10月に入り、朝晩は涼しく、そしてまた日の出日の入りの時間も変わり始め、日中は夏のような暑さと季節の移り変わりなのかなんなのかよ~分からん時期を過ごしている今日この頃です。

とにもかくにも世の中や、そして日本はコロナウィルスからなる制限の緩和に向けての視野に比重が傾いてきました。

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通勤途中に自転車を走らせ、焙煎に向かう町並みには修学旅行生だろう学生達がマスク越しの笑顔を覗かせ楽しい表情を見せています。
そして帰宅途中の街並み、いや鴨川には路上飲みを楽しむ若者の姿。
加えて高揚した気分と身を持ち帰りながら家路を辿る人達の姿も伺えます。

社会人は別として、そんな若い世代の人達の姿をみると「確かにそりゃそうなるよな」という共感というか同情に似た感情は抱かないでもないですが、そこら辺にはやはり若い世代の人達の配慮も今後さらに必要とされ、それが無いと理解しあえる世代構想は生まれないのかもしれません。

しかしながら、学生という諸君に、または時間に焦点を当てれば、やり直しがきく事の多い社会生活と違い、学生生活というのは期限というか限りがあり、やり直す期間、取り戻す時間というのも限られているのが現実で、そこで過ごす日常には奪われてはいけないものもあるように感じます。

この二年間で、修学旅行や入学や卒業式、そして季節に欠かせない思い出となる催しや式典が削られた学生や新社会人の方々に目を向ければ、感情移入せずにはいられないし、今後の緩和に向けても、将来のタメに特に学生達への経験の配慮は施してほしいと個人的には強く思っています。

その他にも、やはり奪われるべきでないモノコトはたくさん存在するとは思いますし、それらを含めバランスを取っていくのは非常に難しい事態だとは思いますので、今回はそういったモノコトに向けるワクチンパスポートや感染に関する検査証明などの政策や対策などへの持論はひとまず置いといて(というかそんな立場でもない…)世間の風景を眺めながら感じたモノコトを記せたらと思います。


現状コロナウィルスの勢力が弱まり始め感染力を失ってきているのか、第六波への懸念が今も拭えないのかは時が過ぎていかないと分かりません。
季節的なものもあるだろうし、ワクチン接種の広がりもまた同時に判断材料になっていくのは確かだと思いますが、変異種にも視野を向けないといけないし、私達飲食店には未だ取り返せなくても、取り戻せぬ状況が続いています。

学生のように限られた時間ではなく、今後この非常事態において、どのようにこれまでや今までを取り戻していけるのかという無期限な将来構想ではありますが、本来の姿ではないこの状況に憤りを感じながら我慢をして、今を懸命に進んでいる人がほとんどなのだと思います。

守るべきものを守り歩んでいる人、また試行錯誤して発展を遂げながら進んでいる人も様々な飲食店。

さらには見切りや区切りを付けた人…など選択肢は様々ですが、一生懸命な方々がほとんどなのだと思います。

そして本来や将来像を保つには「こんなことではなかった」「こんなはずではなかった」という予想も付かない現実を目の当たりにして、光を見出す事に必死な人達は生活においても計り知れない数なのでしょう。

商いとして社会に属している以上、今後は資本主義なる“資金”について安泰という重きはより変わっていくのでしょう。
でも国民として民主主義における一人の人間の“価値”とは相反してきて、貧困の差に加えて、今後は価値観の差がより明白になり、国民一人一人の生活スタイルもがらりと認識の違いや格差や差別が生まれそうで怖いです…。

入り乱れたり、混合していきそうなこれからの世の中で、一人一人の価値や価値観が共有や共存していくタメには今後本当にどのように一人一人が“今”や“先”に希望を持つかが大切だと思うし、時事的に言えばワクチン論争含め、政治の在り方や有り様についても、今まさに選挙によるターニングポイントとなる投票さえ重要でもあります。

何よりも業種問わず様々な枠組みで若い世代の方々が真剣に何を志すかが求められる世の中になっているし、その若い世代に向けて、後世を残す世代もまた何をしていくかが非常に大事な局面なのだと感じています。

私個人的には今の状況に置かれて『財産』というものにはやはり資金力という価値がある事は拭えないけど、稼ぐ事以上の人生という価値が存在するなと強く思ったし、その天秤をかけられた時にやはり“経験”というものはかけがえのない、何ものにも代え難いプライスレスな価値観として、目指したいものに向かい諦めず続ける中で出していく選択肢を、その人にしか得る事の出来ない素晴らしい資本なんだと思うし、はたまた体が資本の中それを培う月日や時間が一番重みがあり、それらで傾ける力を養っていく世の中が広がれば嬉しいなぁなんて思うのでした。

攻撃の対象の話しではなく、何に矢の先を向け狙いを定める事が出来るのか、何の矢に射止められ胸を熱くする事が出来るのか、そういった橋渡しにしっかりと矛先を向けていろんな人が理解しあい、幸せを分かち合うことの出来る時代に向かっていってほしいです。