MATH POWER 2018効果で大変多くの人にご来場いただいております. まことにありがとうございます.
ご新規の読者の方も大勢いらっしゃると思いますので改めてご紹介しておきますと, この数学日誌では, 現在, 巷では「アティマク」と呼ばれ親しまれている Atiyah-MacDonald の教科書をメインテキストに, 定義と命題と証明とを (雑談を交えつつも) 大した工夫もなくご紹介し続けるというオールド・ファッションドなスタイルで続けております.
今年の夏辺りから少し変化が欲しくなって, 門前講釈なるシリーズも始めました. これは, マシュマロなどに頂戴したお題で Twitter では書ききれないような大がかりな話題や, あるいはぼくが「これは誰かが書いて残しておいた方が便利ではないかな」と思ったタネについて自由気ままにお話するというものです.
なお「門前講釈」という題名は「門前の小僧習わぬ経を読む」から取っております. 門前仲町に住んでいるからとかそういうわけではありません.
さて, 何が言いたかったかと申しますと, せっかく大勢の皆様にお越しいただけそうなビッグウェーブが来ていると言うのに, アティマク読解はなんともシブい話をしているところなのです. 射影極限の完全性から完備化の完全性を導くにあたり, 加群に定まる位相が相当かを検証するという, 重要性は承知だけれどなんとも地味で技術的な回がよりによってここにぶち当たるとは, まったく文字通り間抜けな話です.
とはいえ, 人情の機微に通じているとはお世辞にも言えないぼくだって, そんな話をいきなりお聞かせするのは気が引けます. せっかくお越しいただいたのにそんな話では申し訳ないな, というくらいの忖度はできるのです (胸を張って言うほどのことではありませんが). そんなわけで, 今回は門前でひとつ群論講釈とまいりましょう. テーマは有限群論最初の金字塔:Sylow の定理です.
まず Sylow の定理の主張からご紹介しましょう. $G$ を有限群とし, その位数 $\sharp G$ の素因数 $p$ をひとつ固定します. このとき, 素因数分解によって $\sharp G = p^n \cdot m$, ここで $m$ と $p$ は互いに素, なる形に分解できますが, このとき $G$ の部分群で位数が $p$ 冪のものを $p$ 部分群といい, 特にその中で位数が $p^n$ のものを $G$ の $p$ シロー部分群といいます.
筆者註. 原則として, 人名は固有名詞として用いる場合は可能な限り漢字ないしアルファベットで表記しますが, 形容詞的に扱う場合は主にカタカナで表記します.「Sylow の定理」と「シロー部分群」で表記が異なるのはこのためです.
では Sylow の定理をご紹介します:
この定理は有限群の構造を調べるにあたって, 大変「使える」定理です. 実際にこれを用いて「位数がいくつ以下の有限群の分類」などを演習で試みた経験がある方も多いのではないかと思います. 位数のどの素因数 $p$ に対しても $p$ シロー群は存在し, それらは互いに共役で, 個数の可能性もかなり絞れるとなれば, 必然的に位数が $p$ 冪である要素の数も絞れますし, 総ての素因数をわたれば情報量はかなりのものになります.
再び筆者註. 実際には, 有限群論のラスボスは $2$ 群, すなわち位数が $2$ 冪の群というのが有限群論関係者の了解事項らしいです.
$G$ 自体が $p$ 群のときには Sylow の定理が全く無効化されることに加え, $2$ という素数の特質さ (例えば, 奇素数冪の群において単位元以外の要素の逆は自身になりえませんが, $2$ 群ではどれほどの要素が自分自身の逆元であるかは全く分かりません) もあるようです. これ以上はぼくも立ち入ったことがないので分かりません.
さて, Sylow の定理は, 主張の有用性もさることながら, ぼくがとりわけ魅力を感ずるのはその証明の美しさです. もちろん他の証明法もあるのでしょうが, 今回ご紹介するのは群作用の軌道の濃度と固定化部分群の位数の関係による方法です. もちろんぼくのオリジナルではなく, 永田先生の『可換体論』で紹介されているものです (申し訳ありませんがそれ以上の出典は存じません).
ぼくが一つだけ the BOOK に証明を推薦できるのならば, 可換環論bot の名をかなぐり捨ててでも, この証明を推したいと思います. でも Serre の正則性判定法 (正規性ではありません) は捨てがたいところですね.
それでは証明に参りましょう. 証明は何段階かに分かれますが, 意外なところから始まります.
[第1段] $p$ 元体 $\mathbb{F}_p$ 上の一変数多項式環 $\mathbb{F}_p[T]$ において, $$ \left( T + 1 \right)^{\sharp G} = \left( T^{p^n} + 1 \right)^m$$の $T^{p^n}$ の係数は $m$ である. ここから, 有理整数環 $\mathbb{Z}$ 上での多項式 $(T+1)^{\sharp G}$ の $T^{p^n}$ の係数は $p$ を法として $m$ と合同である. 特に, $G$ の部分集合で濃度が $p^n$ であるものの個数は $p$ を法として $m$ と合同である. [第1段終]
素数標数 $p$ の (単位的) 可換環 $R$ において, 各要素を $p$ 乗する写像はフロベニウス写像と呼ばれ [これは環準同型をなす], とりわけ重要とされています. 正標数の理論と標数 $0$ (例えば複素数体 $\mathbb{C}$ 上) の理論を比較する際に, 標数 $0$ の圧倒的優位は微積分を始めとする解析的手法が応用できることでした. これに対し, 正標数側はフロベニウス写像の解析が微積分の代用となるという大いなる哲学を見出し, 現代ではこの哲学のもとで正標数の代数幾何は大発展を遂げていますが, それはまた別の話といたしましょう. そういえば Math Power のコメントでも「もっと正標数を扱ってください」とありましたね. 努めます.
[第2段] 濃度が $p^n$ であるような $G$ の部分集合の全体を $\mathcal{S}$ とし, $G$ の $\mathcal{S}$ への左からの積による作用を考える:$g \in G$, $S \in \mathcal{S}$ に対し$g \cdot S := g S = \{ gx \mid x \in S \}$. $\sharp \mathcal{S}$ は$p$ で割り切れないので, この作用による軌道で, 含まれる部分集合の個数が $p$ で割り切れないものが存在する. それを $S \in \mathcal{S}$ の軌道 $G \cdot S$ とし, $S$ の固定化部分群を $$ P := \{ g \in G \mid g \cdot S = S \}$$ とする. [第2段終]
濃度が等しいので $\mathcal{S}$ の要素から部分群になっているものを見つけてくるのかと思いきや, $\mathcal{S}$ のごちゃごちゃした中身には全く触れず, サラッと $G$ を作用させて部分群 $P$ を抜き取ってしまいました. この方法の強みは, 既に $P$ は部分群であることは判っている点です. わたしたちはこれが Sylow の定理の証明と知っているので, 示したいことは既にお判りかと思います:
示したいこと: $P$ は $G$ の $p$ シロー部分群である.
繰り返しますが, ここで $P$ が部分群であることは既に知っています. あとは位数の評価を残すだけです. これもまた, なんとも素晴らしい切れ味で片付けられます.
[第3段] $S$ のとり方によって,軌道 $G \cdot S$ の濃度は $p$ で割り切れない. ここで, 等式 $$ \sharp P \times \sharp (G \cdot S) = \sharp G$$ から$\sharp P$ は $p^n$ で割り切れねばならない. 特に $\sharp P \ge p^n$. [第3段終]
こちらはまさしく準備の勝利といった感じです. $S$ をうまく取ってきたからこそですが, この $S$ の設定は逆側の評価をも与える梃子の支点でもあるのです. Sylow の定理は成り立つべくして成り立つものであったと強く感じさせられます:
[第4段] 構成法により, $P$ は左からの積によって $S$ に作用する. この作用は自由 [i.e., 任意の $x \in S$ に対し $P \to S$ ; $g \mapsto gx$ は単射] であり, 特に $\sharp P \le \sharp S = p^n$ でなければならない. [第4段終]
以上をまとめて, $P$ が $G$ の $p$ シロー部分群であることが判りました. これで胸を張って主張できますね.
シロー部分群は, ありまぁす!
……失礼しました. さて,本来ならば証明はさらに個数を評価すべく続くのですが, 自分で書いていてもびっくりするような文字数になってしまいましたので, ここでお開きといたしましょう. ご清聴ありがとうございました. どうぞこれに懲りずまたお越しくださいませ.
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ご新規の読者の方も大勢いらっしゃると思いますので改めてご紹介しておきますと, この数学日誌では, 現在, 巷では「アティマク」と呼ばれ親しまれている Atiyah-MacDonald の教科書をメインテキストに, 定義と命題と証明とを (雑談を交えつつも) 大した工夫もなくご紹介し続けるというオールド・ファッションドなスタイルで続けております.
今年の夏辺りから少し変化が欲しくなって, 門前講釈なるシリーズも始めました. これは, マシュマロなどに頂戴したお題で Twitter では書ききれないような大がかりな話題や, あるいはぼくが「これは誰かが書いて残しておいた方が便利ではないかな」と思ったタネについて自由気ままにお話するというものです.
なお「門前講釈」という題名は「門前の小僧習わぬ経を読む」から取っております. 門前仲町に住んでいるからとかそういうわけではありません.
さて, 何が言いたかったかと申しますと, せっかく大勢の皆様にお越しいただけそうなビッグウェーブが来ていると言うのに, アティマク読解はなんともシブい話をしているところなのです. 射影極限の完全性から完備化の完全性を導くにあたり, 加群に定まる位相が相当かを検証するという, 重要性は承知だけれどなんとも地味で技術的な回がよりによってここにぶち当たるとは, まったく文字通り間抜けな話です.
とはいえ, 人情の機微に通じているとはお世辞にも言えないぼくだって, そんな話をいきなりお聞かせするのは気が引けます. せっかくお越しいただいたのにそんな話では申し訳ないな, というくらいの忖度はできるのです (胸を張って言うほどのことではありませんが). そんなわけで, 今回は門前でひとつ群論講釈とまいりましょう. テーマは有限群論最初の金字塔:Sylow の定理です.
まず Sylow の定理の主張からご紹介しましょう. $G$ を有限群とし, その位数 $\sharp G$ の素因数 $p$ をひとつ固定します. このとき, 素因数分解によって $\sharp G = p^n \cdot m$, ここで $m$ と $p$ は互いに素, なる形に分解できますが, このとき $G$ の部分群で位数が $p$ 冪のものを $p$ 部分群といい, 特にその中で位数が $p^n$ のものを $G$ の $p$ シロー部分群といいます.
筆者註. 原則として, 人名は固有名詞として用いる場合は可能な限り漢字ないしアルファベットで表記しますが, 形容詞的に扱う場合は主にカタカナで表記します.「Sylow の定理」と「シロー部分群」で表記が異なるのはこのためです.
では Sylow の定理をご紹介します:
定理 (Sylow の定理). $G$ の位数の任意の素因数 $p$ に対し, $\sharp G = p^n \cdot m$, ここで $p$ と $m$ は互いに素, と表されるとする. このとき,
(1) $G$ は $p$ シロー部分群をもつ ;
(2) $G$ の $p$ シロー部分群は互いに共役である, すなわち, $H$ および $K$ がともに $G$ の $p$ シロー部分群ならば, ある要素 $g \in G$ で $K = g H g^{-1}$ となるものが存在する ;
(3) $G$ の $p$ シロー部分群の個数を $N(p)$ とすると, $N(p)$ は $m$ を割り切り, かつ $N(p)$ を $p$ で割ったあまりは $1$ である.
この定理は有限群の構造を調べるにあたって, 大変「使える」定理です. 実際にこれを用いて「位数がいくつ以下の有限群の分類」などを演習で試みた経験がある方も多いのではないかと思います. 位数のどの素因数 $p$ に対しても $p$ シロー群は存在し, それらは互いに共役で, 個数の可能性もかなり絞れるとなれば, 必然的に位数が $p$ 冪である要素の数も絞れますし, 総ての素因数をわたれば情報量はかなりのものになります.
再び筆者註. 実際には, 有限群論のラスボスは $2$ 群, すなわち位数が $2$ 冪の群というのが有限群論関係者の了解事項らしいです.
$G$ 自体が $p$ 群のときには Sylow の定理が全く無効化されることに加え, $2$ という素数の特質さ (例えば, 奇素数冪の群において単位元以外の要素の逆は自身になりえませんが, $2$ 群ではどれほどの要素が自分自身の逆元であるかは全く分かりません) もあるようです. これ以上はぼくも立ち入ったことがないので分かりません.
さて, Sylow の定理は, 主張の有用性もさることながら, ぼくがとりわけ魅力を感ずるのはその証明の美しさです. もちろん他の証明法もあるのでしょうが, 今回ご紹介するのは群作用の軌道の濃度と固定化部分群の位数の関係による方法です. もちろんぼくのオリジナルではなく, 永田先生の『可換体論』で紹介されているものです (申し訳ありませんがそれ以上の出典は存じません).
ぼくが一つだけ the BOOK に証明を推薦できるのならば, 可換環論bot の名をかなぐり捨ててでも, この証明を推したいと思います. でも Serre の正則性判定法 (正規性ではありません) は捨てがたいところですね.
それでは証明に参りましょう. 証明は何段階かに分かれますが, 意外なところから始まります.
[第1段] $p$ 元体 $\mathbb{F}_p$ 上の一変数多項式環 $\mathbb{F}_p[T]$ において, $$ \left( T + 1 \right)^{\sharp G} = \left( T^{p^n} + 1 \right)^m$$の $T^{p^n}$ の係数は $m$ である. ここから, 有理整数環 $\mathbb{Z}$ 上での多項式 $(T+1)^{\sharp G}$ の $T^{p^n}$ の係数は $p$ を法として $m$ と合同である. 特に, $G$ の部分集合で濃度が $p^n$ であるものの個数は $p$ を法として $m$ と合同である. [第1段終]
素数標数 $p$ の (単位的) 可換環 $R$ において, 各要素を $p$ 乗する写像はフロベニウス写像と呼ばれ [これは環準同型をなす], とりわけ重要とされています. 正標数の理論と標数 $0$ (例えば複素数体 $\mathbb{C}$ 上) の理論を比較する際に, 標数 $0$ の圧倒的優位は微積分を始めとする解析的手法が応用できることでした. これに対し, 正標数側はフロベニウス写像の解析が微積分の代用となるという大いなる哲学を見出し, 現代ではこの哲学のもとで正標数の代数幾何は大発展を遂げていますが, それはまた別の話といたしましょう. そういえば Math Power のコメントでも「もっと正標数を扱ってください」とありましたね. 努めます.
[第2段] 濃度が $p^n$ であるような $G$ の部分集合の全体を $\mathcal{S}$ とし, $G$ の $\mathcal{S}$ への左からの積による作用を考える:
濃度が等しいので $\mathcal{S}$ の要素から部分群になっているものを見つけてくるのかと思いきや, $\mathcal{S}$ のごちゃごちゃした中身には全く触れず, サラッと $G$ を作用させて部分群 $P$ を抜き取ってしまいました. この方法の強みは, 既に $P$ は部分群であることは判っている点です. わたしたちはこれが Sylow の定理の証明と知っているので, 示したいことは既にお判りかと思います:
繰り返しますが, ここで $P$ が部分群であることは既に知っています. あとは位数の評価を残すだけです. これもまた, なんとも素晴らしい切れ味で片付けられます.
[第3段] $S$ のとり方によって,軌道 $G \cdot S$ の濃度は $p$ で割り切れない. ここで, 等式 $$ \sharp P \times \sharp (G \cdot S) = \sharp G$$ から$\sharp P$ は $p^n$ で割り切れねばならない. 特に $\sharp P \ge p^n$. [第3段終]
こちらはまさしく準備の勝利といった感じです. $S$ をうまく取ってきたからこそですが, この $S$ の設定は逆側の評価をも与える梃子の支点でもあるのです. Sylow の定理は成り立つべくして成り立つものであったと強く感じさせられます:
[第4段] 構成法により, $P$ は左からの積によって $S$ に作用する. この作用は自由 [i.e., 任意の $x \in S$ に対し $P \to S$ ; $g \mapsto gx$ は単射] であり, 特に $\sharp P \le \sharp S = p^n$ でなければならない. [第4段終]
以上をまとめて, $P$ が $G$ の $p$ シロー部分群であることが判りました. これで胸を張って主張できますね.
……失礼しました. さて,本来ならば証明はさらに個数を評価すべく続くのですが, 自分で書いていてもびっくりするような文字数になってしまいましたので, ここでお開きといたしましょう. ご清聴ありがとうございました. どうぞこれに懲りずまたお越しくださいませ.
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