2017年04月06日

最後の新幹線に乗って高崎に到着です。3日間の出張でしたが、まったく知らない街へ行ったせいか、長く感じた3日間でした。



(07:43)

2017年04月05日

KOBE night でした。

image


(09:21)

2017年04月04日

今回の出張の最終目的地播州赤穂に来ました。関東に住む私にとっては地のはてのような町です。行ったことはないけれどニューヨークより遠い感じです。

image


image


駅舎の屋根は元旦本瓦棒84でしょうか。
美しいです。


(14:16)
姫路で途中下車してお城を見てえきそばと穴子丼を食べました。えきそばは姫路の名物のようで駅の外にもあちこちにあります。ただ特に美味しいわけではなかったのが残念です。

image

image


(12:30)
中心部のホテルが空いていないので新大阪駅近くのホテルに泊まりました。でも飲むのはやはり大阪駅周辺が楽しいので移動です。天満ではじけてしまいました。

image


image


(09:23)

2017年04月02日

大阪へ移動途中、時間があったので京橋に寄ってみました。33年前のおととい、社会人としてのスタートをきった思い出の場所です。よくランチをいただいたお店で、昔と同じきじ丼のランチを楽しみました。

image


image



(14:16)
6年半ぶりにブログを書こうと思ったのはきのうのフィギュアスケートがきっかけです。
羽生結弦が見事に5位から逆転して、世界選手権優勝となりました。
羽生結弦のジャンプは白鳥が飛び立ち舞降りるような華麗なジャンプで、
他の男子選手は例えてみればオスプレーの離着陸のようで優雅さがありません。
羽生結弦は確かに素晴らしいスケーターですが、何かが足りない気がします。
それ "狂気" です。
バンクーバーオリンピックの浅田真央の演技を私は当時のブログで "狂気" と表現しました。
銀メダルに終わりましたが、ものすごく感動したことを覚えています。
羽生結弦のきのうの演技は確かに上手でしたが、感動はしませんでした。
激しい気持ちがもう少し私たちに伝わるような演技ができれば、
浅田真央を超えられる時が来るかもしれません。

そんなわけで少しずつではありますが、また小林茂の部屋を公開していこうと思います。
明日から関西に出張なのでまずはそのことを紹介していきます。



(11:24)

2011年10月04日

先週ふと思うことがあり、WOWOWに加入しました。以前はたしか月3,000円くらいだったし、ひとつのチャンネルだけだったので、随分割高な気がしましたが、10月からプライム、ライブ、シネマ三つのチャンネル見放題で月2,425円ということで加入しやすくなったことは確かです。
相変わらずの肩痛で週末はゴルフが出来ないので、土曜、日曜とほとんどテレビを見てすごしました。覚えているだけでも、”下町ロケット””桑田佳祐ライブ””福山雅治ライブ””パンドラ掘鼻疋轡絅蝓鼻秒砲呂弔蕕い茵匹覆匹覆鼻O寝茲靴討泙生えいないのもありますから、おそるべき時間をテレビ鑑賞についやしてしまいました。おかげで目がますます悪くなったようです。はやく肩を直して、青い空と緑の芝生の中で目の養生をしなければと思います。
地上波の番組がつまらなくなった今、WOWOWは私の大きな楽しみのひとつになるでしょう。

(16:50)

2011年08月27日

50歳くらいになると、肩の骨がずれたり、引っかかったり、また筋肉や筋が炎症を起こしたり、痛んだりと、肩の痛みを訴える人が多くなります。これらの症状を統轄して五十肩というわけで、原因はいろいろあり、もちろん五十肩という病気があるわけではないので治療方法はいろいろです。ましてや拝んでもらって治るものではありません。
この半年、症状がひどくなったのは2ヵ月ほど前からですが、私はこの病気に悩まされています。つらそうにしている私を見て、いろいろな人がいろいろなアドバイスをくれます。そのため6年前の左肩の傷みによる治療をあわせると、覚えているだけで10ヶ所の治療院や病院へ行ったことになります。

先月台湾でやってもらった治療を含め中国系の方針はとにかく血液の巡りを良くするということです。そのために針治療、カッピング、マッサージを行います。劇的な回復は望めないですが、中国整体は気持ちがいいので私は嫌いではありません。
日本の整体は姿勢の悪さや生活の癖から来る骨格のゆがみを直すことを第一に考えているようです。片方の足が短くなっているとか、悪いほうの肩が下がっているとか指摘され、それを直すためのマッサージをしてもらいますが、すぐにもとに戻ってしまうようです。
針治療は私には痛すぎて(針そのものではなく、そのあとのマッサージですが・・・)耐えられませんでした。

治療院や病院ではいろいろなアドバイスや意見を聞きます。
動かした方がいい。⇔安静にして動かさないほうがいい。
氷で冷やしたほうがいい。⇔温めたほうがいい。
など、どうすればいいの?とうい両極端なアドバイスもあります。

今週ますます悪くなる症状をどうにかしなくてはと、思い切って大学病院の整形外科に行きました。レントゲン検査、MRI検査によれば、骨や筋肉に損傷はなくリファビリテーションで直していけばいいという結論に達しました。痛み止めの注射や薬も思ったより効果があり、何よりも症状を科学的に検査・分析し説明してくれるので、安心感があります。将来肩が動かなくなるかもというような恐怖感もなくなりました。
双方ともいいところはそれぞれあるのでしょうが、わたしには東洋医学より西洋医学(このようにくくれるかはわかりませんが・・・)のほうが合うような気がしました。

はじめて大学病院へ行った感想ですが、私より明らかに重症の患者さんたちをを見たり、待ち時間を含め最低でも半日はかかってしまう治療のことを考えると、二度と行きたくないとというのが正直な感想です。人間は特に年をとってからは健康が第一です。できれば今後二度とここに来ることがないように生きていきたいものです。

8月ももう終わりですが、肩の痛みのためゴルフができません。また仕事を含めいろいろなことをやるのが億劫になってしまいます。肩さえ治れば、肩さえ治れば、と思っているうちに今年の夏は終わってしまいそうです。人生最悪の夏になってしまいました。





(16:00)

2011年08月15日

台湾、ベトナムの出張から帰ってすでに一ヶ月近くが過ぎてしまいました。肩痛と暑さのためなかなかブログを書く気持ちになれませんでしたが、ここで出張をまとめておこうと思います。
まず台湾花蓮の屋根です。もう屋根工事は終わったでしょうが、私が行った時は最後の仕上げの段階でした。自分が開発した屋根が台湾の空を突き抜けているのを見るのは何とも誇らしい気持ちです。お客様にも感謝されました。つらいこともたくさんありましたが、なんとか仕事をやり遂げることが出来たようです。
20110718_130簡淑絲(慮)

20110718_123簡淑絲(慮)

20110718_169簡淑絲(慮)

ホーチミンでは日本の金属屋根メーカーG社が、J国の領事館の屋根を施工中ということで、現場を見せていただき、担当者に話を聞きました。カタログでは見たことがあるというようなハイスペックのシステム屋根が採用されていました。当初は太陽光パネルが設置される予定だったようですが、政権の交代により話がなくなったそうです。J国で話題となった例の仕訳によるのでしょうか?
CIMG4945
CIMG4962

屋根の納まりは基本に忠実です。まさにカタログを見ているようで、日本の屋根より日本らしいと感じました。たとえば移民の一世たちの暮らしが、より日本の伝統を守っているといった感じで、懐かしささえ感じたのはなぜでしょうか?コストダウンだVEだばかり言っていい屋根を作ろうとしないいまの日本の現状がそう感じさせたのかもしれません。
見学の後、G社の担当者とチャイナタウンの私の取引先に行き北京ダックの夕食を御馳走になり、その後ホーチミン中心部の日本人のためのナイトクラブみたいなところへ案内されました。そこも日本より日本らしいクラブのような気がして、なぜか複雑な気持ちになりました。

こうして2年間にわたった私の仕事は終わりました。もしかしたらもう台湾、ベトナムに来ることはないかもしれません。でもアジア各国で屋根屋としての私を知ってくれる人がたくさんできたことが何よりの収穫だと思います。センチメンタルな気持ちのまま、このプロジェクトの話を終わりにしたいと思います。

CIMG4925

                    メコン川

(17:37)

2011年08月09日

8月6日・7日に市内で毎年恒例のお祭りがありました。”市内で”と書いたとおり環状線の外側に住む私には関係ないのですが、組合で技能祭に毎年参加するということもあり、いやいや出かけて行きました。
8月の第一の週末といったら夏真っ盛りの最高の季節です。それを丸二日間、このためにつぶさなければなりません。好きな人はいいでしょうが、子供の頃から”祭り”とか”正月”とかできればないほうがいいと思っていた私には、猛暑のテント中で過ごす二日間は軽い拷問です。できれば来年からは参加したくありません。
テレビで見ましたが、東北の被災地では祭りでみんなの絆を深め、復興への足がかりとしているようです。もともと冬は雪と寒さに閉ざされ楽しみがすくないであろう東北地方では、お祭りは一年で一番大きなイベントです。またそれぞれのお祭りに主張というかテーマがあるような気がします。それは宗教的なものであり、神聖な感じがします。町中に集まってお酒を飲んで騒いでというだけのどこかのお祭りとは根本的に違うのでしょう。
巻き舌で”てやんでぃ”なんて大声でしゃべりながら歩く酔っ払いが増える祭りの季節は私は嫌いです。できれば静かな夏を楽しみたいというのが私の願いです。

(09:00)

2011年07月22日

台湾からベトナムを通り越してあと約4時間で東京というところまで来てしまいました。通信事情のこともあり、リアルタイムで記録できなかったのは残念ですが、帰国後、経験したこと、感じたこと、写真などをまとめておきたいと思います。
何よりこの2年間取り組んで来た、銅瓦の仕事が完結したことが一番の出来事です。2年間でいろいろなところに行きましたし、多くの経験を積みました。また海外での仕事にチャレンジしたいですし、チャンスもあるでしょう。
搭乗の時間が来たようです。続きはまた…。

(17:13)

2011年07月18日

17日は昨日の夕方から一緒にいる台中在住の楊さんと朝から高雄に向かいました。現在顔さんの会社で施工中のお寺を見に行くためです。写真は帰国後パソコンで書く時に掲載しようと思っていますが、金箔に三億円かけたという台湾らしい派手なお寺です。あるところにはあるものです。その後楊さんが関係している1300 Only Porcelain(興味があったら調べてみてください)を見学に高雄市内のデパートへ行き、台中経由で桃園のホテルに向かいました。途中9年前に当社で施工した文化財保存センターがある台南を通りましたが、時間の都合で今回も素通り、私は一生台南へは行けないかもしれません。一日中車にのっていた感じです。
18日は今回の台湾での行程のメインとなる花蓮の銅瓦の現場の視察です。飛行機で行くはずが、乗り遅れてしまい、またしても3時間以上かけて(往復6時間以上ということですが…)車で移動です。いい加減嫌になりました。現場では屋根は90%仕上がっており、事務所と屋根上で施工についての話を聞きました。?という部分もありましたが、ある部分では私たちには思いつかないであろう斬新な施工方法も見られて、今後の仕事の参考にもなったと思います。私たちが造った銅瓦が台湾の田舎町のお寺の屋根として今後多くの人たちに見てもらえるということは、誇りに私にとって大変思います。色々あったけれどこの仕事をやって台湾の皆さんに喜んでもらえたことはほんとによかったです。最後に責任者の梁さんに銅瓦を採用してくれたことと、震災において多大な寄付や暖かい心をいただいたお礼を言って花蓮を後にしました。
私が運転した訳ではありませんが、3日間で1,000km以上を走ってしまいました。新幹線と飛行機で移動すればかなりの時間の節約になりますが、郷に入っては郷に従え、これも経験です。疲れ果てた体で、明日は早朝の便でホーチミンへ向かいます。おやすみなさい…。

(23:41)
15日、金曜日から台湾に来ています。2年前から始めた銅瓦の輸出の仕事の最後を見届けるためです。本来ならば3月の中旬に行く予定でしたが、地震の影響のため、また仮設住宅の仕事で長期間事務所を空けられなかったこともあり、こんなにおそくなってしまいました。
現在、台湾時間の17日PM11時過ぎです。この3日間を記録しておこうと思います。
15日、午後の便で羽田から台北松山空港に到着、松山空港は街の真ん中にあるので大変楽です。友人の邱さんが空港まで迎えに来てくれてタクシーでホテルまで、ほんの5分です。これから台湾にくる時は羽田からに限ります。大きく時間が節約できます。いつも行く串焼き屋で近況と昔話を語り合いながら、楽しくお酒を飲みました。彼は屋根屋ではあまりうまくいかなかったようですが、不動産屋に転向して成功しているようで、私もホッとしました。いつまでも友人でありたいと思っています。
翌日は私のお客様である顔さんと彼の友人の黄さんと台中近くの苑裡という田舎町で、結婚式に出席しました。見ず知らずの人の結婚式に出席するのもいかがかと思いましたが、普段着のカジュアルな披露宴だったので、台湾式のパーティーを楽しみました。周りの人たちが私の五十肩を気にして、場所を移して処方箋の薬を用意してくれたり、マッサージ師を呼んでくれたり、なんだか恐縮してしまいました。夜は私の好きな蔡さんを交えて台中で海鮮料理の夕食です。美味しいのですが、何かが違うといつもの違和感を感じました。海外で知人が招待してくれる豪華な食事もいいでしょう。しかし自分で見つけて勇気を出して入ったしけたレストランで、下手な中国語でやっとのことで注文した貧しい料理のほうが美味しいのではと思うことがよくあります。私は台湾に来過ぎてしまったのかもしれません。
続きはまた明日・・・。

(00:42)

2011年07月14日

7月10日をもって4月から取り組んでいた東日本大震災の仮設住宅の工事がほぼ終わりました。あとは福島県で16日から始まるグループホーム1棟を残すのみです。約3ヶ月にわたり工事に携わってくれた当社のスタッフ、各地から集まってくれた職人さん、元請けの方々、本当にお世話になりました。心からお礼を言いたいと思います。またさらに言えば不足している中で材料を供給してくれたいくつかのメーカー、東北各地に屋根を運んでくれたドラーバーの方々、宿泊先のスタッフの方々、数えたら切りがありませんが、みなさんに感謝したいと思います。

私たちは3ヶ月の工事データです。
工事をした世帯数 1,320世帯 (岩手720世帯、宮城200世帯、福島400世帯)
屋根施工数量 48、000平方メートル
人員 延べ1,000人

考えてみると当社で施工した物件としては過去最大の工事となってしまいました。テレビニュースや新聞では色々と言われていますが、私たちのグループの施工物件では漏水などのクレームは一件もなく、見た目も性能も一味違った仮設住宅を供給できたのではないかと自負しています。東北地方の復興、そして何よりも被災した方々のお役に少しでもたてればと考えています。

きょうは工事の関係者が集まって高崎市内で打ち上げがあります。チャイニーズファンという小龍包が美味しい中華料理の店ですが、考えてみたらわたしは明日から台湾へ出張です。まっ、いいか・・・。

(10:37)

2011年07月11日

昨日は新大久保のコリアンタウンに行ってきました。五十肩でゴルフもできず、特に予定もなかったので急に思いついての行動です。コリアンタウンは昨年の12月友人のKと行って以来ですが、その時満員で入れなかった【実際は夜遅く行ったらしいが、酔っ払っていてよく覚えていない。】”梁の家”というお店で遅い昼食を食べました。ワインに漬けたサンギョプサル、ソルロンタン、海鮮チヂミなど韓国料理の定番をいただきましたが、本場ソウルで食べるのとほぼ同じといってもいいくらいの味だったと思います。我がG県の韓国料理屋とはレベルが違います。ただし車で行ったのでビールもマッコリもおあずけ、ノンアルコールビールで我慢です。次回は車なし、美味しく食べて飲みたいと思います。

(18:28)

2011年07月09日

ひと月ほど前から五十肩に悩まされています。半年ほど前から気になってはいたのですが、そのうち治るだろうと普通に生活していたらどんどん悪化して、いまでは極端にひどい状態になってしまいました。6年前は左、今回は右です。しかし6年前は43歳だったわけですから、四十肩と言えるでしょう。
今週から友人のSさんに紹介された治療院に行って、積極的な治療をはじめました。針と電気とマッサージによる治療ですが、痛すぎてほんとに直るんだろうかと疑いたくなってしまいます。とにかく何回かは通ってみるつもりです。前回の経験から直してくれるのは時間だと諦めている部分もあるので、あまり大きな期待は持たないつもりです。
つらいのはゴルフができないこと、暑さもあるのですが、寝返りがうてないのと痛さで熟睡できないため、昼間ぼっとしていることが多くなってしまったことでしょうか。早く直るのに超したことはありません。このつらさから解放されたい今日この頃です。


(14:51)

2011年07月06日

この時期は取引先の総会・安全大会が頻繁に開かれます。最近出席しただけでも、ロールフォーミングメーカーのT社・G社、屋根工事のW社、リース建築のT社といった具合で、出席すれば半日がかりでさらに酒席となることが多いので、忙しい毎日です。
内容と言えば退屈なものがほとんどで、久しぶりに会う人達と交流を深めるといった程度しか成果はありません。しかも今年は震災に考慮してか、いつもは温泉旅館で開催するところを、ホテルの宴会場でというケースも多いです。私たちが自粛して地味に暮らしても何もならないと思うのですが・・・。ただし私は温泉旅館の宴会はあまりすきではないので助かっていますが・・・。
先週行われたW社の安全大会では、以前ニュースステーションのプロ野球コーナーでコメンテーターを務めていた野崎靖博氏の講演会がありました。内容は”プロ野球監督に学ぶ人の育て方、使い方”というもので、プロ野球ファンの私にとっては大変興味深いお話でした。「いまのジャイアンツ、ベイスターズはフロント、監督にビジョンがないのでいい成績を残すことはまず無理だろう。ロッテから補強したサブローのことを考えても、ありあまる外野手がいるのになぜ・・・」とか、オリックスの土井監督が見捨てたイチローや田口、そして野茂らを超一流の選手に育て上げた仰木監督の手腕についてとか、わくわくするような話をたくさん聞かせていただきました。
野崎氏はスター選手出身の監督や、金にものを言わせて4番打者ばかりを補強するようなチームはきらいなようで、ロッテやヤクルトなどの地味な監督が好みのようです。しかし秋山や渡辺といった指導者としての下積みをしたスター監督がすばらしい成績を上げていることを考えると、一概にスター監督も否定できません。
プロ野球後半戦が楽しみです。


(09:24)

2011年07月04日

先週の土曜日、代々木体育館に浜田省吾のコンサートを見に行ってきました。ツアータイトルは THE LAST WEEKEND 、直訳すると【最後の土曜日】ですが、【彼女と僕と週末に】が正しいタイトルでしょう。半年ほど前、このタイトルがついたDVDを買いました。日本の幕末から現代までを写真とフィルムにまとめて、浜田省吾の楽曲と一緒に楽しむといった趣旨のDVDですが、今回はこれを基にしたコンサートツアーと言っていいでしょう。
会場はほとんどが私と同じ世代の中年の男女です。40代が8割といったところでしょう。私は一人でコンサートを楽しんだわけですが、私の両隣の席もなぜかひとり浜省を楽しむ女性で、自分だけが寂しい人間ではないのだなと少しホッとしました。
ガールフレンドと行ったコンサート、友人と一緒に行ったコンサート、一人で行ったことも確かあったような・・・。横浜スタジアム、読売ランドイースト、今回と同じ代々木体育館 etc・・・。昔のことを思い出してちょっぴりセンチメンタルな気持ちになった私でした。
今回のツアーは30年以上も前に出された PROMISED LAND 〜約束の地〜 というアルバムの中の【マイホームタウン】と【彼女と僕と週末に】という曲をベースに、これからの日本はいったいどこへ行くんだ?と私たちに問いかけているツアーと言えるでしょう。

パワーシャベルで削った丘の上いくつもの
同じような小さな家 どこまでも続くハイウェイ
彼らはそこを名付けた希望が丘ニュータウン
赤茶けた太陽が工業地帯の向こう沈んでく

これは【マイホームタウン】の一節ですが、まさにいまの日本の状況といった感じもします。
私たちはいったいどこへ行くんでしょうか?




(15:43)

2011年06月22日

2年前の夏から係わっている台湾のお寺の銅瓦の仕事がいよいよ終わりに近づいています。全景の写真は6月9日に現地から送ってきてくれたものなので、屋根工事はほぼ終わりと言ってもいいでしょう。

P6080071

このプロジェクトでの私の仕事は銅瓦の開発・材料販売のみで、施工は現地の方々におまかせしたわけですが、屋根を施工中だった3月16日から台湾へ工事の様子を見学に行く予定をたてていました。ところがこの地震直後の大変な時期に海外へ行くのはいかがなものかということになり、結局あきらめて、そのうち仮設住宅等の仕事で忙しくなり、とうとう完成まで行くことができなくなってしまったという次第です。しかし写真を見ると、私が現地へ行って指導するというのは完全に上から目線であるように思います。私たちが丹精込めて作った MADE IN JAPAN の銅瓦を、すばらしい屋根にしてくれたことに感謝したいと思います。仮設住宅の仕事が終わる7月中旬に台湾を訪れたいと考えています。

P6080036


DSC02621


このお寺は台湾東海岸にある花蓮という町を本部とする宗教団体のもので、全景の写真の前に建つ古い建物が一番古い施設、つまりこの宗教団体の始まりです。いまでは全世界に支部を持つ大きな団体ですが、はじめは台湾の田舎町のこんな小さな建物からはじまったわけです。この団体の主な活動は主に新興国ですが世界各国での災害時の医療活動やボランティアです。先日私のもとに送られてきた資料によると、今回の東日本大震災でも主に岩手県で、炊き出しや独自の義援金の配布などの活動を行ってくれたそうです。7月に訪台するときには日本人の代表として、できれば中国語で感謝の言葉を述べてきたいと思います。それと私が偶然送った仮設住宅の工事写真に大変興味をもってくれたようなので、その話もしてきたいと思います。将来日本の仮設住宅が台湾のボランティア団体によって世界各国の被災地で役にたつなんてことがあるかもしれませんね。

(19:00)