読後充実度 84ppm のお話

“OCNブログ人”で2014年6月まで7年間書いた記事をこちらに移行したものです。 現在は“新・読後充実度 84ppm のお話”としてちょくちょく更新しています。右下の入口からのお越しをお待ちしております(当ブログもたまに更新しています)。

2014年6月21日以前の記事中にある過去記事へのリンクはすでに死んでます。

November 2017

ふつうの感覚じゃない♂と♀たち♪ワーグナー/前奏曲と愛の死

WagnerBa  西川センセイに1票
 “サンデー・ジャポン”で西川史子さんが、山尾志桜里議員のことを「バカなんじゃないかな」と言った。
 一方で、テリー伊藤は「良い仕事をしてくれればいい」と発言した。


 個人的なこと-不倫疑惑-で叩かれながらも、見事に選挙で当選。
 それは、このテリー伊藤の発言と同じように、「不倫は良くないことだが個人的なことであり、彼女の政治資質・能力は国のために必要」、という有権者の判断があったからだろう。

 一方で、北海道では数年前に路チュー報道された中川郁子が落選した。
 たぶん、政治家として期待できないと判断されたからだ。

 でも、今回の山尾氏の行動は私には理解不能。
 よりによって、その不倫疑惑相手の弁護士を政策顧問にするなんて、あまりに大胆すぎ。「むき出しの好奇心には屈しない」と言っておきながら好奇心を煽ってる(個人的には、不倫が実際にあったかどうかはどうでもいいことだけど)。
 世間に対する遠慮とか配慮とかないのだろうか?彼女にとって必要なブレーンだとしても、七輪の炭火にガソリンをかけるようなものだ。

 そうすることによって、「彼との間には個人的に疑われるよなことはないんです」と主張したいのかもしれない。しかし、今回の当選の直前には、その彼との不倫疑惑によって離党したわけで、離党するということは有権者の支持や期待を大きく裏切ったことになる。疑惑はらしの点でも効果があると思えない。

 だから、彼を政策顧問にするっていうのは、多くの世間の目は西川史子さんと同じ感覚、常識のないおバカさんってものだろう。

 間違いなく言えるのは、山尾議員の最近の顔つきが“善い人”に見えなくなっているってこと。

 「保育園落ちた。日本死ね」が、「選挙受かった。モラル知らね」ってことにならなきゃいいが。


  自民党だってがんばってる!
 そうそう。今週の週刊ポストの新聞広告にはこんな見出し-というか、もう記事の要約-が載っていた。

 山尾志桜里センセイも唖然!?
 県境をまたいだ“性治活動”の一部始終
 49歳人妻自民党議員「同僚とのお泊り&空港キス」


 この人々、自民党横浜市議の輿石且子、自民党さいたま市議の帆足一之、自民党横浜市議の斉藤達也だという。
 あれっ?なぜ3人?
 なんでも、輿石市議の二股ダブル不倫の疑いがあるんだそうだ。

 いまの政治家情事バッシングの中で、そんなの他人事とばかり平然とやっているという頭の悪さにまず驚かされる。脇が甘いのではない。頭が悪いのだ。
 こういう世の中の動きが理解できない鈍感なおバカさんに、議員を務めさせちゃいけない。

 どーでもいいっちゃいいんだけど、政治の場を去ってから性事でもなんでも好きなことをやってほしい。


  尊敬してるんで、妻を献上します
 作曲家でもこういったこと-空港キスではない-で世間を騒がせた人々は少なくない。

 そのなかでも、私はワーグナー(Richard Wagner 1813-83 ドイツ)のやったことが最も嫌いである。自分の地位とか名声を武器にしている感じがするからだ。


 ・1834年に女優のミンナ・プラーナ―と恋愛関係になり、86年に結婚。
 ・1860年ごろには複数の女性と交際。そのなかの豪商オットー・ヴェーゼンドンクの妻マティルデと交際。この不倫関係は「トリスタンとイゾルデ」を書くきっかけとなる。ミンナとは別居。しかしヴェーゼンドンクとの関係も発展せずに終わる。
 ・ワーグナーに心酔していた指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻コジマとねんごろになる。1866年から同棲開始。2人とも離婚が成立していないのにもかかわらず、コジマはワーグナーの子を出産。その名はイゾルデ。
 ・1866年にミンナが死去。70年にコジマもビューローと離婚し、ワーグナーと再婚した。


 って、自分を尊敬してくれている大指揮者の妻を寝取ってしまうなんて、なんてけしからん奴なんだろう。力関係でビューローをねじ伏せた?

 当時の音楽界はワーグナー派とブラームス派に分かれていたが、離婚されたビューロー(コジマとの間には2人の子がいた)はワーグナー派からブラームス派に鞍替えしている(っていうのも、なんだか情けないというか、その程度の抵抗かいっていうか……)。

  パパの遺伝子のせい?

 結婚しているのに未婚の母となったコジマ。彼女はリスト(Liszt,Franz 1811-86 ハンガリー)の娘である。
 娘も娘なら親父も親父。あっ、逆か。おぉ、DNA!

 ・1835年、マリー・ダグー伯爵夫人とスイスへ恋の逃避行。約10年間同棲。3人出産のうちの1人がコジマ。
 ・1844年にマリーと別れる。47年、演奏旅行先のキエフで大地主ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人と恋仲になり同棲。諸事情で結婚には至らず。
 ・1865年、教会の4つの下級聖職者に就き、それ以降はカソック(司祭などが着る黒衣)をまとった。


 修道院に入って女断ちかと思いきや、リストの場合の下級地位だと結婚することも可能だったらしい。
 僧籍に入ったあとは生涯黒衣をまとったというが、貴族にささりこんで音楽活動を続けたわけだし……

  いえ、彼女の方が先だったんです
 ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ(Tristan und Isolde)」(1857-59/1865初演)。
 ワーグナー自身の台本による3幕の悲しい恋の物語。上に書いたように、マティルデとの叶わぬ恋を反映しているという。

 ここでは「前奏曲と愛の死(Prelude - Liebestod)」(第1幕前奏曲と第3幕の「イゾルデの愛の死」)を、バレンボイム/シカゴ交響楽団で。


 1994年録音。テルデック。


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   ワーグナー:管弦楽名曲集


ElgarDuPre ついでにいうと、バレンボイム(1942- )は、夭逝の天才チェリスト(16歳でデビューした)ジャクリーヌ・デュ・プレ(1945-87)と1967年に結婚した。

 デュ・プレは1971年になって指の感覚がなくなる症状があらわれ、73年に多発性脳脊髄硬化症と診断された。


 バレンボイムは音楽活動ができなくなった妻をよそに、1980年ころからピアニストのバシュキロワとチョメチョメの関係になり、2人の子供が産まれている。つまり離婚してないのに子を産ませたわけで、さすがワーグナーを得意とするだけある。そっちのほうもワーグナーに倣ったのだろうか。

 かわいそうなデュ・プレ……。難病に侵され……と思いきや、彼女は彼女でニョメニョメしちゃってた。

 なんと、自分の姉の夫の指揮者フィンジ(私はこの人のことを知らない)とただならぬ関係にあったという。
 それもバレンボイムが浮気をするずっと前のこと。

 指の感覚がなくなりつつあった1971年から72年(つまり多発性脳脊髄硬化症と診断される前)に、フィンジとジョージしてたのだ。
 しかも夫人であるデュ・プレの姉は、夫と妹の関係を知っていたという。お姉さん、ヘンな趣味持ってました?
 これ、ホントの話かね?ホントなんだろうね。

 なお、バレンボイムはバシュキロワと関係したあとも、デュ・プレが亡くなるまで離婚はしなかった。
 バレンボイムのことは個人的に好きじゃないけど、けっこう彼もつらい思いをしたのね。


 新聞広告といえば、こんなのを発見。
 この人たち、正気でやってんのかね?
 善意に受け止めようとしても、おバカな香りを打ち消せない。

PB130657

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図鑑だって致命的ミスをすることもある♪Schobert/Sonata Op.3

Senkyo  自分たちが排除されちまった
 選挙は、希望の党が大失速で、やっぱりねぇという結果になった。

 選挙後、自民党のみなさんは「謙虚に」「謙虚に」「謙虚に」と言っているが、その一方で、相変わらずアッそう氏はヘンテコなことを口にし、その後の取材では高慢ちきな態度。この人、三角関数のグラフ-ただしタンジェントは除く-みたいに周期的に「おやっ?」てことを口に出すのは、まさかおバカさんじゃないわけだから、やっぱりおごりが根底にあるのではないかと思う。

 自民党は圧勝したが、世論調査では安倍首相続投には反対している人が多いというのは、なんだか常識ある国民っぽくて少しほっとしている。
 あっ、言っておくが私は特に反自民ではない。画面を通じて観るABE氏の人柄にうそっぽさやずるさを感じるのと、アッそう氏のような大御所の上から目線の発言に拒否感を覚えるのだ。

   ヒョウモンクロシメジを食べてはいけない
 話は変わるが、先日の新聞に社告が載っていた。

KinokoZukan 良い子のための図鑑の“きのこ”の巻で、毒キノコを食用と誤記してしまったのだそうだ。
 これはけっこう危ない。

 もっとも、子どもがキノコを採取してきて図鑑と照らし合わせて、さあ食べましょうってことにはならないだろうから、すっごく大きな問題にはならないのかもしれない。
 これが本格的な大人向けキノコ図鑑ならやばいことになる恐れはある。

 不名誉なことを何度も書いて申し訳ないが、採ってきたキノコを食べて死んでしまったのが、少年期のモーツァルトにも大きな影響を与えたショーベルト(Johann Schobert 1735頃-67 ドイツ→フランス)である。

SchobertOp3 ショーベルトは古典派初期もしくは前古典派の上品で華やかなギャラント様式の作品を残しているが、その活躍期間はクラヴサン奏者としてパリの楽壇に彗星のごとく現われ、毒キノコを食べてご昇天なさるまでのわずか7年間であった。

 その音楽は、同じく前古典派の、大バッハの次男であるカール・フィルップ・エマヌエル・バッハとはまた異なるダイナミックさをもっている。

 今日は以前も取り上げたことのあるヴァイオリン付きのクラヴサン・ソナタ」を。英訳のタイトルは Keyboard sonatas with violin accompaniment となっている。

 ここで紹介するSpanyiのタンジェント・ピアノ、Szutsのヴァイオリンの演奏によるディスクには、Op.3-1(ニ長調。4楽章)、Op.3-2(ト長調。3楽章)とOp.1-2(ハ長調。3楽章)が収められている。

 タンジェント・ピアノというのは、この当時に生まれたチェンバロ(弦を爪で引っ掻くことで音を出す)からフォルテピアノ(弦をハンマーで叩くことで音を出す)への過渡期の楽器。弦をタンジェントという木片で叩いて音を出すが、チェンバロともフォルテピアノともつかない、両者が混じったような音色が心地よい。

 1997年録音。HUNGAROTON。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Schobert:Keyboard Sonatas With Violin Accompainment 

  野生のシイタケってあまり聞いたことがないけど……
 十数年前のことだが、親戚の叔父が山で採ってきたキノコにあたって七転八倒したらしい。
 ツキヨタケをシイタケと間違ったという。
 シイタケぐらい店で買えばいいのにと、私は思う。それもかなり強く。

 その叔父はなかなかの美食家ということだが、ショーベルトも美食家だったらしい。

 つまり、だいたいにしてこういう目に遭うのは、美食家と言われる人たちのようである。

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