6448COFFEE+ESSENCE

六曜社珈琲店-セカンドライン-

タグ:組合

『たかが、コーヒー。
されど、コーヒー。』

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喫茶店やカフェで過ごす時間というのは、お客様にとってどのような場であるべきか。
そのような事を常日頃考えたり、店内を眺めたりしていると、やはり私は主役がテーブルに置かれるコーヒーよりも、お客様が利用するヒトトキが重要だと行き着く人間。
世代や利用法が様々な空間になっているだけに、求められるものはやはり居心地となるのだろう。
だから、コーヒーというのは「傍ら」になり、また「寄り添う」ように置かれ、多種多様な使われ方の中、時折潤し、時に満たされるように麗しく存在するからこそ愛され続ける「飲み物」となり、また必要不可欠な「場所」が作り上げ続けられているのだと思う。
そして正直な所、コーヒーは『たかが』で、利用する場所で飲むタメのアイテムに過ぎない人も多い。
実際私も、ふとした止まり木利用の時は、味を求めるより腰掛けることを目的に過ごす事は多々ある。だからこそ、そこで何が出来るかが大事で、時間と場所を貸してもらえる感覚の方が強い…。
だけども、の話し。
そこに置かれた1杯のコーヒーが、ハッとさせられる「美味しい」に結びついたのなら、頭の中にタグ付けされ、日常生活の中に選択肢として増やされる『されど』の価値が充分に存在し得るのも事実なのである。

コーヒーという液体に結びつくまでには、農園から海を渡るまでにも様々な時間と人を経由して日本へと渡り、そこから更に様々な役割を経て、数多くの絶え間ない努力があってこそ成り立っている。
そして、私達の仕事となる焙煎や抽出も、あくまで店側の想いや主張の表現や演出であっても、お客様の喉を通るまでにはいろんな人の汗水がある意味詰まった1杯になっていることには変わりない。
その責任や、携わる人の経緯を考えれば、そのカップの中の液体は自然と疎かなものではないし、浅はかなものでもないのだけれど、そこにいろんな意味での重みを持たせるのであれば、最後は私達店側がその1杯にどれだけ注力をそそいでいるかも非常に大切なのだろう。
そして、そんな様々な関わりや意図が、お客様に届くのだと信じたいのである。

そういった中で、先日私は、北区にある「珈琲工房4331」さん店主の提案で、各店の自家焙煎豆を私が抽出するという勉強会みたいなものを開きました。
5店舗ほどのメンバーと、コーヒー愛好家を交え、それぞれに持ち寄られた豆を私自身が抽出。
焙煎日からの経過日数や、煎り具合、そして抽出器具を変え、プロセスや意図を考えながら、その1杯に対して、正解の無い答えをカップの中に表現し議論を繰り広げました。
店の主軸や主張となるブレンドを抽出した際は、利きコーヒーのようにその内容(種類)を当ててみたり、味わいの意味を伺ったりと、近年当たり前となってきているシングルオリジンなどのストレート豆の個性を飲み比べる事の出来る展開が多い中で、改めてブレンドコーヒーの重要性や面白みを顧みたと共に、やはり人によって、豆は同じでもコーヒーという液体の表情が変わる醍醐味も実感しました。

加えてこの会で気付かされたのは、コーヒー専門店(豆販売主体のお店)の悩み。
特に地域に寄り添い、個人店の小さなお店として商いをされている方々の苦悩は、コーヒー界全体とお客様との『認識の差』。
特にコーヒー専門店の方は、お客様が自身の手で淹れ、ご自宅で楽しまれる事が多い分、席数の少ない店内で、店としての答えをカップ1杯に示し伝える事は出来ても、その答えは基本的にお客様自身の手に委ねている分、焙煎には非常に神経を使われているということ。
その部分で言えば、今回驚きだったのが、珈琲工房4331さんの豆は焙煎日から3週間ほど経過した豆を抽出したにも関わらず、しっかりと粉の膨らみが生じ、その鮮度の衰えの少なさを意図された焙煎技術を習得されていて、ご家庭で楽しまれることへの考えが反映されているなと感心と共に関心も得ました。

それでも、まだまだ一般的にコーヒーを飲む習慣というのは広がっていても、これだけ沢山のコーヒー器具が普及していても、美味しく淹れる知識や基本的技術、そして大事な要点(コツ)みたいなものが、一般消費者の方々に認識されている数が少ないというもどかしさがあるとのこと。
だからこそ、大量生産的なコモディティ焙煎の豆ではなく、プロダクトのような、独自の色を持ち合わせている店舗の焙煎豆がもっと伝わり、自然と美味しいコーヒーに出会える巡り合わせを増やしていかないといけないようにも思うのです。
何より、大手でも個人店でも、お客様の手に渡って終わりなのではなく、お店と同じようにお客様の手によってカップに注がれる時間があるという点で言えば、もっと私達専門側も親切に、または親身に、抽出という点の大切さを伝えていく必要があるようにも感じます。
そうやって両者が、美味しいコーヒーに結びつけるタメの関係性を築いていく事で、コーヒー界全体のより良い活性化や発展に繋がり、小さな個人店にも足を向けてコーヒーを味わう意図や、そういった店でも焙煎豆を購入する価値に気付いてもらえるきっかけが増えていくようにも思うのです。

『コーヒー』という飲み物としては一緒でも、細かく言えば千差万別。また店もお客様も十人十色。
ワインのように似た業界に広がってきているコーヒーのセカイは最後、液体の保存や保管から注ぐだけなのではなく、抽出という人の手が加わり液体に繋がる点を重要視して、もっともっと、生豆にしかり、焙煎豆にしかり、知識や認識を広めて価値を積み上げていく必要があるのだと強く痛感した会にもなりました。

お店に足を運び、コーヒーやそれぞれの時間を楽しむ習慣はもう確実に根付きました。
だからこそ、その先のご自宅や家庭でコーヒーを楽しむ時間や習慣に対しても、コーヒー業界がしっかりと意味のある普及を広めるために技術を身につけていくことで、コーヒーという飲み物に対しての存在価値も責任も、ますます底上げが出来ていき、コーヒーの立ち位置がもう少し傍らではない中心になっていき、カップ1杯にも向き合う機会が増えていってくれるのかもしれません。

4月に入りまして、今年度から河原町商店街振興組合の広報委員長を仰せつかりました。

そして、早速本日からの動き出し。

“やるからには”の性格。

これから徐々にでも、少しずつになっても、商店街の魅力を地域と共に伝える活動、さらには作業や制作物を展開していけたらという所存です。

第1に自身のお店を軸に疎かにせず。

これは念頭に置いて、それでも、喫茶組合と商店街に微力でも力を注いで、少しでも京都という街にも貢献出来たらと思っています。

観光や来訪者のタメの京都ではなく、京都に住む人のタメのまちづくりが、前者にも楽しめる環境となれるように…。

漠然と、そんな想いを常々持っています。

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ーMemoryー

師走でせわしなく過ごし、睦月で和やかに歩みながら、如月は衣も薄く羽織る気候で、弥生は何となくいよいよという感じはしませんが、春が訪れようと目の前に卯月が待っています。

改めると、今年は何の制限も無い年明けで、飲食店の皆様は期待に心躍らせていた方も多いのではないでしょうか。
それでも新年と共に、悲しく無常な出来事も起こり、その気持ちをグッと堪えて足並みを揃えていた人も多いと思います。
それでも、いつまでもペースを緩めてはいられない現実は、この時期に、改めて新年度と前を向いても良いのではないかと存じます。

実際、生活は晴れやかな状況へと展開されています。
というよりは、コロナ禍を経て、今年は何よりも以前を取り戻していく、取り返していく活気で蘇っていく年月に入っていったのだと思います。

京都で言えば市長も新たに代わり、経済や政治は不安定であったとしても、社会や生活は次の時代へと活力を見出してきているようにも感じるからです。

私達に出来ることは、過ぎゆく月日に、同じような毎日を繰り返しているかのような日常に、微笑みのヒトトキや、彩りを添えるような時間を生み出し、守っていくことしか出来ないのかもしれません。
しかし、毎年春夏秋冬を感じ、学生生活や社会生活でも年度ごとのイベントを催しながらも、私達は都度そのような繰り返しを顧みて次に進んでいます。
そう振り返れば、同じようで違い、繰り返しているようで積み重ねている時間や月日の一日一日を、懸命に前に歩んでいるのだと実感できます。

私達、喫茶やカフェに飲食店の営業、そして社会生活においては出勤から退勤までの労働と共に、家庭や生活へと戻る日々。
その中で生まれるリアルやドラマが人間の心を育み、人々の成長へと導いているのであれば、一時一時に無駄な時間なんて何処にもないんだなと省みることも出来ます。

私個人の話しをすれば、家業に携わり10年の月日が過ぎました。
また、もっと遡れば、この喫茶業に勤め20年の歳月が既に過ぎております。
前職から関係が続くお客様、そして家業に携わってから構築されたお客様との間柄を考えると、喫茶店主としては幸運なことだと改めて幸せを噛みしめる事が出来ます。
そして、だからこそ感じる感謝に背筋が伸びる思いと、期待を裏切りたくない精進の想いが芽生えます。

それぞれの人生、喜怒哀楽含む様々な経験が、その人を支えているのだと思います。
時として見舞われる悲劇や無常、また一時として生まれる歓喜や幸福。
そういった両極があるからそこ人生が面白いのであれば、どんな物事も受け止める力を持ち、次へと活かしていく体験に変え、何処かで自分の足跡を振り返る時が来た時に「あぁ、あんなこともあったな」と笑える自分がいるのかもしれません。

あるゆることにスピード感があり、ありふれるように流行を探る今の時代に、当組合は改めて「続けていくこと」「継承させていくこと」の価値を強く見出していきたいと思っています。
それは、日本の伝統文化や食文化と同じように、喫茶文化にもハイカラとされる時代を彩る華やぎが今も存在するからであり、京料理のように、少し形は違えど喫茶店という存在価値こそが京都に根付いているからでもあります。
そして何よりも、そういった場で過ごしたその時は何でもなかった人生の中で考えれば一瞬だった出来事や空間が、誰かにとっては大切な思い出となり、かけがえのない経験となり、その人の心も豊かにする財産となっているのかもしれないからです。

信念とまでは言いませんが、強い芯を持つこと。
動じない、揺るぎない眼差しを保つこと。
そういったモノコトに意義を考えながら、私達はまず、この京都の喫茶やカフェ、そして飲食業としての食文化に役割を果たしていきたいと存じます。

さぁ、もうすぐ春ですね。
新年度に向けて、心機一転力を合わせながら切磋琢磨していきましょう。

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元日の災害の経緯もあり、被災地や被災者の方々への配慮も持ち合わせて、1月下旬に続けて細やかながらの「喫茶飲食生活衛生同業組合主催の3社合同新年懇親会」「河原町商店街振興組合主催の新年懇親会」に出席して参りました。

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そんな機会も多くなってきたなぁ…という今日この頃と、立場…。

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柄じゃないんやけどなぁ~(笑)

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今年も12月13日(水)14日(木)と例年通り開催された京料理展示大会に両日午前中だけですが参加をして参りました。

毎回のことながら、日本料理の魅力や素晴らしさを感じさせてもらえると共に、そんな京料理店が一堂に会するこの展示大会は贅沢だなぁとしみじみ思います。

私達喫茶組合のブースも、この展示大会により華を添えられるように、もっと力を発揮していきたいなぁと、三四郎さんと共に今後を見据えるのでした。

そろそろ来年からは、若手理事(青年部)として今まで以上の土台作りに、注力を注いでも良いのかもしれません…。

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先日の11月10日(金)は、お店を抜け出して、毎年開催されている全国喫茶飲食生活衛生同業組合連合会が主催する『第66回全喫飲連 びわ湖大津大会』に主席して参りました。

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前回は主管だった京都大会に携わり、コロナ禍の影響もあって、昨年から再び通常開催されている全国大会。
各回遠方が多く、参列する機会は少ないのですが、今回はお隣の滋賀県という事で、お店を任せて出席する事に。

式典では様々な催しが進行され、恐縮ながら今回私は“全喫飲連会長表彰”を授与されまして、益々喫茶や飲食業の繁栄と共に、理事として様々な店舗様との架け橋になれるようにと身の引き締まる思いを抱きました。

講演会では、ゲストとしてアルピニストの野口 健さんの貴重なお話しを聞けたり、びわメシ創造の学生部門の授賞式も開催されたりと盛りだくさんの内容の中、最後は全国の方々との懇親会。
今回は、特に岡山県の理事の方々とお話しする機会が多く、活気をみせる岡山の喫茶組合の方々の活力も感じれて、私自身も背中を押された感じでした。

この度は、主催となる全喫飲連様、並びに主管として開催に結びつけられた滋賀県喫茶組合の方々、そして交流させて頂きました全国の各都道府県の喫茶組合の皆様。
大変貴重なお時間を共にでき親睦を深められて光栄でございました。

この場をお借りしまして、改めてお礼申し上げます。

六曜社
奥野 薫平

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次回(来年)は、福島県です!

“京の喫茶飲食新聞コーナータイトル”

『寄り道。』

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出町柳から百万遍へと抜ける事の出来る柳通り。
何気に閑静で、緑も多く、自然に溢れているその道には、京大生や生活圏の方々の行き来が見受けられ、和やかな雰囲気が広がっていて風情もある。

昔ながらのお店もあって、ある意味以前から新旧が入り交じる活気のある町だなぁと抱いていれば、独特で特有な文化も相まっていて、実に個性的な地域だと感じられる部分もあるほどバラエティー豊かなカラーも兼ね揃えている。

そんな場所で約75年、『ゆにおん』という看板を守り続けている一人の女性喫茶店主がいる。
何を隠そう令和元年まで、当組合の理事も務められていた伊東 愛子さんは祖父の時代から続くその店を、今も和やかでアットホームながらも、きめ細やかな目を輝かせてカウンターに立つ。
当組合新聞の制作でも、娘さんの協力を得ながら、コラム記事が連載されていたほどに関係は深く恩恵も大きい。

「学生さんも多く来てくれはるけどなぁ、古くさいとか懐かしいとか、そう思われてるかもしれんけど、家庭的でいたいねん。」

そんな伊東さんの接客は、常連になればなるほど、安心感や居心地を感じるほどに、味の好みを把握してくれたり、コーヒーをあっさりめにしたり濃いめにしたりと、時間帯や状況に応じて、見えない気配りの中で、お客さんが自然と自分好みの時間を過ごせるようにと腕を振る舞う。

「綿みたいと言うかなぁ、大きなお世話思われるかもしれんけど、何かしてあげたいっていう気持ちが、関係を築いていくと思うんやぁ。」

多くのお店が、機械化やシステム化を進める中で、私達が感じる飲食店での違和感とは、もしかしたらこういう事なのかもしれない。

そう、人を介しているからこそ、そして人の手で作られているからこそ感じる「ぬくもり」の部分が、どこか人の心を開き「旨い」ではなく「美味い」の感性を刺激しているのかもしれない。
また、そういった気持ちが見受けられるからこそ、受け止める側も感情を抱き、間柄を築きたいと思う姿勢が、自然と「お店とお客」の豊かな関係性を生んでいるのだという事も実感したように思う。

高級とか、完璧とかでははいかもしれないけど、身近に感じれるからこそ、何度も足を向けてしまう原点が、この店には詰まっているように思う。

朝の光を大きな窓から浴びながら、伊東さんとお話しをしていると、すっかり昼前へとさしかかっていた。
さぁ、そろそろと腰を上げようとした時、お店の電話がなる。

「あら先生、ほなら今日はハンバーグにしときましょかぁ、やらかめに焼いたら食べはりまっしゃろぉ。」

…微笑み。
いつまでも母親のような存在というのは最強である。
そんな気持ちと優しさを抱きながら、お店を後にする帰り道。
今日もどこかのあの人が、『ゆにおん』に足を運び、第二の家として時間を過ごしているんだろうなぁという光景が頭を離れなかった。

またお邪魔しよ♪

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★番外『ユニオン』の謎。
京都市内には現在、ユニオンという名の喫茶店が3店舗存在する。
その関係性を調べていると、昭和20年頃、島津製作所が進駐軍による接収を受け始めた時に、ベーカリー&ケーキの製作を請け負っていたのが各ユニオンの先代時代。
そこから各々が喫茶店として独立の道を選ばれる時に『ユニオン』の名前を分け合ったのがルーツだと聞いた。
京都には当組合の『タナカコーヒ』など、チェーン店やフランチャイズにはない、「のれん分け」という奥深さがある点も大きな魅力なのかもしれない。

☆左から↓

・「喫茶 ゆにおん」
〒606-8202 京都府京都市左京区田中大堰町92
・「COFFEE ユニオン」
〒604-0021 京都府京都市中京区室町通二条下る蛸薬師町283
・「ユニオン 珈琲店」
〒604-0931 京都府京都市中京区榎木町69−1

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『東京喫茶店研究所二代目所長『難波 里奈』さんが繋ぐ喫茶店の未来』


大学生時代から、昭和の古着やインテリアが好きだった彼女が興味を持ったものは、その時の「流行」ではなく「昔ながら」の雑貨や家具、そしてそれらを纏う喫茶店だった。
好きなファッションに身を包み訪れる場所を想像した時に、自分の心ともリンクしてくれたのが、昔では何でもない純喫茶。
そんな彼女がワンピース姿やベレー帽を被って足を運んだお店には、居心地や安心感を得るヒトトキが連続し、彼女はまたたくまに喫茶店の虜になっていった。
以前は当たり前のように、内装や食器にも店主のこだわりが反映され、個性豊かな「場」の楽しみも含め訪れる人への刺激を与えている部分が多かった。
今や無機質やシャープさの中に「映え」を輝かせるタメにテーブルの上を彩るだけの空間とは違い、店主の人柄さえも覗えた店の数々は、彼女だけではなく多くの人達の記録のタメだけではない、記憶の中に残るコトでその価値を高めていたのだろう。
そんなお客様とお店の関係や佇まいが、現代では珍しくなっていき、人々は現状、飲食店でも感じることの出来る「肌感」や「質感」で得る心の豊かさを見逃してしまっているのかもしれません。

難波さんが自身の足で沢山のお店を開拓されていく中で、その思い出を記し残そうと始めた『純喫茶コレクション』というブログがある。
それを見た出版編集者の方から書籍化の提案がなされ、難波さんが残し続けてきた想いが単行本化されたのである。
さらには、純喫茶の魅力に迫るきっかけをもたらしてくれた「東京喫茶店研究所所長」沼田さんが、本の装丁をされる事となり、そのやり取りの中で肩書きを譲り受け「二代目所長」に就任されたのです。
今や難波さんは、数々の書籍の出版に結びつけると共に、雑貨の制作や自らが喫茶店の魅力を伝えるべくイベントを開催したりと企画のプロデュースにも携わるほど、インフルエンサー的な役割も担っている。
難波さんは日常を過ごしていく中で、予てから「好きなもの」と向き合いながら、好きで居続けるタメの距離を保って活躍の幅を広げているのです。

そしてそんな彼女は、喫茶店の素晴らしさを伝え続けながら、確実にファンを増やしながらも、独りとして発信するのではなく、フォロワーさんに対しては勝手ながらに(笑)所員と位置付け、喫茶好きの方々と同じ立ち位置で交流を図っているのです。
また、自身の活躍に囚われるのではなく、一番はお店や店主との関係性を重要視し、その店舗に少しでもお客様の足が向くようにと物語を作って、沢山の方々に何よりも「体験」をしてもらう事に重きを置いているのです。

私達自身も、やはりお店に来てもらう事で喜びを感じ、そして「また来よう」と思ってもらえる間柄を築き上げていくことが何よりも大切だと思っています。
毎日でも来て下さる常連さんには誰よりも感謝ですが、定期的や不定期ながらでも足を運んでもらえることほど嬉しいことはありません。
それは何故かと言えば、言葉を交わすことが無かったとしても、顔を合わせたり覗えたりすることで、その人の長い人生の中で考えればほんの一瞬でしかない止まり木の時間に立ち会えているからなのです。
文章を読む中で大事な句読点のように、人の歩む道にもきっと、つなぎ合わせたり立ち止まったりする休息が必要不可欠なのだと思います。
そんなヒトトキこそが、大きな喜びには結びつかなくても、振り返った時に、小さな幸せを感じることの出来る思い出やドラマに繋がっているのかもしれない。
そう思うと、私達のお店は同じような毎日に感じてしまう月日の中でさえ、欠かすことの出来ないかけがえのない「経験」を育んでいるからなのかもしれません。

新しいお店もそうですが、長く続いているお店ほど難波さんはその存在意義を共有したいと願っています。
それはお店や店主の努力だけではなく、難波さんや各々のお店を好んでくれているお客様によって存続していく価値を高めているからだと思います。
そのようなお互いの関係性が、普段何気なく街に光を灯しているだけかもしれないお店に、誰かによっては輝きを感じる光景に繋がっているからなのかもしれません。

今日も何処かのあの場所で、難波さんは席に腰掛け微笑みの時間を楽しんで居られることでしょう。
そしてその店の店主と隣り合わせになる事で、私達は見えない糸で繋がり、人々の人生が交差する空間で、お互いの糸を絡み合わせながらヒトトキを共にしているのです。

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『難波 里奈』

東京喫茶店研究所二代目所長。

時間の隙間を見つけては、ひたすら純喫茶を訪ねる日々を過ごし「昭和」の影響を色濃く残すものたちに夢中になりながら、当時の文化遺産でもある純喫茶の空間を日替わりの自分の部屋として楽しむようになり、その数は今や2000軒以上に及ぶ。
ブログ「純喫茶コレクション」から始まり、純喫茶にまつわる書籍は現在12 冊。
最新著書としては 2023 年 8 月発売『純喫茶とあまいもの 名古屋編』(誠文堂新光
社)。
純喫茶の魅力を広めるためマイペースに活動中。

※全喫飲連から2020年発行の、「喫茶店物語」vol.1の監修も務める。

★難波 里奈さん公式SNS↓
・X(旧Twitter)/https://twitter.com/retrokissa
・Instagram/https://www.instagram.com/retrokissa2017/

2023年9月13日(水)ホテルオークラ京都にて開催された『創立100周年記念式典・祝賀会』に喫茶組合の理事メンバーで参加して参りました。

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キヨピーこと谷口キヨコさん司会のもと、連合会副会長の開式のことばと会長の主賓挨拶で始まり、都倉文化庁長官や西脇京都府知事と門川京都市長も来賓として祝辞を述べられる盛大な会に身を置くことが出来て大変嬉しく思うと共に、各飲食業組合の方々とも同じ空間を共有出来たことは、京都の食文化に身を置いていることを実感できる身の引き締まる会でもありました。

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祝賀会も引き続き行われ、祝舞の披露では五花街の舞妓さんが20名集まるという貴重な演舞もあり、華やかな一時と共に歓談の時間が続きました。

なかなかこういった節目の会に参列出来る機会も少ないとは思いますので、貴重な経験が出来て光栄でございます。

喫茶組合としても、京都の食文化の一部として、これからも日々、組合員の皆様や飲食業全体の架け橋となれるよう精進して参りたいと思いますので、宜しくお願い申し上げます。

残暑厳しい夏が今も続いておりますが、8月23日(火)には、京都府喫茶飲食生活衛生同業組合の納涼会が開催されました。

組合会員でもある『FORTUNE GARDEN KYOTO』さんを会場に、今回も賛助商社会様や珈琲商工組合様との交流を図りながら、意見交換や社会や経済の情勢などの確認をし、今後もさらなる関係性を豊かにしていくべく時間を過ごす事が出来ました。

コロナウィルス感染症の5類移行から、次のステップや、さらなるステージへと時代は進みだしたのだと思います。

個人店や企業が、これからも親密に切磋琢磨出来る関係を維持できるように、また喫茶飲食業の未来のために、当組合としても今後より良い活動が出来るようにと精進していく所存であります。

どうぞこれからも何卒宜しくお願い申し上げます。

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アサヒグループホールディングスが、外食産業からの撤退を発表し、その影響で六曜社の通り向かいにあり、長年親しまれ続けている『アサヒビアレストラン スーパードライ京都』が8月末をもって閉店する事が決定しています。

「スーパードライ 京都」は、昭和14年に開店した「アサヒビアホール」を昭和36年に店舗改装、平成元年に現店名に改称しオープンした、京都で最も歴史のあるビアレストランです。

六曜社の常連さんでも、昼のみや夜の会やらの後に、顔を赤らめてウチを利用して下さるお客様もいらっしゃったので、そんなハシゴがお見受け出来なくなるのかと思うと少し寂しさを感じていましたが、運営としては別の親会社が名称を変え(内容は分かりませんが)業態もそのままに営業を続けるそうなので、何となく安心はしております。

とは言っても、長年愛された“ビアホール”としては終幕という事で、河原町の理事委員の皆さんで、会場を使っての理事会ならぬ意見交換会と題しての交流を図り、お世話になったアサヒさんでの最後の時間を過ごさせてもらいました。

店舗は残れど、オーナーなどの顔触れが変われば、なぜかお客様も雰囲気も変わるのが飲食店の不思議。
出来れば、今までもこれからものお客様で続く、街の酒場として存在し続けてもらえたら嬉しいです。

今後に乞うご期待。

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『ENJOY COFFEE TIME』が京都の喫茶&カフェとお客様を繋げ、和を広げ続けている。

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2016年5月、元・誠小学校跡地の施設(現:立誠ガーデンヒューリック京都)の職員室を利用して、そのイベントは初声をあげた。

1日限りで、コーヒー店8店舗、フードや物販にワークショップを加えた3店舗による計11店舗が集まり始まった「ENJOY COFFEE TIME」(以下ECTと表記)は7年の月日を数え、次回開催で19回目(番外&特別企画を除く)を迎える。

飲み比べが出来るお得なチケットや、或いはお目当ての店舗のコーヒーを堪能するなど利用方法は幅広く、最近ではフードを取り揃える店舗も常に参加しバリエーション豊かに一日中楽しめるイベントと化し、今では出店する店舗の顔触れが毎回変化するほどに参加店の数は増え続け、京都・喫茶&カフェのモンスターイベントとして存在している。

京都の「まち」には喫茶文化というものが根付き、この小さな都市に沢山の大学がある事からも、コーヒーを介し、また傍らに過ごす時間が老若男女問わずに繰り広げられてきているように感じれれば、それが一つの社会勉強やリアルな人間模様に触れる機会を築いているように思う。
また「おもてなし」の意識が、昔から商談や打ち合わせなどのミーティングだけに留まらず、仲間や友人達との会話や議論のタメに対面で話すことの場所として、わざわざ喫茶やカフェを利用する習慣もあるのだと思う。
中でも特別に思えるのは、うどんそば屋ではないコーヒー屋さんが、出前をしている姿が、少なからず以前は当たり前のように目立っていて、これは招き入れた方々への心遣いとして、良いモノを提供したいという茶道に通ずるような配慮だったようにも思うのです。

それほどに、生活の中に「コーヒー」という飲み物が浸透している京都において、このイベントがもたらした成果というのは『コーヒー文化の再構築』だったのではないでしょうか。

当初は、京都の喫茶&カフェを巡るツアーガイドも数々担当する京都コーヒー界のドン牧野氏(現:COFFEE BASE Co.Ltd)と、イベントプランナーである鈴木氏(現:株式会社SEASONS)が中心となって協賛企業とも連携していたイベントは、現在ECTの実行委員会が立ち上がるほどに成長を遂げ、主催や運営を行いながら、京都の話題スポットを利用して定期的に開催され、常に注目を集め続けています。

数々の場所で行われてきた『ECT』は、常に京都の喫茶やカフェ同士の繋がりを広げながら、また何よりもお客様がコーヒーを楽しみ、お店の人や参加者同士との会話も楽しみながらコーヒーを介している。
その光景は、まさに京都の喫茶文化がもたらす醍醐味であり、新時代に入った近年にも絶やしてはいけないだろうECTが掲げる『コーヒーをテーマに人やお店が繋がり文化として地域に根ざすイベント』として、私達が忘れてはいけない「何か」をコーヒーという飲み物を通して教えてくれているのだと思う。

そして、その先にそれぞれのお店が自らの地でお客様を出迎え、互いの時間を大切に過ごしていくのです。

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★次回開催情報
「ENJOY COFFEE TIME vol.19」
月日:9月9日(土)&10日(日)
時間:10:00~17:00
場所:京都駅ビル 駅前広場(ホテルグランヴィア京都前)
☆初開催会場となります/雨天決行,荒天中止

出店店舗:各日コーヒー10店舗/パン3店舗(予定)

★詳細↓
https://www.instagram.com/enjoy_coffee_time/
https://m.facebook.com/enjoycofeetime

※念のため↓
6448 COFFEE + ESSENCEは今回は出店致しません。
ENJOY COFFEE TIMEの情報となります。

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SINGER SONG WRITER
改め
MASTER COFFEE ROASTER

歌い手が曲を奏でるには、歌詞・音楽・歌唱と制作し楽曲を披露する中で、それぞれの専門が担当し作り上げていく場合と、全てを一貫する方々がいる。
それと同じように、コーヒー業界にもそれぞれの分野を担当し、お客様に届けるまでの流れの中で、焙煎・抽出・提供を一貫しシンガーソングライターのように全ての役割を担いながら、自身とお客様への想いを伝える手段を大事にしている人達がいる。
喫茶やカフェで過ごす場が、コーヒーが中心というよりも、コーヒーを介し、どのような時間を過ごすかが主軸になることが多い中で、お客様にはその一杯が“たかが”で良い時と“されど”と捉える時があるのは確かなのだろう。
それでもここ10年ほどで、品種や土壌など農家さんの意識や品質の向上を含め、その市場はクオリティを求める傾向にあり、農作物としてコーヒーチェリーが改めて果実として着目されれば、その実であるカスカラからコーヒーシロップが作られるようになり、さらには一般的だった三大精製方法から、新たにハニープロセス(スマトラ式)が注目されたり、アナエロビッグ(発酵)が工程化され、独特なフレーバーを生豆自体に浸透させる製法まで生まれてきています。
カップに注がれる液体になるタメに、生産者の思いや意図が幅を広げ出し、またそれらを口にするお客様の驚きや笑顔のタメに改良を重ねる海の向こう側の働き。
作者となる私達はやはり、そのプロセスも大事に、同じ空の下で関わる者として、生産者と自身の想いを反映させていくべき繋がりが生まれ始めているのかもしれません。
焙煎という作業を調理として考え、抽出という作法を盛り付けとして位置付けカップの中に至り、カウンターに立つ役目を演出と捉える。
これからコーヒー業界というのは、誰が生産し、誰が焙煎をして、誰が抽出しているのかという部分に着目される時代が来るのかもしれない…。
そしてそのコーヒーを何処で飲むのか、誰と飲むのかもにも価値が生まれ、その液体がより意味を成していけば素晴らしいことなのかもしれません。
私も最近は、他のお店の方々と焙煎や抽出について、またお店という存在について、いろいろな方々と意見交換や技術向上などの談義に花を咲かせる時間も増えて参りました。
カップに注がれ漂う香り、そしてそれを口に含んで広がる味わいのハーモニー。
それらを感じることによって息つき抱くBGMのような心地良さや、安心感に高揚感はまさに『飲む音楽』と賞するほど私は大切に思っています。
コーヒーというカテゴリーでは同じでも、喫茶やカフェというジャンル、そして誰が焙煎し、誰が淹れたかだけでも同じと感じる事の少ない魅惑の液体。
その正解のない終わりのない方程式を解きながら、自分自身との答え合わせを、これからも重ねていくのでしょう。

“京の喫茶飲食新聞コーナータイトル”

『寄り道。』

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近年、情報ツールがデジタル化やグローバル化している中でも、アナログとして根強く熱を帯びているものがある。
それが特定の趣味や思考を凝らして自らの手で作り上げる「Zine」という媒体だ。

特定の愛好家が自費出版を経て「同人誌」という形でその価値を高めている冊子もあるのだが、Zineは比較的そのハードルを下げ、様々な人が目にする事の出来るフリーペーパーやフリー雑誌といった形で、ひっそりと今日も何処かの場所に置かれている。

中にはしっかりと自ら費用をかけて販売されているものもあるのだが、その大半は“好きなモノコト”を題材にして、作り手側が楽しみを持って一つの作品に仕上げているものが多く、何よりもその手作り感が魅力的だ。
手書きであったり、オリジナルのイラストを加えたりと、どこの誰に手に取ってもらえるのか、はたまた届いていくのかも分からない未知の領域に希望を持つように、その内容もまた本当に読んでもらえるのかも分からない…。

もしかしたら、ただの紙切れや即ゴミ箱行きになってしまうかもしれない“主張”と共に、Zineには尊さと儚さが付随するのだ。

いろんなお店の情報コーナーやフライヤーなどの横に、ちょこんと一緒に置いてあるだけかもしれないそんな存在にこそ、道端にひっそりと、そして力強く生えるタンポポの綿毛のように、今日も自らの意思と、吹く風によってはセカイを広げていく力を持っているのかもしれません。

皆さんの日常の生活の中で、少し視点や視野を変えてみて、普段なら見逃してしまうそんなモノコトに着目してみては如何でしょうか?

★京都府喫茶飲食生活衛生同業組合
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★河原町商店街振興組合
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先日、日頃お世話になっている組合の通常総会及び懇親会へ各日出向いて参りました。

加えて、両組合とも役員改選の時期となり↓

・喫茶組合では専務理事補佐
・商店街では理事役員

以上に就任することが決まりました…。

身の引き締まる思いで…、頑張ります(笑)

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止まったかのような時間がまた時を刻みだした。
そう思わせるような日本、そして京都の春は今年ようやく華やいだように思う。
ここ数年の我慢や辛抱が嘘だったかのように、人々の心は「動」へと進み出したのだろう。
いや、むしろそんな月日があったからこその人々の笑顔はとても輝いているように思う。
行楽シーズンが終えても、邦人客の到来は陰らず街を賑やかにしてくれているようにも思うし、この動向が良いのか悪いのかは現時点でどのように結び付くのかは分からない。
だけどここからのコロナの分類の移行も含め、私達はまた本当の日常や活気を取り戻すべく、経験を得ての新しい時代へ突入していくのであろう。

そして、そんなこれからの日々に喫茶やカフェの可能性に想いを馳せながら継承と発展を導き出していきたいものである。

なぜなら日本のコーヒー文化は世界をも魅了するからだ。

様々なコンテストでも、エンターテイメントや技術を兼ね揃え毎年上位に名を連ねる日本人は多く、また最近の話題といえば、日本の喫茶店にも感銘を受けながら創業したブルーボトルコーヒーのジェームス・フリーマンが、その約20年の集大成として最高峰のコーヒー体験と称したフルコースを楽しめる提案を、日本文化の象徴としたこの京都に第一号店として「Blue Bottle Studio - Kyoto -」をオープンさせたのだから…。

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時を同じくして、モデルとして東京に来てから十数年、オーストラリア・メルボルンから来たヴォーン氏は、そのコーヒーという魔法のような液体に魅了され、さらには日本の喫茶店と出会う事でその文化をも愛してやまないコーヒー愛好家へとなっていった。
全国の喫茶店に足を向け、またそれと同時にコーヒーを介した企画やイベントに参加もすれば、自らが主催をも行い人々にコーヒーの楽しさを伝え続けている。

そしてそんな彼が、英語講師として携わっていた「川辺株式会社」と4年前にプロジェクトを立ち上げタッグを組んだのだ。
川辺さんは今年で創業100年を迎えるハンカチやスカーフなどの布帛製品を主に、様々なこだわりの生活必需品を製造・販売されている歴史ある企業で、常に私達に陰ながらでも大きく寄り添ってくれている。
それは同じく喫茶店やカフェのように、無くてはならないものではないかもしれないけど、必要とされ、時には贈り物のように特別になるかもしれない大切なヒトトキを演出や提供もしてくれる切っても切り離せない存在として一致する。

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そんなアイテムの第一弾のお店としてお声掛け頂いた私は、ヴォーン氏の話しを聞きながら、共感と共に何よりもその輝かしい眼差しと溢れんばかりの微笑みの表情に、日用品を通して繋がる新しい提案に胸を躍らせ期待を寄せたのである。

そこから2021年春ファーストシーズンは「六曜社珈琲店」「KOFFEE MAMEYA」セカンドシーズンは「BLUE BOTTLE COFFEE」「茶亭 羽當」そしてサードシーズンとなる今年4月には、東京四谷の「喫茶ロン」のアイテムが展開され、来たる6月には京都「小川珈琲」の堺町錦店と下北沢店イメージのラインナップが登場するのです。

大小を問わず、ヴォーン氏が自ら足を運び続ける店舗をチョイスし、川辺さんを通して様々なデザイナーと共にバリエーション豊かなアイテムを作り上げるこのプロジェクトは、ヴォーンがこよなく愛するコーヒー屋達のように、皆さんの手にも大事にされながら使われ続けていくのでしょう。

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★COFFEE TIME WITH VAUGHAN 公式HP
https://www.coffee-twv.com/

★ヴォーン氏HP
https://www.vaughan.tokyo/

★川辺株式会社HP
https://www.kawabe.co.jp/



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『ヴォーン・アリソン』
オーストラリア・メルボルン出身。東京に住んで10年以上。
日本のコーヒーカルチャーを世界に発信するライター、インフルエンサー。モデル、音楽プロモーター、イベント企画、コンサルタント等、100の顔を持つ。

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『川辺株式会社』
弊社は1923年創業以来、永年にわたり服飾雑貨業界においてハンカチーフ、スカーフ、マフラー等の製造販売などを行ってまいりました。
現在は時代に即応しながら業容を拡大、発展を遂げ、香水、タオルや雑貨までアイテムの領域を広げ、いつの時代も常に視点を消費者に向けた顧客第一主義を経営の根幹とした革新的な発想を持ち続けております。
おかげさまで今年の2023年2月100周年を迎えました。
これまでも、これからも「ありがとう」を大切にしていきます。

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新年度より、ホームページが新しくなりました。

皆様と繋がる毎月発行の「京の喫茶飲食新聞」など、情報に限らず様々な物事でお手伝いや貢献が出来るように、これまで以上の支援と活動を目指し喫茶飲食業の方々にも寄り添える組合でありたいと思います。

そしてまた、京都の喫茶・カフェに飲食の絆が深まり、切磋琢磨も出来る良きライバルでありながら仲間にもなる関係性を築き上げ、京都の町が華やいでいく文化を私達の業種からも盛り上げていきましょう。

組合の取り組みや加入など気になる方はまずはチェック、そしてお気軽にお問合せ下さいませ。

★新ホームページ↓
https://kyoto-kissainshoku.com/

☆旧ホームページ↓
http://kyoto-kissa.org/smarts/index/1/
※こちらは近日閉鎖致しますので、現在新ホームページが公式となります。

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★京都の町はコーヒー沼?

近年は、様々な展開や発展が覗えるコーヒー業界。
約20年ほど前だったか、コーヒーマイスターという資格も登場してからは、エスプレッソマシーンやサイフォン、そして長年親しまれているドリップのセカイなど、それぞれの分野でコンテストが開かれるようにもなっていった。

そこから家庭での普及も増え、コーヒー豆に限らず、抽出器具などの楽しみ方にも、以前とは比べものにならないくらいの選択肢を増やし続けている。

まさに産業としても、コーヒーの存在価値や意義はより高まりを見せ、農園といった生産者から流通、そして焙煎といった各専門分野も広がりを見せ続け、分かりやすく言えば、まさにワインのような位置づけで親しまれ、身近にもなり、また逆に専門性も高まってきたようにも思います。

それでもまだまだ知識としては、一般の方々や職として扱っている私達でも追いつく事が難しくもなっているコーヒーという飲み物。
以前から話しているように、あくまでもコーヒーは傍らに置いて過ごす場所や過ごし方を考える事が出来るのも魅力であるという存在でありながら、その一杯に情熱を捧ぐ抽出にこだわりを持つ人、またその前提にある焙煎に自らの技術を反映していく人など、職人と言えるような思考を用いて向き合う人も多くなってきています。

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実はその“こだわり”の部分を京都の喫茶・カフェの町で楽しめるイベントというのが定期的に行われているのをご存知でしょうか?

『COFFEE HOLIC』

その名の通り、ある人にはいろんな意味で中毒性のあるその飲み物を、より体験していこうではないかというイベント。

どの豆で誰が淹れて、どこで誰とどの時間に飲んでも、シチュエーションを含めて“コーヒー”と言えど同じが無い魅惑的な存在。

そこで、参加店が同じ生豆を用いる事を前提に、焙煎から抽出までをそれぞれの思考と技術を反映させ、同様の豆でもこれだけの違いや表現方法があるのだと知ってもらうきっかけ作りと共に、まさにコーヒー好きの方には知識と共にたまらなく贅沢な体験が出来る一ヶ月間が続くのです。

今年は2月に開催され、約一ヶ月間テーマとなるコーヒーがメニューに加わり、各店舗で“その一杯”を楽しみながら、スタンプラリーを達成すれば(全店コンプリート)特典ももらえる。
当組合からも「京都珈道」「Okaffe kyoto」「六曜社珈琲店」も参加していて、運営を「NuCUP COFFEE」「ブルームコーヒー」と個人の方3名を主軸に活動されています。
さらには、今回初めて「京セラ美術館」を会場にして、一日イベントも開催され、その日は参加店が一堂に会して全てのコーヒーを、その日にその場で飲み比べ出来る一日となり、結果予想を上回る来場者数は会場を埋め尽くすほどとなり、改めて京都という町が、コーヒー消費量全国一位として君臨している事実を実感出来たと共に、お客様にとっても発見と驚きの声が飛び交う、双方にとても素晴らしいイベントとなったのではないでしょうか?

これからも、京都の町の喫茶やカフェは、誰かの時間に寄り添いながら、それでもその飲み物がクオリティの高いレベルで皆様のテーブルに運ばれ、そして息つく一杯となるように、これからも町全体で繋がりやコミュニティを広げていき、良い意味のライバルとして切磋琢磨すると同時に協力しあえるように、当組合が京都の町のコーヒー文化を紡いでいければ、それほど嬉しい事はありません。

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☆喫茶組合の月刊新聞の新連載スタートしました。

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喫茶とカフェ、はたまたマスターとバリスタのように、コーヒーの世界では何処かジャンル分けされた表現が広がっている。
同じ珈琲を主軸に置く店や立場として、実際それらはどのような役割を果たしているのかを、岡田さんとの対談から探ってみた。

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★コーヒー屋として
小川珈琲時代に数々の競技会に出場し、チャンピオンという輝かしい経歴もある岡田さんは、2016年に独立し「Okaffe kyoto」をオープンされた。
そこは以外にも喫茶店跡をリニューアルした店舗で、その後はスウィーツやロースタリーなどの展開も見せている。
カフェやバリスタという印象を持っていた岡田さんに、そのジャンル分けについて伺うと「いや、僕も喫茶店が好きだから」と、志しやルーツは以外にも『古き良き時代』にある事が確認出来た。
実際Okaffeがある場所は岡田さんの地元、また新たに展開したロースタリーも同級生が営んでいた材木店をリノベーションしたお店で、かなり地域を意識されている。
また、メニューも今までの繋がりを大切に、京都ブランドから考案したり、地域を大事にと近隣から食材を調達したりしている。

そもそも喫茶とカフェというジャンル分けは『訪れる人達』のカテゴリーの区別にしか過ぎないと私も思っている。

時代の流れから海外の文化や思考が入り込んで来て「バール」というものが根付き出してから、お酒を出す店も増えて、喫茶店からカフェーというジャンルが大塔し、近年ではセルフ式やスタンドという形と共に最先端を駆使するファッション的な感覚でお店が展開されている事も多く、それは時代に準えるなら『ハイカラ』だった表現が言葉や形を変え、今の時代にも繰り返され発展しているにしか過ぎず、店主の想いというのはコーヒーを介して『時間』や『空間』を作り出していくものとして岡田さんと共に意識確認ができ、またそのテーブルに置かれる一杯としては『こだわり』を持つべきではあるという共通認識を計ることが出来たと共に、私達はコーヒー屋さんであるという感覚なのである。

要するに、私達はコーヒーをメインにお客様とを繋ぎ、そのお客様に抱いてもらう満足に結び付ける術を、それぞれのカタチで持ち合わせているだけなのではないでしょうか。

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★その役割
それぞれのお店でお客様が過ごされる時間の中で、場所や空間と共にそのテーブルのヒトトキというのは実に自由である。
『どのように過ごすか』も付随してくるコーヒー屋のセカイは実に不確定要素も多い。
またお店の様々なスタイルやお客様の価値観も入り混じり、世代も関係ないそのハコの中を流れる雰囲気に彩りを添えることは実に難しいものでもある。
特にカウンターのあるお店、またカウンターに立つ司令塔の役割は実に重要なのである。
岡田さんは「失礼かもしれないけど、僕はお客様ではあるけれど、関係性は友達と位置付けている」といった旨の話しをしてくれた。
現に私は何処かお客様との関係性は商いをする上で大事な立場関係はあるものと思っていて、1つ1つのテーブルに目を向け、一席一席に寄り添うイメージで日々を過ごし、お客様の人生の中で考えればほんの一瞬かもしれない時間を預かっている感覚で少々重い…(笑)
しかし岡田さんは、最終的には皆が笑顔になっているお店を意識していると言う。
その言葉を裏付けるように、店内には大きな窓から光が差し込み、お店の人もお客さんも笑顔で溢れていて実に明るい印象を受け元気をもらえる。
三者三様、十人十色、それは生きていく中でも様々に広がるものではあるけれど、それらを1つのお店でまとめ上げ、1つの場所で共有する中では、やはり店側の想いというものが、お客さんの心を惹き付け魅力となり、また揺さぶるものであるというのが確かなのだと感じた。
やはりお店のカラーを用いるというのは特に重要な事なのだと思う。
そしてそのスタイルを、お客さんが日々何処かのタイミングで『行きたいな』と思ってもらえるような責任も兼ね揃えておかねばならないのだろう。

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★その一杯
少し話しを拡大して、この業界についてになるのですが、近年の競技会や展覧会というのは実にバラエティー豊かな内容が繰り広げられているのを御存知でしょうか?
また、バリスタやロースターといった、それぞれの作業工程を専門職として捉え、各々の知識や技術を磨いて職人のように携わる傾向が増えているようにも思います。
中にはマスターと位置付くような、個人店として全てをまかなう役割を担う人もいますが、生産者レベルでも、生産国の地域活性化や農園の農作物としての向上に加え、かなり特異性も兼ね揃えた生豆が増えてきた傾向もあります。

私は兼々、そのような様々な発展が消費者というお客様に戸惑いや複雑さを生じさせ、コーヒーが身近な感覚ではなくなるのではないかという懸念を持っていました。
すると岡田さんは「薫平ちゃん、だけど美味しいやん!」と一言。
経緯やプロセスといった方程式のようなものを用いる事も必要だと感じている僕には単純にハッとさせられた瞬間でした。
そして何よりも最終的にはお客様に届ける自身の回答なるものの提供が、コーヒーという液体に結びつき、その答えをお客様が美味しいと思ってもらえたら良いという実にシンプルなもので、私は少々複雑に考え過ぎていたのかもしれないことに気付かされました。
勿論、そこまでの過程や工程を浅はかにくみ取っている発言ではなく、プロとして自然にカップ一杯のコーヒーを『美味しい』ものに繋げる技術や経験が重要なだけであって、そこにお客様との答え合わせが生まれれば良いだけなのです。
ただ、補足するのであれば、専門職となりつつあるその1つ1つの作業『焙煎→抽出→提供』という流れを全て一貫して行える能力を兼ね揃えた方が幅も深みを加わり、お店の継続という意味では大きな厚みと強みを持てることは確かだということを岡田さんと共感する事が出来たのは嬉しかったです。

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★二人の思うエンターテイメント
今回の対談で、岡田さんと改めて共通して捉えているモノコトがありました。
それはお店を舞台と表現し、演出しているという点です。
その役割は監督でもあり、演出家や演者でもあるのですが、少し視点が違うとすれば、岡田さんはカウンターの中を舞台とし、客席を観覧席のように招いて一堂を歓喜させる観点で、まさにエンターテイナーなのである。
私はというと、お店自体を舞台と考え、お客様と同じ立ち位置で、その時々に全ての人が主役になり得る可能性があり、また脇役にもなる総合演出として、その時を彩るアーティスト的な感覚でお店を営んでいると感じた。
そして、そうやって過ごすお店の中でのそれぞれの『おもてなし』はホスピタリティーではなくエンターテイメントから準えている点が、角度は違えど同じ舞台として立っている事が覗えてとても感慨深かったです。

今回の対談を通して、同業の皆様やお客様でも、様々なお店の沢山の演目から選択肢を持ってもらえたらと思うと共に、京都のコーヒー界や全国のコーヒー業界が、ますます面白くなっていくことを願うばかりでした。

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─24h─

「今日出来る事は明日へ延ばすな」
「今日出来る事は明日にでも出来る」

そんな言葉がある中で、あなたはどちらの感覚の持ち主でしょうか?

勿論どちらかでないといけない訳ではなく、何事にもバランスを取って、その時の自分に向き合える事が何よりも重要かとは思うのですが、私はどちらかと言うと前者の考えの持ち主です。
さらには何処かしら無理をしてしまうクセがあり、持ち越す事があるならばやりきりたい。その時間を費やす時は、1日は24時間あるのだからと睡眠時間を削ってでも作業含め、自分の心や頭の中を整理しクリアにしておきたいと思ってしまう性格です。
それでもそれは少し昔の話し、今は年齢や立場的なものも加わり、自分自身に課すことも無理をしすぎてはいけないという経験値は持ち合わせてきましたし、長い目で見る観点も必要不可欠であるという余裕は持ち合わせないと、体が資本であることは間違いないのですから、一日の使い方というのは非常に大切なのだと思っています。
ただやはり、どちらかに寄りすぎた観点になりすぎると、得るものも得られず、何処かしら何かしらで大崩れしてしまう事があるのは確かな事実なのではないでしょうか…。

少しワンダーランド的な話しをするのであれば「時間は作られたもの」であるという事です。

本当は流れていない数字の羅列は、確認と共有を計るものであり、物差し的な役割を果たす意味はありますが、根本「時」というのは流れてはいないのです。
一分一秒、月日、年月、そんな積み重ねは、その人や誰かの一生分の数が1回として全て。
太陽が昇り沈むを繰り返し、地球や宇宙が回っているだけで、何かが進んでいるというのであれば、それは時間ではなく、人間や世の中が歩んでいっている「行く末」だけなのだと思います。
そしてそれが紛れもなく事実で、ワンダーランドではない現実世界が時代と文化なのです。
そう思えばほら、作られた時間の使い方なんて自由だとは思いませんか?

こと私が生きてきた世の中の、バブルが弾けた日本の社会や生活は、何処かしら何かに抑えられ、何かに追われているような時代になってしまったように思います。
飲食店のセカイで言えば、資本力や外資が大塔し、チェーン店というカテゴリーが増え、機械的機能で利便性を図れば「早い・安い・旨い」が食の時間の価値と、何より店と客の立場を変えた。
セルフ式という簡素化は、サービスとコミュニケーションの意味を履き違えだし、金銭を使わない決済も触れ合う事の重要性を忘れ出している。
それは外食産業の活用が、店や雇用としても、お客の使い方としても、世の中の流れとして利用にしか過ぎなくなってしまったからではないでしょうか。

ほらぁ昔はあったでしょ…
「もう今日は気にせず一杯飲んでいき~な~」や「ごめん、今日はツケといて~」のような、今で言う子供食堂的な善意と関係性。
「これ差し上げますので使って下さい!」や「これお貸ししますのでご活用下さい!」という業者間との関わりも、サンプルやリースでさえ損して得取る感覚で、お互いの価値を高め合い結び付いていたように思う。
待ち合わせや打ち合わせ、会議や談義でさえ、昔はコーヒーを傍らに過ごす場所で介すことが当たり前だった…。
何処かのタイミングで、人が誰かのタメではなく、自分や個のタメの比重にバランスを変えてしまった場面が増えてしまったように思います。

ここ数年で省かれてしまった飲食や外食という産業。
これはコロナ禍という現実を経て、全ての人が決して免れることの出来ない感覚を新たに生み出したとは思います。
そして物価や原料の高騰にあらゆる賃金の課題。これは、現状円安といった世界基準の問題にさえ直面する社会や経済の情勢の中でも受け止めて生活を共にしていかないといけない訳ですが、ピンチはチャンスという言葉もあるように、高い壁が今立ちはだかっているのであれば、その壁が何かを阻み防止しているだけではなく、昇り越えることや崩していく活力や勇気を与えるものと捉え、今改めて力を発揮する時期が来たのかもしれません。

ここ数年で感じた同じ空間や場所で共にする肌感や質感の重要性や心地好さ。
そして距離感という直接の触れ合いの中で生まれるあらゆる価値やあたたかみ。
離れる事で、奪われる事で感じる当たり前だったことの有難味や幸せは、今人々の心に再認識されたのではないでしょうか?

きっと我々飲食業や外食産業の必要性は、生活の中でも切っても切り離せない価値や関係があったことと思います。
そして、作られた時間も大事という中で、誰かの句読点に喜びや満足に結びつく一時や場所はお腹だけではなく心も満たしていたはず。

さぁここから、そして今こそ存在価値と意義を高めていこう!
飲食の未来はきっと明るいぞ!!

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本日2023年1月30日(月)京都東急ホテルにて、令和5年最初の京都喫茶飲食生活衛生同業組合の理事会が開催されました。
また、合わせて3年ぶりとなる京都賛助商社会様と京都コーヒー商工組合様との新年合同懇親会も行われ、初陣から意思表明や意見交換など親睦がより深まる良いスタートが切れたように思います。

私個人的にも、より良い活動に向けて、責任を持って今年も取り組んで参りたいと思いますので、皆様どうか宜しくお願い申し上げます。

いよいよ、季節性のウィルスとしてのコロナ明けの世の中が見えてきたのだと思います。

喫茶やカフェ、そして飲食のセカイが晴れやかになることを願うばかりです。

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12月13日(火)&14日(水)に京都府の生活衛生同業組合の関連活動として、我ら喫茶飲食組合も、京都料理組合主催の『京都料理展示大会』の一角にブースを構えサポートして参りました。

三年ぶりになるのかな?みやこめっせでの開催。
未だコロナ対策を講じた企画内容とはなり、以前の例年通りといった華やいだ規模感ではありませんでしたが、沢山の方々が訪れる姿は、様々な事を思う一面もありました。

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京料理や和食としての伝統や、技術継承、時代形成、そして何より100年や200年の歴史を重ねて語られる老舗の志しと日本料理の食文化には、喫茶業もやはり学ぶべき点があるのだと感じます。

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そして、京都という枠組みは特に、そして日本の喫茶、はたまたカフェという珈琲文化も、茶道と共に受け継がれる“和”のセカイに対してはまだまだ浅い未熟な価値観や時代の構築と捉え、存在意義を求めて後継していかねばならないんだなぁと感じる体験を、久々に足を運ぶイベントを通して感じるのでした。

コーヒー道なるものが語られる時代を作るには、まだまだ喫茶・カフェの文化は発展途上なのだと思います。

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紅く色づいた木々達は、寒さと共に厚手のコートを身に纏う私達とは違い、装いを剥がすような姿へと変わりゆく。
陽の沈みも早くなり、夜に灯されるネオンの光は一層輝きを増し、放つ時間を延ばしながら、私達の心も何だか照らしてくれるような気もするのです。

「足早に家路を急ぐよりも、ちょっとだけ寄り道して暖まろう…」と。

そして、そんな光の中に迷い込んでいくのである。

『京都は街自体が一軒の巨大なカフェのようだ』
『京都は喫茶・カフェのテーマパークである』

と、謳う人がいるように、そんな地に身を置く私達には、いつもどこかでコーヒーを傍らに過ごせる場所が近くに存在してくれている。
そして、そんな「千差万別」「多種多様」なアトラクションを選択出来る贅沢さは、他の地方には珍しい文化になっているのではないでしょうか。

そしてそれは、人々が眠りにつき、静まりかえる時間でさえ続いているのである。

日を跨ぐ午前0時を過ぎてもなお、注がれる黒い液体は、もはや輝くように美しい。

眠りたくない訳ではないけれど、眠りにつく前に、何だか頭の中を整理したくて、心の中をリセットしたくて、誰かと話しをして何かを整えたくて、時に白い紙にペンを走らせ、また時に本のセカイのページをめくり、自分の気持ちや考えに向き合う事で、日付が変わってまで短くなっても構わない良い夢を見るタメの現実の時間を削ぎ落としながら、明けない夜はない朝に繫がる無駄かもしれないヒトトキに意味を問い、価値を持たせる時間を過ごせる場所が、京都にはいくつか存在しているのです。

そんなお店の輝やきは、暗い街並みの一筋の光でしかないかもしれないけど、百万ドルの夜景とされる綺麗さよりも眩しく、またそんなお店の店主の眼差しこそが、優しく、感謝を覚えるほどに力強く支えてくれているのかもしれない。

そして最後、温まった体が身震いするほどに寒い扉の向こうを開ける背中に、語りかけるような「おやすみなさい」の一声があるだけで、家に着くまでの体温を暖めてくれるのである。

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『出張的感覚』

漫才師 大木こだまひびきは舞台に登場すると共にこんな事を呟きお客さんの笑いを誘う。

「わざわざ来てくれんでもいいのに~…、来んでも何やったらこちらから行きましたのに~…。」

そんな掛け合いが、最近になって感慨深く思った事がある。

店舗を持ち、お店を開業するという事は、お客様を迎え入れるカタチだ。
そしてそれはお店を持った時点で、そこからは全ての人達がお客様になる可能性を秘めている。
もっと言えば、僕の観点からすればお店を構えるということは、その土地その地域に根付いていくべき共存も必要だと思っている。
そんなセカイに一見さんや観光客という距離感の人々が、そこにある日常に入り込むことが出来れば何よりの楽しみになるのでは?と…。

飲食店ならば、近隣で食材を調達したり、消耗品でも購入したり、横の繋がりを広げていく事で、お互いや地域の利用が活性化するのであれば、何よりも心強い関係性も生まれるもので、そんな点(店)と点(店)が繫がっていく流れが、さらに町として循環し、いずれは線や和になるようにも感じています。

それでも地方によってはその循環が難しい土地柄もあるでしょう。

そういった地域では昨今、ふるさと納税などの返礼品や、町おこしとなるイベントを含め、以前からは他府県が一丸となる特産や物産展に、近年ではB級グルメや、リサイクルも含めたSDGsという観点も生まれて、蚤の市やメルカリのようなネットを通した多種多様な個人の販売にまで注目が集まるようになってきています。

その土地、その地域に属さなくても、イベントや出店を通してお客様の元へ向かう「出張型」の店舗もまた今熱を帯びていて、何よりの大塔は『キッチンカー』ではないでしょうか?

自分達の想いと、その気持ちと共に自信を持って運ぶそれぞれの背景や魅力を伝えるべく新たな店舗のカタチが、「場所」は生まなくても「場」を用いるコミュニティーとして、昨今であればテイクアウト主体のスタンド的な店舗も筆頭に現在は価値を見出しているのかもしれませんし、そういったお客様になるかもしれない方々の元へ出向く移動式のカタチは、昔から準えれば大遠征な「出前」としても、最近ではケイタリングといった、より専門的で鮮度感さえ保てる魅力溢れるツールも選択肢として広がっているのも事実で、当組合でもそういった移動式店舗様の加入は可能で、最近では『TRUNK』さんというキッチンカーの方が加入されました。

そして組合として、そういった方々が活躍出来る場や、一堂に会するイベントが開催出来ればという野望も持ち始めているのです…。

今は珍しくなってしまったかもしれない出前。

それはUber EATSのような、見知らぬ人を介したお届けではなく、簡素化や利便性も求めた横流しな販売目的だけに至らない、そのお店や人を感じる事の出来るお届けの方法。

うどん・そば屋さんや定食屋にお寿司屋さん、そして町のお弁当屋さんという昔ながらのスタイルは今も確立され受け継がれていると思いますし、その発展型が代行サービス。
僕も昔は前田珈琲勤務時代、烏丸に広がっていた呉服屋さんや商店、個人宅や企業様の会議にだって、コーヒー1杯からを自転車に乗っておぼん片手に颯爽と駆け巡っていたし、それは雨の日や風の日も、はたまた雪の日や嵐の日だって、雨具や防具に上着も羽織らず(笑)当たり前のように、そしてどんな日でも晴れの日なごとく「毎度!」と足を運んでいましたし、イベントや記念日のサンドウィッチのオードブルやケーキ、そして何十杯というコーヒーでさえお届けに上がっていたものです。(思い出)

今でも『タナカコーヒー』(祇園店)さんは、
夜の街のお店に、オードブルやフルーツの盛り合わせなどをお届けしていて、祇園の地にしっかりと根付き、喫茶店としての役割を十二分に発揮されています。

いろんなモノコトが豊かに、それでいて手軽や軽薄になってしまったように感じる今の時代の蔓延り方に、何だか疑問を感じ、また戸惑いを抱いている人も多いように感じます。

そしてそんな薄っぺらさに、本質や信念といったようなコンセプトが背景にあること、そして伺える芯や土台といったモノが、これからというよりも、今、もうこの時代に必要になってきたという「藻掻き」が年代や世代を通じて、また新旧共に再認識や再確認の出来る将来性が見出せてきているように私は実感しております。

要するに「流行」や「一発」を追い求めることほどリスクは大きく、駆け抜ける事も難しい。

そして逆に地に足着けて「継続」や「長続き」のタメに紆余曲折があることで、走ったり歩いたり時には休むという強弱やめりはりがあるというモノコトがある意味人生を豊かにするのだと信じているのです。

真逆や両極があるから価値が生まれ、選択する連続があるからこそ正解無き答えが無限に広がる。

そして皆が気付くのです。
そうやって時代はナガレ、循環し続けながら新たに(改に)変わっている事を…、そして繋げていることを…。

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トキメキ!

共働きの両親のもとに産まれて、僕はそれほど旅行といったようなビッグイベントが少ない家庭ではありましたが、チラホラ近場ではいろんな所に連れて行ってもらえてたよなぁと思っています。

なかでも喫茶店で過ごす時間は、両親の趣味でもあれば、職業柄勉強もしてたんだろうなぁと同じ大人になって気付くのですが、そんな事も知らない幼少期に数々の喫茶店やカフェに“連れて行かされてた”(笑)僕には、そんな場所だからこそ沢山の思い出があるのです。

毎月25日の北野天満宮の「天神市」に行った際の帰りには必ず『静香』に寄っていて、僕はアイスクリームを食べるのが楽しみだった♪

銀色の器に丸いクリーム色のバニラアイス、そしてその上に何でもないウエハースがちょこんと乗ってるだけで、たまらない贅沢だった。

遠方から来る友人と待ち合わせる時の親は『イノダ』で待ち合わせて時間を過ごす事が多かったけど、僕は赤か白かの太~いスパゲッティーを食べさせてもらえるから楽しみだった♬

これまた高級感のある銀の器には蓋がされて席に届けられ、目の前に置かれると共に開けられて湯気の奥から美味しい匂いが追ってきて「食らうぞ!」ってなる感覚。

正月、南禅寺の祖父母の家に親族が集まっていた時は、これまた帰り道に元旦でも営業している『はなふさ』に寄って、グラスで出てくる温かいカフェオレに何だか不思議な気持ちになるのも嬉しいヒトトキでした。

他にも沢山、京都に限らず大人になって自身でもいろんな店を開拓しようと喫茶店やカフェを周り始めた時に“この店知ってる!”“ここやったんや!?”と名前も場所も知らなかった遠い記憶が蘇った時には小さな感動と、子供ながらに感じていた贅沢が入り混じり、日常の中に特別感を添えてもらったような喜びが溢れたのも覚えています。

そうやって僕には“こんな時には”“あんな時には”という過ごし方を選択出来るお店をいっぱい知る事が出来ていて、何よりもそんなお店達が今も僕の止まり木として寄り添ってくれているのです。


“喫茶店とはなんぞや?”と問われても、その答えにはまだ辿り着いていないし、勿論答えがある訳でもなければ、人それぞれの中に利用法がある多種多様さが喫茶店やカフェの醍醐味。
その自分の中の答えを見つけるタメに探り続ける事も、この仕事の『マスター』という存在価値を見出していきたいからなのであります。

そういえば昔、祖母に高島屋の屋上に当時あった遊び場に(観覧車もあったよね~)連れて行ってもらっていた時に初めてクリームソーダを注文した時があるんだけれど(親にも内緒だからドキドキ)よく分からないから刺さっていたロングスプーンでアイスクリームをゴソゴソすくおうとしたら、炭酸がブワーッと膨らんで溢れ出て泣きそうになったのを覚えている。
祖母はそれを見て「何してんにゃ~」って笑って楽しそうだったけど、僕はそれ以来クリームソーダのファーストコンタクトは慎重だ(笑)。

もっと言えば、今気付いたんだけど、そこって等組合現理事長のお店『あさぬま』だったのかもしれない!と思うとこれまた縁が深い…。

話しを戻してとにもかくにも共通して言える事は“童心に返れること”ではなかろうか?

今でこそ当たり前になったカフェのプレートランチやカフェ飯ならぬ無国籍な創作料理。
喫茶店に行けば洋食も揃えば、和食もあり、中にはうどんやそばに味噌汁なんて置いてあって、食後にコーヒーのセット!
そんなん合うわけないやん!!っていうセカイは喫茶店ではごく自然で、お店もお客さんも普通にそれを違和感なく受け入れているのも不思議なセカイなのだ。(ハイカラや~ん)
 
そんな姿が、人種も問わず、人を問わず、誰でも受け止めようとする懐の深さのようなモノになっていて、ご年配の方でさえ時には童心に帰って甘いモノを頬ばる姿も愛らしい。

今、世の中は何に飢えているのか?
特に最近良く見るのは、「~~市」や「~~博」それは家具や文具でも、手作りのお菓子や飲食でも、皆が好きな物を集めて一堂に会する催しを良く見かける。

そんな中、先月の5/8(日)には、喫茶マドラグ 山崎氏が中心となり開かれた「パフェ博覧会」なるイベントが『世界倉庫』という新たなイベントスペースで開かれた。(京都を代表するクラブ WORLD KYOTOが運営/通常はカフェ営業 )

そこには等組合である“マドラグ”は勿論の事“さらさ”に“六曜社”そして“piu cafe”を含む合計9店舗が、コラボパフェも含めて沢山の人の心をわしづかみにしていたのだ♬

レトロブームではないが、昔ながらが再認識されている昨今。
それと共に生きる時代。
等組合も新しい根が生え始め、生まれ変わる訳ではないが、新しい水と風を諸先輩方という太陽の恵みのもと蓄え始めている。

そんな活動に、等組合の皆様や、いろんな方にも加わってもらえるのであれば、時代を変える訳でもなく、塗り替える訳でもなく、繋げていく活動も実現しようと強く思っているのです。

長く続いていく事は、いろんな人の童心と共に、誰かの思い出としても残り続けているはず。

そんな良き文化をこれからも伝え広げていけるよう等組合は皆様とこれから切磋琢磨も出来る場を作っていきたいと思っています。

どれだけ歳を重ねても好奇心は忘れず、無邪気な心も保ち続けたいですよね~♪

先日の5/27(金)、書面総会が続いていた昨今の3年ぶりとなる会場での第56期喫茶飲食生活衛生同業組合通常総会が開催され出席をして参りました。

総会は滞りなく進み、様々な物事が可決・承認され閉幕。

無事に懇親会にコマを進め、賛助商社会様やコーヒー商工組合様など様々な企業様との再会や親睦もまた飲食業界の一致団結を思わせるような素晴らしい会になったように感じています。

理事長も、久々の開催に組合の存続に対する想いや次世代に託していく熱い気持ちを述べられ、私自身も背筋が伸びる思いでしたし、喫茶マドラグの山崎氏や、cafeさらさの尾崎氏の理事加入は、企業様や組合員様、そして今後加入されるかもしれない京都の喫茶や飲食店さんに対するメリットを感じて頂けていると思いますし、何より苦境に立たされた喫茶飲食が益々一丸となって京都や全国を盛り上げる先駆者として、この組合が位置付いていけるような期待感さえ抱きました。

これからこの「喫茶組合」は本当に皆様のタメに、そして面白い存在になっていく事を予感した魅力的な会になったと存じています。

どうぞこれからも動向に注目して頂き、我こそは一緒にという店舗様がいらっしゃいましたら、是非手を挙げて頂ければ嬉しく思っております。

この場をお借りしまして、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

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薫風vol.2

【逆光】
《「逆光線」の略》写真などで、対象物の背後からさす光。

これは国語辞典を開ければ調べる事の出来る言葉の意味です。

だけど文字や言葉で表現は出来ても“カタチ”の無いモノコトが世の中には存在する。

それは「愛」とか「恋」とか「心」とか「苦楽」など“喜怒哀楽”を含む全ての『感情』をはじめ「感謝」や「姿勢」に「情熱」といった“想い”の部分にそれは兼ね揃っているように思う。

だから人はそれらに馳せ、それらを探ることに迷い悩み、そして何処にあるのかと掴み取りたいがために迷走する。

そしてきっとそこには漠然とした答えはなく、その人なりの探求により辿り着く回答というのが『価値観』として導かれるのであり、それによって人それぞれというものが付随し共存するのが世の中なのだと思う。

私は最近、[須藤 蓮]という俳優を知りました。
そして[逆光]という映画を引っ提げて歩き始めた監督としての彼に出会いました。

彼は“工業的”や“商業的”に織りなされる作品やアートとしての立ち位置に疑問を抱いています。

勿論私達の“商い”としてもそれらは切っても切れない関係性ではあるのは確かですが、それらを中心に回り巡る社会的意義にも葛藤を持っているのです。

認知や知名度、そして影響力といった大きさが本当に評価されるものではないはず…と。

そんな名声が得られる事に超したこともないとは思いますが、大きすぎる空を見上げれば、計り知れないほどの宇宙を想像すれば、世界やましては日本は小さくて、私達がそれぞれ生活する地域というの想像する以上にちっぽけなのかもしれません。

だけど、だから尊くてそんな身近なネットワークが何よりも大事なのです。

彼は今、自身の映画作品を通して配給という作業と普及という活動を、カルチャーとしても最先端や話題性で渦巻いている東京を中心とした飛躍に疑問を称えて、あえて渦の外である地方から自分の足で、そして携わったキャストと共に、さらには仲間の輪を広げて“行動力”と“求心力”と共に力強さと心強さといった渦に負けない土台や芯といった自分なりの柱を構築させようと突き進んでいます。

そしてこの映画逆光においては、脚本家 渡辺 あやさんという経験者の視点とそれを見守る視野が支えになっているのも確かで、各世代を通して共存する意味、継続していくという価値と関係性というものも改めて考えさせてくれるのです。

そして、そんなもしかしたらちっぽけかもしれないセカイやセカイ感が何よりも重要で世間や世の中に広がって大きく繫がる事を信じているのです。

私達喫茶や飲食店というのは、スポーツや音楽、そして舞台や映画といった一堂に沢山のお客様を歓喜または感動させるものでは正直ありません。
ただ、一組一組や一人一人の時間に寄り添い小さな喜びと幸せを持ち帰ってもらう連続で少しずつ地道にその価値を高め広げているのです。

その人の人生の中で考えればほんの一瞬かもしれない時間に重きを置き、たった一杯のコーヒーでいっぱいのお客様に笑顔と満足を持ち帰ってもらう事で、止まり木のような時間にさえも大切なモノコトが転がっている事に気付き拾い集めてほしいのです。

そしてそんな「特別」と「日常」が交差する日が4月13日(水)に、三条河原町の六曜社にて繰り広げられました。

“昭和喫茶へ行こう”と銘打たれたそのイベントには若者が集まり、携帯を忘れ、本やレコード、そして見知らぬ人とを交えた対話や交流が生まれたのです。

令和の時代にはもしかしたら珍しいかもしれないその光景には、あの昭和の時代のような体験と体感が入り混じり、何より従来“外”で過ごすべき社交性を兼ね揃えた『サロン』としての役割が確かに存在していました。

主役であるべきはコーヒーでもなく、映画でもなく、店主や出演者のものでもなくなり、その“時間”と“場”といったそこに集まった人達の“居心地”と“居場所”になっていたことを肌で感じれたのです。

そうやって一昔前は喫茶店という存在はいろんな意義が混合し共存し、それぞれが互いに評価され、価値観や世代観の違いに対して分別する事を今よりしなかったように思えば、社会においてももっと混同していたように感じてしまうのです。

今は時代の流れが早過ぎてほとんど誰も追いついてないような感覚で、何かが先行し過ぎてしまっている。

若者よどうした!ではない
大人よしっかりしろ!でもない

それぞれを切り分けるのではなく、切り離すわけでもない、お互いの尊重と共存。
それらが、もしかしたら継承され続いていく何よりの近道なのだと実感したようにも思います。

モノの価値は大きさや重さでもなく、そこにある人達にとって、何でもない事でさえも何かの時に思い返せる事というのが大小問わず『宝物』になるのだと痛感したのでした。

そしてそれをしまう宝箱もまた“形”はなく何処に置かれているのか分からいほどに尊いのです。

何かを目指す先には光が差していて、そのモノコトが影になって見えないならば、その影の姿が見える所までまずは目指し続け、そして辿り着いた人達にだけその光の先が見えるのかもしれません。

そしてその先から後ろを振り返った時に残っている足跡の数が、何よりもあなたの支えと強さになり『自分』で居続ける事が出来るような色を放てるのでしょう。

新年度の4月となり、組合新聞の刷新を行いました。

喫茶組合としての新たなステージにも向かうべく、広報(新聞担当)にも属し、改めて組合の価値を高めていく活動と、認知度を更に広めていくタメにも、新聞としての役割を再確認して発行に至っております。

そんな中、自身のコーナーも設けさせてもらい、いろんな観点からの思想や情報もお届け出来たらと思っておりますので、こちらのページ(ブログ)では毎月一回の私の担当記事のご紹介をしていきたいと思います。

どうぞ宜しくお願いします。

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私達は“食”という文化を産業として商いを営んでいます。
また、それらに“存在意義”を高めていくことを念頭に日常に寄り添う手段を見出そうともしているのだと思います。

そんな中、ここ数年のコロナウィルスの猛威に私達のみならず生活や社会といった全体が規制や制限をかけられ、本来や従来といった理想を奪われている現実が大多数を占め、私達は特にその“存在価値”を省かれているような位置付けに立ってしまいました。

それでもそんな逆境に立たされる事で、顧みるという時間を経た人もいるでしょう。

思えば真逆のインバウンドの時期、京都は誰のためのモノ?になっていたように思います。
観光地化が進み、異様なまでに人で溢れかえっていた街や町には生活の不自由も生じ、私達飲食店にも良し悪し含め多大な影響が出始めていて、迷走を究めている人も多かったのではないでしょうか?

そんな極端な両極を経て、今私達に芽生えているもの、又は構築されているものというのは何なのでしょう…。

時代はデジタルや情報化社会へと発展を遂げ、「ネットワーク」や「グローバル」といった規模が膨張しスピード感が増しています。
「システム」や「データ」という数値化が進み、マニュアルを招いたロボットのような思考が感性を支配しています。
「便利」や「利便性」は効率を生み、手間を省く最短で進むような距離感を求めるようにもなっています。

知識や答えを求めるものは画面上になっていて、沢山並んでいたり、整理されているようで混沌としていて、知れたようで身にならない。
人と繫がる手段はツールが主体となり、対面や対話を望んでいたはずの現実からは目を背けてしまい、眼差しさえ衰えてしまう。
それは目標や夢といった希望とするモノコトにもそうなってしまっているのかもしれないし、臆病だったり繊細になりすぎているのかもしれません。

以前はそういったきっかけや得たいものを手にするまでにも時間がかかった。
何より相手に対してやモノコトに対して慎重だったし敏感だったことを含め思いやりが今より多く必要で大事だったように感じれば大胆だったようにも思うのです。

あぁアナログだったあの頃の懐かしさ…
固定電話や手紙にフィルムカメラの緊張感、本やカセットやレコードに触れて感じる質感、待ち合わせ場所に向かう行為や駅の掲示(伝言)板に時計の針の動きに抱く時間の大切さ。
そうやって社会ではない生活の中でも失敗や体験が付随していて、そこから得る感情が何よりも豊かになって強くなっていったのだと思うと、今はいろんな「ルール」や「規則」に守られているようで縛られているだけにしか思えません。

決して今の時代を否定している訳ではありません。
生きやすくなったとさえ感じます。

だけど、なのに息苦しい…
溢れているようでありふれていて、自由なようで窮屈で、世界は広がっているようで狭く感じ、そんな葛藤が歯痒いです。
「共有」や「共通」を求め、同調を得る事でしか存在価値を高めれないような人間関係さえ増え始め、「個人」や「個性」といった一つの小さな光さえ輝けなくなってきているように思うのは私だけでしょうか?


それは“飲食店”といった商いでも同様の事態を招いているように思います。

一昔前、バブルが弾けて資本力や外資系がより姿を現し、資本主義がさらに格差を生み始めました。
そこには“資金”に換えることの重要性が特出し、経済や社会が“人”をある意味全体で見なくなっていったようにも思います。

食券やセルフサービスが増加し人を介す事が減り始めれば、客席で感じる開放感は一方で不必要な自由になってしまったとも言える。
カードや電子マネーが人の目を見るやり取りやお金の重みを感じる体感を簡素化し、さらに言えば作り上げるものさえ機械に頼り、安定や量産に導いたものにはぬくもりが欠けるのです。
接客はサービスと化しているものの、そこにはあるべきはずのおもてなしの“心”は欠け、単なる仕事になっていて、やはりそんな“時間”や“場所”には“尊敬心”や“信頼関係”というものは生まれにくくなっているのではないでしょうか?

それの何が問題なのかと思う人も居るのかもしれませんが、私には少し前にはまだたくさんあった人肌を感じるお店が感慨深いし、そんなお店に“居心地”や“安心感”を抱いていたと同時にこれからも増えていってほしいと強く願っています。
そしてそんなお店達が頭や心の片隅にで残り、また訪れたいとお店を後にするのです。

それは母の味のように求めてしまい、それらは実家に帰るような感覚で店主や従業員に会いにいく。
そこは自分を快く受け入れてくれて自身の部屋のように過ごしやすいのだけど、外に足を運んでいるという感覚はマナーが生じ背筋が伸びる程良い緊張感と相まって心地良い。
今ではお店探しは片手で繋ぐ画面越しに行き場を知る事も出来れば、選ぶ事さえ簡単になったけど、少し前は本当の口コミや雑誌を片手に時に彷徨う時間さえ楽しみになった。
記録されるタメに作られるのではなく、綺麗を纏うだけではない料理には、旨さ以上の美味しさがあり、飾らなくても記憶に残る肌感がそこには確かに存在していた。
勿論そうやって足を運ぶことで、その人なりの正解や不正確、失敗や成功といった結果に繫がるのだけど、それらが体験や経験となりお店選びやお店を知る醍醐味として価値になっていたのも確か。

それは学問ではない漠然としたセカイに置いては答えを知る事よりも、その方程式を重ね選択していく作業が何よりも重要で、そこには遠回りがあっても導き出す自分なりの“やりがい”や“幸せ”に結び付ける事が何よりも自身を強くする土台作りや回答に繫がるのだとも信じたいです。


『早い・安い・旨い』もあれば『手間暇かけた熟練の技』もある飲食店のセカイ。
その中間もあれば、何処にニーズを合わせるかはお店側の信念。

だけどそこにはお客様のタメがあって生まれる意義があり、想う気持ちが無ければ続いていくことさえ難しいのだと思います。

等組合は主に個人店さんを支える役目を担っています。

脱サラして人生を賭け、生きるタメに飲食のセカイに飛び込んだ人。
自身の経験を生かし、その技術や感性を惜しみなくお店という舞台で披露して来た人達の歴史も積み重なっています。

時代背景は変わっていき、現代は生活のタメという感覚で仕事や商いに向き合う人達も少なくありません。
だけどファッションではなくパッションを持って、着飾るのではなく自分のスタイルでお客様に愛される店を作り上げ、継続されるお店さんを支え応援したいと切に思いますし、何よりも良きライバルとしても切磋琢磨していける京都の食文化や喫茶文化の継承を担いたいと思っております。

受け継ぐ事と発展する事の両方を掛け合わせ、変えない(守る)事と変える(新しくする)事の矛盾も一環出来る仲間として手を取り合っていければそれほど心強いことはないはずです。

喫茶組合(京都府喫茶飲食生活衛生同業組合)の理事に属してから早四年、五年目も目前にしながら着々と僕も月日を重ねておりました。

素晴らしい諸先輩方と共に、喫茶や飲食店、そして組合の継承や世代交代含め文化を絶やさず守り続けていく事に価値を見出している等組合。

新鋭も増え続け、ますます喫茶組合の土台も強く固まりだした今日この頃、本日3月1日「喫茶マドラグ店主 山﨑 三四郎裕宗 氏」により新たなる一歩となる発展を遂げようとしています。

題して喫茶組合公認Instagram『喫茶探訪』
https://www.instagram.com/kissatanbou/

※山崎氏Instagram
https://www.instagram.com/madrague_sanshiro/


組合員だけでなく、一般の方に向けてもお店の紹介や足を運ぶ意味を見つけてもらえれば嬉しい限りです!

そして最終的には両者が生活や仕事と共に繋がり合っていき、お互いを尊重していける“無くてはならない絆”が生まれていく事も願っています♪

素敵な日々や小さな幸せと感じるモノコトは、日常の中に普通に転がっていて、それを拾い集めることが出来る視点があるかでも大きく変わってくると思います。
そんな発見があなたの町や地域に根付く、そばにある小さなお店にさえあることも気付いてもらえれば幸いです。


★京都府喫茶飲食生活衛生同業組合
http://kyoto-kissa.org/smarts/index/1/
※入会希望はお問い合わせ下さい(喫茶店以外でも可能です)
TEL:075-256-1647

☆そして私も山崎氏へのオマージュ(笑)
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『京都府喫茶飲食生活衛生同業組合』の理事として四期目に突入しました。

現在、飲食を初めとし喫茶店業種もまた苦境であることには変わりありません。
経営問題もありますが、その点は協力金などの支援や活動によっては一歩踏み込めば補助金などの援助をして頂ける事も事実で、個人個人、または一店舗一店舗が意識を強く持ち、知識を増やし用いれば、酒類提供の店舗さんよりかは苦境を乗り越える道筋は作ってもらえているのが現状かと思います。

何よりも本来の姿や本意ではない営業で耐え続けないといけないという姿が、不安や不満という我慢所になっているのが現実的な部分なのかなと感じています。

各業種や業態には、それら繋がりを取りまとめる組織や組合が存在し、加盟するなどは判断によりますが、組合員にならずとも同じ業種や店舗というのは、価値観を共有したり刺激を分かち合いたいと思っていると思うし、何よりこんな時こそ情報共有や切磋琢磨をして協力していきたいという気持ちも少なからず持っていると思います。

取り分けウチの組合も、現在250店舗近い組合員さんの元、その存在価値を改めて問い始めています。

行政と共に、また支援や協賛頂く企業様のお力を借りつつも、やはりこの厳しい世の中となり、組合としての役割やその担い方の土台を固めると共に、その意義に対して一新や刷新といった変化も問わなければなりません。

こう語ると堅苦しく、難しくなってしまいますが、要は現在喫茶店業種共々減少傾向である組合員様を新たに加入に導いて、組合員を増やしてその価値を高めていく事が目の前の課題にもなっています。

その為のより良い組合作りに対しては、理事長筆頭に当組合理事というのは比較的店舗様などの個人個人に目を向け、組合として支える役目を担う事にしっかり重点を置いている組合だと感じていますし、諸先輩達が今後の活動に向けて後世にバトンを繋ぐためにしっかりとその存在感を発揮して下さっています。

最後は宣伝みたいになってしまいますが(笑)
意外と認知されていない、この“喫茶組合”に興味を持って頂けた方は、こんな時だからこその横の繋がりを作り、一体となって支え合い、盛り上げていくために加入を検討してみてはどうでしょうか?という提案です。

良き仲間や良きライバルが生まれる事によっての刺激や共存も必要かと思います。
決して宗教的なものでもありませんし、フランクな組合です。

その肩書きや文字に捕らわれずご興味ある方は是非加入のメリットをお問い合わせ下さいませ。

「京都府喫茶飲食生活衛生同業組合」

http://kyoto-kissa.org/smarts/index/1/
TEL:(075)256-1647

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とにもかくにも飲食業界がこの局面を、少しでも多くのお店さん達が乗り越えていけるよう、組合の有無でなく一体として乗り越えていける事を願っています。

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本日4/20京都府喫茶飲食生活衛生同業組合主催の講習会&理事会に出席して参りました。

このような状況下ではありますが、感染対策を徹底し、もう間近に迫ってきた今年の6/1より完全施行される『HACCP』に対して知識を深めてきました。

このコロナ禍の状況がずっと続いてしまっていたタメ、去年の6/1から施行(1年間の経過措置あり)と定められていた期間も気付けば食品衛生法改正法完全施行が目前となっています。

食品に携わる人にとっては、流通を含め全てが対象となり、今一度衛生管理についても“当たり前の事を当たり前に”という前提から更なる基準を作っていかないといけない世界基準にも基づいて反映されています。

観光やインバウンドも遠のき、コロナでそれどころではない現状ではありますが、目の前に居て下さるお客様や、いつか明けるだろうその先に向けて、環境や対策を実践出来る取り組みが必要となってきそうです。

喫茶組合からも、今後もHACCPに対しての知識を深めるべく講習会などは引き続き検討中ですが、ひとまずは「HACCP」という言葉や法改正があることは認識するべき必要があるかと思います。

今後、食品管理や調理工程はより安心安全が求められる時代になっていきそうです。

・厚生労働省からの情報
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/index.html

・一般社団法人食品産業洗濯機からの情報
https://haccp.shokusan.or.jp/

冬の季節が近付いて、本当に恐れていた感染拡大が現実となってしまっています。

だけど何だか他人事のような、ここまで来たらもう自分は大丈夫なんじゃないかという感覚も無きにしもあらずというか、もう無症状で抗体も付いて月日を過ごしてしまっているんじゃないかという錯覚も起こりそうな気の緩みだけは避けなければと自分に言い聞かせています。

経済を動かすことにはもう正直疑いの余地は薄れていて、だけどやはりそこには一人一人の自覚が必要で、それだけでどれだけでも有効に導いていけるのではないでしょうか?
その自覚が前提にならないなら今の経済対策は危険しかないのでしょう…。

先日、理事を務める喫茶組合主催にて、コロナウィルス感染症予防への理解を深める講習会に参加して参りました。

感染には様々な理由はあれど、とにかく重要なのはそれらを目・口・鼻という面膜に入れないこと。

そして、うがい・手洗い(特に指先)に消毒・マスクといった予防です。

感染しているか否かが分からない場合は、感染しているものと思って状況を考えること。

まずは基本の基本を徹底するだけでも少しは事態が変えられるんだという意識かと思います。

とにもかくにもこの冬を、様々な角度や見解と、色々な行動と対策も理解しながら皆で乗り越えないといけないのだと思います。

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先日は河原町繁栄会という組合の総会に出席してきました。

コロナ禍もあり、順延して、そして感染防止対策もほどこしての9月の開催。

場所は「THE GATE HOTEL 京都高瀬川 by HULIC」

そう、元立誠小学校跡に出来たホテル&商業施設です。


繁栄会の皆様はほとんどが元立誠小生。

この地で育ち、この街の変化をずっと見守ってきた人。

思い出の地が姿を変えてお目見えし、足を踏み入れ内覧させて頂いた時の会話や反応を見て感慨深く感じました。

新たな場所は、過去へのリスペクトや跡形としてのカタチも残してくれていたのです。

当時は3階ほどの高さの校舎。
そして小学生という背の高さの視野と視界。

月日が経ち8階の高さへと背伸びした元小学校は、歳を重ね大人の身長へと背を伸ばした組合員の皆様と共に成長を遂げ、河原町という街のど真ん中で東山の景色を一望出来る場所へと変貌も遂げられました。

皆様同様視界を広げ、見渡すセカイを変えて下さったこの施設の想いに“かわらずかわる”の意味を改めて強く根付かせてもらえた気がします。

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TRAVELING COFFEEや立誠図書館も復活すれば、BLUEBOTTLE COFFEEなどの新たな店舗も加わり、さらなる進化を遂げた元立誠小学校。

これからもここは文化を残し、また新たに作り続けていってくれる場所なんだと実感しました。

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2019年12月13日(金)14日(土)は京都市勧業館「みやこめっせ」にて京料理展示大会が開催されていました。

京料理展示・京料理教室・生間流式包丁・細工寿司展示・舞妓による京の舞・特設食堂など様々なブースが用意され、毎年盛大に開催されている催しです。

喫茶組合からもコーヒーの提供を行っていて参加してまいりました。

伝統や技に感化されるすごく魅力的な催しだと思います。

皆様も是非一度足を運んでみてはいかがでしょう?

来年になっちゃいますが…(笑)

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昨年5月より、京都府喫茶飲食生活衛生同業組合の理事に加入させていただくようになり、本日は京都で24年ぶり6回目の催しとなりました『第64回全喫飲連全国大会京都大会』をANAクラウンプラザホテル京都さんにて開催し、参加させていただくことができました。

行政の方を交え、賛助商社会様、京都珈琲商工組合様など日頃お世話になる多くの業者様を含め、この京都の喫茶店文化を守り支えるべく活動に微力ながら携わることができている事は身の引き締まる思いでもあります。

また本日の全国大会におきましても、各都道府県から多くの組合員様に足を運んでいただきまして、大会内の若手経営陣によるパネルディスカッションでは『喫茶文化の将来への展望』と題して、華道「未生流笹岡」家元の笹岡隆甫氏と、東京から「iki ESPRESSO」代表の原瀬輝久氏をゲストにお迎えし、レストラン菊水・奥村さん司会の元、月ヶ瀬・平栗さんとスマートコーヒー・元木さんと私とで担当させてもらい大変貴重な時間と経験をさせていただけたことに感謝しております。

これから喫茶組合の理事としての役割を果たせるよう邁進するとともに、自分のお店をしっかり守り続け伝えていくことの意味を改めて感じさせていただきました。

たくさんの良いお店か長く続けられる環境作りが出来ることを組合としては願っていくばかりでございます。

本日は本当に多くの皆様にお世話になりました。
有難うございました。

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