久しぶりに、丸太町通りより北に向かった気がする。
先日の休日に、ある用事があって高野の方に向かった。
その帰り道、久々にと立ち寄った『進々堂 京大北門前』は、私の中では気持ちをリセットしたりなど、少し我に返りたい時などに足を運んでしまうお店だ。
よその店の事を、公にとやかく言うのは違うと思っていますが、心が揺さぶられてしまったので綴らせて下さい…。
1930年から始まる、京都の中で一番古いとされるカフェ(喫茶)。
どんな職でも節目と言えるような100年に、京都のコーヒー屋としては一番近いお店である。
ウチと同じように、学生さんのアルバイトもテキパキと働いていて、これまたウチと同じような白い小さなサロンを私服に巻き付ける姿は、空間として“静”と“動”の違いはあれど、何処か似通った雰囲気があると個人的には思っていた。
そんな場所に思い立って足を向け、大きな窓越しに変わらぬ店内の姿が覗えたと思いきや、足を踏み入れるとシステムが変わっていた…。
注文は店頭で、お水と返却はセルフ。
給仕こそして頂けるが、元からBGMも流れていない静寂の中から生まれる音を感じたり楽しめた店内は、より時間が止まったかのような場に変わっていた。
勿論批判的な話しではない。
これは強く否定させて下さい。
そして、もしかしたら訪れた日、または時間により生じていたイレギュラーだったかもしれないなら、私はそのヒトトキしか覗えてはいないのだが、4代目店主が一人店を切り盛りし、奥様かな?の手伝いもお見受けはしたが、アルバイト募集の貼り紙が現実を物語っていた。
そしてコロナ禍を経て被っただろう経緯と、時代背景に直面したかのような姿に、私には不本意ながらでも、その刻み続けた時を止まらせぬためにと、直面した現在を進み続けられているように見受けて胸が熱くなってしまった。
私の店は、街中という事もあって幸いお客様の足が戻る機会に恵まれた。
しかしながら町中にあり、学生の生活スタイルや価値観も変わりつつある百万遍という京大生の地域の中では、あの進々堂さんさえ苦しい思いをされているのかと思うと、何も出来ないかもしれないし、応援したいなんて気持ちがお門違いな感情かもしれないのだが、何とか、何とか、この境地を乗り切り、そしてこの先もずっと京都の「喫茶文化」の第一人者として、あの止まったかのような時間で感じることの出来る異空間と歴史の象徴を、どうか守り続けていただければと願っています。
私のような喫茶店主の端くれが、もしかしたら失礼かもしれませんし、その日だけで感じたその時だけの私の違和感に過ぎないかもしれないのですが、どうか皆さんで京都の中で一番歴史のあるその空間を大事にしていけたら良いなと思いました。
また行きます。
先日の休日に、ある用事があって高野の方に向かった。
その帰り道、久々にと立ち寄った『進々堂 京大北門前』は、私の中では気持ちをリセットしたりなど、少し我に返りたい時などに足を運んでしまうお店だ。
よその店の事を、公にとやかく言うのは違うと思っていますが、心が揺さぶられてしまったので綴らせて下さい…。
1930年から始まる、京都の中で一番古いとされるカフェ(喫茶)。
どんな職でも節目と言えるような100年に、京都のコーヒー屋としては一番近いお店である。
ウチと同じように、学生さんのアルバイトもテキパキと働いていて、これまたウチと同じような白い小さなサロンを私服に巻き付ける姿は、空間として“静”と“動”の違いはあれど、何処か似通った雰囲気があると個人的には思っていた。
そんな場所に思い立って足を向け、大きな窓越しに変わらぬ店内の姿が覗えたと思いきや、足を踏み入れるとシステムが変わっていた…。
注文は店頭で、お水と返却はセルフ。
給仕こそして頂けるが、元からBGMも流れていない静寂の中から生まれる音を感じたり楽しめた店内は、より時間が止まったかのような場に変わっていた。
勿論批判的な話しではない。
これは強く否定させて下さい。
そして、もしかしたら訪れた日、または時間により生じていたイレギュラーだったかもしれないなら、私はそのヒトトキしか覗えてはいないのだが、4代目店主が一人店を切り盛りし、奥様かな?の手伝いもお見受けはしたが、アルバイト募集の貼り紙が現実を物語っていた。
そしてコロナ禍を経て被っただろう経緯と、時代背景に直面したかのような姿に、私には不本意ながらでも、その刻み続けた時を止まらせぬためにと、直面した現在を進み続けられているように見受けて胸が熱くなってしまった。
私の店は、街中という事もあって幸いお客様の足が戻る機会に恵まれた。
しかしながら町中にあり、学生の生活スタイルや価値観も変わりつつある百万遍という京大生の地域の中では、あの進々堂さんさえ苦しい思いをされているのかと思うと、何も出来ないかもしれないし、応援したいなんて気持ちがお門違いな感情かもしれないのだが、何とか、何とか、この境地を乗り切り、そしてこの先もずっと京都の「喫茶文化」の第一人者として、あの止まったかのような時間で感じることの出来る異空間と歴史の象徴を、どうか守り続けていただければと願っています。
私のような喫茶店主の端くれが、もしかしたら失礼かもしれませんし、その日だけで感じたその時だけの私の違和感に過ぎないかもしれないのですが、どうか皆さんで京都の中で一番歴史のあるその空間を大事にしていけたら良いなと思いました。
また行きます。








