6448COFFEE+ESSENCE

六曜社珈琲店-セカンドライン-

タグ:組合

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「この前、還暦を過ぎたなぁ思てたら、もう喜寿になってたわ」そう笑顔で話すのは、昨年会社としても120周年を迎えた『一澤信三郎帆布』の4代目信三郎さん。今や「一番リストラに近い男やしなぁ」と冗談交じりに話しながら、自身の目で見る現在の景色、そして地域を大事にする日々を送りながら過ごす喫茶店での時間について伺ってみた。

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創業は1905年、前身となる『一澤帆布』は曾祖父から始まり、祖父の2代目、3代目の父へと受け継がれていきます。そのような系譜の中で、大学卒業後は新聞社で10年ほど勤めていた信三郎さんが、幼い頃から手伝っていた馴染みのある家業に転身することにしたのが1980年。職人の丁寧な手仕事の本質は揺るがさず、新しいデザインやユニークな発想で帆布製品の時代を作り上げていき、代表取締役に着いたのが1988年のこととなります。その揺るぎない信念と地道な努力の積み重ねは、紆余曲折を迎えながらも着実に成長を遂げていきます。信三郎さんの真摯な物作り、そして真面目な仕事への取り組み方は、自身の感性と職人の技によってお客様の心を離すことなく現在に至っているのです。

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「もうウチは時代に遅れ続けてるからなぁ」と微笑みながらも、その核心は、私達にも強く響きます。それは喫茶店や個人店の取り巻く環境や継承の在り方にも通じることです。それでも店舗の拡大ではなく、心の豊かさを大事にする経営の手腕を、当たり前のように笑顔で取り組む姿勢は現在でも実店舗一軒のみで、そこに人の足を向ける魅力を作る。利便性や効率を求めない販売の方法は、商品力にも繋がっています。そして、ずっと使い続けてもらうためにも、顔を合わせて話しをして、エピソードなども含めて修理もする。「この前も、外国人のお客さんが2日くらいしか京都におらんって言わはるから、すぐに直してあげたわ」と、京都や日本が生活圏ではない方々にも、日常使いのためやその人の愛着のためのおもてなしをする。そうして、長い間使い込んでいくことが、その人にとってのヴィンテージのような価値を生むのです。
その視点はお客様側だけではない、工場で汗を流す職人達にも目を向けていて「作り手がチームを作ってなぁ、あぁやこぅや1つ1つのパターン作りやプランを立ててるんやけど、人によって作業の順や作り方も違うし、何でそんなんしてんのって思う時もあるんやど(笑)」と、システムやマニュアルではない、その人の技や人間力が現れる物作りが、一澤信三郎帆布としての商品を皆で作り上げるブランドとなっていて、それが製品に味わいを感じさせ、お客様が何処か愛情を注いでしまうのではないでしょうか。そして大量生産を行わないのもそれらに通ずる。機械や工場を自動化して、デジタルを加えればいくらでも作業効率は上がるけれども、人の手の技術が向上せず、身に付かず、製品の質にある意味繋がらないと感じておられ「ウチのミシンはなぁ、古いしずっとアナログ、なんてったて昔のものはシンプルで丈夫やし壊れへんからずっと使い続けてるし、第一に汎用性がある」だからこそ、パートナーとなる機械や物作りにも、そして人と向き合うことにも努力を惜しまないのかもしれないし、一澤信三郎帆布が時代に振り回されることなく歩み続けることが出来ている所以なのかもしれません。

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そのような話が、現在の喫茶飲食業の取り巻く環境にも、痛いほど核心を突いてるなぁと思うのが、画面越しの注文やキャッシュレス決算、そしてセルフとなるサービス。私が日々職人という観点で取り組む焙煎としても、同じようにデジタル化やシステムを加えたマニュアル化は止まらず、作り手としての想いや腕を磨く意図、そして経験なる物事の価値が反映せれづらくなっている。一見似て非なるものになってしまっているからこそのもどかしさと、何でもAIに頼りつつある現代に、人を介することや無駄と思うような遠回りにこそ、心を蓄える重要性があることを伝えていきたいと思っていただけに、人生の先輩になる方のお言葉は多大だと共感していると…。「ほんであんたぁ、今日は何の話しをしに来たんやったけ?(笑)」と本題に移るが、信三郎さんがコーヒーに馴染みを持ち始めたのは小学生の頃、友人の牛乳屋さんや銭湯で飲むコーヒー牛乳から。その後、高校や大学に進学しても、その当時の喫茶店は不良のたまり場のようなものだったので、そこまで嗜むことはなかったという。社会人になってからは「そういえば先斗町で、西洋のお好み焼きを食わしてくれる喫茶店を聞いて、行って食べたけど、あれがいわゆるピザやったんやろなぁ」「連れとグループで喫茶店に入った時に、ある一人がブルーマウンテンって言いよって、みんなキョトンとしたのも覚えてるし、そんな格好付けんでも…と思ってなぁ」と、普段コーヒーを飲むようになっていた信三郎さんも、そこまで専門的に味わいを深掘りする訳ではなく、やはり今でも、ナポリタンやサンドウィッチなどの食事と一緒に、新聞や本などの読書の傍ら、そして考え事の時間に利用するために喫茶に足を運ぶことが多い。勿論、交友の広い信三郎さんは、食の楽しみにも時間も設けて、いろんな方々との交流や関係構築の場を大事にし馴染みの店など行きつけも作る。私自身も、2013年から3年半ほどは、信三郎さんの店の近くの古川町商店街の脇で独立したての喫茶店を営んでいて、信三郎さんをはじめとするスタッフの方々には大変お世話になっていた時期がある。その当時より前には、東の錦と言われていた古川町商店街や、職人の町として栄えていた東山の風景は大分と変わっていて、今では昔から住む人の数も減っていて寂しさを覚えるという。「昔は職住同居やんか」そうやって家に帰れば親の仕事をしてる姿が見れて、そうやって自然と触れていることで親しみや誇りも持つ。当時何でもそろうデパートも良かったけど、そうやって専門店で励む店が京都には沢山あったから、近隣ごとの横の繋がりを持ちながら活気があったように思う、とも。今は「地域貢献言うんかなぁ」近くの店に順番というか定期的に足を運ぶことで、東山の地を何となく客観的に眺めることも忘れない。
そんなお話しを聞く中で伺える信三郎さんの言葉や表情は、何に対しても決して悲観することなく受け入れる懐の広さや深さを感じさせる。「ミシンの音や帆布の匂いに包まれるのもええやろ、だからここ(工場)で作ってここ(店)で売る」そうやって地域に根付いて歩みを止めず、一澤信三郎帆布は今日も東山の地に、日本中から、いや世界中から足を向かせる意味を作りながら未来に向かう。

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【プロフィール】
一澤 信三郎

昭和24年生まれ。京都東山の地に男三人兄弟の次男として誕生。小さい頃から住まいが仕事場だったため、学生時代から家業を手伝うことも多かった。

★一澤信三郎帆布ホームページ↓
https://www.ichizawa.co.jp/

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令和7年度 生活衛生関係営業対策事業

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2025年12月2日(火)午後6時30分から、京都芸術センター講堂にて、当組合主催の生活衛生関係営業対策事業となる『講演会』を開催いたしました。
午後5時30分の開場と共に、今回は参加者の方々へ喫茶マドラグのコーヒーが振る舞われながら、和やかな雰囲気の中で徐々に会場の席は埋まり、80名を越える参加者の来場で緊張感も高まる中講演会はスタートしました。
午後6時30分「喫茶マドラグ」山﨑三四郎裕崇の司会進行と共に、当組合理事長「珈琲屋あさぬま」浅沼健夫の挨拶と続きました。そして今回ゲストとしてご参加頂いた令和6年2月より就任の第27代京都市長松井孝治氏が登壇し、続いて当組合から「カフェさらさ」尾崎友哉、「梅園」西川葵、「六曜社珈琲店」奥野薫平が紹介されました。ステージを喫茶店の雰囲気と共に、一席のテーブルを囲むようなイメージで展開する講演会には、マスター扮する司会より登壇者にコーヒーも振る舞われながら自己紹介が行われました。そこからは本題となる『令和を生き抜く個人店の未来』をテーマに、ネガティブは控えてのポジティブかつフランクなやり取りの中、それぞれの視点や価値観を交わらせていきました。市長のお客様目線としての利用法、当組合い理事の商いも行いながら同業を利用する観点、その中で注目されたのはやはりタイムパフォーマンス。そして、観光客や訪日客も含めた一見さんへの対応で、常連さんが抱く感情や影響、店側に起こり得る対価や逆のリスクなど、実際の話しを中心にリアルな対話が生まれました。

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その後は、京都市が25年先の京都の未来を見据えて策定した『京都基本構想』を軸とした話しにも展開し、やはり京都の“おもてなし”の感性、それを込めての独特な“いやらしさ”の意図。また、街としての役割や町の景色なども含めて、様々な観光の方々に向けても、残すべき価値や観点、そして名所や文化としても感じてもらうべき背景があり、何よりも“人間味”がある温かさを次の世代や時代に繋いでいきたいという思いを強く共感する実りある対話が出来たと感じます。質疑応答では、喫茶店で過ごされたエピソードを披露いただく中で、地域の方々にとって喫茶や飲食含む個人店の役割の大切さを改めて再認識させてくださり、私達の位置付けが重要だと感じられたことは心強く光栄でした。
20時閉幕まではあっという間に過ぎ、最後は来場者の皆様からのアンケート(感想)を頂きました。後日、理事会にて参照させていただき、会の中でも発展した“後世に残す”という意味でも喫茶文化や、それらを通して学ぶ社会勉強なるものを、当組合から積極的に若い方々にも伝えてほしいという声は多く、これは今後の組合活動の参考と共に、実現に向けて積極的に動いていけたらと思います。
松井市長含め、ご参加頂きました来場者の皆様、この度は本当にありがとうございました。

※今回の講演会の様子は、春頃を目処に、京都文化芸術総合オフィシャルサイトKyoto Art Box「HISTORY#2・たまり場」(サイト運営:京都芸術センター)にて掲載予定です。参加者の皆様しか得れない話しもありますが、ご興味ある方はご観覧下さい。https://kyoto-artbox.jp/ 

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令和7年度生活衛生営業振興事業

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令和8年1月22日(木)午後4時30分より、「ホテルモントレ京都」にて、本年最初の事業となる『文化をつなぐ、場のちから』と題した講演会が開催されました。当組合専務理事平栗由貴司会のもと、開会の挨拶を理事長の浅沼健夫が行い、講師となる野村将揮氏が紹介されました。哲学と文化の研究者である野村氏の活動は幅広く、事務上の専門は国際会議から伝統産業までのあらゆる概念構築・戦略策定・オペレーション構築とのこと。特に昨年12月11日(木)に市議会で可決された「京都基本構築」の起草担当として京都市総合計画審議会特別委員としての活躍が市民にも多く知られております。そのような経緯もあって注目度も高い講演会が当組合で実地出来たことは光栄であり、また野村氏の喫茶店を通して、または介して交わる“場”の力の解釈と、文化を支える中での様々な角度や歴史を踏まえた思想は圧巻で、正直難しい話しの流れもありつつも勉強になり、最後質疑応答を行った時間では、内容に関しての対話が生まれて講演の内容が紐解かれていき、お互いの意見が定刻をオーバーするほどの盛り上がりを見せながら、副理事長前田剛の挨拶で閉幕となりました。
講演での立場や内容は堅くても、お人柄が溢れて人間味のある姿と、普段から喫茶店利用を大事にされる一面が知れたのは嬉しく、別の角度から京都の魅力と伝統を未来へとつなぐ仲間として、当組合も個人店を支える意義を改めて唱えて、活動に尽力したいと思える実りある時間を過ごすことが出来ました。

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※内容や資料の都合上、動画や録音等の撮影は認められていませんでしたが、許可を得て掲載しております。

クリスマスが終わろうとしていて、年の瀬に向かい、来年を迎えようとしている今日この頃。

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12月17日(水)は、喫茶組合の理事会と、その後に賛助商社会の加盟店メンバー数名を交えた忘年会でした。

12月19日(金)の午前中は、河原町商店街の理事会もあり、
年末に向けての挨拶等が交わされ出して、いよいよ2025年も終盤に差し掛かってきたのだと実感してきたのでした。

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“家ではコーヒーを飲まない”そう決めてる訳ではきっとないけれど、岡本さんにとってコーヒーはそういう飲み物である。
何かの基準や評価対象が自身の中である訳でもない、それでもコーヒーは外で飲み、誰かが淹れてくれるものだと感じているからこそ自然と足が向き、居心地を探る。それは目的があって向かう場所もあれば、止まり木のようにふらっと立ち寄る店もある。時には「あの人が淹れてくれるコーヒーを」と求めてカップの中の液体を啜りながらのヒトトキがあろうとも、そこには明確な味わいの好みがある訳ではなく、その人が点ててくれているという信頼が岡本さんの心を安心させてくれている。そして、どの店においても岡本さんの記憶に残ったコーヒー屋には、幸福感を持ち帰る事の出来る要素が絶妙なバランスで鏤められていて、それを岡本さんが自然と拾い集める視点を持っているからこそ、答えの出ない、もっと言えば出す必要もないかもしれない漠然としたモノコトに意味を考え続けるからこその醍醐味と実りが生まれていて、今日も何処かのお店に岡本さんは腰掛けてしまうのかもしれない…。
そんな岡本さんのコーヒーブレイクの日々が、manincafeというIDでインスタにポストされ続けているのだが、2年前の秋に『ぼくのコーヒー地図』というタイトルで一度書籍化されている。北海道から九州までの全国58都市・166店舗が綴られていて、お店の簡単な紹介と共に時折エピソードを交えたものが、コーヒーと店・人・音楽という位置付けで分けられていて、岡本さんが何故思い出になっているのかや足を運んでしまうかの理由も伺える。そして、平凡社から発行されたその書籍に「コーヒー屋とお客の関係って、こうあってほしいよねぇ、こう在り続けたいよね~」と、載ってない店側の人にも、載ってない店も含めた誰かの住む町の何でもない近所のお店にさえ足が向いてくれたらというお客側への目線からも、どちらの人にも手に取ってほしいと評しているのが、以前この新聞でも対談記事を掲載したオオヤミノル氏だ。何より僕達みたいな零細企業や個人店が生き残るためには、この本の中で綴られているような店とお客の関係性や感性が大事で、それが保ち続けていける世の中でありたいと願うからの発言であり、私もそれに共感している。

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来年もしかしたらオオヤさんのもとタッグを組んで、この書籍の紹介と共に、そんな価値観を伝えたり共有する場を設けていくかもしれないので、気になる方はこの本をひとまず手にしてみて、是非ともどこかのコーヒー屋さんで文字を追いながら、その先の景色にも目を向けてほしいと思う。
僕からも言えることは、いつからか“早い・安い・旨い”の飲食や食券の店が増えて、利用法や時間軸の価値が体験ではなく経過になってしまい、効率化や利便性を求める世の中は人と接する機会を減らしてしまった。セルフカフェやチェーン店も台頭した時代背景は“ほったらかしの自由”がテーブルの時間を私物化させ、人を介しその場所を共有する事さえもデザインだけでなく意味にまで無機質を生じさせたと思っている。それが記憶するよりも記録する事にだけ比重が傾きすぎているし、店側でさえそのためだけのメニュー開発(提供)になっている部分が見受けられる所もあるのが寂しい…。決してそれらを悪いと言ってる訳ではない、社会や経済は資本力や外資が支えている観点も捉えると発展には順応しないといけない視野も必要だ。でも、だからこそ一昔前と比べても全てのスピードが早まってしまった便利さに、アナログや人間味のある価値観や、質感や肌感といった五感を刺激する経験が何よりも重要になってきている局面だとも感じている。だからこそのコーヒー屋という空間を通してでも、カウンターの中で働く人の姿や、お客さんの話し声、時にはBGMやBGMも流れない店内に響くコーヒーを啜る音、それに息つくため息、食器が重なる音、誰かの横顔や表情、店内の灯りや光景を眺めながら、その時に広がる「喫茶的オーケストラ」を奏でる一人として身を置く楽しみを感じてほしいと思うと共に、その人の人生の中で考えればほんの一瞬でしかない時間が交差するドラマのようなヒトトキを過ごして育まれる価値観こそが今必要不可欠な人を想う心に繋がり広がると信じている。

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【プロフィール】
・岡本 仁
1954年北海道生まれ。マガジンハウスにて『BRUTUS』『relax』『ku:nel』などの雑誌編集に携わる。2009年よりランドスケーププロダクツに所属し、コミュニティづくりやコンセプトメイキングを担当した。著書に『果てしのない本の話』『また旅。』『また旅2』『HERE TODAY』『ぼくの酒場地図』などがある。

★岡本 仁(/Instagram)↓
https://www.instagram.com/manincafe/

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★平凡社(購入ページ)↓
http://www.heibonsha.co.jp/book/b623040.html

昨年に引き続き今年度も開催すると共に、私も登壇致します。

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【主催】京都府喫茶飲食生活衛生同業組合
『令和7年度生活衛生関係営業対策事業』
【共催】京都芸術センター (公益社団法人京都芸術文化協会)

京都の喫茶文化
─ 令和を生き抜く個人店の未来 ─

日時/2025年12月2日(火)
(開場)17:30~(開演)18:30~20:00
場所/京都芸術センター 講堂
(コーヒー&お土産付き)

ゲスト/松井 孝治 (京都市長)
登壇/奥野 薫平 (六曜社珈琲店)
   西川 葵(梅園)
   尾崎 友哉(カフェ さらさ)
特別マスター(司会進行)
  /山﨑 三四郎裕崇 (喫茶マドラグ)

【内容】
古都京都で育まれる継承と発展。近年は観光都市としても様々な人が行き交う街なみの中で、生活を共にしていく市民の姿があります。資本力が伺える企業や商店が台頭してきた時代の中で、古くからの町や地域を見守っている個人店の役割を再確認し、喫茶文化を率いるメンバーと共に、市政を担う松井市長の想いを紐解きながら、京都の文化的価値を改めて認識し共存を目指す社会を探ります。

【定員】100名
※一般参加/1000円(要予約)
※組合員の方は無料(要予約)
【申し込み】
京都府喫茶飲食生活衛生同業組合事務局
TEL/075-256-1647
FAX/075-251-0250
MAIL/kyotokissakumiai@gmail.com

☆喫茶組合ホームページ↓
https://kyoto-kissainshoku.com/

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☆京都芸術センター専用ページ↓
https://www.kac.or.jp/events/20251015/

この機会に、皆様のご参加を是非お待ちしております。

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「実はね、音楽で飯を食べていこうと思い始めてたんだよねぇ~」以外な事実から判明しつつ、上田さんは今に至る経緯を話してくれた。

家庭環境は“書”に恵まれ、幼少の時から書くことを学び、もはやサラブレッドのように、そしてエリートの道を進むように大学も書道を専攻した。卒業後も再び中国の大学へと進学し、まさに上田さんは書くことに対して勉学や哲学的にも真摯に向き合っていた事は間違いない。そしてワーキングホリデーを利用して遂にカナダのトロントへと渡り世界へ羽ばたき出したのである。現地での個展や『Sotheby’ s(サザビーズ・ニューヨーク)』への出品を行いながらも、若手時代に芸術の世界で生計を立てていくのはやはり厳しいという現実に直面する。それでも、中学から楽器にも触れハーモニカも演奏出来る腕前を持っていた上田さんは、アメリカにも活動拠点を広げながらライブハウス等で週4はバンド活動を行っていく。本場のR&Bを目の当たりにして、そして触れていき、生活が音楽と共に流れていく中で、心は冒頭の発言のように揺らぎ始めていた。書の活動の中でもセッションは生まれていき、日本語や漢字を好む外国人にタトゥーのデザインも行った。欧米の生活の中や音楽仲間との交流の場では、文化的な背景も含めてドラッグも横行していて、勿論上田さんは手を出す事は無かったし、過激なリアルは居心地の悪さにもならなかったが、文化の違いは価値観の幅を広げながらも日本に拠点を向ける経緯にはなったのかもしれない。

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2002年、将来の行く末や道はまだ探りながらの生活を日本へと戻し、友人の家に仮住まいさせてもらいながら、生活の拠点を京都に向けることにした。そんな中、住居探しの途中に立ち寄った北山にある『伽藍』(現在閉店)という喫茶店の時間から、上田さんは数々の出会いや繋がりを手にしていくこととなる。私達喫茶界隈でも伝説的なお店で、当時でも一杯の値段は高価格で、それでも充分なほどの粉の量を使用して淹れられるカップの中の液体は現存していてたら2000円ほどに上っていたかもしれない。それほどに様々な人達の舌を虜にしていたコーヒーと共に、店内の薄暗さやアンティークの数々、そしてマスターの無愛想にも感じる寡黙な人柄に、上田さんは当初「この人とは1年喋るのはやめとこ」(笑)と思いながらも、ついつい足を運んでしまうお店として重宝していく。そして実際伽藍には、三月書房の宍戸恭一さん、そして画家の藤波晃さんなど、文化人界隈では名だたる方々が足繁く通い、自然と上田さんはそのような方々との些細な縁を結んでいく。住居も決まり勿論音楽活動も平行に行っていた上田さんは『拾得』を拠点に今もMOJO SAMというバンドで定期的に音楽活動を継続してはいるが、そんな繋がりを機に“書”の道が開き今に至っているのであ。そのような経緯もあって、上田さんは縁や繋がりを何より大切にしていて、書道のグループにも属さなければ、書道の展示会にも出品はしていない。「僕はある意味“書道”の道はいつからか外れていて“書家”なんだよね」と自身で語るように、活動の幅はアートイベントが主流で、京都で初の個展も寺町にある『オプトギャラリー』で開いてから繋がりが広がっていったと言う。そうして2005年に新税美術作家に選出されてからは、2006年アート・シドニー(オーストラリア)KIAF2007(韓国国際アートフェア)木津川アート(京都)Water Tower Art Fest2014(ブルガリア)2016年ウェールズ・UKでのアートイベント AKIN 等、現代アート作家として活躍を継続しながら、現在は京都市×パリ市のアーティストコラボレーション事業( SAVOIR-FAIRE DES TAKUMI)としてヴィラ九条山にあるアートレジデンスの一員とコラボレーションや展示を重ねている。そうやって型にはまらずも形を作っていく上田さんは、主軸となる書でも題字として2014年にアジアデザイン賞を受賞。NMB48や男前豆腐など数々の商品やパッケージロゴに携わる中には、当組合前田珈琲のブレンド豆の名称もデザインしている。そして、書く場所を選ばずファッション(衣類)や襖や屏風と共に、空間をも演出する展示は見る者を魅了し続け、遂にはVRを使用したライブパフォーマンスも加えながら、プロモーション映像など最先端の映像制作にも関わっていくなど、その枠は広がり続けるばかりである。それでも上田さんは一貫して枠を外してもいない。それはルーツを辿れば2500年前の弥生時代かと言われている日本の文字、それは土器片などで確認され、更には世界的にみても石碑等に記された彫る作業としての文字に、上田さんは筆で記す所作(押す引く等の強弱)が残っていると魅力を感じ、単にペンで紙などの表面に書くだけではない生きた証や自分の証を残すべく“文字を刻む”という本質的な部分や、黒墨を使う事で、現代では普遍的な更には朽ちずに残し続けていくという意味でも日本の伝統を伝え残したいと願っている。そしてその先には世界に足を運ぶ中で感じる文化や政治の違い、そして情報などで得る正義と正義のぶつかり合いで生じてしまう戦争などを目の当たりにしても、争い事に結びつけず違いを楽しむ感覚や尊重しあう価値観を持って“書”を通して世界平和を目指している。

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そうして上田さんは、ある意味異文化交流とも言えるような繋がりを伽藍でも手にした月日を思い返しながら、好きなコーヒーとパイプを嗜むと共に、いろんな人を眺める事も出来るコーヒー屋のセカイで、気持ちや心をニュートラルやフラットにさせるタメにも欠かせない自分時間として活用し、今日も書くことに向き合っているのである。

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★プロフィール

上田 普

1974年兵庫県淡路島生まれ。
幼少の頃から母親の元で書を学ぶ。
1996年四国大学書道コース卒業。
1998年中国・杭州大学留学。
2000年カナダ・トロントに渡り個展や出品販売等の活動を重ね、 2002年制作の場を京都に移す。
2005年京都市美術協会より新鋭美術作家に選出されてからは、国内外問わず現代アート作家として数多くの事業や企画に参加。
多ジャンルのフランス人アーティストとのコラボレーション展示も多数開催。
デザインの分野でも、様々な企業や商品のロゴを制作や監修。
現在は、ライブパフォーマンスや最先端映像制作等にも関わり、活動の幅も広がり続ける。
四国大学書道文化学科特任教授。

☆ホームページ↓
https://www.uetahiroshi.com/

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先日は「京都府喫茶飲食生活衛生同業組合」「賛助商社会」「京都珈琲商工組合」合同による夏の懇親会が、烏丸仏光寺上がる(北西角)にある『Le Bon Vivre』で開催され、参加してまいりました。

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舵を取る人間含め、世代交代が着実に進み目の前に近付いてきている当組合としては、親睦を益々広げて、個人店の皆様により良い環境を整えていけるよう絆を深めていかねばと思う今日この頃なのでした。

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もしかしたら“この席”から『甲斐みのり』の活動は始まったと言えるのかもしれない…。
「少女は煙草を吸うためにマッチを擦るのではなくマッチに火をつけるために煙草を吸う」当時、何気なく着いた六曜社地下店の奥の席から眺めた店内の光景、そしてテーブルの上に置かれた灰皿とマッチ、甲斐さんはふと、浮かんだストーリーと共に自分を重ねた。そしてそんな合言葉を胸に、マッチ箱を制作することから『Loule』に結びつける雑貨への関心をより深めていき、自身のブランドを立ち上げていくことになる。
元々静岡県出身の甲斐さんは、子供の頃から作文を書くことが好きで、国語だけが得意と言えた。それは、父が古文の研究者であり、両親共に俳人という境遇から得たものもあるのだろう。休日などに吟行のために山里や田舎へ向かうことがある時には、連れられながらも好きな本を毎回1冊買ってもらえることで、父と母は俳句を楽しみながら、自分はその手にした本を読む時間が楽しみになった。そうして“いつか自分も書く人になりたい”そんな気持ちを覗かせていくのである。そして、好きなことを伸ばしていけば良いという両親の考えや方針もあり、甲斐さんは興味あるものに向かって探究心を磨き大阪芸術大学文学学科へと進学をする。学生生活の中では専門分野を、またプライベートでは好きな映画や音楽にもどっぷりつかり楽しい時間や日々が続いていると感じれていた最中、それでも何故か自分の将来に思い悩んでしまい引きこもりがちになってしまう時期が訪れてしまう。そんな葛藤の中でも自身と好きなモノコトに向き合あった甲斐さんは、自ら目標を課すことにしてスケッチブックを購入し“好きノート”を作ることに…。この1冊が埋まれば自分は変われると信じて塞ぎがちになってしまった心を奮い立たせていくきっかけも作り出した。

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思い描いた道に進んでいくため、記していく作業も頭の中だけでは当然ノートは埋まらない…。もっと自分の“好き”を探求しなければと散歩をしてみたり、それでも埋まらないから自転車で、電車でという回数を重ねていくことでノートは埋まり、自分の“好き”が更に増えていることにも心強さを感じるまでになっていた。そしてその習慣から、誰かが下した評価や価値ではなく、また近年一般的に良く利用される定められた星の数をマイナスした減点的な評価で価値基準を付けるのではなく、自分の物差しの中で響くいい所を見つけて、俯瞰せず自身の目線から加点的に物事を見ることで評価以上に大切な背景やエピソードと楽しさを加えながら“好き”の価値を等身大で伝えていくことに何より自信を持てていったのである。そうやって身のまわりや身近な所にも好きになれる“いいもの”が沢山転がっていて、それらを見逃さず拾える目線を持てたことが何より大事なことで、今現在も甲斐さんが一貫して自分が好きと思えるモノコトや題材を多くの人に伝え続けることの出来る要因や志しなのかもしれない。
いろんな好きを貯めこむことが出来た甲斐さんは、自分を取り戻しながら大学の卒業を迎えるが、研究生として籍を置きながら何処か魅力溢れる京都へと移り住むことを決める。そしてそれは自身が本当にやりたい仕事に就くための階段を上り始めていくきっかけとなるのである。昼間は絵本の出版社や流通の仕事に触れ専門的に、夜は料亭のアルバイトで器や食の素晴らしさや季節を感じ、着物や着付けに礼儀作法も学べて社会勉強にも結び付いた。「私が何者でもなくても、何も持たなくても、こんなに好きなモノがあるという事実に救われた」と感じるほど、埋めたスケッチブックから経た自信は甲斐さんの背中を支え、1冊で留まることはなかった。そんな京都生活の中で、合間に喫茶店で過ごす時間や雑貨店に足を運んで物を手にしていくことで膨らむ発想を頼りに、甲斐さんは冒頭のブランドを1999年に設立。好きなモノやコトのアイテム作りに繋げ、Louleらしさをそこに加わえて今も展開を続けている。そうした経験を積んでいきながら、フリーペーパーなどの執筆にも携わっていった甲斐さんは、離れることのなかった『本を書く人』という夢を叶えるため、2年ほど過ごした京都を後にすることにして、フリーランスのライターのアシスタントとして本格的に東京へと拠点を移します。そこからの月日で自身への依頼も増やしていきながら、甲斐さんは遂に、2005年に初の書籍として想いの詰まった場所を題材にした『京都おでかけ帖』の上梓を実現させます。そしてそこから現在に至るまでに50冊以上の刊行を続けていくこととなり、まさに夢は目標の連続となる現実に変えて執筆を続けています。そうした数々の書籍には、自らの足で運び続けた記録と共に、目で見た記憶と素敵な醍醐味も伝えて気持ちを加え、そして範囲を決めないアイドル的な感覚で“好き”を捉えて様々な観点で自身の言葉を綴っているのです。

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「私の本を開いた時に、忘れていた自分の好きという気持ちを思い出してもらえたらいいな」好きなモノコトを本にしていても、文章を書くことは決して得意とは思えないと言う甲斐さんは、そんな想いを胸にいつも書くことに向き合っている。そして今もおでかけを続け、好きなアンテナに引っ掛かかれば躊躇せず購入するアイテムの数々は、作り手の支えや応援と共に、日常や生活の中でしっかり使って生かすことも心掛けているし、自身のブランドにも繋げて可愛い雑貨を生み出している。何よりモノコトだけでなく人との出会いも含めて育まれている甲斐さんの魅力は、今日も何処かで旅という名の散歩をしながら、男子が少年の心を持ち続けるように乙女の心を響かせながら、今日も“かわいい”を集めてその幸せを皆に伝え、文章や活動を通して私達に様々なアイテムや場所の魅力を寄り添うように身近に感じさせてくれているのです。


【プロフィール】

甲斐みのり

文筆家。静岡県うまれ。
文筆家日本文藝家協会会員。
大阪芸術大学文芸学科卒業。
旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、雑誌、webなどに執筆すると共に書籍も多数発刊。
食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。
地方自治体の観光案内パンフレットの制作や、講演活動もおこなうと共に、メディアにも多数出演。
雑貨やイベントの企画のプロダクションをする「Loule」(ロル)の主宰としてと活躍。
https://www.loule.net/

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7月を通して続く祇園祭♪

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それでもやはり、認知されているのは鉾立や、宵々山と宵山の大規模露店。
そして、メインとなる山鉾巡行となるのですが、今年は前祭りが大降りの雨、後祭りは灼熱の気候と対照的な結果に…。
どちらにしても大変な1日に両方見舞われてしまった訳で、毎年これで梅雨明けだなぁと語る夏は、もう早々に明けていて酷暑続きと印象深い祇園祭りになっています。
そして、その祇園祭が終わる7月が過ぎれば本格的な夏に入るはずですが、今この状況なら8月はどうなっていくのやら…。
とにかく恐ろしいと感じるまでの暑さに負けない熱さを持って、いろんな汗を流して輝きたいと思います♬

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※河原町商店街の関係者に限定で配られる手拭いは、久方ぶりにデザインが一種変更となり、今後もラインナップが増えていきそうです♪

梅雨入りの天気予報が入ったと思ったら、もう明けてしまった。

異常な早さだ…。

いつも祇園祭りの巡行時期に雨に降られて、そろそろ本格的に夏が始まるなぁと実感するのがお決まりになっていたのに、もう8月?みたいな気候の連続。 

今年の夏はどうなっていくのか?

とにもかくにも本日より7月が始まり、京都は祇園祭りがスタートして1ヶ月間続いていきます!

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河原町商店街に加盟されている店舗に配られる“手拭い”(非売品)も一種刷新♪もう一種は長年続いている山鉾33基全て揃った河原町だけの限定デザインです♬

首に巻いたり、汗を拭ったり、今年は手放せそうにありません(笑)

令和7年6月11日(水)リーガロイヤルホテル大阪にて、全国喫茶飲食生活衛生同業組合連合会主催の全国大会が、EXPO2025 大阪・関西万博で盛り上がる大阪にて開催されました。

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当日は、組合理事と賛助商社会メンバーを含む9名で参加。まずは、当組合理事も務めるスマート珈琲店の計らいにてランチを楽しみながら集合し、正午過ぎに参加メンバーで京阪を経由しての移動を行いました。中之島の駅に降り立つと共に、万博モードの大阪を伺う事が出来て盛り上がりを感じながら、会場へと到着。全国から集まる各喫茶組合の方々と挨拶も交わしながら、16:30の定刻と共に全国大会の式典が開催されました。

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豪華な会場にて、各挨拶や祝辞が述べられ、表彰式へと移り、今回は当組合からも2名の表彰者が受賞しました。組合における運動方針の共有、今期の大会宣言が確認されると共に、次回の全国大会開催地が岐阜県で行われる事も発表され、岐阜県の喫茶組合からのPRも行われました。滞りなく盛大に進行された式典も無事閉幕となり、続けて18:30からは全国の組合が集う懇親会へと会場を移動。

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こちらも各挨拶や祝辞を頂戴し、食事を楽しみながら歓談の時間が続きました。パフォーマンスでは、大起水産による和歌山の大島まぐろの解体ショーが行われ各テーブルにも振る舞われました。また、大阪天満宮の天神天満花娘による余興もあり、会場は華やかな活気で溢れながら、あっという間に閉幕となりました。1年に一度、各都道府県の組合の方と触れ合い意見交換する時間もまた実りある一時となり、ますます京都の飲食業界に対する課題や希望も再認識出来ることは、目標の設定にも繋がるので、大切な催しである事をつくづく実感致します。これからも各都道府県が横の繋がりも大事にして、喫茶飲食業界を支えると共に発展していくことが出来れば幸いです。
個人的には、滋賀・岡山の組合の方とは挨拶を交わせる間柄ができ、今回は高知の組合の方から、喫茶新聞を通しての感想を頂けて嬉しい限りでした。今後は他府県の組合とも手を取り合って、何か組合員の皆様にも還元出来る企画が開催出来ればなぁと想像が膨らむのでした。

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改めまして、関係者の方々には、この場をお借りしまして厚くお礼申し上げます。

六曜社
奥野 薫平

総会が重なる5月を駆け抜けました。笑

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2025年5月22日(木)河原町商店街振興組合

2025年5月28日(水)立誠自治連合会

2025年5月30日(金)京都府喫茶飲食生活衛生同業組合

地域や団体を通しての役割も増え、ますます京都という地に立っていることへの誇りも感じます。

観光の方にも、そして何より京都に住む人たちにとっても魅力的な街になっていってほしいです…。

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人生というものは、どの局面で豊かと感じ得ることが出来るのだろうか…。それはきっと辛いことや苦しいこと、そして厳しいことなど自分の思い通りにならない物事を経ていくことでより抱けるものになるのかもしれない。
私からすればまだ25歳という年代も、彼女の自覚やオーラは、喜怒哀楽といった感情に向き合い、自然と逃げずに素直に歩んできたからこそ生まれる豊富さを感じるからだ。『鈴木 沙羅』神奈川県で生まれ育った彼女は、以外にも中学高校と剣道の強豪校で部活で本気に汗を流すスポーツマンだった。ただ、最後の大会の直前に足の怪我でその道のりにピリオドを打つことになってしまった彼女は、皆が一般的に大学進学を選択する中で社会人という道を新たに選び、大手企業への就職を勝ち取ることで東京という街に身を委ねることになる。勿論それは生活をしていく中で、それと同時に自分のやりたいことを模索する日々の始まりでもあった。
元々、おじいちゃんおばあちゃん子でもあったためアナログなものが身近で興味関心もあり、読む漫画や聞く音楽も昭和感溢れるもの達でいっぱいで(笑)、その感性か、自然と喫茶店という場にも足を向けるようになり、そこに身を置く自分というものに居心地を感じ始めた。更には勤務地に近い新橋や有楽町に足を運びながら、仕事後の時間を有効活用させていく彼女は、お客側だけではなく、副業としてバーテンダーや某有名な銀座クラブのママからも声が掛かり、自分を磨きながら働く事で生まれる多種多様な人との関係性で、自分の視点というものも確実に育んでいくのである。また、興味関心のあるものにも積極的にトライし写真を撮ったり撮られる側にも身を置いた。そんな日常の中で“彫り師”との出会いが「絵が描きたい」という衝動となり、ジャンルは違えど元々デッサンのように趣味で描き続けていたイラストをより本格化させるために夜間学校のアートスクールに通うことにもなる。そうした4年近くを駆け抜け22歳を迎える頃、彼女は恋愛の中で京都に拠点を置く男性との出会いから、ほとんどの荷物を置いてこの街に体ひとつで足を運んだのである…。

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若くして挫折のような学生生活の終幕を迎えてもなお、自ら立て直し順風満帆のような道を自身で作り出していく彼女。そしてまたこの京都に訪れたきっかけも彼女らしく劇的だった。そんな“想い”に素直な彼女にもコンプレックスみたいなものはあり、特に性(恋愛)にはセクシュアリティな感性も持ち、男性だけの目線には留まらない女性の裸体や、その体に対しての“美”にこだわりがあり、それはアート的な要素も含めて自身にも反映している。また、東京生活を過ごしていた20歳頃には両親の離婚を経験し、父子家庭となるのだが、母はその後自分自身の人生を全うして最期を選んでしまうことになるのです…。
それでもこの街に飛び込んだ彼女は、私からは劇動に感じる日々を、ひたむきに生きているから素晴らしく感じるし、それはきっと剣道で培った自らが眺める眼力と、一瞬の選択を迷いなく手を打つことで生じる結果に悔いを抱かず、いろんな出来事に対しても自分の人生に構築させる力があるからなのだと思う。そして、体ひとつとなった生活に紙とペンを走らせ披露する場所を探りながら描き続ける毎日が、現在の彼女のライフスタイルであり、生き様のような職となっていて、その証か不眠症や夢遊病もある彼女は、いつのまにか寝て起きたと思えば絵が完成していたというエピソードを持つからまさに天職なのなもしれなと思わせる。そして以前から写真が好きで比較的モノクロに関心を持っていた彼女のイラストもまた、白と黒で描かれたラインアートを主としている。そしてその描かれる様々な線は繊細にも関わらず、その中にもいろんな感情が入り込んでいるようなタッチの違いで、彼女自身が絵にも写り込んでいるような魅惑的な要素があり、それはきっと彼女が今をしっかりと生きて、今を積み重ねている連続を自分の手から描き重ねることで生まれる魅力なのだと思います。そして生きることに実直な彼女だからこそ、いつ死んでも悔いが無いように、また生きてきた足跡をしっかり作るように、アートというカタチで絵を描き続けながら自分を表現して残しているのが彼女の現在地なのです。
昔は喫茶店で過ごす時間でさえ客観的で、どう見られているかも気にするSNS世代で生まれ育った彼女だったが、今は自分に誇りを持てるようになり、視野や価値観も変わっている。それは喫茶店で過ごす時間軸でさえも変化していて、今は自分のタメのリフレッシュや、考えをクリアにして自身を再確認するタメのリセットにも活用している。そしてコーヒーの味わいにも興味を持つことで、誰の手で淹れられているのか、どんな人がお店に立っているのかも足が向く重要な要素になっていて、そんな場所には共通して心地良さを感じると言う。身を投げて辿り着いた京都だったが、今はその当時の男性とは離れ、更に自分の居場所を作ってくれるパートナーに恵まれたのも喫茶店だ。何気なくでも自然と毎日を懸命に生きてしまう沙羅ちゃんにとって、そんな自分の頭がスッキリと出来るコーヒータイムは必要不可欠になりつつあり、また、そのような店に訪れている人達と空間を共にすることや、店の人に会いにいくのも、自分の居場所を再認識して安心しているのかもしれない。そして、一日の終わりや何かの区切りに、パートナーが立つ店に足を運ぶこともまた、今の沙羅ちゃんにとっては1日1日と続く日々の繰り返しのような中で句読点となる大切な時間となっているのでしょう。

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★プロフィール
鈴木 沙羅
Line artist/Painter

2000年2月9日生まれ神奈川県出身。22歳で京都に拠点を移してからは、様々な個展を開催し続け、同時に作品の依頼やタトゥーデザインを担当するなど活躍の幅を広げる今注目のアーティスト。
☆近日では、6/21~7/5にて「 Cafe/Gallery Rokujian」にて個展開催が予定されている。

★Instagram↓
https://www.instagram.com/_srke2748_/
https://www.instagram.com/_srke1124_/

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https://www.instagram.com/kissatanbou/

(※)喫茶探訪でも、只今絶賛同時期に紹介している「COFFEE BASE」2018年にオーナーの鬼追氏の元で誕生した店舗は、今や6店舗を数え増え続けている。今後も躍進が期待され京都のコーヒーシーンも牽引している同店にて、もう一人重要な存在として君臨しているのが「牧野 広志」氏である。その名を聞けば、京都のコーヒー業界、いや、全国の喫茶やカフェ業界では知らない人はいないほどに知名度を高めた牧野さんの取り組みは、コーヒーの可能性を広めるトップランナーの一人として欠かせない存在だ。今回は、その牧野さんと、京都のコーヒーシーンや将来性についてを語り合ってみました。

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★敷居
80年代にDJを始め関西のクラブシーンの先駆者として活動し、日本最古のクラブとされる“京都METORO”の立ち上げにも携わった経験もある牧野さんは、今は廃止された京都芸術短期大学(旧:造形大)を卒業後、東京やフランスにも渡仏し日々の生活を送る中で関わる仕事で、輸入するコーヒー豆に混合している粗悪なコーヒー生豆にも着目し、それらを集めて自ら家庭レベルの焙煎を行ったり、お酒に漬けてバリエーションするなどの活用法を探っていた。そこから、コーヒーへの興味関心は高まり、帰国後の2002年に京都寺町御池界隈に“Park Cafe”をオープン。店舗契約として10年の期間で積んだ実績と、育んだ想いを胸に、継続ではなく新たな取り組みに進展させたのが、2015年に元立誠小学校を活用して誕生した“Traveling Coffee”のディレクション店主。地域の自治連との関係性から連携し、また図書館という文化的要素を残して併設した店舗には、期間ごとにセレクト豆を提供するといったコーヒーコミュニティの発展にも紐付けたのだ。それによってコーヒー文化の中で根付くお客様との間にある敷居をある意味開放し、コーヒーをより身近にする事で、その価値と共に“座布団”を広げていきたいという想いこそが牧野さんが継続する活動の重要な要素となっているのです。そこから、現「立誠ガーデンヒューリック京都」へと改築するタイミングを機に、それまでの活動に共感し、そして、香川ならうどんのように、“京都ならコーヒー”という文化を更に構築していくため、2022年にタッグを組んだのが現在の「COFFEE BASE」ディレクターというポジションなのです。

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★地域
京都に身を置く牧野さんにとって、もう一つ大事にしているのが“新旧”の存在。それらを共にさせて織り成していこうとする姿は、ある意味職人技だ。その中でも代表的活動が、今では過去に127店舗ほどが参加し、今も尚継続し拡大している「ENJOY COFFEE TIME」というビッグイベント。2016年に第1回目が開催された当時は、約10店舗ほどだった集まりから、私自身も参加させて頂いていた。元々は当時の立誠校施設に同じく併設されていた映画館にて上映された「A FILM ABOUT COFFEE」の普及のタメにと開催した試験的な第0回目が好評だった事から、その後も牧野さんがコーヒーをテーマに人やお店が繋がり、京都のコーヒー文化としてもそれぞれの店舗が地域に根ざしていくための特別な場を一堂に会しているのです。また、食通でも知られる牧野さんは同年より「まいまい京都」そこから時を経て「ゆんたびグルメツアーズ」のツアーガイドも務め続けており、紹介する地域の文化や歴史と共に、現存しているお店の紹介を、喫茶やカフェ店舗を中心に巻き込んで、多くの人達に訪れる事の価値を見出してくれています。またそれらの機会を介して、直接的にコミュニケーションを取ることが何よりも牧野さんの情報普及(いわゆる生の口コミ)の重要性や、信頼信用を得る関係性の拡張であり、お客様にも同業者にも兄貴分として慕われる存在となっているのだと思います。そんな牧野さんが「全国的に見ても、こんなに喫茶店やカフェが混同し集まってる地方は無いよ~」というほど“コーヒーランド”として化してる京都には、やはり後継者育成が自然と行われている背景や、建物や店舗としての継承にも重要性を見出している観点が何よりコーヒー文化が育まれている要素であると語る。焙煎業者としても老舗が多い中、今では「小川珈琲」を筆頭に存在価値を高め合い「WEEKENDERS COFFEE」や「Unir」のスペシャリティコーヒーを活用した認知拡大や浅煎り傾向の焙煎を先駆者とし、近年では「Kurasu」のコーヒー関連商品の取り扱いや開発には目を見張るものがある。そして、全国の業界関係者が集うSCAJの日本最大級イベントにまで、京都の企業や人材がブースに集まっていること自体が異様な光景に見えて面白いと言い、自らも「カリタ」のブースに立つ。それはまさに、それぞれの店舗が地域に根ざそうとしたり、普及に対して課題を見出して、それぞれの立ち位置に誇りを持ちながら取り組む事で生まれる価値の連動性が、京都のコーヒー文化を育み続け、自然と繋がり、そして和となり大きく広がり続けているんだという事を実感するのです。

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★役割
苦しくも、90年代喫茶店が衰退していく中で、その転換のようにカフェが大塔していき、そして缶コーヒーという手軽さはコンビニによってクオリティの高いコーヒーをより身近にしてくれた。そこから、お店に足を運んでみるという興味や、ドリップパックといった家庭でもコーヒーを飲む機会に行為を与えてくれた事で、興味関心と共に日常過ごしていく中で寄り添ってくれる飲み物として存在意義が更に広がったように思う。そして昨今、存在価値も高まる事により原料としても市場としても価格の変動が起きてしまっている中で、私達が見据えていくべき行き先には、それぞれが役割を担おうとしながら進んでいるように思う。
牧野さんは特に、音楽イベントやクラブシーンにコーヒーを結び付け、企画では自らのパフォーマンスも欠かさない。鬼追さんはフットワークが広く、夜のセカイにも良質なコーヒーの提供を普及させている。私はというと、喫茶文化を守りながら浸透を図り、自身がカウンターに立ち続けることで空間を演出している。その他にも立ち位置を設けて活動している方々が京都には様々に存在していて、その関係が横に繋がっていることにも大きな意味と魅力があるのだろう。
牧野さんに、今の六曜社の景色を伝えると、驚きと共に関心を持つ表情をされていた。それは、政治的要素は無いに等しくも(笑)若者達が談義の場所として、利用法としても待ち合わせや止まり木のように生活リズムの中に取り入れる観点でしっかりとした目的をもって活用しているからだ。それは、業界としてはカフェ的要素の最先端さや、焙煎や抽出においてもデータを基本としたシステムやマニュアルを駆使する機械的光景が増えたコーヒーのセカイになっていると共に、バラエティーに飛んだ生豆の精製にまで発展していること。そしてニーズに対しては、映えや記録の共有で、提供の意味や価値が情報拡散を見据えた手法で当たり前のようになっている時代の中で、アナログ的な感覚やインディーズ的な文化のコンテンツ、そして直接的な時間の共有が体験価値として醍醐味となり今の若者にも響きながら衰えていない事実があるからである。
最後に、牧野さんは今の仕事を“みそぎ”と位置付けながら日々を歩んでいると言う。それはめまぐるしいコーヒー業界に置いても、時代の進み方や不透明な世の中に対しても残してしまった不安を“大人として”明確な姿勢を正すことで響いてほしい若者への可能性や将来性に対して筋道を作る目標を持っているからである。そうやって今日も明日も様々な町に足を運び、世間を眺め、京都を愛する人間として、観光地としてとも名高い京都の文化の本質的な価値を届け“なんちゃって京都”に蔓延らない道理を築くために、珈琲文化という角度から唱えているのである。

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肩書きなどに囚われる人ではないが、私から感じる『吉田省念』は音楽家。バイオリンやチェロなど重厚感のある美しい音を奏でることも出来れば、フォークやエレキギターといった魂が宿り感性が刺激される音さえ表現する。さらにはピアノやドラムや…でさえ、それぞれの音を自分の手でカタチにして楽曲を完成させることの出来るオールラウンダー。そして省念君の人柄が、何よりも唯一無二のバランスを引き出し彼の音楽として世の人達に存在感を解き放っているように思うのです。
そんな彼の父は現代美術家。母はバイオリンの演奏とポエトリーリーディングで活動。さらには祖父母も音楽に触れ合い、祖父は戦前・戦中も蓄音機鑑賞をこよなく愛する方だったと語る。芸術家である父が1964年に建築した自宅兼アトリエの一部にはコンクリートで覆われた作業場があり、1970年の万博と同時にサンフランシスコやニューヨークへと活動で渡米する事になってからの8年ほどの間で、そのアトリエは当時カルチャーに明け暮れていた作家やバンドマン達が屯するコミュニティーの場所になっていった。ロックな壁画絵師「木村 英輝」ことキーヤンや、「柴田 和志」ことチャー坊率いる村八分に、「ザ・ノーコメンツ」のギタリストだったタコさん(現:Alphabet Ave.店主)や、京都の多角的スペース「UrBANGUILD」を営む芸術全般愛好者の店主・福西次郎さんらも通い、地域コミュニティとして今では根強い“左京ワンダーランド”の根源のような活気が当時繰り広げられていたという。
そんな境遇が、もしかしたら自然と省念君のルーツをたぐり寄せ結び付いたのかもしれない。それは、遅がけながらも小学3年生の頃からバイオリンを始め、その素質が見出されていった時期を機に、90年代中学生になった頃には男子らしく古着や洋楽にハマり、同級生の特殊な感性を持つ友人と二人でバンドを組み“厨二病”のように音楽を掻き鳴らしていたというからだ。
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父が日本に戻ってからのアトリエも、省念君には音楽と共に出来るスタジオになったのは言うまでもなく、そんな姿からもチャー坊のエレキギターを譲り受けることになったのは運命的だ。高校時代はアルバイトで稼いだお金を好きなモノコトへつぎ込み、街に出て社会や大人を学びながら、オールディーズBarのオーディションに受かったりもして、音楽にも触れ続けていく。大学は父のように美術系の大学に進み、様々な感性も磨かれていきながら、時が経つにつれてバンドで音を鳴らす事よりも、音源を作っていくことに興味を持ち始めたのが2000年代。打ち込みをする友人との出会いにも羨ましさが芽生え、省念君は自身の環境と実力を注ぎ込める宅録に没頭していくのである。それでも生音を披露するべく環境は続け「SUZMENBA」「吉田省念と三日月スープ」というバンド活動から、特に衝撃だったのは2011年に「くるり」へ加入したこと。そんな順風満帆な活動を送っているように見えた彼だが、自身の音楽の方向性と表現を更に作り出していくために、2013年春には脱退を決意し発表された。
それからというもの、2010年に他界された父のアトリエを整理しながら、今度は自らのスタジオへと変化させ作業場のスペースとして受け継いだ彼は、自身のペースで自分のカラーで音源を発表し続けながら、様々な音源制作にも携わっている。また、2014年からCOFFEEHOUSE「拾得」でマンスリーライブの開催を継続するなど、音楽を表現する舞台に今も尚立ち続け、そこでも様々なアーティストと価値ある音楽を届けるためのバンド活動も欠かさない。
そこには、そして省念君の音楽には、1980年代に美術の現場において父と母が夫婦としてパフォーマンスを繰り広げていた時のような“空間の美食家”を意識した寛容な音が美しく重なっていて、ステージと共有するハコ全体にも、音源としての領域でさえも、幅と奥行きといった広がりがあり包み込まれるような感覚を抱いていく実感がある。
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そういった境地に立つ省念君が足を運ぶ喫茶店の時間は“ながらの究極”と言う。普段自身のスタジオで自分のことに没頭する時間を費やすことの多い彼にとって、会話をしなくてもその空間で他者と共存することや、何かをしながらコーヒーを飲む時間は、ギターならばチューニングをしているような感覚で捉えている。そして時に本を読みながらや考え事をしながら、はたまた会話をしながらの“ながら”を共にして過ごす行為は、音楽制作の時間には行えないシチュエーションなので心地良さがあるという。また、何をしたいかで足を向けたい場所(お店)がそれぞれにあるのも、多種多様な人々が行き交う店内で、何か過ごしたいセカイ感が共有されていて、空間として時間軸が共存した“魂”みたいなものが宿っている感覚があるのも面白いという。そして、そういった視覚的にも飛び込むものを自然と心の中に念写して記憶している光景が自身の表現や制作に活かされているかもしれないというインスピレーションがあるところも、まさに私には音楽を介する表現者のように感じて止まないのです。そして、アーティストとしても建築や重さみたいなものに心が動く省念君は、構造や空間の中に物質として重厚なものや、バランスとして重厚感が取れている所に落ち着きや居心地を抱くという感性が発見だった。テーブルやカウンターやイスの重量など、何処かに重たいものがある事によって落ち着きが生まれるという感覚は確かに言われてみればシックリときて、自然と私自身もそのように感じているのかもしれないと思えた。
まさにお店は、音楽制作のようにジャンル分けはされても、そこにオリジナリティーが追求出来るかも重要な要素。これだけ環境や物でも溢れ出した世の中に対して、どうやって個性を解き放ち、またそこに価値としての重みを加えていけるかも、私達店作りでは鍵になっているような感覚を、省念君の生き方を知ると感じる絶妙なバランスがある。皆同じようで同じじゃない本質と、同じではいけない理由もないけれど、同じにはしない追求が何かを育んでいくんだと思う。
それはまさに省念君自身が、今度は音楽を通して空間の美食家になっている様であり、家族愛の中での継承でもあるのかもしれない。そして、省念君と似たような境遇や価値観を持っている私自身も言葉を借りれば、連続し積み重ねていく喫茶店の時間や場所を、人間ドラマが交差する空間として、コーヒーを介した美食家マスターとして振る舞いたいと願って日々カウンターの中に立っているのです。
それでも時に、お互い葛藤が生まれるのも事実。たまには脱力や解放も必要で、そうやって省念君は今日も自然と音楽を鳴らし、僕はコーヒーを淹れている。そして自分の好きなことと、やりがいを探求し、それらと共に暮らしていくことに幸せを感じているんだと思う。
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★プロフィール
・吉田 省念
・1980年京都生まれ。
・13歳でエレキギターに出会い音楽やバンドに没頭。
・数多くのグループに演奏者として楽器を担当。
・現在は宅録での音源制作と共に、ソロやバンドでの音楽活動も欠かさない。

☆オフィシャルウェブ↓
https://www.yoshidashonen.net/

お正月を迎えて、1月が進み(行き)、何だか時間や心にも余裕があるように感じていましたが、2月はやはり逃げるように月日が経つのが早く感じます。
そして年度末となる3月も近くなってきて、こちらもまた去るように過ごすのでしょうか?
春に向けて、個人ではなく、社会や学業にとっては新しい年に入る時期、しっかりいろんなものを来季に向けて蓄えていきたいものです。

そんなこんなで2月も後半ではありますが、1月には毎年恒例の新年の集いに参加していました。

「京都府喫茶飲食生活衛生同業組合」
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「河原町商店街振興組合」
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こういった役割を担い、どちらも広報委員長という立場も仰せつかり、なかなか自分自身を奮い立たせる期間も続いていて、今年はどちらの新年会も司会を務めたため、とにかくまだまだ自分磨きや成長が必要と感じる日々も続いております。
何よりも、店が一番重要な場所ではありますが、それと共に、誰かや何かのタメになれるチャンスがあるのなら、まだ自分自身の幅を持たせては良い段階なのかなぁとも思います。
店の体制をしっかり作り、整えながら、様々な機会があるのであれば、大事なモノコトにはチャレンジしていきたいなぁとも思う今日この頃です。

─目眩く日々に─

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去年の予期せぬ出来事を思うと、2025年の幕開けは何だか穏やかに始まったように感じます。それでも、曜日の関係で年末年始を長期に休む日取りが出来た方も多いと思いますので、飲食業界としては様々な店が賑やかなスタートを切ったのではないでしょうか。
昨年からはインバウンドが戻り、さらにはオーバーツーリズムに至る京都の街は、完全復活と言っていいのか、この境地や状況と共に過ごしていくべき術を考えていかないといけないのでしょう。
私達の日常生活としては、困惑や困難がつきまとってもいますが、世界の人々に日本の良さを感じてもらうには、この環境とも向き合っていかないといけないですし、その状態から生活に支障が出ないように、様々な角度から対策や整備をしていく事も今後の大きな課題となっていくのでしょう。
まさに、それはまたこの日々が“当たり前”という感覚に戻ってきた証拠なのだと思います。そしてこの“戻った”という感覚を私達は忘れてはいけないのかもしれません…。
そう、それは世界中の人がコロナ禍という現実を過ごし、経済や社会、そして生活までもが止まったかのような時間を過ごしたということの事実。以前は戸惑いしか感じることの出来なかったこの人の波に、少しは感謝も出来るようになったのは、いろんな物事が改めて当たり前ではないと気付かされたからなのかもしれません。
それでも私達飲食業界としても忘れてはいけないことは、そんな中で変わり果てた姿となった店や、終止符を打つしかなかった店があるという事。救済策から外れ、補助や援助が受けられない現実を受け止めるしかなかった店舗は、現在どれだけ存続出来ているのでしょうか。対象となれた店でも、その救済策が無ければどのようになっていたかと想像がつく方々も多いと思います。予想もしなかった猛威に、国の対策に感謝する一方、逃れられなかった店舗がある事を思うと、今後そんな非常事態が起きた時は、出来るだけ平等にや全体を考えた振り切った支援を与える視野も持ち合わせてほしいと願うばかりでもあるのです。
そして、それを経た昨今は、為替の変動や物価高、さらには原材料等の高騰や賃金等の上昇で経済含む社会の在り方までも変わろうとしています。これらはやはり自力で乗り越えていくしかなく、自ら対策を練り、将来や未来に向けて時代とどのように共存していくかという事も個人店や中小企業の大きな課題となってきています。
組織として、生衛組合の現状も変化が起きています。そんな中でも当組合が個人店の皆様にどのような下支えができ、横の繋がりも広げ、大きな和として価値観を共にして切磋琢磨していけるかも大きな鍵になっているのだと感じます。飲食業を展開する我々個人店は、日常に流れる時間の中で生活の一部として存在し、何よりお客様と身近に接する事が生きがいであり誰よりもお客様の笑顔に喜びを感じる人が多いと存じます。そんなお店の数々が京都や日本を少しでも支え、お客様の拠り所にもなれている商いが活気付いていけばと思うと共に、零細企業という位置付けの人達の力も再認識されていけば、それほど嬉しい事はないのなもしれません。

2024年12月13日(金)14日(土)の2日間、今年も京都料理組合主催の『第118回京料理展示大会』の喫茶コーナーに当組合も参加して参りました。
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昨年まではコロナ対策を講じての開催でしたが、今年からは以前を取り戻す完全復活の内容で、華やかな盛大さと、名だたる京料理の名店の味が一堂に会し楽しめる催しとして沢山のお客様で賑わいました。
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当組合も例年とは違い、今年は「レストラン菊水」の洋食弁当の復活と、新たに「甘味処 月ヶ瀬」の白玉ぜんざいも提供するバージョンアップした形でコーヒー&お菓子をご用意しました。
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これからも世代や時代を超えて、愛され親しまれ続ける文化を共に育むべく、お客様とこのように身近に接することの出来る機会が設けられる事は重要なことだと思いますし、何よりそんな貴重な時間は素晴らしい体験となることでしょう。
これまでの伝統を守りながら、更には発展を繰り広げながら、両文化が語り継がれていく事を願って日々精進して参りたい所存でございます。

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漫画家の名称としても魅惑的ながら、その姿からは想像出来ぬ名前『不吉霊二』。野球漫画のドカベン、不吉霊三朗という投手の妹という設定で、単純に良いなって思って自ら名付けた(笑)。今思えば、真逆の男性みたいで、辟邪名(へきじゃめい)のような悪霊も撤退出来るような力もありそうで気に入っているという。
そして、本人(本名)として生きる自分と、漫画家として歩む別人格かもしれない二つの顔を持ちながら、それでも赤裸々に、義務や使命ではなく、一人の人間として自らが幸せに過ごしていけるカタチを見つけながら、彼女は人生を切り開いているのである。
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「高校生までは画家になりたくて…。」美大に憧れていた彼女だったが、親に反対され、それでも中高生の時に好きだった映画や音楽という様々なポップカルチャーに触れていた経緯を選択肢に、早稲田大学の文化系の学科に進学する。
大学生活は、影響を受ける教授や講義との出会いや、興味が無いと思っていた授業にも案外価値を見出せるほどの楽しみもあった。だけど東京生活の始まりは何処か物足りなさもあり、何かを求めるようにいろんな意味でボ~っと徘徊するような日々。中高一貫の女子校に通っていた彼女は、大学生らしく恋にも愛にもさらに奔走した。
しかし、大学二回生となり、東京の生活にも慣れてきた頃、ゴールデンウィークに青春18切符を使って、同志社に通う友人に会うために京都に向かったのが全ての『きっかけ』となる。
バイトだった友達を待つ夜の待ち時間、彼女はふと立ち寄った喫茶店でペンを走らせイラストを描いた。
「あ、何か楽しい♪自由だ♬」
時間潰しのはずが有意義に感じた。
そして友達との時間を過ごし寝泊まりする家で、彼女は亡き父とドライブする夢を見るのである。そう、彼女の父は生まれる前に他界し、写真でしか姿を見た事がなかった。その父とは全く違って、きっと性格も全然違うだろうゲスい人で、嫌なことだって言ってくる人だったけど、そんな時間にその父を好きになっていき「一緒に住もうや~」と提案された所でパッと目が覚めてしまった…。
その嬉しさと記憶を忘れたくなくて、残したくて、そしてあわゆくば誰かに伝えたいと思って、身近な紙とペンを手に取り漫画にしたのが、不吉霊二の始まりとなったのだ。
そこから彼女はずっと作品を作り続けている。多彩なカルチャーに触れるタメに、好きな音楽では『レゲトン』(プエルトリコのレゲエ)に関心を持ち足を踏み入れてみたり、材料が限られ色の少ない『映画ポスター』を作るキューバの作品展示に魅了され、大学時代にキューバへの留学も経験した。そうして、サブカルやアンダーグラウンドなセカイにも幅を広げた彼女は、繋がりからDJの活動にも触れたりと、まさに『きっかけ』を自らの手で探して見つけて、拾ったり自分のものにする力を秘めているのだと思う。そうやって道を切り開いていく中で、彼女は在学中に自費出版の漫画作成にも結び付け、その手でその足で不吉霊二という存在を世に広めていくのである。
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そして卒業後は、学生の肩書きが無くなった社会人としての責任や、アーティストとしての重圧を感じながらも、義務ではなく作品作りを好きで居続けるタメに、時にリフレッシュのために海外旅行も楽しみながら、そこでの繋がりや世界観を広げ、漫画家を続けていくための向き合い方を維持しながら、自分自身の歩みを止めず、あくまで自然体で飾らないありのままの自分を大切にしている。
そういった日常の中で、居心地を感じる喫茶店に足を運ぶ彼女は、シチュエーションごとに訪れる場所が決まっている。一人の時間には自分の心と会話してみたり、その同じテーブルで違う時間を過ごしただろう誰かの足跡に想いを馳せたり、空間に漂う光景に目を細め、時に耳を傾けながら現実を感じて、自分の経験や誰かのリアルを風刺的に描いていく。デジタルが五感の一部になってしまっていく世の中でも、そういった人を感じる部分や、人間の手で生み出されたアナログ的要素は、彼女の作品に大きな影響を与えているのかもしれない。
だからこそ、彼女の作品は依頼を受けたとしても、相手の要望や要求に対して自分の描きたいものも重ね合わせることで唯一無二の絵が生まれていると思うし、それぞれのイラストやストーリーにも伝えたいものは明白だと言う。
確かに私達が営む店も、こうなりたいという想いがあれば、メニューを含め届けたい価値を持っていて、それが店としても店主のカラーであるのは間違いない。そこにニーズや利用法をお客様が感じて過ごしてもらえるからこそ、それぞれの店がお客様の場所になっていくのだろう。そんな風に彼女の作品は誰かのタメと自分のタメの想いが中心に交わるからそインパクトが生まれるのだと思う。
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そして何より、人によっては辛い現実を経験しているからこそ、生を受ければいつかは死んでしまうことが決まっている人生を、どう生きていくかも芸術として捉え、彼女は今日も自分を信じて生きる実感を探り、世界が美しいことをもっと皆に気付いてほしいと願うのである。そして「多作でいたい」と野望を抱きながら、生きる事に真摯的な彼女だからこそ、その絵には愛を感じ、動かない絵にも今にも動き出しそうな躍動感を感じるのだと思う。
きっと、伝えたい思いが一つ一つの作品に存在するからこそ、読んだり見たりするイラストに何かを感じ、心が刺激される魅力があるからこそ霊二ちゃんの作品には身近さや共感を抱くことができ、だからこそ皆のものだと共有できる依頼やコラボが止まないのだと思う。
彼女の瞳の奥に感じる輝きや、眼差しの力強さのように、私達もまた光りを見失わずに歩み続けたいものである。

※今回取材にあたり、霊二ちゃんが六曜社のタメに描き下ろしてくれたイラスト。
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★不吉 霊二
1997年広島県出身
2016年漫画を描き始める
2019年リイド社トーチwebにて連載を開始
2020年漫画『あばよ〜ベイビーイッツユー〜』単行本がトーチwebより出版される
2021年東京で初の個展
2023年水原希子とのコラボレーションによる展示会を上海・成都で行う

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夏(8月)に予定していた納涼会が台風の影響で中止になっていたため、令和6年10月2日(水)18:00から、河原町四条下ル「桃園亭」にて、喫茶飲食業界の結束を固めるべく、改めて秋の親睦会として開催されました。

生活衛生同業組合の在り方等、今後直面するだろう活動団体としての役割の課題を、賛助商社会様や珈琲商工組合様と共有し、次に繋げるべく対話を実らせた時間でした。

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パリで5年ほどの歳月を過ごす中、世界的な猛威を振るったコロナに直面した彼は、生活を母の故郷でもある日本へと移し、京都での生活を選んだ。
元々彼は、イングランドの高校でファッションを学んでいた1年生の在学中に、在籍していた有名な先生からの出資を受け個展を開く事をきっかけにアートへの道を切り開いたのである。
それでも中学高校共に何をやるべきかに悩んでいた彼は、ファッションを専攻して大学へと進み、その後ファインアートを学びながら卒業。そこから彫刻へと切り替え、約10年今も作品を作り続ける事を念頭に向き合いながら活動の幅を広げている。
彼が作り出す作品は「人」がテーマである事が多く、絵画こそ表現の幅はあるが、軸としている彫刻に関しては全てが個人、というよりも自分自身を対象に形成されている。
乾漆を用いて表現されるその立体は、まさに普段から生きる事への不安感や、生活での違和感、そういった離人感的な感情を抱いてしまう自身をありのままに表現し「恐怖」のようなモノコトに対して向き合ったその時その時の自分が作品となり、観る人の感受性を引き出し、その人自身への問いかけにも繋がっているのである。

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そんなネル君だからこそ、生活の流れや普段過ごす場所というのは大事で、乾漆の材質上部屋に閉じこもり、制作にも長時間を要する作業には、頭で考えるほど難しく、普段何気なく過ごす中で積まれる知性や感性で勝手に手が動いてくれる時ほど作品が具体化出来るという。
また、芸術にも歴史的背景は重要で、そこに重きを置きながらも現代性や進化を兼ね合わせる事で、国民の不安や解消も具体化したり、背景にユーモアを加える事が出来るという。
だからこそ、ネル君は今、喫茶店に通う時間でインスピレーションを育んでいる。元々は京都での生活をスタートさせた頃に、ギャラリー併設のカフェを営んでいた事があるほど、海外生活の時代にもカフェに通い、その存在価値は大きかったようだ。
そして、当時のカフェの光景は日本だと喫茶店に通ずるものが多く、一人で居るお客様も個人になりきり、また仲間といる人は議論を繰り広げていたりと、店内で過ごすそれぞれの人の時間軸の違いや、それらが入り交じる中でも空間として1つの場所となっている姿が、自分自身もそこにいる意義を感じて居心地が生まれているようだ。
だけど、日本のカフェとされる場所には、コンセプトやファッション性が重要視される事が多く、それぞれの人や店舗などの「人間力や個性」に「技量や技術」ではなく、近年はメニューといった「商品力や話題性」と共に空間も「無機質や簡素化」等、時代に合わせたニーズを追い求めるものをカタチにして提供している感覚に違和感を感じると共に、日本の芸術のセカイでも、元々アートが「売れない」や「評価されにくい」現状が続く中で、さらに美術館の在り方や、もっと身近なギャラリーに関しては、芸術のためではなくセレクトショップのようなギャラリーのための商業的な価値に結びつけている展開に疑問があるという。
どんなセカイでも「良い」と感じるものにはこだわりやポリシーがあり、時代に左右されない揺るぎない信念を持つからこそ、誰かにとっては善し悪しに繋がる物事も「魅力」になるのだと思う。
そうやって今の社会と関わりながら、歴史にも触れながら「自分」という者や、私達であれば「店」という物を持つことで、何をやるべきか、やり続けていくかを自問自答しながら「らしさ」を生んでいくのだと思う。

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そうやって彼も、日本の様々な現状に触れ、それらも踏まえ、数年先まで決まっている個展や作品作りを完走すれば、京都での生活にピリオドを打ち、故郷に帰る事を視野に入れている。
彼の作品は360℃様々な角度から見る事を想定された立体であり、額や壁に飾る絵画とは違い、基本的な日本の家屋の小ささでは身近に手にしてもらう事にさえ限界がある。
それでも苦境からの転機で京都に移り、だからこそ作品作りを継続して突き進んだ中で芽生えた「自分」を表現していくことに誇りは変わらない。
そしてさらに、喫茶店に通う事がルーティンとなった日常の生活の中で、彼は最愛のパートナーとの出会いも待っていたのだ。
今まで一人だった時間や人生が、これからは共に歩む人との時間で生まれる作品(自分)となる。そこに、どんな変化が生じるかも楽しみではあるが、故郷へと戻り、海外で活躍していく彼の作品の一部に、京都で通っていた喫茶店での時間を過ごした自分(作品)が、世界を眺める時が来たら、私にとってはそれほど嬉しいことはないだろう。

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★椎名ネル(櫻井)
1997年4月17日イギリス(イングランド)で生まれ、母が日本人のハーフとしてヨーク市で育つ。16歳で初の個展を開催し、その後活動をパリ、そして現在の日本へと移し、彫刻と絵画をメイン作品を作り続けている。
☆Instagram
https://www.instagram.com/nellshiina/

喫茶探訪&Kiss a kissa ─ 番外編 ─

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─ 喫茶探訪 ─

喫茶には夢がある。
喫茶には人生がある。
山﨑三四郎には美輪明宏さんにテレビ収録で
「貴方、徳を積んでいるので今後良い人生が送れるわよ。」と言われた過去がある!
と言う事で今回も始まりました。
京都喫茶探訪!この足で、この目でコツコツと周り喫茶を愛でる。それこそが探訪!
皆さんにも行くきっかけになればと心から思っております。
それではいざ!喫茶へGO!

『forme.』

代表の井波さんは、旗の制作会社の雑貨企画部にいらっしゃって、2021年の2月そこから独立されて始められた雑貨や文具のブランドです。

社名はフォーミーと書いてフォルム、自分に贈りたい使いたいと思える物と、自分を大事にして欲しい思いが込められています。

そして開業後、我等、悪鬼羅刹や魑魅魍魎が蠢く京都喫茶界の名店をモチーフにした必殺の「夢ミル京都喫茶巡り」シリーズを発足。
そこから多岐にわたる雑貨を取り扱われる様になり今に至りました。

現在では京都の有名喫茶店6店舗

ソワレさん
スマート珈琲さん
六曜社さん
フランソアさん
梅園さん
そして末席には私がやっておりますマドラグ
も参加させて頂いておりますのよ。

各店舗に象徴的なメニューやロゴやインテリアをこれでもか!と可愛いくて実用的な文具になさっています。
井波さんは作成するにあたり、雑貨に落とし込んだ時のかわいさを大事にデザインされてまして、我等としても有難い限りなのです。
そして今後は今盛り上がりを見せまくり、京都の銭湯ともコラボされます。
そこには「喫茶店も銭湯も文具を通して興味を持ってもらえたら。」と言う想いをお持ちでして、まるで菩薩の様な心で作って頂いているのです。

そんな菩薩様の前でもわたくし山﨑三四郎は相変わらず50歳を前にいつも通りギリ怒られない位のテンションで取材を敢行しておりまして、今回は可愛い雑貨のお店に伺うという事で、私なりの90年代渋谷系オリーブ少年をイメージしてあの頃の真正スタイルで攻めに攻めたのであります。

当日のスタイルは、当然セントジェームスのボーダーに白チノパン。ベレー帽にスリッポン。
音楽はカーディガンズかフリッパーズギターを聴きながら鴨川を籐の籠が付いた自転車に乗って突撃して来たのです。
それこそが礼儀だと思い込んで、取材して写真撮って後から見たら、鎖骨の出が気持ち悪いただのおっさんでした。
そう言えば今は2020年代、1990年代ってもう30年も前なんだね。
そりゃおっさんにもなりますよ。
同行してくれた六曜社のサラブレッド薫平君はシュッとしてるのでまだ良いとしても、私は結果「ひょうきんで痛い人」
になってしまいました。
だがしかし!雑貨を愛する気持ちは人一倍!
フォルム愛を皆んなに届けたい。
その一心で行って参りました。
どうかこの気持ちが鎖骨のくぼみに乗って皆様の所に届きます様に。
そんな1日でしたとさ。
最後にこんな珍獣2匹を相手にニコニコ対応してくださった井波 菩薩 様 ありがとうございました。
いや〜喫茶と雑貨って良いもんですね!

★喫茶探訪
https://www.instagram.com/kissatanbou/

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─ kissa a kissa ─

喫茶には希望がある。
喫茶には文化がある。
わたくし奥野薫平は、店内で横になってまで居眠りしているお客さんに「ここはお家じゃないんでしっかり起きといて下さいね~」と告げても、座りながら寝落ちを続けたお客さんに帰り際「ある意味僕の方が目をつぶりましたけどねぇ~!」と寛大な心で上手く言ったった!と自己満足に浸った過去がある♪
という事で丸パクリなスタートを切ったコラボレーション企画は、三四郎さんとのペアルック風スタイルで訪問しましたforme.さんをサラッと紹介するだけ💦
そんなこんなで!いざチェック!!

forme.さんでは『夢ミル喫茶巡り』以外にも様々なアイテムの販売やプロデュース、オリジナル商品を多数展開されています。
『re』『筆屋-ぺんや-』最近では銭湯とコラボレーションした『ごくらく銭湯めぐり』が好評です。
前職の雑貨企画部が無念の撤退を強いられても、作り上げた商品への想いを私達のタメにも受け継ぎ、文具や雑貨にも愛を注いで自身のブランドを立ち上げられました。
そんな実在するお店への大切な気持ちと共に、文具雑貨で様々なお店を楽しませてもらいながら、各店舗へ本当に足を運び巡りたくなるようなアイテムの数々は、使うのがもったいないほどに愛着が湧いてくるものばかりなのです♪

当日は、三四郎さんと共に井波さんとも楽しいヒトトキを過ごす事が出来て、久々にはっちゃけた一日となりましたとさ♬
いや~喫茶と雑貨ってホントに良いもんですよ~♪

★喫茶組合Facebook
https://m.facebook.com/100090382892400/

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─ 井波さんからのコメント ─

京都の喫茶店さまとコラボしたシリーズです。
京都に行ったような気持ちや、行ったことのあるお店に夢ミルほどに想いを馳せるきっかけになってくれると嬉しいです。

【forme.】
〒604-0906 京都府京都市中京区東椹木町126−2

☆ホームページ
https://forme-zakka.com/
☆Instagram
https://www.instagram.com/forme_zakka/

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大宅さんと、こうして面と向かってお話しをするのは、約15年前私が家業を継ぐ前に開いていたお店で企画された雑誌の対談だった。
それからも、互いのお店を行き来しては、世間話しや時折私の近況報告をしながら、理解ある声をかけて頂き、そんな中でもそれぞれのコーヒー屋としての道を歩み、役割を果たしていく中で、私は勝手に信頼関係なるものが出来ているのではないかと思ってしまっている…。
今回は、あの時話した「町」や「喫茶店」の変貌から今日までを改めて顧みて、そして身勝手に進む時代や社会で直面する様々な現実に対して、私達コーヒー屋や個人店の想いに向き合ってみた。

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★町(街)とコーヒーの変化
ふと気軽に足を運びたくなる喫茶店や、店主やお客さんの顔が伺える日常使いの店が多い町の様子や灯りを点している風景が費やされていっていた15年前の当時、大宅さんは「歴史的に見ても廃墟からでしょ」と、左京区の状況からも語っていた。
そう、それは京都の左京区だけに限らず、日本の高度経済成長期からの喫茶店ブームに始まり、1964年の東京オリンピックを境に他ジャンルな喫茶形態が増えることにより、その多様性を見出してきた喫茶店が衰退している模様を表した表現でもあった。
何よりも、街に充満する資本主義や外資の参入が織り成す経済の格差や価値基準が、町への影響と、個人店への厳しい現状を突きつけた結果なのだとも思う。
社会と生活、理想と現実みたな、そこには確実に『人の肌感として良いもの』として芽生えていた人間味や構築された技や歴史が評価されず、最先端やシステムにマニュアルといった利便性を求めるスピード感や簡素化などロボットやコンピューターに支配されつつあるグローバルな世界基準でモノコトが測られていく現実も影響しているのかもしれません。
それでも少し遡った90年台には、雑貨や本などとリンクさせたり、フードを充実させ、+αその店独自の発想を展開させた個性的ないわゆるカフェ的な店の展開も目立ち、更には私達個人店はチェーン店やスタバなどの外資と共闘しながら、現SCAが根強くブランディングしていった「液体の評価基準」や「生豆生産国との流通」が確立されていく事により、SCAJの存在と共に、コーヒーの価値はロースト(焙煎方法)やドリップ(抽出方法)またはエスプレッソを使用したアレンジドリンクなどのバラエティー豊かな楽しみ方の提案が出来るようになったのも実際の所なのだろう。
そうやって2000年台に突入すると、小規模や大規模でも自家焙煎店が増え始め、手軽さ故の知識や技術も浅はかなスタンド系の店舗が増し、2010年台も過ぎるとキッチンカーやテント出店といった趣味思考の副業にも関わらず機材の充実したお店も増え始めているのは確かなのだ。
ここまでが、大宅さんが言うインディーズと表現する喫茶店やカフェのとりまく環境。
左京区に限らず『良い店』が沈んでいってしまった背景から、希望は見出していたものの、日本という国の経済や社会と共に、インディーズな店の展開は良くなり得る土台は出来つつもくすぶり、未だ開拓仕切れていない状況だと推測している。
大宅さんが思うに、カルチャーメディアからのインスパイアではない再現や同化、要するに「真似事」に近いカタチのコンセプトや店舗形態が、何の根拠も伺えずファッション的に留まり、地域ともリンクせず、経営で言う所のブランディングの無さや、それを構築する力も無い専門性の低さや知識が露呈して、オリジナルだと思っていた個性や感性では継続出来ない現実が大抵繰り返されてしまっているのが、今のコーヒー界の20~30年の現状なのだと真摯に受け止め真剣に考えている。
くすぶっている可能性をどう見出していくか、カタチにしていくかがコーヒー業界や、いちインディーズの店がどう生き抜いていくかの重要な課題で、それはもっともスタンダードな喫茶店の発展。五感で捉える『美味しい』をどう考え消費者と共有するか?を、科学・歴史・考現学等を用いて体系的に再学習する必要があり、『やり続ける』イコール『売り続ける商品と開き続ける場所』の最もシンプルな考え方を大前提に商いを考える必要があると唱えているのです。

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★商い
お店を開く以上、そこには店側とお客さんという立場が生じる。
更には、お店を作り上げるまでに関わる物件関係に内装業者、作り上げた後も食材等の専門業者や調達場所に始まり、それらを自分一人でどこまでやるか、雇用が生まれればさらに金銭の管理や計画というのが非常に重要になってくる。
歯止めの利かなない、コントロールも出来ない世の中をどう生きていくか、昨今はこんな大きな問題も突き付けられている。
日本の生活や経済は物価を含む様々な高騰を見せ、雇用の見直しを図り、大企業においては『改善』に繋がるかもしれない資本力に勝るものはない状況に陥っている。
このコーヒー業界においても、コーヒー生豆の高騰から始まり円安の二重苦が重なれば、最低賃金の上乗せで、個人店や中小企業の現実は益々厳しさを増すばかりである。
「何で大企業とも同じ賃金形態で僕達は同じ比較をされないといけないんだろうねぇ~」と大宅さんが呟くように、業種も違えば仕事内容や扱う商品価値も違う中で、雇用者側の目線にだけ立ち『時給』の基準が出来てしまうのはもどかしい。それでも表向きの経済のタメにと目をつぶったとしても、そもそもやはり経済対策の順序の相違、こういった社会と生活の相異が、我々国民が苦しみ続けている大きな課題でもあるのでしょう…。
もっとも最低賃金より下回る費用で助かるお店もあれば、報われる雇用者もいるはずで、それでお互いが存続出来るのであれば『悪い話し』ではないはず。
こういった価値感の話しは、『コーヒー1杯の値段』にも着目出来るし、私達喫茶店やカフェはいったいどういった課題や解決策を講じて継続に結びつけていくか、何よりやりがいや野望を持ち生き抜いていけるかを真面目に考えないといけないし、そこに付随するお金だけではない『富』や心の『豊かさ』そして『幸せ』と感じるヒトトキを少しでも増やすタメに何と向き合い、そして誰かと関わり人間関係を築きながら、ある意味誰と契約していくかを説いていかないといけないし、大宅さんが良く用いる「実質」や「本質」を前提や醍醐味にしてモノコトを進めていかないといけないのが、これから生き延びていく術なのかもしれない。
※このような内容においては、著書『喫茶店のディスクール』にて、さらに詳しく大宅さんの挑戦や経験に基づいた観点や思考から興味深く記されています。

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★カップ1杯
寺町三条にあった喫茶店『パチャママ』を引き継ぐ事になったのは約35年前のこと。
そこから大宅さんが喫茶店の経営に携わるきっかけが始まり、紆余曲折様々な展開を経て今に至る。
省略しすぎかもしれないけど(笑)今では『オオヤコーヒー焙煎所』『FACTORY KAFE工船』『Cafe gewa 』『白浜COFFEE STAND!』と4店舗それぞれにコンセプトを大事にしたスタイルを確立させている。
特に大宅さんの名が知れ渡るのは、パチャママを引退後に自家焙煎に目覚めたこと。
そこから今でも定期的に活動する『屋台』のコーヒー屋をきっかけに、販路が拡大し、卸し先含め様々な支持を受けながら今に至る。
焙煎という調理や、液体へ結びつける過程への研究や探究心を追求しながら、コーヒー農園やサフランシスコへ足を伸ばし、いろんな視点や様々な角度から物事を捉え思考を巡らせて自身のカタチを築き上げている。
ずっとコーヒー業界や喫茶店が嘘をつき続けてきたが故に起こる今の問題点。それでも一昔前は生きるタメに仕事をガムシャラに頑張ってきた人達がいたからこそ生まれている三流を二流くらいに感じさせれる演出や着眼点。
だけども今は、専門性も高くなってしまったが故に消費者の欲求や要求も変わり、目線も変わる事により、知識だけでは辻褄の合わなくなってしまった技術や経験値、そして生活のタメの仕事になっている社会の必死さのない変な余裕が、お客様に何も響かないジレンマ。
カップ1杯のコーヒーに結びつけるタメにも『総体的』な意識が必要で、いろんな『美味しい』や『感じる要素』があるのに、模範や一般的な正解を求めるだけに留まって幅がない面白みの無さは、ますますコーヒーだけではない、人や店の魅力まで奪い始めていて怖い…。
大宅さんはずっと、そんなジレンマも眺めながら、コーヒー豆や自身に対しても、そして何より消費者となるお客様に向けても『正直』であることを貫いているように思う。
その姿勢が、見る人には止まり、興味となり、応援にも信頼関係にも結びついているのだろうし、そんな大宅さんの月日や経験を推測すると、時代の流れも早すぎて、早く結果を求めて叶わなければ転機してしまう今の若者の感覚には、築き上げることで生まれる素晴らしきセカイと、そこに行き着くタメの辛抱や我慢も持って、喫茶業界で言えば自身の喫茶店やコーヒーに対して構築を重ねてほしいと私は願っている。
※このコーヒーを通してや、焙煎や液体に結びつけるための大宅さんの知見は著書『珈琲の建設』にて、さらに興味深い内容が記されています。

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★それぞれの
大宅さんのコーヒーは、キャンパスの上に何十にも重ねた線や色を、複雑でも最後は見る側に実質に基づいてシンプルに、分かりやすいように仕上げた『美味しい』を表現されているよにう感じるし、そのカップが置かれる空間も想定した緻密さがある。
かたや私は、もう少し立体的というか、喫茶店に広がる人間模様などのドラマや舞台上の演出の1つとして、カップ1杯に広がる『美味しい』を表現しているように思う。
更には、油まみれの町中華屋さんに入っても嫌な汚なさを感じないように、ツンケンした態度でもしっかりと接客や作業をこなしているウエイトレスには何だか興味を持ってしまったり、魅力を持つというのは綺麗だけには留まらない人の心を惹きつける『美しき』要素というものが付加価値としてあって、我々には感情があり、矛盾を一貫していく術もあるのだと思う。
コーヒーや喫茶店の事を含め、話せば話すほど問題定義や課題を示していく大宅さんとの対話には、厳しいようで愛のある自身の主張のタメではない相手に対しての本気度や心の内を探られているようで背筋も伸びる(笑)。だけどこうやってまた、何度も話しをしたくなるのは、こうみえてどこまでも優しく、コーヒーや喫茶店、さらには世の中のことを考えているからなんだと思う。
嘘偽りもなく、このコーヒー業界が夢のあるセカイになってほしいと切に願っているのは、もしかしたら大宅さんなのかもしれない。

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今年の祇園祭前祭り巡行は、河原町商店街振興組合の理事として、献酒に携わらせて頂きました。

初めての経験と、巡行全ての山鉾を間近で拝見しながらお納めする事も出来ました。

貴重な経験ありがとうございました。

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『たかが、コーヒー。されど、コーヒー。』

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喫茶店やカフェで過ごす時間というのは、お客様にとってどのような場であるべきか。
そのような事を常日頃考えたり、店内を眺めたりしていると、やはり私は主役がテーブルに置かれるコーヒーよりも、お客様が利用するヒトトキが重要だと行き着く人間。
世代や利用法が様々な空間になっているだけに、求められるものはやはり居心地となるのだろう。
だから、コーヒーというのは「傍ら」になり、また「寄り添う」ように置かれ、多種多様な使われ方の中、時折潤し、時に満たされるように麗しく存在するからこそ愛され続ける「飲み物」となり、また必要不可欠な「場所」が作り上げ続けられているのだと思う。
そして正直な所、コーヒーは『たかが』で、利用する場所で飲むタメのアイテムに過ぎない人も多い。
実際私も、ふとした止まり木利用の時は、味を求めるより腰掛けることを目的に過ごす事は多々ある。だからこそ、そこで何が出来るかが大事で、時間と場所を貸してもらえる感覚の方が強い…。
だけども、の話し。
そこに置かれた1杯のコーヒーが、ハッとさせられる「美味しい」に結びついたのなら、頭の中にタグ付けされ、日常生活の中に選択肢として増やされる『されど』の価値が充分に存在し得るのも事実なのである。

コーヒーという液体に結びつくまでには、農園から海を渡るまでにも様々な時間と人を経由して日本へと渡り、そこから更に様々な役割を経て、数多くの絶え間ない努力があってこそ成り立っている。
そして、私達の仕事となる焙煎や抽出も、あくまで店側の想いや主張の表現や演出であっても、お客様の喉を通るまでにはいろんな人の汗水がある意味詰まった1杯になっていることには変わりない。
その責任や、携わる人の経緯を考えれば、そのカップの中の液体は自然と疎かなものではないし、浅はかなものでもないのだけれど、そこにいろんな意味での重みを持たせるのであれば、最後は私達店側がその1杯にどれだけ注力をそそいでいるかも非常に大切なのだろう。
そして、そんな様々な関わりや意図が、お客様に届くのだと信じたいのである。

そういった中で、先日私は、北区にある「珈琲工房4331」さん店主の提案で、各店の自家焙煎豆を私が抽出するという勉強会みたいなものを開きました。
5店舗ほどのメンバーと、コーヒー愛好家を交え、それぞれに持ち寄られた豆を私自身が抽出。
焙煎日からの経過日数や、煎り具合、そして抽出器具を変え、プロセスや意図を考えながら、その1杯に対して、正解の無い答えをカップの中に表現し議論を繰り広げました。
店の主軸や主張となるブレンドを抽出した際は、利きコーヒーのようにその内容(種類)を当ててみたり、味わいの意味を伺ったりと、近年当たり前となってきているシングルオリジンなどのストレート豆の個性を飲み比べる事の出来る展開が多い中で、改めてブレンドコーヒーの重要性や面白みを顧みたと共に、やはり人によって、豆は同じでもコーヒーという液体の表情が変わる醍醐味も実感しました。

加えてこの会で気付かされたのは、コーヒー専門店(豆販売主体のお店)の悩み。
特に地域に寄り添い、個人店の小さなお店として商いをされている方々の苦悩は、コーヒー界全体とお客様との『認識の差』。
特にコーヒー専門店の方は、お客様が自身の手で淹れ、ご自宅で楽しまれる事が多い分、席数の少ない店内で、店としての答えをカップ1杯に示し伝える事は出来ても、その答えは基本的にお客様自身の手に委ねている分、焙煎には非常に神経を使われているということ。
その部分で言えば、今回驚きだったのが、珈琲工房4331さんの豆は焙煎日から3週間ほど経過した豆を抽出したにも関わらず、しっかりと粉の膨らみが生じ、その鮮度の衰えの少なさを意図された焙煎技術を習得されていて、ご家庭で楽しまれることへの考えが反映されているなと感心と共に関心も得ました。

それでも、まだまだ一般的にコーヒーを飲む習慣というのは広がっていても、これだけ沢山のコーヒー器具が普及していても、美味しく淹れる知識や基本的技術、そして大事な要点(コツ)みたいなものが、一般消費者の方々に認識されている数が少ないというもどかしさがあるとのこと。
だからこそ、大量生産的なコモディティ焙煎の豆ではなく、プロダクトのような、独自の色を持ち合わせている店舗の焙煎豆がもっと伝わり、自然と美味しいコーヒーに出会える巡り合わせを増やしていかないといけないようにも思うのです。
何より、大手でも個人店でも、お客様の手に渡って終わりなのではなく、お店と同じようにお客様の手によってカップに注がれる時間があるという点で言えば、もっと私達専門側も親切に、または親身に、抽出という点の大切さを伝えていく必要があるようにも感じます。
そうやって両者が、美味しいコーヒーに結びつけるタメの関係性を築いていく事で、コーヒー界全体のより良い活性化や発展に繋がり、小さな個人店にも足を向けてコーヒーを味わう意図や、そういった店でも焙煎豆を購入する価値に気付いてもらえるきっかけが増えていくようにも思うのです。

『コーヒー』という飲み物としては一緒でも、細かく言えば千差万別。また店もお客様も十人十色。
ワインのように似た業界に広がってきているコーヒーのセカイは最後、液体の保存や保管から注ぐだけなのではなく、抽出という人の手が加わり液体に繋がる点を重要視して、もっともっと、生豆にしかり、焙煎豆にしかり、知識や認識を広めて価値を積み上げていく必要があるのだと強く痛感した会にもなりました。

お店に足を運び、コーヒーやそれぞれの時間を楽しむ習慣はもう確実に根付きました。
だからこそ、その先のご自宅や家庭でコーヒーを楽しむ時間や習慣に対しても、コーヒー業界がしっかりと意味のある普及を広めるために技術を身につけていくことで、コーヒーという飲み物に対しての存在価値も責任も、ますます底上げが出来ていき、コーヒーの立ち位置がもう少し傍らではない中心になっていき、カップ1杯にも向き合う機会が増えていってくれるのかもしれません。

4月に入りまして、今年度から河原町商店街振興組合の広報委員長を仰せつかりました。

そして、早速本日からの動き出し。

“やるからには”の性格。

これから徐々にでも、少しずつになっても、商店街の魅力を地域と共に伝える活動、さらには作業や制作物を展開していけたらという所存です。

第1に自身のお店を軸に疎かにせず。

これは念頭に置いて、それでも、喫茶組合と商店街に微力でも力を注いで、少しでも京都という街にも貢献出来たらと思っています。

観光や来訪者のタメの京都ではなく、京都に住む人のタメのまちづくりが、前者にも楽しめる環境となれるように…。

漠然と、そんな想いを常々持っています。

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ーMemoryー

師走でせわしなく過ごし、睦月で和やかに歩みながら、如月は衣も薄く羽織る気候で、弥生は何となくいよいよという感じはしませんが、春が訪れようと目の前に卯月が待っています。

改めると、今年は何の制限も無い年明けで、飲食店の皆様は期待に心躍らせていた方も多いのではないでしょうか。
それでも新年と共に、悲しく無常な出来事も起こり、その気持ちをグッと堪えて足並みを揃えていた人も多いと思います。
それでも、いつまでもペースを緩めてはいられない現実は、この時期に、改めて新年度と前を向いても良いのではないかと存じます。

実際、生活は晴れやかな状況へと展開されています。
というよりは、コロナ禍を経て、今年は何よりも以前を取り戻していく、取り返していく活気で蘇っていく年月に入っていったのだと思います。

京都で言えば市長も新たに代わり、経済や政治は不安定であったとしても、社会や生活は次の時代へと活力を見出してきているようにも感じるからです。

私達に出来ることは、過ぎゆく月日に、同じような毎日を繰り返しているかのような日常に、微笑みのヒトトキや、彩りを添えるような時間を生み出し、守っていくことしか出来ないのかもしれません。
しかし、毎年春夏秋冬を感じ、学生生活や社会生活でも年度ごとのイベントを催しながらも、私達は都度そのような繰り返しを顧みて次に進んでいます。
そう振り返れば、同じようで違い、繰り返しているようで積み重ねている時間や月日の一日一日を、懸命に前に歩んでいるのだと実感できます。

私達、喫茶やカフェに飲食店の営業、そして社会生活においては出勤から退勤までの労働と共に、家庭や生活へと戻る日々。
その中で生まれるリアルやドラマが人間の心を育み、人々の成長へと導いているのであれば、一時一時に無駄な時間なんて何処にもないんだなと省みることも出来ます。

私個人の話しをすれば、家業に携わり10年の月日が過ぎました。
また、もっと遡れば、この喫茶業に勤め20年の歳月が既に過ぎております。
前職から関係が続くお客様、そして家業に携わってから構築されたお客様との間柄を考えると、喫茶店主としては幸運なことだと改めて幸せを噛みしめる事が出来ます。
そして、だからこそ感じる感謝に背筋が伸びる思いと、期待を裏切りたくない精進の想いが芽生えます。

それぞれの人生、喜怒哀楽含む様々な経験が、その人を支えているのだと思います。
時として見舞われる悲劇や無常、また一時として生まれる歓喜や幸福。
そういった両極があるからそこ人生が面白いのであれば、どんな物事も受け止める力を持ち、次へと活かしていく体験に変え、何処かで自分の足跡を振り返る時が来た時に「あぁ、あんなこともあったな」と笑える自分がいるのかもしれません。

あるゆることにスピード感があり、ありふれるように流行を探る今の時代に、当組合は改めて「続けていくこと」「継承させていくこと」の価値を強く見出していきたいと思っています。
それは、日本の伝統文化や食文化と同じように、喫茶文化にもハイカラとされる時代を彩る華やぎが今も存在するからであり、京料理のように、少し形は違えど喫茶店という存在価値こそが京都に根付いているからでもあります。
そして何よりも、そういった場で過ごしたその時は何でもなかった人生の中で考えれば一瞬だった出来事や空間が、誰かにとっては大切な思い出となり、かけがえのない経験となり、その人の心も豊かにする財産となっているのかもしれないからです。

信念とまでは言いませんが、強い芯を持つこと。
動じない、揺るぎない眼差しを保つこと。
そういったモノコトに意義を考えながら、私達はまず、この京都の喫茶やカフェ、そして飲食業としての食文化に役割を果たしていきたいと存じます。

さぁ、もうすぐ春ですね。
新年度に向けて、心機一転力を合わせながら切磋琢磨していきましょう。

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元日の災害の経緯もあり、被災地や被災者の方々への配慮も持ち合わせて、1月下旬に続けて細やかながらの「喫茶飲食生活衛生同業組合主催の3社合同新年懇親会」「河原町商店街振興組合主催の新年懇親会」に出席して参りました。

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そんな機会も多くなってきたなぁ…という今日この頃と、立場…。

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柄じゃないんやけどなぁ~(笑)

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今年も12月13日(水)14日(木)と例年通り開催された京料理展示大会に両日午前中だけですが参加をして参りました。

毎回のことながら、日本料理の魅力や素晴らしさを感じさせてもらえると共に、そんな京料理店が一堂に会するこの展示大会は贅沢だなぁとしみじみ思います。

私達喫茶組合のブースも、この展示大会により華を添えられるように、もっと力を発揮していきたいなぁと、三四郎さんと共に今後を見据えるのでした。

そろそろ来年からは、若手理事(青年部)として今まで以上の土台作りに、注力を注いでも良いのかもしれません…。

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先日の11月10日(金)は、お店を抜け出して、毎年開催されている全国喫茶飲食生活衛生同業組合連合会が主催する『第66回全喫飲連 びわ湖大津大会』に主席して参りました。

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前回は主管だった京都大会に携わり、コロナ禍の影響もあって、昨年から再び通常開催されている全国大会。
各回遠方が多く、参列する機会は少ないのですが、今回はお隣の滋賀県という事で、お店を任せて出席する事に。

式典では様々な催しが進行され、恐縮ながら今回私は“全喫飲連会長表彰”を授与されまして、益々喫茶や飲食業の繁栄と共に、理事として様々な店舗様との架け橋になれるようにと身の引き締まる思いを抱きました。

講演会では、ゲストとしてアルピニストの野口 健さんの貴重なお話しを聞けたり、びわメシ創造の学生部門の授賞式も開催されたりと盛りだくさんの内容の中、最後は全国の方々との懇親会。
今回は、特に岡山県の理事の方々とお話しする機会が多く、活気をみせる岡山の喫茶組合の方々の活力も感じれて、私自身も背中を押された感じでした。

この度は、主催となる全喫飲連様、並びに主管として開催に結びつけられた滋賀県喫茶組合の方々、そして交流させて頂きました全国の各都道府県の喫茶組合の皆様。
大変貴重なお時間を共にでき親睦を深められて光栄でございました。

この場をお借りしまして、改めてお礼申し上げます。

六曜社
奥野 薫平

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次回(来年)は、福島県です!

“京の喫茶飲食新聞コーナータイトル”

『寄り道。』

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出町柳から百万遍へと抜ける事の出来る柳通り。
何気に閑静で、緑も多く、自然に溢れているその道には、京大生や生活圏の方々の行き来が見受けられ、和やかな雰囲気が広がっていて風情もある。

昔ながらのお店もあって、ある意味以前から新旧が入り交じる活気のある町だなぁと抱いていれば、独特で特有な文化も相まっていて、実に個性的な地域だと感じられる部分もあるほどバラエティー豊かなカラーも兼ね揃えている。

そんな場所で約75年、『ゆにおん』という看板を守り続けている一人の女性喫茶店主がいる。
何を隠そう令和元年まで、当組合の理事も務められていた伊東 愛子さんは祖父の時代から続くその店を、今も和やかでアットホームながらも、きめ細やかな目を輝かせてカウンターに立つ。
当組合新聞の制作でも、娘さんの協力を得ながら、コラム記事が連載されていたほどに関係は深く恩恵も大きい。

「学生さんも多く来てくれはるけどなぁ、古くさいとか懐かしいとか、そう思われてるかもしれんけど、家庭的でいたいねん。」

そんな伊東さんの接客は、常連になればなるほど、安心感や居心地を感じるほどに、味の好みを把握してくれたり、コーヒーをあっさりめにしたり濃いめにしたりと、時間帯や状況に応じて、見えない気配りの中で、お客さんが自然と自分好みの時間を過ごせるようにと腕を振る舞う。

「綿みたいと言うかなぁ、大きなお世話思われるかもしれんけど、何かしてあげたいっていう気持ちが、関係を築いていくと思うんやぁ。」

多くのお店が、機械化やシステム化を進める中で、私達が感じる飲食店での違和感とは、もしかしたらこういう事なのかもしれない。

そう、人を介しているからこそ、そして人の手で作られているからこそ感じる「ぬくもり」の部分が、どこか人の心を開き「旨い」ではなく「美味い」の感性を刺激しているのかもしれない。
また、そういった気持ちが見受けられるからこそ、受け止める側も感情を抱き、間柄を築きたいと思う姿勢が、自然と「お店とお客」の豊かな関係性を生んでいるのだという事も実感したように思う。

高級とか、完璧とかでははいかもしれないけど、身近に感じれるからこそ、何度も足を向けてしまう原点が、この店には詰まっているように思う。

朝の光を大きな窓から浴びながら、伊東さんとお話しをしていると、すっかり昼前へとさしかかっていた。
さぁ、そろそろと腰を上げようとした時、お店の電話がなる。

「あら先生、ほなら今日はハンバーグにしときましょかぁ、やらかめに焼いたら食べはりまっしゃろぉ。」

…微笑み。
いつまでも母親のような存在というのは最強である。
そんな気持ちと優しさを抱きながら、お店を後にする帰り道。
今日もどこかのあの人が、『ゆにおん』に足を運び、第二の家として時間を過ごしているんだろうなぁという光景が頭を離れなかった。

またお邪魔しよ♪

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★番外『ユニオン』の謎。
京都市内には現在、ユニオンという名の喫茶店が3店舗存在する。
その関係性を調べていると、昭和20年頃、島津製作所が進駐軍による接収を受け始めた時に、ベーカリー&ケーキの製作を請け負っていたのが各ユニオンの先代時代。
そこから各々が喫茶店として独立の道を選ばれる時に『ユニオン』の名前を分け合ったのがルーツだと聞いた。
京都には当組合の『タナカコーヒ』など、チェーン店やフランチャイズにはない、「のれん分け」という奥深さがある点も大きな魅力なのかもしれない。

☆左から↓

・「喫茶 ゆにおん」
〒606-8202 京都府京都市左京区田中大堰町92
・「COFFEE ユニオン」
〒604-0021 京都府京都市中京区室町通二条下る蛸薬師町283
・「ユニオン 珈琲店」
〒604-0931 京都府京都市中京区榎木町69−1

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『東京喫茶店研究所二代目所長『難波 里奈』さんが繋ぐ喫茶店の未来』


大学生時代から、昭和の古着やインテリアが好きだった彼女が興味を持ったものは、その時の「流行」ではなく「昔ながら」の雑貨や家具、そしてそれらを纏う喫茶店だった。
好きなファッションに身を包み訪れる場所を想像した時に、自分の心ともリンクしてくれたのが、昔では何でもない純喫茶。
そんな彼女がワンピース姿やベレー帽を被って足を運んだお店には、居心地や安心感を得るヒトトキが連続し、彼女はまたたくまに喫茶店の虜になっていった。
以前は当たり前のように、内装や食器にも店主のこだわりが反映され、個性豊かな「場」の楽しみも含め訪れる人への刺激を与えている部分が多かった。
今や無機質やシャープさの中に「映え」を輝かせるタメにテーブルの上を彩るだけの空間とは違い、店主の人柄さえも覗えた店の数々は、彼女だけではなく多くの人達の記録のタメだけではない、記憶の中に残るコトでその価値を高めていたのだろう。
そんなお客様とお店の関係や佇まいが、現代では珍しくなっていき、人々は現状、飲食店でも感じることの出来る「肌感」や「質感」で得る心の豊かさを見逃してしまっているのかもしれません。

難波さんが自身の足で沢山のお店を開拓されていく中で、その思い出を記し残そうと始めた『純喫茶コレクション』というブログがある。
それを見た出版編集者の方から書籍化の提案がなされ、難波さんが残し続けてきた想いが単行本化されたのである。
さらには、純喫茶の魅力に迫るきっかけをもたらしてくれた「東京喫茶店研究所所長」沼田さんが、本の装丁をされる事となり、そのやり取りの中で肩書きを譲り受け「二代目所長」に就任されたのです。
今や難波さんは、数々の書籍の出版に結びつけると共に、雑貨の制作や自らが喫茶店の魅力を伝えるべくイベントを開催したりと企画のプロデュースにも携わるほど、インフルエンサー的な役割も担っている。
難波さんは日常を過ごしていく中で、予てから「好きなもの」と向き合いながら、好きで居続けるタメの距離を保って活躍の幅を広げているのです。

そしてそんな彼女は、喫茶店の素晴らしさを伝え続けながら、確実にファンを増やしながらも、独りとして発信するのではなく、フォロワーさんに対しては勝手ながらに(笑)所員と位置付け、喫茶好きの方々と同じ立ち位置で交流を図っているのです。
また、自身の活躍に囚われるのではなく、一番はお店や店主との関係性を重要視し、その店舗に少しでもお客様の足が向くようにと物語を作って、沢山の方々に何よりも「体験」をしてもらう事に重きを置いているのです。

私達自身も、やはりお店に来てもらう事で喜びを感じ、そして「また来よう」と思ってもらえる間柄を築き上げていくことが何よりも大切だと思っています。
毎日でも来て下さる常連さんには誰よりも感謝ですが、定期的や不定期ながらでも足を運んでもらえることほど嬉しいことはありません。
それは何故かと言えば、言葉を交わすことが無かったとしても、顔を合わせたり覗えたりすることで、その人の長い人生の中で考えればほんの一瞬でしかない止まり木の時間に立ち会えているからなのです。
文章を読む中で大事な句読点のように、人の歩む道にもきっと、つなぎ合わせたり立ち止まったりする休息が必要不可欠なのだと思います。
そんなヒトトキこそが、大きな喜びには結びつかなくても、振り返った時に、小さな幸せを感じることの出来る思い出やドラマに繋がっているのかもしれない。
そう思うと、私達のお店は同じような毎日に感じてしまう月日の中でさえ、欠かすことの出来ないかけがえのない「経験」を育んでいるからなのかもしれません。

新しいお店もそうですが、長く続いているお店ほど難波さんはその存在意義を共有したいと願っています。
それはお店や店主の努力だけではなく、難波さんや各々のお店を好んでくれているお客様によって存続していく価値を高めているからだと思います。
そのようなお互いの関係性が、普段何気なく街に光を灯しているだけかもしれないお店に、誰かによっては輝きを感じる光景に繋がっているからなのかもしれません。

今日も何処かのあの場所で、難波さんは席に腰掛け微笑みの時間を楽しんで居られることでしょう。
そしてその店の店主と隣り合わせになる事で、私達は見えない糸で繋がり、人々の人生が交差する空間で、お互いの糸を絡み合わせながらヒトトキを共にしているのです。

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『難波 里奈』

東京喫茶店研究所二代目所長。

時間の隙間を見つけては、ひたすら純喫茶を訪ねる日々を過ごし「昭和」の影響を色濃く残すものたちに夢中になりながら、当時の文化遺産でもある純喫茶の空間を日替わりの自分の部屋として楽しむようになり、その数は今や2000軒以上に及ぶ。
ブログ「純喫茶コレクション」から始まり、純喫茶にまつわる書籍は現在12 冊。
最新著書としては 2023 年 8 月発売『純喫茶とあまいもの 名古屋編』(誠文堂新光
社)。
純喫茶の魅力を広めるためマイペースに活動中。

※全喫飲連から2020年発行の、「喫茶店物語」vol.1の監修も務める。

★難波 里奈さん公式SNS↓
・X(旧Twitter)/https://twitter.com/retrokissa
・Instagram/https://www.instagram.com/retrokissa2017/

2023年9月13日(水)ホテルオークラ京都にて開催された『創立100周年記念式典・祝賀会』に喫茶組合の理事メンバーで参加して参りました。

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キヨピーこと谷口キヨコさん司会のもと、連合会副会長の開式のことばと会長の主賓挨拶で始まり、都倉文化庁長官や西脇京都府知事と門川京都市長も来賓として祝辞を述べられる盛大な会に身を置くことが出来て大変嬉しく思うと共に、各飲食業組合の方々とも同じ空間を共有出来たことは、京都の食文化に身を置いていることを実感できる身の引き締まる会でもありました。

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祝賀会も引き続き行われ、祝舞の披露では五花街の舞妓さんが20名集まるという貴重な演舞もあり、華やかな一時と共に歓談の時間が続きました。

なかなかこういった節目の会に参列出来る機会も少ないとは思いますので、貴重な経験が出来て光栄でございます。

喫茶組合としても、京都の食文化の一部として、これからも日々、組合員の皆様や飲食業全体の架け橋となれるよう精進して参りたいと思いますので、宜しくお願い申し上げます。

残暑厳しい夏が今も続いておりますが、8月23日(火)には、京都府喫茶飲食生活衛生同業組合の納涼会が開催されました。

組合会員でもある『FORTUNE GARDEN KYOTO』さんを会場に、今回も賛助商社会様や珈琲商工組合様との交流を図りながら、意見交換や社会や経済の情勢などの確認をし、今後もさらなる関係性を豊かにしていくべく時間を過ごす事が出来ました。

コロナウィルス感染症の5類移行から、次のステップや、さらなるステージへと時代は進みだしたのだと思います。

個人店や企業が、これからも親密に切磋琢磨出来る関係を維持できるように、また喫茶飲食業の未来のために、当組合としても今後より良い活動が出来るようにと精進していく所存であります。

どうぞこれからも何卒宜しくお願い申し上げます。

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アサヒグループホールディングスが、外食産業からの撤退を発表し、その影響で六曜社の通り向かいにあり、長年親しまれ続けている『アサヒビアレストラン スーパードライ京都』が8月末をもって閉店する事が決定しています。

「スーパードライ 京都」は、昭和14年に開店した「アサヒビアホール」を昭和36年に店舗改装、平成元年に現店名に改称しオープンした、京都で最も歴史のあるビアレストランです。

六曜社の常連さんでも、昼のみや夜の会やらの後に、顔を赤らめてウチを利用して下さるお客様もいらっしゃったので、そんなハシゴがお見受け出来なくなるのかと思うと少し寂しさを感じていましたが、運営としては別の親会社が名称を変え(内容は分かりませんが)業態もそのままに営業を続けるそうなので、何となく安心はしております。

とは言っても、長年愛された“ビアホール”としては終幕という事で、河原町の理事委員の皆さんで、会場を使っての理事会ならぬ意見交換会と題しての交流を図り、お世話になったアサヒさんでの最後の時間を過ごさせてもらいました。

店舗は残れど、オーナーなどの顔触れが変われば、なぜかお客様も雰囲気も変わるのが飲食店の不思議。
出来れば、今までもこれからものお客様で続く、街の酒場として存在し続けてもらえたら嬉しいです。

今後に乞うご期待。

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『ENJOY COFFEE TIME』が京都の喫茶&カフェとお客様を繋げ、和を広げ続けている。

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2016年5月、元・誠小学校跡地の施設(現:立誠ガーデンヒューリック京都)の職員室を利用して、そのイベントは初声をあげた。

1日限りで、コーヒー店8店舗、フードや物販にワークショップを加えた3店舗による計11店舗が集まり始まった「ENJOY COFFEE TIME」(以下ECTと表記)は7年の月日を数え、次回開催で19回目(番外&特別企画を除く)を迎える。

飲み比べが出来るお得なチケットや、或いはお目当ての店舗のコーヒーを堪能するなど利用方法は幅広く、最近ではフードを取り揃える店舗も常に参加しバリエーション豊かに一日中楽しめるイベントと化し、今では出店する店舗の顔触れが毎回変化するほどに参加店の数は増え続け、京都・喫茶&カフェのモンスターイベントとして存在している。

京都の「まち」には喫茶文化というものが根付き、この小さな都市に沢山の大学がある事からも、コーヒーを介し、また傍らに過ごす時間が老若男女問わずに繰り広げられてきているように感じれれば、それが一つの社会勉強やリアルな人間模様に触れる機会を築いているように思う。
また「おもてなし」の意識が、昔から商談や打ち合わせなどのミーティングだけに留まらず、仲間や友人達との会話や議論のタメに対面で話すことの場所として、わざわざ喫茶やカフェを利用する習慣もあるのだと思う。
中でも特別に思えるのは、うどんそば屋ではないコーヒー屋さんが、出前をしている姿が、少なからず以前は当たり前のように目立っていて、これは招き入れた方々への心遣いとして、良いモノを提供したいという茶道に通ずるような配慮だったようにも思うのです。

それほどに、生活の中に「コーヒー」という飲み物が浸透している京都において、このイベントがもたらした成果というのは『コーヒー文化の再構築』だったのではないでしょうか。

当初は、京都の喫茶&カフェを巡るツアーガイドも数々担当する京都コーヒー界のドン牧野氏(現:COFFEE BASE Co.Ltd)と、イベントプランナーである鈴木氏(現:株式会社SEASONS)が中心となって協賛企業とも連携していたイベントは、現在ECTの実行委員会が立ち上がるほどに成長を遂げ、主催や運営を行いながら、京都の話題スポットを利用して定期的に開催され、常に注目を集め続けています。

数々の場所で行われてきた『ECT』は、常に京都の喫茶やカフェ同士の繋がりを広げながら、また何よりもお客様がコーヒーを楽しみ、お店の人や参加者同士との会話も楽しみながらコーヒーを介している。
その光景は、まさに京都の喫茶文化がもたらす醍醐味であり、新時代に入った近年にも絶やしてはいけないだろうECTが掲げる『コーヒーをテーマに人やお店が繋がり文化として地域に根ざすイベント』として、私達が忘れてはいけない「何か」をコーヒーという飲み物を通して教えてくれているのだと思う。

そして、その先にそれぞれのお店が自らの地でお客様を出迎え、互いの時間を大切に過ごしていくのです。

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★次回開催情報
「ENJOY COFFEE TIME vol.19」
月日:9月9日(土)&10日(日)
時間:10:00~17:00
場所:京都駅ビル 駅前広場(ホテルグランヴィア京都前)
☆初開催会場となります/雨天決行,荒天中止

出店店舗:各日コーヒー10店舗/パン3店舗(予定)

★詳細↓
https://www.instagram.com/enjoy_coffee_time/
https://m.facebook.com/enjoycofeetime

※念のため↓
6448 COFFEE + ESSENCEは今回は出店致しません。
ENJOY COFFEE TIMEの情報となります。

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SINGER SONG WRITER
改め
MASTER COFFEE ROASTER

歌い手が曲を奏でるには、歌詞・音楽・歌唱と制作し楽曲を披露する中で、それぞれの専門が担当し作り上げていく場合と、全てを一貫する方々がいる。
それと同じように、コーヒー業界にもそれぞれの分野を担当し、お客様に届けるまでの流れの中で、焙煎・抽出・提供を一貫しシンガーソングライターのように全ての役割を担いながら、自身とお客様への想いを伝える手段を大事にしている人達がいる。
喫茶やカフェで過ごす場が、コーヒーが中心というよりも、コーヒーを介し、どのような時間を過ごすかが主軸になることが多い中で、お客様にはその一杯が“たかが”で良い時と“されど”と捉える時があるのは確かなのだろう。
それでもここ10年ほどで、品種や土壌など農家さんの意識や品質の向上を含め、その市場はクオリティを求める傾向にあり、農作物としてコーヒーチェリーが改めて果実として着目されれば、その実であるカスカラからコーヒーシロップが作られるようになり、さらには一般的だった三大精製方法から、新たにハニープロセス(スマトラ式)が注目されたり、アナエロビッグ(発酵)が工程化され、独特なフレーバーを生豆自体に浸透させる製法まで生まれてきています。
カップに注がれる液体になるタメに、生産者の思いや意図が幅を広げ出し、またそれらを口にするお客様の驚きや笑顔のタメに改良を重ねる海の向こう側の働き。
作者となる私達はやはり、そのプロセスも大事に、同じ空の下で関わる者として、生産者と自身の想いを反映させていくべき繋がりが生まれ始めているのかもしれません。
焙煎という作業を調理として考え、抽出という作法を盛り付けとして位置付けカップの中に至り、カウンターに立つ役目を演出と捉える。
これからコーヒー業界というのは、誰が生産し、誰が焙煎をして、誰が抽出しているのかという部分に着目される時代が来るのかもしれない…。
そしてそのコーヒーを何処で飲むのか、誰と飲むのかもにも価値が生まれ、その液体がより意味を成していけば素晴らしいことなのかもしれません。
私も最近は、他のお店の方々と焙煎や抽出について、またお店という存在について、いろいろな方々と意見交換や技術向上などの談義に花を咲かせる時間も増えて参りました。
カップに注がれ漂う香り、そしてそれを口に含んで広がる味わいのハーモニー。
それらを感じることによって息つき抱くBGMのような心地良さや、安心感に高揚感はまさに『飲む音楽』と賞するほど私は大切に思っています。
コーヒーというカテゴリーでは同じでも、喫茶やカフェというジャンル、そして誰が焙煎し、誰が淹れたかだけでも同じと感じる事の少ない魅惑の液体。
その正解のない終わりのない方程式を解きながら、自分自身との答え合わせを、これからも重ねていくのでしょう。

“京の喫茶飲食新聞コーナータイトル”

『寄り道。』

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近年、情報ツールがデジタル化やグローバル化している中でも、アナログとして根強く熱を帯びているものがある。
それが特定の趣味や思考を凝らして自らの手で作り上げる「Zine」という媒体だ。

特定の愛好家が自費出版を経て「同人誌」という形でその価値を高めている冊子もあるのだが、Zineは比較的そのハードルを下げ、様々な人が目にする事の出来るフリーペーパーやフリー雑誌といった形で、ひっそりと今日も何処かの場所に置かれている。

中にはしっかりと自ら費用をかけて販売されているものもあるのだが、その大半は“好きなモノコト”を題材にして、作り手側が楽しみを持って一つの作品に仕上げているものが多く、何よりもその手作り感が魅力的だ。
手書きであったり、オリジナルのイラストを加えたりと、どこの誰に手に取ってもらえるのか、はたまた届いていくのかも分からない未知の領域に希望を持つように、その内容もまた本当に読んでもらえるのかも分からない…。

もしかしたら、ただの紙切れや即ゴミ箱行きになってしまうかもしれない“主張”と共に、Zineには尊さと儚さが付随するのだ。

いろんなお店の情報コーナーやフライヤーなどの横に、ちょこんと一緒に置いてあるだけかもしれないそんな存在にこそ、道端にひっそりと、そして力強く生えるタンポポの綿毛のように、今日も自らの意思と、吹く風によってはセカイを広げていく力を持っているのかもしれません。

皆さんの日常の生活の中で、少し視点や視野を変えてみて、普段なら見逃してしまうそんなモノコトに着目してみては如何でしょうか?

★京都府喫茶飲食生活衛生同業組合
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★河原町商店街振興組合
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先日、日頃お世話になっている組合の通常総会及び懇親会へ各日出向いて参りました。

加えて、両組合とも役員改選の時期となり↓

・喫茶組合では専務理事補佐
・商店街では理事役員

以上に就任することが決まりました…。

身の引き締まる思いで…、頑張ります(笑)

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止まったかのような時間がまた時を刻みだした。
そう思わせるような日本、そして京都の春は今年ようやく華やいだように思う。
ここ数年の我慢や辛抱が嘘だったかのように、人々の心は「動」へと進み出したのだろう。
いや、むしろそんな月日があったからこその人々の笑顔はとても輝いているように思う。
行楽シーズンが終えても、邦人客の到来は陰らず街を賑やかにしてくれているようにも思うし、この動向が良いのか悪いのかは現時点でどのように結び付くのかは分からない。
だけどここからのコロナの分類の移行も含め、私達はまた本当の日常や活気を取り戻すべく、経験を得ての新しい時代へ突入していくのであろう。

そして、そんなこれからの日々に喫茶やカフェの可能性に想いを馳せながら継承と発展を導き出していきたいものである。

なぜなら日本のコーヒー文化は世界をも魅了するからだ。

様々なコンテストでも、エンターテイメントや技術を兼ね揃え毎年上位に名を連ねる日本人は多く、また最近の話題といえば、日本の喫茶店にも感銘を受けながら創業したブルーボトルコーヒーのジェームス・フリーマンが、その約20年の集大成として最高峰のコーヒー体験と称したフルコースを楽しめる提案を、日本文化の象徴としたこの京都に第一号店として「Blue Bottle Studio - Kyoto -」をオープンさせたのだから…。

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時を同じくして、モデルとして東京に来てから十数年、オーストラリア・メルボルンから来たヴォーン氏は、そのコーヒーという魔法のような液体に魅了され、さらには日本の喫茶店と出会う事でその文化をも愛してやまないコーヒー愛好家へとなっていった。
全国の喫茶店に足を向け、またそれと同時にコーヒーを介した企画やイベントに参加もすれば、自らが主催をも行い人々にコーヒーの楽しさを伝え続けている。

そしてそんな彼が、英語講師として携わっていた「川辺株式会社」と4年前にプロジェクトを立ち上げタッグを組んだのだ。
川辺さんは今年で創業100年を迎えるハンカチやスカーフなどの布帛製品を主に、様々なこだわりの生活必需品を製造・販売されている歴史ある企業で、常に私達に陰ながらでも大きく寄り添ってくれている。
それは同じく喫茶店やカフェのように、無くてはならないものではないかもしれないけど、必要とされ、時には贈り物のように特別になるかもしれない大切なヒトトキを演出や提供もしてくれる切っても切り離せない存在として一致する。

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そんなアイテムの第一弾のお店としてお声掛け頂いた私は、ヴォーン氏の話しを聞きながら、共感と共に何よりもその輝かしい眼差しと溢れんばかりの微笑みの表情に、日用品を通して繋がる新しい提案に胸を躍らせ期待を寄せたのである。

そこから2021年春ファーストシーズンは「六曜社珈琲店」「KOFFEE MAMEYA」セカンドシーズンは「BLUE BOTTLE COFFEE」「茶亭 羽當」そしてサードシーズンとなる今年4月には、東京四谷の「喫茶ロン」のアイテムが展開され、来たる6月には京都「小川珈琲」の堺町錦店と下北沢店イメージのラインナップが登場するのです。

大小を問わず、ヴォーン氏が自ら足を運び続ける店舗をチョイスし、川辺さんを通して様々なデザイナーと共にバリエーション豊かなアイテムを作り上げるこのプロジェクトは、ヴォーンがこよなく愛するコーヒー屋達のように、皆さんの手にも大事にされながら使われ続けていくのでしょう。

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★COFFEE TIME WITH VAUGHAN 公式HP
https://www.coffee-twv.com/

★ヴォーン氏HP
https://www.vaughan.tokyo/

★川辺株式会社HP
https://www.kawabe.co.jp/



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『ヴォーン・アリソン』
オーストラリア・メルボルン出身。東京に住んで10年以上。
日本のコーヒーカルチャーを世界に発信するライター、インフルエンサー。モデル、音楽プロモーター、イベント企画、コンサルタント等、100の顔を持つ。

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『川辺株式会社』
弊社は1923年創業以来、永年にわたり服飾雑貨業界においてハンカチーフ、スカーフ、マフラー等の製造販売などを行ってまいりました。
現在は時代に即応しながら業容を拡大、発展を遂げ、香水、タオルや雑貨までアイテムの領域を広げ、いつの時代も常に視点を消費者に向けた顧客第一主義を経営の根幹とした革新的な発想を持ち続けております。
おかげさまで今年の2023年2月100周年を迎えました。
これまでも、これからも「ありがとう」を大切にしていきます。

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新年度より、ホームページが新しくなりました。

皆様と繋がる毎月発行の「京の喫茶飲食新聞」など、情報に限らず様々な物事でお手伝いや貢献が出来るように、これまで以上の支援と活動を目指し喫茶飲食業の方々にも寄り添える組合でありたいと思います。

そしてまた、京都の喫茶・カフェに飲食の絆が深まり、切磋琢磨も出来る良きライバルでありながら仲間にもなる関係性を築き上げ、京都の町が華やいでいく文化を私達の業種からも盛り上げていきましょう。

組合の取り組みや加入など気になる方はまずはチェック、そしてお気軽にお問合せ下さいませ。

★新ホームページ↓
https://kyoto-kissainshoku.com/

☆旧ホームページ↓
http://kyoto-kissa.org/smarts/index/1/
※こちらは近日閉鎖致しますので、現在新ホームページが公式となります。

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★京都の町はコーヒー沼?

近年は、様々な展開や発展が覗えるコーヒー業界。
約20年ほど前だったか、コーヒーマイスターという資格も登場してからは、エスプレッソマシーンやサイフォン、そして長年親しまれているドリップのセカイなど、それぞれの分野でコンテストが開かれるようにもなっていった。

そこから家庭での普及も増え、コーヒー豆に限らず、抽出器具などの楽しみ方にも、以前とは比べものにならないくらいの選択肢を増やし続けている。

まさに産業としても、コーヒーの存在価値や意義はより高まりを見せ、農園といった生産者から流通、そして焙煎といった各専門分野も広がりを見せ続け、分かりやすく言えば、まさにワインのような位置づけで親しまれ、身近にもなり、また逆に専門性も高まってきたようにも思います。

それでもまだまだ知識としては、一般の方々や職として扱っている私達でも追いつく事が難しくもなっているコーヒーという飲み物。
以前から話しているように、あくまでもコーヒーは傍らに置いて過ごす場所や過ごし方を考える事が出来るのも魅力であるという存在でありながら、その一杯に情熱を捧ぐ抽出にこだわりを持つ人、またその前提にある焙煎に自らの技術を反映していく人など、職人と言えるような思考を用いて向き合う人も多くなってきています。

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実はその“こだわり”の部分を京都の喫茶・カフェの町で楽しめるイベントというのが定期的に行われているのをご存知でしょうか?

『COFFEE HOLIC』

その名の通り、ある人にはいろんな意味で中毒性のあるその飲み物を、より体験していこうではないかというイベント。

どの豆で誰が淹れて、どこで誰とどの時間に飲んでも、シチュエーションを含めて“コーヒー”と言えど同じが無い魅惑的な存在。

そこで、参加店が同じ生豆を用いる事を前提に、焙煎から抽出までをそれぞれの思考と技術を反映させ、同様の豆でもこれだけの違いや表現方法があるのだと知ってもらうきっかけ作りと共に、まさにコーヒー好きの方には知識と共にたまらなく贅沢な体験が出来る一ヶ月間が続くのです。

今年は2月に開催され、約一ヶ月間テーマとなるコーヒーがメニューに加わり、各店舗で“その一杯”を楽しみながら、スタンプラリーを達成すれば(全店コンプリート)特典ももらえる。
当組合からも「京都珈道」「Okaffe kyoto」「六曜社珈琲店」も参加していて、運営を「NuCUP COFFEE」「ブルームコーヒー」と個人の方3名を主軸に活動されています。
さらには、今回初めて「京セラ美術館」を会場にして、一日イベントも開催され、その日は参加店が一堂に会して全てのコーヒーを、その日にその場で飲み比べ出来る一日となり、結果予想を上回る来場者数は会場を埋め尽くすほどとなり、改めて京都という町が、コーヒー消費量全国一位として君臨している事実を実感出来たと共に、お客様にとっても発見と驚きの声が飛び交う、双方にとても素晴らしいイベントとなったのではないでしょうか?

これからも、京都の町の喫茶やカフェは、誰かの時間に寄り添いながら、それでもその飲み物がクオリティの高いレベルで皆様のテーブルに運ばれ、そして息つく一杯となるように、これからも町全体で繋がりやコミュニティを広げていき、良い意味のライバルとして切磋琢磨すると同時に協力しあえるように、当組合が京都の町のコーヒー文化を紡いでいければ、それほど嬉しい事はありません。

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☆喫茶組合の月刊新聞の新連載スタートしました。

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喫茶とカフェ、はたまたマスターとバリスタのように、コーヒーの世界では何処かジャンル分けされた表現が広がっている。
同じ珈琲を主軸に置く店や立場として、実際それらはどのような役割を果たしているのかを、岡田さんとの対談から探ってみた。

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★コーヒー屋として
小川珈琲時代に数々の競技会に出場し、チャンピオンという輝かしい経歴もある岡田さんは、2016年に独立し「Okaffe kyoto」をオープンされた。
そこは以外にも喫茶店跡をリニューアルした店舗で、その後はスウィーツやロースタリーなどの展開も見せている。
カフェやバリスタという印象を持っていた岡田さんに、そのジャンル分けについて伺うと「いや、僕も喫茶店が好きだから」と、志しやルーツは以外にも『古き良き時代』にある事が確認出来た。
実際Okaffeがある場所は岡田さんの地元、また新たに展開したロースタリーも同級生が営んでいた材木店をリノベーションしたお店で、かなり地域を意識されている。
また、メニューも今までの繋がりを大切に、京都ブランドから考案したり、地域を大事にと近隣から食材を調達したりしている。

そもそも喫茶とカフェというジャンル分けは『訪れる人達』のカテゴリーの区別にしか過ぎないと私も思っている。

時代の流れから海外の文化や思考が入り込んで来て「バール」というものが根付き出してから、お酒を出す店も増えて、喫茶店からカフェーというジャンルが大塔し、近年ではセルフ式やスタンドという形と共に最先端を駆使するファッション的な感覚でお店が展開されている事も多く、それは時代に準えるなら『ハイカラ』だった表現が言葉や形を変え、今の時代にも繰り返され発展しているにしか過ぎず、店主の想いというのはコーヒーを介して『時間』や『空間』を作り出していくものとして岡田さんと共に意識確認ができ、またそのテーブルに置かれる一杯としては『こだわり』を持つべきではあるという共通認識を計ることが出来たと共に、私達はコーヒー屋さんであるという感覚なのである。

要するに、私達はコーヒーをメインにお客様とを繋ぎ、そのお客様に抱いてもらう満足に結び付ける術を、それぞれのカタチで持ち合わせているだけなのではないでしょうか。

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★その役割
それぞれのお店でお客様が過ごされる時間の中で、場所や空間と共にそのテーブルのヒトトキというのは実に自由である。
『どのように過ごすか』も付随してくるコーヒー屋のセカイは実に不確定要素も多い。
またお店の様々なスタイルやお客様の価値観も入り混じり、世代も関係ないそのハコの中を流れる雰囲気に彩りを添えることは実に難しいものでもある。
特にカウンターのあるお店、またカウンターに立つ司令塔の役割は実に重要なのである。
岡田さんは「失礼かもしれないけど、僕はお客様ではあるけれど、関係性は友達と位置付けている」といった旨の話しをしてくれた。
現に私は何処かお客様との関係性は商いをする上で大事な立場関係はあるものと思っていて、1つ1つのテーブルに目を向け、一席一席に寄り添うイメージで日々を過ごし、お客様の人生の中で考えればほんの一瞬かもしれない時間を預かっている感覚で少々重い…(笑)
しかし岡田さんは、最終的には皆が笑顔になっているお店を意識していると言う。
その言葉を裏付けるように、店内には大きな窓から光が差し込み、お店の人もお客さんも笑顔で溢れていて実に明るい印象を受け元気をもらえる。
三者三様、十人十色、それは生きていく中でも様々に広がるものではあるけれど、それらを1つのお店でまとめ上げ、1つの場所で共有する中では、やはり店側の想いというものが、お客さんの心を惹き付け魅力となり、また揺さぶるものであるというのが確かなのだと感じた。
やはりお店のカラーを用いるというのは特に重要な事なのだと思う。
そしてそのスタイルを、お客さんが日々何処かのタイミングで『行きたいな』と思ってもらえるような責任も兼ね揃えておかねばならないのだろう。

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★その一杯
少し話しを拡大して、この業界についてになるのですが、近年の競技会や展覧会というのは実にバラエティー豊かな内容が繰り広げられているのを御存知でしょうか?
また、バリスタやロースターといった、それぞれの作業工程を専門職として捉え、各々の知識や技術を磨いて職人のように携わる傾向が増えているようにも思います。
中にはマスターと位置付くような、個人店として全てをまかなう役割を担う人もいますが、生産者レベルでも、生産国の地域活性化や農園の農作物としての向上に加え、かなり特異性も兼ね揃えた生豆が増えてきた傾向もあります。

私は兼々、そのような様々な発展が消費者というお客様に戸惑いや複雑さを生じさせ、コーヒーが身近な感覚ではなくなるのではないかという懸念を持っていました。
すると岡田さんは「薫平ちゃん、だけど美味しいやん!」と一言。
経緯やプロセスといった方程式のようなものを用いる事も必要だと感じている僕には単純にハッとさせられた瞬間でした。
そして何よりも最終的にはお客様に届ける自身の回答なるものの提供が、コーヒーという液体に結びつき、その答えをお客様が美味しいと思ってもらえたら良いという実にシンプルなもので、私は少々複雑に考え過ぎていたのかもしれないことに気付かされました。
勿論、そこまでの過程や工程を浅はかにくみ取っている発言ではなく、プロとして自然にカップ一杯のコーヒーを『美味しい』ものに繋げる技術や経験が重要なだけであって、そこにお客様との答え合わせが生まれれば良いだけなのです。
ただ、補足するのであれば、専門職となりつつあるその1つ1つの作業『焙煎→抽出→提供』という流れを全て一貫して行える能力を兼ね揃えた方が幅も深みを加わり、お店の継続という意味では大きな厚みと強みを持てることは確かだということを岡田さんと共感する事が出来たのは嬉しかったです。

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★二人の思うエンターテイメント
今回の対談で、岡田さんと改めて共通して捉えているモノコトがありました。
それはお店を舞台と表現し、演出しているという点です。
その役割は監督でもあり、演出家や演者でもあるのですが、少し視点が違うとすれば、岡田さんはカウンターの中を舞台とし、客席を観覧席のように招いて一堂を歓喜させる観点で、まさにエンターテイナーなのである。
私はというと、お店自体を舞台と考え、お客様と同じ立ち位置で、その時々に全ての人が主役になり得る可能性があり、また脇役にもなる総合演出として、その時を彩るアーティスト的な感覚でお店を営んでいると感じた。
そして、そうやって過ごすお店の中でのそれぞれの『おもてなし』はホスピタリティーではなくエンターテイメントから準えている点が、角度は違えど同じ舞台として立っている事が覗えてとても感慨深かったです。

今回の対談を通して、同業の皆様やお客様でも、様々なお店の沢山の演目から選択肢を持ってもらえたらと思うと共に、京都のコーヒー界や全国のコーヒー業界が、ますます面白くなっていくことを願うばかりでした。

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─24h─

「今日出来る事は明日へ延ばすな」
「今日出来る事は明日にでも出来る」

そんな言葉がある中で、あなたはどちらの感覚の持ち主でしょうか?

勿論どちらかでないといけない訳ではなく、何事にもバランスを取って、その時の自分に向き合える事が何よりも重要かとは思うのですが、私はどちらかと言うと前者の考えの持ち主です。
さらには何処かしら無理をしてしまうクセがあり、持ち越す事があるならばやりきりたい。その時間を費やす時は、1日は24時間あるのだからと睡眠時間を削ってでも作業含め、自分の心や頭の中を整理しクリアにしておきたいと思ってしまう性格です。
それでもそれは少し昔の話し、今は年齢や立場的なものも加わり、自分自身に課すことも無理をしすぎてはいけないという経験値は持ち合わせてきましたし、長い目で見る観点も必要不可欠であるという余裕は持ち合わせないと、体が資本であることは間違いないのですから、一日の使い方というのは非常に大切なのだと思っています。
ただやはり、どちらかに寄りすぎた観点になりすぎると、得るものも得られず、何処かしら何かしらで大崩れしてしまう事があるのは確かな事実なのではないでしょうか…。

少しワンダーランド的な話しをするのであれば「時間は作られたもの」であるという事です。

本当は流れていない数字の羅列は、確認と共有を計るものであり、物差し的な役割を果たす意味はありますが、根本「時」というのは流れてはいないのです。
一分一秒、月日、年月、そんな積み重ねは、その人や誰かの一生分の数が1回として全て。
太陽が昇り沈むを繰り返し、地球や宇宙が回っているだけで、何かが進んでいるというのであれば、それは時間ではなく、人間や世の中が歩んでいっている「行く末」だけなのだと思います。
そしてそれが紛れもなく事実で、ワンダーランドではない現実世界が時代と文化なのです。
そう思えばほら、作られた時間の使い方なんて自由だとは思いませんか?

こと私が生きてきた世の中の、バブルが弾けた日本の社会や生活は、何処かしら何かに抑えられ、何かに追われているような時代になってしまったように思います。
飲食店のセカイで言えば、資本力や外資が大塔し、チェーン店というカテゴリーが増え、機械的機能で利便性を図れば「早い・安い・旨い」が食の時間の価値と、何より店と客の立場を変えた。
セルフ式という簡素化は、サービスとコミュニケーションの意味を履き違えだし、金銭を使わない決済も触れ合う事の重要性を忘れ出している。
それは外食産業の活用が、店や雇用としても、お客の使い方としても、世の中の流れとして利用にしか過ぎなくなってしまったからではないでしょうか。

ほらぁ昔はあったでしょ…
「もう今日は気にせず一杯飲んでいき~な~」や「ごめん、今日はツケといて~」のような、今で言う子供食堂的な善意と関係性。
「これ差し上げますので使って下さい!」や「これお貸ししますのでご活用下さい!」という業者間との関わりも、サンプルやリースでさえ損して得取る感覚で、お互いの価値を高め合い結び付いていたように思う。
待ち合わせや打ち合わせ、会議や談義でさえ、昔はコーヒーを傍らに過ごす場所で介すことが当たり前だった…。
何処かのタイミングで、人が誰かのタメではなく、自分や個のタメの比重にバランスを変えてしまった場面が増えてしまったように思います。

ここ数年で省かれてしまった飲食や外食という産業。
これはコロナ禍という現実を経て、全ての人が決して免れることの出来ない感覚を新たに生み出したとは思います。
そして物価や原料の高騰にあらゆる賃金の課題。これは、現状円安といった世界基準の問題にさえ直面する社会や経済の情勢の中でも受け止めて生活を共にしていかないといけない訳ですが、ピンチはチャンスという言葉もあるように、高い壁が今立ちはだかっているのであれば、その壁が何かを阻み防止しているだけではなく、昇り越えることや崩していく活力や勇気を与えるものと捉え、今改めて力を発揮する時期が来たのかもしれません。

ここ数年で感じた同じ空間や場所で共にする肌感や質感の重要性や心地好さ。
そして距離感という直接の触れ合いの中で生まれるあらゆる価値やあたたかみ。
離れる事で、奪われる事で感じる当たり前だったことの有難味や幸せは、今人々の心に再認識されたのではないでしょうか?

きっと我々飲食業や外食産業の必要性は、生活の中でも切っても切り離せない価値や関係があったことと思います。
そして、作られた時間も大事という中で、誰かの句読点に喜びや満足に結びつく一時や場所はお腹だけではなく心も満たしていたはず。

さぁここから、そして今こそ存在価値と意義を高めていこう!
飲食の未来はきっと明るいぞ!!

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本日2023年1月30日(月)京都東急ホテルにて、令和5年最初の京都喫茶飲食生活衛生同業組合の理事会が開催されました。
また、合わせて3年ぶりとなる京都賛助商社会様と京都コーヒー商工組合様との新年合同懇親会も行われ、初陣から意思表明や意見交換など親睦がより深まる良いスタートが切れたように思います。

私個人的にも、より良い活動に向けて、責任を持って今年も取り組んで参りたいと思いますので、皆様どうか宜しくお願い申し上げます。

いよいよ、季節性のウィルスとしてのコロナ明けの世の中が見えてきたのだと思います。

喫茶やカフェ、そして飲食のセカイが晴れやかになることを願うばかりです。

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12月13日(火)&14日(水)に京都府の生活衛生同業組合の関連活動として、我ら喫茶飲食組合も、京都料理組合主催の『京都料理展示大会』の一角にブースを構えサポートして参りました。

三年ぶりになるのかな?みやこめっせでの開催。
未だコロナ対策を講じた企画内容とはなり、以前の例年通りといった華やいだ規模感ではありませんでしたが、沢山の方々が訪れる姿は、様々な事を思う一面もありました。

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京料理や和食としての伝統や、技術継承、時代形成、そして何より100年や200年の歴史を重ねて語られる老舗の志しと日本料理の食文化には、喫茶業もやはり学ぶべき点があるのだと感じます。

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そして、京都という枠組みは特に、そして日本の喫茶、はたまたカフェという珈琲文化も、茶道と共に受け継がれる“和”のセカイに対してはまだまだ浅い未熟な価値観や時代の構築と捉え、存在意義を求めて後継していかねばならないんだなぁと感じる体験を、久々に足を運ぶイベントを通して感じるのでした。

コーヒー道なるものが語られる時代を作るには、まだまだ喫茶・カフェの文化は発展途上なのだと思います。

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紅く色づいた木々達は、寒さと共に厚手のコートを身に纏う私達とは違い、装いを剥がすような姿へと変わりゆく。
陽の沈みも早くなり、夜に灯されるネオンの光は一層輝きを増し、放つ時間を延ばしながら、私達の心も何だか照らしてくれるような気もするのです。

「足早に家路を急ぐよりも、ちょっとだけ寄り道して暖まろう…」と。

そして、そんな光の中に迷い込んでいくのである。

『京都は街自体が一軒の巨大なカフェのようだ』
『京都は喫茶・カフェのテーマパークである』

と、謳う人がいるように、そんな地に身を置く私達には、いつもどこかでコーヒーを傍らに過ごせる場所が近くに存在してくれている。
そして、そんな「千差万別」「多種多様」なアトラクションを選択出来る贅沢さは、他の地方には珍しい文化になっているのではないでしょうか。

そしてそれは、人々が眠りにつき、静まりかえる時間でさえ続いているのである。

日を跨ぐ午前0時を過ぎてもなお、注がれる黒い液体は、もはや輝くように美しい。

眠りたくない訳ではないけれど、眠りにつく前に、何だか頭の中を整理したくて、心の中をリセットしたくて、誰かと話しをして何かを整えたくて、時に白い紙にペンを走らせ、また時に本のセカイのページをめくり、自分の気持ちや考えに向き合う事で、日付が変わってまで短くなっても構わない良い夢を見るタメの現実の時間を削ぎ落としながら、明けない夜はない朝に繫がる無駄かもしれないヒトトキに意味を問い、価値を持たせる時間を過ごせる場所が、京都にはいくつか存在しているのです。

そんなお店の輝やきは、暗い街並みの一筋の光でしかないかもしれないけど、百万ドルの夜景とされる綺麗さよりも眩しく、またそんなお店の店主の眼差しこそが、優しく、感謝を覚えるほどに力強く支えてくれているのかもしれない。

そして最後、温まった体が身震いするほどに寒い扉の向こうを開ける背中に、語りかけるような「おやすみなさい」の一声があるだけで、家に着くまでの体温を暖めてくれるのである。

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『出張的感覚』

漫才師 大木こだまひびきは舞台に登場すると共にこんな事を呟きお客さんの笑いを誘う。

「わざわざ来てくれんでもいいのに~…、来んでも何やったらこちらから行きましたのに~…。」

そんな掛け合いが、最近になって感慨深く思った事がある。

店舗を持ち、お店を開業するという事は、お客様を迎え入れるカタチだ。
そしてそれはお店を持った時点で、そこからは全ての人達がお客様になる可能性を秘めている。
もっと言えば、僕の観点からすればお店を構えるということは、その土地その地域に根付いていくべき共存も必要だと思っている。
そんなセカイに一見さんや観光客という距離感の人々が、そこにある日常に入り込むことが出来れば何よりの楽しみになるのでは?と…。

飲食店ならば、近隣で食材を調達したり、消耗品でも購入したり、横の繋がりを広げていく事で、お互いや地域の利用が活性化するのであれば、何よりも心強い関係性も生まれるもので、そんな点(店)と点(店)が繫がっていく流れが、さらに町として循環し、いずれは線や和になるようにも感じています。

それでも地方によってはその循環が難しい土地柄もあるでしょう。

そういった地域では昨今、ふるさと納税などの返礼品や、町おこしとなるイベントを含め、以前からは他府県が一丸となる特産や物産展に、近年ではB級グルメや、リサイクルも含めたSDGsという観点も生まれて、蚤の市やメルカリのようなネットを通した多種多様な個人の販売にまで注目が集まるようになってきています。

その土地、その地域に属さなくても、イベントや出店を通してお客様の元へ向かう「出張型」の店舗もまた今熱を帯びていて、何よりの大塔は『キッチンカー』ではないでしょうか?

自分達の想いと、その気持ちと共に自信を持って運ぶそれぞれの背景や魅力を伝えるべく新たな店舗のカタチが、「場所」は生まなくても「場」を用いるコミュニティーとして、昨今であればテイクアウト主体のスタンド的な店舗も筆頭に現在は価値を見出しているのかもしれませんし、そういったお客様になるかもしれない方々の元へ出向く移動式のカタチは、昔から準えれば大遠征な「出前」としても、最近ではケイタリングといった、より専門的で鮮度感さえ保てる魅力溢れるツールも選択肢として広がっているのも事実で、当組合でもそういった移動式店舗様の加入は可能で、最近では『TRUNK』さんというキッチンカーの方が加入されました。

そして組合として、そういった方々が活躍出来る場や、一堂に会するイベントが開催出来ればという野望も持ち始めているのです…。

今は珍しくなってしまったかもしれない出前。

それはUber EATSのような、見知らぬ人を介したお届けではなく、簡素化や利便性も求めた横流しな販売目的だけに至らない、そのお店や人を感じる事の出来るお届けの方法。

うどん・そば屋さんや定食屋にお寿司屋さん、そして町のお弁当屋さんという昔ながらのスタイルは今も確立され受け継がれていると思いますし、その発展型が代行サービス。
僕も昔は前田珈琲勤務時代、烏丸に広がっていた呉服屋さんや商店、個人宅や企業様の会議にだって、コーヒー1杯からを自転車に乗っておぼん片手に颯爽と駆け巡っていたし、それは雨の日や風の日も、はたまた雪の日や嵐の日だって、雨具や防具に上着も羽織らず(笑)当たり前のように、そしてどんな日でも晴れの日なごとく「毎度!」と足を運んでいましたし、イベントや記念日のサンドウィッチのオードブルやケーキ、そして何十杯というコーヒーでさえお届けに上がっていたものです。(思い出)

今でも『タナカコーヒー』(祇園店)さんは、
夜の街のお店に、オードブルやフルーツの盛り合わせなどをお届けしていて、祇園の地にしっかりと根付き、喫茶店としての役割を十二分に発揮されています。

いろんなモノコトが豊かに、それでいて手軽や軽薄になってしまったように感じる今の時代の蔓延り方に、何だか疑問を感じ、また戸惑いを抱いている人も多いように感じます。

そしてそんな薄っぺらさに、本質や信念といったようなコンセプトが背景にあること、そして伺える芯や土台といったモノが、これからというよりも、今、もうこの時代に必要になってきたという「藻掻き」が年代や世代を通じて、また新旧共に再認識や再確認の出来る将来性が見出せてきているように私は実感しております。

要するに「流行」や「一発」を追い求めることほどリスクは大きく、駆け抜ける事も難しい。

そして逆に地に足着けて「継続」や「長続き」のタメに紆余曲折があることで、走ったり歩いたり時には休むという強弱やめりはりがあるというモノコトがある意味人生を豊かにするのだと信じているのです。

真逆や両極があるから価値が生まれ、選択する連続があるからこそ正解無き答えが無限に広がる。

そして皆が気付くのです。
そうやって時代はナガレ、循環し続けながら新たに(改に)変わっている事を…、そして繋げていることを…。

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トキメキ!

共働きの両親のもとに産まれて、僕はそれほど旅行といったようなビッグイベントが少ない家庭ではありましたが、チラホラ近場ではいろんな所に連れて行ってもらえてたよなぁと思っています。

なかでも喫茶店で過ごす時間は、両親の趣味でもあれば、職業柄勉強もしてたんだろうなぁと同じ大人になって気付くのですが、そんな事も知らない幼少期に数々の喫茶店やカフェに“連れて行かされてた”(笑)僕には、そんな場所だからこそ沢山の思い出があるのです。

毎月25日の北野天満宮の「天神市」に行った際の帰りには必ず『静香』に寄っていて、僕はアイスクリームを食べるのが楽しみだった♪

銀色の器に丸いクリーム色のバニラアイス、そしてその上に何でもないウエハースがちょこんと乗ってるだけで、たまらない贅沢だった。

遠方から来る友人と待ち合わせる時の親は『イノダ』で待ち合わせて時間を過ごす事が多かったけど、僕は赤か白かの太~いスパゲッティーを食べさせてもらえるから楽しみだった♬

これまた高級感のある銀の器には蓋がされて席に届けられ、目の前に置かれると共に開けられて湯気の奥から美味しい匂いが追ってきて「食らうぞ!」ってなる感覚。

正月、南禅寺の祖父母の家に親族が集まっていた時は、これまた帰り道に元旦でも営業している『はなふさ』に寄って、グラスで出てくる温かいカフェオレに何だか不思議な気持ちになるのも嬉しいヒトトキでした。

他にも沢山、京都に限らず大人になって自身でもいろんな店を開拓しようと喫茶店やカフェを周り始めた時に“この店知ってる!”“ここやったんや!?”と名前も場所も知らなかった遠い記憶が蘇った時には小さな感動と、子供ながらに感じていた贅沢が入り混じり、日常の中に特別感を添えてもらったような喜びが溢れたのも覚えています。

そうやって僕には“こんな時には”“あんな時には”という過ごし方を選択出来るお店をいっぱい知る事が出来ていて、何よりもそんなお店達が今も僕の止まり木として寄り添ってくれているのです。


“喫茶店とはなんぞや?”と問われても、その答えにはまだ辿り着いていないし、勿論答えがある訳でもなければ、人それぞれの中に利用法がある多種多様さが喫茶店やカフェの醍醐味。
その自分の中の答えを見つけるタメに探り続ける事も、この仕事の『マスター』という存在価値を見出していきたいからなのであります。

そういえば昔、祖母に高島屋の屋上に当時あった遊び場に(観覧車もあったよね~)連れて行ってもらっていた時に初めてクリームソーダを注文した時があるんだけれど(親にも内緒だからドキドキ)よく分からないから刺さっていたロングスプーンでアイスクリームをゴソゴソすくおうとしたら、炭酸がブワーッと膨らんで溢れ出て泣きそうになったのを覚えている。
祖母はそれを見て「何してんにゃ~」って笑って楽しそうだったけど、僕はそれ以来クリームソーダのファーストコンタクトは慎重だ(笑)。

もっと言えば、今気付いたんだけど、そこって等組合現理事長のお店『あさぬま』だったのかもしれない!と思うとこれまた縁が深い…。

話しを戻してとにもかくにも共通して言える事は“童心に返れること”ではなかろうか?

今でこそ当たり前になったカフェのプレートランチやカフェ飯ならぬ無国籍な創作料理。
喫茶店に行けば洋食も揃えば、和食もあり、中にはうどんやそばに味噌汁なんて置いてあって、食後にコーヒーのセット!
そんなん合うわけないやん!!っていうセカイは喫茶店ではごく自然で、お店もお客さんも普通にそれを違和感なく受け入れているのも不思議なセカイなのだ。(ハイカラや~ん)
 
そんな姿が、人種も問わず、人を問わず、誰でも受け止めようとする懐の深さのようなモノになっていて、ご年配の方でさえ時には童心に帰って甘いモノを頬ばる姿も愛らしい。

今、世の中は何に飢えているのか?
特に最近良く見るのは、「~~市」や「~~博」それは家具や文具でも、手作りのお菓子や飲食でも、皆が好きな物を集めて一堂に会する催しを良く見かける。

そんな中、先月の5/8(日)には、喫茶マドラグ 山崎氏が中心となり開かれた「パフェ博覧会」なるイベントが『世界倉庫』という新たなイベントスペースで開かれた。(京都を代表するクラブ WORLD KYOTOが運営/通常はカフェ営業 )

そこには等組合である“マドラグ”は勿論の事“さらさ”に“六曜社”そして“piu cafe”を含む合計9店舗が、コラボパフェも含めて沢山の人の心をわしづかみにしていたのだ♬

レトロブームではないが、昔ながらが再認識されている昨今。
それと共に生きる時代。
等組合も新しい根が生え始め、生まれ変わる訳ではないが、新しい水と風を諸先輩方という太陽の恵みのもと蓄え始めている。

そんな活動に、等組合の皆様や、いろんな方にも加わってもらえるのであれば、時代を変える訳でもなく、塗り替える訳でもなく、繋げていく活動も実現しようと強く思っているのです。

長く続いていく事は、いろんな人の童心と共に、誰かの思い出としても残り続けているはず。

そんな良き文化をこれからも伝え広げていけるよう等組合は皆様とこれから切磋琢磨も出来る場を作っていきたいと思っています。

どれだけ歳を重ねても好奇心は忘れず、無邪気な心も保ち続けたいですよね~♪

先日の5/27(金)、書面総会が続いていた昨今の3年ぶりとなる会場での第56期喫茶飲食生活衛生同業組合通常総会が開催され出席をして参りました。

総会は滞りなく進み、様々な物事が可決・承認され閉幕。

無事に懇親会にコマを進め、賛助商社会様やコーヒー商工組合様など様々な企業様との再会や親睦もまた飲食業界の一致団結を思わせるような素晴らしい会になったように感じています。

理事長も、久々の開催に組合の存続に対する想いや次世代に託していく熱い気持ちを述べられ、私自身も背筋が伸びる思いでしたし、喫茶マドラグの山崎氏や、cafeさらさの尾崎氏の理事加入は、企業様や組合員様、そして今後加入されるかもしれない京都の喫茶や飲食店さんに対するメリットを感じて頂けていると思いますし、何より苦境に立たされた喫茶飲食が益々一丸となって京都や全国を盛り上げる先駆者として、この組合が位置付いていけるような期待感さえ抱きました。

これからこの「喫茶組合」は本当に皆様のタメに、そして面白い存在になっていく事を予感した魅力的な会になったと存じています。

どうぞこれからも動向に注目して頂き、我こそは一緒にという店舗様がいらっしゃいましたら、是非手を挙げて頂ければ嬉しく思っております。

この場をお借りしまして、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

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