読後充実度 84ppm のお話

“OCNブログ人”で2014年6月まで7年間書いた記事をこちらに移行したものです。 現在は“新・読後充実度 84ppm のお話”として日々更新中です。右下の入口からのお越しをお待ちしております(当ブログも月2~3回更新中)。

2014年6月21日以前の記事中にある過去記事へのリンクはすでに死んでます。
 

ふつうの感覚じゃない♂と♀たち♪ワーグナー/前奏曲と愛の死

WagnerBa  西川センセイに1票
 “サンデー・ジャポン”で西川史子さんが、山尾志桜里議員のことを「バカなんじゃないかな」と言った。
 一方で、テリー伊藤は「良い仕事をしてくれればいい」と発言した。


 個人的なこと-不倫疑惑-で叩かれながらも、見事に選挙で当選。
 それは、このテリー伊藤の発言と同じように、「不倫は良くないことだが個人的なことであり、彼女の政治資質・能力は国のために必要」、という有権者の判断があったからだろう。

 一方で、北海道では数年前に路チュー報道された中川郁子が落選した。
 たぶん、政治家として期待できないと判断されたからだ。

 でも、今回の山尾氏の行動は私には理解不能。
 よりによって、その不倫疑惑相手の弁護士を政策顧問にするなんて、あまりに大胆すぎ。「むき出しの好奇心には屈しない」と言っておきながら好奇心を煽ってる(個人的には、不倫が実際にあったかどうかはどうでもいいことだけど)。
 世間に対する遠慮とか配慮とかないのだろうか?彼女にとって必要なブレーンだとしても、七輪の炭火にガソリンをかけるようなものだ。

 そうすることによって、「彼との間には個人的に疑われるよなことはないんです」と主張したいのかもしれない。しかし、今回の当選の直前には、その彼との不倫疑惑によって離党したわけで、離党するということは有権者の支持や期待を大きく裏切ったことになる。疑惑はらしの点でも効果があると思えない。

 だから、彼を政策顧問にするっていうのは、多くの世間の目は西川史子さんと同じ感覚、常識のないおバカさんってものだろう。

 間違いなく言えるのは、山尾議員の最近の顔つきが“善い人”に見えなくなっているってこと。

 「保育園落ちた。日本死ね」が、「選挙受かった。モラル知らね」ってことにならなきゃいいが。


  自民党だってがんばってる!
 そうそう。今週の週刊ポストの新聞広告にはこんな見出し-というか、もう記事の要約-が載っていた。

 山尾志桜里センセイも唖然!?
 県境をまたいだ“性治活動”の一部始終
 49歳人妻自民党議員「同僚とのお泊り&空港キス」


 この人々、自民党横浜市議の輿石且子、自民党さいたま市議の帆足一之、自民党横浜市議の斉藤達也だという。
 あれっ?なぜ3人?
 なんでも、輿石市議の二股ダブル不倫の疑いがあるんだそうだ。

 いまの政治家情事バッシングの中で、そんなの他人事とばかり平然とやっているという頭の悪さにまず驚かされる。脇が甘いのではない。頭が悪いのだ。
 こういう世の中の動きが理解できない鈍感なおバカさんに、議員を務めさせちゃいけない。

 どーでもいいっちゃいいんだけど、政治の場を去ってから性事でもなんでも好きなことをやってほしい。


  尊敬してるんで、妻を献上します
 作曲家でもこういったこと-空港キスではない-で世間を騒がせた人々は少なくない。

 そのなかでも、私はワーグナー(Richard Wagner 1813-83 ドイツ)のやったことが最も嫌いである。自分の地位とか名声を武器にしている感じがするからだ。


 ・1834年に女優のミンナ・プラーナ―と恋愛関係になり、86年に結婚。
 ・1860年ごろには複数の女性と交際。そのなかの豪商オットー・ヴェーゼンドンクの妻マティルデと交際。この不倫関係は「トリスタンとイゾルデ」を書くきっかけとなる。ミンナとは別居。しかしヴェーゼンドンクとの関係も発展せずに終わる。
 ・ワーグナーに心酔していた指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻コジマとねんごろになる。1866年から同棲開始。2人とも離婚が成立していないのにもかかわらず、コジマはワーグナーの子を出産。その名はイゾルデ。
 ・1866年にミンナが死去。70年にコジマもビューローと離婚し、ワーグナーと再婚した。


 って、自分を尊敬してくれている大指揮者の妻を寝取ってしまうなんて、なんてけしからん奴なんだろう。力関係でビューローをねじ伏せた?

 当時の音楽界はワーグナー派とブラームス派に分かれていたが、離婚されたビューロー(コジマとの間には2人の子がいた)はワーグナー派からブラームス派に鞍替えしている(っていうのも、なんだか情けないというか、その程度の抵抗かいっていうか……)。

  パパの遺伝子のせい?

 結婚しているのに未婚の母となったコジマ。彼女はリスト(Liszt,Franz 1811-86 ハンガリー)の娘である。
 娘も娘なら親父も親父。あっ、逆か。おぉ、DNA!

 ・1835年、マリー・ダグー伯爵夫人とスイスへ恋の逃避行。約10年間同棲。3人出産のうちの1人がコジマ。
 ・1844年にマリーと別れる。47年、演奏旅行先のキエフで大地主ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人と恋仲になり同棲。諸事情で結婚には至らず。
 ・1865年、教会の4つの下級聖職者に就き、それ以降はカソック(司祭などが着る黒衣)をまとった。


 修道院に入って女断ちかと思いきや、リストの場合の下級地位だと結婚することも可能だったらしい。
 僧籍に入ったあとは生涯黒衣をまとったというが、貴族にささりこんで音楽活動を続けたわけだし……

  いえ、彼女の方が先だったんです
 ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ(Tristan und Isolde)」(1857-59/1865初演)。
 ワーグナー自身の台本による3幕の悲しい恋の物語。上に書いたように、マティルデとの叶わぬ恋を反映しているという。

 ここでは「前奏曲と愛の死(Prelude - Liebestod)」(第1幕前奏曲と第3幕の「イゾルデの愛の死」)を、バレンボイム/シカゴ交響楽団で。


 1994年録音。テルデック。


   このCDの詳しい情報 【タワレコ】 ※ポイント10倍キャンペーンは17日23:59まで
   ワーグナー:管弦楽名曲集


ElgarDuPre ついでにいうと、バレンボイム(1942- )は、夭逝の天才チェリスト(16歳でデビューした)ジャクリーヌ・デュ・プレ(1945-87)と1967年に結婚した。

 デュ・プレは1971年になって指の感覚がなくなる症状があらわれ、73年に多発性脳脊髄硬化症と診断された。


 バレンボイムは音楽活動ができなくなった妻をよそに、1980年ころからピアニストのバシュキロワとチョメチョメの関係になり、2人の子供が産まれている。つまり離婚してないのに子を産ませたわけで、さすがワーグナーを得意とするだけある。そっちのほうもワーグナーに倣ったのだろうか。

 かわいそうなデュ・プレ……。難病に侵され……と思いきや、彼女は彼女でニョメニョメしちゃってた。

 なんと、自分の姉の夫の指揮者フィンジ(私はこの人のことを知らない)とただならぬ関係にあったという。
 それもバレンボイムが浮気をするずっと前のこと。

 指の感覚がなくなりつつあった1971年から72年(つまり多発性脳脊髄硬化症と診断される前)に、フィンジとジョージしてたのだ。
 しかも夫人であるデュ・プレの姉は、夫と妹の関係を知っていたという。お姉さん、ヘンな趣味持ってました?
 これ、ホントの話かね?ホントなんだろうね。

 なお、バレンボイムはバシュキロワと関係したあとも、デュ・プレが亡くなるまで離婚はしなかった。
 バレンボイムのことは個人的に好きじゃないけど、けっこう彼もつらい思いをしたのね。


 新聞広告といえば、こんなのを発見。
 この人たち、正気でやってんのかね?
 善意に受け止めようとしても、おバカな香りを打ち消せない。

PB130657

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図鑑だって致命的ミスをすることもある♪Schobert/Sonata Op.3

Senkyo  自分たちが排除されちまった
 選挙は、希望の党が大失速で、やっぱりねぇという結果になった。

 選挙後、自民党のみなさんは「謙虚に」「謙虚に」「謙虚に」と言っているが、その一方で、相変わらずアッそう氏はヘンテコなことを口にし、その後の取材では高慢ちきな態度。この人、三角関数のグラフ-ただしタンジェントは除く-みたいに周期的に「おやっ?」てことを口に出すのは、まさかおバカさんじゃないわけだから、やっぱりおごりが根底にあるのではないかと思う。

 自民党は圧勝したが、世論調査では安倍首相続投には反対している人が多いというのは、なんだか常識ある国民っぽくて少しほっとしている。
 あっ、言っておくが私は特に反自民ではない。画面を通じて観るABE氏の人柄にうそっぽさやずるさを感じるのと、アッそう氏のような大御所の上から目線の発言に拒否感を覚えるのだ。

   ヒョウモンクロシメジを食べてはいけない
 話は変わるが、先日の新聞に社告が載っていた。

KinokoZukan 良い子のための図鑑の“きのこ”の巻で、毒キノコを食用と誤記してしまったのだそうだ。
 これはけっこう危ない。

 もっとも、子どもがキノコを採取してきて図鑑と照らし合わせて、さあ食べましょうってことにはならないだろうから、すっごく大きな問題にはならないのかもしれない。
 これが本格的な大人向けキノコ図鑑ならやばいことになる恐れはある。

 不名誉なことを何度も書いて申し訳ないが、採ってきたキノコを食べて死んでしまったのが、少年期のモーツァルトにも大きな影響を与えたショーベルト(Johann Schobert 1735頃-67 ドイツ→フランス)である。

SchobertOp3 ショーベルトは古典派初期もしくは前古典派の上品で華やかなギャラント様式の作品を残しているが、その活躍期間はクラヴサン奏者としてパリの楽壇に彗星のごとく現われ、毒キノコを食べてご昇天なさるまでのわずか7年間であった。

 その音楽は、同じく前古典派の、大バッハの次男であるカール・フィルップ・エマヌエル・バッハとはまた異なるダイナミックさをもっている。

 今日は以前も取り上げたことのあるヴァイオリン付きのクラヴサン・ソナタ」を。英訳のタイトルは Keyboard sonatas with violin accompaniment となっている。

 ここで紹介するSpanyiのタンジェント・ピアノ、Szutsのヴァイオリンの演奏によるディスクには、Op.3-1(ニ長調。4楽章)、Op.3-2(ト長調。3楽章)とOp.1-2(ハ長調。3楽章)が収められている。

 タンジェント・ピアノというのは、この当時に生まれたチェンバロ(弦を爪で引っ掻くことで音を出す)からフォルテピアノ(弦をハンマーで叩くことで音を出す)への過渡期の楽器。弦をタンジェントという木片で叩いて音を出すが、チェンバロともフォルテピアノともつかない、両者が混じったような音色が心地よい。

 1997年録音。HUNGAROTON。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Schobert:Keyboard Sonatas With Violin Accompainment 

  野生のシイタケってあまり聞いたことがないけど……
 十数年前のことだが、親戚の叔父が山で採ってきたキノコにあたって七転八倒したらしい。
 ツキヨタケをシイタケと間違ったという。
 シイタケぐらい店で買えばいいのにと、私は思う。それもかなり強く。

 その叔父はなかなかの美食家ということだが、ショーベルトも美食家だったらしい。

 つまり、だいたいにしてこういう目に遭うのは、美食家と言われる人たちのようである。

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間違える気持ちはちょいとわかる♪ラヴェル/序奏とアレグロ

DebussySQ_KOdalyQ  たぬきは怖い?きつねはウソつき?
 前回、この元祖というか旧というか、まっとにかくこのブログでは、砂糖に群がるアリのように野党が大結集して、ヒアリのごとく強烈な毒をもって戦いに挑むかと思いきや、やっぱりあの人たちはまとまりきらない。

 hope勢は国民のことではなく、女王様にひれ伏している。その女王様が何をしたいんだかよく伝わってこないし、今回の排除発言はかなり彼女の印象を悪くした。女王さま、こわ~~い。

 おおかたの予測は自民有利ってことだが、けどやっぱりカレは信頼、信用できない。私には。
 そもそもいきなり解散したその行為が、誠実さを感じないのだ。

 なんとかしてほしいが、どうなるんだろう……

  いままで気づかなかったのもどうかと……
 信用といえば、CDを買って来たときに、そこに表記されていることは正しいものと私たちは信じている。
 また、他に作品名の資料などがないときには、その曲名が正しいと信じるしかない。

 先日、久しぶりに手に取った1枚のCD。
 何か違和感を覚えた。

DebussySQ_KodalyQ2 コーダイ……

 やれやれ、今まで気づかなかったが、これはどう考えてもコダーイの誤りだ。
 作曲家のコダーイの名を冠した四重奏団であるに違いないから。演奏が広大なイメージってことは、ないだろうな。

 やれやれ。

 そして、若かりし頃の私もまた、実はコダーイのことをコーダイと間違って覚えていたのだった(数か月間のことである)。
 メンデルスゾーンはメンデルスーゾンだったし……(1か月ほどのことである)。

 このCDを私が買ったのは1998年のこと。
 いま流通しているディスクの帯がまだそのままなのか、修正されているのかはわからないが、NAXOS MUSIC LIBRARY では正しい表記になっている。

 演奏は、ドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏曲がコダーイ四重奏団
 下で触れる「序奏とアレグロ」にはマロシュのハープ、ジェンジェシィのフルート、コヴァーチのクラリネットが加わる(この3人の名が仮に間違っていたとしても、私には確かめる術がない)。

 1988年録音。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Debussy, Ravel: String Quartets, etc / Kodaly Quartet

   音楽配信はこちら NAXOS MUSIC LIBRARY

JyakuSansei  ハープ会社の代理戦争?
 このディスクに収められている作品の中から、ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937 フランス)の「序奏とアレグロ(Introduction et allegro)」(1905)。

 弦楽四重奏(2vn,va,vc)に、ハープとフルート、クラリネットが加わる七重奏曲。
 エラールという会社が開発したダブルアクション方式ペダルを備えたハープの普及のために、ラヴェルが作曲を依頼されて作られた。

 ドビュッシーは1904年にハープと弦楽合奏のための「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」を作曲しているが、こちらの作品はプレイエル社の新型のハープである半音階ハープの普及のために書かれた作品である。

 なお、現在のハープはエラールの楽器がもとになっている。

 で、関係ないけど、ここはほのかに酸っぱい匂いがするのだろうか?
 使っているのはAll ビオレなのだろうか?

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クープランは彼女の勝負カラーを知っていた?花も開く?

ShinjitunoKuchi  一方的に自分の言いたいことを
 9月25日衆院解散発表の夜、安倍首相は1人,、各局のニュース番組にリレー出演していた。

 あいかわらずの高めのトーンの早口で、しばしば聞き取りづらい。
 いつものように、自分の言いたいことをまくし立て、キャスターや解説者からの質問にはあまりまともに答えない。
 応じたとしても微妙に自分の言いたいことへとすり替えていく。
 自分に都合の悪いことを取り合わない姿勢はここでも健在だ。

 たいしたものだ。
 政治家たるもの、ましてや首相になる人物たるもの、これぐらい自己チューでないと務まらないのだろう。

 が、口が旨いかといえば、決してそうはいえないだろう。だって、そういうふうに都合のいい方へと話をシフトしていくのがわかっちゃうわけだから。
 って、あくまで個人的な感想です。

  学生時代の数学を思い出し、代入してみた
 世論調査によれば内閣を支持している人も依然多い。
 主義主張は個々人によって違うからそのことに良し悪しはないが、この首相、この政党にまかせておけば、やりたい放題の独裁政治になるのではないかと(もうなっている)、個人的にはけっこう危惧している(なお、私は政治的な強い思想など全然もっていないし、支持する政党もない)。
 と、感じ方には個人差があります。

 首相はこう言った。

 この選挙はいかにして日本を守り抜くのか、国民の生命と財産、幸せな国を守りぬくのかを問う選挙だ。

 “国民”とか“国”、“日本”という変数に“自分”とか“私”を代入してみると、これ、案外しっくりくる。

 この選挙はいかにして私を守り抜くのか、私の生命と財産、幸せな自分を守り抜くのかを問う選挙だ。

 また、

 この国難を国民の信を得て乗り越えていかねばならないと判断して衆院を解散した。

もちょっといじってみて、

 この非難を速攻でたたみかけで乗り越えていかねばならないと判断して衆院を解散した。

と変えてみても、違和感がない。いや、かえってホントっぽい。

 国難を乗り越えるため、どうしても今、国民の声を聞かなければならない。

って、森友・加計問題で国民に丁寧に説明すると言っておきながら、それを反故にして、国民の声を聞かなければって、勝手すぎる。
 「彼ったら、アタシの話なんてこれっぽっちも聞く気がないの」ってなもんだ。
 
 「北朝鮮の脅威」を訴えていたが、脅威を実感しているのなら、なぜいま解散なんでしょう(ミサイルが発射されたときよりも、いまになって脅威を訴えすぎと思えるぐらいに急に不安を煽っているのも理解不能、というかずるい)。解散しても24時間体制って、そんなの当たり前。威張っていうようなことじゃない。北朝鮮は“世論”と読み替えるのが妥当なのかもしれない。

 まぁ、私が感じるのは首相が声を大にして力説しても、ぜーんぶウソ臭く聴こえるってこと。
 実に空虚に響く。
 ていうのは、個人的感想です。

  求む、受け皿!
 じゃあ、ほかの政党に、と考えても、肝心な頼りになりそうな“他の政党”がない。
 前回私は、ダメモトかもしれないが自民党に投票しなかった。だが、死に票になるくらいならと、消極的に自民党に入れた有権者もいただろう。実際、インタビューなんかでおばあさんが「他に入れるところ、ないから」なんて答えていた。

 となると、自民党に対抗する党が、なんとしても生まれてもらわなきゃならない。
 共産と民進が組むとか組まないとかではなく、与党対野党という怪獣総進撃みたいな巨大な反対勢力がないとこの好き勝手-この解散が典型的な事例だ-に歯止めをかける術がない。

 モリやカケというそば屋のお品書きの最初に書かれているような“基礎的”なこともうやむやにされてしまう。
 外遊から戻ってきて、夫人とお手手つないでタラップを降りて来たが、あれを見て、「それにしても、よくやるよなぁ」と思った。夫人は森友問題ではまったく姿を現わさなかったのに、元気そうで何よりです。

 そんな状況の中で反勢力が生まれた。安倍首相のこれ以上の権力の私物化を阻止しようと、野党が主義主張を超えて手を組んだ。共産党は怒ってるけど。

 東京都知事が設立した“希望の党”。
 この人、知事になってからまだ何もしてないけど、サプライズという点ですごいことは間違いない。怖い人だ。
 みごとに少なからずの国民がが押して欲しいツボを押さえてきた。痛快である。

 希望の党は党の結成ありきで中身が伴っていない、という批判がある。特に自民・公明はそこを突いている。
それは、現時点では当たっているのかもしれない。が、首相が演説でしゃべっている内容が、じゃあ中身を伴ったしっかりしたものかというと、それはそれですっごくハテナマークだ。 

 希望の党は選挙に勝つために看板を変えただけの寄せ集めだと与党は非難している。
 でも、選挙に勝って政権を交代させることから始めないと、世の中は変わらないのも事実だ。
 と、個人的に思っている。

CouperinOrdreCompBaumont  希望の色は緑色
 クープラン(Francois Couperin 1668-1733 フランス)の「第13組曲(Ordre No.13)」(1722刊)。

 ここでも取り上げているが、なんか“彼女”や今の起っていることを連想させるタイトルが多いので、再び登板。

 以下の5曲からなるが、第4曲は12曲で構成される。

 1. ゆりの花ひらく
 2. 葦
 3. 胸飾りのリボン
 4. フランス人気質,またはドミノ(仮面舞踏会の頭巾)
    i)   純潔-見通せない色のドミノの中に
    ii)  恥じらい-ばら色のドミノの中に
    iii) 情熱-とき色のドミノの中に
    iv) 希望-緑色のドミノの中に
    v)  誠実-空色のドミノの中に
    vi) 忍耐-灰色のドミノ中に
    vii) 恋やつれ-紫色のドミノの中に
    viii) 媚-色とりどりのドミノの中に
    ix)  年老いた伊達男と時代後れの守銭奴-緋色と枯葉色のドミノの中で
    x)   気のよいかっこう-黄色のドミノの中で
    xi)  無言の嫉妬-モール風の灰色のドミノの中で
    xii) 狂乱,または絶望-黒いドミノの中で
 5. 煉獄の魂

 私が聴いているのはボーモンのチェンバロによる演奏。

 1992年録音。ワーナー。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   F.Couperin: Complete Works for Harpsichord

 果たして、都知事率いる党は花開くのだろうか?

 10/4追記  と思ったら、またまた野党は混乱続き。いったいどうなることやら……

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はめてないのにはめられた女と、チャック全開で立ちはだかる男の話

20170910Kacchinrou  一戦交えて……ないの?
 しっかし、不倫リーク合戦ですね。世の中。

 自民党が今井なら、民進党は山尾。

 芸能界では、あほんだら女としか思えない-ファンの方すいません-斉藤由貴。
 一度ならず二度までも。二度あることは三度あるのこちらの話はばかばかしいったらありゃしない。

 山尾議員の場合は“やり手”を消せとばかり、はめられた感が強い。

 やっていることは全然褒められたことではないけど、“サイゾー”に書いてあるという“自民党のメディア工作部隊の策略”っていうのが本当なら、いやはや、なんて怖い国なんでしょう。そんな部隊があるんですかね?文春は自民と手を組んでたってこと?いや、匿名の情報が文春に入ったってことなのか?
 民進党内部からの足の引っ張りの可能性もある。
 党を超えたW攻撃にあったということだが、この人、聡明そうなのにやっていることがバカだ。時期も時期なのに、若い男の魅力には抗しがたかったのね、きっと。
 えっ、写真?なんとなくです。

 山尾議員の「一線は越えていない」発言も、逆効果。
 すぐに離党するのも、何か奥深い事情がありそうな……

 そのおかげかどうかしらないけど、安倍内閣の支持率がちょっぴり上がったそうだ。
 上がろうと維持しようと、もう安倍内閣はあきられ、あきれられてると思うけど。


IMGP1916 今井、山尾、武闘派・豊田でワイワイやっている間にも、みなさん、加計学園と森友学園のことを忘れさせられないようにしましょうね。ちんぷんかんぷん・稲田のことも、姿を見なくなったからって何もなかったことで終わらないようにしつこく覚えておきましょうね。

  一心不乱にどこかへ急ぐ怪しい人

 一週間前の今日、ということは9日のことだが、この日の夕方、私は名古屋は伏見の辺りを歩いていた。

 交差点の向かい側から、白いTシャツを着てリュックを背負った男性が-秋の登山なら救援の依頼をしてきそうな軽装だ-異様に真剣に歩いてきた。

 控え目に言っても、ちょっぴり変わり者っぽい。正直に言うと、危険な人に見えなくもない。
 えっ、写真?なんとなくです。はがれかけている文字がいかにも危険って感じをかもしだしている。

 視線は自分の正面の先を凝視して固定している。エアコンにだってムーヴアイとかあるのにむかし塩釜港で見かけた船の飾りのように定まっている。

 で、すれ違いざまに気づいた。同じ会社の〇〇さんだった。
 確かに、どこか他人(ひと)と違うところがある人だが、こういう姿を見たら、けっこう他人と違うところがあった。

 彼は私にはまったく気づかず、まるで「いま急がなければマツタケが採りつくされてしまう」ってな感じの切迫した様子で、速足で行ってしまった。


Shiogama110930b

 すれ違ったことを、彼には伝えていない。
 どうも言ってはいけないことのように思えてならないのだ。


  マナーが悪い名古屋人
 リュックといえば、名古屋の地下鉄の乗車マナーってひどく悪い。

 ステッカーなどで乗車の際はリュックは下ろすよう注意を促しているが、かなりの人がケロじゃあるまいし、背負ったまま。
 こういう人たちは、それが他の客を圧迫していることや、急に振り向くなどしたときには相手を強打しかねないってことが、全然頭にないんだろう。こっそり後ろから“取扱注意”と書かれた荷札をくくりつけたくなってしまう。

 リュックを背負ったままのサラリーマンらしき人を見ると、「この人、絶対仕事をばりばりこなすタイプじゃないな」とか「飲みに行ったりしたら店員に横暴な態度をとる感じだな」「コンビニのレジでは、〇〇円ですと言われてから小銭入れを出すタイプだな」なんて思ってしまう。ジコチューの一種ね、つまり。

 もっともリュック問題は名古屋に限ったことではないだろう。

 名古屋の乗車マナーで特に悪いと思うのが、ドア付近から奥の方へつめないこと。

 これもまぁ、どこの都市でもその傾向はあるけれど、名古屋ではドアの真ん前で仁王立ちしたままの客がとっても多い。
 このあいだなんて、車内はすいているのに、ドアの真ん前まん真ん中の場所で、床に置いたかばんを両脚ではさみ(しかもカバンのチャックが全開。だらしない……)、電車が駅に着いてドアが開いても、降りる人にも乗る人にも構わずずっとスマホをいじり続けていたサラリーマン風の若い男がいた。

 もし私に勇気と腕力(何かあったときのため)があれば「チャックあいてますよ」と大きな声で言ってやるところだ。
 しっかし、何駅分の区間にもわたってドアの前で壁のように立ちはだかって、バカじゃないのかねぇ。


25ce4b9a.jpg 伊福部昭(Ifukube,Akira 1914-2006 北海道)の映画音楽「その壁を砕け」(1959。監督:中平康。日活映画)。

 私が持っている音源はサントラではなく林友声/上海交響楽団による「伊福部昭・映画音楽選集」に収められたもので、録音は1997年。キング。


 廃盤にはなっていないようだが、現在では入手困難。

 現時点では、Amazonなどで中古盤が入手できる。


   このCDの中古品情報 【Amazon】
   伊福部昭 映画音楽選集


 また、サントラ盤は現役で販売されている。


   サントラ盤の詳しい情報 【タワレコ】
   伊福部昭 日活映画音楽大全


 優先席に平気で座っている若者が非常に多いのも名古屋の特徴だと思う。
 空いていても、そうそう座れるものではないと思うのだが、こちらでは学生から若者、中年も一般の席と同じように利用している。空いていれば別にかまわないが、けっこうお年寄りの乗車率は高い。近くにお年寄りが立っていても意に介さない。いや、その席をゲットするために年寄りと競い合いながら乗り込んでくる奴もいるほどだ。
 
 この気質、どういう成り立ちなんだろう?
 

  この場合、あまりいじらない方が……
 前回歯科医院に行ったのは8月の末だった。いまは1カ月に一度、歯ぐき(歯周ポケット)のクリーニングに通っている。

 ずっと落ち着いていたのに、そのときは左上の歯ぐきにちょっと違和感があった。
 それを伝えた上で、まな板の上の鯉ならぬ治療椅子の上の鶴の状態で診てもらったのだが、いつもと同じように歯ぐきのクリーニングが行なわれた。


 違和感があった箇所から相当出血した。
 なぜ相当出血したかわかったかというと、口をゆすいでペッとすると血尿かいなと思うほど赤かったのだ。そのまま貧血で気を失ってもおかしくないほどだ。

 そのあと、かなり緩慢な速度-もう20日以上経っている-で快方に向かってはいるが、痛みと歯磨きした際の出血が続いている。


 もし、今月末の治療でも同じことをされたら、また大量出血してしまう恐れがある。

 お姉さんにどのように伝えればわかってくれるだろう(お姉さんって衛生士さんです)。それとも、どんなに出血しても、ああいう治療を継続した方がいいのだろうか?

  いったいどうなってるんだ?
 昨日の日経新聞に“年金未払いがあぶり出した名ばかり改革”という社説が載っていた。

 まったく、ひと様の金を集めておいて何やってんだって話だ。

 社会保険庁はとんでもなかったが、それにかわって生まれた日本年金機構も体質は同じってことか?

 こんな信用できないところにお金を払いたくない。

 でも、国民の義務。

 今回の事件はまるで“ぎむぎむ詐欺”だ。

 

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夢は妥当に、汗抜きし、もらっちゃったと言う企画をしている話

PA240345  謙虚な子
 もはや記憶が曖昧だが、この前の土曜日か日曜日のこと。
 夕方のローカルニュース。
 JR名古屋駅の新幹線のホームで子どもたちを対象にした一日駅員体験のイベントがあったと、男性アナウンサーが微笑みながらしゃべっていた。これが大人たちを対象にしたイベントだったら、ちょっぴり関わりたくないようなオタクさんが殺到して、たぶんアナウンサーも微笑んでられないだろう。いや、ニュースにならないな。

 映像のなかで、将来何になりたいかとインタビューを受けていた1人の子ども。「通勤電車の車掌さんです」と答えていた。

 良い子だ。

PA220311 新幹線の駅員を体験をしているにもかかわらず、それに流されないで、自分の将来の夢を語ったのだ。新幹線関係者に媚を売らない姿勢が、若いくせして頑固だ。
 しかも通勤電車の車掌さんとは、その謙虚さに頭が下がる。小学校の卒業文集で将来の夢の寄せ書きページで“王様”と書いていた東君とはえらい違いだ。

 んっ?でも、もしかして、あの子は新幹線関係の仕事に就くためには、ローカル路線の車掌になるよりも難しいかもしれないと、すでにリスクを計算しているのだろうか?
 だとしたら、小さいうちからチャレンジ精神に欠けていると言えなくもない。逆に自分のことをきちんとわかっていて、その上で人生設計がしっかり作り上げているとも言える。

 んんっ?考えてみれば通勤電車は、JRに限らない。
 もしかして名鉄なんかを狙ってる?
 だとしても、あの場で「名鉄の車掌さん」と答えなかった彼は聡明と言わざるを得ない。

  言葉巧みなだけの男
 大きかろうが小さかろうが、子どもには夢があっていい。
 でも、子どもでない私にとっては、こんなことになってしまうとささやかな老後生活すらおくれなくなってしまうと心配極まりない。

IMGP1070 働き方改革?そんなカッコイイ言葉に騙されちゃいけない。国民総奴隷化改革だ。
 だって、一生働きアリで過ごせってことだもん。

 定年になって好きなときに庭いじりをしたり、音楽を聴いたり、お出かけしたり……。そんなことができなくなるってことだ。
 こうなると自営業の人がうらやましく思う。

 年金がもらえるのが75歳からってことになると-現時点では75歳から受給する選択もできるってことらしいが-、もらい始めてほどなくしてお陀仏って人が続出するだろう。

 年金制度がこの先やっていけないなら、いっそのことここいらで制度を廃止すればいい。
 もちろん、いきなりゼロにすると生活できなくなる人が多数いるだろう。そのために、調整のための経過措置は必要。
 ただ、このままダラダラと続けていくといまの子どもたちは将来、どえらい負担を強いられる上に、自分が受け取れる年齢になったときには何にも返ってこないことになる。踏み倒しに遭うってこと。ひどい……

 年金の掛け金は自分たちがもらうための“貯金”ではなく、いま受給している人たちへの財源だという。
 お年寄りは大切にしなきゃならない。でも、自分たちが将来ボンビー生活をおくらなければ、もっと言えば餓死にしなければならないっていうのが現実味を帯びるなか、善人よろしく掛け金を払っているなんてまったくもっておかしな話だ。

 小泉進次郎が、またまたすばらしいことを考えましたとばかり、自信をもってしゃべっていた。
 年金が必要のないお金持ちは年金を返上して、その分をこども保険回しましょうだって。
 お金を持っているとか持っていないの話じゃないでしょうに。小泉進次郎って、バカなの?

P9170075 ちょっと前、彼は規制改革だか何だかで、儲けることしか考えていない経済サイドの話だけを鵜呑みにして、農協いじめをしていた。
 当然、頓挫。結局よくわかってないのに、カッコイイ御託を並べ、結論ありきで強引に進めようとしてボロが出た。よかった、彼の背後にいる独裁者に仕切られなくて。なんとか国民の良心が反映されたってことだ。

 国民が生きていくための食料。その国内生産をおろそかにする国は愚かだ。食料自給率を上げましょうと言っていたのは何だったんだろう?
 TPPだのなんだのって言ったって、ほらごらんなさい。オーストラリアは干ばつ。
 TPP協定が発効され日本の農業が弱体化してしまったあとに、たとえばオーストラリアは干ばつ、ニュージーランドは不作なんてことになれば、協定を結んでるなんて吠えたところで相手国は日本に食べるものなんか輸出してくれない。自国の食糧確保が最優先だから。「輸出できるものがないんです、以上」で終わり。。
 年金がもらえなくて食べるものが買えないための餓死か、そもそも食料がなくての餓死か、どっちにしろ豊かさなんて言葉とは無縁。

 L.Bromfieldは“pleasant Valley”でこう書いている。

 ――わが国の物狂おしい産業の発達のために、われわれは、農業がわが国のすべての経済の基盤であり、また、国家の経済機構のなかでは、常に礎石であることを忘れがちである。――われわれは、土地を所有し、これを愛育し、これを十分に利用する人が、経済的な意味においてだけではなく、社会的な意味においても、国家としてのわれわれの安定の源であることを忘れがちである。
                           (原仙作「英文標準問題精講」:旺文社)

 いまの政治によって日本は世界でも有数の暮らしにくい国になりかねない。
 そもそも庶民の暮らしをわかっている、いや、庶民の暮らしをしている人が政治をやらなきゃダメ。お坊ちゃま軍団にはお金のことも、食べ物のことも他人事。
 そもそもペコペコ頭を下げときながら、当選した瞬間に有権者に対し威厳を誇示するような人種が政治家にふさわしい人材であるワケがない。

  元気に働く女性 
 たまに利用するクリーニング店“あわあわランド(仮名)”。

 そこのおばさん-といっても、私より若いかもしれない-が、なかなかチャキチャキしていて、仕事もスピーディー。
 接客の感じは全然悪くないのだが、残念なことに、職務に徹しているのかほとんど愛想っ気がない。事務仕事をしていないのに事務的。頭の中は洗濯物のことでいっぱいって感じなのだ。

 先日、朝いちばんにスーツのズボンを2本持って行ったときのこと。

 「これ、お願いします」
 「ズボン2本ですね?」
 「はい」

 そのあと、彼女はじっと立ったまま。
 はっ!カードを出さなければ。私はあわててカードを渡す。
 彼女はレジに会員番号を打ったあと、言う。
 
 「汗抜きはどうします?」
 「お願いします」
 「ありがとうござぁいまぁす」※
 「では2割引きで、〇〇円です」
 「いつ仕上がりますか?」
 「急ぎます?」

 「はい」と言える雰囲気ではないし、実際急いでいないので私は「いえ」と答える。
 「では、明日の午後にはできてます」
 「よろしくお願いします」

 ※印のところ、つまり私がオプションを追加したときには、ちょっとだけ声のトーンが変わった。心から私は感謝されていると感じた。でも、そのフレーズ以外は終始ぶれない。

 ところで、この店、いつ行っても他の店員さんを見たことがない。店にはこのお姉さましかいない。
 1日中ずっと洗濯物のつららに囲まれながら孤独に過ごしているのだろうか?
 あるいは、奥は自宅になっているのだろうか?

 “あわあわランド”で汗抜き加工というテクニックを知ったが、これはいい。
 何度かクリーニングに出しているうちに、生地がゴワゴワな感じに硬くなるが、それが元に戻る。

 もはや汗抜きをせずにはいられなくなった私だ。

UFJposter  喜ぶ女性
 セブンイレブンの、6~7月ごろに流れていたコマーシャル。
 最後に「もらっちゃった」と喜んでいる女性に、なんとなく好感をもっていた。

 世にあふれかえっているコマーシャルにはいろいろな女優さんやモデルさん-たいていは美人と称される-が起用されている。でも最近の私は、セブンイレブンのお姉さんのような素人的な人の方がなんとなく好きだ。好きだというかほっとする。歳をとると、こういう些細なことで喜んでいる女性に尊い人間性を感じるのだ。

 それは洗剤や保険などのCMでも同じ。
 主役の脇に出ていたり、銀行のポスターに載っているような匿名的な-いや、もちろん名前はあるがあまり有名になっていない-人の方に目が行く。
 たとえば、この三菱東京UFJ銀行のポスターなら、左側の列の上から3番目の女性。少なくとも私はこの人が誰だか知らないが、こういうふつーっぽいところがいい。でも、ごっそり貯金してたりして。

 あと、近ごろではAmazonのCMでバイクの後ろに乗っているおばあちゃんの、死んだ夫と一緒に写っている若いころのおばあさんの姿が-すごく小さくて一瞬なのでよくわからないものの-気に入っている。

 で、私ももらっちゃったのである。
 nanacoを使ってお弁当を買ったときに、ドリンクの無料引換券を。

 今度引き換えに行こう。
 引き換えたあと、あの無愛想で怠惰な動きのレジのおばちゃんに向かって「もらっちゃった!」と言ってやろう(かな)。

 いや、答えはわかってる。無反応だ、彼女は。

20161214Moon  起こされた女と撃ちたがる男
 近ごろはすっかり日が沈むのが早くなってきた。
 ということは、日の出も遅い。
 5時だとまだ暗い。

 妻に「日が昇るのが遅くなったね」と言うと、「全然知らない」と言われた。

 ごもっともである。
 妻の場合、起きるのは早いときで6時だ。
 しかも北海道の日の出は早い。
 彼女にとって起きたときには日は昇っているのだ。

 8月29日の早朝、北朝鮮がミサイルを発射した。
 北海道と東北や北陸の上空を通過する恐れがあるとアナウンサーが連呼していた。

 まだ6時だから早すぎるかなと思ったが、日本を通り越したと報道された6:15ころに電話してみた。
 起きていた。
 こちらは警戒エリア外だったのでそんなことを考えていなかったが、あちらではスマホに警戒情報が入ったらしい。それで起こされたのだった。

 それにしても、「安全な場所に避難してください」って言われたって、どこに避難しろというのだろう?
 しかも、5:57に発射され、6:15ころには行っちゃってしまっているのだ。狙いが日本なら、とっくに火の海と化している。
 〇〇湾に上陸し、山越えし、東京へやって来るかもしれないというゴジラの歩行速度とは全然違う(なのに、なぜゴジラの姿が見えてから、ある者は走り、ある者はリヤカーをひきながら逃げていたのだろう。←映画だから)。ラドンが来る以上に逃げられない。

 この記事によると、なんと北海道上空を通過したのは6:06。
 まったくもって、気づいたら、いや気づかないうち笑顔で爆死だ。
 同記事には、当初からJアラートはミサイルが撃たれても間に合わないと指摘されてた。なのに、政府は強引に100億円もかけて導入。どこかに儲けさせるためにこんな無駄遣いをしたんじゃないかと思ってしまう。

 ところで、北朝鮮のTVニュースのおばさんアナウンサーや完璧整髪アナウンサーが読んでいる笑っちゃうぐらい過激で陳腐な表現。

 「断固たる正義の行動で応える」「米穀の制裁策動は完全に破綻した」「危険千万な軍事挑発」「無慈悲な報復と容赦ない懲罰を免れない」……

 これって誰が作ってるんですかね?

 そういえば、首相は「ミサイルの動きを完全に把握していた」ってキッパリ言ってたけど、じゃあいたずらに国民の不安を煽るんじゃないよって言いたくなる。

  そんなことから今日の1曲は、 
 ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の歌曲集「ユダヤの民族詩より(From Jewish Folk Poetry)」Op.79(1948)。


 ソプラノ、アルト、テノールの独唱とピアノのための作品だが、ショスタコーヴィチは1964年に管弦楽版も作った。
Shostako15Haitink 全部で以下の11曲からなる。

 1.  死んだ幼な子を嘆く
 2. 心配性の母と叔母
 3. 子守歌
 4. 長い別れの前
 5. 警告
 6. 捨てられた父親
 7. 貧乏の歌
 8. 冬
 9. よい暮らし
 10. 娘の歌
 11. しあわせ

 各曲のタイトルを見るだけで涙があふれてきそうになる、希望などなんにもない暗く悲しい歌。
 ときに音楽はユーモラスな表情を見せるが、それはウソくさい上っ面だけのもの。だって、歌詞にはユーモアのかけらもないんだもん。
 唯一、第11曲「しあわせ」だけが、あぁ、なんだか救われた。良い話を聞かせてもらったってものだ。

 私が持っているCDは、ゼーダーシュトレーム(S)、ヴァンケル(A)、カルチコフスキ(T)の独唱、ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団による演奏のもの。

 1983年録音。デッカ。
 現在入手できるのは、↓ のボックスセットとして。

   Shostakovich: The Symphonies

  元気な中国人?
 “週刊現代”の新聞広告。
 大きな文字で、中国人がタフマンを爆売り、と書いてあった。

 えっ?どーゆーことだ?

 もう一度見返すと、タワマン爆売りだった。

 メガネも合わなくなってきているようだ。


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私にここでDancerになれと?♪ファリャ/恋は魔術師

  ここが舞台?
 先月、旭川に出張した時のこと。

 小道によって歩道がいったん切れていたが、その先の向かいの縁石に貼られていた鉄看板がこれ。

IMGP1819

 踊り子?

 いや、こんなところでアタシ、踊れません。

  踊りの百貨店
 ファリャ(Manuel de Falla 1876-1946 スペイン)のバレエ「恋は魔術師(El amor brujo)」G.44/68(1914-15/改訂'15-16)。

 ソプラノ(またはアルト独唱)を伴う1幕2場のバレエのための音楽で、詞はG.M.シエーラ。

 ジプシー女のカンデラスは恋人が死んだあと、別な男カルメロを愛するようになったが、死んだ男の幽霊が邪魔に入る。そこで、幽霊に若いジプシー女のルシアをあてがい、2人を結ばせる。という、こうやって書くとやれやれなストーリー。

FallaThreeDutoit 曲は以下の13曲からなる。

 1. 序奏と情景
 2. 洞窟の中で(夜)
 3. 悩ましい愛の歌
 4. 亡霊
 5. 恐怖の踊り
 6. 魔法の輪(漁師の物語)
 7. 真夜中(魔法)
 8. 火祭りの踊り
 9. 情景
 10. きつね火の踊り
 11. パントマイム
 12. 愛の戯れの踊り
 13. フィナーレ,暁の鐘

 このなかでは、「火祭りの踊り」が突出して有名だが、どの踊りの音楽も、そして踊り以外の音楽もじつに魅力的なメロディーだ。

 デュトワ/モントリオール交響楽団、トゥランジョーのソプラノで。

 1981年録音。ロンドン(デッカ)。

   このCD(同一音源)の詳しい情報 【タワレコ】
   ファリャ:バレエ≪三角帽子≫≪恋は魔術師≫

 そして私は、看板を無視して通り過ぎましたとさ。

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理想的な姿と目の前の実像のギャップ♪バルトーク/2つの肖像

BartokPf3

  腕の良いコックも顔負けの進化
 単身赴任暮らしでの食生活で欠かすことができないもの。それは冷凍食品である。

 以前単身生活をしていた時に比べ冷食を利用する機会は高まっている。子どものお弁当用みたいな味が良いとは言えないものだけでなく、パスタやチャーハン、ハンバーグなど本格的なものが増えたためで、冷凍庫にストックがないとちょっぴり不安になる。
 このあたり、一般家庭では肉とか魚の冷凍の方が冷凍庫に占める割合が高い(たぶん)のとは対照的である。

 冷食は実際、非常に美味しくなっている。
 外食などで料理からデザートまで、いかに多くの冷凍食品が使われているか、意外と知らない人は多い。それはファミレスなんかだけにとどまらない。

 そのくらい完成度が高くなっているのだ。
 おまけに価格もむかしほど割高感がない。

 便利なうえに-内袋のままレンジで加熱できるなんて、なんて画期的だろう-味もそこそこ良い冷凍食品だが、いつになってもなかなか慣れないことがある。
 それはパッケージの盛り付けイメージ写真あるいは調理例と、内袋から皿へと中身をすべり出させたときの姿とのギャップだ。

  アメリケーヌソースなるものが中央に鎮座している例

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  ソテースパゲティが絡んでまとまっている状況

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 ウィンナーが存在感を主張しているのがちょっぴりうれしい。
 だが、見ようによっては得体の知れない怪人の顔の用にも見える。

  ボトンと落としたような投げやりな姿
 平らにならさないと、なんだか醜い……

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  青ネギが鮮やかじゃないのが残念な例
 このあとほぐして添付のきざみ海苔をかけた。

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 こういったレンジによる加熱後の姿は、もちろん整えてやれば立派な料理へと変わる。
 生まれたままの姿ではだめなのだ。
 いずれも味には-多少レベルの差はあるが-不満がない。

  理想が醜いものへと……
 バルトーク(Bartok,Bela 1881-1945 ハンガリー)の「2つの肖像(Ket portre)」Op.5,Sz.37。

 第1曲は「理想的なもの(Egy idealis)」(1907-08)で、ヴァイオリン協奏曲第1番Sz.36(1907-08。1958年に発見)の第1番から転用した(そのため独奏ヴァイオリンが用いられている)。
 第2曲は「醜いもの(Egy torz)」(1911)で、「14のピアノ小品(14のバガテル)」Op.6,Sz.38(1908)の第14曲「ワルツ-踊るわたしの恋人」。

 「わたしの恋人」を醜いだなんて穏やかではないが、ヴァイオリン協奏曲第1番の存在を隠していた理由とも関係があるのかもしれない。いやあるのだろう。

 ヴァイオリン協奏曲第1番を捧げたのに、その愛する女性はコンチェルトをお蔵入りにしてしまった。
 そして別な男と結婚してしまった。
 かわいさ余って憎さ百倍。ベルリオーズが「幻想交響曲」で愛しの女性を終楽章では魔女にしてしまったように、バルトークは醜い女にしたのだろう。男の嫉妬、逆恨みは怖い。

 私が聴いているのはシュナイト/南西ドイツ放送交響楽団による演奏。

 1989年録音。アルテノヴァ・クラシックス。

   このCD(同一音源)の詳しい情報 【タワレコ】
   Bela Bartok: Orchestral Works: Klavierkonzert 3: Portraits

  これはほとんどギャップレス

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 ケチャップのかけ方が下手で、逆に見た目を悪くしてしまった私。

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怖いマネキンや車と、怖さの基準が曖昧な指摘♪アンダーソン/タイプライター

201703Biyoushitsu  怖さイロイロ?
 中川右介の「怖いクラシック」(NHK出版新書)を読んだ。電子書籍版である。

 なんだか書名からして、真面目なんだかギャグをかましてくれるのか中途半端な印象を持ったが-こういうタイトルの本を書くなら鈴木淳史氏が適任であるように思う-、読んだあとは、なんだかまとまりが希薄で雑多な感じがして、これまで読んだ何冊かの中川氏の本に比べると、内容が中途半端で強引な感じがした。


 この本は、


 クラシック音楽は、日本ではいつからか「癒しの音楽」と喧伝されるようになった。だが、本質はその対極にある。死、神、孤独、戦争、国家権力――。こうした「恐怖」こそが、偉大な音楽家たちを駆り立ててきたのだ。モーツァルトからショスタコーヴィチまで、「恐怖」をキーワードに辿る、異色の西洋音楽史。

ということなのだが、「恐怖」をキーワードに辿るといったって、たとえばベートーヴェンの第5交響曲と第6交響曲についてはこうだ。


 この(引用者注:交響曲第6番「田園」のこと)なかで「怖い音楽」は、第4楽章の〈雷雨、嵐〉である。「地震・雷・火事・親父」の二番目だ。しかし第4楽章以外は、穏やかで楽しく、まさに牧歌的な音楽だ。だから、《田園交響曲》全体は「怖い音楽」ではない。
 むしろ、同じ日に初演された、「運命」と言う俗称で呼ばれることの多い第5番のほうが、怖いと言えば、怖い。幼児に何の予備知識も与えずにいきなり聴かせたら、冒頭のダダダダーンというところで、感受性の強い子だったら泣き出すかもしれない。少なくともびっくりはするだろう。


 だったら、うとうとしているご婦人たちを驚かせようと仕組んだハイドンの交響曲第94番「驚愕」も怖い音楽とみなさないと、差別になる。
 感受性の強いご婦人だったら悲鳴を上げるかもしれないくらいの曲だからだ。


 8つの章からなっていて、各章はモーツァルト、ベートーヴェン、ベルリオーズ、ショパン、ヴェルディ、ラフマニノフとマーラー、ヴォーン=ウィリアムズ、ショスタコーヴィチを中心に書かれている。

 では、ショスタコーヴィチの交響曲第4番について。


 たしかに第4番は、演奏の技術面において難しい曲だった。狂っているとしか思えない、混沌とした音楽だ。曲想が次々と変化していく。落ち着かない。具体的な標題はないが、ひとを不安に陥れ、混乱させる。心理的に「怖い音楽」だ。


 同じくショスタコーヴィチの、交響曲第10番

 第10番は標題音楽ではない。暗い。最初から最後まで徹頭徹尾、陰鬱だ。絶望の音楽であり、もちろん「怖い音楽」だ。究極の「怖い音楽」である。

 究極って、あなたのその決めつけが怖いの……

 要するにいろんな種類の怖さが-それって怖さなのかなぁっていうのもある-ごちゃまぜになっていて、何が当たるかわからないとっても怖い闇鍋状態。

 闇鍋といえば、私はアニメ「巨人の星」の一場面を思い出す。
 野球部員たちが闇鍋を作って食べるのだが、伴宙太か誰かが鍋に箸を突っ込んで取り上げたのが下駄だったのだ。
 それからというもの、私は闇鍋というのは非食料品を煮込む料理だとばかり思っていた。

 全体的に、話のまとめ上げ方がNHK的である。関係ないかもしれないけど。

 ついでにラフマニノフのピアノ協奏曲第2番

 このピアノ協奏曲第2番も「怖い音楽」だ。冒頭は弔いの鐘のような重厚なピアノの響きの連打で始まる。


 つまり、冒頭が弔いの鐘のようだから怖いんですね?


 しつこくチャイコフスキーの交響曲第1番


 ……第1楽章に「冬の日の幻想」という標題が付けられているので、そう呼ばれているが、交響曲全体の標題ではない。第2楽章には「陰気な土地、霧の土地」という標題があり、その題の通り、陰鬱な楽章だ。「怖い音楽」に入れていいだろう。第3、第4楽章には標題はない。


 いいんですか?本当に入れてしまって。

 とにかく、恐怖の味噌汁かと思いきや、今日麩の味噌汁って感じなのだ。
 あるいは、登別伊達時代村のろくろ首人形みたいだ。

 じゃあ、怖くない音楽を。

65f4885a.jpg アンダーソン(Leroy Anderson 1908-75 アメリカ)の「タイプライター(The Typewriter)」(1950)。

 いや、これだって考えようによっては怖い音楽と言っていいだろう。アームが紙を打つ瞬間指を挟んだときのことを思えば。
 それよりなにより、いまの若い人たちはタイプライター自体を知らないだろう。それまた怖い。

 フェネル/イーストマン=ロチェスター・ポップス管弦楽団の演奏を。

 1958年録音。マーキュリー。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   ルロイ・アンダーソン名曲集

  こっちは本当に怖いぞ
 怖いといえば、松居一代、泰葉、豊田真由子。

 3人ともその精神構造がわからない不気味さと暴力性を兼ね備えている。

 松居一代のスッピン投稿動画では食欲をなくしたし、豊田真由子におかれましては独裁首相に罵声を浴びせてほしいと思ったし、泰葉については病院に行った方がいいんじゃないかと感じた。

 名古屋で見かけた看板。
 この車、子どもの飛び出しに驚いているんじゃなく、危ない顔つきでひこうとしているようにしか見えない。

PB050394

 その点、下の陸別でみかけた、驚きの表情のトラックとは違って怖い。
 が、陸別の方のは、あえて物置の中の看板たちを外に見せようとしている持ち主がある意味怖い。

P5210140

 要するに、何でも見よう言いようによっては怖いものになるってわけ(あの3人の女性は正真正銘筋金入りのように思えるが)。

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藍ちゃん、引退に至る……♪ムソルグスキー/死の歌と踊り

  はがすのもご苦労なこって
 とあるビルで、こんなふうにいたずらされているのを見かけた。

 あるいはこれは悪意あるいたずらではなく、彼女の引退を惜しむ気持ちが強すぎるあまりやってしまったのかもしれない。

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 宮里藍?
 いえ、官里ですけど……それに、こういう状態になっていたのは去年からですし……

 管理人室なのにこれじゃ、管理人の意味がないな。実際、いなかったし。

  ビリュ?
 一方で、北海道ではこんなミスだが狙ってんだかわからない看板が。

P6200295

 この間違いのすごいところは、英語としてもローマ字としても、どっちにしろ正しくないところだ。

67b44ce1.jpg  一貫したテーマは“死”
 ムソルグスキー(Modest Petrovich Mussorgsky 1839-81 ロシア)の歌曲集「死の歌と踊り(Songs and Dances of Death)」。

 第1曲「子守歌」/第2曲「セレナード」/第3曲「トレパーク」(以上1875)/第4曲「司令」(1877)の4曲からなる。

 詞はムソルグスキーの遠縁にあたるA.ゴレニシチェフ=クトゥゾフ伯爵で、当時の農民の苦しい生活を表現している。

 ピアノ伴奏による歌だが、ここではショスタコーヴィチが1962年に管弦楽編曲した版を紹介しておく。

 アレクサーシキンのバス独唱、ショルティ指揮シカゴ交響楽団による演奏。

 1997年録音。デッカ(TOWER RECORDS VINTAGE COLLECTION Vol.10)。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   ショスタコーヴィチ: 交響曲集<タワーレコード限定>
 
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