大学生の頃、喫茶店に陰りが出はじめ、カフェブーム到来の真っ只中にいた田中慶一さんは、とある喫茶店に出会いコーヒーの魅力にとりつかれていきます。それは、地下への階段を降りる“六曜社”での一杯と時間がきっかけでした。
学生時代に“フランソワ喫茶室”でもアルバイトをしていた経緯もあり、ご近所の“喫茶ソワレ”でアルバイトをしていた大学の同級生である文筆家・木村衣有子さんと、ミニコミ誌を共同制作する流れに。『marii=madeleine(マリーマドレーヌ)』と銘打った、フランスとコーヒーを2本柱とした媒体で、“珈琲研究所”と題した連載をスタート。元々研究者気質の田中さんにとって、その活動がその後の人生の中心となり、カタチは違えど、今も探究心を持ち続けるコーヒーライターとしての原点となっています。
卒業後は、編集業に携わりながら、マリーマドレーヌで培った思いを引き継ぎ、珈琲と喫茶店にまつわる小冊子として、自主制作のフリーペーパー『甘苦一滴』を創刊します。当時、丸福珈琲店北浜店の店長から相談を受けたことがきっかけで制作したもので、2001年の7月から発行。そこから、コーヒーの味わいや抽出の裏側、喫茶店やカフェの系譜などなど、苦味や甘味を様々に含んだコーヒー事情を紹介。一滴ずつ抽出する情景を指す“コーヒードロップ”を意訳した誌名と共に、田中さんは着実にファンを獲得していきます。
【ZINのZIN・甘苦一滴】
誌面では、「気になるけど、通り過ぎてしまいがち」なトピックなど、ニッチな部分を個人的な目線で追求。身近にありすぎて目につかないことや、知ってるつもりでも実はよく知らないものにフューチャーして、どちらかというとコーヒー好きの方から、カフェイン中毒者に至るまで、幅広い層に受け入れられ、多くの人に手に取ってもらうきっかけとなる配布先の協力も得ていきます。そんな、自身の足で稼ぐ地道な訪問活動は全国に広がり、その甲斐あって100軒を越えるお店で手に取れる冊子となるのです。
創刊から2007年までは、丸福珈琲を軸として喫茶店カルチャーを中心とした様々な取材を進めていき、当時、六曜社の創業者・奥野實がカウンターに立つ時代に取材も行っています。ただ、発行に至るまでに、創業者が他界してしまうという経験から、「いつまで居るわけでも、在るわけでもない」尊さを痛感したという。
拠点を神戸に変えた2008年頃からは、SCAJという組織やコーヒーマイスターという資格、そしてバリスタやサイフォニストのチャンピオンを決める競技会も活発になり、その頃からスペシャルティコーヒーと呼ばれる豆の品質の価値にも注目が集まっていきます。田中さんは、当時、神戸元町高架下に“GREENS coffee roaster”を開店した、サイフォニストチャンピオンの店主・巌さんと繋がりを持てたことがきっかけで、『甘苦一滴』は第2章のような展開を迎えます。
喫茶店を中心としていた第1章に対して、カフェの先駆けとも言える、鎌倉の“cafe vivement dimanche”の堀内さんや、島根の“CAFE ROSSO”の門脇さんへの取材や対談企画も設け、同時代のコーヒー談義が繰り広げられていて、私自身、興味関心が湧いたのも覚えています。
そのような展開の中で、田中さんが個人的に親しみやすく、落ち着くコーヒーの味わいは、やはり中深煎りから深煎りの傾向を好むそうです。時代の変化と共に何が受け入れられていくかは未知数ではありますが、地域に根ざしたり、お客様の好みに応えているコーヒーは、やはり長年、支持されてきた深い味わいがあるものとのことです。
良質な豆が入手出来るようになり、また果実のようにコーヒーを捉えるサードウェーブ以降の焙煎は、調理というよりは素材ありきの傾向があり、いわば「魚でたとえると、“いいのが取れました。さぁ刺身で食べましょう”と、勧められるような感覚がある」、と田中さん。ただ、そこには、きっと煮るも炊くも焼くもあるのに、生豆の品質や個性に任せがちで、逆に言うと手頃な素材をより良くしていく技術もあるはず、と感じられているようです。
どのような展開が今後コーヒー業界に待ち受けていても、「やはり良いお店になっていくことや、良いコーヒーを焙煎・抽出するのにも、一定の時間がかかると思う」とのこと。そして、時を経て、各々の店の色がお客様と共に作られていく。それはきっと変わらないし、そういう意味では長く残ってくからこその熟練や価値が必ずある。それを見ることや知ることが楽しいと、田中さんは言う。先にも紹介したdimancheもROSSOも、その他の店も、やはり紆余曲折をたどりながら自分達のカタチを作って、長く続ける糸口を掴んできた。同じように、自身のライター人生も歩みを止めずに少しずつでも続けようとしたからこそ、今に至るとも。きっとこれからはAIに頼る時代が当たり前になっていく段階だけど、現状はやはり、人が作り出したものや人が書いたものには、個性や人間味があり、感情が乗るからこそ人の心が動く。それは、きっと本質的な部分では、これからもAIには生み出せないものなのだろう。
【膨大な資料から制作した・喫茶店クロニクル】
実質、2017年の20号を最後に休刊状態となっている『甘苦一滴』ですが、その間、京阪神の喫茶店の系譜をまとめた書籍も刊行されてきました。そして今年、『甘苦一滴』創刊から25年の節目を迎えるにあたり、0~20号までの冊子を合体した、保存版のような一冊を刊行されることになりました。この四半世紀のコーヒー・喫茶事情の移り変わりの記録を多くの人々に届けるべく、そして喫茶店の価値をこれからも高め広めていくために、田中さんはこれからもコーヒーにまつわる話しを書き続けることでしょう。乞うご期待。
【プロフィル】
田中 慶一
1975年滋賀県生まれ。立命館高校・大学と陸上部に所属。卒業後は、フリーランスのライターとして活動を続け、書籍の発刊や、メディアにも出演するなど、コーヒーライターとしての地位を今でも築き上げている。
https://x.com/amaniga1
学生時代に“フランソワ喫茶室”でもアルバイトをしていた経緯もあり、ご近所の“喫茶ソワレ”でアルバイトをしていた大学の同級生である文筆家・木村衣有子さんと、ミニコミ誌を共同制作する流れに。『marii=madeleine(マリーマドレーヌ)』と銘打った、フランスとコーヒーを2本柱とした媒体で、“珈琲研究所”と題した連載をスタート。元々研究者気質の田中さんにとって、その活動がその後の人生の中心となり、カタチは違えど、今も探究心を持ち続けるコーヒーライターとしての原点となっています。
卒業後は、編集業に携わりながら、マリーマドレーヌで培った思いを引き継ぎ、珈琲と喫茶店にまつわる小冊子として、自主制作のフリーペーパー『甘苦一滴』を創刊します。当時、丸福珈琲店北浜店の店長から相談を受けたことがきっかけで制作したもので、2001年の7月から発行。そこから、コーヒーの味わいや抽出の裏側、喫茶店やカフェの系譜などなど、苦味や甘味を様々に含んだコーヒー事情を紹介。一滴ずつ抽出する情景を指す“コーヒードロップ”を意訳した誌名と共に、田中さんは着実にファンを獲得していきます。
【ZINのZIN・甘苦一滴】
誌面では、「気になるけど、通り過ぎてしまいがち」なトピックなど、ニッチな部分を個人的な目線で追求。身近にありすぎて目につかないことや、知ってるつもりでも実はよく知らないものにフューチャーして、どちらかというとコーヒー好きの方から、カフェイン中毒者に至るまで、幅広い層に受け入れられ、多くの人に手に取ってもらうきっかけとなる配布先の協力も得ていきます。そんな、自身の足で稼ぐ地道な訪問活動は全国に広がり、その甲斐あって100軒を越えるお店で手に取れる冊子となるのです。
創刊から2007年までは、丸福珈琲を軸として喫茶店カルチャーを中心とした様々な取材を進めていき、当時、六曜社の創業者・奥野實がカウンターに立つ時代に取材も行っています。ただ、発行に至るまでに、創業者が他界してしまうという経験から、「いつまで居るわけでも、在るわけでもない」尊さを痛感したという。
拠点を神戸に変えた2008年頃からは、SCAJという組織やコーヒーマイスターという資格、そしてバリスタやサイフォニストのチャンピオンを決める競技会も活発になり、その頃からスペシャルティコーヒーと呼ばれる豆の品質の価値にも注目が集まっていきます。田中さんは、当時、神戸元町高架下に“GREENS coffee roaster”を開店した、サイフォニストチャンピオンの店主・巌さんと繋がりを持てたことがきっかけで、『甘苦一滴』は第2章のような展開を迎えます。
喫茶店を中心としていた第1章に対して、カフェの先駆けとも言える、鎌倉の“cafe vivement dimanche”の堀内さんや、島根の“CAFE ROSSO”の門脇さんへの取材や対談企画も設け、同時代のコーヒー談義が繰り広げられていて、私自身、興味関心が湧いたのも覚えています。
そのような展開の中で、田中さんが個人的に親しみやすく、落ち着くコーヒーの味わいは、やはり中深煎りから深煎りの傾向を好むそうです。時代の変化と共に何が受け入れられていくかは未知数ではありますが、地域に根ざしたり、お客様の好みに応えているコーヒーは、やはり長年、支持されてきた深い味わいがあるものとのことです。
良質な豆が入手出来るようになり、また果実のようにコーヒーを捉えるサードウェーブ以降の焙煎は、調理というよりは素材ありきの傾向があり、いわば「魚でたとえると、“いいのが取れました。さぁ刺身で食べましょう”と、勧められるような感覚がある」、と田中さん。ただ、そこには、きっと煮るも炊くも焼くもあるのに、生豆の品質や個性に任せがちで、逆に言うと手頃な素材をより良くしていく技術もあるはず、と感じられているようです。
どのような展開が今後コーヒー業界に待ち受けていても、「やはり良いお店になっていくことや、良いコーヒーを焙煎・抽出するのにも、一定の時間がかかると思う」とのこと。そして、時を経て、各々の店の色がお客様と共に作られていく。それはきっと変わらないし、そういう意味では長く残ってくからこその熟練や価値が必ずある。それを見ることや知ることが楽しいと、田中さんは言う。先にも紹介したdimancheもROSSOも、その他の店も、やはり紆余曲折をたどりながら自分達のカタチを作って、長く続ける糸口を掴んできた。同じように、自身のライター人生も歩みを止めずに少しずつでも続けようとしたからこそ、今に至るとも。きっとこれからはAIに頼る時代が当たり前になっていく段階だけど、現状はやはり、人が作り出したものや人が書いたものには、個性や人間味があり、感情が乗るからこそ人の心が動く。それは、きっと本質的な部分では、これからもAIには生み出せないものなのだろう。
【膨大な資料から制作した・喫茶店クロニクル】
実質、2017年の20号を最後に休刊状態となっている『甘苦一滴』ですが、その間、京阪神の喫茶店の系譜をまとめた書籍も刊行されてきました。そして今年、『甘苦一滴』創刊から25年の節目を迎えるにあたり、0~20号までの冊子を合体した、保存版のような一冊を刊行されることになりました。この四半世紀のコーヒー・喫茶事情の移り変わりの記録を多くの人々に届けるべく、そして喫茶店の価値をこれからも高め広めていくために、田中さんはこれからもコーヒーにまつわる話しを書き続けることでしょう。乞うご期待。
【プロフィル】
田中 慶一
1975年滋賀県生まれ。立命館高校・大学と陸上部に所属。卒業後は、フリーランスのライターとして活動を続け、書籍の発刊や、メディアにも出演するなど、コーヒーライターとしての地位を今でも築き上げている。
https://x.com/amaniga1






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