質問箱で興味深いご質問を頂きました. 普段は口頭でさらさらと述べて終わりにしてしまうのですが, このブログもオールドファッションセミナー形式以外のスタイルを取り入れたいという思いもあり, ひとくさり講釈をたれたいと思います. どうせ門前でのラフなものでございますので, ツッコミ横槍なんでもありという形で参りたいと思います.
 なお, この一連の講釈はカテゴリ「門前講釈」でまとめてご覧いただけます.

 さて, 今回のご質問はこちらです :
[質問] $\displaystyle \frac{dy}{dx}$ という記号は置換積分の際, なぜ分数のように扱えるのですか?
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 よくご存じの方も多いと思いますが, 微積分学の理論的枠組みは I.Newton と G.Leibniz によって独立に完成されました. Newton は世界3大数学者 (あとの2人は Archimedes と Gauss) に比定されるのに比べれば, Leibniz はその業績のわりに地味な印象を受けがちです.
 しかしながら, Leibniz もまた天才であることは, 彼が考案したこの記号の優秀さが証明しています. この記号によって, 微積分は Newton クラスの天才だけでなく, 人類全体がその恩恵に与りうるものとなったのですから.

 ご質問にある「置換積分」の公式とは次の主張です:
[定理 (置換積分)] $t$ の関数 $y = f(x)$ が, パラメーター表示 $x = x(t)$ によって $y = g(t)$ と表されるとき, $$ \int f(x) dx = \int g(t) \cdot \frac{dx}{dt} dt.$$

 大学入試などの試験対策においては, かなり厳密性を無視して, 次のような式の整理を指導されることも多いようです.
 $\dfrac{dx}{dt} = x'(t)$ と略記するとき, $dx = x'(t)dt$ なので $$ \int f(x) dx = \int f(x(t)) \cdot x'(t)dt.$$
 変数変換 (置換積分) についてよくご存じの方なら「何が違うんだ?」とお思いかもしれませんが, この言い換えにより, 置換積分を

(1) 被積分関数 $f(x)$ 内の変数 $x$ を総て $t$ での表示 $x(t)$ に置き換える,
(2) (なぜか) いつも付けねばいけない「オマケ」 $dx$ を $x'(t)dt$ に置き換える,
(3) $t$ の式として積分する

というアルゴリズムに乗せて機械的に処理できます. 入試中には「アルゴリズムに従えば完成する」という安心感は重要ですからね.


 では, リーマン積分の定義にしたがって, Leibniz の微積分記号の意味を探っていきましょう. Lebesgue が測度論に基づいてルベーグ積分を導入した論文が『積分, 長さおよび面積』であったように, 積分のひとつの意義は「然るべき対象の大きさを表す量 (1次元のときに「長さ」, 2次元のときに「面積」と呼ばれる) を求めること」です.
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 関数 $f(x)$ を閉区間 $[a,b]$ 上で (リーマン) 積分してみましょう. 目標は既に述べたように $y=f(x)$ と $x$ 軸, および両端の軸 $x=a$, $x=b$ で囲まれた部分の「面積」を求めることです. リーマン積分の発想は, これを「短冊 = 長方形で (上下から) 近似し, 極限操作で真の値に追い詰める」ことです.

 例えば, 幅 $\Delta x$ の斜線部を考察するとしましょう. このとき, これはほぼ長方形で, 高さは与えられた区間上のどこかでの値 $f(c)$ とでもしておけばよい, として
この斜線部の面積は $f(c)\Delta x$ である
と考えると, 全体の面積は
$$ f(c_1)\Delta x_1 + f(c_2)\Delta x_2 + \cdots + f(c)\Delta x + \cdots + f(c_n)\Delta x_n = \sum f(c)\Delta x$$となります. ただ, 各々の幅 $\Delta x_i$ が有限の値である間は斜線部はほぼ長方形になりませんから, この和も近似に過ぎず, 真の値と信じることはできません. そこで, $\Delta x_i \to 0$ の極限を取って誤差を極めて小さく抑えることで「真の値」を見出そうというのが積分です.
「極限を取った後」と判るように, 和記号 $\sum$ に代えて積分記号 $\int$ を, 幅 $\Delta x$ に代えて無限小記号 $dx$ を用いて表示したのが $$ \int_a^b f(x)dx$$ という Leibniz の記法です.

 この「無限小」という概念が定式化されるまでには, キリスト教内部を中心として繰り返されてきた様々な論争についてまとめられているのがアミーア・アレクサンダー『無限小 -世界を変えた数学の危険思想-』です. 微積分の黎明期に関心がある方には是非一読をお勧めします.

 話が逸れました. では, この考え方に則って, 置換積分の公式が何を意味するのかを考えておきましょう. 次の図は変数変換を施した後の $y = g(t) = f(x(t))$ のグラフです:
integral_1
この図において, $a'$, $b'$ はそれぞれ $a = x(a')$, $b = x(b')$ を充たす値です.

 先の図では縦の線はほぼ等間隔に並んでいたのに, 今回の図はずいぶん雑然としていますね. これはもちろん雑なイメージ図に過ぎないのですが, 等間隔にならないのは
$x$ と $t$ の進み方は同様ではないから
です. $t$ が $1$ ずつ進んでいても, $x$ が進むのは $\frac{1}{2}$ だったり $2$ だったりします (逆も然り). ということは, $y = f(x)$ のグラフで等間隔に線を引いていっても, $y = g(t)$ のグラフでは線が詰まったり空いたりするのです. $t$ の進み具合と $x$ の進み具合を比較できるものはないでしょうか.

 実は, あります. 微分係数 $\dfrac{dx}{dt}$ です. 微分係数の定義によれば $$ \frac{dx}{dt}(t) := \lim_{\epsilon \to 0} \frac{x(t+\epsilon) - x(t)}{(t +\epsilon) - t}$$であり, これは
$t$ の変化量と $x$ の変化量の比
そのものです. 幅が狭くなればなるほど, $t$ の進み具合と $x$ の進み具合の比は微分係数に近付いていきますから, これを等式で表すと$$ dx = \frac{dx}{dt} dt$$ となります. この等式が当たり前に見えるのは, 我々が Leibniz の掌の中で踊らされているからです. Leibniz は見通して記号を設定しているのであり, そのことに気付くとき, すなわち掌にいると悟ったとき, Leibniz の記法に畏怖を覚えるのです.

[演習] 多変数の場合には, 変数変換の補正として微分係数の代わりにヤコビアン (ヤコビ行列式) が用いられます. ヤコビアンが変数返還の補正に相応しいことを, 行列式の幾何学的意味を用いて説明しましょう.

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