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例えばね、僕はサーブの役割をキャビンアテンダントのような位置付けで存在していると思っている。
或いは自らが飛行機やパイロットとなり、メニューや注文の品を届ける旅に出るような感覚。
世界を飛び回るように、提供するテーブルという国々には、着陸や過ごし方にもルールがある。
ある人には、コーヒーにミルクを付けず、またある人にはカップの取っ手を左側に向けてあげたり、何も決まってない人もいれば、何かが決まっている人も居て、特に気にする必要もない関係性もあれば、構築されて作り上げられていき結ばれるモノコトもある。

まさに、訪れて下さる数だけのセカイが、その人の分と、各々のテーブルに広がる場所の数だけ国として存在し、私達はそんなホールという空を歩きながら空間を旅しているのです。

キャビンアテンダントの役割を担う日々には、味付けの好みや好き嫌いなど、ニーズを探ったり把握したり、それらに合わせて提供するサービスを築いたりと、その方や、そのテーブルで過ごされる時間に寄り添い、彩りを飾る事が出来るかも、そのお客様方がお店というハコのセカイから解き放たれて店を出るまで、いわゆる現実に戻るまでの時間に、充実や満足をお土産に持ち帰ってもらえるかもまた重要になります。

そんなおもてなしとされる接客に「機微」とされる要素を加えながら、私達は、その場所に自然と心地良さや居心地を感じてもらうタメの「空間旅行」を共にしているのです。


とりわけ、そんな中でも喫茶店というハコには、異空間と評される場合が目立つ。
それは、店主の生き様や想いが込められている事も多ければ、築き上げられた歴史が長く続いているお店も多いと共に、何よりもお客様が過ごす場所としての価値が、時間の過ごし方として付随しているからなのでしょう。
そして、それらが構築されると共に築き上げられていったヒトトキの連続が、その人達の想いや思い出の分だけ、重みとなって重厚感として漂っているからかもしれません。

コーヒー1杯に向き合う人、はたまたコーヒーを傍らに、本を読んだり会話を楽しむ人など利用法も様々であれば、ブレイクの時間を過ごそうと訪れた親の珈琲時間に、それ以上に高いミックスジュースを頼んだ小さな子供は、それを一気にすすって満足し、帰りたいと駄々をこねだしてしまったり…(笑)
そこで過ごす時間の価値は様々なのである。

コーヒーにひといきつくため息、新聞をめくる音、食器の重なる響き、そしてトーストが焼き上がりチンッと呼び声を鳴らす。
そんな空間に広がる様々な音色に耳を傾け感じる音の集まりを、僕は「喫茶的オーケストラ」と呼ぶ。

コーヒーに対して注ぐ想いも色々だ。
気取らず気兼ねない、気軽な何でもないコーヒーもあれば、コーヒーの個性を生かした抽出を心掛ける人もいる。
オリジナリティを求めて、産地事の珈琲豆の役割を生かし、カップ一杯に表現するブレンドを追求する人もいる多種多様さがあるコーヒーのセカイは、必ずと言って良いほどに、おそらくお客様の生活に句読点を生み、指揮している。
その一杯に表現される香りや厚みは音のようで、ブレンドであれば、カップを啜ると共にハーモニーとして重なり、そして広がり、お客様にとってコーヒーという液体もまたBGMのようになり、その方の支えや活力に繫がっていると思うと、僕はまたコーヒーを「飲む音楽」と位置付けてしまうのです。


いよいよ、この秋、喫茶組合は次のステップへとより一層の役割を担うタメの階段を登っていきます。
組合員の皆様や、一般の方々にも見える形で、その価値を高めて参りたいと思っておりますので、これからも末永いお付き合いを願うと共に、ご興味ある方は是非組合員として、その価値を高めていく共存を図っていけると幸いです。

時代を紡ぎ、繋げていけるように、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。