2025年09月
最近は。
昼に。
“?” なら…。
“HANABI”
六曜社の、もう長い常連の学生さんで、木屋町の立ち飲み屋さん「HANABI」でアルバイトもしている男子のイベントが9/3(水)にあったので行ってみた♪
インドカレー(サンバルだったかな?)を本場さながら本格的な提供と食べ方の手でがっついて、止めなきゃ足されるおかわりを頂きながらお腹いっぱい満足させてもらいました!
インド旅行での話しや食のエピソードも聞いて、良き体験になりましたとさ。笑
同じく常連の男子が2部制で提供していたカレーとコーヒーも頂きながら、やはりコーヒー屋で働いていたこともありgoodな味わいで関心したのでした♬
もうすぐ学生男子は、次のステップと留学で京都を離れる…。
彼の居ない景色が訪れると思うと、あと少しの時間を噛みしめ、カウンターから見る景色を焼き付けたいと思う。
さぁ、また日本に戻ってくるまで頑張ってくれ!!
インドカレー(サンバルだったかな?)を本場さながら本格的な提供と食べ方の手でがっついて、止めなきゃ足されるおかわりを頂きながらお腹いっぱい満足させてもらいました!
インド旅行での話しや食のエピソードも聞いて、良き体験になりましたとさ。笑
同じく常連の男子が2部制で提供していたカレーとコーヒーも頂きながら、やはりコーヒー屋で働いていたこともありgoodな味わいで関心したのでした♬
もうすぐ学生男子は、次のステップと留学で京都を離れる…。
彼の居ない景色が訪れると思うと、あと少しの時間を噛みしめ、カウンターから見る景色を焼き付けたいと思う。
さぁ、また日本に戻ってくるまで頑張ってくれ!!
メンテナンス完了
実はずっと調子悪くて、以前も掃除したけど改善はしなかった焙煎機。
もうたまらず富士珈機さんを呼ぶことにして、スムーズに段取りが出来ました…。
いろいろ原因も分かって勉強になったし、メカニック的な所も再認識出来た。
父親からもう約40年使い続けている訳ですから、ここまで自力で改善出来てきたことも凄いことだと思うし、私自身の失態のおかげで劣化してしまった面もあると思う…。
そういう意味では、本当に物も者も大切にして、感謝し続けていけるかというのは本当に大事。
改良された焙煎機を前に、そして使用して感じる快適さに、改めて今後も一緒に頑張ろうね♪と機械に感情も込めるのでした。
ただ、今回続いた焙煎機の不調の中で発見もあって、もしかしたら、なかなか浅煎りのセカイで自信を持てない自分の焙煎に、きょうびのアナログ的なプロセスやシステムに頼る焙煎方法では実現出来ない領域の焙煎を展開出来る工夫や工程を身につけたので、そのうち焙煎豆として披露出来ればと思います♬
ビバ!アナログ!!
─私が喫茶に通う意味(りゆう)─ vol.5
「実はね、音楽で飯を食べていこうと思い始めてたんだよねぇ~」以外な事実から判明しつつ、上田さんは今に至る経緯を話してくれた。
家庭環境は“書”に恵まれ、幼少の時から書くことを学び、もはやサラブレッドのように、そしてエリートの道を進むように大学も書道を専攻した。卒業後も再び中国の大学へと進学し、まさに上田さんは書くことに対して勉学や哲学的にも真摯に向き合っていた事は間違いない。そしてワーキングホリデーを利用して遂にカナダのトロントへと渡り世界へ羽ばたき出したのである。現地での個展や『Sotheby’ s(サザビーズ・ニューヨーク)』への出品を行いながらも、若手時代に芸術の世界で生計を立てていくのはやはり厳しいという現実に直面する。それでも、中学から楽器にも触れハーモニカも演奏出来る腕前を持っていた上田さんは、アメリカにも活動拠点を広げながらライブハウス等で週4はバンド活動を行っていく。本場のR&Bを目の当たりにして、そして触れていき、生活が音楽と共に流れていく中で、心は冒頭の発言のように揺らぎ始めていた。書の活動の中でもセッションは生まれていき、日本語や漢字を好む外国人にタトゥーのデザインも行った。欧米の生活の中や音楽仲間との交流の場では、文化的な背景も含めてドラッグも横行していて、勿論上田さんは手を出す事は無かったし、過激なリアルは居心地の悪さにもならなかったが、文化の違いは価値観の幅を広げながらも日本に拠点を向ける経緯にはなったのかもしれない。
2002年、将来の行く末や道はまだ探りながらの生活を日本へと戻し、友人の家に仮住まいさせてもらいながら、生活の拠点を京都に向けることにした。そんな中、住居探しの途中に立ち寄った北山にある『伽藍』(現在閉店)という喫茶店の時間から、上田さんは数々の出会いや繋がりを手にしていくこととなる。私達喫茶界隈でも伝説的なお店で、当時でも一杯の値段は高価格で、それでも充分なほどの粉の量を使用して淹れられるカップの中の液体は現存していてたら2000円ほどに上っていたかもしれない。それほどに様々な人達の舌を虜にしていたコーヒーと共に、店内の薄暗さやアンティークの数々、そしてマスターの無愛想にも感じる寡黙な人柄に、上田さんは当初「この人とは1年喋るのはやめとこ」(笑)と思いながらも、ついつい足を運んでしまうお店として重宝していく。そして実際伽藍には、三月書房の宍戸恭一さん、そして画家の藤波晃さんなど、文化人界隈では名だたる方々が足繁く通い、自然と上田さんはそのような方々との些細な縁を結んでいく。住居も決まり勿論音楽活動も平行に行っていた上田さんは『拾得』を拠点に今もMOJO SAMというバンドで定期的に音楽活動を継続してはいるが、そんな繋がりを機に“書”の道が開き今に至っているのであ。そのような経緯もあって、上田さんは縁や繋がりを何より大切にしていて、書道のグループにも属さなければ、書道の展示会にも出品はしていない。「僕はある意味“書道”の道はいつからか外れていて“書家”なんだよね」と自身で語るように、活動の幅はアートイベントが主流で、京都で初の個展も寺町にある『オプトギャラリー』で開いてから繋がりが広がっていったと言う。そうして2005年に新税美術作家に選出されてからは、2006年アート・シドニー(オーストラリア)KIAF2007(韓国国際アートフェア)木津川アート(京都)Water Tower Art Fest2014(ブルガリア)2016年ウェールズ・UKでのアートイベント AKIN 等、現代アート作家として活躍を継続しながら、現在は京都市×パリ市のアーティストコラボレーション事業( SAVOIR-FAIRE DES TAKUMI)としてヴィラ九条山にあるアートレジデンスの一員とコラボレーションや展示を重ねている。そうやって型にはまらずも形を作っていく上田さんは、主軸となる書でも題字として2014年にアジアデザイン賞を受賞。NMB48や男前豆腐など数々の商品やパッケージロゴに携わる中には、当組合前田珈琲のブレンド豆の名称もデザインしている。そして、書く場所を選ばずファッション(衣類)や襖や屏風と共に、空間をも演出する展示は見る者を魅了し続け、遂にはVRを使用したライブパフォーマンスも加えながら、プロモーション映像など最先端の映像制作にも関わっていくなど、その枠は広がり続けるばかりである。それでも上田さんは一貫して枠を外してもいない。それはルーツを辿れば2500年前の弥生時代かと言われている日本の文字、それは土器片などで確認され、更には世界的にみても石碑等に記された彫る作業としての文字に、上田さんは筆で記す所作(押す引く等の強弱)が残っていると魅力を感じ、単にペンで紙などの表面に書くだけではない生きた証や自分の証を残すべく“文字を刻む”という本質的な部分や、黒墨を使う事で、現代では普遍的な更には朽ちずに残し続けていくという意味でも日本の伝統を伝え残したいと願っている。そしてその先には世界に足を運ぶ中で感じる文化や政治の違い、そして情報などで得る正義と正義のぶつかり合いで生じてしまう戦争などを目の当たりにしても、争い事に結びつけず違いを楽しむ感覚や尊重しあう価値観を持って“書”を通して世界平和を目指している。
そうして上田さんは、ある意味異文化交流とも言えるような繋がりを伽藍でも手にした月日を思い返しながら、好きなコーヒーとパイプを嗜むと共に、いろんな人を眺める事も出来るコーヒー屋のセカイで、気持ちや心をニュートラルやフラットにさせるタメにも欠かせない自分時間として活用し、今日も書くことに向き合っているのである。
★プロフィール
上田 普
1974年兵庫県淡路島生まれ。
幼少の頃から母親の元で書を学ぶ。
1996年四国大学書道コース卒業。
1998年中国・杭州大学留学。
2000年カナダ・トロントに渡り個展や出品販売等の活動を重ね、 2002年制作の場を京都に移す。
2005年京都市美術協会より新鋭美術作家に選出されてからは、国内外問わず現代アート作家として数多くの事業や企画に参加。
多ジャンルのフランス人アーティストとのコラボレーション展示も多数開催。
デザインの分野でも、様々な企業や商品のロゴを制作や監修。
現在は、ライブパフォーマンスや最先端映像制作等にも関わり、活動の幅も広がり続ける。
四国大学書道文化学科特任教授。
☆ホームページ↓
https://www.uetahiroshi.com/














