昨日、無事に父(奥野 修)の手術が終わりました。

コロナ禍という事もあり、家族さえまだ誰も顔を合わせておりませんが、当日病院には1名滞在可能という事で、母親が在中し、術後に電話にて結果を確認しました。

まだ、合併症など他の影響が起こりうる可能性がある状況なので、経過観察という状態みたいですが、手術自体は成功を収めております。


ほんとに10年前、父親の心臓弁膜症の手術をきっかけに自身の店の継続よりも、家業への想いを強くし携わる事を決断した背景があります。

それからまた10年、歳を重ねると共に機能が弱くなり、今回は人工弁へと移し替える手術となりました。

ここまで多くを語らなかったのも、実は、祖父(マスター)もこの心臓の病気からペースメーカーを入れた体で長く生きていたのですが、月日が経ち部品の取り替えを行う手術にて、他の問題が生じてしまい、帰らぬ人となってしまった経緯があったからなのです。

大丈夫だろうと過ごしていても、付き纏うその不安は、やはり結果が出るまでは何も発する事が出来ず、信じる気持ちを胸の内に秘める事しか出来ませんでした。
それでも沢山のお客様や知人・友人と関係性の深い方々も多い父ですので、改めて無事手術が成功したこの時点で、ご報告をさせて頂きました。

ご存知の方も多いとは思いますので、ここまでご心配やご迷惑をおかけしている事をお詫びすると共に、地下店再開や音楽活動を楽しみにして頂いている方々には、ひとまず安心してもらえる良い報告となります。


「奥野 修はもういません。だけど今後は僕のコーヒーがあります。」

そんな日が来る事も少なからず想像し、自信と経験を得ながら、家業に携わる前から覚悟を持って『六曜社』という場所を守り続ける事に意思と志しを持ってはいました。

そして、それは今後やはり必ず起こりうる事でもあるのですが、家業に携わってのこの10年で、本当に様々な出来事が繰り返され、祖母・叔父が現役を退き、父親と中心に二人三脚でここ数年を過ごす私には、まだ今回の現実の直面には、一人で守り抜く力と体制、そして覚悟が付いてこない心境があり、復帰を想像するからこそ、今を皆で走り抜く事が出来ている感があるのが正直な所です。

父親も勿論、まだまだ地下店での日々を過ごしていく最中での出来事ではありましたが、自身も現実に直面したのだと思います。
手術前に衰えていた体には、今後どうなるか分からない不安を除かせていましたし、分からない事には「また戻ってくる」といった前向きも発さない人間なので、心中定かではありませんが、父のその語らないスタイルは“なんとかなる”“なるようになる”と欲を出さず、起こりうる現実の中で過ごしてきた生き様なのだと思います。
そしてそんな語らない背中に、皆様も様々な想像をして、修さんの胸の内を探る作業を楽しまれ、修さんという人間像を作り上げていってるのだと思います。
そして、それは本人のみぞ知り、本人の中でしか答え合わせをしないのかもしれません。

その点の価値観は、私の経営者も兼ねた価値観とは相違があるのは事実ですが、コーヒーが好きで、何よりも喫茶店やカフェという場所と時間の大切さは、お互いに存在意義を共有出来ていると思います。

もう少し、恵まれた今の従業員と共に六曜社を切り盛りして、おそらく2月になるのかな?そんな復帰を想像しながら、またいつもの六曜社がこれからも再開される事を目指したいと思います。

またこの先に、いつしか訪れる『修さん』が居なくなる日々に向けて、私もこれから益々何かを蓄えていかないといけない事実も痛感しましたが、今言えることは…

「もう少し、一緒に六曜社を続けてほしい」

そんな風にしかまだ思えない未熟者なのでした…。

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