Fotor_165354194849617


昔から捨てられない性格で、家の何処かにそれがあるってだけで何か安心感を持ってしまうタイプの私。

それでもさすがに最近は、チョコチョコいるモノいらないモノを分別して、最終的には悔いのないカタチで処分するなどが出来るようになってきた気がする。

とは言え、やはり何となくでも“思い出”となるものは、ボロボロの服でも着てないのに部屋着になるだろうとか、何年も聴いてないのにまた聴くときがあるだろうというCDなどなど、やはり残しているのも沢山あるのは事実。

それでも使い続けているモノもあって、その代表格は20歳になって一人暮らしを始める時にプレゼントしてもらった「コーヒーポット」で、今でも家や時にはイベントでも、僕が大事にしたい場では必ず使用している相棒だ。

20220525_094744


そんなこんなで息子も小学校1年生からサッカーを始めて、初めて買ったスパイクはサイズが小さくなったのもそうだが底が剥がれ始めたので新しいものを購入する事にしたんだけど、同じものが良いと遊びのサッカーでは今でも古い方を履いていて、新しいスパイクも同じデザインにすると言って聞かなかった。

お店に買いに出かけたら、少し仕様が違うものしかもう無くて、勿論他のものには目も暮れず、それでも何とか渋々受け入れてくれたけど、ホント「これくらいなら良いやん」レベルでもこだわりがあるのかもしれない。

散髪だって、前髪伸びて目にかかってるのを気にしてても、ヘアカットの稲垣さんの予約が取れて切りに行けるまでは大概切らしてくれない。

赤ちゃんの時に大好きだった肌触りの良いババ(母方のお母さん)手作りの毛布も手放せなくて、再度ババのお陰でハンドサイズになっけど(笑)もう肌触りさえスカスカで何の意味があるのか分からないのに枕元にいつもある。
それと同じように好きな頂き物のぬいぐるみは、遠出の時は必ずカバンに入れて一緒に連れて行くし、こちらも寝る時には今でも必ずベットにいる。

Fotor_16534368729286


誰にだって思い出のある大切なエピソードにモノやコト。
それは人にとっては“?”なことでも、その人にとっては心のより所や支えになっていることだってあるはず。

そうやって物を大事に出来る事、物でも気持ちを宿すことは悪いことではない。

いつか手放す時や離れてしまう時があったとしても、そんな時ほど掛け替えのない感情と引き換えに人は強くなるのかもしれない…。

愛着がある事、そして持つことの素敵さを息子を通してまた純粋な気持ちにさせてもらっている。

私の人生もおそらくまだ半分、ゴミのように溜まらないように気を付けよう。

20220526_140445