2006年09月22日
小泉純一郎
今となっては前総理大臣となった小泉純一郎に関してとても良いブログの記事があったのでぜひ読んで欲しい。
Irregular Expression: 最後だから言わせておくれ
僕の小泉純一郎に対する思い出はやっぱり総裁当選時と郵政解散時だ。
総裁当選時、3回目の挑戦だった小泉氏は「最後の総裁選」と言って、自ら背水を負い、橋本有利と言われていた選挙で圧倒的な党員票を獲得して当選した。
この当選は脱経世会支配という意味もさることながらそれ以上に、議員票では負けていながら党員票で当選したという初めて本当の意味で民意を反映した総理大臣と言えるものだった。
そして始まった郵政民営化は当時誰もが不可能と考えていて、それは多くの族議員や、ほとんど全ての官僚の天下り機関がたむろしていたからで、僕も小泉といえども出来るかどうか半信半疑だった。
一方で、不可能でも挑戦しようとする総理大臣に胸が躍ったりもした。
正直に言えば、僕が小泉総理に期待していたのはこの郵政民営化だけだった。
だからといって、僕は自分が小泉純一郎の力量を見誤ったとは思っていない。
当時の感覚では郵政省(当時)を民営化するだけでも大改革を成し遂げた総理として名を残すことになるほどの仕事だったし、当然それほどの改革はこの小泉政権を逃せば恐らくほぼ永遠に夢物語になることははっきりしていたからだ。
他のことはいいからこれだけはやってもらいたいと思っていた。
しかし実際に起こったことは改革麻痺を起こしそうになるほどの改革に次ぐ改革だった。
付け加えて置くならば、僕は小泉改革の全てに満足しているわけではなく、郵政民営化での財投債や道路公団改革は中途半端だったと思っているし、長い目で見ればもしかしたら失敗だったということになるかもしれない。
仮に失敗だったとしてもまた元に戻すかさらに改革すればいいわけで、僕が思う小泉総理の凄さは並の総理だったら50年はかかるだろうと思われる多くの改革をたった5年で行ったことだ。
明らかに「小泉前」と「小泉後」と時代区分が出来るほどに日本が一変した。そしてそれは間違いなく僕たちにとって歓迎すべき事だ。
まだ多くの人の記憶に新しい郵政解散では、もちろん僕はあの時、参議院で可決されることを最後まで期待していたが、それがかなわず、しかし、小泉総理が予告通り間髪入れず解散をした時点では既に「勝った!」の確信があった。
衆議院で可決して参議院で否決されたのに衆議院を解散したことについていろいろ言われたが、解散はいつしてもかまわない総理大臣の専任事項だし、もちろん法的にも問題ない。
むしろ僕が勝ったと思ったのは、衆議院で可決されたことによって、国民の間に「あと一押し」という雰囲気があったことだ。参議院で否決されてすぐに解散したのはまさに絶妙のタイミングだった。この辺の判断はまさに天才的としか言いようがない。
逆に郵政民営化に反対して否決し、喜んでいた議員達は僕には10年以上経ってもバブル気分が抜けない前時代の主流派としか映らなかった。
それでも最後まで反対を貫き通した何人かの議員には敬意を持っていたが、選挙戦に入って「小泉に自民党を追い出された」と世迷い言を聞く度にそれすらも無くなってしまった。
彼らは自ら自民党を出る潔さを見せるべきだったと思う。
この時期の僕はまさに小泉チルドレンで、普段はテレビではニュースを見ない僕も毎日録画して食い入るように見ていた。選挙の日が近づくに連れて時代が変わるのが手に取るように分かった。
解散のタイミングは絶妙。反対勢力の右往左往も、それと同じく流れの読めないテレビの小泉バッシングも全ては小泉大勝に向けてお膳立てされていて、僕は周囲にこの選挙の行方を聞かれる度に確信を持って「小泉圧勝」と言うことが出来た。
僕が小泉純一郎から得た多くの教訓のうち、もっとも大きなものをいくつか挙げれば、日本(的なものを含めて)を過小評価する必要はないということと、何かを成し遂げるときには信念だけではダメで多くのものを必要とすること、そして、しかしその信念に命をかける人間がいたということだった。
僕は間もなく小泉純一郎は議員も辞職すると思っている。
そしてすきな読書でもして、もうテレビに登場することもなく、ゆっくりと余生を過ごしてもらいたい。


