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-時代のサイクル-
慣れ親しんだお店の苦渋の決断が、近年多くみられる喫茶店業界。留まることを知らない状況は正直長く続いている。高度経済成長期からバブル期の中で、社会がある意味不安なく進むと同時に一世一代を決意した個人店のほとんどが多様な個性と同様に店主の想いや熱意と共に当たり前のように展開されていた。そのまま成長と発展を遂げていくと思われていた日本は、バブルが弾けて経済は崩壊してしまい氷河期世代という時代に突入した。そこから、失われた日本と言われる政治によって約30年余りを含めて、現在も資本力や外資が目立つ世の中として成り立ち格差を生み続けている。とりわけコーヒー業界としては、その恩恵を受けて団体や協会の発展と共に、生産国への配慮や援助が進み生豆の質は向上した。また同時に、流通の幅が広がりをみせ整っていくことで、様々なチェーン展開や高品質低単価のコンビ二コーヒーさえ普及して、コーヒーがより身近な存在になったことは変わりないだろう。それでも、直面している課題として私が思うのは、活気を見せていた個人店のカラーや、店主の個性が失われていること。何処にでもあって何処でも楽しめる安定的な安心感のある店は展開されれど、引き寄せられる刺激みたいなものは、コーヒーの味わいと共に無難になっているようにしか思えない。だからこそ今回は“コーヒー文化”に想いを馳せる次世代の若者と“喫茶”の継承について語り合ってみた。

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-存続のカタチ-
大阪市西区(旧川口居留地)にある『喫茶 水鯨』の店主山口さんは、元々調理師の専門学校を卒業した後、ケータリング会社で料理の道に進んでいた。ド派手な演出もするような「今では真逆」という環境に身を置きながらも普段使いでお客として利用する様々な喫茶店に居心地を感じながら、同時に全国を含めたいろんな喫茶店が閉店していくのを目の当たりにしていく中で、自身に使命なるものを感じていたそう。そして、自分の思い描く理想の空間だったという金沢の『禁煙室』という純喫茶が畳まれることを知り、自分が店に身を置き金沢に移住する覚悟のうえで足を向けて話しを持ちかけた。結論は店主の意思も固く建物の取り壊しも決定していたため現実のものにはならなかった…。それでも、好きな場所(空間)をどうにか残せないかという執念は発想の転換を生み、地元大阪に店舗を移す方向性を模索。幸い居留地だった地域に貿易系の事務所として使用されていた雰囲気もある建物の1階に『禁煙室』の内装や家具も補修しながら、ほぼそのままのカタチで店の移転復活を実現させて開業したのが『喫茶 水鯨』なのである。
変わって、大阪市中央区(淀屋橋)のビジネス街の一画にある小さなテナントビルの3階『カフェ周』というスペースで間借り営業をしているのが『平岡珈琲店』の店主たむさん。そう、名前聞いて「あの?」と想像する人も多いと思われるその店は、建物の老朽化で100年以上続いた歴史も含めて沢山の方々に惜しまれつつ閉店した平岡珈琲(2025年末)を継承し、あくまで現在は仮営業として繋げながらも次なる本拠地を探して4代目として代継ぎをした女性店主です。看板メニューには、ボイリング法を用いて天竺木綿で漉す独自の抽出を行う“百年珈琲”と銘打つコーヒーと、そのお供に名物の“揚げドーナツ”がある。前職を退職後「家に近かったから」という理由で、アルバイトとして生活を安定させようと4年前に就いた。平岡珈琲自体も後継者問題に悩まされながら、100周年(2021年)の時期には次の100年に向かうための“焼ドーナツ”や“ドリップパック”を制作し、自ら外へ発信するチャレンジも重ねていた。客層と共に店も若返らせる必要があると、この道40年以上の3代目小川さんは、焙煎や揚げドーナツにも時代の好みに合わせた味に試行錯誤を重ねた。たむさんを中心に若手従業員の声にも耳を傾けて新メニューを開発するなど前向きな日々を送っていた矢先…。築年数が分からないという店舗が入るビルは、大阪北部地震(2018年)で劣化が露呈していて、遂に建て替えが決定してしまった。閉店を余儀なくされた小川さんは、その地震の頃から移転や引退の文字が頭をちらついていたが、コロナ禍で計画を一時中断し店の存続と共に頭の整理にも時間を費やしていた。その後、店の売却やM&Aも模索して動いていくと同時に、たむさんの成長と店長を任せるほどの信用が未来を明るくしているほどだった。“廃業”そう決断せざるを得ない小川さんに、平岡珈琲の居心地やお客さんとの関係に居場所を感じていたたむさんが、何より「好き」という感情を募らせていて継承を持ちかけた。小川さんは「こんな大変な仕事を…」と迷いはしたが、信頼を寄せ次世代にも『平岡珈琲店』が残るという将来に希望を持って存続と共に自身は引退の決意をした。そして現在、平岡珈琲は同じ看板メニューを中心にしながらも、変わりゆく時代に合わせた味づくりを含めてたむさんのテイストが加わり続けている。また、自分と同じように居場所として感じていた空間の調度品も残しながら、今までとこれからのお客さんへの想いを込めて“人”を感じる味と時間を築いている。

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-問われる継承-
実は、その二人が同様に所属している団体がある。『日本喫茶文化協会』山口さんは更にその発起人である代表だ。大阪を中心に全国にも会員数を増やすその活動は、閉店を選択した店舗の後継ぎを探す役割が主。全盛期全国で(1980年頃)約15万5000件もあったという喫茶店は、この約45年間で3分の1近く減少しているのが現実だ。冒頭に話した時代の流れに直面し、喫茶に限らず個人店への価値が薄れている事実もあるのかもしれないが、私も含めて、山口さんもその存在価値と意義には現代に失われるべきではない大きな希望を持っている。そのモデルケースとなる意味でも山口さんが水鯨を開業した経緯には大きな意味があり、人に寄り添う時間に置かれるモノとしてコーヒーやサイドメニューにもこだわりを持っている。その責任は、自店でいえば自家焙煎であることもそうだし、活動でいえば前店主の想いが次店主にどう繋がれ反映されるかも“継承”という意味では問う必要があると考えている。店主が変われば、同じ空間だとしても雰囲気や客層が変わってしまう様子は私も独立時代に経験している。それでも“その場所”に居心地を見出して通い続けてくれるお客様の愛は誰にも変えられないし育まれるべきだと思う。そういったお客様や店主の思い出を形として無くさないためにも、誰に継がれ残していけるかは非常に重要だし文化という観点でも重大だ。知識だけを膨大に蓄えたAIに依存する現代に突入してしまっている以上、知恵や解決方法というのはこれからいくらでも簡単に見出せていくのだろう。ただ、体験や経験を得て五感や感情というのは蓄えながら磨かれるものであって、それらは予期せぬ出来事に直面しながらも乗り越えて身につけることもあるからこそ糧として力を発揮し実現できるものだと思う。そのような泥臭さい歩み方には“やりがい”や“誇り”が実る生き甲斐があると信じたいし、そんな個人店に心奪われる感性で私は居続けたいと思う。また、充実や安定を誇る大手企業の存在とは、両極や比較される要素は多々あれど役割分担が明白になって共存していければ良いとも感じている。各々の価値を高めるのはそれぞれの役目でもあるし、世の中を自分一人で変えられるなんてみじんも思っていないけど、一粒一粒のコーヒーがいろんな人を繋げてくれるように、一人一人の意思が広がって小さいかもしれない地域やコミュニティを団結させ、その円の数が繋がりを大きくしていく可能性は充分にあると思う。たむさんが活動の中で店同士の関係性を深めてお客さんとの交流会を企画するように、自分達のネットワークを大事にして出来ることから何よりも動くというのは大切なのだ。

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-文化を残す-
京都では最近、企業でいえば『ワールドコーヒー』個人店でいえば『COFFEEHOUSE maki』の閉店。ちょっと角度を変えた老舗でいえば『ますたに』本店(ラーメン屋)が休業に至っている。例に限らず様々なカタチで残りゆくモノと無くなるモノはあるが、コトというのは少なからず人々の記憶として残り続けるものである。そういう意味でいえば閉店の選択は何も悪いこではなく尊重さるべきだと思う。だから、両方を守れることほど素晴らしい選択はないが、モノなのかコトなのかに着目して、その場所にあった文化を残すことは非常に意味があると思う。近年京都では、ワンオペ店主としてスモールビジネスからでも想いをカタチにする傾向が多く見受けられる。ここからの時代には特に、人間らしく生きていく術が本当の幸せを感じる重要な要素になる時が来ると私は信じている。そういった意味でも、世の中に対して個性やオリジナリティで溢れることの希望の1つとして喫茶文化は光りでありたい。

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─5月中旬取材─


【店舗情報】

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『喫茶水鯨』
大阪府大阪市西区川口1丁目4-19
TEL 06-6556-6226
https://kissasuigei.com/
☆日本喫茶文化協会
https://kissa-bunka.com/

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『平岡珈琲店』
“7/4(土)~ 本格移転オープンされています”
大阪府大阪市中央区備後町1丁目6-7(TEL 無)
https://www.cafe-hiraoka.jp/
★喫茶たむ
https://www.instagram.com/kissa_tamu/