読後充実度 84ppm のお話

“OCNブログ人”で2014年6月まで7年間書いた記事をこちらに移行したものです。 現在は“新・読後充実度 84ppm のお話”としてちょくちょく更新しています。右下の入口からのお越しをお待ちしております(当ブログもたまに更新しています)。

2014年6月21日以前の記事中にある過去記事へのリンクはすでに死んでます。

November 2010

ミーチャ、イワン、アリョーシャ!

3f13637e.jpg  私がドストエフスキー(1821-81)の「カラマーゾフの兄弟」を読んだのは、村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」(新潮社)を読んだのがきっかけだった。

 もちろん僕に特徴がないというわけではない。失業していて、『カラマーゾフの兄弟』の兄弟の名前を全部覚えている。でもそんなことはもちろん外見からはわからない。 (第1部p.69)

 私が「ねじまき鳥クロニクル」を読んだのは(これが私にとって村上春樹作品との出会いであったが)、2005年のことだったはずだ。

 その後、村上春樹にはまった私が、彼の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読んだのは2006年の夏。
 ここでも「カラマーゾフ」が出てきているが、正直なところ、「ねじまき鳥」での一節は忘れていたように思う。

 「世界の終りとハードボイルド・ワンダーーランド」では、次のような記述がある。

 「『カラマーゾフの兄弟』を読んだことは?」と私は訊いた。
 「あるわ。ずっと昔に一度だけだけど」
 「もう一度読むといいよ。あの本にはいろんなことが書いてある。小説の終りの方でアリョーシャがコーリャ・クラソートキンという若い学生にこう言うんだ。ねえコーリャ、君は将来とても不幸な人間になるよ。しかしぜんたいとしては人生を祝福しなさい」
 私は二本目のビールを飲み干し、少し迷ってから三本目を開けた。
 「アリョーシャにはいろんなことがわかるんだ」と私は言った。「しかしそれを読んだとき僕はかなり疑問に思った。とても不幸な人生を総体として祝福することは可能だろうかってね」
 「だから人生を限定するの?」
 「かもしれない」と私は言った。
 (下巻p.326)

 さらに、“ハードボイルド・ワンダーランド”側の主人公である私の最期。
 この記述は「ねじまき鳥」と非常に似たものだ。

 私は目を閉じて『カラマーゾフの兄弟』の三兄弟の名前を思いだしてみた。ミーチャ、イヴァン、アリョーシャ、それに腹違いのスメルジャコフ。『カラマーゾフの兄弟』の兄弟の名前をぜんぶ言える人間がいったい世間に何人いるだろう? (同p.329)

 作品の執筆順で言えば、もちろん「世界の終り~」の方が先で、「ねじまき鳥」があと。
 私が読んだ順序が逆だったのだが、村上春樹は2つの大作に、同じようなフレーズを主人公に言わせているわけだ。

 そして、「世界の終り~」を読み終えてほぼ1ヵ月、私にとっては運の良いことに、光文社の古典新訳文庫のシリーズで「カラマーゾフの兄弟」が刊行されることになった(亀山郁夫 訳)。

 買いました。2006年9月17日のことである(9月20日が初版第1刷の発行日ということになっている)。

 最初はなかなか読み進めなかった。
 慣れない名前に、慣れない時代背景と世界。

 その何年か後、たまたま書店で新潮文庫の「カラマーゾフの兄弟」を見かけたとき、中巻の帯に、「上巻読むのに4カ月。3日で一気に中下巻」と書かれていたが、これはすっごく納得のいくコピーだった。 

 で、私は言えるようになりました。
 村上春樹さんのこの文章のおかげで。

 長男 ドミートリー・フョードロヴィチ・カラマーゾフ(ミーチャ)
 次男 イワン・フョードロヴィチ・カラマーゾフ(イワン)
 三男 アリョーシャ・フョードロヴィチ・カラマーゾフ(アリョーシャ)

 ちなみに下男はスメルジャコフ……

 新潮文庫と違い、光文社古典新訳文庫の方は全部で5巻。
 第1巻が刊行されてから、第5巻が出るまでほぼ1年を要した。

 その頃、私はmixiをやっていたのだが、当時、こんなことを書いている。

 ・う~ん残念。
 今月こそ、光文社の古典新訳文庫の「カラマーゾフの兄弟」第4巻が発売されると思ったのに、お預けだ。ステーキを前に、ご主人さまに「お預け!」と言われ、よだれが瀑布状態の腹ペコ・パブロフ(の犬)状態。
 この光文社の文庫はいい。何冊も読んでいるが、まさに古典再発見、という出版社のコンセプトが達成されている。「カラマーゾフ」も、さすがに第1巻は読み進むのが遅かったものの、2巻、3巻はおもしろくて、寝るのも惜しいくらいで、一気に読み進んだ(イメージ表現。実際には通常どおり寝た)。話のおもしろさはもちろんだが、やはり訳に負うところが大きいのだろう。
 それにしても、「カラマーゾフ」に限らず、ドストエフスキーの作品の登場人物って、なんであんなに狂気じみてるんだろう。ロシア人ってみんなああなのかいな?(2007年5月13日)

 ・ようやく、「カラマーゾフの兄弟」の第4巻が出た。
 あまりにも続刊を期待している余り、先日なんかはスーパーの魚売り場で「カラマーゾフ」と書かれた魚が売られていて腰が抜けそうになるほど驚いたが、「カラフトマス」を読み間違えただけであった。こんな私もすっかり狂気じみている。
 第4巻と第5巻を、13日に札幌で買った。第4巻は厚い。3巻を読んだあと、しばらく時間が経過しているので、登場人物を頭の中で整理するのが大変である。が、すぐに物語りに引き込まれてしまっている。
 新潮文庫では3巻構成なのに、光文社のこれは何でこんなにボリュームがあるのだろう?活字の大きさだけでこんなに差がでるものなのだろうか?使われている紙が厚いとも思えないし、不思議である(文句をつけているのではない)。(2007年6月15日)

 ・「カラマーゾフの兄弟」の第4巻も、半分まで進んだ。相変わらず登場人物たちは気違いじみていて、時としていらだつほど、彼ら彼女らの話はくどい。私の周りにはいて欲しくない。
 井伏鱒二氏は、ドストエフスキーの「罪と罰」をロシア人は笑って読む、と言ったそうだが、「罪と罰」に限らず「カラマーゾフ」もそうかも知れないと、少しばかり思うようになってる私である。「病んだロシア人」を極端にデフォルメしているような気がするという意味で。
 それはともかく、1巻から5巻まで収納できる「カラマーゾフ化粧箱」プレゼントに応募しなきゃ。(2007年07月20日)

 
 ・「カラマーゾフの兄弟」(光文社古典新訳文庫)を読み終えた。う~ん、こういう結末だったのかぁ。なんだか感動。
 そして訳者・亀山郁夫氏の詳しい解題に感激。なんと深い物語だったのだろうかと、あまりに「からくり」に気づかない自分が情けなくなるとともに、訳者が述べているようにそのポリフォニー性に、音楽=巨大なシンフォニーとの共通性を感じた。解題を読んだら、また最初から読みたくなってしまった(とりあえず、今は気持ちがたかぶっているから)。
 にしても、こういう作品を読むと、私には小説は書けないなと、ため息が出る(書くつもりだったんかい!?)。(2007年07月26日)

 てな具合。
 それにしても、その後も私の文章能力の発達のないことにけっこう愕然としてしまう。

4d592168.jpg  ところで、「カラマーゾフの兄弟」が単行本として出版されたのは1880年のことである。
 この年、ロシアでは短いながらも傑作である交響詩が作曲されている。
 ボロディン(Aleksandr Porfir'evich Borodin ロシア)の交響詩「中央アジアの草原にて(Dans les steppe de l'Asie centrale)」である。

 この作品については以前に取り上げているので、ここでは詳しくは書かないが、1880年のアレクサンドル2世即位25周年祝賀行事で企画された活人画の伴奏音楽として作曲された。アジアの隊商と護衛するロシア兵の2つの主題が絡み合う見事な描写音楽である。

 ここではカラマーゾフ的デザインのCDを(何がカラマーゾフ的なんだろう?)

 チェクナヴォリアン指揮アルメニア・フィルによる演奏。1996録音。ブリリアント・クラシックス(ASV,UKとのライセンス)。
 CDの詳細は ↓ 。

  RUSSIAN FAILY TALES:LIADOV:COMPLETE ORCHESTRAL WORKS/GLAZUNOV:STENKA RAZIN/ETC:I. SHPILLER(cond)/KRASNOYARSK SYMPHONY ORCHESTRA/ETC

  スコア ボロディン 中央アジアの草原にて (Zen‐on score)

 カラマーゾフの話はもう少し続く。

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鹿児島空港でバッハのパルティータを耳にする

 【前回まであらすじ】
 その昔、鹿児島でカマキリに襲われたことを思いだした私は、“矢口るい”を追い払うことに成功する。

              ×                    ×

 鹿児島空港に着き、おなかも満たされ、「どれ、お土産でも買おうかな」と2階のフロアをうろついていたが、坂上二郎の視線が気になり、なんとなく購買意欲がそそられなかった。

 というのも、売っているものはさつま揚げばっかりだし、もう1つの名物である黒豚もの、つまりハムやソーセージは高い上に、冷蔵物なのでがさばる。

 これは鹿児島ではなく宮崎みやげなのかもしれないが、真空パックの炭火焼地鶏は、見るからに煙っぽい。あんなに黒々として(で、実際、宮崎地鶏を供する店で炭火焼を食べたこともあるが)、鶏の味どころか、煙の味しかしない。ちっとも美味しくない。胸やけがする。とても買う気にならない。

 さんざん徘徊したあげく、結局は九州定番とも言えるスィートポテトを買い、そうだあとは羽田で何か見ようと思い立った。

 というのも、先々週にベリンスキー侯が言っていたことを思い出したのだ。
 氏は11月の18日、出張先の東京から夜の便で札幌に戻ってきたのだったが、その翌日、私のところに来た折りに嬉しそうに報告してくれた。

 「いやぁ、昨日ですね、夜の便で羽田から帰って来たんですけどもね、買えたんですよ、えぇ、崎陽軒のシウマイ弁当。残り1つしかなくてね、私が空弁の売り場に行ったら弁当を選んでいる人が何人かいたんですけどね、おっ、シウマイ弁当が1つしかないってわかったんで、後ろからさっと手を出してですね、知らん顔してレジに行きましたよ。いやぁ、よかった、よかった」

 ご存知の通り、私も崎陽軒のシウマイ弁当は好きである。
 売り切れていて、悲しみのあまり搭乗待合室で悶絶したこともある。
 ベリンスキー侯のこの上ない喜び、凱旋もわかる。

 しかしである。
 何の弁当にしようかなと楽しみながら悩んでいる先客の後ろからさっと手を伸ばし、先客の落胆ぶりも意に介さず、そのままゲットしてしまうのはあまりにも大人げないのではないか?
 私だったらもう少しさりげなく、例えば優雅に手を伸ばすなどの策を講じたところだ。

 そんな話を思いだしたので、そうだ羽田で崎陽軒のシウマイを買って帰ろうと思い立ったのだった。
 ただし弁当ではない。
 真空パックのシウマイ単品である。これなら品切れしている心配はない。難点は、真空パックはやや味が落ちるということだ(気のせいかもしれないが)。

 今回、弁当にしない大きな理由がある。
 簡単に言えば、家に帰ればご飯はあるということに尽きるのだが、いろいろな事情が絡んでいる。

 例えば、シウマイ弁当を買って帰り、それが自分の分1折だったら、どんな非難を浴びせられるか想像を絶する。今回の場合、私が帰宅するのは20時過ぎになり、どう考えても他の者どもは食事を終えている。それでも、私の分しか買って帰らなかったら「このシウマイ野郎!」などと罵られるのは必至だ(「コーヒー野郎」に比べると、ひどく侮蔑的に響く)。

 もう1つ理由がある。
 弁当を買って帰ると、家にご飯があるのに、とクレームがつく。
 そして、炊飯器内のご飯が余り、それは別容器に移され翌朝へと回される。
 実は私は冷や飯が嫌いである。レンジで温めても嫌いである。炊きたてが好きである。ましてや朝はそうだ。
 わが家でいちばん先に起きる私は、前日の残りのご飯を視野の端に置きながら、炊きたてのご飯を食べる。この行為について、普段から警告を受けている。私以外のものが炊きたてではないご飯から食べなくてはならないはめになる、と。

 でも、家長である私が炊きたてのご飯を食べてはならないなんて、法解釈が間違っている。
 それに、朝一番にご飯を食べる私が残りご飯を食べるようなことをしたら、私以外は常に炊きたてのご飯を食べられるようになるではないか!なぜ、寿命的にはいちばん早く死ぬ私が率先して残りご飯を食べなくてはならないのか?

 ということで、弁当だとさらにご飯の余剰が増えると非難されるのだ。
 もっとも、私は夜はビールで満腹になるので、ほとんどご飯は食べないのだけれど。

 そういうことで羽田に着き、52番ゲート近くのANA FESTAに寄る。
 夕方という時間帯のせいもあるのだろうが、自分が買わないというときに限ってシウマイ弁当が山積みされていて、それがすごく悲しい。

3af548d0.jpg  しょうがない、今日は真空パック、と思ったら、なんということだろう、真空パックではないシウマイの折が売られているではないか!つまり、シウマイ単品の折である。
 これは素敵だ!

 その名も、「特製シウマイ」。特製だよ!
 12個入りで1,250円とややお高いが、包装も高級感があって、即買っちゃったね、私。

 ということで、夜のビールのつまみは崎陽軒のシウマイ。
 崎陽軒のシウマイって美味しい。
 けど、ばかみたく美味しいわけではない。
 食感だってそんな上等ではない。得体のしれない堅さもある。
 この夜だって、シウマイを一口で食べるのはとてもお下品だからと、箸で縦に2つに割ろうとしたら、箸が折れてしまった(これ、ホントの話)。
 でも、なんか無視できない存在だ。

 話はちょいと鹿児島空港のことに戻る。

067da9c3.jpg  搭乗案内を待っていると、天井からバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)のヴァイオリン曲が流れて来た。
 「6つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(6 Solo a violino senza basso accompagnato)」BWV.1001-1006(1720)のなかの、「無伴奏パルティータ第3番ホ長調」の前奏曲だった。

 空港でバッハを耳にするなんて初めてだ。それも比較的大きな音量で、空港ビルで天井が高いせいか、なかなか良い音で鳴り響いていた。
 バッハのこの偉大なるヴァイオリン曲については、前に書いてあるのでここでは割愛。

 このパルティータ第3番の前奏曲は、カンタータ「神よ、われら汝に感謝す(Wir danken dir Gott)」BWV.29(1731)のシンフォニア(序曲)に転用されたが(今さらながらに書いておくと、バッハ作品目録のBWV.番号は作曲年順につけられているのではなく、ジャンルごとにふられている)、私はそのシンフォニアがとても好きである。残念ながらいまは手元にCDなどがないのだが、バッハの作品中でも一番か二番に好きな曲だ。

 そんなこんなで鹿児島でバッハを耳にし、羽田で「特製シウマイ」を買い、乗った千歳便は、何となくほっとする雰囲気を感じた。

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ベートーヴェンの第8交響曲フィナーレのモデルになった曲

 【前回のあらすじ】
 鹿児島に出張した私は、短い滞在時間にもかかわらず、“矢口るい”ちゃんなる見知らぬ女性から「エッチしたくならない?」などというメールを数多く送りつけられ、そのために“おろしにんにく”が大量に乗せられた黒豚串焼きを食べるのを遠慮した。

 カノンである。
 宮部みゆきの「人質カノン」に、なぜカノンがつけられているのかどうかは別として、カノンである。
 「人質カノン」は7編の短編集だが、表題作の「人質カノン」はコンビニ強盗に遭遇する話。それが単純な強盗事件ではなく、殺人まで絡んでいたという話。都会の匿名的人間関係の怖さ……

 それはさて、置いといて、

 【カノン】
 厳格な“模倣”による対位的書法、およびそれによる曲種をさす。カノンは、先行声部をある時間的間隔をおいて後続声部が追模倣することにより形成されるが、その模倣形態に各種のもの(平行カノン、反行カノン、逆行カノン、拡大・縮小カノンなど)があり、さらに模倣を開始する音程もさまざまでありうる。
 バロック時代にはフーガの前身としての器楽曲にこの名があり、古くはフーガと呼ばれる。主題以外のメロディーに自由さが許されているフーガと異なり、カノンは旋律を厳密に模倣する。

 カノンをわかりやすく言えば、「♪ 静かな湖畔の森のかげから~」という、あの輪唱である。ただし、輪唱の場合はまったく同じメロディーを追唱するのに対し、カノンの場合は上述にあるように、異なる音で始まるものが含まれる。

 カノン、カノン、カノン、カノン、カノン……
      カノン、カノン、カノン、カノン、カノン……
           カノン、カノン、カノン、カノン、カノン……
 ってわけだ。

 マーラーの交響曲第1番の第3楽章はカノンが用いられてるし、バッハの「音楽の捧げ物」BWV.1079なんてカノンの宝庫だ。

 カノンに似たようなものにリチェルカーレという、のちのフーガと関わりを持つものがあるが(バッハの「音楽の捧げ物」には2つの有名なリチェルカーレが含まれている)、リチェルカーレは目的や様式が明確ではない。後期のリチェルカーレはオルガン用のものから発達し、単一主題もしくは継次的複数主題が技巧的に処理される。

 って、書いてる私が理解しきってないんだけどさ……

731b2a32.jpg  鹿児島の2日目は、10時前に先方(前日と同じ)に行って打ち合わせの続きをし、そのあとは空港連絡バスで鹿児島空港へ。

 昼食は鹿児島空港の3階の“ふく福”という店で、黒豚うどん。それにオプションでいなり寿司を追加して食べた。私にとっては幸福モードになるメニューだ。福・福・福……

 麺はさほど特徴的ではなかったが、汁は美味しかったし(北海道にはあまりない類の汁だった)、いなり寿司も大きめのサイズで満足。

 そういえば、鹿児島空港って去年も利用したんだった。
 そのときは南の島へ行く途中に乗り継ぎで使っただけだったが、確か3階のROYALで昼食を食べた(どこの空港にもROYALがある。全国統一的で安心感はあるけど)。館内の景色に見おぼえがあったのはそのためだ。
 2階にある電飾広告(コルトン)、坂上二郎が写っている広告もひどく懐かしくて見入ってしまった。そのくせ、それが何の広告だったか覚えてないけど……

 鹿児島といえば、いまから10年ほど前に取引先の方々と親睦旅行で来たことがある(私が鹿児島市内に行ったのはその時以来である)。

 私はゴルフをしないので、たった1人別行動。
 みんなは空港からゴルフ場の送迎バスで行ってしまい、私は1人、市内行きのバスに乗った。

 その日の夜は霧島温泉に宿泊予定。
 そのため、私は鹿児島からJRで霧島神宮駅まで旅した。
 時間はたっぷりある。霧島神宮とやらを見に行こう。霧島神宮駅ってくらいだから、神宮に近いのだろう……

 すいた列車で1人旅をしていると、桜島観光をレポートしに来た売れない芸能人のような気分になった。

 霧島神宮駅に着く。
 想像を絶するほど、私以外に降車する人が少ない。ほんとに観光地なのか?
 駅前にはタクシーが3台。
 さびついた看板が霧島神宮の方向を矢印で示している。ということは、近いはずだ。
 私は歩いて行くことにした。

 最初のうちは道もやや広く、歩道もあったが、やがて私を不安に陥れるには十分なほど道は狭くなり、歩道はなくなり、人家もなくなった。
 秋だったが、スーツ姿では暑い。
 やたらダンプカーの通行が多い。

 スーツ姿で汗をかきながら、大きなカバンを肩から下げ、狭い道の端をダンプカーに遠慮するように歩いている私。すっごく悲しくなった。
 歩いても歩いても着かない。
 その上、途中、道端からカマキリが私の足に飛びついて来た。
 カマキリは北海道にはいない(いるのかもしれないが、私は野生のカマキリを見たことはないほど、ほとんど生息していない)。
 私はなぜこんな判断をしたのか?山で遭難する時ってこんな感じなのだろうか?

 どれくらいの時間を歩いたかわからない。
 道がちょっと広くなり、商店があり、バス停もあった。
 あとどれくらいの距離があるのかわからないが、なんか恥ずかしくて店の人に聞く勇気がない。

 バスの時刻表を見ると、なんと「霧島神宮行」とあり、あと8分で来ることがわかった。
 私はバスに乗ることにした。100円玉4枚と50円玉1枚と10円玉が6枚ある。バス料金がいくらだろうと、これなら臨機応変にちょうどの料金を支払うことができる。

 バスが来た。
 乗った。
 わずか4分で着いた。

 あともう少しのところまで来ていたのだ、私は。

 疲れ果てて、神宮をゆっくり見る気にもならず、無謀にも霧島温泉にまたまた歩いていこうと考えた私だが、そこはほれ、学習効果。
 停まっていたタクシーに「どのくらい距離があるんですか?」と聞いたら、「すっごく」と言う。

 結局、そのタクシーに乗って行くことにしたが、正解だった。
 山の中のプチ峠道みたいなところは通るし、料金だって3,000円以上はかかったような記憶がある。
 あのまま歩いていたら、道に迷わなくても宿に辿り着かなかったかもしれないし、実際には間違いなく迷っただろうから、消防団員の出動を要請するはめになった可能性が高い(ただし、私の安否を気遣ってくれた人がいたら、だが)。
 私の悲劇を話すと、タクシーの運転手さんはとっても親切にその話を聞いてくれた。
 鹿児島の人って良い人だ。

 遠かった。神宮も、温泉も。
 下調べしなかった私が愚かだった。

 そんな思い出のある鹿児島……

 さて、カノンとフーガの違いは何となくわかっていただけたかしらん?

e83807eb.jpg  モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)の交響曲第41番ハ長調K.551(通称「ジュピター(Jupiter)」)(1788)の終楽章では、最初に現れる主題が、最後(コーダ)で二重フーガを展開する。
 この曲はとっても有名だし(かといって、第40番の第1楽章ほどメロディーは広くに知られていないように思う)、感動的なフーガである(なお、この主題は「歴史的にみれば、古くから多くの作曲家が用いてきた主題」なんだそうだ)。

 このフーガ、Wikipediaの「カノン」の項では、「(この部分で)カノンが効果的に取り入れられている」とある。カノンなの?フーガなの?と、私はまたまたよくわからなくなってしまう。

 さて、この主題だが、モーツァルトは交響曲第33番変ロ長調K.319(1779)でも用いている。第1楽章の展開部に現われるのだが(掲載譜。このスコアは音楽之友社のベーレンライター版)、あのジュピター主題が出てくるとわかっていても、この部分にくると聴いていて「はっ!」とさせられる。

8c795823.jpg  交響曲第33番は、はじめは3楽章構成の作品として書かれたが、1784-'85年に第3楽章のメヌエットを追加し、4楽章構成となった。
 とても優しげな音楽で、モーツァルトの「田園交響曲」とも言われることがある作品である。

 また、この曲の、メロディーが次々と登場する第4楽章は、ベートーヴェンが交響曲第8番の第4楽章のモデルにしたとも言われている。

 私が聴いているCDは、コープマン指揮アムステルダム・バロック管弦楽団による演奏のもの(このCDは第25番のときにも取り上げている)。1987録音。エラート。
 CDの詳細は ↓ 。

  モーツァルト:交響曲第25, 29, 33番

 スコアは  OGTー778 モーツァルト 交響曲第33番 変ロ長調 KV 319 (Barenreiter miniature scores)  

 そうそう、冒頭に書いた“矢口るい”。

 最初は「はぁじめまして~。矢口るいと言います☆」から始まり、「お返事くれませんね~サミシィ」、「おおぉぉい、返事して!もしかしてサイトが面倒とか?」などと続いた。なんでも彼女、本物のAV女優なんだそうだけど、本物のAV女優だから何だっていうんでしょうねぇ。
 そして、「もしかして」じゃなくて、「サイトが面倒とか?」でもなくて、そもそもあなた誰?ってことなんですけど。

 このメール、毎回アドレスが変わって送りつけられるため、拒否設定をどうしようかと思ったんだけど、ドメインで一部分共通するところがあって、携帯の設定案内を良く読むと、ドメインは部分一致で拒否できることがわかり、無事設定ができた。

 なお、送って来ているのは、ラブマジック事務局なるところである。
 恋魔術かい……

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鹿児島でカノン。観音じゃなくてカノン

39e84166.jpg  さて、みなさんが首をキリンにして待っている“鹿児島出張復命記”である。本日は。
 宝くじが当たらない私たち一般庶民は、CMに踊らされて、いつか自宅でキリンを買いたいなぁ、なんて思わないで、せいぜい首をキリンにしましょ。

 鹿児島に何の用事があって行ってきたかは、ちょっと教えらんなぁ~い、のだが、市内中心部にある(でも、実はどこが市内中心部だかよくわかってない)、間接的な取引によってお世話になっている会社に打ち合わせ(あるいは表敬訪問のようなことを)しに行って来たのである。
 対応してくれた方は、みんな良い人たちだった。

 行きは昼過ぎの新千歳空港発のANA機で、羽田経由で鹿児島へ。鹿児島空港に着いたのは17時過ぎ。それからバスに乗って市内に着いたのは18時半過ぎ。
 バスの運転席のところにあるLEDの案内版が、絶えず停車する停留所を繰り返し表示している。こりゃあカノンだ。

 この日の昼は、久々に新千歳空港3階のそば屋“八天庵”で、あの甘めの美味しいつけだれの冷たいそばを食べ、そのうまさに舌鼓をポンポコポンと打とうと計画していた。

 ところがである。
 なんだか知らんけど、空港ターミナルビル内は工事中ということで、あちこちにこれまた遠慮心がないような黄色の色合いのシャッターが下りていて、まるで犬しか散歩しないアーケード街の、絶命寸前の商店街を思わせるような様相を呈していた。
 そんで、“八天庵”はそのシャッター封鎖地区に含まれていて、なかにはそのエリアから臨時的に脱出して営業している店もあったのだが、“八天庵”は少なくとも今のレストラン街からは消滅していた。

b3331465.jpg  悲しい。
 じゃあ何を食べようか?
 同行の鉋(かんな)さんと一緒に悩んだ結果(正確には私だけがこの上ない悩みを抱えていただけで、鉋さんは「なぁんでもいぃっすよぉ~」という具合に、なぁんにも考えていなかった)、私たちは昔から空港に入っている洋食系の店に入り、そこで豚の生姜焼きランチを食べたが、近年まれにみるほどショウガの風味がしない生姜焼きだった。

 そうだ。鹿児島に着いてからの話に戻らなきゃ。

 市内に着いてまずはホテルにチェックインし、そのあと打ち合わせに。
 すごいでしょ?
 私だってたまには19時以降という、個人的感覚では夜更けとも言うべき時間に仕事することだってあるのだ。空腹をおして……

 打ち合わせが終ったのが20時近く。
 そのあと、ナシニーニ氏が教えてくれた薩摩料理の店に行く。

 なぜにしてナシニーニ氏が鹿児島の店を知っているかというと、2週間ほど前にたまたま全然別な用事で、氏は鹿児島に出張に行っていたのだ。そこで、「2軒しか行ってないけど、お薦めの店があります」と教えてくれたのだ。
 冷静に考えると、お薦めというよりは、たまたま行った店の場所を教えてあげるぅ~、というだけのノリだ。

eb5461b0.jpg  で、2軒とも結局のところお薦めだったわけだが、そのうちの1軒に行く。

 とても感じのよいおやじさんと、最初は警戒心を抱いたような感じの奥さんと2人で切り盛りしている店で、カウンターと奥に小上がり席が2テーブルほどのこじんまりとした店。吉田戦車の漫画(伝染るんです①。ここに載せた漫画です)じゃないが、夫婦2人でやっている店で地鶏から揚げ80人前なんて注文された日にゃたいへんだから、この店舗規模は適切と言える。

 私は地鶏の天ぷら(これ、薩摩料理だそうだ)を頼んだ。地鶏の固い食感が美味と言うべきなのだろうが、私としては普通の鶏(地鶏の反対後は都会鶏なのだろうか)のやわらかな食感、そして土臭さがない味が好きだ。

 鉋さんは黒豚串焼きを頼んだ。
 1皿2本なので、1本を奪い取ってやろうかと思ったが、肉の上にこれでもかというぐらいおろしにんにくが乗っていたので、奪取作戦は中止した。

 にんにくは体にいいんだろうし、きっと黒豚串焼きにはぴったりの食べ方なんだろうけど、生のにんにくは、私の場合、胃をやられる可能性がある。だからやめた。それに、鹿児島の夜に、鼻血が出たりしても困るし。
 鉋さんはさつま揚げなどを他に頼んで、ほろ酔いになった私たちは店のある“天文館”という繁華街から歩いてホテルへ。
 見にくいが、この店に貼ってあったポスター(?)のユーモアセンスがなかなかよかった。

 ところで、今回の出張では宮部みゆきの「人質カノン」(文春文庫)を携えてきた。

 カノンと言えば、パッヘルベル(Johann Pachelbel 1653-1706 ドイツ)の「3声のカノンとジグ ニ長調」のなかのカノン、いわゆる「パッヘルベルのカノン」が有名だが(宮部みゆきは「スナーク狩り」で、この曲に触れてもいる)、とりあえずのところは、出張報告は明日へ続く。

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なぜ付箋が?消え去った記憶

a052e48e.jpg  プルーストはご存知だろうか?

 村上春樹の「世界の終りとハ-ドボイルド・ワンダ-ランド」(新潮文庫)に、プルーストの名が出てくる。

 彼女は私の顔を見ながら「プルースト」と言った。とはいっても正確に「プルースト」と発音したわけではなく、ただ単に〈プルースト〉というかたちに唇が動いたような気がしただけだった。音はあいかわらずまったく聞こえなかった。息を吐く音さえ聞こえない。まるで厚いガラスの向う側から話しかけられているみたいだった。
 プルースト?
 「マルセル・プルースト」と私は彼女にたずねてみた。
 彼女は不思議そうな目で私を見た。
  (上巻p.25)

 この間の土日に本棚を整理していて、結果的には整理というよりもかえって混乱を増大させたといった方が適切なような気がするが、プルーストの「消え去ったアルベルチーヌ」(高遠弘美 訳。光文社古典新訳文庫)が出てきた。最後のページに「2008.5.30」という鉛筆書きのメモがあるから、しかも、どう鑑定してもそれは私の貴重な直筆だから、この日に買ったのだろう。現実的考えた場合、2008年5月30日に拾ったとは思えない。

 はて?
 この本、読み終えたのだろうか?
 いやはや、そのことを覚えていない。
 覚えていないということは、読み終えても内容を理解できなかったか、あるいは途中で挫折したかだ(もし読み終えて、理解もし、そのうえ感動もしたのに忘れてしまっているとしたら、私は人間をやめることを重要議題といたしたい)。

 マルセル・プルースト(Marcel Proust 1871-1922)はフランスの作家。

 文庫の裏表紙には、

 プルーストが生涯をかけて執筆し、20世紀最高の文学と評される『失われた時を求めて』。本書は“大伽藍”とも形容される超大作の第六篇にあたり、シリーズを通じての主要登場人物アルベルチーヌと、語り手である「私」の関係に結末をつける、重要な一篇である。

 とある。

 “結末”に記憶がないし、重要だという認識にも欠けているから、やっぱりきっと私は挫折したのだろう。

 でも、2か所に付箋が付けられていた(それも前の方だけど)。

 その箇所とは、

 すなわち、何人もの女に去られた男は、その性格や容易に推測がつく同一の反応のせいで、同じような去られ方をするということである。

 ある女が原因で不安を覚えているとき、女自身が占める場所がごくわずかだということに、ある種の象徴的意味と真理があるのではなかろうか。実際、そこでは女自身のことはほとんどどうでもよくて、さまざまな偶然の力が働いた結果、女のことで味わうことになった心労や苦悩、習慣が女に結びつけた心労や苦悩のたどる道すじのほうがはるかに重要であろう。

 なんで、こんなところに付箋をつけたのか、これまた、まぁ~ったく記憶がないけど。
 でも、良い言葉だ(これ、女性の場合も当てはまると思うけど)

 プルーストの名が出てきたので、今日はフルートの作品を(語感からの単純な思いつき)。

 ヨンゲン(Joseph Jongen 1873-1953 ベルギー)のフルートのための作品。

c093ca64.jpg  ヨンゲンは、日本ではまだあまり一般的ではないが、近代ベルギーを代表する作曲家で、印象派の影響による色彩的な作品を残している。

 今日紹介するCDは、ナクソスから出ているフルートのための作品集。
 収録曲は、

 ・ ゆるやかな踊りOp.56b(1918)
 ・ フルート、チェロとハープのための三重奏曲Op.80(1925)
 ・ フルートとピアノのためのソナタOp.77(1924)
 ・ 4本のフルートのための悲歌Op.114-3(1941)
 ・ 3本のフルートと1本のアルト・フルートのためのワロン地方のクリスマスキャロルによる2つのパラフレーズOp.114-1,2
  (以上、表記はCD記載のものによる。なぜ、わざわざこのように書くかというと、井上和男の「クラシック音楽作品名辞典」で記載されている作品番号とズレているものがあるから)

 どの作品もちょっと幻想的な絵画を観ているような感じがする響きがある。
 だまされたと思って聴いてみて!とまでは言わないが、買って「だまされた」とまでは思わないCDだと思う(はまる人にははまる!)。
 演奏はブリュッセル王立音楽院フルート四重奏団他。1997録音。

  MUSIC FOR FLUTE:JONGEN

 今朝を私は、鹿児島市で迎えた。
 昨夜の19時前に市内に着いてひと仕事し、今日も午前中にひと仕事第2弾をこなし、昼には空港に向かう。
 だからね、あなたにはわくわくするようなお話は何にもできないかもしれないの。
 でも、お願い!
 あしたまで待って!

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なぜにそんなに“ブラいち”ばかり……

f70c62e6.jpg  私が札響の演奏会に通い出したころは、定期演奏会も、他の特別演奏会などでも、とにかくブラームスの交響曲第1番が取り上げられることが多かった記憶がある。

 この曲はその前、つまり札響の存在を知る少し前、クラシック音楽を聴くようになって半年後ほどでエアチェックして知っていたが、名曲ながら、はっきり言って地味な曲である。

 それでも人間、繰り返し聴き続けると、不思議なもので良いと思うところが増えてくる。

 良好な対人関係を築くにあたって、相手の良いところを見つけなさいというのが定説ではあるが、そうなかなかうまくいかないのは、良いところを見つける以前に、繰り返し顔を合わせるのが嫌だからだ。そうそううまくいくものではない。

 で、ブラームスの交響曲第1番だって、私は最初はそんなに好きではなかった。
 始まり方はなんか陰気くさいし、そのあとだってなんか辛気臭いし、美しい第2楽章だってどっちかというと若者好みする曲じゃないし、第3楽章はちょっと楽しいけどトライアングルが鳴るわけじゃないし、第4楽章はかっこいいけど大太鼓が加わるわけじゃない。
 そんなわけでたいした好みじゃなかったのに、持っているクラシック音楽のテープもたくさんあったわけじゃないし、「しょうがない、今日もブラームスなんぞを聴くか」と繰り返しているうちに、すっかりなじんでしまった。

 ただ、そうそう出かける機会がない演奏会で、“ブラいち”ばっかりというのは物足りなかった。
 もっとも、この曲をきちんと演奏するにはなかなか力量が問われるだろうから、演奏する側はたいへんだったろうけど。

 どうしてあの頃、札響はこの曲を多く取り上げていたのか?
 当時の常任指揮者のペーター・シュヴァルツが、この曲できちんとした音作りをしなさい、と考えていたのかもしれない。あるいは、誰かがブラームスからわいろをもらっていたのかもしれない。

 いまや巨匠の域に入っている尾高忠明の指揮を最初に生で聴いたのも、札響の定期においてで、ブラームスの交響曲第1番だった(プログラムのもう1曲はアンドレ・ワッツをソリストに迎えてのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番であった)。

 ところで、ブラームス(Johannes Brahms 1833-97 ドイツ)だが、彼はワーグナーと同時代の、ワーグナーと同じほど偉大な作曲家である。しかし、ブラームスはワーグナーとは正反対の存在だった。ブラームスは古典派であり、標題音楽さえ書かなかった。そして、音楽の発展ということに対しては、ほとんど寄与しなかった。

 ブラームスの交響曲第1番ハ短調Op.68(1855-62,'68,'74-76。初演は1876)は、作曲年を見てわかるように、数年かけて腐る寸前まで練り上げた作品だ(失礼!)。
 ブラームスはベートーヴェンの後継者ともてはやされていたが、交響曲においてはベートーヴェンの「第九」が立ちはだかっていた。そのために、交響曲という形式を完全に自分のものにするまでは交響曲を書きあげなかったのだった。

 ブラームスの第1交響曲が発表されると、楽壇は当然のごとくベートーヴェンの交響曲と比較したが、そこで挙げられたのは、終楽章のテーマが「第九」の「喜びの歌」に似ているということだった(このメロディーは、しかし、前にも書いたようにドイツの学生歌「われらは立派な校舎を建てた」に由来していると思われる。この学生歌のメロディーは、ブラームスが「大学祝典序曲」で使っているほか、マーラーの交響曲第3番の冒頭のファンファーレにも使われている)。

 なお、ブラームスの第1番を聴いて興奮した指揮者のハンス・フォン・ビューローは、この交響曲を「第十」と呼んだが、このビューローの“おだち”は、ブラームスにとっては半ばありがたく、半ば迷惑だったという。

 名曲ゆえに数多くのCDが出ているこの交響曲だが、現時点で私はドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏をお薦めしたい。
 響きが豊かできれい。重厚さも過度ではなく、かといって不足もしていない。
 良い意味ですごくバランスがとれた演奏だ。終楽章なんか、心が温まる……
 1986録音。テルデック。

 現在、単売CDは廃盤(これに収められている「悲劇的序曲」と「大学祝典序曲」も感動的な演奏だ)。ドホナーニは1986-88年にブラームスの交響曲全集を完成させており、その全集盤が入手可能である(在庫僅少とのこと)。

  Brahms:Symphonies No.1-No.4/Overtures op.80/op.81/Violin Concerto op.77/etc:Christoph von Dohnanyi(cond)/Cleveland Orchestra/etc

 “ブラいち”の冒頭部分。あの不安定なような弦のメロディーを聴くと、この曲を初めて聴いた頃の遠き時代を思い出してしまう……

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「私には都会が染みついている」って言ってみたいなぁ

abb61ac4.jpg  あ~あ。連休も終ってしまった。
 この間書いたように、22日は私、休みだったのだ。
 このようにまとまって休みを取ったのは正月以来だ。というのはうそです。

 この4日間を振り返ると、はて、いったい何をしていたのだろう、と後ろ向きな気持ちになる。

 ちょこちょこっと庭仕事はした。物置の片付けもした。スーパーにビールを買いに行きもした。

 けど、案外と歴史に残るようなことはしていない。
 歴史というのは私の歴史、自分史だ。

 もっとも印象的な出来事とといえば、床屋に行ったことぐらいか……外部の人と接触したという点で。

 でも、この休日中に1冊の本を読み終えた。 
 宮部みゆきの「東京下町殺人暮色」(光文社文庫)。
 春先に買っていたのに、ついついと、だらだらで、読むのを先延ばししていたのだ。
 しかも、読み始めたのは先月だったような気がするが、それまた、だらだらと怠慢な労働者のように時間をかけてしまった。

 宮部作品を読むのは私にしては久々。
 で、感想だが、この中編小説、面白いことは面白かったが、どうも他の宮部作品に比べると緊迫感に欠けるように思えた。だから、だらだらと読んでしまったのだろうけど。

 書かれたのは「魔術はささやく」で第2回推理サスペンス大賞を得たあと。受賞後第1作目の書き下ろし作品だが、「魔術はささやく」に比べると……
 まお、この小説は1990年にカッパ・ノベルズから「東京殺人暮色」のタイトルで出版されたもの。それが改題されている。

 東京といえば、芥川也寸志(Akutagawa Yasushi 1925-89 東京)の作品に「アレグロ・オスティナート(Allegro Ostinato)」(1986)という作品がある。

0df629b5.jpg  この曲はFM東京15周年委嘱作品で、外山雄三、三枝成章、石井真木との共作による交響組曲「東京」の第4楽章に当たる。

 芥川は初演時のプログラムに次のように寄せている。

 私は1925年7月に、東京に生まれました。今の北区ですが、戦前は滝野川区と呼ばれておりました。私の生まれた家は、山の手線の田端駅から山手に登った所にあって、左右のお隣が日本画家と鋳金家という、芸術家の多い閑静な住宅地でした。
 私はその家でずっと育ち、終戦の2年前に、今の芸大、当時の東京音楽学校に入りました。終戦時は陸軍軍楽隊におりましたが、私が生まれ育った家は、空襲で焼けてしまいました。それからも、私はずっと東京に住んでおります。
 また、芥川家の先祖は徳川に仕えておりましたので、多分、私は生粋の江戸っ子といえると思います。その上、東京から離れて住んだことがありませんので、私の心や身体には都会というものが染みついてしまっていると思います。
 この曲は、とくに東京の何かを描写しようとしたものではありません。私のふるさとであり、これからも離れることはないであろう、わが愛する東京、そして私の心に染みついている都会というもののイメージをごく自然に画きながら、いわば、“讃歌”として、また組曲の最終曲として作られたものです。


 ここで芥川は、師・伊福部昭が得意とし、自らもおそらく自身を持ち、復権を願っていた“オスティナート”手法を用いている。
 曲は芥川独特の繊細さと都会的な響きをもっており、強奏の場面でもあくまでも知的である。それは病弱な人の運動を思わせなくはないが、このどこかさびしげな芥川サウンドは、熱狂すればするほど悲しげに聴こえてくる伊福部音楽に通じるものがある。

 CDは芥川自身の指揮、新交響楽団による1986年のライヴがフォンテックから出ていたが、現在は廃盤である。

 それにしても、キタチョーセン、どうしようもない……

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あの双子の片方が来ていたのは208。その半分は……

f539d23a.jpg  昨日の夜のことである。

 夕食後、2階の自室に戻っていた次男がリビングに下りてきて、「ちょっとさぁ~」と言う。促されて2階に上がると(なぜ父親である私が促されないとならないのか?)、行先は彼の部屋ではなく当家の王の寝室であった(貞治ではなく、私である)。ぞして、そこには海外旅行用の私のスーツケースがクローゼットの中から引っ張り出され、小ぶりのマグロの冷凍死体のように横たわっていた。

 「なしたの、これ?」
 私が問う。
 「これ借りてっていいかと思って……」

 実は今週末、彼は東京に大学受験の面接を受けに行くのだ。
 本来の受験ではなく、この時期だから、推薦入学の受験である。
 学科試験による実力受験という困難を回避し、安易に行先を見つけようとする姿勢に、私としては納得がいかなくもないが、いまさら反対したところで、誰も私の側にはついてくれないだろう(そのくせお金が異常にかかっていまうというクレーム、ならびにそれに伴う私個人の生活に対する事業仕分けの予告は、直通的に私へ来る)。

 しかしである。
 このスーツケースは海外旅行5~7泊用のサイズである。余裕を持った日程で行くにしても2泊に過ぎない。そしてスーツを荷物として持って行くにしても、やはりどう指折り数えてみても、札幌から東京への2泊の旅である。どこの世界にこんなものを持って行く奴がいるだろう。
 こんなケースをごろごろ押しながら東京の街を歩いていると、免税店に案内されるかもしれないではないか!

 「アホかっ!こんな巨大なものを持って行ってどうするつもりだ?」
 「でも、スーツとかが入らない」

 “104”と意味不明な数字が胸に書かれているトレーナー・シャツを着ながら、スーツがどうこう言われてもピンとこない。そういえば、村上春樹の「1973年のピンボール」に出てくる謎の双子は、“208”と“209”と書かれたトレーナーを着てたっけ。

 彼が主張する、「とか」に含まれるのは、どうせ旅行に必須のものではあるまい。
 「大きめのフツーのかばんで事足りる」。そう言って、私は自分が3泊ぐらいの出張のときに使っているオヤジ臭い暗黒色のカバンを渡し、効率の良い正統的な荷づくりのやりかたを軽く自慢げに教え、スーツケースを持って行くことを断念させた。

 ただし、なぜかスーツケースをクローゼットの上の棚に戻す作業は私がしなくてはならなかった。

 ところで、古今のチェロ協奏曲の中で、おそらくは最高傑作なのが、ドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904 チェコ)のチェロ協奏曲ロ短調Op.104,B.191(1894-95/改訂'95)であろう。

 そして、この曲の決定的名盤とされているのがロストロポーヴィチの独奏、カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏であろう(1968録音。グラモフォン)。

 このチェロ協奏曲については以前に書いたが、そのとき私が紹介したのもこのロストロポーヴィチ盤であった。私にとっても決定盤なのである。

 2000年12月発行の「レコード芸術編 リーダーズ・チョイス -私の愛聴盤-読者が選ぶ名曲名盤100」というのが、手元にある(どうでもいいけど2時間ドラマみたいに懇切丁寧なくどいタイトルだ)。
 古いデータで恐縮だが、このなかのドヴォルザークのチェロ協奏曲で1位に輝いているのが、やはりロストロポーヴィチとカラヤン/ベルリン・フィル盤である。全142票中27票を獲得している。

 2位はフルニエのチェロ、セル指揮ベルリン・フィルの演奏(1962録音。グラモフォン)。
 このCDも私は持っているが(ただしリプリント盤)、あんまりピンとこない。こちらは22票。

 3位はデュ・プレのチェロ、バレンボイム指揮シカゴ響(1970録音。EMI)で15票。2位との票差が大きい。

 それにしても、なんかつまんない。

 ロストロポーヴィチ&カラヤン盤は確かにすばらしいが、みんながみんな、「これだ!」ということに私は将来を憂慮する。

 ということで、久々に家にあった別なCDを聴いてみた。
 グィド・シーフェンのチェロ、リーパー指揮グラン・カナリア・フィルハーモニー管弦楽団による演奏(1995録音。アルテノヴァ・クラシックス)。

 札幌には“カナリア”という手芸店があるが(“カナリヤ”だったかもしれない)、そこが大安売り、つまりグラン・バザールでもしそうな団体名だが、それはさて置いといて、この録音はゆったりとした響きのもの。その点、ロストロポーヴィチのように力強いチェロの骨太い響きはないが、はて、生で聴いた場合、こういう風に聴こえてくるのが普通。ロストロポーヴィチのは直接音過ぎる感じがする。

 この間接音の多い録音が、シーフェンの演奏が全般的に力不足のように聴こえる原因ともなっているのだが、何回か聴くと、こちらの方がすっごく自然である。

 ということで、悪くないです。この演奏。

  Dvorak:Cello Concerto op.104/Slavonic Dances op.46 (1996):Adrian Leaper(cond)/Gran Canaria Philharmonic Orchestra

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昼なのに夜想曲。そして何も思わず眠る

 土曜日から明日23日まで、私としては珍しく4連休である。

92d40ef2.jpg  土曜日。
 100均のキャンドゥで買ったブックカバーを文庫本や新書、スコアなどにかける作業をした。
 なんか突然そういう地味な作業をしたくなるときってないだろうか?
 私はある。

 そして、このブックカバー、最近かなりお気に入りとなっている。本は守ってあげましょう。
 でも、私の文庫、新書、スコアの蔵書はけっこうあって、どれだけこのカバーが必要になるのかわからない状態。このサイズに合わない本もたっくさんあるし……
 さらに、私の悪い癖で、ある程度作業が進んだところで、「はて?こんなことして果たして何か意味があるのだろうか?永遠に生きられるわけでもあるまいし」と根本的な疑問を抱きはじめてしまう。

5ae96e45.jpg  どっちにしろ、この作業にもじきに飽きてしまったし、陽が射してきたので、外に出て、まだ残っていたバラや木の冬囲いと落ち葉拾いをする。塀代わりのラティス・パネルもはずす。夏タイヤにタイヤカバーもかける。
 でも、またまたバラのトゲで出血を伴う傷を負ってしまったので、やるせない気持ちで作業をやめる。

 シャワーを浴びようかと思ったが、その前に買い物に行こうと、近所のスーパーにビールを買いに行く。ついでにキムチも買う。なんで突然キムチが好きになったのだろう?
 そして、なんでこんなこ汚い格好(ガーデニングのときのままのスウェット姿)でスーパーに出向くことに恥じらいを感じなくなってしまったのだろうと、過ぎ去ってしまった青春を嘆く。

 そのあとシャワーを浴び、寝室に行って、やはりスーパーで買ってきた週刊文春(本州の方にはピンとこないだろうが、札幌では週刊文春と週刊新潮は土曜日発売なのだ)のダルビッシュとサエコの記事を読みながら、どうやらサエコの方に非があるような気がすると考えながら、フィールドのノクターンをかける。
 すると、まぁ、なんということでしょう!あっという間に昼寝に落ちてしまった。

 フィールドのノクターンというのは、ノクターンの中でも走り幅跳びとか砲丸投げをする場所で流すにふさわしい音楽のことを指すのではない。
 フィールドという人が作曲したノクターン(夜想曲)である。

 ノクターンといえば、ショパンの作品群が有名だが、フィールド(John Field 1782-1837 アイルランド)は、そのショパンにも影響を与えたというピアニスト兼作曲家である。

 フィールドはクレメンティに学び、1804年にペテルブルグに移り、その後はヨーロッパ各地を演奏旅行して名声を博した。作曲面では、作品はほとんどピアノ曲。ピアノのためのノクターン(夜想曲。自由な形式によるピアノ曲の一種で、夢想的なイメージをもつ)の創始者とされている。

 フィールドが書いたノクターンは全部で19曲である。

4148afbd.jpg  私が持っているCDはBart van Oortがフォルテピアノ(1823 Broadwood製)を弾いた演奏。第1~13番と第16、17番の15曲が収録されている。
 1995録音。COLUMNS CLASSICS。

 このCD、2002年に当時札幌LOFTに入っていた山野楽器札幌店で買った記録が残っているのだが、交響曲や協奏曲、管弦楽曲といったオーケストラ作品を主な鑑賞レパートリーにしている私がなぜ、未知だったフィールドのCDを買うてしもうたのか、全然思い出せない。

 2002年8年経った今、私は初めて知った。
 フィールドのノクターンは実にロマンティックだ。このCDのフォルテピアノの音色も味があって良い。
 そして、昼寝にもってこいだ。

 私の持っているCDは現在廃盤のようだが、同デザインで同じCDを含むアルバムがブリリアント・クラシックスから出ている。4枚組でショパンのノクターンなどが収められている ↓ 。

  Chopin, Field, C.Schumann: Piano Works/ Van Oort

 日曜日。
 朝一番に予約していた床屋に行き、すっきりしてくる。

 話は変わるが、札幌の隣、江別市の野幌駅近くにある「鮨処 魚がし」(実際の店名の“が”は旧かな文字)の寿司は、下手に有名な寿司屋よりも美味しい!
 ネタもさることながら、シャリが堅すぎず軟らかすぎず、握りも固すぎず、かといって崩壊しやすくもなく、絶妙!
 電話011-384-5680(月曜定休)。

 で、今日の私は11月3日の休日出張の振り替え休日である。

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エッチなんじゃないんです。これは大切な儀式なんです

0fe0a2c3.jpg  日曜日の朝から、日曜日の朝にふさわしくないような、あるいはもしかするとけっこうふさわしかったりするのかもしれないような単語が出てきて、ふふふのふ、です。

 ええ、そのとおりです。セックスは鍵です。夢と性はあなた自身のうちへと入り、未知の部分をさぐるための重要な役割を果たします。僕はセックスの場面を描きすぎる、と言われることもあります。そのことによって批判されもしたわけですが、しかし、そうした瞬間を含めるのは必然的なことだったと考えています。そうした場面は、先ほどお話しした隠れ扉を、読者が自分で開くことを可能にしてくれるからです。僕は読者の精神を揺さぶり、ふるわせることで、読者自身の秘密の部分にかかった覆いをとりのぞきたい。それでこそ、読者と僕のあいだに、何かが起きるんです。

 村上春樹のインタビュー集「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです ― 村上春樹インタビュ-集1997-2009」(文藝春秋社)のなかにある村上春樹の言葉である(p.157)。

92be115d.jpg  これは、「セックスもまた、別次元へと移るための橋の役割をしているように思えます……。『ノルウェイの森』。『ねじまき鳥クロニクル』、『スプートニクの恋人』などに性的な場面があるのは、そうした理由からでしょうか?」という、ミン・トラン・ユイの質問に答えたものである。

 「村上春樹の小説はポルノ小説まがいだ」とまで言う人がいるということを、私も聞いたことがある。
 また、私自身も、なぜここで女の子と寝る描写の必然性があるのだろう、と思うこともあった。ただし、今さらながら言うのもなんだが、セックスすることでそのあとの展開が変わっていくのである。

 「もうっ!“僕”ったらすぐに女の子と寝ちゃうんだから……。いやぁ~らしいわねぇ。こんな村上さんの本なんて読んじゃいけませんよっ[E:sign03]」ってPTAの役員ママが目くじらをたてそうだけど、単なる本能的な行為じゃないようだ。

 “僕”がやたらにもててるわけじゃないのだ。相手の女の子は我が身を犠牲にして(?)“僕”を導くわけだ。

 同書のなかの別なインタビューで、村上春樹は次のようにも話している。

 僕はセックスというのは一種の……なんといえばいいのかな、soul-commitment(魂の結託)のようなものだと考えています。もしそれが良きセックスであれば、あなたの傷は治癒されるかもしれないし、イマジネーションは強化されるかもしれない。それはひとつ上のステージへと、より良き場所へと通じる通路なのです。僕の小説においては、そういう意味合いにおいて、女性は霊媒=巫女的なのです。やがて姿を見せるであろう世界の先触れなのです。だからこそ常にいつも、彼女の方から主人公に接近してくるのです。彼自身がそちらに接近することはない。(p.219)

 やっぱりね。“僕”がモテ男なわけじゃないんだ……って、私が安心してどうする?

 彼の性的描写で私が最も官能的だ、エロいと思うのは、「ねじまき鳥クロニクル」(第2部)のなかの、クミコの手紙の内容。男性と隣り合って飲んでいて体が触れたのをきっかけに抗しがたい欲望の世界へ落ちていくというものだが、それだけ読むとポルノチックだが、村上春樹の言葉を踏まえて考えてみれば、確かにこれも、単なるスケベ女の行為ではなく、“別世界”へ入る儀式であることが見えてくる。
 
 それはそうとして、愛の音楽を。

 クライスラー(Fritz Kreisler 1875-1962 オーストリア→フランス→アメリカ)の「愛の喜び(Liebesfreud)」。“歓び”でも“悦び”でもなく、“喜び”。福神漬けといえば、それは“酒悦”が有名。

 ここまで書いときながら言うのは蛇足だろうけど、クライスラーって自動車のことじゃないですからね。

 クライスラーは世界的名声を博したヴァイオリニスト。
 彼の楽しみは、演奏旅行のときに、その地にある古い図書館などで埋もれたままになっている、忘れられた作品を探し出すことだった。そうやって発掘した作品を「過去の作曲家の作品を再発見したもの」として演奏会で披露するとともに、出版もした。

 例えば「ディッタースドルフの様式によるスケルツォ(Scherzo im Stile von Dittersdorf)」という曲があるが、これはクライスラーが「ディッタースドルフ(Karl Ditters von Ditterdorf 1739-99 オーストリア)の作品を発見した」として発表したものである。
 このようにクライスラーは過去の埋もれた作品を発掘し、それを演奏会用に編曲して発表していったわけである。

 ところがどうも変だ、と思う人物が現れた。
 ニューヨーク・タイムズの音楽担当記者だ。
 クライスラーが発掘してよみがえらせた曲の原曲っていうのが表に出てこない。なぜだろう?という疑問を持ったのだ。

 この記者は、ウィーンに戻っていたクライスラーに原曲の提示を求めた。

 するとあっさりと、「ほぼ自分が作曲したものだ」とクライスラーは認めた。1935年のことである。クライスラーは、自分が作曲した曲だと言うと、あまり真剣に聴いてもらえないのではないか思い、このようなことをしたらしい。

 この衝撃の事実は1935年2月8日のニューヨーク・タイムズ紙で公表され、このように騙していたことがセンセーションを巻き起こした。
 ただし、クライスラーが埋もれていたバロック期の作品を再発見したという功績は見逃せない(古典派以降のものは、クライスラーの“作曲”ではなく“編曲”である)。

 私が持っているCDはアイザック・スターンのヴァイオリンによるクライスラー名曲集だが、このCDにはクライスラーが作曲していたにもかかわらず「発掘した」としていた、先の「ディッタースドルフの様式によるスケルツォ」をはじめ、「プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ」、「クープランの様式による才たけた貴婦人」などが収められている。それとともに、純粋な編曲物として「ロンドンデリーの歌」(アイルランド民謡による編曲だが、クライスラーが編曲したもので親しまれている)なども収められている。

 「愛の喜び」は「愛の悲しみ(Liebesleid)」とともに、ウィーン地方の古い民謡によるワルツ形式の曲。非常に有名な曲である。

 スターンのヴァイオリンによるCDだが、フランツ・リスト室内管弦楽団が演奏に加わっている。1996録音。ソニー・クラシカル。

 このCD、大阪で単身赴任生活をおくっていた、ある日曜日の午後、急に「何にも考えないでもいいような音楽」を聴きたくなって、マンション近くのCDショップで購入したものだ。

  ベスト・クラシック100-46:「ウィーン綺想曲」~クライスラー名曲集:アイザック・スターン/フランツ・リスト室内管弦楽団

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