October 13, 2011

「我が家の祈り」

朝に夕べに家のそうじをするように
朝に夕べに自分の心のそうじを致しませう
悲しみのほこりをのこさぬように
ねたみも すなも いかりの火も 不安のちりも みんなきれいにすてませう
自分を愛し人を愛し自分をゆるし人をゆるしお互いにいたわりあいはげましあい じひとゆるしのたのしい社会をつくりませう
たのしかった想い出も 苦しかった出来事も かこは皆なきえたもの
すぎさった事のつまらぬせんさくはやめて じひとまこととゆうきをもって ただしょうじきにあたえられた・・もって 今日の仕事をはげみませう
朝に夕べに家のそうじをするように
朝に夕べに自分の心のそうじを致しませう

この夏の帰省中、亡くなった祖父の家で書類の中から見つけたボロボロの便箋。
祖父はいわゆる成功した人だったけど、改めてそこに至るまでの苦労や苦悩、そしてなにより人として生きることを愛した人だったことを想った。

10月13日、祖父の誕生日に寄せて。

April 02, 2011

帰国

3月31日、約半年に渡ったインド・ネパールの旅から無事戻ってきました。
ようやくようやく。ただいま。

当初の予定はまったくの予定で終わり、リシケシュではまさかのインド年越し・・・と思ってたらネパールでも沈没してしまい、あんなに意気込んでた東京マラソンも欠場。まさかまさか春が来るまで帰国が延びるとは自分でも思っていなかったのですが。
後悔はなく、思えばとても愛しい時間を過ごしてきました。
心配してくれたみんな、迷惑かけた人たち、そして旅先で出逢ったたくさんの人々。日々を支え築いてくれた多くの方々に感謝しています。ありがとう。

留守にしている間に日本では様々なことが起こっていて、いいこともそうでないこともたくさん。
あまりゆっくりしている暇はないのですが現状を冷静に見つめて自分の心と相談しながらこれからどう動いていくか考えたいと思います。

できることはきっとたくさんある。
がんばれわたしたち。


『私たちはこの世界のひとつであり、ひとりひとりに役割があります。ですから、無事に生きている方々は今目の前にあることに一生懸命取り組み、自分の役割を果たすことが大切です。それが美味しいご飯をいただくことであっても、いつもどおりに働くことであっても、大切な人と会話を交わすことであっても、負い目を感じることなく、おそれずに「今、この瞬間」に感謝しながら情熱を持って生きることです。』

February 20, 2011

ゆれる

まだネパールにいます。
またもや帰国延長してしまいました。

田舎の温泉地に滞在して毎日温泉三昧してたらふにゃふにゃの腰砕けになって動けなくなっちゃって。という半分冗談半分本当。
河原に湧く温泉に石を積んでつくった簡単な露天風呂で(雨季には川が増水して流されちゃうから毎年作り直される)毎日朝から温泉入ってご来光を拝んで時々川に入って気合入れながら昼までポケーっとして、宿(本当に温泉しかなくって家も数件しかない観光客もほとんどこない小さな村で民宿に近い感じ)に戻ってダルバート(ネパールの定番カレー定食。他にはない。)食べてお腹いっぱいになったら日向ぼっこして時々ヨガもどきのことをして、また気が向いたら夕方温泉行って。なーんて無防備にくつろいでたらインドにいたときよりも日焼けしてすっかり健康的な感じになりました。

多方面で心配かけまくってるみたいだけど、まずはとにかく元気だし飛行機のチケット期限も3月いっぱいまでだしお金ももうなくなってるしどうがんばってもあとちょっとで帰国いたしまする。

January 18, 2011

2011年、ネパール到達

あけましておめでとうございます。
いやはや皆様、旧年中は大変お世話になりまして。。
今年もどうぞよろしく申し上げ候。

『もう帰ってる?』
12月入ったあたりから問い合わせが数件届いたり、日記も更新してないので心配してくれる人がいたり、なので書かなきゃ書かなきゃと思いつつどうも手につかないままインドで緩やかに年越ししてしまいました。

11月末から12月初めにはダラムシャーラーにダライラマに会いに行って、標高2200mのところに泊って、毎日ヒマラヤを眺めて、たくさんの幻想的な瞬間、、静寂と喜びの朝焼け、穏やかだけど力強い夕日、天の川、、毎日400mの標高差を散歩、そしてまたリシケシに戻って感謝の日々、、いろーんなことがあったのだけど、そのうち報告できたら。

そして1月も後半に突入。
どんどん滞在予定が延びてしまったリシケシをついに後にし、14日に陸路でネパール入りしました。
国境越えは日が暮れてからだったし砂埃だらけでよく見えないゲートを、ビザのいらないインドとネパール両国民がどんどん抜けていくのに混じって実感なく通り抜けました。
両国イミグレーションもそれぞれ1人寂しく簡単な手続きを終えて。

ブッタの生誕地ルンビニを経て今はポカラにいます。
インドの国境に近いルンビニではまだインド人寄りの顔の人たちが多かったし、紙幣が替わって物価に慣れなくてーとかはありつつもまだまだインド感覚が抜けなかったのだけど、その後ひたすらのローカルバス移動で見る風景や現地人の雰囲気、、そしてポカラまで来て今やっとネパールにきたんだーと思っているところ。
インドもネパールもそれぞれよいところです。
ここも居心地が良くって予定より長居してしまいそうです。
でももう予定延長はしない。たぶん。

帰国は2月初め予定。
なんかいろいろ放置しっぱなしでみなさんごめんなさい。
とりあえず、無事に、あいかわらず元気で過ごしています。

私もずっと寒いとこにいるけど日本も激寒いようなので、みんなも風邪などひきませぬようにー。
首まわりをストールで防備、足首をレッグウォーマーで、そしてハラマキがめっちゃお役立ちです!


November 15, 2010

YOGA&INDIAN MUSIC

あいかわらず平和なリシケシより。

リシケシでは1日から昨日までの2週間、ヨガ&インディアンミュージックフェスティバルが開催されていました。
リシケシにいる有名なヨガの先生のレッスンやアーユルベーダやマントラ講座が朝7:00から夜7:00まで1時間から1時間半刻みで行われ、その後はインド各地から集まったアーティストによる演奏会。日替わりでオールフリーです。
気になった先生のヨガレッスンに参加して、適当にご飯食べたり、昼間の暖かい時間にお風呂入ったり洗濯したりして、夜はシタールとかタブラとかのインド伝統音楽を聴く。
贅沢でしょう?

ある日、音楽好きな日本人と会場まで歩いてる途中に日本でのフェスの話をしていて、去年OTONOTANIで見た旅団と今年のSENSE OF WONDERでのボアダムズの話をした後にタブラ軍団が出てきたときは興奮しました。
みんな楽しそうに演奏してるのがまたいい。

ここリシケシは、昔ビートルズが滞在して多くの楽曲を生み出した地としても知られてるのですが、(私が泊まってるアシュラムのちょっと先にもう閉鎖されてしまっているけどビートルズが滞在していたアシュラムが残ってます。)ここへ来て少し経ったころに『私もギターが弾けたら歌いだしそうだ』と口走ったのは、ここが本当に平和だということと、だからこそやはり音楽が似合う土地だからなのです。

インドに来て約一ヶ月。
この場所は本当に去りがたいけど、朝晩本当に寒くなってきたし、もう少ししたら南の方へ移動しようかと思っています。
ちょうど雨季が終わって少し経ってからインドに来て、本当に過ごしやすいいい時期に来たものだと思います。
ガンガーの姿も一ヶ月前と今とではかなり違っています。これからまたどんどん美しくなっていくようです。

“すべてのことは‐死でさえも‐自分の意思で起こしている”
最近とてもユニークでピュアな人と出逢って、あなたに合うと思う、と言って渡された本に書いてあった言葉。
私にはとても自然に受け入れることができたと同時に改めて感心しました。
自分の気持ちに素直に従えば、幸せはいつでもそこにあるのだと思います。

平和ながらもいろんなことが起こっているリシケシでの日々。
こうやって考えているととてもいとおしいものに思えます。
ここへはいつでも帰ってこられる。そう思える場所が一つ増えました。

October 26, 2010

だってここはインド

あいかわらずに元気です。

さて。
この町は停電が多いのです。
食堂でご飯を食べてて突然真っ暗になる、とか何度もあったけど誰も1ミリも慌てない。
すぐに復旧することが多いし、でもまたすぐに落ちることも多くて、とにかく日常茶飯事なので、みんな平然。
調子がいいときもあるんだけどな。今日は昼間に何度か停電したけど夜になってからはまだなし。
私も最初は反応してたけどもう慣れました。
たとえトイレの途中で真っ暗になろうとも。
もとから暗くて汚いシャワー室も(ちなみにシャワーは全然使えなくて蛇口から出してしゃがんで使う。そして水しかでない。寒い。)懐中電灯のちっちゃい光で入っちゃう。もしくは諦める。
停電が続く夜はもう早く寝ちゃう。健康的!

良い意味でも悪い意味でも人は適応能力があるものだと思います。
なければその中でどうにかするし、どんどん贅沢にもなり得てしまう。

おとといの満月の日のこと。
今いるアシュラムのレッスンがグルの命日祭のために特別にお休みだったので、夕方、他の人に教えてもらって別のヨガレッスンに参加した。
MOON PALACEっていうホテルの3階がちょっとしたレッスン場になってて。
そこの先生がすごく素敵で、もじゃもじゃ髭の一見強面なんだけどとても柔らかな人で、教えがシンプルですうっと心に響いてきて、すごくすごく気持ちの良い状態になれて、私も、そこにいる人たちもみんなが幸せでした。
先生とみんなと、きっと月の力も受け取ってなんとも心地よいエネルギーで満たされていました。
そのあとはMOON DANCE CAFE(なんて素敵な名前!)というところに連れて行ってもらっていろんな人たちと食事して、笑って、アシュラムに戻ってからも他の子たちと一緒にバルコニーにヨガマットを敷いて月光浴したり、寒くなってきたら部屋に移動して朝までいろんな話をした。
普段はみんな規則正しくしてるけど、次の日は日曜日でレッスンお休みだったからね。

こちらに来てから一週間。
だんだんと心が開いてきました。

インドにはずっと前から来たかったけど、今、これまでの経験があって、この年になってここにこれて良かったと思います。

October 22, 2010

ナマステ

インド4日目です。元気です。

デリーINして一夜明けて、2日目の早朝、暗くて汚くてわかりにくい人でいっぱいのニューデリー駅6時50分発の列車で北のほうへ200キロちょっと(急行で6時間半)ヒンドゥーの聖地ハルドワールへ。
聖なる河ガンガーの上流、聖水が平地に流れ出すその袂。
巡礼者が押し寄せて日没に合わせてガートで沐浴したりお供えの灯篭を流したりと礼拝を行うんだけど、ここは毎日がお祭り状態ってことで行ってみたかった。
いやー、本当にすごくて。ものすごい光景。で、インド人も写真撮影してたりすんの。ちょっとびっくり。もちろんみんな真剣に祈りを捧げてるんだけど、まぁわざわざ来てるんだもんなー。
おかげでこっちも写真撮るのに躊躇しなくて良かった。
ちなみに小さな街で日本人はおろか欧米人さえも見かけなかった。
ヨガの聖地リシケシへの通り道なので駅で欧米人は見かけたけど街中ではさっぱり。みんなスルーするのかな。インド人の観光地みたいなものですかね。

で、一泊して3日目は昼のチェックアウトの時間まで山の上の寺院マンサ・ディービーってとこに行ってきた。
見晴らしがいい。けどガスってる。
インドは基本的に空気が汚い。今、ちょうど雨季が終わって乾季に入ったばっかりのときだからまだマシらしいけど、街を歩いたらやっぱり埃だらけになるよ。
基本的に山の上でお寺しかないしみんな祈りを捧げに来てるわけで、祈らない私は景色を眺めて人を眺めて、ちょうどお昼の時間だったから無料で配られる食事というか甘いおやつをインド人に混じってもらって食べて下りてきた。

それからさらにガンガーの上流リシケシに向けて出発。
バススタンド(ターミナル)は地元の人しかいなくて、英語標記もないもんだからその辺のお兄ちゃんに尋ねたんだけど英語もほとんど話せない人で、でもリシケシっていうのは聞き取ってくれて他の人に聞いてくれたりここで待ってろとかバスを探し回ってくれて最終的には違うとこに来てたバスを見つけて連れて行ってくれて、超助かった。
途中いろいろ話しかけられて、広島とか長崎とか原爆のことを話してるのが地名でちょっとだけわかった以外は全然わかんなかったんだけど、注射打つマネしたからこんなとこに仕事してるわけじゃなくているわけだしドラッグ売ろうとしてるのかと思った瞬間もあって、でもなんせヒンディーわかんないし、もしかしたら向こうも諦めたのかもしれない。わかんない。最終的にはいい人だったから。握手して別れた。
インド人に囲まれてボロボロの猛スピードでクラクション鳴らしまくって走るバスに1時間揺られ、無事リシケシ着。

昨日からゆるい感じのヨガアシュラムに滞在してます。
繁華街から少し離れた場所でのんびり。
朝夕にヨガのレッスンに参加できるんだけど、昨日の夕方は事前情報で5:30からと思って出かけてたら4:00からで30分ちょっと遅れて入ったのもあってごく軽く。
今朝は7:30からメディテーション、8:30からヨガ。ゆっくりゆっくりやさしいヨガをしてとても爽快。鳥のさえずりなんかも聞こえて心が安らぐ感じ。
ゆるやかに気持ちよく、ゆるやかに温まって、自分の中のエネルギーを感じていく。
ずいぶん体を置いてけぼりにしてたんだなぁと思った。
本当に軽いストレッチみたいなのだけどそれを時間をかけてやるだけで、とてもとても心と体を健やかに保てるみたいだ。
メディテーションでもそんなことを言っていた。(たぶん)
あと、スマイルが大切だよ、と。

わかってはいたことだけど、英語の勉強をちゃんとしてないことが本当に悔まれる。
インド人の英語は巻き舌で全然わからないけど(それでもちょっとだけ慣れてきた)先生の英語はきれいだ。
旅をする上でこうしたいっていう意思を伝えたりこうしろって言われてるのを聞き取ったり簡単なやりとりはなんとなくできる、というかなんとかなってしまうけど、滞在し始めると本当の意味での会話・コミュニケーションがどれほど意味のあるものかわからないのに今の私には難しい。
今朝も今の単語なんだったっけなーとか何度思ったことか。

でも何も分からなかったとしても今ここにいて心地よいと思うことがとても大事だということも思います。

あとはもうすでにだいたいのことがどうでもよくなってきた。言い方をかえるとけっこう寛容になってきたような気がする。
今いる場所がすごくのんびりしているってことはたぶん大きい。
移動のときの荷物の心配とか神経を使うこともないし。なのでまた他の大きな町に行ったら違うかもしれない。
けど、バックパックが重くてこれじゃだめだって思った2日目、大事に使っていこうと思ってた日本から持ってきたいくつかのものたちを思いっきり消費することにした。
身軽が一番。
ないとこまるものはそんなにないし足りないものはあるもので代用。
ただ、目が悪いのがすごくつらいな。コンタクトが手放せないので大変不便。

さて、今はネットカフェです。
部屋に戻って洗濯などします。

ここのネットカフェ、スカイプが使えるのでそのうちやってみようと思います。
日本との時差3時間半。うまくあえるかな?