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六曜社珈琲店-セカンドライン-

タグ:日常

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いや、もう酷暑な日々…。

そんな暑さや夏に負けそうな体力に悔しさも感じつつ、今もうこれはまさに“夏い!”って状況かと思うのです(笑)

そんなこんなで、そんな苦痛も吹っ飛ぶ気持ち良い風を感じながら、8/3(水)3周年も迎えられた『aswell』さんに足を運んで来ました♪

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実はこの日、本当ならコーヒー担当として一日aswellさんに滞在する予定だったのですが、スケジュール的な事も含めて今回は特別イベントに参加出来なくなってしまっていたのです…。
そこは申し訳なく思いながらも、それでも当初はお邪魔する予定だったので、細やかなお祝いの気持ちと共に、センスあるセレクトの服を選びに行って来たのであります!

入っておられるテナントのビルも個性ある建物で、さらに店内の雰囲気は無機質な中に、ファッションに雑貨とカフェのカラーがそれぞれ広がって華やかになり、本当に楽しい空間になっています。

セレクトされた品物には全てストーリーがあって、コンセプトも冴えていて、本当にわざわざでも足を向けたくなる大好きなお店の一つです。

ご縁あって、こうやって焙煎豆も提供させて頂き、本当に嬉しい限りですし、今回特別イベント訪問は叶いませんでしたが、イベント期間限定の豆は変わらずにご提供させて頂いておりますので、この機会に是非、特別なラインナップも揃う商品達を選びに、そして近くにある琵琶湖沿いを楽しみながらの時間を過ごしに足を運んでみては如何でしょうか?

滋賀県大津市は瀬田にあり、盆地な京都の纏わり付く暑さと鴨川から感じる風とは違い、広大な琵琶湖から吹く風に建物も広い滋賀県の間隔が何とも健やかで新鮮でした♬

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あ、はい。一人です…。
セルフタイマーで格好付けて撮った自撮りです…。(笑)

今年の7月も、もう終わりを告げようとしているのは、本日で一ヶ月間に及ぶ『祇園祭』も終幕を迎えるという事。

三年ぶりに復活した前祭り・後祭りの巡行。

そして宵々山・宵山のビッグイベントである歩行者天国での露店のお祭りには、本当に沢山の人々が訪れ、「こんなんだったなぁ」という“懐かしさと喜び”の反面、揶揄する訳ではないですが「人混み」と化した烏丸界隈の光景を新聞記事を通して目の当たりにした時は“戸惑いと不安”が入り混じって複雑でした…。

BA.5と名付けられたオミクロン株のコロナが再び感染拡大を遂げている中、それでも開かれた祇園祭には賛否両論もあるのでしょう。

勿論、神興行事は縮小されたものや省かれたものも多かったみたいですが、メインとなる神幸は行われ、人々の歓喜も戻っていたように思います。

withコロナの時代に直面している昨今。
後は結果論という時間の進み方にはなってしまうのでしょうけど、今回の光景に“違和感”みたいな感情を抱いてしまった事は、やはり私達がコロナ禍の生活に慣れてしまっているからなのでしょう。

今の時期はやはり、以前を取り戻していく“慣れ”も必要で、そこにおける心情への免疫も強くしていかないといけない日々なのかもしれません。

以前の生活の中での感覚が“当たり前”とされていた時に戻れるなら、やはりそこに焦点は当てたいと思いつつも、感染症という知識や認識が高まり、今後も環境や衛生面、ソーシャルな部分やデイスタンスな面に置いても、敏感になる感覚が拭えない人が多くなるのは少しばかり僕個人としては厄介で…。

六曜社の1階店はやはり、あの「詰められる」くらいの相席文化が当たり前に流れていたし、それを認め合う人通しのハコとして、またはそこで過ごす経験としての醍醐味が培われていたと思うので、今はそんな六曜社の風景も知らないお客様も増えているのが現実でもあるのです。

希望はやはりあの時に戻りたいと願いながら、そこまでの道のりはやはり、withコロナな生活と共にまだ少し時間がかかるのかなぁと辛抱するつもりではいますし、その先に野望も持っています。

例年、露店や巡行の日には雨が降る事が多く、そんな祇園祭が終われば梅雨明けみたいな季節の流れも今年は大崩れして、もう酷暑な毎日。

そんな慣れた月日の流れが崩れていくように、コロナや、コロナ禍によって生まれた感覚が、今年の梅雨明けのように早く良い方向に崩れていってくれたらなぁと願う今日この頃なのでした。

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そりゃ~、誰も入ろうとは思わんね!(泥棒)

けどペットじゃないよ団扇だよ♪(笑)

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何処ぞの誰かの家ですが…、失礼しました。

家にこんなコーナーが出来ていました(笑)

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小学2年で絶賛歴史どはまり中!

喫茶店あるあると言えば、冷コーを注文する際にお砂糖が先に入っているもので良いかを問われるシステム。

昔でいえば、砂糖を先に入れて甘くして美味しく感じてもらう誤魔化しだったり、お客様に手をわず割らせない配慮だったり、現代で言えば使い捨てガムシロップのゴミの軽減だったりする。

そんな選択で、とある店のママにもいつも通り有無を聞かれて無しな気分だったのでブラックでお伝えしたら…。

「甘っ!」

いや、いいんだ…。
これはきっと暑い気候に対して糖分を取っておきなさいという配慮なのだ。

ママの笑顔を見て取り替えなんて必要ない。
私の気分ではなくママの優しさだとポジティブシンキングで受け入れるべきそんな日なのだと受け止めるのである。

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これを“違う”と言える人もいる。
“違うな”と言えない人もいる。

ポジティブでもネガティブでも、ハッキリモノを言って自身の気持ちを伝える事も、これもまた喫茶店で『人』を映す、感じる醍醐味なのである(笑)

出町柳座で上映されていた映画『逆光』が京都を後にしてから一ヶ月ちょっとが過ぎ、観た人にも、携わった人にも、ある意味日常が戻ったんだと感じるほどに旋風を巻き起こしていたんだという感は否めません。

こうやってまたこのブログで記してしまう事もまたその影響で、“普段”と“特別”の違いや意味に価値を解いてしまうのです。

今も映画 逆光はどこかの地で映し出され、それと共に監督須藤 蓮はそんな地で風を起こそうと精力的に動いているのだろう。

それでも、置き去りにされた訳ではなく、置き土産を残された地の京都の若者は今も、それを大事に抱えながら自分なりの色と共に育もうとしている。

そして今日も何処かで茶をしばきながら、各々の時間を過ごし、あるいは六曜社で想いを募らせながら、友達と言葉を交わしたり、またある時は本を読んだりペンを走らせたり、そしてまたある人は映画を撮り始めたりして、“私達は”というそれぞれを思い返しながら我が道を歩んでいるのです。

さらにはそんなカタチが、京都でメインにサポートメンバーとして活動していた3名の力によって自主制作の『逆光記』という書籍になったのです。

それぞれの表現で、それぞれのカラーで、自分なりの「逆光」や「須藤 蓮」への想いを記したその一冊は、逆光の眩しさに負けない輝きと共に、人々の元へ届いていくんだと思います。

京都では「誠光社」にて販売が開始されています。
どうぞお手にとって、彼らの“絆”を確かめてみて下さい。

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「かっちょえぇ~!!」

ってなる光景が、ここ数日の店前、河原町通りの深夜に広がっていました。

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かの有名な映画のワンシーンのように、トランスフォームされるんじゃなかろうかと想像出来るような夢のある迫力は、実際京都が今年久々に開催する祇園祭にも向けて、三条界隈を舗装したり快適化する超リアルな現実なのでした!

まぁ良い事なんだけどねぇ…。
財政の行く末、いや末路には慎重に頼んます(笑)

正直、生活圏的にめったに向かう地域ではないのですが…、それでも西陣界隈といえば「さらさ西陣」に「逃現郷」そして「cafe marble」や「喫茶パーチ」と、観光地じゃなくしても魅力的なお店の多い町。

そんな西陣界隈にまたしても魅惑のお店が増えたのです。

『織ーSHIKIー』

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そう、ショコラティエがオープンさせたケーキ屋さん♪

若き店主が開いたお店は才能に溢れつつも、実力も折り紙付きで、既に存在感を放っています!

そんな店主とは「こんな小っちゃい時から知ってるんや~」と自分の膝くらいの位置にまで手をかざせるくらいの間柄というか関係性があるのですが、そうやって大人になってからも時折顔を合わせる度に彼の努力を伺えたほど経験も豊かで満を持しての新店なのです。

お店に立ち寄った時に「また一緒に面白いことも出来たら良いねぇ」なんて発展的な話しも出来て、そんなお店には家族の関わりや理解もあって、建物自体にも“想い”が詰まったこれからのお店に、私も負けてはいられないと刺激ももらえたのでありました。

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昔から捨てられない性格で、家の何処かにそれがあるってだけで何か安心感を持ってしまうタイプの私。

それでもさすがに最近は、チョコチョコいるモノいらないモノを分別して、最終的には悔いのないカタチで処分するなどが出来るようになってきた気がする。

とは言え、やはり何となくでも“思い出”となるものは、ボロボロの服でも着てないのに部屋着になるだろうとか、何年も聴いてないのにまた聴くときがあるだろうというCDなどなど、やはり残しているのも沢山あるのは事実。

それでも使い続けているモノもあって、その代表格は20歳になって一人暮らしを始める時にプレゼントしてもらった「コーヒーポット」で、今でも家や時にはイベントでも、僕が大事にしたい場では必ず使用している相棒だ。

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そんなこんなで息子も小学校1年生からサッカーを始めて、初めて買ったスパイクはサイズが小さくなったのもそうだが底が剥がれ始めたので新しいものを購入する事にしたんだけど、同じものが良いと遊びのサッカーでは今でも古い方を履いていて、新しいスパイクも同じデザインにすると言って聞かなかった。

お店に買いに出かけたら、少し仕様が違うものしかもう無くて、勿論他のものには目も暮れず、それでも何とか渋々受け入れてくれたけど、ホント「これくらいなら良いやん」レベルでもこだわりがあるのかもしれない。

散髪だって、前髪伸びて目にかかってるのを気にしてても、ヘアカットの稲垣さんの予約が取れて切りに行けるまでは大概切らしてくれない。

赤ちゃんの時に大好きだった肌触りの良いババ(母方のお母さん)手作りの毛布も手放せなくて、再度ババのお陰でハンドサイズになっけど(笑)もう肌触りさえスカスカで何の意味があるのか分からないのに枕元にいつもある。
それと同じように好きな頂き物のぬいぐるみは、遠出の時は必ずカバンに入れて一緒に連れて行くし、こちらも寝る時には今でも必ずベットにいる。

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誰にだって思い出のある大切なエピソードにモノやコト。
それは人にとっては“?”なことでも、その人にとっては心のより所や支えになっていることだってあるはず。

そうやって物を大事に出来る事、物でも気持ちを宿すことは悪いことではない。

いつか手放す時や離れてしまう時があったとしても、そんな時ほど掛け替えのない感情と引き換えに人は強くなるのかもしれない…。

愛着がある事、そして持つことの素敵さを息子を通してまた純粋な気持ちにさせてもらっている。

私の人生もおそらくまだ半分、ゴミのように溜まらないように気を付けよう。

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何気なく空を見たら飛行船が飛んでいて

別に何処へ向かうわけでもなく

ゆらゆら回っていて

ただの散歩ならぬ散浮遊なんだけど

それを見てるだけでちょっとウキウキしました


あぁまた何も気にせず呑みたいなぁ~
もうちょっとの我慢かなぁ~

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そんなに車も通らなくて、ジャンプしたら越えられるんじゃなかろうかというこの横断歩道に捕まる時が…、割りと嫌(笑)。

たった3本線。

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『喫茶の一族』でお世話になった著者の樺山さんに資料としてお貸ししていた2012年の『cafe sweets』が返ってきた。

もう10年前になるんだなぁという感慨深さと共に手前味噌な武勇伝が蘇った。

毎朝ポテトサラダ作って、営業始まってもサラダとかの仕込み(キャベツの千切りや野菜の型抜き)と、ハヤシライスやミートスパゲティ(オムライス兼用)のソースを作ったり、週替わりメニューの仕込みもして、時にはケーキ担当と共にケーキを作ったりしながらも、注文が入った料理は全て作ったし、オーダーごとにコーヒーも抽出して一日を過ごし、営業終わったら自家焙煎に向かった日々はいろんな意味でも若さ故に駆け抜けれた時間だったようにも思う。

そんな毎日を繰り返してあげくの果てには大事件を起こしてしまうのだけど、ボヤを起こして精神崩壊して、「休めっ!」と言われて体調不良(風邪)と嘘ついて初めてお店を臨時休業する時には貼り紙を父親に貼りに行ってもらった。

それでも次の日、お客さんのタメに休んではいられないと意地でも営業しにシャッターの閉まったお店の前に辿り着いた時、貼り紙の下にその時の常連のお母様から「お兄さん体調は大丈夫?…」という手紙と共に“はちみつレモン漬け輪切り大根”が入ったタッパーが一緒に袋でぶら下がっていて、思いがけない送り物を手にしてひとしきりに涙が溢れ出た事は忘れられない。
そしてその日、失態を知らず事情を知らない常連さん達に頂いた優しい言葉の数々は、正直に生きなければならないと痛感した日でもあった…。

『喫茶feカフェっさ』の月日は私にとって何ものにも代え難い時間だ。
それは『前田珈琲』という時間もそうである。

そして今積み重ねている『六曜社』での時間は、そんな月日を共にした沢山の人達への恩返しでもあれば、そんな沢山の人達が今でも私の心の支えとなり、姿勢を正してくれる大切な存在として居続けてくれているのである。

前田珈琲での時間は自分を磨かせてもらった感謝の意。

喫茶feカフェっさというお店は最高だったと思える数々のエピソードは私の無くしてはならない宝物。

六曜社の歴史やお客さんは勿論私にとっても大事な守るべきものに変わりはないが、私自身には六曜社以外にも関わる事が出来たお客様が居るという事実が、今、カウンターから眺める景色に対して何よりも繊細になる経緯だ。

毎日毎日、立派で居られる事も人間だから難しいのだけど、カウンターの中に立つと自然と居心地ややりがいを感じ『マスター』になる事に誇りを感じれるのは、更に思い返す20年という月日を、私はコーヒーとお客様と共に過ごしてきたからなんだと思う。

あの人は今どうしてるのかな?
あの子は今どうなったかな?

そんな事を想像出来る思い出と、そんな事は知る由もない現実はあれど、私がカウンターに立ち、コーヒーを淹れ続ける事でまた結ばれることがあるかもしれないという希望を胸に、これからも私は、これからのお客様とも結ばれるタメに、僕とあなたとその間のテーブルの上にコーヒーを届け続ける。

そして、そんなコーヒーを傍らに過ごす場を喫茶店という価値を通して、これからも数え切れない人に過ごしてもらいたいと切に願いながら、今日も明日も明後日もずっとこの先も共にしていけたらと歩むのです。

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先日の定休日のお休みは、息子も新学期前の春休みだったので、満開の桜の元お花見を楽しみました。

まだまだコロナのおかげで気を付けたり気にしたりする事ばかりではっちゃけたりは出来ませんが、暖かな陽気に気分も晴れやかになるのは確かです♪

いろいろな物事も、新たに感じたり切り替える事も出来る4月の新年度。

まだまだ不透明なコロナ禍にも今再び一筋の光が差している最中。

どうか少しでも令和四年度が兆しに満ち溢れる年になる事も願って、あっという間にこの土日には散り始めた桜に想いを馳せる今日この頃です。

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先日小川珈琲さんの新店が堺町通りに出来たと聞いたので、どこかな~と行ってみようと思ったのですが、何と何と我らが玉屋珈琲さんのほぼ真向かいでビックリ!

玉屋珈琲さんは卸しが中心の豆屋さんなので上手く共存してくれたら嬉しい限りですが、堺町通りには三条に向かえばイノダコーヒー本店もあるし、ホテル併設のカフェや自転車屋併設のカフェスタンドもあったりと何やらコーヒー屋さん激戦区になっています(笑)

僕の中では京都のコーヒー卸し業の先駆け玉屋さんに、喫茶店の王道がイノダさんで、カフェやバリスタ界を牽引した小川珈琲さんと主要3店がこの通りにひしめいている事が激アツで、今回小川珈琲さんは満席だったので諦めましたが、堺町方面に向かうだけで迷う楽しみが生まれそうな予感がしています♪


そんなこんなで、長きに渡り関係が続いている玉屋さんとは現在父親(修)がコラボ企画「ヒストリー」の真っ最中でして、大変ご好評頂いているようでごさいます。
期間は4月22日(金)で、六曜社での取り扱いはございませんが、気になる方は玉屋珈琲さんのホームページから是非おもお試し下さいませ。

※詳しい情報は↓
http://www.tamaya-coffee.co.jp/
https://tamaya-coffee.stores.jp/

去年小学生となった息子も、なんやかんやで2年生間近の三学期。

コロナ禍の影響で様々なイベント事が省かれてはいますが、何とか学業は無事に進んでいるように思います。

そんな息子は何故か友達の影響から日本の歴史に興味を持ち、小学1年生にして学校の図書館で歴史の漫画を中心に歴史系の本を借りるのを日課にし、家では以前ウルトラマンや仮面ライダーといった特撮系の“戦い”をやらされていましたが(笑)今は何と戦国武将の戦い“合戦”をしなければなりません…。

今年始まった大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は目下どはまり中で毎週の楽しみになっていて、その知識はもはや私を越えているし、歴史に関してはもう教わる事しかありません…。

それだけに留まらず今はお城のプラモデルにも手を出すようになってしまい、コロナ禍が明ければもおそらくお城周りや歴史的な場所に行くのが楽しみになるような気がしています。

私の学力は浅はかですが、プラモデル作りなら力を発揮出来るので、その点では一緒に楽しみを持てて嬉しい限りなのですが、合戦においての刀を振る効果音を口にする時には何故かいつも「ジャスッ!」「ジャ~ス!!」って言うんですけど、それが面白いです。

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「シャキ~ン」や「グサッ」やと思うねんけど、それ何の音?…(笑)

ここ最近は何故か軽やかな雰囲気の日々が続いているなぁと思っていたのですが、今日自分を含め気付いたのが、マフラーを自然と巻くのをやめていたからかもしれません。
過ごして感じていたいろんな人の身のこなしや、心持ち自由になっていた首元が、気分と共に軽快さを感じていたのかもしれません。

どうやら明日からはまた寒さが戻るようですが…。

2月に入り始まっていた『COFFEE HOLIC #2』当店はこのご時世の問題に直面し、スタートが1週間ほど出遅れてしまいましたが、その開始となった2 月7日(月)には、このイベントを楽しみにされていたのだろう方々のご来店や反応があり、期待値の高さを実感しておりました。

この局面に置いての開催になった事は、なかなか本意ではありませんが、段取りや準備を重ねていた状況下ではこのタイミングで世論や世間と向き合いながら付き合っていかないといけないのが現実で、何よりもお客様には安心安全を第一にご自身の楽しみを見つけて頂く事しか出来ません。

自身も前回はコンプリートを目指したフットワークも、今回ばかりはなかなかいろんな場所に足が向かない自分がいますが、本日ご近所さんの「TRIBUTE COFFEE」さんにで“お題”のパプアニューギニアを頂き、やはり隙間時間でも過ごす少しの有意義さや、コーヒーの存在にはやはり向かうべき価値が存在するなと改めて感じました。

行動というモノコトが、なかなか今は共感を得られるものではないかもしれませんが、人々が充実を求めたり与えるという意味ではそれらと共存し止まることなく動くことも辞めないという実行は必要です。

それらが様々な人達の直向きや前向きに繫がっていくことも事実であるならば、活力は見出して頂きたいというのも正直な気持ち。

コーヒー時間が省けない人には、どうかこのイベントを最後まで楽しんで頂きたいです。

皆様どうぞ感染対策には充分配慮して、お気を付けてお周り下りさいませ。

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こよみの上では立春も過ぎ、まだまだ寒いですが太陽の光は春を感じるようになってきました。

それでも今年の冬はよう降ったなぁ~という印象で、雪の舞う景色が懐かしい今日この頃です。

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陰性の結果も得て、保健所の指示も確認し、2月3日(木)より無事一番不安の残らない形で復帰を果たしました。

従業員の心優しい出迎えやお客様からの温かいお言葉に心安らぎながら、いつものポジションへと着き、またいつもの日々を過ごせている今日この頃です。

本当に感謝でございます。

そして何よりも周りに影響を及ぼさなかった事も救いであります。

振り返れば高校を卒業してから少しのプー太郎を経て、18歳で職についてからを遡っても、こんなに何もない日というのは数えるほどしかありませんでしたし、六曜社に携わってからというもの、自分自身がこんなにもお店を空けるという日が来るとは想像すらしてなかったので、ある意味貴重な体験だったように思います。

とにもかくにも六曜社自体が自分だけで支えているわけではないという事も改めて実感出来た意味のある経験でした。

人生の中で考えれば、たかが10日間だったのかもしれませんが、私にとってはされど10日、カウンターに立ち続けるという事が「マスター」の使命とも思っていますので、悔しいもどかしい日々でもありました。
だけどそこには離れて抱く感覚や、気付かされるモノコトもあり、何より私も一人の人間で家族がいるという事も実感しましたし、バランスが必要なんだという事も再認識しました。

久しぶりに戻った店はやはり居心地が良く、そしてカウンターから見る光景はとても輝いていました。

やはり楽しいです。

世の中や世間はまだまだ晴れませんが、私はやはり「コーヒー屋」という仕事をこれからも歩み続けるのだと確信しましたし、守り続ける、残し続ける“場”と“文化”を絶やさない役割も担わねばとも思いました。

どうやらこの10日間で隣のテナントビルは完成したようで、この時代に、この繁華街に、まさにポツンと一軒家のような小さな町屋のお店が泥臭く河原町に根付いているのも伺えます。

これからも何が起きるか分かりません。
だからそんな事も想像や想定をしながら、土台作りに店作りをし続ける毎日に価値を見出す事も忘れてはいけません。
そして時に離れて気付く、または抱く“新鮮さ”を感じる距離を保つ必要性も見出さないといけないのだと思うと、“当たり前のことを当たり前に成し続ける”という難しさにも直面するのです。
そしてその当たり前の位置が高ければ高いほど、人々の心を打つのだと思います。

それらを保つのに重要なのは“協力しあうこと”
気付けば珈琲道20年。
長く続いていく、続けていくというのは、一人では何もなしえず自分の力だけではないというのを肝に銘ずることなのだと思います。

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ホームページや店頭でもご案内しているように、私が濃厚接触者に該当してしまいました。

経緯に関しましては、不特定多数の方にご覧頂く場であり、特定に繫がってはいけないデリケートな問題でもあると思いますので詳細は省きますが、飛沫から空気感染と見解を示す医師もいる中で、果たしてそれが正解なら、もうこの問題は防ぎきれない状況にあるのだと痛感しました。

何より感染させない気持ち。
そして“手洗い”“消毒”“うがい”“マスク着用”“健康観察”を基本とした意識を常に持つ事が最低限の行動なのだというのも実感した次第であります。

このコロナウィルスの猛威に、また現在はオミクロン株を中心に考えれば、誰も止める事が出来ず、誰も責める事も出来ない恐怖を理解しながら生活や社会を共に出来るか、価値観を共有出来るかも最大の焦点なんだと思います。

だからそこには「モラル」というものが付随し、正解や不正解といった事実や真実を問う以前に持つべき態度や姿勢が必要なんだとも感じました。

ある程度の知見や臨床結果を得ていっても、その数によって導きや答えが変化する昨今に、また変異株と姿を変え、めまぐるしく状況が移り変わるこのウイルスに対しては、知識を増やし続けているという現状を踏まえ、受け止めて行動するというのが何より望ましく、そこにある「ルール」を理解するというのも重要なのだと思います。

要するに、誰も分からない答えに向かって方程式を重ね解いていく共存が全てのバランスを保つ手段であり、主張はあるべきでも、押し通すのではなく兼ね揃えていく段階が様々な人と寄り添い合い共有していくという、答えを導き出す前の近道になるように思います。

第2類感染症から第5類感染症に位置付けられる日を望む人も多いと思いますが、やはり重症化や死者数ではなく、それに導かれる感染者数を見れば、今の最優先は“徹底”だと思うし、それを常に維持するのが難しいのが人間の感情や行動なら、最悪の事態を“想定”した行動を保ち続けるか、意識出来るかにもかかっているのだと思います。
そして様々な物事に繋がるリスクに関して比重を向けながら、分類が正当化する事も願いたいです。

これが僕の視野を広げてみた全体的な意見にはなるのですが、個人的と分かりながらの偏るかもしれない意見も正直に述べてみます。
そしてこれはあくまでも、その対象になって抱いた感情や現状の記述であって、そんな現実を把握してもらえたらという報告だと思ってもらえれば幸いです。





日頃から健康観察を含め、職業柄感染対策には注意を示していた方だとは思っています。
そんな日々から健康状態良好のまま濃厚接触者に該当する事となり何よりもまず不安が付きまとい、多方面への影響が懸念にもなりました。

そこから昨今の感染者数の急増で追い切れない保健所も本当に大変なのだと考慮しつつも、連絡しても繋がらず更にその対応の遅れは不満にも繋がるのですが、数日後に連絡が入り、そこでの聞き取り調査はとても安心出来るものであり親切でもあったので、受け止めていく事が出来たように思います。
そこからの指示に対しては現在問題になっている、陽性者よりも濃厚接触者の方が更に自粛や待機期間が長くなってしまう期日の算出で戸惑いしかありませんでしたが、私は幸い従業員のいる店舗で、代わりの皆が頑張ってくれる事でお店への影響を最小限に抑えられた事は感謝しています。

現状も含めそこから無症状というのか健康状態は良好で進み、指示から数日経って正式な検査キッドが送られてきました。
検体も既に早急に提出していますが、未だ結果の連絡は来ません。

※市販の検査キッドは確実性が低く陽性であれば確実ですが、陰性であっても油断は出来ない実例を聞いています。
※陽性や濃厚接触者に該当してしまった時点で医療機関受診は極めて厳しく、疑いがある方でも要相談になります。

そして概要をお伝えすると、オミクロン株については陽性者の感染発覚とされる検体採取日か発祥の疑いのあるタイミングから10日間の自粛に対して更にプラスして10日間という2/5(土)というのが私の社会復帰が認められているタイミングなのですが、それに“陰性”という結果が間に合えば晴れて復帰は可能なのですが、無症状であれば陽性だとしても潜伏期間や感染リスクを考慮して算出した期日でも同日の2 /5(土)に復帰可能という案内は受けています。
何よりも復帰するまでに結果が伝えられれば何の問題もないのですが、保健所の状況を考えると連絡が行き届くかも未知数で、更には陽性者と濃厚接触者共に復帰のタイミングでPCR検査は公的には無く自主的になるのもある意味当事者や他者にも信じ切れない要因になっているように思います。

※現在無症状であればを前提に陽性者も7日間で自粛解除。
濃厚接触者も更に7日間の計14日間で解除と、社会問題に対して目まぐるしく状況は更新されているようです。

ですので、速やかな復帰を目指したとしても、従業員がいる店舗や企業では在籍している側の気持ちや見解と共に価値観も求められます。
要するに復帰する側や迎える側の不安を少しでも拭っていかないといけません。
そこを如何に共有していけるかも今後の鍵になりますし、信頼関係の構築にも関係します。
又何よりも対面でのお客様商売をされている方はその責任の視野は更に広げる必要もあります。
なので復帰の時期というのは、正体の分からないウイルスである以上納得のいくカタチを各々が選んでいかないといけないというのが現実問題でもありそうです。

該当者になった人も、該当しない人も携わる場や過ごす場所が一緒なら尊重しあえないと難しい世の中だという事です。

なので、私個人の復帰のタイミングは陰性ならハッキリしますが、未確認ならギリギリまで塾講しようと思います。


しかしながら悲観し過ぎてはいけないとう部分もありましたので、家族へ目を向ければ、受け止めて前を向くべき切り替えも必要でした。
幸い健康状態は良好という無症状状態という事で過ごし続けていますので、普段ゆっくりと一緒に居る事の出来ない子供との時間や、一般的な生活リズムを楽しもうと切り替える事もしました。

何よりも従業員は皆、健康面を心配してくれて、突然起きたイレギュラーな状況や状態にも臨機応変対応してもらい、中にはせっかくの機会だからと骨休みして下さいという言葉があった事は頼もしい限りで、普段私自身はいろんな事を自分で抱え過ぎていて、もっと皆でという一体感を持つ事も全体のやりがいに繫がっていくのかなぁという視点と視野を広げれたようにも感じます。
また、普段定休日の水曜にしか夕食を共にしない生活を送る妻子との、この期間の一般的な生活リズムは、息子が特に楽しそうにしてくれて、私も曜日の感覚が狂いましたが、「今日も水曜日やっけぇ(笑)」と話す姿がとても愛らしかったです。
外に出れないとはいえ、普段なかなか接する事の出来ない時間を共に出来たこの自粛期間というのは、ある意味家族にはプラスな時間を作れたのかもしれませんし、お店にも個々の意識や役割を再確認する良い機会になったのかもしれません。
そして親族には買い物など、外出出来ないサポートをしてもらえたりと有難い限りで頭は上がらず、ネットの活用もやはり便利な世の中である事をマジマジと感じる時間でした。

何事も一人ではなく、皆でより良くしていくという事が、強い土台を作り、大きな価値を生んで重ねていけるのだという事も実感しました。

対象になったとしても、なってしまったという後悔や過去は取り戻せませんし、ならなかった時の理想の時間はもう戻りません。
そこからどう受け止められるか、そして前を向けるかでその時間を有効活用し、次に繋げていけるかを導いていけるのだと思います。

医療従事者の方々含め、このコロナに属すお仕事の方は本当に大変な日々が続いているんだというのもより想像出来ました。

一人一人の意思が一人でも多くコロナウイルスを一刻でも早く収束や終息に向かわせたいと注意を払う事でしか、経済を動かしながらの社会や生活は成り立たないし、回復や復興も無いのだと思います。

ウイルスの動向に身を任せるのではなく、政府や政治が私達をコントロールする基盤を作っているのであれば、そのルールは確かなものであってほしい。
そして正体の分からない敵と戦っているのなら、繰り返しではなく、臨機応変に作戦変更してほしい。
そしてワクチンの接種でさえ知見や結果を重ねる事でしかその効果やリスクを断定出来ない現実を加えるならば、本当に個々のマナーが最重要なんだと思います。

ウイルスの弱体化なのか、この感染者の急増の中でも、もしかしたら光は見え始め、終着点は見えてきているのかもしれません。
そう思えば何とか辛抱して、明るい未来を想像しながら耐えるしかないのだと思います。

どうぞ皆様本当にお気をつけ下さい。
ご自愛頂くに超したことは無さそうで、対象になった時の不安や心配は本当に大きいです…。

年末から今年に入っても雪の日が多い季節となっていますが、やはり降るのが珍しい京都では、舞い降りる雪にテンションは上がり、積もる雪には童心に返ってしまうものです♪

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今年の冬はそんな日が何だか多く訪れつつも、イコールやっぱ寒すぎます…。

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年越しを待つあの特別感。
年を明けて感じるこの壮快感。

初日の出でを迎えて陽が差す事で更に何かを洗い流されたかのようにスッキリと気持ちが晴れやかになる感覚。

正月の朝は何だか清々しく、今年1年に向けての活力が湧いてくるようで不思議です。

また、去年の出来事を忘れるわけでは無いけれど、しっかりと整理し、この先を歩んでいく切り替えが出来るように感じるのも元旦の醍醐味のように感じます。

毎日の繰り返しのような日々は同じではなく、もっと言えば本当は時間さえ流れていない作られた月日の中で物差しを図る私達にとって“切り替え”や“リセット”といった作業が必要なんだなとこんな時に感じるのです。

それでもあくまで積み重ね。

忘れてはいけないモノコトがあり、背負ったり抱えていくものを増やしていくから“経験”や“責任”が生まれる。

そんな事を再確認しながら、毎日を日々新たに、そして改めて認識しながら月日を過ごす事が出来れば、それほどに充実していく時間は無いんじゃないかなぁといつも思います。

1日1日を大事にしていくこと。
一瞬一瞬を大切に想えること。

それらを思い詰めるのではなく、忘れないように過ごしていく距離感が何よりも重要なのかなぁとやはり思うのです…。

マスターという境地に終わりはありませんが、このコロナ禍という現実を目の当たりにして、顧みれた数々のモノコトはある意味私の中で今後更なる確信を生んでいきそうな尊い経験になる事は間違いないのだと思います。

立場を求める訳ではありませんが、ドシッと構える足場は自分自身で作り出していかなければなりません。

最近は様々な方々とお話しする機会もあり、また価値観を共有し切磋琢磨する場があったりと充実した日々を過ごせているのは確かです。

何が出来る人間かは分かりませんが、何かしようと思う事は出来ます。
それらにどう足を踏み入れ、そして踏み込むその一歩一歩が積み重なって見える景色は何ものにも代え難い財産になるのだと思います。

最強とか最高とかそんな位を求めるんじゃなく、自分らしく生きるという“らしさ”を追い求められたらなと思う今日この頃なのでした。

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10月22日(金)より京都は飲食店に対する時短要請など様々な制限を解除し、街の中に活気を取り戻す事を許しました。

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10月に入ってからも時短要請は続いたので、この緩和の解き方には少々戸惑いというか、いきなり戻したなぁという印象で、少々納得がいかない所もあるのですが、とにもかくにも気持ちは前向きに進んでも良いのかもしれません。

それでも感染対策は継続が必要だし、何よりもおそらく来るであろう第6波が大きくならない事が一番重要な気はするので、この判断が大きな波をまた呼び戻さないように、繰り返さないようにだけはしてほしいし、各々がそういった意識を保ち続けてこそ、この先に繫がるのだと思います。

またズルズルと不安や不満がつきまとっていくのではなく、ボチボチと収束や終息に向けて世の中が晴れていってほしいです。

そこらへんの気持ちが一つとなるように、一丸となれるように、国民が理解していけるような打ち出しを望むところでございます。

僕達には馴染みの呼び方として拭えない“ジャスコ”

現 イオン東山二条店が本日閉店(休業)します。
AEONグループ最古の場所として53年の歴史に一旦幕を閉じるみたいです。

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実家や今の自分の住まいにも近いこのスーパーは、食品を中心に必需品をずっと買いに行っていた生活の一部。

子供の頃は上のマンションにも友達がたくさん住んでいて遊びに行く家もあったりと思い出の多い場所でした。

なんと言っても『志な乃』は同級生の友達のおっちゃんおばちゃん(ご両親)がずっと営んでいるおそば屋さん。
ここには高校生とか大人になっても、小中と同じチームで野球をやっていた友達のお店だったので、時々ではありながら近況報告とか顔を出しにとずっと通っていました。

そしてやっぱり優しさや美味しさが詰まっているんです♪

幸い近くの場所に移転も決まっていて安堵していたけど、やっぱりジャスコを含め“あの場所”の時間や空間はもう戻ってこないので、昨日足を運んでみて思い出が蘇り、何やかんやで思いふけってしまいました。

老朽化として取り壊される建物やAEON自体も、2024年には再度商業施設として戻ってくるみたいなので、ここら辺の地域は再開発も成功していると思うので、今から待ち遠しく楽しみにしたいと思います。

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とは言っても、妻も「何処買い物行こ~」と嘆いていますし、スーパー難民は増えそうですが、何やかんやでずっとジャスコでサラダ油と小麦粉を大量に買い続けていた(ドーナツの材料)あのおばさんはいったい何者だったのかと噂されていただろう母親の行く末が一番気になるものです(笑)

飲食店あるあるだと思うのですが、キッチンの強い味方でもありながら、衣類には驚異なキッチンハイター。

先日、靴に2滴落としました。
「ハッ!!」と思った瞬間にはもう遅かったです…。

色物には残念な漂白になったので、マジックで騙してます(笑)

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あ~ヤダヤダ。
取り扱い注意ですね!

息子が「絶対動かしたらアカンで!」

って言うから洗面所に置いてる…

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何でか分からんけど、まぁ可愛いから良き。

でも私はピグモン派♪

To Go♪

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時間の使い方は最近調子が良い。
自分なりの充実、大事。

このブログを使ってみる(笑)


焙煎早く終わったので出勤までの間に茶をしばく♪

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近くにカフェがあるってやっぱ良いね♪

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不自由という言葉は的確ではなく、語弊を生むかもしれませんが、五体不満足という身体で夢を見つけ、目標を定め、そして努力する姿にはやはり感動を覚えます。

片眼の視力が弱い僕ですが、五体満足には生きていて、普通という感覚は人によっても価値観は違うし、幸せの角度だって違ってくる点も理解はしているつもりです。

先日から始まった『東京パラリンピック』

昨日の休みに何気なくテレビを付けてみるとその有志が映し出されて見入ってしまい、また特に僕の感情を揺さぶる高校野球と共に感情移入してしまったというか、思いふけってしまいました。

現在、世界において不自由を感じている人は少なくないと思います。
いや、それよりも多くのほとんどの人が抱いている感覚ではないでしょうか?

その中で開催のリスクと共に“是非”が問われたオリンピックを含め、次に繋いだこのパラリンピックを観ると、必要だったのかも…と強い気持ちを抱きました。

この舞台に立っている人達だけではなく、またこの舞台に立っている人達はその中でも努力を重ね光を浴びているのだと思います。
光を浴びている事が幸せかどうか、報われているかどうかではなく、人生を諦めずに進む裏側が映し出されなくても感じる有志が何よりもパラリンピックを見て見受けられ感じるセカイだと思いました。

オリンピックも素晴らしい大会だけど、普通の感情を用いれば今回だけは可否は問いました。
だけど次にこのパラリンピックに繋げられた事で、その可否に是非の問いは一般という主観や普通に捕らわれていたのかもしれないという自身への疑問にもなりました。

そして今回のこの大会には特に自身や皆様にも奮い立つ勇気を与えてもらえるのではないでしょうか?

情に流されるいるのなら、その視点さえ五体満足からの偏見に見受けられるかもしれませんが、情という感情を表す事の出来る人間として、それを大切に心や視野は広く綺麗を保ちたいなと切に思った今日この頃なのでした。

正直、8月初旬の『まん防』発令の時は、またかとウンザリした。

皆少なからず我慢しているなかで、繰り返される実体に納得がいかなかったし、ここに来ての『緊急事態宣言』への強化は追い打ちだ。


それでもこの急激に増加する感染者数の情報を見て、改めて自分の頭だけでも整理し冷静になると、物事の本質も垣間見ることも出来る。

いろいろな立場、いろんな専門家が集えば意見も交差し、主張も混合するだろう。

そこにはたくさんの視点と視野がある。
それをまとめ上げるのは大変だ。

何より今回はこの猛威を振るうデルタ株?が変異の中、驚異になってしまっただけで、今までの別株のコロナウィルスというのは減少や消滅をしていってるのだと思うと、やはり大なり小なりこの状況は起こりうるして起こったのだと思うし、やはり何よりもコロナウィルスの生存力や変異力なのだろう。

それを抑えられたのかの論点に移せば、僕には正直分からないのだけど、やはり対立や批判を繰り返してはこれまた意味がない。

受け止めること、相手を尊重する中で、様々な価値観が今まで以上に共存することでしか前は向けないのだと思う。

重点を置く命は、今はとにかく感染対策かと思いますが、命に関わることは経済や社会という意味でも多方面にあるのだと思えば、国の政治は、いろんなしがらみはあれど、様々な角度から最善を尽くして判断しているのだと信じたい。

そう思えば、本来とはほど遠い六曜社の時間でも一年半を費やしてはいるけど、今はその中でも少しは皆さんの充実や小さな幸せに気づける時間に結び付けてもらえているのではないかという感覚は、店内の光景を眺めて感じてはいます。

まだまだ我慢の時、それでも諦めてはいけないし、奪われたモノコトや時間は取り戻せるなら取り戻していきたい。

個々の辛抱や我慢が少しでも明るい未来に繫がることを願って、今は前を上を見て歩いていくしかないんだと思う。

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ここ数日の大雨は、やはりこの所の風災や水災など、京都も“怖さ”を感じる季節が毎年のように訪れているなぁと実感と体感を得ました。

鰻の寝床と表現される京都は建物も低く、何だか風災には特に安全なのかなぁと生まれ育って感じていた事ですが、ここ数年の環境の変化は災害に対しても様々に影響しているなぁ…と。

大きく被害の出ている地域には毎回心配することしか出来ないのですが、住みゆく中で、自分達にももしもの事ががあった時の“そなえ”は本当に準備しておかないといけなさそうですね…。

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昨日は突然の雨に降られ皆が足を止め、雨宿りの河原町のアーケードの中から空を眺める各々の姿と、このコロナ禍の世の中が重なり、雨上がりや晴れを待つ姿がどこか感慨深いものでした。

祇園祭りも最終日の京都と、季節の移り変わりを知らせる雨は真夏の本番へとくぐり抜けるカーテンのように降りしきり、熱気を帯びたオリンピックは、同時にコロナウィルスを興奮させたのか、感染状況は急拡大と“またしても”繰り返し、むしろ今までに無いほどの上昇を見せています…。

飲食店からすれば「何回繰り返すねん!」「もうこれは私達が悪いわけじゃない!」と訴えかけたくなるような政府の方針は、宣言や要請というカタチだけのもので制限させ、国民へのメッセージにはなっていないのではないでしょうか?

というよりメッセージ力が弱いのか、メディアの活用が弱いのか悪いのか、もっと力強い意思や方向性に国民を引っ張るくらいの牽引力を示してほしいです。

分からないモノコトに迷いながらではなく、ここまで来たらもう良きも悪きも決断を早め、強め、どうしていくんだという方向性を国民と共に共有してほしい。

そうじゃないと、もう、大きく共倒れする世の中が近づいてきているように感じます。

崩れやすい未来を作るのでなく、土台のしっかりとした過去を残すタメの今を是非!

オリンピックがつきまとっていた責任が必要な国であった事も承知です。
だから、開催した今、もうこれを最後にしてほしい…。

こんな中でも一筋の光は、オリンピックに勇気は与えてもらっているということ。
そして、ワクチン接種の広がりがどのように今後に結び付き、収束や改善に向かうかの焦点だと思います。

とにかく、海外のようにマスクを外せる日がまずは来ることを近い将来の糧にして、皆様のマスク越しではない笑顔と過ごせる日を心待ちしたいと思います。

ホントにいまだ抱辛抱です…。

2021年の始まりはコロナ禍の不穏な状況のなか年を跨いだ。

不安や不自由な中を春先まで耐えて皆で明るく新年度を迎えるはずだったのに、その傾向は一転した。
個人的にも晴れない出来事があって、何やら気持ちが着いてこないというか不充分な状態が続いて、何やかんやで耐える気持ちを抱きながら月日は半年を過ぎていた。

もう今の状況が“普通”なのかと錯覚してしまうほど、制限された世の中はある意味新しい感覚や価値を生み出していて、従来や本来という普段だった日常が遠のいていくようで寂しい…。

それでも日本でもワクチン接種が始まり、現在は大規模接種も含め各々の選択肢の中、このコロナウィルスの猛威に振り回された昨今は収束や終息に向けて大きな一歩を踏み出しているのかもしれない。

今も尚、オリンピックという意義や価値が、このコロナと向き合った時に開催されるべきかいなかはもう結果論でしかならない時期まで追いやられて来ました。

ここまでの日本の選択は、感染者数で言えば減少傾向ともう一踏ん張りのタイミングで選択肢を誤り続けているようにも思う。
それでももしかしたら社会や経済に置いては何とか繋ぎ止め、多方面からみてもあらゆる観点からもバランスを取った苦渋の決断の中でここまでを“最悪”にはならない維持をしてきたのだと信じたい。

先日不思議な感覚を抱いたのは、全米や世界から注目を浴びる「大谷選手」が野球のメジャーリーグのオールスターの試合の舞台に立った時。
日本に比べれば、まだまだコロナの感染者数に関しては比重の違うアメリカにおいて、マスク無しの人々が一同にあれだけの収容人数の中でスタジアムで歓喜していたことには羨ましささえ感じたと共に、もしかしたら日本は高いレベルでこのコロナウィルスに向き合っているのかもしれないという一抹ではない、最大限の努力を共有しているのかもしれないという感覚に陥って、ネガティブな世の中に、もしかしたら世界に比べて日本はある意味早い傾向で光が差し広がっていくのではないかという希望も感じたくらいです。

とにもかくにもオリンピック後の日本や世界がある意味焦点になるのかと思います。
僕も個人的には新境地に立つことになります。

さぁ、この常夏の季節に向かって負けじと晴らしていきましょう!

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梅雨明けも前に、夏らしい暑さがより一層ムンムンと蒸し暑さを際立たせています。

蝉もチラホラ鳴き始め、先日の土日に息子は早速虫取り志願してきましたので、「早いんちゃう~」と思いつつ向かってみた先では、まさかまさかの蝉が成虫になる過程を見る事が出来ました!

僕自身も初めての体験で、二人で「頑張れ~」と言いながら脱皮というんでしょうか?殻を破り綺麗なままの成虫の姿を生で見て、またまた二人で「いいもん見たなぁ~」と貴重な時間を過ごす事が出来ました♪

男子なテンションでしか分からない楽しみかもしれませんが、大人になっても子供心は忘れられないものですね。

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ピーヒャリヒョ~♪コンチキチン♬

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京都では7月に入り“生”では無いお囃子のBGMが例年と変わらずステレオを通したスピーカーから流れています。

今年も露店の夜店や巡行などメインとなる行事は中止となり、最良の策だとは思いますが、二年も恒例行事が省かれるとやはり肌で感じれない寂しさがあるにはあります…。

目の前に迫るオリンピック後の日本や世界がまだ不透明でしかありませんが、来年こそは“以前”を取り戻すような年になってほしいものですし、そうしなければならない行く末をそろそろ作っていかないといけないのだと思います。

6月に入り、普段のサイクルを少し変化させて自転車を走らせながら目的地を辿る日も作っています。
※これ(日々の)サイクルと自転車(CYCLE)の意味でダジャレじゃありません(汗)

そう自らも参加している『COFFEE HOLIC』

それをお客としても参加してみる。


自分のお店では普段あくまでもコーヒーを傍らに過ごしてもらう風景がほとんどだか、今月ばかりはそんなコーヒーと向き合う方の光景も交わり、いつもとは違う“特別な一杯”に思いを馳せる時間も重なる。

勿論普段のコーヒーにも喫茶店としての“日常”を加えてもらうタメの肩肘張らないこだわりをもって提供していることには間違いないのだけど、コーヒーという液体が誰かに何かを伝えるものであるのなら、それは歌を唱うように、詩を記し語るように、心に飛び込んでくるような一杯が不可欠な時もあるんだと思う…。

「タンザニア コンゴニ農園 」
の伝統的な豆を用いて奏でるハーモニーに少しでも多くの人が酔いしれてもらえているのなら、六曜社1階店では貴重な一杯入魂の抽出に意味も加わるようで幸いです。

こんなご時世に良い悪いを問われれば、何ともそこには答えを見出す事は出来ませんが、世間のルールを守り、最低限の範囲内で提供するお客様への楽しみを考えれば、不自由な毎日にスタンプラリーというカタチでゴールを目指してもらう目的を持ってもらえることは、京都という町の中だけでも羽ばたく充実を感じてもらえているのではないかと良い方に考え導いています。

苦境な飲食店、そして今回はその中でも喫茶やカフェな11人が本当に一つとなり、6月という月日に一丸となれたことが何よりも底力を感じれていて嬉しいです。

この場をお借りしまして繫がれた参加店の皆様、そして主催してくれた運営様、本当にありがとうございます。
そして世の中に不安が残る中でも巡って下さるお客様に対しても感謝の気持ちでいっぱいです。




そんなこんなで話しは冒頭に戻って私の話し。

最近増え続けている喫茶やカフェにスタンドにはもう追っつかなくて、アンテナを張ることにも半ば諦めていて、コロナ前にも普段使いなお店ばかりに訪問する事がほとんどになってしまっていた感じなのですが、今回顔馴染みなお店も、ご縁あって知り合えたお店様も、僕自身がスタンプラリー片手にポッケに忍ばせて有意義な時間を過ごさせてもらっています。

正直、こんなものかと感じる事が多かったコーヒー巡りが、これを期にまたどんなもんだと勉強しに行きたくなる実力派で集まり意図もあり、中身があって、その個性を一種の豆を用いりコーヒーという液体でこれだけ感じれるのなら、同業者でも楽しまずにはいられないし、また他のお店への興味が沸々と湧いてしまっています…。

少し話しは長くなりますが、いやもう大分長いですが…(笑)

近年は便利さを増した情報収集の手段で、目的地さえも興味あるものを選べたり、ピンポイントで迷うことなく辿り着けたりしちゃうけど、一昔前は道に迷い、人と待ち合わす時には緊張感があって時間の大切さも抱き、目指す場所を辿ったり、見つけた喜びに期待値を上げ、最終的には正解や失敗を感じるまでの醍醐味があったように思う。

それが今は随分利便性と共に簡素化されたなぁ~って。
家に帰るまでが遠足ですよ的な充実感は極めて遠のいたように思います。

今回初めましてのお店様には、自転車を走らせて辿り着くまでに久々のワクワクを感じたり、入る前には少しの勇気を持って自分の背中を押してみたり、入ってコーヒーを待ってお店の空間全体を通して味わうヒトトキは発見の連続と、そこに繰り出されている普段のナガレが心地良く、やっぱり僕自身もまだまだいろんな意味で幅を広げないといけないなぁと痛感してしまったりもしています。

何よりも、今日のお昼間目的を達成した場所から自身のお店に向かう道で眺めた先には入道雲が出るほどの夏の景色が広がっていて、その目の前を電車が走った時には「あ、何か良い♪」っていうのを肌で感じて、今ここに溢れる気持ちを書き記してしまっています…。

お店もお客様もきっとラストスパートの『COFFEE HOLIC』
僕も残りの時間で達成出来そうです♬

そして「#1」と題するように第2回、3回と繫がるであろうこのイベントが、今では有名になった“ENJOY COFFEE TIME”のように京都の喫茶やカフェをより一層取り囲んで、街全体を一つのコーヒー文化として根強くしてもらえたら本当に嬉しいことだと思うのです!

不意だったので嬉しかった♪

というより忘れてた…。

要するに僕は伝えれてないんだけど、いいもんだなぁ。

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ただ…

私はこんなボーボースタイルではない(笑)

ただ

こんな光景を見るだけで

早く自由を取り戻したいなと思うそんな心境

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勝手にパシャリごめんなさい…。
でも響きました。

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今年の春は少し早い桜の開花と共に4月からは飲食店に対する時短要請と再度制限が強化されていき、今は三度目の緊急事態宣言の渦中。
あの時は問題視された路上飲みならぬお祭り騒ぎも、今や非常識として日本人の中にはしっかりと秩序が保たれつつあるように思います。


打って変わっては政治のセカイ。
そして組織としての立場。
さらにそれぞれ専門家の皆様は、その役割を担うタメに少々入り乱れ始めているように思います。

何よりも目前に迫っているある意味良きも悪きにも左右されるだろう課題、世界的な祭典についての真意と余地。

公的・私的・持論や世論と様々な見解が世界的に入り混じり、まさしく今回のオリンピックの開催国になってしまった日本は厳しい状況に立たされていると思う。

知識も浅はかで、これらに関わる経済的影響がどれほどまでに及び、あらゆる面から考えてもどこまでプラスに見てもマイナスに見ても大きな打撃に広がるかも認識出来ていない、この件に関しては無能な僕の個人的にしか過ぎない想像からなる意見はこうです。


見る角度を変えるだけでも感情は揺るがずにはいられないけど、オリンピックの理念からすれば、スポーツ競技を通じて世界が一つとなる“平和の祭典”なのだと思う。

そこに焦点を当てれば、今世界が一つとなる手段とは日本に集まることではないのかもしれない。
何よりもまずこのコロナを抑えていく行動を世界と共に示すことが集まらずとも一つになる手段になるように思う。
そしてその影響はオリンピックにおけるものだけに留まらずあらゆる広がりを見せてくれるでしょう。

様々なスポーツは動き、観衆を制限して集めているかもしれないがお祭りではない。
競技としての価値に重点を置き、それと共に人々に勇気や希望を与えていると思うし、それと同時にリスクや不安と共存し、責任を持って競技者は基本行動しているのだと思う。
何よりもプレーヤーとしての仕事を全うしていて、一時のタメの大会に費やしているわけではない。

それはスポーツに限らず、今のコロナ禍に置いての行動は全て自分達やその身の回りを少しでも守っていくという日常や日々の積み重ねの中で未来に繋げるタメで将来に結びつけるタメに我慢を含めて必死だ。

競技の中では言い方は悪いかもしれないけど、普段あまり日の目に当たらず、オリンピックが何よりも目指す価値ある種目になるものもあるかもしれない。

そこに目を向ければ、またオリンピックだけに目を合わせれば、ここまで努力を積み重ねてきた選手の活躍を見て一喜一憂したい気持ちも芽生えない訳ではないけれど、その後につきまとう不安を想像すれば、それが現実となってしまった時には取り返しのつかない事態が待ち受けているのだと考えるだけでも、そのリスクを日本や選手は背負う覚悟はあるのだろうか…。

今もしこの時にオリンピック開催国になってしまった日本が少数の功績に焦点を当てるのではなく、日本人や世界の人々のタメに焦点を当てる大規模かつ一人一人の未来平和を説くのであれば何よりも「中止」又は現実的に難しい「延期」の道を何とか歩んでみる事も正解は無くとも間違いではない選択として称されるのではないでしょうか?
もっと言えば開催順が変わったとしてももう一度開催都市として名乗りを上げる努力をしたっていいと思うし、これでオリンピックが終わるわけではない。
選手は最高のパフォーマンスに至る年齢がつきまとうかもしれないけど選手生命が奪われるわけではないはずです。

大会の大きさだけで意思は変わらないと思う。
人の心を射止める矢は大小ではなく芯の強さだと思う。
要するに目指す目標だけではなく志す姿勢があるからこそ付いてくる感動は、記録やメダルの色の結果だけに捕らわれず記憶にも残すべき日々の努力が生んだ価値であって、目指す色や与える影響に左右されずに進み揺るぎない気持ちで歩んだ時間はオリンピックのためだけに重ねたキャリアではないはず…。


IOCでもJOCでもどちらかが、今後のオリンピックとしての価値や存続を問い、そしてその意味を説いて、これまで作り上げてきたスポーツの歴史を崩さないタメにも損失だけで判断をせず将来を見据えて決断してもらえたらと強く思ってしまいます。

選手もオリンピックもその競技種目が無くなるわけではないならばその“お祭り”を開催するかの是非で問えばいいのでは?
ここまで壮大な大会になるまでに繋げた時間や年月の価値は時代と共に誰もが知り、誰もが分かって増えている。
だからこそその影響力を今回は地球規模で一つとして捉え、世界の人々と一丸となるための“五輪”として手を繋ぐように交差し強く結ばれる輪の交流となるよう選択してほしい。


やるなら応援します。
やるなら選手の努力や勇気を称えます。
そして誇りに思うでしょう。

でも、今はやるかやらないかを選択出来る。
もしかしたら選手からでも立場だけでなく、競技者としてではなく、人としての意見を発信されてもいいのだと思う。
それでもやるかやらないかは選手は決めれない。
オリンピックは止まらないかもしれないけど、辞退することで訴えかけることは出来る。
勿論オリンピックに人生をかけてきた人には参加してほしい矛盾な感情もある。

そしてオリンピック開催を判断出来る人達が、やった後のリスクに対してマネージメント出来るなら示してほしい。
そして起こりうるかもしれない不安を振り払う見解や意見を世界に訴えかけてほしい。

やって何も起こらなければ良いの結果論の話しではないと思う。

やらないことのリスクとやった後に起きるかもしれないリスクとを対象に誠意ある選択を天秤にかけ決断をお願いしたいと思います。
オリンピック変異株なんて言われるものに進化したらどうするんでしょう?
代替え大会を模索するのでは納得出来ませんか?


今の僕の知識や想像では『やらないでほしい』

日本が中止を主張出来ることは、幸か不幸か開催国である特権でもあると思うし、何よりもまず東京から地方に及ぶ国民を守る意思表示にはなると思う。
そしてこれまでコロナ禍において僕達が疑いを持っている曖昧なメッセージの数々から別々に離れていた気持ちを引き寄せてくれるようにも思う。
そういった事がもしかしたら今後日本が世界の人々のタメに影響を与える発信力に繋がり、さらには世界の多くの人々を不幸から早く幸せに近づける役割を担うのかもしれない。
このウイルスからの回復や復興へ向けての足掛かり、そして少しやらしい発言かもしれないけど、その先、経済としても日本が観光地としてこれからも平和として愛される国と称され、自国の未来を明るくしてくれるようにも思ってしまう。

分からんけどね…。

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梅雨に入り雨降りと、晴れ間があってもジメジメ蒸し暑さがまとわりついて少々へこたれそうな季節の移り変わり。
早く体を馴染ませたいけど上手くいかないのは僕も歳のせいになってきたのでしょうか(笑)?

それでも草木や花々は生い茂るように背を伸ばし楽しそうに見えます。

そんな何かにとっては恵みの雨の日々。

僕にも最近刺激的な光景は続いていて、元気というかやる気が増すような仲間の成長というか挑戦が、負けてられないと背筋を伸ばしてくれます。

こんな状況下でもひるまず、自分達が目指した目標をカタチにしたコーヒー屋。
きっと根強く、これから地域や皆様に憩いの場と素敵なヒトトキを繰り出してくれるのでしょう♪

・今は間借りの『珈琲み空』は大きな目標に向かって。
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・地道に力強く想いを形にした『WOVEN』は着々と。
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スタイルだけではない、ストーリーのある実力者達が自分のお店を開いていってとても嬉しいです!

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まだまだ長引くコロナの現実。

緊急事態宣言の延長に不満は無いけれど、不自由であることに不安は付きまとい、従来や本来とはかけ離れた万全とは言えない様々な状況や状態には不満も拭えない日は続く。

それでも先月緩和されていた時に刺激を求めて向かった大好きな場所でのヒトトキに、やはりコーヒーを介する場所に流れる時間や空間の意味を肌で感じて再確認出来たことは確か。

僕たちコーヒー屋さんは時に異空間と表されるように、そこに腰をそえる時だけは現実となる世間と違って、こんな現状の昨今と反して和める心を用いてもらいたいなぁと強く感じた。

万全となる対策は求められるけど、とにかく店もお客さんも、自分の心は潰されぬように保っていかないといけないんだ…。

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目的地まで迷いなく直進するかのような飛行機に
何だか目を奪われて

その軌道を残すかのような飛行機雲に
今を照らし合わせる


明日へ突き進む必要は無いのかもしれない
けど気持ちは前を向きたい

どんな足跡を踏めているのか分からな昨日を
後には消えゆくような跡形にはしたくない


上を見つめて羨んだとしても
今は立ち止まってでも地に足着けて
記録に留めるのではなく
消えてしまっても映し出せるような記憶に結びつけたい

それはもしかしたら羽ばたこうとするほど脆く
這いつくばうほど堅くなれるのかもしれない


広い空を飛ぶことには夢がある
飛び回ることで未来に繫がる

だけど

忘れ去らないようにするには
実は泥くさい方が良い

それこそ土に塗れて空を仰ぎ
下を向かないことで糧が生まれる


受け入れるしかない現実を明日へ導くためには
根強くなるしかないんだろう

それほど今は大事だと
空を眺めて想い足元を見つめて気付かされる

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枝を露わにしていた木々たちはすっかりと衣装を纏うかのように綺麗な緑の葉をいっぱいに拵え

遠くを眺めれば蒼々とした山並みは青空と共に力強い

僕達は今

寒い冬を越え 清らかな春を過ぎ

何かを蓄え 何かを温めれているのだろうか


閉じ込められているかのような世間に

晴れない日々に

新緑の季節とは真逆のような移り変わりの日常の中

鳥の囀りが 羽ばたき飛びまわる姿が

どこか自由なようで羨ましい


負けちゃいられない…

これから訪れる弾ける暑さの夏のように

とにかく今は その時が来るまで

温存するしかないんだろう


明るく見える景色のように色鮮やかな明日に向かって

嘘だと言ってほしい

そんな世間や世の中になってきました

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去年からのコロナ禍の現実がここまで続くとは…

分かってもいたけれど

淡い期待も抱いていただけに

この急速な第4波の兆しは悔しさも滲む

一人一人が向き合い続けないとどうにもならないのかも

ではありませんが(笑)

Makuakeのクラウドファンディング企画でご一緒した“Suzugama”さんの新商品が届きました♪

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「Soupir」もさることながら、自身で淹れるコーヒーに対して、その時間や楽しみ方をご提案されているSuzugamaさんの想いは熱いです!

今回のネルのご提案は、知識としても深まるし、向上という点でも抽出に馴染むカタチやスタイルも摸索出来そうだし、何より自分の『こだわり』を探求出来そうで楽しみです♪

是非、“我流式”の形状を見つけだしてみてはいかがでしょう?

https://www.suzugama.com/

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晴れやかな日差しが寒さをのけ払い気分をも軽やかにしてくれる今日この頃。

温かさも増して一気に桜の花びらが開き出した事にまだ春が訪れる準備が出来ていない私。

それでも待ちわびている桜の季節があるのは息子の入学式という晴れ舞台も待っているからなのでしょう。

先日は一足早く卒園式もあり、実際にはまだ3月の末まで通い続けるのですが、親として初めて子供の成長した姿を式というカタチで見送り、またその中で広がった友人達の晴れ姿を見て感じた想いはまさに“感動”の一言で、そのカタチの無い感情もまた初めての感覚で、大人になってもまだまだ人としても親としても学んでいく事が沢山あるんだなと実感しました。


そして明日の日曜が明ければ、いよいよ京都は飲食店に対する時短要請も解除され、営業時間としては通常に戻ります。

政府は優しさなのか何なのか、去年の秋もこのような行楽シーズンに人々が動くことを許し、いや、実際は許している訳では無いのでしょうけど、気持ちを緩めるモノコトを生み、明らかにまた感染が拡大することさえ予想出来ます。

様々な角度や、最前線の見解を踏まえているとは思うので、浅はかではないと思うし、経済を動かす意味もあるのでしょうけど、僕達飲食店目線から申せば、正直、この協力金というカタチが継続されるのであれば、まだ桜の散る頃までか、ゴールデンウィークが過ぎるまでは粘っても良いのでは?と感じるし、何だったら特に関東や東京に関しては動きを止める必要があるのでは?と思ってしまいます。

感染に関しては下げ止まり傾向が続いてしまっているのですから、やはり人が自由に動き出す術を作ってしまうのは、またコロナウィルス感染拡大の波を大きくさせてしまうのではないだろうかと心配する一方、一人一人の意識さえしっかり芽生えているのであれば確かに動き出してもいいのかもしれない時期に来てるほど、国民はまた我慢や辛抱を続けてきたのでしょう。

ただやはり、実際の自分の店の周囲の人の流れを見れば、ワクチン接種がもっと広がりを見せるまでは、まだまだこの波は小さくならないのだと思うし、インフルエンザのような分類に指定されない限りは、以前の日常というものにはほど遠い昨今なのだと思います。

実際来週からのシフトを組んでいる時も、体制や時間の流れに対し「どうだったけなぁ」「これで良いかなぁ」と悩んでしまうほど、もう時短の営業時間や形態に慣れてしまっている自分がいてそれも何だか悲しかったり、子供が小学生に上がる事やその後の日々を想像するとまたいろんな感覚や感情が芽生えていくんだろうなぁと予想出来るし、この様々な意味でも角度でも動き出す今年の春は僕個人としては更に心変わっていく時期で、いろんな意味で価値のある1年を作り出して行かなければなぁと心抱くし、しっかりと前や上に歩んでいく進むべき大切な時間にしていかないとなぁと感じています。

このような世の中になり、以前の常識や日常が取り戻せるのかさえ不透明な“今”に、少しの希望を持って、大事に毎日を過ごしていけるよう挑んでいけたらと願うのでした。

実はお初でお邪魔しました…。

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仲間のお店の実力は折り紙付き!さすが!!

サンキュー♪『39』

景色はまだまだ冬ですが

朝が早くなってきました

いろんなモノコトも動き出しているような

春も感じれてきた今日この頃

さぁここから

ホントどうなっていくんだろう…

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寒かったり暑かったり

雪が降ったり春めいたり

何だか気候も騒がしいですが…

今日はポカポカ陽気

家族で久々ソトの時間を楽しめました♪

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あぁ、本当に早く何も気にせず風や太陽を感じたいですね。

青おにぎりさんのおむすびホント優しくてぬくもりがあって美味しいです♬

確か記憶が間違っていなければ、僕が初めて自分のお小遣いで買ったCDっていうのは松任谷由実の“春よ、来い”だったと思います。

そんな話しはさておいて(笑)
息子もあと少しで保育園の卒園が近づき、さらには小学生になる春へ向かっています。
初めて感じるだろう寂しさや期待の入り混じる時期をどう過ごしていくのかな?と思いつつ、でも自分の記憶を辿れば卒園の記憶はほぼ無く、入学の記憶はうっすらと印象に残っていることを思うと、もしかしたらまだ小さな子にはそういった寂しさは少なく、ランドセルを背負い小学校へと向かう希望に思いを馳せているのかもしれません。

勿論それぞれに記憶のカタチは違うと思いますが…。

所変わって大人のセカイは、繰り返したコロナの猛威を収束という傾向に向けようと正念場。
京都は独自基準を満たしつつも、関西として足並みを揃え、現在発令中の10都県も急がず状況を見極められていることは、早い意味での収束に向けては最良で安心出来る判断だと思います。

変わらず不自由で我慢の生活や仕事には変わりませんが、これがまた繰り返され続けるよりも、今はそれを受け止めることが長きに渡らない最善策なのだと信じたいです。

もう終息という意味では多くの国民が心一つなのだと思います。
後はそれに伴った理解や行動という責任感が追いついてくるかの現状。

2021年は皆にとって本当の意味での春を迎えれる年になるよう、まずは桜の季節を希望に変えて今は歩みたいです。

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