生成的な行程

流れの向きはいつも決まってはいない

DSC_0681

下神明で用事があり、その後、商店街を通って大井町駅まで歩いた。
ちょうど昼時で、そういえば!と思い出した店。
立ち食いカレーの店だったのね。
お客が自分しかいなく拍子抜け。
壁には色んな芸能人のサインはいっぱいあるけど。

牛丼とカレーでスタミナ。
中国人のマスターはお水、福神漬けの提供など気を遣ってくれた。
味は可もなく不可もなく。。
B級グルメの象徴のような店だった。

DSC_0682

DSC_0676

忘年会の先陣を切って、今年はここから始まった。明日は地元が控えている。
今の会社に入社以来、3年連続の陽山道。
3年前、始めて食べたときに感動した味は今回も変わらない。

今年は初めてくじ引きで景品が当たった。
7等のスリム・ポータブルコンロ。
狙っていたのはAIスピーカーだったんだけど。。
でも、ジャンケン勝負では5,000円分の図書券をゲットできたのでいい戦績でしょう。
女子が多いテーブルだったのが良かったのかな?

DSC_0671

DSC_0672

DSC_0674

DSC_0675

DSC_0677

DSC_0678

DSC_0680

締めの杏仁豆腐も最高でした。
コクがあって甘味もちょうどよかった。

心では重すぎる 上 文春文庫
大沢 在昌
文藝春秋
2004-01-10



心では重すぎる 下 文春文庫
大沢 在昌
文藝春秋
2004-01-10



渋谷を舞台にした小説を探していたら行き当たった。
大沢さんは3年前 「新宿鮫」シリーズでハマったけど、今度は場所を移し、渋谷で"再会"。
やはりクオリティ高いですね。
心、重いけど、心、動かされます(笑)。
多作の作家なので個人的にまだまだ開拓する余地があるのが楽しみ。
歳は少々上だけど、割と世代が近いので気持ちの共有できる部分が多いのじゃないかと勝手に親近感を持ってます。
実は当作品はシリーズものの最終回だったようで主人公、佐久間公の来し方の話があるらしい。順番が逆になってしまった。

仕事に対する考え、哲学をどう持つか?
若い頃から探偵業で体を張ってきた佐久間にとって、調査する人たちに対しても自分自身に対しても心に気を使うことはなかった。所詮、第3者であり、傍観者であったから。
しかし、経験を踏んでくると次第に、人の生活に入りこむ自分の責任は問われないままで済むのか?という疑問が。
中年を迎えた”今”、やり過ごしてきた心の持ち方の問題が重くのしかかってくる。

大量消費されるマンガ作家の才能と生き残るための実態は?
週間マンガ誌が大舞台。常に人気投票、大衆迎合で才能が切り売りされ、心がすさんでいく。
そもそもむき出しの心は、憎しみや嫉妬、欲望がのべつ渦巻いていて重く沈んでいくもの。
普段心はは浮いているような存在だが、それを浮かせているのは道徳心や倫理観や他人との人間関係だ。

薬物依存の更生施設で、親切や やさしさにどういう意味があるのか?
・・・親切や やさしさには責任がない。限界量がありいつでも手を引くことができる・・・

そこで現れた謎の女子高生と薬物依存者たち
主人と飼い犬の関係がなぜ作られている?
渋谷でそれぞれ仮面をかぶった人間関係の”チーム”の実態も見えてきた。
そういえば怪しげなSMの会社も登場した。

彼の周辺で起こる、いや時に起こす出来事が次第に一つの流れがあることを発見する。
背後で糸を引く暴力団や自己開発セミナー、新興宗教、マネーロンダリングの病院など負の社会問題があぶりだされてきた。

好奇心をぐいぐい引っ張っていく筆力と作家の想像力がすばらしい。
それが実感できる作品でした。

■小説(物語)の意義について
いい作品には、作家の思想が物語にうまく反映されているのを感じることが多い。
単なる空想話ではなく、作家自身の考えの表現方法の一つと思う訳です。
文章やフレーズでは”比喩”という手法があるけれど、物語ではもっと大きな仕掛けでそれを働かせているような。
普段凡人には気づかない何かを示してくれる。これが読書の最大の醍醐味なんじゃないか。
本作もエンターテイメント小説だけど、そういう気づきが多くあった。

■渋谷について
渋谷の土地に関しては、昔も今もその時代の若者たちが占拠する状況に変わりはない。
行動成長期以降、何十年も彼ら彼女らのファッションの発信基地として街自体が求心力を持ち続けているのは素直にすごいなと思う。一人の人間にとっては、成長する過程で使い捨てられていくと思うんだけどね。
壮年層を中心とした欲望の街・新宿や 世代がごった煮のような池袋とは空気感が違う。
でも、高齢化が加速する日本にとって、今、渋谷は否が応でも変化を求められる状況にあるのも間違いないだろう。
近年の渋谷再開発ラッシュは10年以上の長い年月をかけて進んでいるが、関係者の間で事前に相当な思索、準備がされたものと想像する。
これから現れてくる渋谷の姿にそういう点を感じ取れたら、と興味深く思う。
未來の街づくりのフロントランナーとして。

DSC_0668

駅から離れていてなかなか行く機会がなかったのだけど、
午後半休して北池袋に用事があったので、通り道の”ラー油そば”を久しぶりに食べた。

今回は肉そばではなく、えび天そば。
大も中も同じ930円。もちろん大。

そばはコシがあって、重量感もある。
丼いっぱいの圧倒的な量だけど、刻みのリ、ネギ、ゴマもふんだんに入っています。
えび天もよくあるナンチャッテではなく、しっかりとした大振りでした。
ここでは、そばでおなか一杯になるかな?の心配は全くいらない。
途中から食べきれるかな?と思うくらい。
後半から生卵も入れてラー油をまろやかにして、最後は魚粉を加えた蕎麦湯で締める。

しばらく身体がラー油そばに支配された感じになった。
池袋のあと、目黒、新宿と歩き通したのだけど夜になってもお腹が空かず。

DSC_0661

初訪店。
百軒店の入り口から少し奥にあったのね。
この辺は怪しげな雰囲気満載で、近年は入口すぐにある鳥升で一杯やって引き返してきたけれど、
思えば、近くには名曲喫茶のライオンやロック喫茶のB.Y.G.の”聴かせる店”があって昔、何度か来ていた場所だ。

老舗に違わぬ店格を感じさせる佇まい。
店内はジャズ喫茶のような雰囲気があり、実際にいい感じのスタンダードナンバーが流れていた。
運よく小ぶりなオーディオセットの前でいい時を感じながら有名なムルギーカレーをいただいた。
奥深い味のカレーだ。
スパイスが効いていて割と辛いのだけど、スライスされたゆで卵が味をマイルドにしてくれる。
三角盛りのライスにアルプスの山男のような気分も味わえるかな。。

DSC_0662

廻りは怪しげだけど、ここは不思議と気持ちが落ち着きますね。
さすが昭和の戦前から時代を超えてやってきた老舗!いい店です。

ニュースキャスター (文春新書)
大越 健介
文藝春秋
2012-04-19



この人ならではの ずばり直球のタイトル。
ここからも仕事への真摯な態度が見えてくる。

学年が全く同じ「同級生」の彼には昔から勝手に親近感を抱いていた。
東大野球部での活躍は同時代進行で新聞紙面でよく見かけたし、
NHKの記者時代からは画面を通して時どき見かけてきた。

あの安定感や自然に見える彼のスタイルには前提に絶え間ない努力があることを知った。
原動力は情熱、パッションですね。
現場での取材の積み重ねを信条として帰納的なアプローチでニュースを制作する。
キャスターという目線では発信者の責任として”その後”にも目を配っていく。

東日本大震災のあった2011年、出来事のニュースをキャスターとしてどう伝えていったか。
政治部記者出身の自負、正直で時に勇気をもって(覚悟の上)で発言していた様子が伝わってきた。
失敗談も赤裸々に。

自分には「知的持久力」がないと謙遜するが、気にしている時点で、彼にはそんなことはない、と思う。
表現の中にいかにホンモノの魂を込めるか、今後もここに心血を注いでいくのだろう。
ときどきで自分に必要なことを課してきた、これからもきっと。コントロールよく。
止めるな、自分。

同じ時代を歩んでいるものとして、おれも頑張らなきゃな。

DSC_0659R

先日、井の頭線のマークシティ周辺を散策していて”見つけた”もう一つの鳥升。
急な坂道ののぼり口にある。
30年前、渋谷で魚を腹いっぱい食べるなら”福ちゃん”だったが(今は立ち飲み)、実は隣だったのね。
当時、見えども見えず。
(百軒店の方はここ20年くらいで自分のお気に入りの上位にランクしています)

店に入ると昭和の焼き鳥屋の世界が広がっていました。
カウンターで熱燗と同時にお冷をいただき 始める。
鳥皮ポン酢が皿一杯に盛られて出てくる。ニンマリ。
冷ややっこもネギ、カツオ節、こぼれんばかりの満足スタイル。
焼き鳥はひな鳥、手羽先で。

storageemulated0SilentCameraSoft1542710556170

鳥ってこういう味だったよな、というのが身体に染み渡っていく。
ひとりで 1,700円!
カウンターの先でこの道何十年で焼いている大将を眺めながら、
よき時代の渋谷に浸れました。




タイトルに引かれて入手したものの、むずかしそうなイメージがずっとあって、数年間放置したままだった。
何年越しかでいざ、意を決して読み始めると、これが断然、分かりやすくて、面白い、おもしろい。
夢中になって3日間で読んでしまった。

「あの世」とは何か、を極めて科学的(学問体系で)にアプローチすると こうなるだろうというお話。
いわゆる死後の世界のようなオカルトものではない。
なぜなら、科学は「論理的な考察」と「反復可能な実験による検証」を礎とするから。
ただ、死は「この世」と対になる「あの世」では、時間のない永遠の中に「溶け込む」ただの存在とみている。
死に関しては、ここまでが精一杯の考察となるようだ。
また、信じる者”だけ”のクローズな宗教とも一線を画す オープンな立場で仮説を導こうとされている。

で、「素粒子の物理学(量子力学)」と「東洋哲学」と「深層心理学」の3つからアプローチする。

キーワードは”たたみ込み”。

ー「あの世(暗在系)」では、「この世(明在系)」のすべての物質、精神、時間、空間なが全体としてたたみ込まれており、分離不可能です(ボーム)ー

ここがとても示唆的。

時間や空間が”なくなる”というのは「この世」の常識では想像しがたいのだけど、
「この世」で発明された技術を例として、

空間を閉じ込めるホログラフィーの話(部分が全体で全体が部分)や
時間を閉じ込める周波数特性の話(⇔音声波形)で

なんとなくそんなものなのかもしれないと感じることができた。
天外先生の挙げる例はとても分かりやすかった。
やはりソニー時代の実業で身についた賜物なのかな?

スケールが天文学的に大きくなったり、逆に小さくなったりすると地球上での振る舞い、現象と違ったものが表れてくる。
ニュートン力学が地球上での説明までで、その後、宇宙レベルでは相対性理論、一方、極小のレベルでは量子力学、超ひも理論を必要としたように。
科学は徐々に「真相」を明らかにしてきている。

それが実は結果的に仏教や東洋哲学の教えと極めて近い類似性を持っていることの不思議さ。
また、フロイト、ユングが研究した「無意識」領域との符合性。

それらを体系的に組み立てていくと「あの世」の正体が見えてくる。
「この世」の通説的な表現だが。。

副次的だけど東洋哲学や仏教が生まれはインドであることを思いだす。
ヨガ、瞑想、悟り・・・あの世を知ることによって切りひらかれる境地。
ただの神秘性だけでは片付かないものがありそう。

DSC_0657

InterBEEで幕張へ。
田端からだと色んなルートがあるが、馴染みのある池袋経由にした。
有楽町線 新木場で乗り換え京葉線で海浜幕張へ。
昼に出発して今回2度目の訪問で、気になっていたパスタランチにありつけた。

大盛無料でこのボリューム。
パスタでこの量は大満足。
980円でサラダ、コーヒー付き。

トマトベースでといったら、○×アマトリチャーナ(地名が由来らしい)となった。
調べたらミートソースよりさっぱりしていながら、コクもある、とあった。
確かに。
これから贔屓にしよう。

窓際の席にしてもらい、マルイが対面にあるいつもよく通る西口五差路の交差点が見渡せた。
店は庶民的で景色も含めて開放感もあっていい。

このページのトップヘ