こんにちは,龍孫江です.本日の記事は日曜数学アドベントカレンダー15日目の記事として書かれています.昨日14日目の記事はキグロさんによる「1つの定理を通りの方法で証明した話」でした.

 アドベントカレンダー企画に参加し始めて数回目になりますが,12月の突入からクリスマスまで1日ずつつないでいくというその性質上どうしても執筆は歳末の押し迫った時期になるわけで,1年を振り返るとともに来年への希望を願いたくなります.龍孫江はその場その場を取り繕い続けてきたような1年を過ごしてきたので,今回は特に

来年読みたい本(積読本)について

ご紹介したいと思います.主なテーマは多項式環とその自己同型です(よくよく見てみたらアドベントカレンダーでは去年も一昨年もその話をしていますがまあいいでしょ).

永田予想について

 多項式環の自己同型について,1変数の場合はそこそこ簡単な議論で総て決定されます.そこそこ簡単な,というのはいささか主観的な表現ですが,ぼくの動画で紹介できるくらいという意味です.

 結果を引用しましょう.

定理 1. 整域 $A$ 上の1変数多項式環 $S = A[x]$ を考える.$S$ の $A$ 自己同型 $\sigma : S \to S$ は
$\sigma(x) = ax + b$,ここで $a \in A^\times$, $b \in A$
で表される.

 $S$ の $A$ 自己準同型とは,$S$ から $S$ 自身への準同型 $\sigma : S \to S$ であって各 $a \in A$ に対し $\sigma(a) = a$ が成り立つもの,つまり $A$ の要素を動かさない自己準同型をいいます.$A$ 自己準同型 $\sigma : A[x] \to A[x]$ は,$f = \sigma(x)$ とおくと $$ \sigma (p(x)) = p(f)$$ と表されますから,$x$ の行き先 $f = \sigma(x)$ が $\sigma$ のほぼ総ての情報を握っています.この $\sigma$ が同型(全単射)になる $\sigma (x)$ の形は $x$ の係数が可逆である1次式に限られるというのが定理 1 の主張です.

 1変数の場合が終わったら,多変数へ進むのは自然な成り行きです.以下,$K$ を標数 $0$ の体,$S = K[x_1, \ldots, x_n]$ を $n$ 変数多項式環とし,$S$ の $K$ 自己準同型 $\sigma : S \to S$ を考えます.やはり $S$ の $K$ 自己準同型 $\sigma : S \to S$ の情報は,各変数の像 $(\sigma(x_1), \ldots, \sigma(x_n))$ がほぼ全面的に握っています.定理 1 の結果を発展させる形で,次の2種類の自己同型が導入されます.

(1) $\begin{pmatrix} \sigma (x_1) \\ \vdots \\ \sigma(x_n) \end{pmatrix} = A \begin{pmatrix} x_1 \\ \vdots \\ x_n \end{pmatrix} + b$,ここで $A \in \mathbf{GL}_n(K)$,$b \in K^n$と表せるとき,$\sigma$ をアファイン自己同型という.

 アファイン自己同型の定義は,定理 1 で「$\sigma (x)$ が1次式」を特徴として捉えることで与えられます.実際,アファイン自己同型 $\sigma$ は「各 $\sigma(x_t)$ が1次式である自己同型」として特徴づけられます.また $\mathbf{GL}_1(K) = K^\times$ と見做せば,$(\sigma(x_t)) = A(x_t) + b$ なる等式が $\sigma(x) = ax+b$ の類似であることも納得いただけるでしょう.

(2) ある変数 $x_t$ に着目し,$A_t = K[x_1,\ldots, x_{t-1}, x_{t+1}, \ldots, x_n]$ とおくと $S = A_t[x_t]$ と見做せる.ある $t$ に対し $A_t$ 自己同型である $\sigma : S \to S$ を基本自己同型という.

 これまた,定理1に導かれた定義であることは明らかでしょう.このようにして2つの自己同型が定義されました.定理1は,1変数の場合に自己同型がアファインかつ基本的なもののみである,特にアファイン自己同型全体と基本自己同型全体(と,そもそも自己同型全体)とが同じ集合であることを述べています.一方,多変数の場合には2つの自己同型の集合はかなり異なります.しかし,アファイン自己同型も基本自己同型も扱いやすい自己同型ですし,これらの積み重ねで総ての自己同型が得られるのであれば,多項式環の自己同型群に(さほど)恐れることもなかろうと思われます.そうして,次の問題が生じました.

問題2 (順生成系問題).$S$ の任意の $K$ 自己同型は,いくつかのアファイン自己同型と基本自己同型の合成として表せるか?

 いくつかのアファイン自己同型と基本自己同型の合成として表せる自己同型を順(tame)自己同型,そうでないものを野生(wild)自己同型といいます.順生成系問題は「総ての自己同型は順であろう」という,多分に願望のこもった問題でありましたが,この願望を打ち砕かんと立ちはだかったのhは「ミスター反例」の異名をとる永田雅宜先生でした.

問題3 (永田予想).次で定義される $S = \mathbb{C}[x,y,z]$ の $\mathbb{C}$ 自己同型 $\sigma : S \to S$ は順ではないであろう:
  • $\sigma (x) = x - 2(xz + y^2) y - (xz + y^2)^2 z$
  • $\sigma (y) = y + (xz + y^2)z$
  • $\sigma (z) = z$


 この写像が自己同型となることは,こちらの動画で紹介しています



 永田予想は21世紀に入ってから Shestakov と Umirbaev により証明され,順生成系問題は否定的に解決されました.Shestakov と Umirbaev は,それまでの挑戦者の多くが選んだ「永田の自己同型を精査する」という(一見自然に見える)アプローチを選ばず,順自己同型がもつ性質を調べ上げた上で永田の自己同型がその性質をもたないことを示したのです.多項式環の自己同型の研究に一石を投じた重要な仕事でした.

来年読みたい本について

 永田予想に関する Shestakov-Umirbaev の仕事は,黒田茂先生によって整理・一般化され

S. Kuroda, Wildness of polynomial automorphisms in three variables, arXiv:1110.1466 (2011)

にまとめられています.ぼくはずっと読んでる読んでると言いながら未だ読み通せていないのですが,つかず離れず読みたい読みたいとも思っているテキストです.

 多項式環の自己同型についての基本的な文献として

A. van den Essen, Polynomial Automorphisms: and the Jacobian Conjecture, Birkhaeuser, 2000.


とその続編である

A. van den Essen, S. Kuroda and A. J. Crachiola, Polynomial Automorphisms and the Jacobian Conjecture: New Results from the Beginning of the 21st Century, Birkhaeuser, 2021


も気になります.ぼくはこの続編の方を先に買い,ちょっと読んでみて「やっぱり最初のも買わなきゃ」と使命感に迫られて買いました.どっちも読みたいですが,やはりまずは最初の方からでしょうね.

 多項式環の自己同型と密接に関係する話題に(局所冪零)導分があり,その専門テキストである

G. Freudenburg, Algebraic Theory of Locally Nilpotent Derivations, Springer, 2007


も気になります.この本の表紙に写っているのが永田先生で,それも含めて無碍ににはできないというかしたくないなあと個人的には思っているのです.

 4冊も挙げて,これを1年で全部読み通すことはさすがに無理でしょうが,まあ1冊ずつ楽しんで読んでいけたらいいなと思います.ここまで読んでいただいた皆様におかれましても,より良い1年でありますように.

 最後までご覧いただきありがとうございました. 今後ともご愛顧のほど, よろしくお願いいたします.
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