『たかが、コーヒー。
されど、コーヒー。』

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喫茶店やカフェで過ごす時間というのは、お客様にとってどのような場であるべきか。
そのような事を常日頃考えたり、店内を眺めたりしていると、やはり私は主役がテーブルに置かれるコーヒーよりも、お客様が利用するヒトトキが重要だと行き着く人間。
世代や利用法が様々な空間になっているだけに、求められるものはやはり居心地となるのだろう。
だから、コーヒーというのは「傍ら」になり、また「寄り添う」ように置かれ、多種多様な使われ方の中、時折潤し、時に満たされるように麗しく存在するからこそ愛され続ける「飲み物」となり、また必要不可欠な「場所」が作り上げ続けられているのだと思う。
そして正直な所、コーヒーは『たかが』で、利用する場所で飲むタメのアイテムに過ぎない人も多い。
実際私も、ふとした止まり木利用の時は、味を求めるより腰掛けることを目的に過ごす事は多々ある。だからこそ、そこで何が出来るかが大事で、時間と場所を貸してもらえる感覚の方が強い…。
だけども、の話し。
そこに置かれた1杯のコーヒーが、ハッとさせられる「美味しい」に結びついたのなら、頭の中にタグ付けされ、日常生活の中に選択肢として増やされる『されど』の価値が充分に存在し得るのも事実なのである。

コーヒーという液体に結びつくまでには、農園から海を渡るまでにも様々な時間と人を経由して日本へと渡り、そこから更に様々な役割を経て、数多くの絶え間ない努力があってこそ成り立っている。
そして、私達の仕事となる焙煎や抽出も、あくまで店側の想いや主張の表現や演出であっても、お客様の喉を通るまでにはいろんな人の汗水がある意味詰まった1杯になっていることには変わりない。
その責任や、携わる人の経緯を考えれば、そのカップの中の液体は自然と疎かなものではないし、浅はかなものでもないのだけれど、そこにいろんな意味での重みを持たせるのであれば、最後は私達店側がその1杯にどれだけ注力をそそいでいるかも非常に大切なのだろう。
そして、そんな様々な関わりや意図が、お客様に届くのだと信じたいのである。

そういった中で、先日私は、北区にある「珈琲工房4331」さん店主の提案で、各店の自家焙煎豆を私が抽出するという勉強会みたいなものを開きました。
5店舗ほどのメンバーと、コーヒー愛好家を交え、それぞれに持ち寄られた豆を私自身が抽出。
焙煎日からの経過日数や、煎り具合、そして抽出器具を変え、プロセスや意図を考えながら、その1杯に対して、正解の無い答えをカップの中に表現し議論を繰り広げました。
店の主軸や主張となるブレンドを抽出した際は、利きコーヒーのようにその内容(種類)を当ててみたり、味わいの意味を伺ったりと、近年当たり前となってきているシングルオリジンなどのストレート豆の個性を飲み比べる事の出来る展開が多い中で、改めてブレンドコーヒーの重要性や面白みを顧みたと共に、やはり人によって、豆は同じでもコーヒーという液体の表情が変わる醍醐味も実感しました。

加えてこの会で気付かされたのは、コーヒー専門店(豆販売主体のお店)の悩み。
特に地域に寄り添い、個人店の小さなお店として商いをされている方々の苦悩は、コーヒー界全体とお客様との『認識の差』。
特にコーヒー専門店の方は、お客様が自身の手で淹れ、ご自宅で楽しまれる事が多い分、席数の少ない店内で、店としての答えをカップ1杯に示し伝える事は出来ても、その答えは基本的にお客様自身の手に委ねている分、焙煎には非常に神経を使われているということ。
その部分で言えば、今回驚きだったのが、珈琲工房4331さんの豆は焙煎日から3週間ほど経過した豆を抽出したにも関わらず、しっかりと粉の膨らみが生じ、その鮮度の衰えの少なさを意図された焙煎技術を習得されていて、ご家庭で楽しまれることへの考えが反映されているなと感心と共に関心も得ました。

それでも、まだまだ一般的にコーヒーを飲む習慣というのは広がっていても、これだけ沢山のコーヒー器具が普及していても、美味しく淹れる知識や基本的技術、そして大事な要点(コツ)みたいなものが、一般消費者の方々に認識されている数が少ないというもどかしさがあるとのこと。
だからこそ、大量生産的なコモディティ焙煎の豆ではなく、プロダクトのような、独自の色を持ち合わせている店舗の焙煎豆がもっと伝わり、自然と美味しいコーヒーに出会える巡り合わせを増やしていかないといけないようにも思うのです。
何より、大手でも個人店でも、お客様の手に渡って終わりなのではなく、お店と同じようにお客様の手によってカップに注がれる時間があるという点で言えば、もっと私達専門側も親切に、または親身に、抽出という点の大切さを伝えていく必要があるようにも感じます。
そうやって両者が、美味しいコーヒーに結びつけるタメの関係性を築いていく事で、コーヒー界全体のより良い活性化や発展に繋がり、小さな個人店にも足を向けてコーヒーを味わう意図や、そういった店でも焙煎豆を購入する価値に気付いてもらえるきっかけが増えていくようにも思うのです。

『コーヒー』という飲み物としては一緒でも、細かく言えば千差万別。また店もお客様も十人十色。
ワインのように似た業界に広がってきているコーヒーのセカイは最後、液体の保存や保管から注ぐだけなのではなく、抽出という人の手が加わり液体に繋がる点を重要視して、もっともっと、生豆にしかり、焙煎豆にしかり、知識や認識を広めて価値を積み上げていく必要があるのだと強く痛感した会にもなりました。

お店に足を運び、コーヒーやそれぞれの時間を楽しむ習慣はもう確実に根付きました。
だからこそ、その先のご自宅や家庭でコーヒーを楽しむ時間や習慣に対しても、コーヒー業界がしっかりと意味のある普及を広めるために技術を身につけていくことで、コーヒーという飲み物に対しての存在価値も責任も、ますます底上げが出来ていき、コーヒーの立ち位置がもう少し傍らではない中心になっていき、カップ1杯にも向き合う機会が増えていってくれるのかもしれません。