか、善が強いか。一人の善が強いで』 と、御教祖様(おやさま)のお言葉〈で〉ございます。
〔誠真実の道・増井りん 巻頭  教祖より戴いた御品の覚え書〕より


   教祖が元を説かれた理由 ⑦ に続く


   最終見直し 2016.3.2  23:50

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