こんにちは,龍孫江です.本記事は日曜数学アドベントカレンダー2024の15日目の記事として書かれています(もう12月も半分過ぎてしまったのですね.みなさまいかがお過ごしでしょうか?).
思い返せば一昨年,ぼくは同じく日曜数学アドベントカレンダー2022にこんな記事を書きました.
ここでぼくは「読みたい本」を何冊か紹介して「頑張りたいですね」と締めくくっています.しかし,それから約1年半を経て,ぼくはふと気づいたのです.4冊も挙げておいて,ほとんど手がついていないことに.カミナリに
オメェ一生読まねえな!
とどやされそうな勢いです.さすがにそれはまずい.
そんなわけで,10月中旬にぼくの重い腰は上がりました.なんとか今年のアドベントカレンダーまでに,最短ルートでいいから,せめて永田予想の証明はきちんと読破したい!ぼくの挑戦は始まったのです.
永田予想再掲
永田予想は多項式環の自己同型に関する予想です.多項式環 $K[X]$ は,その位置づけから言ってもかなり基本的で扱いやすい環のはずなのですが,それでもなお未だ謎に満ち満ちています.これは整数環 $\mathbb{Z}$ も同様で,環論的には多項式環と並ぶ基本的でふるまいの良い環なのですが,素数をはじめとする謎に満ち満ちていますね.
多項式環の謎の源泉のひとつは自己同型群 $\operatorname{Aut} K[X]$ です.この群にとにかくわからないところが多く,それが多項式環の謎につながっています.
とはいえ,もちろん深淵の前に広大な浅瀬が広がっています.そこから始めましょう.以下しばらく,$S = K[X]= K[X_1, \ldots, X_n]$ を体 $K$ 上 $n$ 変数の多項式環とします.考えるのは $S$ の $K$自己準同型,すなわち環準同型 $\sigma : S \to S$ であって,各 $a \in K$ に対し $\sigma(a) = a$ をみたすものです.このとき,$f_t := \sigma(X_t)$ とおくと,各多項式 $P(X) \in S$ に対して $$ \sigma(P) = P(f_1, \ldots, f_n)$$ と $\sigma$ を代入写像として捉えられるので,$\sigma$ をそもそも「代入する多項式の組」と同一視して $$ \sigma = (f_1, \ldots, f_n)$$ のようにも表します.
このとき,特徴的な自己同型が2種類存在します.
(1) 正則行列 $A \in \mathbf{GL}_n(K))$ および定数列 $b \in K^n$ により $$\sigma = (X_1, X_2, \ldots, X_n)A + \mathbf{b}$$と表される場合.この形の自己同型をアファイン自己同型という.
これが同型になることは,逆を具体的に与えればわかるでしょう.$$ \sigma^{-1} = (X_1-b_1, X_2-b_2, \ldots, X_n-b_n) A^{-1}$$が逆になります.アファイン自己同型はまた,代入する多項式が1次式であるような自己同型ともいえます.
(2) ある多項式 $g \in K[X_1, \ldots, X_{s-1}, X_{s+1}, \ldots, X_n]$ により$$ \sigma = (X_1, \ldots, X_{s-1}, X_s+g, X_{s+1}, \ldots, X_n)$$と表される場合.この形の自己同型を基本自己同型という.
基本自己同型も具体的に逆が書き下せます.$$ \sigma^{-1} = (X_1, \ldots, X_{s-1}, X_s-g, X_{s+1}, \ldots, X_n)$$です.基本自己同型は,$S_s = K[X_1, \ldots, X_{s-1}, X_{s+1}, \ldots, X_n]$ 上の1変数多項式環 $S = S_s[X_s]$ の $S_s$ 自己同型と捉えることができて,1変数に注目すればよいという点から基本的(elementary)と呼ばれます.
自己同型がいくつかあれば,合成して新しい自己同型を作り出せます.ここで問題なのは,アファイン自己同型や基本的自己同型でも,合成するとどんどん複雑化することです.例えばアファイン自己同型と基本的自己同型の合成は(一般には)アファインでも基本的でもありません.そこで次の概念が考えられます.
定義.$K[X]$ のアファイン自己同型および基本的自己同型全体で生成される $\operatorname{Aut} K[X]$ の部分群を $T[n,K]$ と表し,その要素を順(Tame)自己同型という.また順でない自己同型を野性的(Wild)という.
アファイン自己同型と基本的自己同型は,それぞれそれなりに解しやすい自己同型だと言えます.であれば,それらの合成である順自己同型も(それを分解するのは至難の業とはいえ)なんとか理解できるものと見なしましょう.と考えていくと,次が成り立てばいいな……と考えるのも自然と言えます.
順生成系問題.すべての自己同型は順か,すなわち $\operatorname{Aut} K[X] = T(n,K)$ か?
$n = 1$ の場合にはほとんど明らかに $\operatorname{Aut} K[X] = T(1,K)$ です.$n=2$ では,簡単ではありませんが $\operatorname{Aut} K[X] = T(2,K)$ となることが証明されています(Jung と van den Kulk による).$n \ge 3$ が問題で,このあたりからは $\operatorname{Aut} K[X]$ が複雑極まり,なんなら野性的自己同型も存在するのではなかろうか……と思われたのです.特に永田雅宜先生は,具体的に自己同型を掲げて「これは順ではないだろう」と予想しました.これが永田予想です.
永田予想.3変数多項式環 $\mathbb{C}[X,Y,Z]$ の自己同型 $F = (f_1, f_2, f_3)$,ここで
$f_1 = X -2 (XZ+Y^2) Y - (XZ+Y^2)^2 Z$,
$f_2 = Y + (XZ+Y^2)Z$,
$f_3 = Z$
は順ではないだろう.
ちょっと余談ではありますが,永田先生が提示した写像 $F = (f_1, f_2, f_3)$ が確かに自己同型になっていることを示しましょう.そのためにまず $g = XZ + Y^2$ とおき,これが $F$ で写しても変化しないことを見ます.とはいえ,代入すればいいだけです.$$ F(g) = (X -2gY - g^2 Z) Z + (Y + gZ)^2 = XZ - Y^2 = g.$$これがわかれば,$$ F(K[X]) \supset K[f_1, f_2, f_3, g] = K[X-2gY+g^2Z, Y+gZ, Z, g]$$ $$= K[X-2gY+g^2Z, Y, Z, g] = K[X,Y,Z,g]=K[X,Y,Z]$$とほぐせて $F$ は全射です.超越次数を考えれば単射でもあり(もし単射でなければ像の超越次数は2以下のはず),したがって同型です.
Shestakov-Umirbaev の戦略
永田先生が反例の候補を提示して約30年後,ついに永田予想,そして順生成系問題に終止符が打たれます.解決したのは Shestakov と Umirbaev.2人はそれまでの挑戦者とは異なったアプローチで永田予想に挑みました.
「異なるアプローチ」とは,言い換えれば主語の転換です.それまでの挑戦者は,ほとんどが
「永田の自己同型は云々で~」
と考えて,その結果として「順ではない」を導こうとしてきました.しかし,Shestakov と Umirbaev はこれを転換して
「順自己同型は云々で~」
と掘り下げ,「永田の自己同型は云々を充たしえない,ゆえに順ではない」と落とそうとしたのです.論理構造としては確かにそうなのですが,しかし並の技術と腕力では敵わない難問です.なにしろ,この種の技巧の切れ味では圧倒的な才覚をもつ永田先生が「わからない」と棚上げにしたわけですから.そこをアイデアと技術で正面突破した Shestakov と Umirbaev は素晴らしかった.
Shestakov と Umirbaev の戦略は比較的シンプルなものです.定義から言えば,順自己同型はいくつかのアファインおよび基本自己同型の合成によってできています.だから,順自己同型にきわめて適切に基本自己同型やアファイン自己同型を合成していけば,最終的には恒等写像になるはずです.
ここで「きわめて適切に」と一言で言いましたが,まったく好き勝手に自己同型を合成しても混迷は深まるばかりです.自己同型の「簡明さ」を表す数値的な指数として,多項式の特徴を利用します.その指針が次数(および項順序)です.つまり,グレブナー基底で大活躍した「より小さなもので置き換える」というアイデアがここでも実力を発揮します.
正実数の $n$ 個組 $\mathbf{w} = (w_1, \ldots, w_n)$ を固定し,単項式 $X^{\mathbf{a}} = X_1^{a_1} \cdots X_n^{a_n}$ の次数を $$ \deg X^\mathbf{a} := \langle \mathbf{a}, \mathbf{w} \rangle = a_1 w_1 + \cdots + a_n w_n$$と定義します.このようにして$$ K[X] = \bigoplus_{\gamma \in \Gamma} K[X]_\gamma,$$ここで $K[X]_\gamma$ は次数 $\gamma$ の単項式全体で生成される $K$ 部分空間,と分解されます(実際に単項式の次数として現れるのは $\mathbb{N}w_1 + \cdots + \mathbb{N}w_n$ の要素だけです).多項式を $f = \sum f_\gamma$,$f_\gamma \in K[X]_\gamma$,と表すとき,$$ \deg f := \max \{ \gamma \mid f_\gamma \ne 0 \},~~~f^\mathbf{w} := f_{\deg f}$$ と定めます.$\deg f$ を $f$ の $\mathbf{w}$次数,$f^\mathbf{w}$ を $f$ のイニシャル形式と言います.
なお,$w_1$ から $w_n$ を $\mathbb{Q}$ 上1次独立に取っておくと,相異なる単項式の次数は互いに異なるので,次数づけによって単項式は整列され,各多項式の斉次成分,特にイニシャル形式はすべて単項式になります.
さて,多項式の組 $F = (f_1, \ldots, f_n)$ の次数を $$\deg F = \deg f_1 + \cdots + \deg f_n$$と定めます.この次数を使うと,自己同型が順となる充分条件を与えられます.
定理.$K[X]$ の自己同型 $F = (f_1, \ldots, f_n)$ に対し $$ \deg F \ge |\mathbf{w}| := w_1 + \cdots + w_n.$$ここで $\deg F = |\mathbf{w}|$ ならば $F$ は順である.
自己同型の次数はつねに $|\mathbf{w}| := w_1 + \cdots + w_n$ 以上であり,最小値をとるものはすべて順であるというのです.であれば,順かどうか判定したい自己同型に対して,適切にアファイン自己同型や基本自己同型を合成して次数を下げられれば順であると言えます.
(これは充分条件であり,次数が下げられないから順ではないとは言いきれません.)
例えば,イニシャル形式 $f_1^\mathbf{w}, \ldots, f_n^\mathbf{w}$ の間に
ある $f_\ell^\mathbf{w}$ は $f_1^\mathbf{w}, \ldots, f_{\ell -1}^\mathbf{w}, f_{\ell +1}^\mathbf{w}, \ldots, f_n^\mathbf{w}$ の多項式で表せる
という関係があれば,これを $f_\ell^\mathbf{w} = g(f_1^\mathbf{w}, \ldots, f_{\ell -1}^\mathbf{w}, f_{\ell +1}^\mathbf{w}, \ldots, f_n^\mathbf{w})$ と表して基本自己同型 $$E = (X_1, \ldots, X_{\ell-1}, X_\ell - g, X_{\ell+1}, \ldots, X_n)$$ をとれば,合成 $F \circ E$ は第 $\ell$ 成分のイニシャル形式が相殺されて $|F \circ E| < |F|$ が成り立ちます.$F \circ E$ を $F$ の基本還元と呼びます.基本自己同型による還元,ですね.Shestakov-Umirbaev の成功は,この還元の発想をより精密化したことによります.基本還元は「イニシャル形式が相殺できるとき」という見やすい場合ですが,二人はそう単純ではない場合にも精緻な観察と議論によって,順自己同型はこの還元の手続きによって次数を $|\mathbf{w}|$ まで下げることが可能であると示したのです.
二人が見出した還元の条件は,黒田茂先生によって次のようにまとめられています.以 下 $n=3$ とし,代数的独立な3つ組 $F = (f_1, f_2, f_3) \in K[X]^3$ の全体を$\mathval{F}$ と表します.
定義(黒田).ペア $(F,G) \in \mathcal{F}^2$ が Shestakov-Umilbaev 条件(SU条件)をみたすとは,以下が成り立つことをいう:
(1) $g_1 \in f_1 + K f_3^2 + Kf^3$,$g_2 \in f_2 + K f_3$ および $g_3 \in f_3 + K[g_1, g_2]$;
(2) $\deg f_1 \le \deg g_1$ かつ $\deg f_2 = \deg g_2$;
(3) ある奇数 $s \ge 3$ により,$(g_1^\mathbf{w})^2$ と $(g_2^\mathbf{w})^s$ は定数倍を除いて等しい;
(4) $\deg f_3 \le \deg g_1$ かつ $f_3^\mathbf{w} \not\in K[g_1^\mathbf{w}, g_2^\mathbf{w}]$;
(5) $\deg g_3 < \deg f_3$;
(6) $\deg g_3 < \deg g_1 + \deg g_2 - \deg (dg_1 \wedge dg_2)$,ただしここで $\deg (dg_1 \wedge dg_2) = \max_{i,j} \deg X_iX_j \left| \dfrac{\partial (g_1, g_2)}{\partial (X_i, X_j)} \right|$.
$(F,G)$(の並べ替え)が SU条件をみたすとき,$G$ を $F$ のSU還元とよぶ.
Shestakov と Umirbaev は,SU還元と基本還元を組み合わせた還元可能性によって順自己同型の必要条件を与え,さらに永田の自己同型がその還元可能性をもちえないことを示すことで順ではないことを示したのです.
ここで,ぼくの身に起こったこと
本来ならばここからじっくりと,Shestakov と Umirbaev の成功について語る予定でした.ところがここでぼくを病魔が襲います.質の悪い風邪です.11月の前半から約1か月にわたり,ろくに数学にも手がつかない時期が続きました.なんとか日々の更新だけは続きましたが,とてもこちらまで手が回りません.というところで今回はいったん筆をおき,続きはまたの機会にいたします.まっことここまで読まれた皆様には申し訳ないことでございますが,必ずこれについては続報をいたしますのでどうかどうかご海容賜りたく,どうもありがとうございました.
最後までご覧いただきありがとうございました. 今後ともご愛顧のほど, よろしくお願いいたします.












