パリで5年ほどの歳月を過ごす中、世界的な猛威を振るったコロナに直面した彼は、生活を母の故郷でもある日本へと移し、京都での生活を選んだ。
元々彼は、イングランドの高校でファッションを学んでいた1年生の在学中に、在籍していた有名な先生からの出資を受け個展を開く事をきっかけにアートへの道を切り開いたのである。
それでも中学高校共に何をやるべきかに悩んでいた彼は、ファッションを専攻して大学へと進み、その後ファインアートを学びながら卒業。そこから彫刻へと切り替え、約10年今も作品を作り続ける事を念頭に向き合いながら活動の幅を広げている。
彼が作り出す作品は「人」がテーマである事が多く、絵画こそ表現の幅はあるが、軸としている彫刻に関しては全てが個人、というよりも自分自身を対象に形成されている。
乾漆を用いて表現されるその立体は、まさに普段から生きる事への不安感や、生活での違和感、そういった離人感的な感情を抱いてしまう自身をありのままに表現し「恐怖」のようなモノコトに対して向き合ったその時その時の自分が作品となり、観る人の感受性を引き出し、その人自身への問いかけにも繋がっているのである。
そんなネル君だからこそ、生活の流れや普段過ごす場所というのは大事で、乾漆の材質上部屋に閉じこもり、制作にも長時間を要する作業には、頭で考えるほど難しく、普段何気なく過ごす中で積まれる知性や感性で勝手に手が動いてくれる時ほど作品が具体化出来るという。
また、芸術にも歴史的背景は重要で、そこに重きを置きながらも現代性や進化を兼ね合わせる事で、国民の不安や解消も具体化したり、背景にユーモアを加える事が出来るという。
だからこそ、ネル君は今、喫茶店に通う時間でインスピレーションを育んでいる。元々は京都での生活をスタートさせた頃に、ギャラリー併設のカフェを営んでいた事があるほど、海外生活の時代にもカフェに通い、その存在価値は大きかったようだ。
そして、当時のカフェの光景は日本だと喫茶店に通ずるものが多く、一人で居るお客様も個人になりきり、また仲間といる人は議論を繰り広げていたりと、店内で過ごすそれぞれの人の時間軸の違いや、それらが入り交じる中でも空間として1つの場所となっている姿が、自分自身もそこにいる意義を感じて居心地が生まれているようだ。
だけど、日本のカフェとされる場所には、コンセプトやファッション性が重要視される事が多く、それぞれの人や店舗などの「人間力や個性」に「技量や技術」ではなく、近年はメニューといった「商品力や話題性」と共に空間も「無機質や簡素化」等、時代に合わせたニーズを追い求めるものをカタチにして提供している感覚に違和感を感じると共に、日本の芸術のセカイでも、元々アートが「売れない」や「評価されにくい」現状が続く中で、さらに美術館の在り方や、もっと身近なギャラリーに関しては、芸術のためではなくセレクトショップのようなギャラリーのための商業的な価値に結びつけている展開に疑問があるという。
どんなセカイでも「良い」と感じるものにはこだわりやポリシーがあり、時代に左右されない揺るぎない信念を持つからこそ、誰かにとっては善し悪しに繋がる物事も「魅力」になるのだと思う。
そうやって今の社会と関わりながら、歴史にも触れながら「自分」という者や、私達であれば「店」という物を持つことで、何をやるべきか、やり続けていくかを自問自答しながら「らしさ」を生んでいくのだと思う。
そうやって彼も、日本の様々な現状に触れ、それらも踏まえ、数年先まで決まっている個展や作品作りを完走すれば、京都での生活にピリオドを打ち、故郷に帰る事を視野に入れている。
彼の作品は360℃様々な角度から見る事を想定された立体であり、額や壁に飾る絵画とは違い、基本的な日本の家屋の小ささでは身近に手にしてもらう事にさえ限界がある。
それでも苦境からの転機で京都に移り、だからこそ作品作りを継続して突き進んだ中で芽生えた「自分」を表現していくことに誇りは変わらない。
そしてさらに、喫茶店に通う事がルーティンとなった日常の生活の中で、彼は最愛のパートナーとの出会いも待っていたのだ。
今まで一人だった時間や人生が、これからは共に歩む人との時間で生まれる作品(自分)となる。そこに、どんな変化が生じるかも楽しみではあるが、故郷へと戻り、海外で活躍していく彼の作品の一部に、京都で通っていた喫茶店での時間を過ごした自分(作品)が、世界を眺める時が来たら、私にとってはそれほど嬉しいことはないだろう。
★椎名ネル(櫻井)
1997年4月17日イギリス(イングランド)で生まれ、母が日本人のハーフとしてヨーク市で育つ。16歳で初の個展を開催し、その後活動をパリ、そして現在の日本へと移し、彫刻と絵画をメイン作品を作り続けている。
https://www.instagram.com/nellshiina/
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