ここ数日, 戯れに数値的半群環を計算する機会に恵まれました. きっかけはこのご質問でした:

このご質問に対して明快に解答するには「(1) ゴレンシュタイン性と完全交叉性の判定条件が比較的明快で (2) 簡単な環の例のうち, (3) ぼくが記憶しているもの」という条件を充たさねばなりません. ぼくが不変式環以外に自信を持って「こうです」と挙げられる環のクラスはさほど多くないので, 中でも比較的明快な数値的半群環に頼ったのです (実際には, 迂闊にも完全交叉でないゴレンシュタイン環の例を挙げ損ねたのですが).
ぼくは一応可換環論の門には入ったつもりなので, 門前講釈という感じはしませんのですが, 今回は復習を兼ねて数値的半群環のヒルベルト級数で遊ぶことにしましょう. まずは数値的半群を定義します :
一般に, 単に「半群」と呼ぶ場合は単位元の存在を課さない流儀も多いのですが, 今回は「半群環」という響きに合わせて定義しています. また「数値的」とは $S$ が「数の集合」であることに由来しています.
一般に, 単位元をもつ可換半群 $S$ (演算は乗法的に表す) と可換環 $R$ が与えられたとき, 半群環 $R[S]$ が定義されます :
$S$ を自由基底とする $R$ 自由加群 $R[S] := \bigoplus_{s \in S} R \cdot s$ に, 積を任意の $r_1$, $r_2 \in R$ および $s_1$, $s_2 \in S$ に対し $(r_1 s_1) \cdot (r_2 s_2) := (r_1 r_2) \cdot (s_1 s_2)$ で定義すると, これは可換環となります [$S$ の可換性に注意]. $S$ が数値的の場合, 演算は加法的に表されるので, 変数 $t$ を利用して $$ R[S] = \bigoplus_{s \in S} R \cdot t^s \subset R[t]$$ と多項式環の部分環として実現します. このとき, $R[t]$ の自然な次数付けを制限することで $R[S]$ は次数付き環と見なせます.
今回は, $R =k$ が体の場合に, 数値的半群環 $k[S]$ の環論的性質を (偉大な先生方の結果を勝手に使って) 手を動かして調べてみることにします. まずは使う定理をまとめましょう.
数値的半群を茫漠と眺めていても始まらないので, 半群の生成系を導入して半群環の定義イデアルを考えます. 流儀が複数あるのは承知していますが, 簡単のために $\mathbb{N}$ で非負整数の全体を表すものとします.
補題 1.(1) 任意の数値的半群は有限の生成系を持つ.
以下, $X \subset \mathbb{N}$ を $S$ の有限生成系とする.
(2) $S$ は $X$ の有限個の要素の非負整数係数の一次結合で表される要素の全体に等しい.
(3) $X$ が互いに素 (最大公約数が $1$) のとき, $\mathbb{N} \setminus S$ は有限集合である.
[証明] (1) $S = \{ 0 \}$ ならば示すことはない. $S \ne \{ 0 \}$ のとき, $S$ の正の最小の要素を $m$ とする. $S$ の要素を $m$ による剰余で類別し, 整数 $m_x$ を, 剰余が $x$ である $S$ の要素のうち最小のもの (存在しない場合は $0$) と定めると, $X= \{ m, m_1, \ldots, m_{m-1}\}$ は $S$ を生成する.
(2) $X$ の有限個の要素の非負整数係数の一次結合で表される要素の全体を $T$ とおくと, 明らかに $\langle X \rangle$ は $T$ を包む. また $T$ はは $X$ を包む数値的半群なので $\langle X \rangle$ を包み, $T = \langle X \rangle$.
(3) $X$ の要素の総和を $n$ とおく.仮定により, $1$ は $X$ の要素の整数係数の線形結合に表される. $n$ 未満のあらゆる正整数 $x$ に対し [これらも $X$ の要素の整数係数の線形結合に表される], $n$ を繰り返し足すことで, $n$ による剰余が $x$ である $X$ の要素の非負整数係数の線形結合が存在する. したがって $S$ に属さない要素のうち, $n$ による剰余が $x$ であるものは各々高々有限個であり, $\mathbb{N} \setminus S$ は有限集合である. [終]
定義. $X$ が互いに素のとき, $$c(S) := \min \{ n \in \mathbb{N} \mid \forall m \ge n \Rightarrow m \in S \}$$を $S$ の導手 (conductor) という.
さて, 数値的半群 $S$ が有限個の整数 $s_1$, $\ldots$, $s_n$ で生成されるとき, 数値的半群環 $k[S]$ は次のように表されます :$$ k[S] = k[t^{s_1}, t^{s_2}, \ldots, t^{s_n}].$$
このとき $k$ 上 $n$ 変数の多項式環 $P = k[X_1, X_2, \ldots, X_n]$ から $k[S]$ への全射が自然に定義されます :$$ \phi : P \to k[S]~~;~~X_i \mapsto t^{s_i}.$$
この環準同型の核 $\mathfrak{p} = \ker \phi$ が問題です.
問題. $\mathfrak{p}$ の生成系を記述せよ.
各 $i$ に対し ${\rm deg}~X_i = s_i$ と次数を定めることで $\phi$ は次数を保つ写像となり, 核は斉次イデアルとなります. $P$ の斉次式は同じ次数を持つ単項式の一次結合 $\sum_j c_j m_j$ に表されますが, 次数 $r$ の単項式は $\phi$ によって単項式 $t^r$ に写るので, $$\phi \left( \sum_j c_j m_j \right) = \left( \sum c_j \right) t^r,$$ここで $r = {\rm deg}~m_j$, が成り立ちます. ここから, $\mathfrak{p}$ は単項式の差で生成されるイデアル$$ \mathfrak{p} = \left( m-n \mid {\rm deg}~m = {\rm deg}~n \right)$$とわかります. 当然ながら変数の個数が増えれば増えるほど話は複雑になるのですが, $n = 3$ のとき, すなわち $S$ が $3$ 元からなる生成系を持つ場合には, Herzog による素晴らしい結果が存在します.
例. $S = \langle 3, 4, 5 \rangle$ とすると, $$ 3 \cdot 3 = 1 \cdot 4 + 1 \cdot 5 \in \langle 4, 5 \rangle,$$ $$ 2 \cdot 4 = 1 \cdot 5 + 1 \cdot 3 \in \langle 5,3 \rangle,$$ $$ 2 \cdot 5 = 2 \cdot 3 + 1 \cdot 4 \in \langle 3, 4 \rangle$$が成り立つので, $\mathfrak{p}= (x^3 - yz, y^2 - zx, z^2- x^2y)$.
次数付き環を考察する場合に欠くべからざる道具がヒルベルト級数です. ポワンカレ級数と呼ぶ人もいますが, ぼくはヒルベルトを尊崇しているのでヒルベルト級数と呼んでいます.
ヒルベルト級数の重要性を端的に示す一例は次元定理でしょう. 可換環 $R$ の素イデアルの昇鎖の長さの上限を $R$ のクルル次元 (または, 単に次元) といい $\dim R$ で表します. 特に前置きせず定義だけ述べると突拍子もないように聞こえますが, これは可換環論においてきわめて重要な量であり, 今の場合は次のように計算できます :
定理 (次元定理). $R = \bigoplus_{n \in \mathbb{N}}$ を $R_0 = k$ 上の有限生成な次数付き代数とする. このとき, $\dim R$ はヒルベルト級数の極 $T=1$ における位数に等しい.
数値的半群環の場合, 各斉次成分の次数 $\dim_k R_n$ は高々 $1$ ですから, そのヒルベルト級数は比較的簡単かもしれません [後でしっかりやります]. 何より, 次元定理によって $\dim k[S] = 1$ が容易に判ります. これもまた後に用いますが, 多項式環のヒルベルト級数は大変簡明な形をしています :
補題 2. $P_n = k[X_1, \ldots, X_n]$ を体 $k$ 上の $n$ 変数多項式環とし, 各 $i$ に対して $\deg X_i = d_i > 0$ と定める. このとき, $$ H(P,T) = \frac{1}{\left( 1-T^{d_1} \right) \left( 1-T^{d_2} \right) \cdots \left( 1-T^{d_n} \right)}.$$
[証明] $n$ に関する帰納法によります. $n=1$ のとき, すなわち $1$ 変数多項式環 $P = k[X]$, $\deg X = d$, の $n$ 次の成分の $k$ 上の次元は
(1) $n$ が $d$ で割り切れるとき $1$,
(2) $n$ が $d$ で割り切れないとき $0$
ですから, ヒルベルト級数は初項 $1$, 公比 $T^d$ の等比級数となります : $$ H(P,T) = 1 + T^d + T^{2d} + \cdots = \frac{1}{1-T^d}.$$ $n > 1$ のとき, $X_n$ 倍写像 $P_n \to P_n$ から, 次の完全列が得られます : $$ 0 \to P_n \overset{X_n}{\longrightarrow} P_n \to P_{n-1} \to 0.$$
ここで各次数の成分を比較すると $$ \dim_k [P_{n-1}]_m - \dim_k [P_n]_m + \dim_k [P_n]_{m-d_n} = 0$$($X_d$ 倍の分だけ次数がずれることに注意する) が成り立ち, 各々の母艦数であるヒルベルト級数の間にも $$ H(P_{n-1},T) - H(P_n,T) + T^{d_n} H(P_n,T) = 0$$
が成り立ちます. 帰納法の仮定と併せて結論を得ます. [終]
ヒルベルト級数の強力さをさらに明快に示す大定理に, Stanley によるゴレンシュタイン性の判定法が挙げられます. ゴレンシュタイン性は入射次元の有限性によって定義され, 直接論じることが比較的難しい性質に感じます. しかしながら, 抽象論のパワーを抽出して Stanley は驚くほどに美しいゴレンシュタイン性の判定法を与えたのです :
多項式環のヒルベルト級数を求めるところで, ちらりと完全列を用いました. 実はこれはヒルベルト級数を用いるときの常套手段で, 特に次の概念をご存知ならば「しめた!」と思うところです.
既に, 数値的半群環 $k[S]$ は多項式環 $P$ の (次数を保つ) 準同型像であることを見ました. $k[S]$ の $P$ 加群としての自由分解とヒルベルト級数とは関連しているので, ヒルベルト級数から関係式が導き出せると考えるのも自然なことです. ただ, 自由分解がどこまでも続いてしまうようでは話になりませんが, これについては次の強い公式があります :
射影次元も深度も一切説明していませんが, $3$ 元生成の半群環 $k[S]$ を $P = k[x,y,z]$ 加群と考えて公式を適用すると, $\mathrm{depth}_P k[S]= 1$ および $\mathrm{depth}_P P =3$ なので $\mathrm{p.d.}_P k[S] = 2$ に他なりません. したがって, $k[S]$ の $P$ 加群としての自由分解で $$ 0 \to F_2 \to P^{\oplus 3} \overset{\psi}{\longrightarrow} P \overset{\phi}{\longrightarrow} k[S] \to 0$$ なるものが存在します. $\psi$ は各自由基底を (Herzog が与えた) 関係式に写す写像なので, $F_2$ は (Herzog が与えた) 関係式の間の関係式を表現しています.
例. $S = \langle 3, 4, 5 \rangle$ のとき, $\mathfrak{p}= (x^3 - yz, y^2 - zx, z^2- x^2y)$ であった. これらの間には $2$ 本の関係式 $$ y (x^3 - yz) - z (y^2 - zx) + x (z^2 - x^2y) = 0,$$ $$ z (x^3 - yz) - x^2 (y^2 - zx) + y (z^2 - x^2y) = 0 $$ が存在する [実はこれらで足りることも分かる].
それでは, これまでずっと見てきた例 $S = \langle 3, 4, 5 \rangle$ に対して, これがゴレンシュタインではないことを確かめましょう. まず, この半群を書き下すと $$ 0, \times, \times, 3, 4, 5, 6, \ldots$$ なので, その導手は $3$ です. また, $S$ の要素を $3$ による余りで分類すると $$ H(k[S], T) = \frac{1 + T^4 + T^5}{1 - T^3}$$ となります.
完全列$$ 0 \to F_2 \to P^{\oplus 3} \overset{\psi}{\longrightarrow} P \overset{\phi}{\longrightarrow} k[S] \to 0$$ において, $F_2$ を階数 $2$ の自由加群 $P^{\oplus 2} $ と (仮置き) し, 各写像を行列表示すると $$ 0 \to P^{\oplus 2} \overset{\begin{pmatrix} y & z \\ -z & -x^2 \\ x & y \end{pmatrix}}{\longrightarrow} P^{\oplus 3} \overset{\begin{pmatrix} x^3-yx & y^2-zx & z^2 - x^2y \end{pmatrix}}{\longrightarrow} P \overset{\phi}{\longrightarrow} k[S] \to 0$$となりますが, 次数のずれを含めて各々の斉次成分を比較すると, 確かにヒルベルト級数が理論通りの値 $\frac{1 + T^4 + T^5}{1 - T^3}$ になると判りますから, 関係式はこれらしかないことも導かれます.
さらに, $$ H(k[S],T^{-1}) = \frac{1 + T^{-4} + T^{-5}}{1- T^{-3}} = (-1)T^{-2} \cdot \frac{1 + T + T^5}{1 - T^3}$$ なので, $H(R,T)$ と $-H(R,T^{-1})$ とは $T$ をいくつ乗じても一致しません [分子の多項式の形が異なる]. Stanley の定理によって, この半群環はゴレンシュタインでないことが判るのです.

このご質問に対して明快に解答するには「(1) ゴレンシュタイン性と完全交叉性の判定条件が比較的明快で (2) 簡単な環の例のうち, (3) ぼくが記憶しているもの」という条件を充たさねばなりません. ぼくが不変式環以外に自信を持って「こうです」と挙げられる環のクラスはさほど多くないので, 中でも比較的明快な数値的半群環に頼ったのです (実際には, 迂闊にも完全交叉でないゴレンシュタイン環の例を挙げ損ねたのですが).
ぼくは一応可換環論の門には入ったつもりなので, 門前講釈という感じはしませんのですが, 今回は復習を兼ねて数値的半群環のヒルベルト級数で遊ぶことにしましょう. まずは数値的半群を定義します :
定義. 非負整数の集合 $S \subset \mathbb{Z}$ が (1) $0 \in S$, (2) $S$ は和に関して閉じている, の $2$ 条件を充たすとき数値的半群 (Numerical Semigroup) という.
一般に, 単に「半群」と呼ぶ場合は単位元の存在を課さない流儀も多いのですが, 今回は「半群環」という響きに合わせて定義しています. また「数値的」とは $S$ が「数の集合」であることに由来しています.
一般に, 単位元をもつ可換半群 $S$ (演算は乗法的に表す) と可換環 $R$ が与えられたとき, 半群環 $R[S]$ が定義されます :
$S$ を自由基底とする $R$ 自由加群 $R[S] := \bigoplus_{s \in S} R \cdot s$ に, 積を
今回は, $R =k$ が体の場合に, 数値的半群環 $k[S]$ の環論的性質を (偉大な先生方の結果を勝手に使って) 手を動かして調べてみることにします. まずは使う定理をまとめましょう.
1. 定義イデアルに関する Herzog の定理
数値的半群を茫漠と眺めていても始まらないので, 半群の生成系を導入して半群環の定義イデアルを考えます. 流儀が複数あるのは承知していますが, 簡単のために $\mathbb{N}$ で非負整数の全体を表すものとします.
定義. 非負整数の集合 $X$ に対し, $X$ を包む最小の数値的半群を $X$ が生成する数値的半群といい, $\langle X \rangle$ と表す. 数値的半群 $S$ の部分集合 $X$ が $S = \langle X \rangle$ を充たすとき, $X$ を $S$ の生成系という.
補題 1.(1) 任意の数値的半群は有限の生成系を持つ.
以下, $X \subset \mathbb{N}$ を $S$ の有限生成系とする.
(2) $S$ は $X$ の有限個の要素の非負整数係数の一次結合で表される要素の全体に等しい.
(3) $X$ が互いに素 (最大公約数が $1$) のとき, $\mathbb{N} \setminus S$ は有限集合である.
[証明] (1) $S = \{ 0 \}$ ならば示すことはない. $S \ne \{ 0 \}$ のとき, $S$ の正の最小の要素を $m$ とする. $S$ の要素を $m$ による剰余で類別し, 整数 $m_x$ を, 剰余が $x$ である $S$ の要素のうち最小のもの (存在しない場合は $0$) と定めると, $X= \{ m, m_1, \ldots, m_{m-1}\}$ は $S$ を生成する.
(2) $X$ の有限個の要素の非負整数係数の一次結合で表される要素の全体を $T$ とおくと, 明らかに $\langle X \rangle$ は $T$ を包む. また $T$ はは $X$ を包む数値的半群なので $\langle X \rangle$ を包み, $T = \langle X \rangle$.
(3) $X$ の要素の総和を $n$ とおく.仮定により, $1$ は $X$ の要素の整数係数の線形結合に表される. $n$ 未満のあらゆる正整数 $x$ に対し [これらも $X$ の要素の整数係数の線形結合に表される], $n$ を繰り返し足すことで, $n$ による剰余が $x$ である $X$ の要素の非負整数係数の線形結合が存在する. したがって $S$ に属さない要素のうち, $n$ による剰余が $x$ であるものは各々高々有限個であり, $\mathbb{N} \setminus S$ は有限集合である. [終]
定義. $X$ が互いに素のとき, $$c(S) := \min \{ n \in \mathbb{N} \mid \forall m \ge n \Rightarrow m \in S \}$$を $S$ の導手 (conductor) という.
さて, 数値的半群 $S$ が有限個の整数 $s_1$, $\ldots$, $s_n$ で生成されるとき, 数値的半群環 $k[S]$ は次のように表されます :$$ k[S] = k[t^{s_1}, t^{s_2}, \ldots, t^{s_n}].$$
このとき $k$ 上 $n$ 変数の多項式環 $P = k[X_1, X_2, \ldots, X_n]$ から $k[S]$ への全射が自然に定義されます :$$ \phi : P \to k[S]~~;~~X_i \mapsto t^{s_i}.$$
この環準同型の核 $\mathfrak{p} = \ker \phi$ が問題です.
問題. $\mathfrak{p}$ の生成系を記述せよ.
各 $i$ に対し ${\rm deg}~X_i = s_i$ と次数を定めることで $\phi$ は次数を保つ写像となり, 核は斉次イデアルとなります. $P$ の斉次式は同じ次数を持つ単項式の一次結合 $\sum_j c_j m_j$ に表されますが, 次数 $r$ の単項式は $\phi$ によって単項式 $t^r$ に写るので, $$\phi \left( \sum_j c_j m_j \right) = \left( \sum c_j \right) t^r,$$ここで $r = {\rm deg}~m_j$, が成り立ちます. ここから, $\mathfrak{p}$ は単項式の差で生成されるイデアル$$ \mathfrak{p} = \left( m-n \mid {\rm deg}~m = {\rm deg}~n \right)$$とわかります. 当然ながら変数の個数が増えれば増えるほど話は複雑になるのですが, $n = 3$ のとき, すなわち $S$ が $3$ 元からなる生成系を持つ場合には, Herzog による素晴らしい結果が存在します.
定理 (Herzog). $S = \langle p, q, r \rangle$ を $3$ 元で生成された数値的半群とする. $a$, $b$, $c$ をそれぞれ $ap \in \langle q,r \rangle$, $bq \in \langle r,p \rangle$, $cr \in \langle p,qt \rangle$ を充たす最小の正整数とし, $$ ap = a_1q + a_2 r,~~~bq = b_1 r + b_2 p,~~~cr = c_1 p + c_2 q$$ と表す. このとき $$\mathfrak{p}= \left( x^a - y^{a_1} z^{a_2}, y^b - z^{b_1} x^{b_2}, z^c - x^{c_1} y^{c_2} \right).$$
例. $S = \langle 3, 4, 5 \rangle$ とすると, $$ 3 \cdot 3 = 1 \cdot 4 + 1 \cdot 5 \in \langle 4, 5 \rangle,$$ $$ 2 \cdot 4 = 1 \cdot 5 + 1 \cdot 3 \in \langle 5,3 \rangle,$$ $$ 2 \cdot 5 = 2 \cdot 3 + 1 \cdot 4 \in \langle 3, 4 \rangle$$が成り立つので, $\mathfrak{p}= (x^3 - yz, y^2 - zx, z^2- x^2y)$.
2. Stanley によるゴレンシュタイン性判定法
次数付き環を考察する場合に欠くべからざる道具がヒルベルト級数です. ポワンカレ級数と呼ぶ人もいますが, ぼくはヒルベルトを尊崇しているのでヒルベルト級数と呼んでいます.
定義. $R_0 = k$ 上の $\mathbb{N}$ 次数付き環 $R = \bigoplus_{n \in \mathbb{N}} R_n$ に対し, そのヒルベルト級数 $H(R,T)$ が $$ H(R,T) = \sum_{n \in \mathbb{N}} (\dim_k R_n) \cdot T^n$$ で定義される.
ヒルベルト級数の重要性を端的に示す一例は次元定理でしょう. 可換環 $R$ の素イデアルの昇鎖の長さの上限を $R$ のクルル次元 (または, 単に次元) といい $\dim R$ で表します. 特に前置きせず定義だけ述べると突拍子もないように聞こえますが, これは可換環論においてきわめて重要な量であり, 今の場合は次のように計算できます :
定理 (次元定理). $R = \bigoplus_{n \in \mathbb{N}}$ を $R_0 = k$ 上の有限生成な次数付き代数とする. このとき, $\dim R$ はヒルベルト級数の極 $T=1$ における位数に等しい.
数値的半群環の場合, 各斉次成分の次数 $\dim_k R_n$ は高々 $1$ ですから, そのヒルベルト級数は比較的簡単かもしれません [後でしっかりやります]. 何より, 次元定理によって $\dim k[S] = 1$ が容易に判ります. これもまた後に用いますが, 多項式環のヒルベルト級数は大変簡明な形をしています :
補題 2. $P_n = k[X_1, \ldots, X_n]$ を体 $k$ 上の $n$ 変数多項式環とし, 各 $i$ に対して $\deg X_i = d_i > 0$ と定める. このとき, $$ H(P,T) = \frac{1}{\left( 1-T^{d_1} \right) \left( 1-T^{d_2} \right) \cdots \left( 1-T^{d_n} \right)}.$$
[証明] $n$ に関する帰納法によります. $n=1$ のとき, すなわち $1$ 変数多項式環 $P = k[X]$, $\deg X = d$, の $n$ 次の成分の $k$ 上の次元は
(1) $n$ が $d$ で割り切れるとき $1$,
(2) $n$ が $d$ で割り切れないとき $0$
ですから, ヒルベルト級数は初項 $1$, 公比 $T^d$ の等比級数となります : $$ H(P,T) = 1 + T^d + T^{2d} + \cdots = \frac{1}{1-T^d}.$$ $n > 1$ のとき, $X_n$ 倍写像 $P_n \to P_n$ から, 次の完全列が得られます : $$ 0 \to P_n \overset{X_n}{\longrightarrow} P_n \to P_{n-1} \to 0.$$
ここで各次数の成分を比較すると $$ \dim_k [P_{n-1}]_m - \dim_k [P_n]_m + \dim_k [P_n]_{m-d_n} = 0$$($X_d$ 倍の分だけ次数がずれることに注意する) が成り立ち, 各々の母艦数であるヒルベルト級数の間にも $$ H(P_{n-1},T) - H(P_n,T) + T^{d_n} H(P_n,T) = 0$$
が成り立ちます. 帰納法の仮定と併せて結論を得ます. [終]
ヒルベルト級数の強力さをさらに明快に示す大定理に, Stanley によるゴレンシュタイン性の判定法が挙げられます. ゴレンシュタイン性は入射次元の有限性によって定義され, 直接論じることが比較的難しい性質に感じます. しかしながら, 抽象論のパワーを抽出して Stanley は驚くほどに美しいゴレンシュタイン性の判定法を与えたのです :
定理 (Stanley). $R = \bigoplus_{n \in \mathbb{N}} R_n$ が $d$ 次元のコーエン・マコーレー整域とせよ. このとき, $R$ がゴレンシュタインのとき, またそのときに限り, 整数 $a$ で $$ H(R,T^{-1}) = (-1)^d \cdot T^{-a} \cdot H(R,T)$$ を充たすものが存在する.
3. 極小自由分解と Auslander-Buchsbaum の公式
多項式環のヒルベルト級数を求めるところで, ちらりと完全列を用いました. 実はこれはヒルベルト級数を用いるときの常套手段で, 特に次の概念をご存知ならば「しめた!」と思うところです.
定義. 可換環 $A$ 上の加群 $M$ に対し, 完全列 $$ \cdots \to F_n \to F_{n-1} \to \cdots \to F_1 \to F_0 \to M \to 0$$ で各 $F_i$ が自由加群であるものを $M$ の自由分解という.
既に, 数値的半群環 $k[S]$ は多項式環 $P$ の (次数を保つ) 準同型像であることを見ました. $k[S]$ の $P$ 加群としての自由分解とヒルベルト級数とは関連しているので, ヒルベルト級数から関係式が導き出せると考えるのも自然なことです. ただ, 自由分解がどこまでも続いてしまうようでは話になりませんが, これについては次の強い公式があります :
定理 (Auslander-Buchsbaum の公式) $P$ が 体 $k$ 上 $n$ 変数の多項式環, $M$ が有限生成次数付き $P$ 加群ならば $$\mathrm{p.d.}_P M + \mathrm{depth}_P M = \mathrm{depth}_P P.$$
射影次元も深度も一切説明していませんが, $3$ 元生成の半群環 $k[S]$ を $P = k[x,y,z]$ 加群と考えて公式を適用すると, $\mathrm{depth}_P k[S]= 1$ および $\mathrm{depth}_P P =3$ なので $\mathrm{p.d.}_P k[S] = 2$ に他なりません. したがって, $k[S]$ の $P$ 加群としての自由分解で $$ 0 \to F_2 \to P^{\oplus 3} \overset{\psi}{\longrightarrow} P \overset{\phi}{\longrightarrow} k[S] \to 0$$ なるものが存在します. $\psi$ は各自由基底を (Herzog が与えた) 関係式に写す写像なので, $F_2$ は (Herzog が与えた) 関係式の間の関係式を表現しています.
例. $S = \langle 3, 4, 5 \rangle$ のとき, $\mathfrak{p}= (x^3 - yz, y^2 - zx, z^2- x^2y)$ であった. これらの間には $2$ 本の関係式 $$ y (x^3 - yz) - z (y^2 - zx) + x (z^2 - x^2y) = 0,$$ $$ z (x^3 - yz) - x^2 (y^2 - zx) + y (z^2 - x^2y) = 0 $$ が存在する [実はこれらで足りることも分かる].
4. 蛇足めいた本文
それでは, これまでずっと見てきた例 $S = \langle 3, 4, 5 \rangle$ に対して, これがゴレンシュタインではないことを確かめましょう. まず, この半群を書き下すと $$ 0, \times, \times, 3, 4, 5, 6, \ldots$$ なので, その導手は $3$ です. また, $S$ の要素を $3$ による余りで分類すると $$ H(k[S], T) = \frac{1 + T^4 + T^5}{1 - T^3}$$ となります.
完全列$$ 0 \to F_2 \to P^{\oplus 3} \overset{\psi}{\longrightarrow} P \overset{\phi}{\longrightarrow} k[S] \to 0$$ において, $F_2$ を階数 $2$ の自由加群 $P^{\oplus 2} $ と (仮置き) し, 各写像を行列表示すると $$ 0 \to P^{\oplus 2} \overset{\begin{pmatrix} y & z \\ -z & -x^2 \\ x & y \end{pmatrix}}{\longrightarrow} P^{\oplus 3} \overset{\begin{pmatrix} x^3-yx & y^2-zx & z^2 - x^2y \end{pmatrix}}{\longrightarrow} P \overset{\phi}{\longrightarrow} k[S] \to 0$$となりますが, 次数のずれを含めて各々の斉次成分を比較すると, 確かにヒルベルト級数が理論通りの値 $\frac{1 + T^4 + T^5}{1 - T^3}$ になると判りますから, 関係式はこれらしかないことも導かれます.
さらに, $$ H(k[S],T^{-1}) = \frac{1 + T^{-4} + T^{-5}}{1- T^{-3}} = (-1)T^{-2} \cdot \frac{1 + T + T^5}{1 - T^3}$$ なので, $H(R,T)$ と $-H(R,T^{-1})$ とは $T$ をいくつ乗じても一致しません [分子の多項式の形が異なる]. Stanley の定理によって, この半群環はゴレンシュタインでないことが判るのです.
課題. $3$ 元生成の数値的半群環 $k[S]$ がゴレンシュタインになる $S$ を求めよ. また, その半群環 $k[S]$ が完全交叉にもなることを確かめよ.